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【事件名】オプテージへの発信者情報開示請求事件D
【年月日】令和5年6月29日
 大阪地裁 令和4年(ワ)第1840号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結の日 令和5年4月24日)

判決
原告 株式会社ケイ・エム・プロデュース
同代表者代表取締役
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 角地山宗行
被告 株式会社オプテージ
同代表者代表取締役
同訴訟代理人弁護士 嶋野修司
同 増田拓也
同 黒瀧海詩


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告との契約者である氏名不詳者ら(以下「本件契約者ら」という。)がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用して、原告が著作権を有する別紙著作物目録記載の各動画(以下「本件各著作物」という。)の複製物の電子データを送信可能化したことにより、本件各著作物に係る原告の著作権(送信可能化権)が侵害されたことが明らかであると主張して、電気通信事業を営む被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
 なお、原告は、本件訴訟の提起時には、令和3年法律第27号による改正前の法(以下「旧法」という。)4条1項に基づき本件発信者情報の開示を求めていたが、その後、同開示請求の根拠条文として、上記改正後の法(令和4年10月1日施行。以下「改正法」という。)5条1項を予備的に追加主張した。
2 前提事実(争いのない事実、掲記の証拠〔枝番号を含む。以下同じ。〕及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者
 原告は、映像作品(主にアダルトビデオ)の制作、販売等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
 被告は、電気通信事業を営む株式会社であり、一般利用者に向けてインターネット接続サービスを提供しているプロバイダである。
(2)本件各著作物及び本件各動画
ア 本件各著作物は、別紙著作物目録記載の各発売日に、DVDとしてそれぞれ販売された(甲1、7、15、16)。
イ 原告は、本件各著作物の複製物である別紙動画目録(1)ないし(5)記載の各動画の電子データ(以下「本件各動画」という。)が本件契約者らにより送信可能化されたと主張するところ、本件各動画のファイルのハッシュ値(データ〔ファイル〕を特定の関数で計算して得られる値のことであり、ファイルごとに一意に定まるが、同じハッシュ値になるようにファイルを改ざんすることは困難であるため、ファイルの同一性確認等に用いられる。)として、同目録にそれぞれ記載のものが取得されている(甲4、8、9、弁論の全趣旨)。
(3)ビットトレントの仕組み(甲2、4、11、23、弁論の全趣旨)
 ビットトレントは、いわゆるP2P形式のファイル交換共有ソフトであり、その仕組みの概要は、次のとおりである。
ア ビットトレントを利用して特定のファイルを配布する場合、まず、当該ファイルは小さなデータ(ピース)に分割され、分割された個々のピースは、ビットトレントのネットワークに接続されているユーザー(ピア)に分散して共有される。
イ ビットトレントを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは(以下、ダウンロードの目的となる特定のファイルを「目的ファイル」という。)、まず、トラッカーサイトと呼ばれるウェブサイトに接続し、目的ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードする。
 そして、ユーザーは、当該トレントファイルをビットトレントに読み込ませることにより、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバーに接続し、目的ファイルの提供者のリストを要求する。トラッカーサーバーとは、ファイルの提供者を管理するサーバーであり、ユーザーによる要求に応じ、同サーバーにアクセスしている目的ファイルの提供者のIPアドレス等が記載されたリスト(以下「情報記載リスト」という。)をユーザーに返信する(ただし、情報記載リストには、当該トレントファイルをビットトレントに読み込ませてトラッカーサーバーにアクセスした者のIPアドレス等の情報が記載されるのであり、目的ファイルのピースをいまだ保有しておらず、これからダウンロードしようとするユーザーのIPアドレス等も記載される。)。
