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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AJ
【年月日】令和5年8月30日
 東京地裁 令和4年(ワ)第22358号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年7月5日)

判決
原告 株式会社h.m.p
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 金子和弘


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要等
 本件は,別紙動画目録記載の各動画の著作権を有する原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者らがファイル共有ネットワークであるBitTorrentを使用して当該各動画の複製物を公衆送信し、又は当該各動画の複製物が記録された端末をBitTorrentのネットワークに接続して送信可能化状態にしたことで、原告の著作権(複製権、公衆送信権又は送信可能化権)を侵害したことが明らかであるところ、上記氏名不詳者は、上記侵害通信又は上記侵害に関連する通信を被告の提供するプロバイダを経由して行ったことから、原告の損害賠償請求権等の行使のために必要であると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項所定の発信者情報開示請求権に基づき、上記の通信に係る発信者情報の開示を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者について
 原告は、映像の企画、制作等を業とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
 被告は、インターネット接続サービスを提供する株式会社であり(争いがない事実)、プロバイダ責任制限法2条3項の特定電気通信役務提供者に当たる。
(2)著作権者について
 原告は、別紙動画目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)の著作者であり(甲2の1、2の3、弁論の全趣旨。)、本件各動画の著作権を有する。
(3)発信者情報の保有について(争いがない事実)
 被告は、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)を保有している。
(4)BitTorrent(以下「ビットトレント」と表記する。)の概要等について(甲4から9まで)
 ビットトレントは、ピアツーピア形式のファイル共有のネットワークである。特定のファイルをダウンロードしようとするユーザー(リーチャー)は、ファイルをダウンロードするためのビットトレントの「クライアントソフト」を自己の端末にインストールした上で、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトにアクセスするなどして、目的のファイルの所在等についての情報が記載された「トレントファイル」を取得して自己の端末内のクライアントソフトに読み込むと、同端末は、「トラッカー」と呼ばれる管理サーバと通信を行い、目的のファイル(ファイル全部のみならず、ピースと呼ばれるファイルの一部の場合もある。以下同じ。)を保有している他のユーザーのIPアドレスを取得して通信を行い、それらのユーザーと接続した上で、当該ファイルのダウンロードを行うものである。ファイルのデータをダウンロードしたユーザーは、自動的にピアとして「トラッカー」に登録され、他のピアからの要求に応じて当該ファイルを提供して当該他のピアにダウンロードさせることになる。
 なお、ユーザーは、分割されたファイルのデータを複数のピアから取得するが、クライアントソフトは、トレントファイルに記録された各ピースのハッシュや再構築に必要なファイルに基づき、各ピースを完全な状態のファイルに復元する。
(5)原告による調査(甲1の1、1の3、4から6まで)
 原告は、株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件各動画について、ビットトレントを利用した著作権侵害行為の監視を依頼した。本件調査会社は、インデックスサイト上で本件各動画のトレントファイルをダウンロードし、「μTorrent」というクライアントソフト(以下、「本件ソフト」という。)を用いて調査した(以下、この調査を「本件調査」という。)。本件調査の際、本件ソフト上には、別紙動画目録記載1の動画のファイルをアップロード及びダウンロードしていたとされるピアが、その際にしていたとされる通信の日時及びその際に割り当てられていたIPアドレスとして、別紙発信者情報目録記載1の日時及びIPアドレスが表示され、別紙動画目録記載2の動画のファイルをアップロード及びダウンロードしていたとされるピアが、その際にしたとされる通信の日時及びその際に割り当てられたIPアドレスとして、別紙発信者情報目録記載2の日時及びIPアドレスが表示された(以下、この結果を「本件調査結果」といい、本件各動画をアップロード及びダウンロードしていたとされる各ピアを併せて「本件各発信者」、本件各発信者がその際にしたとされる各通信を併せて「本件各通信」という。)。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
