判例全文 line
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【事件名】付録DVDのネット公開事件
【年月日】令和5年8月30日
 東京地裁 令和3年(ワ)第12304号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年3月23日)

判決
原告 AことB
同訴訟代理人弁護士 吉峯裕毅
被告 株式会社アーク出版
同訴訟代理人弁護士 三山裕三
同 佐原祥太
同 銘里拓士


主文
1 被告は、原告に対し、55万円及びこれに対する令和2年12月22日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを12分し、その11を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、660万円及びこれに対する平成29年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原告が、被告に対し、被告がインターネット上の動画共有サイトにおいて別紙映像目録記載の映像(以下「本件映像」という。)を原告の氏名又は屋号を著作者名として表示することなく公開した行為により、本件映像についての原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償として、損害金660万円(著作権法114条3項に基づく損害400万円、逸失利益100万円、慰謝料100万円及び弁護士費用60万円)及びこれに対する平成29年8月3日(不法行為の日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者等
ア 原告は、「A」の屋号で、テレビ及びネット放送、イベント、ゲーム並びにミュージックビデオで使用するアニメーションの制作、自身が著作権を管理するオリジナルアニメーション映像のレンタル等を業として営む個人事業主である。
イ 被告は、書籍の企画・編集・制作・販売を行う出版社である。
ウ C(以下「C医師」という。)は、F脳神経外科において教授兼診療部長を務める医師であり、特に「てんかん」の分野で豊富な知見を有する者である(乙17)。
(2)本件映像の制作等
ア 本件映像は、てんかん発作の13症例に関するそれぞれ1ないし2分程度の長さの独立した別個のアニメーション映像によって構成されている(甲7)。
イ 被告は、C医師の紹介により、原告に本件映像の制作を委託し、原告は、平成26年2月5日頃、被告に本件映像のデータを納品した。
ウ 被告は、平成26年3月、本件映像の収録されたDVD(以下「本件DVD」という。)が付属する「アニメとイラストでわかるてんかんのすべて知っておきたい『てんかんの発作』」(以下「本件書籍」という。)を発行した。
 本件書籍の奥付には、「著者C」、「アニメ監修D、E」、「DVD製作B(A)」と記載されていた。また、本件DVDのレーベル面には、「C」及び「(c)C2014」と記載がされているものの、原告の氏名及び屋号はいずれも記載されていなかった。(乙1)
 被告は、平成30年8月、本件書籍の増補改訂版を発行した(甲3)。
(3)本件DVDに収録された映像の公開(甲9、乙16)
 被告は、平成29年8月3日から令和2年12月22日までの間、インターネット上の動画共有サイト「YouTube」(以下「本件サイト」という。)において、本件DVDのメニューから「全映像連続再生」を選択した後に再生される映像を複製したもの(以下「本件複製映像」という。)を、誰もが閲覧可能な状態で公開した。
 本件サイトにおいて、原告の氏名及び屋号はいずれも表示されていなかった。
3 争点
(1)本件映像の著作物性(争点1)
(2)本件映像の著作者(争点2)
(3)本件映像の著作権者(争点3)
(4)本件映像の著作権の黙示の譲渡の有無(争点4)
(5)著作者名表示の省略の可否(争点5)
(6)故意又は過失の有無(争点6)
(7)損害の有無及びその額(争点7)
4 当事者の主張
(1)争点1(本件映像の著作物性)について
(原告の主張)
ア 本件映像は著作物に当たること
 本件映像は、原告がその全体について創意工夫を尽くして制作したものであり、著作権法上保護される著作物に当たる。
イ 被告の主張について
(ア)被告は、本件映像について、@発作を起こすキャラクター、Aキャラクターのデザイン、背景等及びBナレーションという三つの要素から構成されており、それぞれの点において創作性を欠くと主張する。
 しかし、アニメーションの制作には、撮影、編集及び音響も不可欠な要素であり、かつ、これらが有機的に関連しているから、例えば、てんかん発作の動きといった一部の要素を切り取り、その創作性の有無のみをもって、本件映像全体の創作性の有無を評価することはできない。
(イ)被告は、各てんかんの発作には共通する特徴や動きが抽出され、抽出された結果としての共通する特徴や動きという一つの表現に収斂するなどと主張して、本件映像の創作性を否定する。
 しかし、キャラクターの動作に関し、映像上再現すべき医学的な動作があるとしても、作成者はそれをどのように再現するかについて創意工夫をするのであって、その結果完成したアニメーションは千差万別となり、全体として視聴者にもたらす印象も異なるものとなる。
 また、キャラクターのデザイン、背景等についても、本件映像においては、過剰な演出を敢えて排し、視聴者の目がてんかん発作の動きに意識せずとも自然に集中するような効果をもたらすような創意工夫がされている。例えば、日本人の青年男性という属性のキャラクターを表現する方法は無数にあるところ、その中から本件映像のような日本人の青年 男性を創作し選択する余地がある。
 被告が指摘するとおり、原告が作成したナレーション原稿に対し、原告以外の者によって様々な指摘がされ、それに基づく修正がされたのは確かであるが、誰が作成しても似たような表現にしかならないのであれば、このような指摘や修正がされるはずがない。
(被告の主張)
ア 本件映像は、てんかん発作の13症例に関する別個の独立した映像から成るものであるが、全ての症例に係る映像の著作物性についての立証がされているとはいえない。
イ 本件映像は、@発作を起こすキャラクター、Aキャラクターのデザイン、背景等及びBナレーションの三つの要素によって構成されているところ、以下のとおり、いずれの要素についても創作性を有しない。
(ア)発作を起こすキャラクター(要素@)の創作性について
 てんかん発作は、その分類によって固有の特徴を有するところ、このような特徴は医学的な一つの知見(事実)である。そのため、それぞれの発作を正確に表現しようとすれば、多数の症例に共通する特徴や動き方という医学的にあるべき一つの表現に収斂していかざるを得ないから、当該表現を実現するための作業等がされたからといって、創作性が肯定されることにはならない。すなわち、本件映像における各てんかん発作の動きは、C医師から提供された参考動画、C医師、監修者であるD医師(以下「D医師」という。)及びE医師(以下「E医師」という。)の指示並びに同医師らによるチェック及び修正に基づいて、発作時の動きが正確に再現され、医学的にあるべき一つの表現に収斂されたものであるから、原告がいかなる作業をしたとしても、原告の個性が発揮される余地はない。
 また、本件映像は、学術の著作物と同一の性質を有するものであって、本件映像で表現されている各てんかん発作の動きは客観的事実と評価できるものであるから、仮にこの点について原告の創作性を肯定すれば、他の者は本件映像に収録された各てんかん発作の動きを映像によって表現することができなくなる。したがって、この見地からも本件映像の創作性は否定されなければならない。
(イ)キャラクターのデザイン、背景等(要素A)の創作性について
 本件映像のキャラクターのデザインは、いずれも人間をイラスト化したものとして通常予想される範囲内のありふれた表現の域を超えるものではない。また、服装を含めた具体的な背景等のシチュエーションについても、特段、個性的な配色などが施されているものではない。そのため、本件映像のキャラクターのデザインや背景等はありふれた表現にとどまり、創作性を有しない。
(ウ)ナレーション(要素B)の創作性について
 本件映像においては、発作ごとに、その内容を解説するナレーションが付加されているが、これはナレーターが言語の著作物である台本を口述して制作されたものであるから、言語の著作物の複製物にすぎない。そして、このような解説は、医学的な正確性が要求されるため、誰が作成しても同様の表現にならざるを得ず、特に発作の映像の時間内で行うという制約から、短い表現とならざるを得ない。
 したがって、本件映像のナレーションについても、表現の選択の幅がないか、あっても極めて小さいものであるから、創作性を有しない。
ウ 以上によれば、本件映像は著作物に当たらない。
(2)争点2(本件映像の著作者)について
