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【事件名】ゲームソフトの業務委託契約事件
【年月日】令和5年5月31日
 東京地裁 令和3年(ワ)第13311号 著作権等侵害による損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年3月24日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 高橋建嗣
被告 株式会社トーセ(以下「被告トーセ」という。)
同訴訟代理人弁護士 川上良
被告 株式会社バンダイナムコエンターテインメント(以下「被告バンダイナムコ」という。)
同訴訟代理人弁護士 山下英樹


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
(1)被告らは、原告に対し、連帯して、1500万円並びにうち926万2500円に対する平成24年11月29日から及びうち573万7500円に対する平成26年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告トーセは、原告に対し、99万円及びこれに対する令和2年11月28日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2 予備的請求
(1)被告トーセは、原告に対し、849万円及びこれに対する令和2年11月28日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
(2)被告バンダイナムコは、原告に対し、750万円及びこれに対する令和2年11月28日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原告が、@被告トーセが、原告が著作権を有する著作物である別紙著作物目録記載の動画(以下「本件各動画」という。)を使用して、Xとの名称のゲームソフト(以下「本件ソフト」という。)並びにその派生作品であるY及びZ(以下、順次、「本件派生ソフト1」、「本件派生ソフト2」といい、これらを併せて「本件各派生ソフト」という。)を開発又は製作し、これらのソフトに係る権利を被告バンダイナムコに譲渡して、被告バンダイナムコが本件ソフト及び本件各派生ソフトを販売したことにより、被告らが、共同して原告の本件各動画に係る頒布権を侵害し、また、それにより利益を得て、A被告トーセが、原告が作成した、戦闘の仕様、ゲームの仕組み等に関する仕様書、指示書等(以下「本件成果物」という。)を原告に無断で利用して、本件ソフト及び本件各派生ソフトを製作し、これらを被告バンダイナムコに譲渡することにより、利益を得て、B被告トーセが、本件ソフトのエンディングクレジットに原告の氏名を表示せず、本件各動画に係る著作者人格権(氏名表示権)を侵害したと主張し、
(1)主位的請求として、
ア 被告らに対し、前記@の行為について、民法709条及び719条に基づき、連帯して、損害賠償金2778万7500円の一部である1500万円、並びに、うち926万2500円に対する本件ソフトの販売開始日である平成24年11月29日から、及び、うち573万7500円に対する本件派生ソフト1の販売開始日である平成26年4月17日から、各支払済みまで、平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、
イ 被告トーセに対し、前記Aの行為について、民法703条に基づき、不当利得金1881万円の一部である90万円及びこれに対する請求の日の翌日である令和2年11月28日から支払済みまで前記アの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、前記Bの行為について、民法709条に基づき、損害賠償金250万円の一部である9万円及びこれに対する請求の日の翌日である令和2年11月28日から支払済みまで前記アの割合による遅延損害金の支払を求め、
(2)予備的請求として、
ア 被告トーセに対し、前記@の行為について、民法703条に基づき、不当利得金1389万3750円の一部である750万円及びこれに対する請求の日の翌日である令和2年11月28日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、前記A及びBの行為について、前記(1)イの支払を求め、
