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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件S
【年月日】令和5年7月28日
 東京地裁 令和4年(ワ)第18722号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年7月5日)

判決
原告 株式会社MBM
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 松田真


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は,別紙動画目録記載の動画の著作権を有する原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者がファイル共有ネットワークであるBitTorrentを使用して当該動画の複製物を公衆送信し、又は動画の複製物が記録された端末をBitTorrentのネットワークに接続して送信可能化状態にしたことで、原告の著作権(公衆送信権又は送信可能化権)を侵害したことが明らかであるところ、上記氏名不詳者は、上記各侵害通信又は上記各侵害に関連する通信を被告の提供するプロバイダを経由して行ったことから、原告の損害賠償請求権等の行使のために必要であると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項所定の発信者情報開示請求権に基づき、上記の通信に係る発信者情報の開示を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者について
 原告は、映像の企画、制作等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
 被告は、インターネット接続サービスを提供する株式会社であり(争いがない事実)、プロバイダ責任制限法2条3項の特定電気通信役務提供者に当たる。
(2)著作権者について
 原告は、別紙動画目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)の著作者であり(甲2の5、2の47、弁論の全趣旨。)、本件各動画の著作権を有する。
(3)発信者情報の保有について
 別紙発信者情報目録記載の各IPアドレス及び各発信元ポート番号を用いて同目録記載の日時に行われた各通信(以下「本件各通信」という。)は、被告の電気通信設備を介して行われており、被告は、別紙発信者情報目録記載の各情報を保有している(弁論の全趣旨)。
(4)BitTorrent(以下「ビットトレント」と表記する。)の概要等について(甲4、5、8)
 ビットトレントは、ピアツーピア形式のファイル共有のネットワークである。特定のファイルをダウンロードしようとするユーザー(リーチャー)は、ファイルをダウンロードするためのビットトレントの「クライアントソフト」を自己の端末にインストールした上で、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトにアクセスするなどして、目的のファイルの所在等についての情報が記載された「トレントファイル」を取得して自己の端末内のクライアントソフトに読み込むと、同端末は、「トラッカー」と呼ばれる管理サーバと通信を行い、目的のファイル(データ全部のみならず、ピースと呼ばれるデータの一部も含む。以下同じ。)を保有している他のユーザーのIPアドレスを取得して通信を行い、それらのユーザーと接続した上で、当該ファイルのダウンロードを行うものである。ファイルをダウンロードしたユーザーは、自動的にピアとして「トラッカー」に登録され、他のピアからの要求に応じて当該ファイルを提供してダウンロードさせることになる。
 なお、ユーザーは、分割されたファイルを複数のピアから取得するが、クライアントソフトは、トレントファイルに記録された各ピースのハッシュや再構築に必要なデータに基づき、各ピースを完全な状態のファイルに復元する。
(5)原告による調査(甲1の5、1の36、4、5、8)
 原告は、株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件各動画について、ビットトレントを利用した著作権侵害行為の監視を依頼した。本件調査会社は、インデックスサイト上で本件各動画のトレントファイルをダウンロードし、ビットトレントを制作した会社が開発した「μTorrent」というクライアントソフト(以下「本件ソフト」という。)を起動して、本件ソフトを用いて当該トレントファイルからダウンロードすることで、本件各動画の複製物のダウンロードを開始し、当該ダウンロード中、本件ソフトにより、調査を行っている端末の画面上にビットトレントに接続して本件各動画のデータをアップロード及びダウンロードしているピア(以下「本件各発信者」という。)がした通信に際して割り当てられたIPアドレス及びその日時を表示させ、その画面を画像として記録し、さらに、実際に本件各発信者からダウンロードしたファイルを開いて本件各動画と比較し、ダウンロードしたデータが本件各動画のデータと同一のものであることを確認する方法により、調査を行った(以下、この調査を「本件調査」という。)。本件調査の結果、調査を行っている端末の画面には、本件各動画のデータをアップロード及びダウンロードしていた際の本件各発信者がした通信の日時及びその際に割り当てられたIPアドレスとして、別紙発信者情報目録記載の各日時及び各IPアドレスが表示された。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
 本件の争点は、プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示を請求する者の権利が侵害された」といえるか否かである。
(原告の主張)
(1)ビットトレントの仕組みによれば、ビットトレントのクライアントソフトウェアがダウンロードされている端末がインターネットに接続され、当該端末が他の利用者からファイルを受信している間は、同時に、公衆である他の利用者からの求めに応じて当該端末は自動的に他の利用者の端末へファイルを送信している。そして、本件各発信者は、ビットトレントを利用して他のビットトレントの利用者と本件各動画を送受信しており、このことで、本件各動画は送信可能化状態にされ、かつ、自動公衆送信されているから、本件各発信者は、原告の著作権(公衆送信権又は送信可能化権)を侵害している。