(原告の主張)
ア 本件映像の著作者は原告であること
(ア)a 本件映像は、視覚的効果の連続により構成されるものであるから、「映画の著作物」(著作権法10条1項7号)に当たる。
b そして、原告は、本件映像の制作に当たって必要な工程の検討及び進行管理を行うとともに、本件映像の絵コンテ、レイアウト、原画、動画、背景、彩色、撮影、音響、ナレーション及び編集の全工程に創意工夫をもって関与した上、総指揮として、本件映像の制作に関与した全てのスタッフに指示をした。
 また、原告は、本件映像の制作工程の一部を外部業者に委託したものの、この部分についても、本件映像制作の総監督として、全ての箇所の確認、必要に応じた加筆及び13症例の世界観を統一させる全体調整作業を直接行った。
 さらに、原告は、被告の要請を受けて、13症例の順番の入れ替え作業をし、全編一括再生のために13症例を繋げる編集作業をした上、ナレーターが読み上げる文章も作成した。
c 本件映像の制作に当たり、C医師から参考動画が提供されたほか、C医師によって本件映像の確認がされたのは事実である。
 しかし、アニメーションの制作に当たって何らかの制約があるとしても、その制約の中でどのように表現するかという点にアニメーターの創意工夫が求められるのであるから、制約がない場合と比較して創作性の程度が低くなることはない。
 また、C医師及び被告代表者による本件映像に対する発言は、監修者として、アニメーション制作に関する素人的、抽象的な要望を述べたものにすぎず、詳細かつ具体的な指示ではない。原告は、C医師、D医師、E医師及び被告代表者(以下、この4名を総称して「C医師ら」という。)の抽象的な要望を実現するため、コマ数や角度、動画時間、キャラクターのデザイン、配色に創意工夫をし、C医師らの要望には無かった色も原告の判断で加えたりした。
d このように、原告は、本件映像の「制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」(著作権法16条)であるから、本件映像の著作者である。
(イ)仮に、本件映像が映画の著作物に当たらないとしても、前記(ア)のとおり、本件映像の制作過程とこれに対する原告の関与に鑑みれば、原告が本件映像の著作者であることは明らかである。。(ママ)
イ 被告の主張について
(ア)原告は本件映像の著作者ではないとの主張について
 被告は、本件映像が本件書籍の従たる付属物であるから、本件書籍の作成に関与していない者は本件映像の著作者ではないと主張する。
 しかし、本件書籍には、本件映像のスクリーンショットが相当数使用されており、むしろ本件映像があってこその書籍とさえ評価できる。被告やC医師の仲介により、講演会等において本件映像のみが活用されているとの事実は、本件映像が、てんかん発作の症状・動きを視聴者に分かりやすく伝えられる有益なものとして、本件書籍から離れた独自の利用価値を有することの証左である。
 また、原告が作成したナレーション原稿の草案に、C医師や被告代表者が修正を施したのは事実であるが、指摘されていない箇所の方が多く、別個の著作物と評価できるほどに改変されているとはいえない。したがって、そのような事実によって本件映像の制作に対する原告の創作的寄与が否定されるものではない。
(イ)被告が本件映像の著作者であるとの主張について
 被告は、本件映像の制作に係る進行管理を一切行ってないし、制作過程において制作そのものに関する指示も一切していない。
 したがって、被告が本件映像の「全体的形成に創作的に寄与した者」に該当する余地はない。
(ウ)C医師が本件映像の著作者であるとの主張について
 C医師が、本件映像に関し、てんかん発作の動き以外に意見を述べた事項は、年齢や時間帯といった抽象的な要素にとどまり、レイアウトや背景の内容について具体的な指示をしていない。すなわち、C医師は、本件書籍の著者としての立場から、自身が抱くイメージを伝えて要望を述べていたにすぎない。
 また、C医師による本件映像の確認は、てんかん発作の動きを医学的に再現するという監修目的のものであって、アニメーション全体の表現に対する確認及び指示ではない。しかも、その確認は、原告が、13症例のうちの一部につき、本件映像を制作するに当たり絵コンテやラフ原画の確定前に医学的観点からの確認が必要であると判断し、確認を求めた事項に対して、C医師が意見を述べたというものにすぎず、原告がC医師による確認が不要であると判断した箇所については、C医師の関与はない。このように、C医師は、原告から求められた事項のみを確認して意見を述べるという受動的な役割を担っていたにすぎないし、全ての症例について確認等をしていたわけではないことからしても、本件映像の「全体的形成」に関与していたとはいえない。
 さらに、C医師は、原告と制作スタッフとの間のやり取りには一切関与しておらず、どのような制作スタッフがいるかを含めたアニメーション制作の全体像についても把握していない。各症例のアニメーションが完成したか否かを判断していたのも原告である。
 これらの事実関係に照らせば、C医師も本件映像の「全体的形成に創作的に寄与した者」には該当し得ない。
ウ 小括
 したがって、本件映像の著作権及び著作者人格権は、原告に帰属する。
(被告の主張)
ア 原告は本件映像の著作者でないこと
(ア)本件映像に原告の創作的寄与がないこと
 仮に、本件映像が著作物に当たるとしても、次のとおり、その創作性を基礎づける全ての表現はC医師らによって決定されており、原告は、C医師らの手足として表現に関与したにすぎない。
 すなわち、本件映像は、C医師による参考動画の提供や具体的指示に基づいて制作が開始され、@発作を起こすキャラクター及びAキャラクターのデザイン、背景等についても、絵コンテ、ラフ原画の動画及び着色・仕上げの各段階において、原告が作成した原案にC医師らが修正を加え、最終的な表現を確定するとの手順により作成された。C医師と被告代表者は、本件書籍及び本件映像について何度も打合せを繰り返して原告に対する指示事項及び指摘事項を検討した。そして、原告は、これらのC医師らからの指示及び指摘について、時間的余裕がなく対応できなかったものを除き、何ら異論を述べることなく、忠実かつ素直に対応してきた。
 また、Bナレーションは、原告が原稿の草案を作成し、C医師及び被告代表者がそれに修正を加える形で作成されたが、当該草案には、C医師及び被告代表者による度重なる修正が施され、もはや別個の著作物と評価されなければならないほどに改変されたから、原告の創作的寄与はない。
(イ)原告は本件映像の全体的形成に創作的に寄与していないこと
 本件映像は、本件書籍の内容に準拠し、読者の理解を助けるための従たる補助的なものとして制作されたものであって、本件映像単独で制作することが予定されていたものではない。そうすると、本件映像の全体的形成に寄与したといえるためには、本件書籍の作成にも関与して本件映像の構成を決定する必要がある。しかし、本件書籍を作成したのは、本件書籍の企画及び立案をし、出版元として全体を統括してきた被告と、本件書籍の著作者であるC医師であって、原告ではない。そのため、原告は、本件映像の全体的形成に創作的に寄与したといえない。
 仮に、原告が本件映像の制作の一部について創作的に関与していたとしても、全体的形成に創作的に関与したとまではいえないから、上記の結論を左右しない。
イ C医師らは本件映像の共同著作者であること
 仮に、本件映像が著作物に当たり、かつ、原告が本件映像の全体的形成に創作的に寄与しているとしても、次のとおり、C医師らも本件映像の全体的形成に創作的に寄与している。
 すなわち、本件映像は本件書籍の存在を前提として制作されたもので、本件映像の構成は本件書籍に準ずる必要があったから、13症例の再生順を決定することができたのは、C医師と被告代表者のみである。
 また、C医師は、本件書籍及び本件映像で取り上げるべきてんかん発作を選定し、その全体的な構成を決定した上で、本件映像の制作に当たり、原告に対し、てんかん発作の典型例に関する医学的知識を教授するとともに、参考となるてんかん患者の実際の動画等を提供して、医学的な観点から正確な動作を表現するよう求めた。
 さらに、C医師らは、原告の提出した絵コンテ及びラフ原画の動画が、医学的な観点から正確にてんかん発作の動きを表現しているか否かを確認し、不十分な点があれば、その都度指摘してそのとおりに原告に修正させた。C医師らの監督や指導がなければ、正確な医学情報と医学的知見を提供するという目的に耐えられるだけの医学的正確性をもった本件映像を制作することは、およそ不可能であったから、C医師らの監督及び指導の重要性に鑑みれば、C医師らは、本件映像の全体的形成に創作的に寄与しているというべきである。
 加えて、C医師らは、原告の作成したナレーション原稿の草案についても確認、修正した。
 このほか、C医師らは、本件書籍及び本件映像について、多数回の打合せを行い、本件映像の修正点の確認、てんかんに関する医学的知識のレクチャー等を実施し、本件映像がより良いものとなるよう努力した。