イ 被告バンダイナムコに対し、前記@の行為について、民法703条に基づき、不当利得金1389万3750円の一部である750万円及びこれに対する請求の日の翌日である令和2年11月28日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者(甲1、弁論の全趣旨)
ア 原告は、テレビゲームの開発業務を行う個人事業者である。
イ 被告トーセは、コンピュータソフトウェアの企画、コンサルティング、開発、販売、配信、運営、管理等を業とする株式会社である。
ウ 被告バンダイナムコは、テレビゲームの開発、販売等を業とする株式会社である。
(2)原告の被告トーセへの入社
 原告は、平成14年頃、契約社員として被告トーセに入社し、被告トーセが開発又は製作するゲームソフトの開発又は製作に関与した。
(3)被告トーセによる本件ソフトの開発又は製作の受注(弁論の全趣旨)
 被告トーセは、平成19年10月25日、株式会社バンプレソフト(現在の商号は株式会社B.B.スタジオ。以下、商号変更の前後を問わず、「株式会社バンプレソフト」という。)から本件ソフトの開発又は製作を受注した。
(4)原告の退社及び被告トーセとの業務委託契約(甲3)
 原告は、平成21年5月31日、被告トーセを退職し、同年6月1日、被告トーセとの間で、以下の条項(ただし、下記の「甲」は被告トーセを、「乙」は原告を示すものである。)を含む業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結した。
ア 第1条(目的)
 「(1)甲は、1.コンピューターソフトの開発業務 2.コンピューターソフトの企画業務(以下「本件業務」という。)を乙に委託する。…」
イ 第2条(製作)
 「乙は、甲からそのつど個別に発行される発注書の仕様、日程等に従って本件業務を行わなければならない。ただし、甲は、都合により発注書に定める仕様変更の申し入れをすることができる。」
ウ 第3条(機材その他の貸与)
 「(1)本件業務の遂行のために必要な設備、機器、機材は、乙が自らこれを準備するものとし、乙が甲の事業場内に自己の使用機材等を搬入する場合には甲の許可を得るものとする。…」
エ 第4条(作業場所等)
 「(1)乙は本件業務を甲の事業所内で行うものとする。甲の事業所外で本件業務を行う必要のある場合には、本件業務の作業所は甲・乙協議のうえ決定する。」
オ 第5条(納入)
 「(1)乙は、甲からそのつど個別に発行される発注書の定める納期に本件業務の成果物を甲の指定する場所に納入する。」
カ 第7条(著作権及び著作者人格権)
 「(1)成果物(成果物がコンピューターソフトのプログラムである場合にはソースコード及びオブジェクトコードを含む)並びにその関連資料とテスト結果報告書の著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む)その他一切の知的財産権及び成果物の所有権は、第5条に規定する成果物の引渡完了をもって乙から甲へ移転する。
(2)甲は、譲り受けた著作権その他の権利に基づき成果物の複製、販売、ライセンス、他機種への移植その他成果物に関する一切の利用を独占的になし得る。
(3)乙は、成果物の著作者人格権を甲及び甲の指定する第三者に対する関係で放棄し、甲による本件プログラムの著作権の行使及び甲の著作権に基づく第三者による権利の行使に対し、著作者人格権を含む一切の権利を主張しない。」
キ 第8条(対価)
 「(1)甲は乙に対し、発注書に定める作業委託料を支払う。
(2)前項の委託料は、毎月末日までに納入された成果物を甲の規準で集計、評価し、翌月末日までに下記の乙が指定する銀行口座に振込送金して支払うものとする。…」
(5)原告の本件ソフト開発又は製作への関与(乙11ないし13、弁論の全趣旨)
 原告は、本件業務委託契約締結後、被告トーセから委託を受けて、本件ソフトの開発又は製作に関与するようになり、その過程で本件各動画を製作した。具体的な業務の委託は、「注文書」と題する書面の交付によってされ、同書面の「注文金額」欄記載の金額が作業委託料として支払われていた。
(6)本件業務委託契約の終了
 原告と被告トーセは、平成22年12月末頃、本件業務委託契約を合意により終了させることとし、以後、原告は、本件ソフトの開発又は製作に関与することはなくなった。
