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【事件名】文学館の“解説パネル”事件(2)
【年月日】令和5年6月13日
 知財高裁 令和4年(ネ)第10120号 著作権確認及び使用差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和4年(ワ)第4676号)
 (口頭弁論終結日 令和5年4月18日)

判決
控訴人 X
被控訴人 渋川市
同訴訟代理人弁護士 田島義康
同指定代理人 山田健司
同 宮下真範
同 小林弘朋
同 萩原喬史


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 当審における控訴人の拡張請求に係る訴えを却下する。
3 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 原判決を次のとおり変更する(なお、2及び3については、控訴人は、原判決「事実及び理由」の第1の5における「被告は、本件パネル及び本件映像作品を使用してはならない。」との請求を当審において拡張したものと解される。)。
1 「徳冨蘆花記念文学館図録 蘆花の生涯」(以下「本件図録」という。)の解説文は、徳冨蘆花記念文学館(以下「本件文学館」という。)の常設展示室に設置されている解説パネル(以下「本件パネル」という。)の内容部分を構成する文章(以下「本件解説文」という。)をそのまま複製した同一の著作物であり、両解説文は控訴人が著作権を有することを確認する。
2 被控訴人は、控訴人の許可なく本件パネル等において、本件解説文を使用してはならない。
3 被控訴人は、控訴人の許可なく本件文学館の常設展示室に設置されている映像付き脚本朗読作品「不如帰」(以下「本件映像作品」という。)等において、本件映像作品の内容部分を構成する著作物である朗読部分の文章(以下「本件脚本」という。)を使用してはならない。
4 被控訴人は、控訴人に対し、100万円を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要(以下において略称を用いるときは、別途定めるほか、原判決に同じ。)
(1)本件は、被控訴人の職員として本件文学館に勤務していた控訴人が、本件解説文及び本件脚本の著作者として著作権を有する旨を主張して、被控訴人に対し、以下の請求をした事案である。
ア 本件確認の訴え@
 編集著作物である本件パネルに係る被控訴人の著作権は、本件解説文又は本件図録の著作者の権利には影響を及ぼさないことの確認
イ 本件確認の訴えA
 本件解説文が本件図録の文章と同一であることの確認
ウ 本件確認の訴えB
 編集著作物である本件映像作品に係る被控訴人の著作権は、本件脚本の著作者の権利には影響しないこと及び控訴人が本件脚本の著作権を有することの確認
エ 本件確認の訴えC
 被控訴人は、本件パネル及び本件映像作品を継続使用するために、控訴人との間で、本件解説文及び本件脚本につき、著作権譲渡契約又は利用許諾契約を締結する必要があることの確認
オ 本件差止請求
 被控訴人による本件パネル及び本件映像作品の使用が控訴人の本件解説文及び本件脚本に係る著作権を侵害するとして、法112条1項に基づき、本件パネル及び本件映像作品の使用の差止め
カ 本件損害賠償請求
 本件パネルの使用が本件解説文に係る控訴人の著作権を侵害するとして、不法行為(民法709条、損害額につき法114条3項)に基づき、使用料相当損害金100万円の損害賠償(一部請求)
(2)原判決は、本件各確認の訴えはいずれも確認の利益を欠き不適法であるとして却下し、その余の請求はいずれも理由がないとして棄却したので、控訴人がこれを不服として控訴を提起した。
 原判決第3の1(1)における説示のとおり、本件確認の訴え@が本件解説文又は本件図録の著作権が控訴人に帰属することの確認を含意するものと理解されることからすると、前記第1の1は、原判決中、本件確認の訴え@及びAを却下した部分について控訴したものであると解される。また、前記第1の2及び3は、原判決中、本件差止請求を棄却した部分について控訴し、訴えを、本件パネルの使用停止請求から本件解説文の使用停止請求一般に、本件映像作品の使用停止請求から本件脚本の使用停止請求一般にそれぞれ拡張したものと解される。