 これらの事実関係に照らせば、C医師らが、本件映像の全体的形成に創作的に寄与していることは明らかである。
 したがって、C医師らは、本件映像の共同著作者である。
(3)争点3(本件映像の著作権者)について
(原告の主張)
ア 仮に、原告が本件映像の著作者でない又はC医師らが本件映像の共同著作者であるとしても、以下のとおり、著作権法29条1項により、本件映像の著作権者は「映画製作者」である原告である。
イ 「映画製作者」(著作権法2条1項10号)とは、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」をいう。映画の「製作」に「発意」を有するとは、単に企画を着想するという意味ではなく、映画の「製作」を遂行する意思を持って、「製作」に必要な手順を実行することを意味する。また、映画の「製作」に「責任」を有するとは、「製作」にまつわる種々の契約の主体になるとともに、また経済的な負担を負うことを意味する。
 アニメーション映画の「製作」には、資金調達のみならず、アニメーションそのものの制作や進行管理、制作のための具体的な人員及び体制の確保等といった多くの要素が含まれるところ、最も労力と時間を要するのはアニメーションそのものの制作である。したがって、「映画製作者」に当たるか否かを決する最も重要な要素は、アニメーション制作の進行管理と完成に最終的な責任を負い、スタッフ費用等の経費を自ら支払っているかどうかということである。
ウ 本件において、原告は、被告からてんかんの症例アニメーションの制作を委託され、これを受託したことにより、本件映像の「製作」意思を有するに至った。
 そして、原告は、自身の責任において、納期までの制作進行計画を策定し、外部の制作人員の確保等の進行管理を行った。また、原告は、本件映像の動画や背景の制作、声入れ等を行う外部業者との間で、自ら当事者として制作委託契約を締結して権利義務の帰属主体となり、被告からの報酬の支払を受ける前に、先行して外部業者への支払を行うこともあった。
 さらに、監修者の人数の増加や監修者による確認作業の遅滞等に起因して、制作人員の増加及び原告自身による追加作業が必要となり、制作費が増加したにもかかわらず、症例1件当たりの制作費につき、当初被告から承認を得ていた予算25万円からわずか5万円の増額しか認められず、やむを得ず不足分を自身の経済的損失として吸収せざるを得なくなった。
 これらの事実関係に照らせば、原告は、本件映像を「製作」する「意思」を有し、「製作」に関する法律上の権利義務の帰属主体となり、製作費用の支出主体となるという「責任」を有する者であるから、「映画製作者」に当たる。
エ したがって、本件映像の著作権は、著作権法29条1項により、「映画製作者」である原告に帰属する。
(被告の主張)
ア 本件映像の著作権の帰属に関し著作権法29条1項は適用されないこと
 著作権法29条1項は、劇場用映画を想定した規定である。これに対し、本件映像は、本件書籍の従たる付属物にすぎず、劇場用映画と異なって、それだけで収益化することは予定されていないし、その投資額も劇場用映画に比べると極めて低額である。
 したがって、本件映像の著作権の帰属に関し、著作権法29条1項は適用されないから、原告が「映画製作者」として本件映像の著作権者になることはない。
イ 本件映像の「映画製作者」は被告であること
 被告は、本件書籍を市販しただけでは十分な売上げを確保することが難しいと判断したため、C医師に加え、C医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍の買取りを求めていた。原告から本件映像の制作費の増額要求があった際も、万が一、被告が増額分を調達できないときは、被告自ら埋め合わせる予定であった。このように、最終的に本件映像に対する経済的リスクを負担していたのは被告である。
 また、実質的に見ても、本件映像の利用態様に照らせば、本件映像が本件書籍の付属物以外の用途に用いられる可能性はなく、本件映像を付属させることで本件書籍の売上げが増える否かについてのリスクは専ら被告が負担していたのであるから、被告に本件映像の著作権を帰属させ、その利用の円滑化を図るべきである。
 以上のとおり、被告は、本件映像を含む本件書籍の発行に係る事業リスクを専ら負担しているのであるから、被告こそが、本件映像を「製作」する「意思」を有し、「製作」に関する法律上の権利義務の帰属主体となり、製作費用の支出主体となる「責任」を有する者、すなわち本件映像の「映画製作者」である。
 したがって、仮に、原告が本件映像の著作者であり、かつ、本件映像について著作権法29条1項が適用されるとしても、本件映像の著作権は、「映画製作者」である被告に帰属する。
ウ 本件映像の「映画製作者」はC医師であること(予備的主張)
 C医師は、知り合いの製薬会社等に本件書籍の買取りを求めていただけでなく、原告から本件映像の制作費の増額要求があった際、自ら資金を提供したり、学会等での講演で得られる謝礼等を充てたりすることも検討していた。
 そうすると、本件映像を含む本件書籍の発行に係る事業リスクを専ら負担していたこと、本件映像の利用の円滑化を図るべきことについては、C医師についても同様に当てはまるといえる。
 したがって、仮に、原告が本件映像の著作者であり、かつ、本件映像について著作権法29条1項が適用されるとしても、本件映像の著作権は、「映画製作者」であるC医師に帰属する。
エ 原告の主張について
 被告は、原告に対し、原告の請求する本件映像の制作費(原告の報酬を含む。)を全て支払うこととなっていた。仮に、原告が本件映像の制作を外部業者に委託して委託料の支払をしているとしても、原告は、被告にそれを請求することで、経済的なリスクを被告に全て転嫁することができるから、製作費用の支出主体となる責任を有する者とはいえない。
 また、前記(2)(被告の主張)において主張したとおり、本件映像の制作の全過程に関与し、本件書籍との整合性といった俯瞰的な視点から本件映像の制作を指揮してきたのは、C医師及び被告である。原告は、C医師及び被告の手足として動いていただけにすぎないし、本件書籍の作成に一切携わっていない以上、本件書籍の従たる付属物である本件映像の制作の全過程を指揮することは不可能である。
 したがって、原告が本件映像の「映画製作者」となることはない。
(4)争点4(本件映像の著作権の黙示の譲渡の有無)について
(被告の主張)
ア 仮に、原告が、本件映像の著作者又は映画製作者として、本件映像の全部又は一部について著作権を有していたとしても、以下のとおり、原告は、被告に対し、本件映像の著作権を黙示に譲渡した。
イ 本件DVDのレーベル面には、「C」及び「(c)C 2014」との記載があるものの、原告の氏名及び屋号はいずれも記載されていない。この点、原告は、被告から当該レーベル面の確認依頼がされた際、「(c)」に続く文字列が伏せ字であったと主張するが、そうであれば、当該伏せ字の内容を確認するのが自然であるのに、原告は、約6年9か月もの間、被告にその確認をしていないだけでなく、被告やC医師に対し、著作権者として何らの対応もしていない。
 また、被告は、原告に対し、本件映像の制作費として360万円を支払ったが、その額は本件映像の対価として合理的かつ相当なものである。
 さらに、本件映像は、本件書籍の存在を前提として、てんかん発作を正しく理解するための一助となるよう、本件書籍の付属物たる本件DVDに収録する映像として制作されたもので、本件映像のみを単独で制作することや独自に利用することは予定されていなかった。このように、本件映像は、単独で取引される余地がなく、営利性及び汎用性を欠くことから、原告が本件映像の著作権を保持しておく必要性はない。
 加えて、本件映像が制作される全過程で、被告から参考動画の提供、具体的かつ詳細な確認、指示がされ、原告はそれに忠実かつ素直に従っていたのであるから、本件映像の著作権を被告に帰属させることが自然である。
 そして、書籍に同梱された従たる付属物であるDVDに格納される映像については、著作権を譲渡する形式で処理するのが業界の慣習である。
ウ 前記イの事実関係を踏まえると、仮に、本件映像の全部又は一部について原告が著作権を有していたとしても、原告は、被告に、これを黙示に譲渡したというべきである。
(原告の主張)
 被告は、本件映像について、創作性がなく著作権が発生する性質のものではないと主張している。ある成果物について著作物性がないと認識している者が、他者からその著作権の譲渡を受けるはずがないから、原告から被告に本件映像の著作権が黙示に譲渡されたと評価する余地はない。
(5)争点5(著作者名表示の省略の可否)について
(被告の主張)
 本件書籍を参照すれば、原告が本件映像の制作に関与していることは明らかになるし、本件サイトにも本件書籍を紹介する被告のウェブサイトへのリンクが設けられていた。このように、本件複製映像を見た者においてその著作者を調査できる状況にあったから、原告が著作者であることを主張する利益を害するおそれはない。