(7)被告トーセによる本件ソフト及び本件各派生ソフトの開発又は製作及び納品(弁論の全趣旨)
 被告トーセは、本件ソフト及び本件各派生ソフトの開発又は製作をし、本件ソフトを株式会社バンプレソフトに、本件各派生ソフトを被告バンダイナムコにそれぞれ納品した。
(8)被告バンダイナムコによる本件ソフト及び本件各派生ソフトの販売(乙1、弁論の全趣旨)
 被告バンダイナムコ(被告バンダイナムコは、前記(7)の本件ソフトの納品の後、株式会社バンプレソフトからゲーム事業の譲渡を受けた。)は、平成24年11月29日から、本件ソフトの販売を開始し、平成26年4月17日から、本件派生ソフト1の販売を開始し、平成28年6月30日から、本件派生ソフト2の販売を開始した。
3 争点
(1)本件各動画の著作物性(争点1)
(2)原告が本件各動画の著作権を有しているか(争点2)
(3)本件業務委託契約の効力により本件各動画に係る著作権が被告トーセに帰属したといえるか(争点3)
(4)原告は被告バンダイナムコを製作者とする本件ソフトの製作に参加約束をしたか(争点4)
(5)被告トーセが原告に対し原告の参加約束による著作権の移転を主張することが信義則に違反するか(争点5)
(6)被告トーセが本件ソフトを公衆に提供又は提示したといえるか(争点6)
(7)原告と被告トーセの間で本件各動画につき著作者人格権の不行使の合意がされたといえるか(争点7)
(8)被告らの頒布権侵害及び被告トーセの氏名表示権侵害による原告の損害の有無及び損害額(争点8)
(9)被告トーセに本件成果物の利用につき不当利得が成立するか(争点9)
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件各動画の著作物性)について
(原告の主張)
ア 本件各動画は、原告の思想又は感情を創作的に表現したものであり、映画の著作物として著作物性を有するといえる。
イ 被告らは、本件ソフトの一部を構成する本件各動画は、それ以外のBGM、台詞、背景及び効果音のゲームにおける構成要素と一体となって連動することで初めて戦闘アニメーションの映像として完成するから、著作物に該当しないと主張する。
 しかし、本件ソフトから本件各動画以外のBGM、台詞、背景及び効果音を分離することは可能であり、これらの要素を抜きにして見ても、画面内のキャラクターが意味のある動き、かつ視聴者を惹き付けるような動きをして目を楽しませているのであるから、本件各動画は、それのみで、著作物として成立しているものである。
 したがって、被告らの上記主張には理由がない。
(被告らの主張)
 本件ソフトの映像は、シナリオ、原画、音楽等を適切に組み合わせることにより、初めてゲームとして楽しむことができるように創作された表現となるものである。特に、原告の主張する著作物をイメージすると、全く無音でストーリー性もなく、背景のない状態で、機体が武器を装備して動き、キャラクターがカットインし、武器を発射し、その効果が映し出されるものとなる。このような表現単体で思想又は感情を創作的に表現したものということはできない。
 また、原告は、本件ソフトから原告各動画以外のBGM、台詞、背景、効果音を分離することが可能であると主張するが、本件ソフトは、本件各動画のみをその他の要素から分離することを想定して製作されたものではなく、一般人からすれば、上記のような切り離された動画のみを見ることに本来的な価値はない。
 したがって、本件各動画は、独立の思想又は感情を創作的に表現したものとはいえず、著作物とはいえない。
(2)争点2(原告が本件各動画の著作権を有しているか)について
(原告の主張)
 原告は、本件各動画の全てにつき、その製作の指示及び監督を行い、また一部を除く本件各動画につき、絵コンテや原動画の製作、レイアウト作成、アニメーション作成等を直接行っている。
 そして、本件各動画は映画の著作物であるところ、原告は、本件各動画の製作の方向性を決め、その他の被告トーセが雇ったスタッフに指示をするという監督の立場にあった者であるから、原告は、本件各動画の全体的形成に創作的に寄与した者(著作権法16条)といえ、原告が本件各動画の著作者となる。
(被告らの主張)
ア 本件各動画は、被告トーセにより完成されて市場で販売された本件ソフトの映像からトリミングされたものであると思われる。
 しかし、本件各動画には、原告が本件ソフトの製作に関わらなくなった後に被告トーセが修正変更したものが含まれており、原告が製作に関与していた時点における成果物と同一のものではない。