 本件確認の訴えB及びCを却下した部分については控訴がされておらず、当審の判断の対象となっていない。
2 「前提事実」、「主な争点及びこれに関する当事者の主張」は、以下のとおり補正し、後記3のとおり控訴人の当審における補充主張を付加するほか、原判決の第2の2及び3に記載するとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決4頁26行目末尾に改行して次のとおり加える。
 「なお、控訴人が本件文学館における勤務を申し入れたことは、控訴人が平成元年2月21日付けの上記履歴書を被控訴人に提出し、その「志望の動機」欄には、「自分のライフ・ワークとして全力を注げる職場であると思う。」と記載されていることからも明らかである。」
(2)原判決5頁12行目の「展示製作工程表」を、「伊香保町徳富蘆花記念館展示製作工程表(甲16、乙17のうちの各1枚。以下「展示製作工程表」という。)」と改める。
3 当審における控訴人の補充主張
(1)本件解説文の著作権について
ア 原判決は、本件パネルが被控訴人の発意に基づき、被控訴人の業務に従事する控訴人が職務上作成したものであり、旧伊香保町ないし被控訴人の名義の下に公表しているものとして、被控訴人がその著作者となることについて争いがない旨判示している。
 しかし、控訴人は、前訴判決2が確定したことにより、編集著作物である本件パネルについて被控訴人が著作者であるとされたことについては争わないが、「被控訴人の発意」、「控訴人がその職務上作成した」こと、「旧伊香保町ないし被控訴人の名義の下に公表している」ことを認めているわけではない。
 本件パネル及びその素材である本件解説文は、後記イのとおり、控訴人の発意による被控訴人からの受託業務として完成したものであり、後記ウのとおり、控訴人の名義で公表されていると評価すべきものである。
イ 控訴人は、被控訴人の職員になる前である平成元年2月初めから、被控訴人との諾成契約である請負契約によって、町の児童館の一室を仕事場として提供され、本件文学館の展示室の仕事を開始していたのであり、本件解説文や本件脚本は職務上作成されたものではない。
ウ 本件パネルに使用されている本件解説文は、控訴人が著作権を有する文芸(言語)の著作物である。本件パネルの解説文を家に帰ってゆっくり読み返したいという見学者の要望があり、編集著作物である本件パネルの素材である本件解説文についての控訴人の著作権(複製権)に基づき、本件図録が作成された。本件図録は被控訴人において決裁を経て作成されたものであり、被控訴人としても、控訴人が本件解説文の著作権を有すると認識していたからこそ、本件図録の著作者として控訴人を表示したのである。
 当初は著作者名義が付されていない場合に、仮に公表するとすれば法人の名義を付すような性格のものは職務著作とされることもあるが、本件においては、本件解説文を複製したものである本件図録に控訴人の名義が付されたことにより、本件解説文も控訴人名義で公表されたことになる。
エ 本件図録に収録された文芸(言語)の著作物である解説文について控訴人が著作権を有することが前訴判決1によって既判力をもって確定している以上、それと同一の文章であり、前訴判決1の事実審の口頭弁論終結日前に作成された本件パネルの内容をなす本件解説文について、職務著作の規定により被控訴人が著作者、著作権者となると扱うことは許されない。
(2)本件脚本の著作権について
 原判決は、原審では当事者が提出もしていない展示製作工程表の存在を前提に、平成元年3月22日までに本件脚本が完成していたと認められない旨判断している。
 しかし、展示製作工程表は、部外者が推量に基づいて作成した参考資料にすぎず、工程の計画や、現実の工程を反映するものではない。甲第16号証(乙第19号証)は、「蘆花記念会館展示関係委員会の設置について(伺い)」(表題を含め3枚)、「徳富蘆花記念会館展示計画検討委員会議次第」綴り3枚及び展示製作工程表からなるが、それぞれ全く別の機会に作成されたものである。
 したがって、展示製作工程表を基にした原判決の上記認定は、弁論主義に反し違法であり、内容としても不当である。
第3 当裁判所の判断
1 訴えの適法性について
(1)本件確認の訴え@及びA(前記第1の1に係る請求)について
 当裁判所も、本件確認の訴え@及びA(前記第1の1に係る請求)は不適法であると判断する。その理由は、原判決の第3の1(1)(2)の説示のとおりであるから、これを引用する。