 そして、他の書籍において、その著者や出版社が当該書籍に付属するDVDに収録された映像を動画共有サイトや公式ウェブサイトで公開するに当たって当該映像の著作者を表示していないことからも明らかなように、書籍に付属するDVDに収録された映像を動画共有サイト等で公開する際、当該サイトに当該映像の著作者名を表示しないのが通例であり、これが公正な慣行である。
 したがって、仮に、原告が本件映像の著作者であるとしても、被告は、著作権法19条3項により、本件映像の公開に当たって、原告の氏名及び屋号の表示を省略することができるから、原告の氏名表示権は侵害されていない。
(原告の主張)
 被告が主張する他の書籍での取扱いでは、著作者名を表示しないことを映像制作者が同意している可能性があり、映像制作者の同意の有無が明らかでない以上、被告の主張する公正な慣行が存在することの根拠とならない。
(6)争点6(故意又は過失の有無)について
(原告の主張)
 原告と被告との間では、本件映像の著作者が原告であり、かつ、その著作権が原告に帰属していることを当然の前提としてやり取りがされてきたから、被告は、原告が本件映像の著作者及び著作権者であることを知っていたか、少なくとも知り得た。
 したがって、被告には、本件映像に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害したことについて、故意又は過失がある。
(被告の主張)
 被告は、本件映像は著作物でないか、仮に著作物であるとしても、原告はその著作者及び著作権者でないと認識していた。
 したがって、被告には、本件映像に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害したことについて、故意も過失もない。
(7)争点7(損害の有無及びその額)について
(原告の主張)
ア 著作権侵害に係る損害
(ア)利用料相当額
 原告は、自身が制作した映像作品について、他者に公衆送信を利用許諾する際の利用料を少なくとも1か月当たり10万円(消費税抜)としている。
 本件複製映像は、少なくとも平成29年8月3日から令和2年12月22日まで40か月以上にわたり、本件サイトにおいて公開されていた。
 したがって、原告は、本件映像に係る利用料相当額の損害を被り、著作権法114条3項により算定されるその損害額は400万円(10万円×40か月)を下らない。
(イ)逸失利益
 仮に、原告が自身の公式ウェブサイトに本件映像を掲載して公開していれば、約3年4か月で164万回以上再生されていたことになるから、かなりの顧客誘引力があったはずである。その潜在顧客から得られたであろう利益は、少なく見積もっても100万円を下らない。
イ 氏名表示権侵害に係る損害
 本件サイトにおいて、本件複製映像の基となった本件映像の著作者が原告であることが表示されなかったため、原告は、本来得られたはずの新規顧客が獲得できなかっただけでなく、自身が一生懸命心を込めて制作した作品について、あたかも著作者でないかのような取扱いをされ、本件複製映像の視聴者や潜在顧客らにもそのように受け止められた。しかも、このような行為が本件映像の制作を原告に委託した被告自身によってされていたとの事実から、原告は多大な精神的苦痛を受けた。
 したがって、原告は、被告による氏名表示権侵害行為により精神的苦痛を被ったものであり、これに対する慰謝料は100万円を下らない。
ウ 弁護士費用
 被告の不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は、60万円を下らない。
(被告の主張)
ア 利用料相当額について
 原告は、自身が制作した映像作品に係る過去の事例に基づいて、本件映像の利用料は1か月当たり10万円を下らないと主張する。しかし、当該映像作品と本件映像との異同及び当該映像作品の利用態様と本件映像の利用態様との異同はいずれも明らかでないから、原告の主張する利用料をもって、本件映像の利用料を認定することはできない。
 また、本件映像を構成する要素には、著作物性を有しないものや原告が著作権を有しないものも含まれているから、原告に支払うべき利用料を算定するに当たっては、かかる部分を差し引くべきである。
 さらに、@本件映像は本件書籍の従たる付属物であること及びAC医師らの存在なくしては本件映像を制作することができなかったことに照らせば、本件映像の制作における原告の寄与度は1割程度にすぎない。
イ 逸失利益について
 原告の主張は、自身の公式ウェブサイトにおいて本件映像を公開していたことを前提とするものである。しかし、原告は、本件映像を自身の公式ウェブサイトにおいて公開することが可能であったのに、敢えて公開していない。そうすると、被告が本件サイトで本件複製映像を公開していなければ、原告が自身の公式ウェブサイトにおいて本件映像を公開していたことが確実であったとはいえないから、被告による本件複製映像の公開行為と原告が主張する損害との間の因果関係はない。
 また、原告は、自身の公式ウェブサイトにおいて本件映像に係る実績を掲載していたから、原告の主張する逸失利益とは、実績の公開では受注できなかったが本件映像を公開すれば受注できた案件に関する利益ということになる。しかし、原告は、この観点に基づく主張立証を何らしていない。
ウ 共同著作物であること
 前記(2)(被告の主張)イ及び(3)(被告の主張)アにおいて主張したとおり、仮に、本件映像が著作物に当たり、かつ、原告が本件映像の著作者であるとしても、本件映像は、C医師らを共同著作者とする共同著作物である上、著作権法29条1項が適用されないから、本件映像の著作権は原告及びC医師ら合計5名により共有されている。そして、民法250条により、各共有者の持分は相等しいものと推定されるから、原告の本件映像に係る著作権の持分は5分の1にすぎない。
 したがって、本件映像に係る著作権侵害によって原告に生じた損害の額も、上記持分割合の範囲に限定される。
エ 氏名表示権侵害に係る損害について
 前記ウのとおり、仮に、本件映像が著作物に当たり、かつ、原告が本件映像の著作者であるとしても、本件映像は、C医師らを共同著作者とする共同著作物である。共同著作物における著作者人格権に基づく損害賠償請求権は、著作権法64条1項により、共同著作者全員の同意がなければ行使し得ないところ、C医師らはその行使に同意していないから、原告が単独で氏名表示権侵害に基づく損害賠償請求をすることはできない。
 仮に、原告が単独で氏名表示権侵害に基づく損害賠償請求権を行使できるとしても、@本件映像が共同著作物であり、原告は著作者の1名にすぎないこと、A本件映像の制作におけるC医師らの寄与度が大きいこと、B本件サイトでの公開は、原告の氏名表示権の侵害を殊更意図してされたものではないこと、C被告は、原告からの通知書を受領した後、直ちに本件複製映像の公開を停止したこと等を考慮すれば、原告の被る精神的苦痛は軽微である。
オ 弁護士費用について
 争う。
カ 遅延損害金について
 継続的不法行為に係る損害賠償請求において、遅延損害金の起算点は、当該継続的不法行為の終了日と解するべきである。
 したがって、仮に、本件において遅延損害金の支払請求が認められるとしても、元金に対する令和2年12月22日から民法所定年3パーセントの割合による金員の限度で請求できるにとどまる。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 前提事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1)本件映像の特徴(乙1)
ア 本件映像は、てんかん発作の13症例に関する別個のアニメーション映像から構成されている。各症例に係る映像は、それぞれ1ないし2分程度の長さであり、次のタイトルが付されている。
@前頭葉てんかん〜運動発作〜
A側頭葉てんかん〜一点を凝視する発作と自動症〜
B過運動発作
C向反発作
D発作後もうろう状態〜発作後に注意すること〜
E欠神発作
F脱力発作(転倒発作)
Gミオクロニー発作
H強直発作
I間代発作
J笑い発作〜特殊なてんかん発作〜
K小児のてんかん〜点頭てんかん〜
L高齢者てんかん〜特殊なてんかん発作〜
イ 各症例に係る映像は、おおむね、次のように構成されている。
 初めに、効果音とともに、冒頭の場面をぼかした画像を背景として、タイトルが大きく表示され、その状態で20ないし30秒程度、ナレーターが、冒頭の「ここでは(発作又はてんかんの名称)の一例を紹介します。」の台詞に続けて、発作の特徴を読み上げる。
 次に、人物が、読書をしたり、テレビを見たりといった日常生活を送っているところ、てんかん発作が起こり、各発作に特徴的な動きが描写される。また、発作を起こす人物以外の人物が、発作中の人物を介助する様子が描写されているものもある。てんかん発作が起こる人物や介助者の年齢、性別、着衣、人相のほか、発作が起こる人物が所在する場所、発作前に行っている動作、背景に描かれている造作は、ミオクロニー発作及び間代発作などの症例に係る映像で共通して用いられている場合を除き、映像ごとに異なっている。発作の前兆や、発作が起こっている際などには、画面上部に、囲み文字で「前兆」、「発作中」などと表示される。