 情報記載リストを受け取ったユーザーは、目的ファイルのピースを保有するビットトレント起動中の他の複数のユーザー(ピースがそろった完全な状態の目的ファイルの保有者を含む。)に接続し、各接続先から、当該ピースのダウンロードを開始する。そして、全てのピースのダウンロードが終了すると、自動的に、元の完全な状態の目的ファイルが復元される。
ウ 完全な状態の目的ファイルを持つユーザーは、シーダーと呼ばれる。また、目的ファイルにつきピース全部のダウンロードが完了する前のユーザーは、リーチャーと呼ばれるが、ダウンロードが完了し、完全な状態の目的ファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなり、以後は、リーチャーからの求めに応じて、目的ファイルをアップロードしてリーチャーに提供することになる。
 また、リーチャーは、目的ファイルのピース全部のダウンロードが完了する前であっても、既に保有しているピースを、他のリーチャーからの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的ファイルのピースを自身がダウンロードする一方で、他のリーチャーに対して目的ファイルのピースを送信可能な状態に置かれることになる。
エ ビットトレントは、以上のようなユーザー相互間のデータの授受を通じて、中央管理的なサーバーを必要とすることなく、大容量のファイルを高速で共有することを可能とするものである。
(4)原告による調査の概要
ア 原告は、本件訴訟の提起に先立って、株式会社HDR(以下「HDR」という。)に対し、本件各著作物の著作権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を依頼したところ、HDRから、本件契約者らが、別紙動画目録(1)ないし(5)の「発信時刻」欄記載の各日時に、同目録の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレスの割当てをプロバイダから受けてインターネットに接続し、ビットトレントのネットワークに参加した上で、本件各動画を自動的に送信し得る状態に置いていた旨の報告を受けた(甲4)。
イ HDRは、本件調査を実施するに当たって、自らが開発した「著作権侵害検出システム」(以下「本件ソフトウェア」という。)を使用した(甲3、4)。
(5)被告による本件発信者情報の保有等
 被告は、別紙動画目録(1)ないし(5)の「発信時刻」欄記載の各日時に、同目録の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレスを、被告との契約者である本件契約者らに割り当てており、本件発信者情報を保有している。
3 争点
(1)原告が本件各著作物の著作権を有するか(争点1)
(2)送信可能化権侵害の明白性(争点2)
(3)「特定電気通信による情報の流通」の該当性(争点3)
(4)「開示関係役務提供者」の該当性(争点4)
(5)本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点5)
4 当事者の主張
(1)原告が本件各著作物の著作権を有するか(争点1)
〔原告の主張〕
ア 原告は、本件各著作物を制作した著作権者であり、その著作権を有する。
イ 原告は、本件各著作物を収録したDVDのパッケージに、無断複写や業務上映を禁じる旨の警告文を記載した上で原告の公式ウェブサイトのURLを記載し、日本全国で販売している。また、上記のパッケージには、「million」、「REAL」、「S級素人」という原告のレーベル(屋号)が記載されており、上記ウェブサイトにリンクがあるアダルトDVD等の通販サイトにおいては、「メーカー」欄に原告の社名、「レーベル」欄に上記レーベルが表示された上で本件各著作物のDVD等が販売されているから、上記レーベルは、原告の変名として広く周知されているものであり、著作権法14条によって原告は著作者と推定される。
 さらに、原告は、本件各著作物の監督ないし同監督が所属する法人との間で、本件各著作物の制作業務委託契約を締結し、その際、本件各著作物の著作権が原告に帰属することを確認した。
〔被告の主張〕
ア 原告は、本件各著作物の著作権を有することを立証できていない。
イ 本件各著作物を収録したDVDのパッケージに原告の公式ウェブサイトのURLが記載されているからといって、原告が本件各著作物を自己の著作の名義の下に公表したとはいえない。