(2)差止請求(前記第1の2及び3に係る請求)のうち当審における拡張部分について
 第1の2及び3に係る請求は、原判決中、本件差止請求を棄却した部分について控訴し、差止めの対象を、本件パネルの使用停止請求から本件解説文の使用停止請求一般に、本件映像作品の使用停止請求から本件脚本の使用停止請求一般にそれぞれ拡張したものと解される。
 訴訟上、差止請求をするについては、請求の趣旨において、相手方が現に行っているか、又は行うおそれのある具体的な行為を特定する必要があるところ、上記拡張に係る部分は、被控訴人において現に行っているか、又は行うおそれのある具体的な行為が特定されておらず、また、被控訴人が、本件パネル以外のものに本件解説文を使用し、あるいは本件映像作品以外のものに本件脚本を使用するおそれがあることを認めるに足りる証拠もないから、上記拡張部分は、不適法として却下すべきである。
2 本件解説文及び本件脚本の著作権の帰属について
 当裁判所も、本件解説文及び本件脚本については、職務著作として被控訴人が著作者となり、著作権も被控訴人に帰属するものと判断する。
 その理由は、次の(1)のとおり補正し、(2)のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほか、原判決の第3の2の説示のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決の補正
ア 原判決12頁10行目から11行目にかけて及び14頁14行目から15行目にかけての各「著作者となることは」をそれぞれ「著作者となる旨の前訴判決2が確定したことは、」と改める。
イ 原判決12頁22行目の「両者」を「本件解説文と本件図録の解説文」と改める。
ウ 原判決13頁5行目末尾に改行して次のとおり加える。
 「すなわち、前訴判決1において、著作権確認を求める対象は、前記第2の2(5)アのとおり、本件図録として特定され、これに対応して、判決主文では、控訴人が本件図録について著作権を有することが確認されている。確定判決は、主文に包含されるものに限り、既判力を有するところ(民訴法114条1項)、著作権確認の対象とされた本件図録は、解説文のみならず、多数の写真、作家らによる「不如帰」の論評(24頁)や徳冨蘆花の妻のエッセイ(48頁)等から構成されているのであるから、前訴判決1は、一定のまとまりをなす編集著作物としての本件図録について、控訴人に著作権が帰属すると判断したものと解するのが相当である。
 したがって、本件図録とは別の本件パネルの内容をなす本件解説文について、職務著作として被控訴人が著作者となると認定判断することは、前件判決1の既判力によって妨げられるものではない。」
エ 原判決14頁1行目の「記載されていること」の次に「(乙4の3枚目)」を加える。
(2)当審における控訴人の補充主張に対する判断
ア 本件解説文の著作権について
(ア)控訴人は、前記第2の3(1)イのとおり、被控訴人の職員になる前である平成元年2月初めから、諾成契約である請負契約によって、本件解説文や本件脚本に関する仕事に着手していたもので、これらは職務上作成されたものではない旨主張する。
 しかし、控訴人と地方公共団体である被控訴人との間で、契約書を作成することもなく、請負契約が締結されるということは通常は考え難いものであるし、このような極めて異例な事態があったことを裏付けるに足りる証拠もない。また、仮に、発意が控訴人によるものであり、被控訴人の職員になる前に仕事に着手していたとしても、本件においては、その後、その仕事に関する業務を行うために職員に採用され、在職中に作業を完成したと認めるのが相当であるから、いずれにしても本件結論は左右されない。したがって、控訴人の主張は採用できない。
(イ)控訴人は、前記第2の3(1)ウのとおり、本件図録に控訴人の名が付されたのは、被控訴人も控訴人が本件解説文の著作権を有することを認識していたからであり、また、本件図録に控訴人の名が付されたことにより、本件解説文も控訴人の名義で公表されたことになる旨主張する。
 しかし、本件パネルと本件図録は別個のものであり、編集著作物である本件図録に控訴人の名が付されたからといって、被控訴人において、控訴人が本件解説文の著作権を有することを認識していたことにはならないし、本件図録より前に作成・展示された本件パネルの内容をなす本件解説文が、控訴人の名義で公表されたことになるものでもない。