 てんかん発作の動きが描写されている間も、その発作の特徴がナレーターにより読み上げられる。ナレーターが読み上げる内容は、全体を通じて、画面下部に字幕として表示される。
ウ 本件DVDのメニューから「全映像連続再生」を選択すると、前記13症例についての映像が、約17分40秒にわたって順次再生される。
(2)本件映像の制作に至る経緯
ア C医師は、平成24年頃、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらう必要があると考え、本件書籍の執筆の検討を始めた。C医師は、同年12月13日、被告に対し、てんかん発作の動きをアニメーション化した映像を収録したDVDが付属する、てんかんの症状を解説する書籍の出版企画を持ち込んだ。(乙16、17、証人C、被告代表者)
 本件書籍の制作費は、書籍本体部分の費用が約400万円、DVD部分の費用が約400万円の合計約800万円となることが見込まれ、本件書籍を書店で販売するだけでは、制作費の全てを回収することは困難と考えられたため、C医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらうことで、制作費を回収する方針が採用された(被告代表者)。
イ C医師は、アニメーションの制作委託先を探していたところ、平成25年2月頃、自身の患者を介して原告を紹介され、同月21日、C医師の当時の勤務先において、原告と初めて打合せを行った(甲67)。
ウ 原告は、平成25年2月26日、C医師に対し、アニメーション制作費名目で500万円(1本当たり25万円×20本。いずれも消費税抜)の見積書を送付した(甲59)。
 C医師は、同年3月中旬頃、原告に対し、本件書籍の制作費を提供してもらえる製薬会社が見つかりつつあること、出版社との間で、本件書籍が出版された時点で当該出版社から原告に制作費の支払をするよう調整していることなどを伝えた(甲68)。
 被告は、その後、原告に対し、本件映像の制作を委託した(前提事実(2)イ)。
(3)本件映像の制作過程における具体的作業
ア C医師は、てんかん発作を一般人に分かりやすく伝えるとの観点から、本件書籍で取り上げる13症例を選定し、本件書籍中で紹介する順序を決定した(乙17、証人C)。
 C医師は、平成25年2月から3月にかけて、原告に対し、本件映像に登場するてんかん発作を起こす人物のイメージを伝えた(甲57)。
 また、C医師は、同年6月30日、原告に対し、向反発作、高齢者てんかん及び欠神発作についての発作の特徴を説明するとともに、これらの各発作の参考動画を送付した。その際、C医師は、向反発作に係る映像の人物は日本人の青年の男性とすること、高齢者てんかんに係る映像の人物は、70歳くらいで、斜め上から顔が分かるようにしてほしいことなどを伝えた。(甲38)
 さらに、C医師は、同年8月2日、原告に対し、点頭てんかんについての参考動画を送付し、人物を描写する方向は正面の方がよいのではないかとの考えを示した(甲41)。
 C医師は、上記以外にも、てんかん発作が起こる人物や状況について原告に指示を行ったが、その際、本件映像の視聴者がてんかん発作の動きに集中できるよう、人物のデザインや背景等を目立たせすぎないように配慮していた。もっとも、C医師が、原告に対して行った状況に関する指示は、時間帯や介助者の有無などの、てんかん発作を理解するために必要な事項にとどまっていた。(甲52、57、58、乙17、証人C)
イ 原告は、本件映像の制作に当たり、次の各作業を自ら行ったほか、本件映像に係るナレーション原稿の草案を作成した(甲50、51、原告本人)。
 絵コンテ 映像の流れ、画面の構図、キャラクターの動き及び位置、背景、台詞、字幕並びに各場面の秒数を記載した図面の作成
 レイアウト 絵コンテよりも細かくキャラクターや背景、構図、画角及び光源を決定した図面の作成
 背景 レイアウトで描いた背景を整理し、美術の技術で具体的に緻密に描き込んだ絵の作成
 原画 レイアウトに基づいて、キャラクターのキーポイントとなる部分の絵の作成
 動画 原画の間に入れるキャラクターの動きを補完する絵の作成
 彩色 キャラクターに彩色を施す作業
 撮影 これまでに作成した各素材を合成して映像を作成する作業
 音響 映像内で使用する音楽の選曲、声優によるナレーションの収録、収録した音声の調整等の作業
 編集 音声の合成や字幕の作成、尺の調整等の作業
 なお、原告は、本件映像の原画、レイアウト、背景及びナレーション制作の一部を他の業者に委託したところ、これらの業者との契約は原告が当事者となり、業者の選定、業者に対する指示、委託代金の支払は全て原告によって行われた(甲42ないし47、原告本人)。
 前記アのとおり、C医師が、原告に対して行ったてんかん発作が起こる状況に関する指示は、時間帯や介助者の有無などの、てんかん発作を理解するために必要な事項にとどまったため、それ以外の事項については、原告の裁量で決定された(原告本人)。
ウ C医師は、制作中の絵コンテやラフ原画を自ら確認するとともに、一部の症例について、D医師及びE医師に、その確認を依頼した。C医師は、D医師及びE医師からの意見も踏まえ、てんかん発作の動きが医学的に正確に表現されていないと判断した箇所について、原告に修正を求めた。(甲40、53、73、乙4、5、証人C)
 また、C医師及び被告代表者は、原告が作成したナレーション原稿の草案及び字幕における医学的に不正確な表現を修正したほか、本件書籍の内容との整合性を確認した。その結果、本件映像に収録されている発作の再生順序は、本件書籍において紹介されている順序と一致させることとされた。(乙6、7、9、10、16、17、被告代表者)
 このほか、C医師及び被告代表者は、本件映像に用いられているフォント及びメニュー画面についての修正を指示した(乙4の6、8、16、17、証人C)。
エ 被告代表者は、平成26年2月3日、原告及びC医師に対し、本件DVDのレーベル面のレイアウト案を送付した。当該レイアウト案においては、著作権表示として「(c)××××××」と記載されていた。(甲66)
オ 原告は、C医師による本件映像の最終確認を経た後、平成26年2月5日頃、被告に対し、本件映像のデータを納品した(前提事実(2)イ、甲54、81、証人C)。
(4)本件書籍の発行
ア C医師は、本件映像が制作されるのと並行して本件書籍を執筆した(乙17)。
イ 被告は、平成26年3月、本件書籍を1冊2300円(消費税込)で発行した(前提事実(2)ウ、甲87)。
 本件書籍には、本件DVDが付属しているほか、本文中の挿絵及びカバーのイラストとして本件映像から切り出された静止画が75点掲載されている(乙1)。
(5)本件映像の制作費に関するやりとり
ア 原告は、平成25年11月14日、被告代表者に対し、本件映像の制作費に関し、D医師による修正指示及びスケジュール遅滞に起因する人員増の影響で、1本当たり25万円としていた予算を超過しているものの、1本当たり30万円に抑制できるよう努力していることや、別途マスターDVDの作成費を要することなどを伝えた(甲60)。
 原告の申入れを受けて、被告代表者が、同月15日、C医師に対し、更に300冊強の購入先を確保する必要がある旨を伝えたところ、C医師は、同月16日、被告代表者に対し、自身で制作費を負担する、学会などで講演して得られる謝金を充てる、当時の勤務先を含めて更に本件書籍の購入先を探すなどの方策を検討する旨回答した(乙16、被告代表者)。
イ C医師は、本件書籍の執筆と並行して、複数の製薬会社に本件書籍に係る営業活動を行い、最終的に総額約815万円分の購入約束を取り付けた(甲30、38、61、68、69、71、72、乙6の1、16、被告代表者)。
ウ 原告は、被告に対し、平成26年4月13日付けの請求書を送付して、てんかんアニメーション制作費(単価30万円×12)、イラスト制作費(単価9000円×24)及びDVDオーサリング費(10万円)の名目で、合計391万6000円(いずれも消費税抜)並びにこれに対する消費税31万3280円を請求した(乙12)。
 さらに、原告は、被告代表者に対し、同月14日付けのメールにより、追加依頼により生じた制作費(@「間代発作」編集費及びナレーション作成費、A追加フォント使用料、Bナレーション原稿作成費)10万円については、原告の持ち出しとするのではなく、C医師に当該増加分を負担してもらうか、営業をがんばってもらうことなどで補填してもらうことにしたいとの趣旨を伝えた(甲61)。