 また、原告が主張するレーベルは、作品のシリーズ名のようなものにすぎず、実名に代えて用いられるものではないから、著作権法14条の変名には当たらない。さらに、「million」、「REAL」は単なる英単語であり、「S級素人」は、原告ではない第三者の登録商標であるから、原告の変名として周知のものともいえない。
 原告が提出する制作業務委託契約書等によっても、原告が本件各著作物の著作権者であることが立証されたとはいえない。
(2)送信可能化権侵害の明白性(争点2)
〔原告の主張〕
ア 本件調査においては、トラッカーサーバーから本件ソフトウェアに対し、同サーバーにアクセスしている本件各動画の提供者(ユーザー)に係るIPアドレス等が記載されたリスト(情報記載リスト)が提供された後、本件ソフトウェアが上記IPアドレスに係る各ユーザーに接続をして、各ユーザーが応答することの確認が行われている(この応答確認を「ハンドシェイク」〔Handshake〕という。)。別紙動画目録(1)ないし(5)記載の各IPアドレス及び各発信時刻は、このハンドシェイクが行われた際の通信に係るものである。
 このことは、本件契約者らが、遅くとも上記各発信時刻までに、トラッカーサーバーに接続して、自己のIPアドレス等の情報を記録させた上で、本件各動画の全部又は一部(電子ファイル)を取得して端末の共有フォルダに保存(蔵置)し、かつ、これと同時に、ビットトレントのネットワークを介して不特定の他のユーザー(ピア)からの要求に応じて当該ファイルのアップロードをすることができる状態にし、さらに、トラッカーサーバーに対して当該ファイルが送信可能であることを継続的に通知していたことを示すものである。そうすると、当該ファイルが蔵置された本件契約者らの端末は、被告のサーバーと一体となって情報の記録された自動公衆送信装置に当たり、その時点で公衆の用に供されている電気通信回線への接続がされて、当該ファイルの送信可能化(著作権法2条1項9号の5ロ)がされたというべきである。
イ ビットトレントを介した接続の際にはハッシュ値が認証キーとなり、これが一致しないとユーザー(ピア)間は接続されない。本件調査においては、本件各動画のファイルのハッシュ値を監視対象とし、本件ソフトウェアを稼働させている上、本件ソフトウェアは、ファイル保有率0%のピアの情報をデータベースに記録しないから、本件契約者らが本件調査におけるハンドシェイクに応じ、本件ソフトウェアのデータベースにそのIPアドレス等が記録されたということは、本件契約者らは、その時点において、別紙動画目録(1)ないし(5)記載のハッシュ値で特定される本件各動画のファイルの全部又は一部をアップロード可能な状態で端末に保存していたことになる。また、本件契約者らが、本件各動画の断片的な情報(ピース)しか保有していないとしても、ビットトレントの利用者は、ピースを順次受信することにより本件各動画等の対象ファイルの全体を受信することができる。
 なお、ビットトレントを通じてダウンロードされるファイルは、断片のみでも鑑賞可能であり、別紙動画目録(4)記載の動画については、ファイル全体の8%をダウンロードした時点においても一部の鑑賞が可能であることが確認されている。
 以上のとおり、本件契約者らによる原告の送信可能化権侵害は明らかである。
ウ 被告は、本件ソフトウェアによる本件調査の結果が信用できない旨主張するが、本件ソフトウェアについては、テストによってその調査結果の正確性が確認されており、被告の主張は理由がない。
〔被告の主張〕
ア 原告は、本件ソフトウェアによる本件調査の結果に基づいて本件発信者情報の開示を求めているが、本件調査の結果は信用できない。
 すなわち、本件ソフトウェアは、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会により技術的な正確性を認定されていない上、信頼できる第三者の検証を経ておらず、同協議会の技術的認定要件の一部を欠いている。実際にも、訴状別紙各動画目録に記載されていたIPアドレスと発信時刻の組合せ中、被告のログ保存期間を経過していない75件のうち実際には存在しない組合せが4件混入しており、その余のIPアドレス等についても、権利侵害情報に係る通信とは無関係のものが含まれている可能性がある(なお、過去に、被告が、別件で原告から裁判外での発信者情報開示請求を受けた際、被告は、原告から、HDRのシステムから得られたままの状態のログ〔いわゆる生ログ〕の提供を受けたが、当該開示請求の書面に記載されたIPアドレスと生ログの内容が一致しなかった。)。