(2)そして、特定電気通信とは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信…をいう」(プロバイダ責任制限法2条1号)とされるところ、著作権侵害の損害賠償の場合には、ここにいう「送信」には送信可能化や自動公衆送信も含まれるというべきである。また、プロバイダ責任制限法5条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」とは、権利を侵害したものとして問題となっている特定電気通信による情報に関する発信者情報をいうが、これは現実に発信した際に把握される発信者情報に限定されない。
 本件において、本件調査会社は本件ソフトを利用して送信可能化をしている本件各発信者を特定し、本件各発信者から現実に本件各動画のデータをダウンロードしていることから、本件各発信者は公衆送信権侵害をしたことは明らかであり、本件調査の結果、その取得元のIPアドレスが表示された。仮に、本件調査会社が現実に本件各動画のデータを取得させた電気通信の送信のみが特定電気通信に該当するとしても、本件において、本件各発信者が公衆送信権を侵害したことが明らかである。
(3)したがって、原告は、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示を請求する者の権利が侵害された」といえることが明らかといえる。
(被告の主張)
(1)本件調査結果によれば、調査時点において本件各動画はそれぞれの動画の全てがダウンロードされておらず、アップロード可能な状態となっているのは、それぞれの動画の全てではないこととなる。そのような不完全な動画データをアップロード可能な状態にしたとしても、これをもって本件各動画の送信可能化権侵害であると評価することはできない。
(2)仮に、本件調査の時点において本件各動画が送信可能化状態であったと評価できたとしても、ビットトレントの仕様によれば、本件各動画が送信可能化されたのは、本件調査に先立って本件各動画がピアの端末にダウンロードされたからにほかならず、原告の送信可能化権は、そのファイルのダウンロードによって侵害されたといえる。そして、ピアがファイルをダウンロードする行為は、自身がファイル等のデータを受信する行為であって、プロバイダ責任制限法第2条1号の特定電気通信に当たらない。
 原告は、ビットトレントが、ファイルをダウンロードするとともにアップロードするものであることをもって、送信可能化権侵害も特定電気通信による情報の流通による権利侵害に該当する旨主張するが、ビットトレントの仕様によれば、ファイルのピースレベルで考える限り、アップロードに先立ち必ずダウンロードがされている。したがって、当該ファイルが送信可能化状態に至ったのは当該ファイルのピースがダウンロードされたからにほかならず、送信可能化権を侵害する行為は当該ダウンロードであって、この通信は特定電気通信に当たらないから、情報の流通によって送信可能化権侵害が生じていない。
(3)したがって、原告の送信可能化権は、仮にこれが侵害されとしても、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示を請求する者の権利が侵害された」といえるとはいえない。
(4)「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」公衆送信権が侵害された旨の原告の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 本件調査結果について検討する。
 本件調査会社がした調査においては、調査対象となる動画データの約21.3パーセントをダウンロードするのに約50分(甲13)、約2パーセントをダウンロードするのに約10分(甲20)かかっている。そして、その間、対象となる動画に関してピアに割り当てられているものとして表示されたIPアドレスは一度も変化しなかった。前記第2の2(5)のとおりの本件調査の内容からすると、本件調査の際も同様であったと推認することができる。そして、証拠(甲1の5、1の36)によれば、本件調査会社がIPアドレスの表示された画面を画像として記録したのは、本件調査会社の端末が本件動画を継続的にダウンロードしているときであり、また、上記端末の画面には、その時点で本件調査会社の端末に上記ダウンロードに係る送信をしていた者に割り当てられていたIPアドレスが表示されていたと認められる。
 また、証拠(甲12)によれば、本件調査会社がある動画を約45パーセント程度しかダウンロードしていない状態においても当該動画の再生ができることが認められ、動画のデータ全てのダウンロードが終了していない状態であってもその動画を閲覧でき、前記第2の2(5)のとおりの本件調査の内容からすると、本件調査においても同様であったと認められる。
 前記第2の2(5)の事実にこれらの事情を併せ考えれば、本件調査会社は、別紙発信者情報目録記載の日時に同目録記載のIPアドレスを割り当てられていた本件各発信者から、その時点において、本件各動画のデータの複製物をダウンロードしたと認められる。そうすると、本件各発信者は、本件通信によって、原告が著作権を有する本件動画を自動公衆送信したといえるから、本件において、プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害された」ことが明らかであるといえる。
 なお、原告による送信可能化権侵害の主張に対する第2の3の被告の主張記載の事情は、上記のとおり公衆送信権侵害が認められる本件において、結論に影響するものではない。
2 弁論の全趣旨によれば、原告は本件各発信者に対して損害賠償請求等をする予定であることが認められる。そのためには、原告に本件各通信の発信者情報の開示をする必要があるといえるから、原告には、プロバイダ責任制限法5条1項2号の「正当な理由がある」といえる。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求はいずれも理由があるから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 杉田時基
 裁判官 仲田憲史


(別紙)発信者情報目録
 以下の各日時に以下の各IPアドレス及び発信元ポート番号を割り当てられていた契約者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス。
(以下記載省略)

(別紙)動画目録
 記載省略
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