エ 被告代表者は、原告に対し、平成26年5月14日付けのメールにより、製薬会社からの大口(約300万円)の入金がされていないため、原告への制作費の支払時期を同年6月末としてもらいたいこと、印税として増刷以降1パーセントを支払うこと、C医師の印税は、初版分はなく、増刷以降は3パーセントであることを伝えた(甲30)。
 原告は、被告代表者に対し、同年5月18日付けのメールにより、制作費の支払時期と印税の支払条件について承諾する旨を回答した(甲69)。
オ 被告は、平成26年6月、原告に対し、制作費を分割払いとした上で、支払時期を延期することを求め、最終的に、同年8月10日までに411万1800円(消費税込)を支払った(甲84、85、97)。
(6)本件複製映像の公開
ア 被告は、平成29年8月3日、本件サイトにおいて、本件書籍を紹介する被告のウェブサイトへのリンクを設けた上、本件複製映像を誰もが閲覧可能な状態で公開した(前提事実(3)、甲9)。
イ 原告は、令和2年7月13日、本件サイトにおいて本件複製映像が公開されていることを知り、同月16日、被告代表者に対し、本件サイトから本件複製映像を削除するよう求めた(甲96、97)。
 被告は、同年12月22日、本件複製映像の公開を停止した(前提事実(3))。
ウ 本件サイトにおける本件複製映像の再生数は、令和2年12月17日時点で164万5870回であった(甲9)。
2 争点1(本件映像の著作物性)について
(1)本件映像の創作性について
ア 本件映像は、てんかん発作を正しく理解してもらうことを目的として制作されたものであって(前記1(2)ア)、本件映像におけるてんかん発作の動きは、医学的に正確なものとなるよう、C医師、D医師及びE医師による確認及び修正指示を経たものである(前記1(3)ウ)。そうすると、本件映像において表現されているてんかん発作の動きは、医学的にあるべき表現に収斂したものであって、選択の幅があるとはいえないから、この点において思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 また、ナレーションについても、冒頭の「ここでは…の一例を紹介します。」の部分は、ある事柄を紹介する文章の冒頭に設けられるありふれた表現であるから、表現上の創作性があるものと認めることはできないし、その後に続く各症例の特徴を紹介する部分は、医学的知見に属する事実を述べるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものとは認められない。
 この点、原告は、原告が作成したナレーション原稿の草案に原告以外の人間による様々な指摘や修正意見が付されていることを根拠に、上記ナレーションには創作性が認められる旨を主張する。しかし、証拠(乙10)及び弁論の全趣旨によれば、それらの指摘等は、上記ナレーションの表現を医学的に正確なものにすることを企図したものと認められ、むしろ、表現の選択の幅が狭いことを示すものといえるから、上記の認定を左右するものではない。しかも、原告は、個々のナレーションの表現について、他に採り得る医学的に正確な表現が複数存在することや、そのような複数の表現の中から敢えて当該表現が選択されたことについて、具体的に主張立証するものではない。したがって、原告の上記主張は採用することはできない。
イ これに対し、本件映像は、前記1(1)イのとおり、人物が日常生活を送っている最中にてんかん発作が起こる状況を描写しているものであるところ、人物が日常生活を送っている様子を描写するためには、その人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具等のほか、人物を捉える方向や画角など様々な要素を考慮する必要があると考えられる。
 本件映像は、上記のような、日常生活を送っている様子を描写するための多種多様な要素の中から、視聴者が、敢えて意識をしなくとも、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるよう、人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具等のほか、人物を捉える方向や画角について、表現の選択がされているものと認められ(前記1(3)ア、乙1)、これらの点において作成者の個性が発揮されているものといえる。
ウ また、本件映像において、どの症例を取り上げるのか、選択した症例をどのような順序で表示させるのかについては、様々な組合せがあり得ると考えられるから、本件映像においては、素材である症例ごとの映像の選択及び配列にも作成者の個性が発揮されているといえる。
(2)小括
 したがって、本件映像は、前記(1)イ及びウの点において、作成者の「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)に当たるというべきであり、よって、著作物性を認めることができる。
3 争点2(本件映像の著作者)について
(1)映画の著作物該当性について
 前記2、証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば、本件映像は、映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物であると認められるから、映画の著作物に当たるというべきである(著作権法2条3項)。
(2)原告について
 前記1(3)イのとおり、原告は、本件映像の制作に当たり、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の各作成並びに彩色、撮影、音響及び編集の各作業を自ら行ったほか、本件映像の原画、レイアウト、背景、ナレーション制作の一部を他の業者に委託したものの、これらの業者に対する指示を行ったことが認められる。
 そして、前記2(1)イのとおり、本件映像に描写されている人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具のほか、人物を捉える方向や画角については、視聴者が、敢えて意識をしなくとも、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるように選択がされているものと認められ、作成者の思想又は感情が創作的に表現されているといえるところ、これらの創作的な表現は、原告の上記各行為によって作出されたものといえる。
 したがって、原告は、少なくとも本件映像の監督、演出、美術等を担当して、その全体的形成に創作的に寄与した者と認めるのが相当である。
(3)C医師について
ア 本件映像の制作過程におけるC医師の役割及び関与について、以下の事実を指摘することができる。
 まず、C医師は、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらうことを目的として本件書籍を執筆し、これに付属させるものとして、てんかん発作の動きをアニメーション化した映像である本件映像の制作を具体的に企画した。本件映像で取り上げられている症例及びその再生順序も、本件書籍に準拠して定められたものであるから、実質的にはC医師によって決定されたといえる(前記1(2)ア、(3)ア及びウ、(4)ア)。
 また、C医師は、原告に対し、てんかん発作の動きに関する参考動画を示した上、てんかん発作が起こる人物の性別、年齢、着衣のほか、発作前後の動作のイメージや人物を捉える角度についても、種々指示を行い、最終的にそれらを決定したものである。さらに、C医師は、てんかん発作が起こる人物や状況について指示をする際、本件映像の視聴者がてんかん発作の動きに集中できるよう、人物のデザインや背景等を目立たせすぎないように配慮していたものである。(前記1(3)ア)
 加えて、字幕のフォントやメニューのデザインについても、C医師の意見が反映されている(前記1(3)ウ)。
 しかも、本件映像の完成の判断は、C医師に委ねられていた(前記1(3)オ)。
イ 前記アのとおり、C医師は、本件映像の制作に当たり、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらうとの目的の下、取り上げるべき症例の選択及び順序を決定し、本件映像の視聴者がてんかん発作の動きに集中できるよう、人物のデザインや背景等を目立たせすぎないようにするとの一貫したコンセプトに基づいて、原告に対し、参考動画を示した上で、てんかん発作を起こす人物の性別、年齢、着衣、人物を捉える角度について指示し、最終的に制作された本件映像が完成したか否かの判断をしていたことが認められる。
 上記のような本件映像の制作過程におけるC医師の役割、関与の程度に鑑みれば、C医師は、少なくとも本件映像の制作を担当して、その全体的形成に創作的に寄与した者と認めるのが相当である。
(4)被告代表者について
 被告は、被告代表者も本件映像の著作者であると主張する。