 本件ソフトウェアについて行われたとされる正確性のテストについても、その内容が不自然である上、HDRの本店所在地は原告代理人事務所と同じであって、同事務所の事務員がテストに関与するなどしており、本件調査の客観性には疑問がある。
イ HDRによる本件調査においては、完全なファイルを有する者(シーダー)と断片的な情報のみを有する者(リーチャー)とを区別せずにIPアドレスを記録しているから、本件契約者らは、シーダーかリーチャーかが不明であり、画像又は動画として鑑賞することができない程度の断片的な情報しか保有していなかった可能性がある。そのような断片的な情報は、本件各著作物の表現の本質的特徴を直接感得できないから、そうした情報しか保有していなかった者は、原告の著作権を侵害するデータを送信可能化したとはいえない。そして、原告は、本件契約者らのうち、どの者がシーダーであり、どの者がリーチャーであるかを主張・立証していないから、本件契約者ら全員について、送信可能化行為が認められない。
ウ 原告は、遅くとも、本件調査におけるハンドシェイクの時点までに、本件各動画のファイルの全部又は一部が蔵置された本件契約者らの端末が公衆の用に供されている電気通信回線に接続された旨主張する。しかし、本件契約者らがトラッカーサーバーに接続する通信の存在自体について立証されていないし、仮にこれが立証されたとしても、同通信は、本件各動画を本件契約者ら自身の端末に記録する行為とは別の行為であるから、本件契約者らが本件各動画を本件契約者らの端末に記録した事実も認められない。
 また、ハンドシェイクに係る通信により本件各動画が「公衆からの求めに応じ」「自動的に」送信されるものかも明らかでないから、本件調査におけるハンドシェイクの時点で本件各動画が自動公衆送信し得るものであったとは認められない。
エ したがって、本件契約者らによる原告の送信可能化権侵害は明らかでなく、権利侵害の明白性は認められない。
(3)「特定電気通信による情報の流通」の該当性(争点3)
〔原告の主張〕
 最終的に不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為に不可欠な電気通信の送信は「特定電気通信」に該当すると解すべきである。
 本件契約者らのトラッカーサーバーに対する通知及び本件契約者らと本件ソフトウェアとの間で行われたハンドシェイクは、いずれも一対一対応の通信ではあるものの、不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為(本件各動画の送信可能化)にとって必要不可欠な電気通信であるといえるから、いずれも「特定電気通信」に該当する。
〔被告の主張〕
 「特定電気通信」とは、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいい、インターネット上のウェブページ、電子掲示板等を念頭に置いたものであって、一対一対応の通信は「特定電気通信」に該当しない。また、著作権侵害との関係で、一連の行為や流れ全体が1個の権利侵害行為又は1個の通信であるとはいえない。
 本件契約者らがトラッカーサーバーに接続する通信及び本件契約者らと他の誰かとの間の通信は、いずれも一対一対応の通信であるから、「特定電気通信」に当たらない。
(4)「開示関係役務提供者」の該当性(争点4)
〔原告の主張〕
 本件契約者らは、被告から別紙動画目録(1)ないし(5)記載の各IPアドレスの割当てを受けているところ、本件契約者らのトラッカーサーバーに対する通知及び本件契約者らと本件ソフトウェアとの間で行われたハンドシェイクにより、遅くとも、同目録記載の各発信時刻までに、本件各著作物に係る原告の送信可能化権は侵害されており、これらの通信は上記各IPアドレスを用いて被告の管理する特定電気通信設備を経由して行われたといえるから、被告は「開示関係役務提供者」に該当する。
〔被告の主張〕
 ある特定電気通信役務提供者が「開示関係役務提供者」に当たるというためには、当該特定電気通信役務提供者が用いる特定電気通信設備が侵害情報の流通に供されたことが必要と解すべきである。
 被告が用いる特定電気通信設備が、本件契約者らがトラッカーサーバーに接続する通信及び本件契約者らとHDR以外の者との間の通信に供されたことは、原告により主張・立証されておらず、被告は「開示関係役務提供者」に当たらない。
 また、本件契約者らとHDRとの間における通信は、本件調査に係る同通信が行われることを原告自身が承諾していることにより、原告の権利を違法に侵害するものではないから、被告が用いる設備が通信に供されたとしても、侵害情報の流通に供されたとはいえず、被告は「開示関係役務提供者」に当たらない。
