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【事件名】ソネットへの発信者情報開示請求事件L
【年月日】令和5年6月21日
 東京地裁 令和4年(ワ)第23364号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年4月17日)

判決
原告 有限会社オフィスサイレンス
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 浦中裕孝
同 深沢篤嗣
同 金井優憲


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要等
1 事案の要旨
 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、原告が著作権を有する別紙動画目録記載の作品(以下「本件動画」という。)を複製して作成した電子データ(以下「本件複製物」という。)を、上記氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じて自動的に送信し得る状態とすることによって、本件動画に係る原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであり、上記氏名不詳者に対する損害賠償請求等のために必要であると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、アダルト動画の制作を行っている有限会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、インターネット接続サービスを提供する株式会社であり、プロバイダ責任制限法2条3号の特定電気通信役務提供者に該当する。
(2)本件動画の著作物性
 本件動画は、アダルト動画であり(甲2)、思想又は感情を創作的に表現した映画の著作物である。
(3)原告による調査等
 原告は、株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件動画について、ビットトレントを利用した著作権侵害行為の監視を依頼した。本件調査会社は、「μTorrent」という名称のソフトウェア(以下「本件ソフト」という。)を使用して調査を開始したところ、別紙発信者情報目録記載の日時に、同記載のIPアドレスを割り当てられた氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)が、ビットトレントネットワーク上において、本件複製物を不特定多数のビットトレント利用者の求めに応じて自動的にアップロードし得る状態にしたとの調査結果を得た。(甲1、4、5)
(4)本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報を保有している。
3 争点
(1)原告の権利が侵害されたことが明らかであるか(争点1)
(2)本件発信者情報が権利の侵害に係る発信者情報といえるか(争点2)
(3)原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
(原告の主張)
(1)原告が本件動画の著作権を有していることについて
 本件動画は、映画の著作物であるところ、原告は、本件動画の製作を企画した者であって、著作権法29条1項に規定する「映画製作者」である。
 そして、本件動画の著作者は、本件動画の監督であり、原告代表者であるA(以下「A」という。)であるところ、同人は、映画製作者である原告に対し参加約束をして、本件動画の製作に関与した。
 したがって、原告は、著作権法29条1項により、本件動画の著作権を有している。
(2)本件発信者の故意又は過失が立証されていることについて
 ビットトレントの利用者は、ビットトレントを利用する際に、利用規約に同意しなければならない。ビットトレントの利用規約には、利用者がダウンロードしたファイルは、同時にアップロードされる旨が明記されている。仮に、本件発信者がこれを知らずにビットトレントを利用していたとしても、有料で販売されている著作物を無料でダウンロードできるという仕組みである以上、何らかの問題があることは容易に推知でき、過失が肯定できる。
(被告の主張)
(1)原告が本件動画の著作権を有していないことについて
 原告は、本件動画の監督は「B氏」である旨のAの陳述書(甲12。以下「陳述書@」という。)を提出しているが、その後に、本件動画の監督はAである旨のAの陳述書(甲20。以下「陳述書A」という。)を提出しており、Aの陳述書の内容が相互に矛盾していることから、陳述書Aの内容は信用することができない。
 したがって、原告が本件動画の著作権を有しているとは認められない。
(2)本件発信者の故意又は過失が立証されていないことについて
 プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が策定したプロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン(以下「開示関係ガイドライン」という。)では、プロバイダ責任制限法5条1項1号の権利侵害の明白性の要件を満たすためには、発信者情報の開示を求める者が、発信者の故意又は過失により権利侵害が生じたことについて、根拠を示す資料を提出する必要があるとされている。
 しかし、原告の主張によれば、ビットトレントを利用してダウンロードしたファイルは、自動的に細分化されて他のビットトレントのユーザーによるダウンロードの対象となる仕組みのようであり、そうだとすると、本件発信者は、本件複製物を主体的にアップロードする作業を行っているものではないから、そのような技術的な仕組みを知らずにビットトレントを利用していた可能性は十分あり得る。
 そして、本件発信者がかかる仕組みを知っていたことを示す証拠はないから、本件発信者の故意又は過失によって権利侵害が生じたことは明白ではない。
2 争点2(本件発信者情報が権利の侵害に係る発信者情報といえるか)について
(原告の主張)
 本件調査会社の調査手法には、次のとおり信用性が認められるから、本件発信者情報は、原告の著作権(公衆送信権)侵害に係る発信者情報であるといえる。
(1)本件複製物をアップロードした時刻の正確性について
 甲第1号証のスクリーンショット(以下「本件スクリーンショット」という。)は、本件調査会社が、本件ソフトを利用して、本件発信者から本件複製物をダウンロードしている状況を撮影したものであるところ、本件スクリーンショットの右上に記載の「13:54:31」の時間表記は、「TVClock」というアプリケーションを用いて表示させているもので、原告が後から付加したものではない。「TVClock」は、その仕様上、恣意的な時刻の変更等は不可能となっている。