 そこで検討すると、前記1(3)ウのとおり、被告代表者は、本件映像について、本件書籍の内容との整合性を確認したことが認められる。しかし、本件映像に収録されている発作の選択及び順序は、本件書籍に収録する症例の選択及び順序を直接反映したものにすぎないところ、本件書籍に収録する症例の選択及び順序について、被告代表者が個性を発揮したと認めるに足りる証拠はない。このほか、本件全証拠によっても、被告代表者の当該行為が創作性を有するものであったと認めることはできない。
 また、前記1(3)ウのとおり、被告代表者は、C医師とともに、原告が作成したナレーション原稿の草案及び字幕における表現を修正したことが認められるものの、前記2(1)アのとおり、ナレーションは思想又は感情を創作的に表現したものとは認められない。
 このほか、前記1(3)ウのとおり、被告代表者は、C医師とともに、本件映像に用いられているフォント等の修正を指示したことが認められるものの、そのような部分的な関与をもって、直ちに、本件映像の全体的形成に創作的に寄与したとはいえない。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(5)D医師及びE医師について
 被告は、D医師及びE医師も本件映像の著作者であると主張する。
 しかし、前記1(3)ウのとおり、D医師及びE医師は、本件映像の制作過程において、一部の症例について、制作中の絵コンテやラフ原画を見て、てんかん発作の動きが医学的に正確に表現されているかを確認し、C医師を介して修正指示をしたにとどまる。そして、前記2(1)アのとおり、本件映像に表現されているてんかん発作の動きは、思想又は感情を創作的に表現したものとは認められないから、D医師及びE医師が、本件映像の全体的形成に創作的に寄与した者とはいえない。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(6)小括
 以上によれば、本件映像の著作者は、原告及びC医師であると認められる。。(ママ)
4 争点3(本件映像の著作権者)について
(1)本件映像の著作権の帰属に関して著作権法29条1項が適用されるか否かについて
ア 著作権法29条1項は、「映画の著作物…の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定する。
 この規定は、映画の著作物には多数の著作者が存在し得るところ、全ての著作者に著作権の行使を認めると、著作物の円滑な利用が妨げられること、映画の著作物の製作に当たり、映画製作者が自己のリスクの下に多大な製作費を投資する例が多いため、その投下資本の回収を図る必要があることなどの点を考慮して、所定の要件を具備する映画の著作物の著作権を映画製作者に帰属させることとしたものと解される。
 そして、著作権法は、同法15条の規定の適用を受けるものと同法29条2項又は3項の適用を受けるものを除く全ての「映画の著作物」の著作権につき、同条1項の適用によりその帰属を決するものとしていると解される。
 これを本件についてみると、前記3(1)のとおり、本件映像は、「映画の著作物」であると認められるから、その著作権の帰属に関しては、同項の適用により決定されることになる。
イ これに対し、被告は、著作権法29条1項は劇場用映画を想定した規定であり、本件書籍の従たる付属物として作成された本件映像には適用されないと主張する。
 そこで検討するに、前記1及び3において認定したとおり、本件映像の制作には、原告及びC医師以外にも、原告が委託した業者を含め多数の者が関与しており、多数の著作者が存在し得るものといえる。また、本件書籍は、題号が「アニメとイラストでわかるてんかんのすべて知っておきたい『てんかんの発作』」とされ、本文中の挿絵として本件映像から切り出された静止画が複数掲載されているように(前提事実(2)ウ、前記1(4)イ)、本件DVDが付属する形態で販売されることが前提となっている上、本件書籍を増刷する際には、本件DVDに収録されている本件映像及び上記各静止画も併せて複製しなければならないから、本件映像の円滑な利用を図るためには、特定の者に著作権を集中的に行使させる必要があるといえる。費用の点についてみても、本件映像の最終的な製作費は411万1800円(消費税込。前記1(5)オ)と必ずしも低額なものとはいえず、これを支出した主体に回収の機会を与える必要性を否定できない。
 これらの事情に照らせば、本件映像について、著作権法29条1項の適用を排除しなければならない合理的な理由があるとはいえず、被告の上記主張は採用することができない。
ウ したがって、本件映像の著作権の帰属に関しては、著作権法29条1項が適用されるというべきである。
(2)本件映像の映画製作者について
ア 映画製作者の意義及び本件における判断基準
 著作権法29条1項の「映画製作者」、すなわち「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」(著作権法2条1項10号)とは、その文言及び前記の同法29条1項の趣旨に照らせば、映画の著作物を製作する意思を有し、当該著作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であって、そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者であると解するのが相当である。
 そして、本件において、上記の定義のうち当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者であるか否かを判断するに当たっては、前記1(2)、(4)及び(5)のとおり、本件映像が、本件書籍に付属するものとして制作されたことから、本件書籍と一体となって書店等で販売されることにより、将来的に投下資本の回収が図られることが企図されていたのみならず、本件書籍を製薬会社等に相当数購入してもらうことにより、その制作に要する費用を賄うことが予定されていたという点も、併せて考慮されるべきである。
イ 原告について
 原告は、本件映像を製作する意思を有するとともに、製作に関する法律上の権利義務の帰属主体となり、製作費の支出主体となるという責任を有する者、すなわち本件映像の映画製作者は原告であると主張する。
 しかし、本件映像の制作に先立ち、その費用については、製薬会社等による本件書籍の買取代金を充てることが前提とされていたこと(前記1(2)ア)、原告が追加依頼によって生じた制作費の増加分を請求するに当たって被告代表者に宛てた平成26年5月14日付けのメールでは、C医師において当該増加分を負担してもらうか、本件書籍の購入先に係る営業活動をしてもらうとの認識が示されていたこと(前記1(5)ウ)に鑑みれば、原告において本件映像が付属する本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクや本件映像の制作に要する費用の調達に係るリスクを専ら負担していたとはいえないから、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者であるとはいえない。
 したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
ウ 被告について
 被告は、本件映像を含む本件書籍の発行に係る事業リスクを専ら負担しているのであるから、被告が、本件映像を製作する意思を有し、製作に関する法律上の権利義務の帰属主体となり、製作費用の支出主体となる責任を有する者、すなわち本件映像の映画製作者であると主張する。
 しかし、本件映像の制作に先立ち、その費用については製薬会社等による本件書籍の買取代金を充てることが前提とされていたこと(前記1(2)ア)、原告から制作費の増額が見込まれる旨が指摘された際、被告は、C医師に対し、本件書籍の購入先の確保を求め、C医師が自ら負担することも選択肢とされていたこと(前記1(5)ア)、被告は、原告に対する制作費の支払について、製薬会社からの大口の入金がされていないとして支払時期の延期を求めたこと(前記1(5)エ)に鑑みれば、被告において本件映像が付属する本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクや本件映像の制作に要する費用の調達に係るリスクを専ら負担していたとはいえないから、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者であるとはいえない。
 また、本件映像の制作を企画したのはC医師であって、本件映像の制作過程における被告又は被告代表者の関与の程度に照らしても、被告が本件映像を製作する意思を有する者であるともいえない。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
エ C医師について