(5)本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点5)
〔原告の主張〕
 原告は、本件契約者らに対して損害賠償請求をすべく準備しているが、その氏名、住所等が不明であるため、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
〔被告の主張〕
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 原告が本件各著作物の著作権を有するか(争点1)について
(1)証拠(甲1、7、15、16、乙10)及び弁論の全趣旨によれば、@本件各著作物のDVDは、いずれも原告が販売する作品として原告の公式ウェブサイトに掲載されており、各DVDのパッケージにはいずれも同ウェブサイトのURLが記載されていること、A同ウェブサイトにおいては、「DVDレーベル」として複数のレーベルが列挙されており、その中に「S級素人」との記載があること、B本件各著作物のDVDは、原告以外の第三者が管理する通販サイトにおいて一般に販売されているところ、別紙著作物目録記載1ないし4の作品の販売ページにおいては、いずれも「メーカー」欄に「ケイ・エム・プロデュース」と原告の社名が表示されていること、C上記通販サイトの同目録記載5の作品の販売ページにおいては、「メーカー」及び「レーベル」欄に「S級素人」と表示されており、同作品のDVDのパッケージにも「S級素人」とのロゴが記載されていることが認められる。
(2)前記(1)の@及びBの事実によれば、まず、本件各著作物のうち、別紙著作物目録記載1ないし4の作品については、原告が著作権を有するものと認められる。
 また、前記(1)のA及びCの事実によれば、同目録記載5の作品に係る「S級素人」のレーベルが原告の変名として周知のものとまでいえるかはともかく、少なくとも原告が使用しているレーベルであるとは認められるし、同@の事実も併せ考慮すれば、同作品についても、原告が著作権を有するものと認められる。
 したがって、本件各著作物の著作権は、いずれも原告が有するものと認められる。
 これに対し、被告は、前記(1)のCの事実に係る「S級素人」とのロゴについて、株式会社メディア・コマースが商標登録を行っていること(乙10)を指摘するが、上記商標登録の事実によって、別紙著作物目録記載5の作品に対する原告の著作権が直ちに否定されるものではないし、その余の被告の主張によっても、上記認定が左右されるものではなく、被告の主張は採用できない。
2 送信可能化権侵害の明白性(争点2)について
(1)認定事実
 前記前提事実並びに証拠(甲2〜5、11、13、20、23)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件ソフトウェアによる監視は、次のように行われる。
 すなわち、HDRにおいて、監視対象とする目的ファイルの情報(ハッシュ値等)を本件ソフトウェアに登録すると、本件ソフトウェアは、ビットトレントのネットワーク上で、当該情報をトラッカーサーバーに向けて発信し、目的ファイルの提供者のリスト(情報記載リスト)の提供を求める。
 これを受けて、トラッカーサーバーは、自身にアクセスしている目的ファイルの提供者(ユーザー)に係るIPアドレスやポート番号、ハッシュ値等が記載された情報記載リストを本件ソフトウェアに対して提供する。ただし、情報記載リストには、目的ファイルのピースをいまだ保有しておらず、これからダウンロードしようとするユーザー(本件ソフトウェアを含む。)のIPアドレス等も記載される。
 その後、本件ソフトウェアは、情報記載リストに記載されたIPアドレスを割り当てられた各ユーザーに接続し、各ユーザーからの応答確認をする。ここでは、目的ファイルのピースを送信可能である各ユーザーからの応答確認が行われるものであり(ハンドシェイク)、本件ソフトウェアは、ハンドシェイクが行われた際の上記各ユーザーからの通信に係るIPアドレスや発信時刻等を記録している。
イ HDRは、本件調査において、本件各動画を目的ファイルとして、本件ソフトウェアを用いて前記アと同様の手順により監視を行った。
 そして、別紙動画目録(1)ないし(5)に記載されたIPアドレスや発信時刻等は、本件ソフトウェアにより、本件各動画のファイルのピースを送信可能である各ユーザーからの応答確認(ハンドシェイク)が行われた際の通信に係るIPアドレスや発信時刻等が記録されたものである。
 ただし、HDRは、本件ソフトウェアにより、上記各ユーザーが保有している本件各動画のファイルのピースのダウンロードはしていない。