 本件の争点は、原告が、プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示を請求する者の権利が侵害された」ことが明らかといえるか否かである。
(原告の主張)
(1)ビットトレントの仕組みによれば、ビットトレントのクライアントソフトウェアがダウンロードされている端末がインターネットに接続され、当該端末が他の利用者からファイルのデータを受信している間は、同時に、公衆である他の利用者からの求めに応じて当該端末は自動的に他の利用者の端末へファイルのデータを送信している。そして、本件各発信者は、ビットトレントを利用して他のビットトレントの利用者と本件各動画を送受信しており、このことで、本件各動画は送信可能化状態にされ、かつ、自動公衆送信されているから、本件各発信者は、原告の公衆送信権又は送信可能化権を侵害していることは明らかである。また、本件各発信者は、少なくともビットトレントを利用して原告の著作物を違法に複製して自己のパソコン等にダウンロードしたものであるから、複製権を侵害していることも明らかである。
 被告は、開示関係ガイドラインの記載を根拠に、ガイドライン検討協議会の認定するシステムを利用していないことをもって、本件調査結果に信頼性がない旨主張する。しかしながら、本件調査によって使用された本件ソフトは、ビットトレントを開発した企業が、管理するビットトレントを利用しやすくするために開発したソフトであり、IPアドレスを匿名にしていないことに特徴があるソフトウェアであるから、改ざんの可能性がない。したがって、被告の主張は採用できない。
(2)ア 特定電気通信とは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信…をいう」(プロバイダ責任制限法2条1号)とされるところ、著作権侵害の損害賠償の場合には、ここにいう「送信」には送信可能化や自動公衆送信も含まれるというべきである。また、プロバイダ責任制限法5条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」とは、権利を侵害したものとして問題となっている特定電気通信による情報に関する発信者情報をいうが、これは現実に発信した際に把握される発信者情報に限定されない。
 本件において、本件調査会社は本件ソフトを利用して送信可能化をしている本件各発信者を特定し、本件各発信者から現実に本件各動画のデータをダウンロードしていることから、本件各発信者は公衆送信権侵害をしたことは明らかであり、本件調査の結果、その取得元のIPアドレスが表示された。
 仮に、本件調査会社が現実に本件各動画のデータを取得させた電気通信の送信のみが特定電気通信に該当するとしても、本件各発信者が、本件各通信によって、公衆送信権を侵害したことが明らかである。また、本件各発信者が他のピアからファイルのデータの送信を受け、自動公衆送信装置として機能する各端末の記録媒体に記録されることから、本件各発信者は、この時点で送信可能化権侵害をしたことも明らかであるが、本件調査結果中の本件ソフトに表示されるピアは、送信可能化状態であることを本件各通信によって本件調査会社の端末に示していることになるから、本件各発信者は、本件各通信によって、それぞれ、送信可能化権侵害をしたといえる。
イ 被告は、本件調査の際、本件ソフト上に表示された本件調査結果中の「上り速度」欄又は「下り速度」欄に表示がないピアが存在することをもって、本件調査会社が本件各動画をダウンロードされているか不明であり、本件各発信者が送信可能化状態であったか不明である旨主張する。しかし、本件調査と同様の調査方法による調査によれば、ピアにかかる表示がされない場合であっても、本件調査会社の本件各動画の保有率の数字は上昇していて、本件調査会社はダウンロードができていて、当該ピアはダウンロードが可能な状態であったことは明らかである。この点は、本件各発信者でも同様であったといえる。また、本件ソフトには各種のフラグが表示されるが、当該フラグの表示に関わらず本件調査会社がダウンロードできていることからすれば、フラグの表示内容は本件各動画についてダウンロードできているかどうかに影響しない。
(3)したがって、原告は、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示を請求する者の権利が侵害された」ことが明らかといえる。
(被告の主張)