 したがって、本件各動画の著作権が原告に帰属するという点については否認する。
イ また、原告が被告トーセの社員であった平成21年4月27日時点で、被告トーセでは、本件ソフトの開発プロジェクトの総責任者はディレクターであるB(以下「B」という。)であった。そして、ディレクターであるBの下に、「コーディネーター・グループ」、「プログラマー・グループ」、「デザイナー・グループ」及び「コンポーザー・グループ」の4つのグループを設け、それぞれが開発業務を分担して行っていた。その中で、原告が所属していたのは、デザイナー・グループの戦闘アニメ班であり、原告は、戦闘アニメ班のリーダーとして本件ソフトのシミュレーションパートでの戦闘アニメの製作・進行・品質管理に関与していたものである。
 同様に、原告が本件業務委託契約に基づき製作に関与していた平成22年3月10日時点では、ディレクターであるBが最終製品版意識レベルでの品質確認を行う「品質管理者2」として、本件ソフトの製作の監督を行っていた。原告は、戦闘アニメ班の「品質管理者1」(一次的な品質確認とスケジュール管理者との相談を職責とする。)と戦闘アニメ班のパートリーダー(実務、パート内のスケジュール構成、パート間の連絡、品質管理者への相談、スケジュール管理者への報告・相談を職責とする。)として、本件ソフトの製作に関与していたものである。
 さらに、本件ソフトの開発終盤である平成22年8月31日時点においては、被告トーセのクライアントである株式会社バンプレソフトに対する責任者はBがそのまま務め、総管理・総監督はC、ディレクターはDと改組した。この時点においても、原告はデザイン・グループの一部門である「戦闘総リーダー」であった。
 以上のとおり、原告は、本件ソフトの製作に関しては、一部門であるデザイン・グループの中に存在した班の1つである戦闘アニメ班のリーダーに留まり、戦闘アニメーションについての決定の権限及び責任は有しておらず、監督や演出などの役割にあったものではない。したがって、原告が本件ソフト及び戦闘アニメーションの製作において主体的にその全体的形成に寄与した者であったという事実はなく、原告が本件各動画の監督的立場にあった者として本件各動画に係る著作権を有するものではない。
(3)争点3(本件業務委託契約の効力により本件各動画に係る著作権が被告トーセに帰属したといえるか)について
(被告らの主張)
ア 本件業務委託契約においては、原告が作成した成果物の著作権その他一切の知的財産権は成果物の引渡しにより被告トーセに権利が移転することが合意されている。
 そして、被告トーセは原告から本件各動画の引渡しを受けているから、本件各動画に係る著作権は被告トーセに移転している。
イ これに対し、原告は、以下のとおり主張するが、いずれも理由がない。
(ア)本件業務委託契約の効力は追加業務の成果物である本件各動画の著作権には及ばないとの主張について
 原告は、被告トーセとの間で、本件業務委託契約で定めたこと以外の追加業務に関する契約が締結されることを条件として、当該追加業務を引き受けたのであるから、本件業務委託契約の効力は、本件各動画に係る著作権に及ばない旨主張するが、そのような合意は存在していない。
 すなわち、原告は、被告トーセにおいて、戦闘アニメ班のパートリーダーとして、実務、パート内のスケジュール構成、パート間の連絡、品質管理者への相談、スケジュール管理者への報告・相談を行っていたものである。
 そして、原告は、被告トーセの社員であった時期から被告トーセとの業務委託契約として関与していた時期まで、一貫して上記の業務に従事していた。
 また、被告トーセと原告との間の業務委託契約書では、「1.コンピューターソフトの開発業務」を目的とすることが定められており、注文書においても、原告が従来から所属していたデザイン・グループの業務である「デザイン一式」と定めている。
 したがって、被告トーセは、原告に、原告の主張するようなデザイン業務の一部である実務のみを委託したことはないし、その範囲を超える追加業務についての合意もしたことはない。
(イ)本件各動画の引渡しがされていないとの主張について