 したがって、本件発信者が本件複製物をアップロードした時刻に係る調査手法の正確性に疑義はない。
(2)本件複製物をアップロードした端末に割り当てられていたIPアドレスの正確性について
 本件ソフトは、ビットトレントをより効率的に利用するためのソフトウェアであって、違法アップロードをした者(以下「侵害者」という。)を特定することを目的として開発されたものではない。しかし、本件ソフトには、侵害者がファイルをダウンロードしつつ、同ファイルをアップロードしている状態を監視することができる機能が備わっており、侵害者のIPアドレスを解明することができる仕組みとなっている。
 本件調査会社は、「.torrent」という拡張子がついたファイル(以下「トレントファイル」という。)をダウンロードした上、本件ソフト上にて対象ファイルのダウンロードを開始して、侵害者が対象ファイルをアップロードしていることが判明した場合に、侵害者のIPアドレスを把握し、実際にダウンロードしたファイルを開いて被侵害品と比較して、その同一性を確認するという方法により、侵害者のIPアドレスを特定している。
 本件においても同様の方法で調査が実施されており、本件スクリーンショットに表示された内容に照らし、本件発信者が本件複製物を不特定多数の者からの求めに応じてダウンロードできる状態にしていた際に割り当てられたIPアドレスに係る調査手法の正確性に疑義はない。
(3)小括
 以上によれば、原告の調査方法には信用性が認められるから、本件発信者が原告の著作権を侵害していることは明らかである。
(被告の主張)
 本件調査会社の調査手法には、次のとおり信用性が認められないから、本件発信者情報は、原告の著作権(公衆送信権)侵害に係る発信者情報であるとはいえず、そのため、被告はプロバイダ責任制限法5条1項の特定電気通信役務提供者でもない。
(1)本件複製物をアップロードした時刻の正確性について
 原告は、本件スクリーンショットに表示された内容に基づいて時刻を特定していると考えられるが、本件スクリーンショットの右下に表示されている時刻は「13:542022/07/13」というものであって、秒の表示はない。これに対し、本件スクリーンショットの右上には、「13:54:31」との文字が挿入されているが、これは、原告が本件スクリーンショットを撮影した後に挿入した文字と考えられ、このよう(ママ)文字が存在するからといって、本件発信者が本件複製物をアップロードした時刻を立証したことにはならない。
(2)本件複製物をアップロードした端末に割り当てられていたIPアドレスの正確性について
 開示関係ガイドラインでは、P2Pのネットワークを介して権利侵害がされた事案においては、発信者情報の開示を求める者がIPアドレスやタイムスタンプ等を特定した方法が信頼できるものであることに関する技術的資料を提出すべきものとされているところ、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が侵害者の特定方法等の信頼性が認められるシステムとして認定している「P2PFINDER」を用いている場合には、かかる資料の提出を要しないとされている。
 本件ソフトは、上記「P2PFINDER」を用いないものであるし、本件において、原告は、IPアドレスやタイムスタンプ等を特定した方法が信頼できるものであることを示す客観的な技術的資料を提出していない。
(3)小括
 以上によれば、本件調査会社の調査手法の信用性は認められず、本件複製物をアップロードした端末に割り当てられていたIPアドレスの特定が正確にされているとはいえない。
3 争点3(原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について
(原告の主張)
 原告は、本件発信者に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求する予定であるが、そのためには、被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があり、正当な理由があるといえる。
(被告の主張)
 原告が本件発信者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているとはいえず、同損害賠償請求権を行使するために本件発信者情報の開示を受ける必要があるとはいえないから、正当な理由があるとはいえない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
(1)原告に著作権が帰属するか
ア 証拠(甲20、21)によれば、Aは、本件動画の製作に関する全ての指示を行う立場にあったことが認められるから、Aは、本件動画の「全体的形成に創作的に寄与した者」(著作権法16条)に該当し、本件動画の著作者であるといえる。
 また、上記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件動画は原告の企画及び責任に基づいて製作されていたこと、Aは原告に参加約束をして本件動画の製作に携わっていたことが認められるから、原告は、本件動画の「映画製作者」に該当し、著作権法29条1項により、原告に本件動画の著作権が帰属する。
イ これに対し、被告は、陳述書@には「B氏」という人物が「監督」である旨が記載されていたにもかかわらず、その後提出された陳述書Aには、Aが「監督」である旨が記載されているから、陳述書@とAは相互に矛盾しており、陳述書Aは信用できないと主張する。
 しかし、Aは、陳述書@及びAの後に作成した陳述書(甲21)において、陳述書@で「B氏」という人物を「監督」であると記載した理由について、映画のカメラマンが「監督」であると思っていたと、単なる「監督」という用語の理解の違いに基づくものであった旨を記載しており、この説明内容に反するような客観的証拠が存在しないことからすると、被告が指摘する上記の点は、陳述書Aの信用性を否定するほどの事情とはいえない。
 また、Aは、陳述書Aにおいて、同人が製作に関する全ての指示を行っている旨を記載しており、これによりAが本件動画の著作者であると認定できることは前記アのとおりである。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用することができない。
(2)その余の被告の主張について