(1)プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会の「発信者情報開示関係WG 技術部会」が定めるピアツーピア型ファイル交換ソフトによる権利侵害情報検出システムの技術的認定要件(以下「検討協議会技術的認定要件」という。)以外は、ピアツーピア型ファイル交換ソフトによる権利侵害情報検出システムが技術的に信用できるか否かに関して合理的な基準を定めていないから、検討協議会技術的認定要件の定める基準によるべきである。そして、検討協議会技術的認定要件の定める認定対象としては、ピアツーピア型のファイル交換ソフトのネットワークから利用者が指定するファイルをダウンロードする機能があり、ダウンロード時に発信元ノード(ユーザのパソコン等)のIPアドレス、ポート番号、ファイルハッシュ値、ファイルサイズ、ダウンロード完了時刻等を自動的にデータベースに記録する機能があるファイル交換ソフトとしている。また、検討協議会技術的認定要件の定める認定要件としては、メタデータが正確に記録されることにつき確認試験が十分行われていることや、調査時点で発信元ノードがファイルを送信可能状態にしている場合のみ当該ファイルをダウンロードするシステムであることが定められている。本件ソフトは、上記認定対象ではなく、かつ、上記認定要件も満たさないため、本件ソフトを利用した本件調査は、ピアツーピア型ファイル交換ソフトによる権利侵害情報の検出方法として技術的に信用できるとは認められない。
(2)ア 仮に、本件調査結果を前提としても、発信者情報開示請求権は、特定電気通信の「送信」によって自己の権利を侵害されたものに限定して請求権の発生を認めているものであり、この限りにおいて、著作権法23条1項の「公衆送信権」の侵害全てが発信者情報開示請求権の対象となるのではなく、具体的に侵害情報を送信させて、実際に流通させることによる自動公衆送信が実行されることが必要である。
 本件では、著作権法2条1項9号の5イの送信可能化権侵害については、未だ侵害情報の送信はなく、侵害情報が流通されるに至っていないから、「侵害情報の流通によって」原告の権利を侵害したとはいえない。仮に、公衆送信用記録媒体に情報を記録することによって、「侵害情報の流通」があったとみなすと仮定しても、公衆送信用記録媒体に情報を記録した電気通信は、本件各通信とは異なるものである。
 また、同号の5ロの送信可能化権侵害についてみても、自動公衆送信装置に電気通信回線を接続しただけでは、未だ侵害情報の送信はなく、侵害情報が流通されるには至っていないから、「侵害情報の流通によって」原告の権利を侵害したとはいえない。仮に、自動公衆送信装置に電気通信回線を接続したことによって「侵害情報の流通があった」とみなすと仮定しても、本件ソフトのフラグの状態等によっては直ちに通信が可能な状態であったとは認められず、また、複数のピアが表示されている場合は、いずれのピアと本件調査会社が通信を実行しているのか不明であるから、本件各発信者が、本件各通信がされたとされる日時において、送受信プログラムの起動その他の一連の行為のうち最後の行為を完了していたとまでは認められない。
 さらに、原告は、本件各発信者が本件各動画のデータをダウンロードしたことについて複製権侵害も主張するが、ダウンロードに係る通信はデータを受信するのみであり、「送信」していないから特定電気通信に当たらないし、ダウンロードに係る通信は、いずれも本件各通信より前に行われているから、本件調査の結果によっても、本件各通信により本件各動画が複製されたとはいえない。
イ 加えて、本件調査結果中の本件ソフトの表示をみても、いずれも、フラグ欄の表示には現在アップロード中の状態を示す「U」は表示されておらず、アップロードしていることを示す「上り速度」の表示もない。したがって、当該調査の時点において、本件各発信者がファイルを公衆送信していたとはいえない。また、本件ソフト中には、本件各発信者を含め、いずれの調査においても複数のピアが表示されているのであって、仮に本件調査会社がダウンロード中であるとしても、本件各発信者からダウンロードしているとは限らず、本件各発信者が公衆送信をしていたとはいえない。
 この点、原告は、フラグの表示に意味はない旨主張するが、仮にフラグに意味がないのであれば本件ソフト上に表示されることはないし、逆に意味がないというのであれば、本件ソフトの画面の表示自体信用できない。
 そうすると、本件調査結果によっても、本件各通信によって、本件各動画が自動公衆送信されたとはいえない。