 そして、本件文学館は、開館以来被控訴人により管理されており、本件パネルは、本件文学館内の常設展示場に設置されているのであって(引用に係る原判決第2の2(1)ウ、(4)ア)、本件文学館のような施設において独自に制作された著作物に、当該施設を運営する者以外に著作者がいる場合には、その旨の表示がされているのが通常であるのに、本件パネルには控訴人名が表示されていないことも含めて全体として評価すれば、本件パネルの内容をなす本件解説文については、本件文学館を管理運営する被控訴人の名義で公表されていると認めるのが相当である。
(ウ)控訴人は、前記第2の3(1)エのとおり、本件図録に収録された文芸(言語)の著作物である解説文について控訴人が著作権を有することが前訴判決1によって既判力をもって確定している以上、本件解説文について、被控訴人が著作者、著作権者となると扱うことは許されない旨主張する。
 しかし、引用に係る原判決第3の2(1)ア(ウ)(補正後のもの)における判示のとおり、前訴判決1が既判力を有するのは、本件図録について控訴人に著作権が帰属するとの判断にとどまるのであり、しかもその主たる理由としては、「本件図録の奥付には執筆者及び監修者として控訴人の氏名が記載されていること」が挙げられているのであり、本件図録に収録された解説文自体に触れている部分はないのであるから(甲3)、控訴人の主張は当を得ないというほかない(なお、前記第1の1に係る確認請求との関係でいえば、本件図録について控訴人に著作権が帰属する旨の判断が確定している以上、それに加えて、本件図録に収録された解説文の著作権の確認を求めることについては、その必要性が認められず、確認の利益を欠くものである。)。
イ 控訴人は、前記第2の3(2)のとおり、原判決が、原審で当事者が提出もしていない展示製作工程表を基に、平成元年3月22日までに本件脚本が完成していたとは認められないと認定したのは、弁論主義に反し違法であり、内容としても不当である旨主張する。
 しかし、当審においては、展示製作工程表は、甲第16号証及び乙第19号証のうちの各1枚として提出されているから、いずれにしてもこれを事実認定の用に供するのに問題はない(なお、原判決は、確定判決である前訴判決2の原判決(甲6)が認定した事実(前訴判決2において是認されたもの)を基に、展示製作工程表の内容を前提事実と扱い、これに基づいて認定判断したものと解されるから、違法の問題は生じない。)。
 そして、展示製作工程表は、被控訴人において、「蘆花記念会館展示関係委員会の設置について(伺い)」(表題を含め3枚)、「徳富蘆花記念会館展示計画検討委員会議次第」綴り3枚と共に保管されていたものであり(甲16、乙19)、控訴人が主張するような、実態を反映していない無関係のものということはできないから、これも判断の一要素とした原判決の判断が不合理とはいえない。
 また、控訴人は、被控訴人の職員として採用された平成元年3月22日より前に本件脚本が完成していた旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠がないことは、引用に係る原判決第3の2イのとおりであり、そうである以上、一連の経緯に照らせば、本件脚本は、控訴人が被控訴人の職員として採用された以降に完成されたものと認めるのが自然かつ合理的であるから、いずれにしても控訴人の上記主張は当を得ないというほかない。
第4 結論
 以上のとおりであって、本件確認の訴え@及びA(第1の1に係る請求)は確認の利益を欠き不適法であって却下すべきであり、本件差止請求及び本件損害賠償請求は理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴は理由がなく、また、当審における拡張請求に係る訴えは不適法であって却下すべきである。
 したがって、本件控訴を棄却した上、当審における拡張請求に係る訴えを却下することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 菅野雅之 
 裁判官 本吉弘行
 裁判官 岩井直幸
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