 被告は、開示関係ガイドラインの記載内容に基づいて、プロバイダ責任制限法5条1項1号の権利侵害の明白性の要件を満たすためには、発信者情報の開示を求める者が、発信者の故意又は過失により権利侵害が生じたことについて、根拠を示す資料を提出する必要があると主張する。しかし、証拠(乙1)によれば、開示関係ガイドラインは、プロバイダがプロバイダ責任制限法5条の要件の判断を誤って発信者情報を開示してしまった場合に責任を問われることがあることに鑑み、同条の要件を確実に満たすと考えられる場合について、可能な範囲で明確化したものであると認められる。このような開示関係ガイドラインの位置付けに照らすと、同ガイドラインで求められる証拠の提出がされないからといって、必ずしも発信者情報の開示が認められないわけではないというべきである。
 また、そもそも、プロバイダ責任制限法5条1項1号は,違法な権利侵害であることの明白性までは要求しているものの、故意又は過失を要件として規定していないこと、発信者が特定されていない段階で原告が発信者の主観的要件である故意又は過失の存在を主張立証するのは酷であるといえることに照らし、原告において発信者の故意又は過失を立証する必要はないと解するのが相当である。
 よって、被告の上記主張は採用することができない。
(3)違法性阻却事由の不存在
 本件発信者の行為について、違法性阻却事由が存在することは全くうかがわれない。
(4)小括
 以上によれば、本件動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかであるといえる(プロバイダ責任制限法5条1項1号)。
2 争点2(本件発信者情報が権利の侵害に係る発信者情報といえるか)について
(1)証拠(甲4ないし6)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレントネットワークとは、インターネットを通じ、P2P方式でファイルを共有するネットワークであり、特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーが、インデックスサイトと呼ばれるウェブサイトにおいて当該ファイルに係るトレントファイルをダウンロードした後、当該トレントファイルを自らの端末のクライアントソフトで読み込むと、トラッカーサイトと呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルを保有するピア(データをやり取りするユーザーの端末)のIPアドレスを取得して、当該ピアから当該ファイルをダウンロードするとともに、自動的にトラッカーサイトにピアとして登録され、以後、別のピアから要求があれば、自己の端末から当該ピアに対して当該ファイルを送信する仕組みのものであることが認められる。
 そして、上記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社は、本件複製物に係るトレントファイルをダウンロードした上、ビットトレントのクライアントソフトの一つである本件ソフトを起動し、本件ソフト上にて、本件複製物のダウンロードを開始したところ、本件発信者が本件複製物をアップロードしていることを確認し、さらに、実際に本件発信者からダウンロードしたファイルを開いて本件動画と比較することにより、これらが同一の内容を有していることを確認したことが認められる。本件全証拠によっても、このような本件調査会社による調査の手法に特段の問題点は認められない。
(2)被告は、原告主張に係る本件複製物をアップロードした時刻は正確に特定されたものではない旨主張する。
 しかし、証拠(甲1、18)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社は、「TVClock」というアプリケーションを使用し、本件スクリーンショットの右上(甲1)に時刻を表示させ、本件発信者から本件複製物をダウンロードしている場面をスクリーンショットで撮影したことが認められ、上記アプリケーションによる時刻の表示の正確性を否定し得る証拠は存在しない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
(3)被告は、本件調査会社による前記(1)の調査手法は、開示関係ガイドラインに基づいて信用性が認められた「P2PFINDER」を用いるものではなく、その調査方法が信頼できるものであることを示す客観的な技術的資料も提出されていないから、本件複製物をアップロードした端末に割り当てられていたIPアドレスは正確に特定されたものではない旨主張する。
 しかし、開示関係ガイドラインの位置づけについては前記1(2)で説示したとおりであり、開示関係ガイドラインの規定に沿わない方法であるからといって、直ちにその信用性が否定されるものではない。
 また、被告は、本件ソフトを用いた調査手法によっては侵害者を正確に把握することができないなどと主張するが、本件調査会社の調査手法の具体的な問題点を指摘するものではなく、むしろ、前記(1)で説示したとおり、本件調査会社による調査の手法に特段の問題点は認められないから、被告の上記指摘は本件調査会社の調査手法の信用性を否定するに足りないというべきである。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
(4)小括
 以上によれば、本件発信者情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書の規定する「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当し、被告は、同項柱書の規定する「特定電気通信役務提供者」に該当する。
3 争点3(原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について
 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求等をする予定であることが認められる。
 したがって、原告には被告が保有する本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる(プロバイダ責任制限法5条1項2号)。
4 結論
 以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 バヒスバラン薫
 裁判官 木村洋一


(別紙)発信者情報目録
 以下の日時に以下のIPアドレス及びポート番号を割り当てられていた契約者の 氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
1 日時 令和4年(2022年)7月13日
13時54分31秒
IPアドレス (省略)
2023/8/17 (省略)
 以上

(別紙動画目録―省略)
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