 また、原告が、当初、本件調査の結果、本件各動画のファイルのピースに関するハンドシェイクが行われたとして本件訴状の別紙各動画目録に記載していた703件のIPアドレス及び発信時刻の組合せ中、被告のログ保存期間を経過していない75件につき、被告が、当該組合せに対応するログが見当たらないものが4件存在した旨指摘したところ、原告はそれらの通信に関する訴えを取り下げた。上記のような事象について、HDR代表者は、仮にかかる事象があったとしても原因は分からない旨陳述している。
ウ 本件ソフトウェアについては、令和3年10月7日及び令和4年3月2日に、原告代理人事務所の事務員において、ビットトレントを使用して試験用ファイルの交換を行っているユーザーのIPアドレス及びダウンロードの開始・終了時刻と、本件ソフトウェアによって試験用ファイルの交換を行っていると検知されたユーザーのIPアドレス及びダウンロードの開始・終了時刻が一致するか否かのテストが行われたところ、いずれのテストにおいても一致するとの結果が得られた。
エ 前記アのとおり、情報記載リストには、目的ファイルのピースをいまだ保有しておらず、これからダウンロードしようとするユーザーのIPアドレス等も記載されるが、令和4年10月26日、HDRの代表者において本件ソフトウェアを使用したテストを実施したところ、前記アの手順による監視を行った場合、目的ファイルの保有率が0%であるユーザー(目的ファイルのピースのダウンロードを行っていないユーザー)のIPアドレス等は本件ソフトウェアにより記録されないことが確認された。
 もっとも、本件契約者らについて、本件調査におけるハンドシェイク時に本件各動画のファイルのピースをどの程度保有していたかは明らかでない。
(2)検討
ア 原告は、本件契約者らがビットトレントを起動させて本件各動画の全部又は一部(電子ファイル)を端末の共有フォルダに蔵置したまま被告のサーバーに接続すれば、当該端末は被告のサーバーと一体となって情報の記録された自動公衆送信装置に当たり、本件契約者らが当該端末をトラッカーサーバーに接続して自己のIPアドレス等の情報を記録させた上で、これと同時にビットトレントのネットワークを介して他のピアからの要求に応じて上記電子ファイルを送信し得る状態にしたことは「接続」(著作権法2条1項9号の5ロ)に該当するとして、遅くともハンドシェイクの時点までに、本件契約者らによる送信可能化(同号ロ)がされた旨主張する。
 しかし、前記(1)によれば、本件訴状の別紙各動画目録に記載されたIPアドレス及び発信時刻の組合せ中、被告のログ保存期間を経過していない75件につき、当該組合せに対応するログが見当たらないものが4件(約5.3%)存在したと考えられるところ、その原因は不明である上、本件ソフトウェアについて、ビットトレントを使用して試験用ファイルの交換を行っているユーザーのIPアドレス等と本件ソフトウェアによって検知されたユーザーのIPアドレス等の同一性を確認する2回のテストでは同一性が確認されたとはいえ、いずれも原告代理人事務所の事務員が試験実施者となっており、その内容は必ずしも客観的とはいえない。
 そうすると、ビットトレントを介した通信においてハッシュ値が一致しなければユーザー(ピア)間は接続されないことを前提としても、本件ソフトウェアによる調査において、権利侵害情報に係る通信とは無関係の通信に関する情報が記録される可能性は排除できないから、本件調査の正確性には相当程度疑問があるといわざるを得ない。
 また、本件調査の正確性の点は措くとしても、前記第2の2(3)のとおり、ビットトレントにおいては、データを受信しようとするピアがトレントファイルをビットトレントに読み込ませてトラッカーサーバーにアクセスした時点で(すなわち、データの受信を開始する前に)、情報記載リストに当該ピアのIPアドレス等が記録されるのであり、トラッカーサーバーの情報記載リストにIPアドレス等が記録されているからといって、当該ピアが目的ファイルを保有しているとか、当該ピアが目的ファイルの送信が可能であることをトラッカーサーバーに通知したということはできない。そして、前記(1)の認定によれば、本件ソフトウェアは、ハンドシェイクによって目的ファイルのデータを全く保有していないことが判明したピアのIPアドレス等を記録しない仕様になっているものの、IPアドレス等を記録されたピアが、本件各動画のファイルのデータにつきどの程度の量のピースを保有しているのかは不明であり、本件調査においては、ハンドシェイク後に当該ピアが保有するピースのダウンロードを行っていないというのであるから、本件ソフトウェアを用いた本件調査の結果が正確であるとしても、本件契約者らが、ハンドシェイクに係る通信の発信時刻において、本件各動画のファイルのデータを細分化したピース1個以上を保有していたといえるにとどまり、ピースをどの程度保有していたのかは明らかではない。