 前記1(2)及び(3)のとおり、C医師は、本件映像の制作を企画したのみならず、その制作業者である原告に委託することを実質的に決定した上、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらうとの目的を達成するために、本件映像において取り上げるべき症例を選定し、原告に対し、てんかん発作の動きに関する参考動画を示したり、てんかん発作を起こす人物の性別、年齢、服装のほか、発作前後の動作のイメージや人物を捉える角度、介助者の存否について指示したりしたことに加え、本件映像の完成の判断は、C医師に委ねられていたことが認められる。これらの事情に照らせば、C医師は、本件映像を製作する意思を有していた者と認めるのが相当である。
 そして、本件映像の制作費は、専らC医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらい、その代金で賄うこととされ、C医師が当該製薬会社等への営業活動を担っていたこと(前記1(2)ア、ウ、(5)ア、イ)、原告から制作費の増額を求められた際には、C医師が自ら負担することも選択肢とされていたこと(前記1(5)ア)に鑑みれば、C医師において本件映像が付属する本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクを専ら負担していたといえるから、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者と認めるのが相当である。
 また、C医師は、本件書籍の著作者であるところ(前提事実(2)ウ)、その著作権が他の者に譲渡されたと認めるに足りる証拠はないから、本件書籍の著作権者と認められる。そして、前記(1)イのとおり、本件書籍は、本件DVDが付属する形態で販売することが前提とされており、増刷する際には、本件DVDに収録されている本件映像及び本件映像から切り出された静止画も併せて複製しなければならないから、本件書籍を書店等で販売することにより投下資本を回収するとの観点からも、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者は、本件書籍の著作権者であるC医師 と認められる。
 したがって、本件映像の映画製作者はC医師と認めるのが相当である。
(3)本件映像の製作への参加約束について
 前記1(2)において認定した本件映像の制作に至る経緯に照らせば、本件映像の共同著作者である原告は、映画製作者であるC医師に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められる。
(4)小括
 以上によれば、本件映像の著作権は、著作権法29条1項により、C医師に帰属すると認められる。
5 争点5(著作者名表示の省略の可否)について
(1)被告は、本件において、本件複製映像を視聴した者において本件映像の著作者を調査できる状況にあったから、原告が著作者であることを主張する利益を害するおそれはなく、かつ、書籍に付属するDVDに収録された映像を動画共有サイト等で公開する際、当該サイト等において当該映像の著作者を表示しないのが通例であり、これが公正な慣行であると主張する。
 しかし、被告が証拠として提出する書籍やDVDに関し、収録されている映像の著作者が誰であるのか、その権利関係の処理がどのようにされているのは何ら明らかでなく、本件全証拠によっても、被告が主張する慣行が存在すると認めることはできない。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(2)前提事実(3)のとおり、被告は、原告の実名又は変名を著作者名として表示することなく、本件サイトにおいて本件複製映像を公開していたのであるから、この行為により、本件映像に係る原告の氏名表示権を侵害したというべきである。
6 争点6(故意又は過失の有無)について
 本件映像のような映像作品が映画の著作物に当たり得ることは、同じく著作物である書籍の企画・編集・制作・販売を行う出版社である被告にとって(前提事実(1)イ)、容易に認識可能であったというべきである。そして、被告において、本件複製映像を公開する前に、本件映像が著作物に当たらないとか、原告が本件映像の著作者でないとの点について法的な観点から調査検討したことを認めるに足りる証拠はない。
 これらの事情に照らせば、被告には、本件映像に係る原告の氏名表示権を侵害したことについて、少なくとも過失があるというべきである。
7 争点7(損害の有無及びその額)について
(1)著作権侵害に係る損害について
 前記4において説示したとおり、原告は本件映像の著作権者と認められないから、原告において著作権侵害を前提とする利用料相当額及び逸失利益の損害が生じたと認めることはできない。
(2)氏名表示権侵害に係る損害について
ア この点に関し、被告は、著作権法64条1項を指摘して、本件映像はC医師らの共同著作物であるところ、共同著作物における著作者人格権に基づく損害賠償請求権は、共同著作者全員の同意がなければ行使し得ないと主張する。
イ そこで検討すると、前記3において認定した本件映像の制作過程における原告及びC医師の関与の態様及びその関与によって完成した本件映像の内容に鑑みれば、本件映像は、原告及びC医師が共同して創作した著作物であって、両名の寄与を分離して個別的に利用することができないものと認められるから、原告とC医師を著作者とする共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たると認められる。
 しかし、同法64条1項所定の「行使する」とは、著作者名の表示を変更するなど著作者人格権の内容を具体的に実現することをいうと解されるから、本件のように、第三者によって著作者人格権が侵害された場合に慰謝料を請求することは、同項所定の「行使する」に当たらない。
 したがって、原告は、C医師の同意がなくとも、被告に対し、本件映像に係る氏名表示権侵害を理由とする損害賠償を請求することができる。
ウ 前記3(1)及び(2)のとおり、C医師から伝えられたイメージを前提としたものではあるものの、原告は、本件映像の制作に当たり、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の各作成並びに彩色、撮影、音響及び編集の各作業を自ら行ったほか、本件映像の制作を委託した業者に対する指示を通じて、視聴者が、敢えて意識をしなくとも、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるよう、本件映像に描写されている人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具、人物を捉える方向や画角につき、原告の思想又は感情を創作的かつ具体的に表現したといえる。
 また、本件サイトにおいて本件複製映像が公開されていた期間は約3年4か月に及び、その再生回数は少なくとも160万回以上に達していた(前記1(6))。
 他方で、本件サイトに設けられた本件書籍を紹介する被告のウェブサイトへのリンク及び本件書籍の奥付の記載から、本件複製映像を視聴した者において、原告が本件映像の制作に関与したことを認識することが一応可能であったといえる(前提事実(2)ウ、前記1(6)ア)。以上に加えて、出版社として本件DVDに著作権者の表示をしながら本件映像の著作物性を争うなどの被告の本件訴訟前及び本件訴訟遂行における態度を含め、本件に現れた諸事情を考慮すると、氏名表示権侵害に係る慰謝料の額は50万円と認めるのが相当である。
(3)弁護士費用について
 被告による氏名表示権侵害行為と相当因果関係がある弁護士費用は5万円と認められる。
(4)遅延損害金について
 被告による氏名表示権侵害行為は、平成29年8月3日から令和2年12月22日までの間、本件サイトにおいて原告の氏名又は変名を表示することなく本件複製映像を公開し続けたという継続的不法行為であって、前記(2)において説示した損害額も、当該全期間にわたって当該行為がされたことを前提として算定されたものであることに照らすと、遅延損害金の起算日を継続的不法行為の終了時である同日とするのが相当である。
 そして、上記の起算日を前提とすれば、民法所定の遅延損害金の利率は年3パーセントとなる。
第4 結論
 以上によれば、原告の被告に対する請求は、本件映像に係る著作者人格権(氏名表示権)侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償として、損害金55万円及びこれに対する令和2年12月22日(最終の不法行為の日)から支払済みまで民法所定年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 間明宏充
 裁判官 小川暁は、転補につき、署名押印することができない。
裁判長裁判官 國分隆文


別紙 映像目録
題名 知っておきたい「てんかんの発作」アニメーションDVD
時間 17分45秒
形式 VOB
サイズ 約982,450KB(959MB)
 以上
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