(3)したがって、原告は、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示を請求する者の権利が侵害された」ことが明らかであるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 前記第2の1(4)及び(5)で認定したビットトレントの仕組み及び本件調査の方法並びに証拠(甲1の1、4から7の2まで)によれば、本件調査会社は、インデックスサイト上で本件各動画のトレントファイルをダウンロードし、ビットトレントの仕組みを考案した会社が開発した本件ソフトを起動して、クライアントソフトである本件ソフトを用いて、端末に読み込まれたトレントファイルにより、本件各動画のデータのダウンロードを開始し、当該ダウンロード中、本件ソフトにより、画面上にビットトレントに接続して本件各動画のファイルをアップロード及びダウンロードしている本件各発信者がした通信に際して割り当てられたIPアドレス及びその日時を表示させ、その画面を画像として記録し、さらに、実際に本件各発信者からダウンロードしたファイルを開いて本件各動画と比較し、ダウンロードしたファイルが本件各動画のファイルと同一のものであることを確認する方法により、本件調査を行ったと認められる。このような本件調査の内容に格別不自然、不合理な点はなく、本件調査結果を信用することができ、本件調査結果からすれば、本件調査会社は、本件各発信者から、本件各動画のファイルのデータをダウンロードしたと認められるから、本件各発信者は、本件各通信によって、原告が著作権を有する本件各動画を自動公衆送信したといえる。
2 被告は、ピアツーピア型ファイル交換ソフトによる権利侵害情報検出システムに関する合理的基準が検討協議会技術的認定要件以外に存在しないことから、検討協議会技術的認定要件の定める基準によるべきであるとし、本件ソフトが検討協議会技術的認定要件の定める基準を満たさないことから、技術的に信用できない旨主張する。
 しかしながら、証拠(乙1)によっても、検討協議会技術的認定要件がどのような基準によって定められたか明らかでなく、検討協議会技術的認定要件の基準以外の検出システムが不合理であると直ちにはいえるものではない。そして、本件調査の内容は、前記1のとおりであるところ、その内容に格別不自然、不合理な点はなく、本件各発信者は、本件各通信によって原告が著作権を有する本件各動画を自動公衆送信したといえる。
3 また、被告は、本件調査結果中の本件ソフトの表示をみると、いずれも、フラグ欄の表示には現在アップロード中の状態を示す「U」は表示されておらず、アップロードしていることを示す「上り速度」の表示もないことを指摘し、本件調査の時点において、本件各発信者がファイルのデータをアップロードしていたとはいえない旨主張する。
 しかしながら、証拠(甲18、甲23)によれば、本件ソフトでは、本件ソフト上のフラグ欄に「U」の表示や「上り速度」の表示がなくても、本件ソフトを使用してピアから動画のデータのダウンロードができると認められ、前記1で述べたところによれば、本件調査の際も同様であったと認められる。したがって、この点に関する被告の主張は前記認定を左右しない。
4 また、被告は、本件調査結果中の本件ソフト上の表示にピアが本件各発信者を含め複数いることをもって、本件調査会社にアップロードした者が本件各発信者かどうか不明である旨主張する。
 しかしながら、証拠(甲6)によれば、ビットトレントの仕組み上、あるファイルをダウンロードした者は、シーダーにならない限り、同時にアップロードをすることとなり、このアップロードは当該ファイルの全てをダウンロードされる前から始まるものとされている。また、ビットトレントの仕組み上、単一のピアからダウンロードされるものではなく、複数のピアから並行してダウンロードしていることもありうるものといえる。そして、本件各発信者の保有率は100パーセントではなく、いずれもシーダーではない。そうすると、本件ソフト上に複数のピアが表示されているとしても、本件調査会社が、本件通信によって、本件各発信者からダウンロードしていることが否定されるものではない。
 したがって、この点に関する被告の主張も採用できない。
5 以上のとおり、本件調査結果は信用でき、本件各発信者は、本件各通信によって、原告が著作権を有する本件各動画を自動公衆送信し、また、本件において権利制限事由その他の侵害を否定する事情があるとは認められない。したがって、原告は、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示を請求する者の権利が侵害された」ことが明らかである。
6 なお、弁論の全趣旨によれば、原告は本件各発信者に対して損害賠償請求等をする予定であることが認められる。そのためには、本件各通信の発信者情報の開示が必要であるといえるから、原告に発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。
第4 結論
以上によれば、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 杉田時基
 裁判官 仲田憲史


(別紙)発信者情報目録
 以下の時間に以下のIPアドレスを割り当てられていた契約者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
 記載省略

(別紙)動画目録
 記載省略
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