 さらに、本件ソフトウェアによって本件契約者らが保有していたことが確認されたという本件各動画のファイルのピースが具体的にいかなるデータであったかについても明らかではなく、本件各著作物の創作性のある部分の複製に当たるものであったことを認めるに足りる証拠はないから、本件契約者らが原告の著作権(送信可能化権)侵害をしたことが明らかであるものとは認められない。
イ 原告は、ビットトレントの利用者がピースを順次受信することにより対象ファイルの全体を受信することができるから、細分化されたピースのみを保有していても、送信可能化に当たると主張する。
 しかし、前記第2の2(3)のとおり、ビットトレントにおいては、ビットトレントを起動してビットトレントのネットワークに接続しているピアの間でデータの送受信が行われるのであり、ある時点で当該ネットワークに接続しているピアがいずれも一部のピースしか保有していない場合にはファイル全体の受信はできない可能性があるため、不特定の者がピースを順次受信することができるかどうかは必ずしも確定的ではなく、本件契約者らについても同様である。加えて、本件各動画について、本件契約者らがハンドシェイクを行った時点での他のピアの状況は不明であり、不特定のピアの求めに応じてピースを順次送信できる状態にあったことが明らかであるとも認定できないから、原告の主張は、その前提を欠くものであって採用できない。
 また、原告は、ビットトレントを通じて受信されるファイルは、断片のみでも鑑賞可能であると主張するが、別紙動画目録(4)記載の動画につき、ファイル全体の8%を受信した状態でその一部を鑑賞可能であるとする証拠(甲20)を根拠とするのみであり、本件各動画につきどの程度のデータ量があれば確実に鑑賞可能であるかを示すものではない。仮に8%よりも小さな単位のデータしかなくても鑑賞可能であるとしても、HDRが、本件ソフトウェアを用いて本件契約者らからハンドシェイクに係る通信を受けておきながら、本件契約者らから本件各動画のファイルのピースを一切ダウンロードしておらず、また、本件契約者らがピースをどの程度保有していたか分からない以上、本件契約者らが動画の鑑賞が可能な程度に本件各動画のデータを保有していたとは認められず、本件各著作物に係る原告の著作権(送信可能化権)の侵害が明らかであるとは認定できない。
(3)以上によれば、本件調査の正確性を前提にしても、原告の著作権(送信可能化権)が侵害されたことが明らかであるとは認められないから、その余の点を検討するまでもなく、本件契約者らに係る本件発信者情報の開示を求める原告の請求には理由がない。
 なお、本件請求の根拠条文につき、原告は、本件訴訟提起時には旧法4条1項としていたが、改正法の施行日(令和4年10月1日)後に改正法5条1項を追加したものであるところ、改正法に関しては、改正附則2条が、開示関係役務提供者が発信者情報の開示請求を受けた場合の発信者からの意見聴取について、施行日前にした旧法4条2項による意見聴取を、改正法6条1項による意見聴取とみなす旨規定しているほかは、このような経過規定が置かれていないことに鑑みれば、施行日後は改正法の適用を前提とするものというべきであるから、改正法5条1項が適用されるものと解するのが相当である。
3 結論
 よって、原告の請求にはいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 武宮英子
 裁判官 阿波野右起
 裁判官 峯健一郎


(別紙)発信者情報目録
 別紙動画目録(1)ないし(5)記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 @氏名又は名称
 A住所
 B電子メールアドレス

(別紙動画目録(1)から(5)につき省略)

(別紙)著作物目録
1.作品名
  発売日:令和3年10月12日
  レーベル:million
2.作品名
  発売日:令和3年11月9日
  レーベル:million
3.作品名
  発売日:令和3年11月9日
  レーベル:million
4.作品名
  発売日:令和3年11月9日
  レーベル:REAL
5.作品名
  発売日:令和3年8月13日
  レーベル:S級素人
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/