 本件ソフトの製作に当たっては、厳格に秘密を保持することが義務付けられていたのであり、被告トーセは、原告に対し、@本件ソフトの製作に使用するパソコンを貸与すること(本件業務委託契約第3条(2)ないし(6))、A原告が業務を行う場所は被告トーセの指定する開発室で行うこと(本件業務委託契約第4条)、B成果物(作業中の未完成の成果物を含む。)については、作業中のものは被告トーセの貸与するパソコンのみに保管し、媒体などを使用して外部に持ち出さないこと、C納品、共有すべき成果物は、被告トーセが管理するデータ共有サーバに格納することを、周知徹底していた。
 そして、被告トーセでは、ゲーム開発に関する全てのデータは、原告が製作したものであるか否かを問わず、被告トーセが管理するデータ共有サーバ上で共有管理されていた。業務委託先からの納入も同様に管理されていたところ、被告トーセが管理するデータ共有サーバへのアップロードをもって、被告トーセが当該成果物を占有する状態になるから、これが引渡しと評価される。
 また、業務委託先との契約終了やスタッフの退職などで成果物がそのままではソフトに使用できない未完成のものであることも当然にあり得ることであるが、それをそのままデータ共有サーバにアップロードすることは業務の混乱を引き起こすため、貸与したパソコンに収納したままの状態でパソコンの返却を受けること又は媒体で引渡しを受けることは、一般的なことである。
 したがって、原告が被告トーセの管理するデータ共有サーバに本件各動画をアップロードすること又は被告トーセから貸与されたパソコンに本件各動画のデータを保存してパソコンを引き渡すことが、本件各動画の引渡しとなる。
(ウ)以上のとおり、原告の前記各主張はいずれも理由がない。
(原告の主張)
ア 本件業務委託契約の効力は追加業務の成果物である本件各動画の著作権には及ばないことについて
 本件業務委託契約において著作権の移転に関する定めがあることは認めるが、原告が問題としているのは、原告と被告トーセとが本件業務委託契約で定めたこと以外に原告が平成21年6月1日以降に行った追加業務としての本件各動画の製作であるから、本件業務委託契約の効力は本件各動画に係る著作権には及ばない。
 すなわち、原告は、本件ソフトの開発当初、被告トーセから、戦闘パートアートディレクター業務を担当することを命じられたが、被告トーセは、平成21年5月中旬頃、本件ソフトの開発スタッフの人手が足りない状況となり、同年6月以降、原告が本来の業務に加えて、これらの人手が足りない業務(戦闘パートディレクター・プランナー業務、ユニットアニメ班リーダー業務、エフェクト班リーダー業務、絵コンテ班リーダー業務、キャラクターカットインレイアウト業務、原画デザイン仕様書作成業務、デザイン業務(原画作成、絵コンテ作成、戦闘アニメーション作成、キャラクターカットイン関連作成、メカカットイン原画作成を含む。))を追加で行うことになり(以下、これらの業務を「本件追加業務」という。)、本来の業務に関する契約とは別途、被告トーセが原告に発注を行うことを内容とする契約、すなわち本件追加業務に係る業務委託契約を締結することで合意した。
 本件追加業務について、被告トーセの従業員であったB及びEは、原告に追加の報酬を支払う旨約束していたし、実際に原告が行っていた業務内容は、原告が被告トーセから支払われていた報酬の額を優に超える報酬額に値するものであった。なお、本件追加業務に関する業務委託契約書が作成されていないのは、被告トーセが、予算の確保の問題があること、本件ソフトの納期が延期されたこと等を理由に本件追加業務に関する契約書の作成に応じようとしなかったからである。
 したがって、本件業務委託契約の効力は、本件追加業務の成果物である本件各動画の著作権には及ばない。
イ 本件各動画の引渡しがされていないことについて
 原告は、被告トーセに対し、本件各動画を引き渡していないから、本件業務委託契約第7条は本件各動画に係る著作権については適用されず、本件各動画に係る著作権が被告に移転することはない。
 すなわち、本件業務委託契約第7条は、同契約第5条に規定する成果物の引渡し完了、すなわち、「成果物を甲の指定する場所に納入する」(本件業務委託契約第5条)ことにより、成果物に係る著作権が移転することとされているが、原告は、被告トーセから引渡し場所がどこであるかを聞かされたことがなく、原告は、どこかに又は誰かにデータを移す行為をしていないのであるから、原告は、本件業務委託契約上の引渡しといえるような行為をしていないといわざるを得ない。また、原告は、本件業務委託契約を解消する際、業務の引継ぎをせず、被告トーセから本件各動画の引渡しを求められることもなかった。
 さらに、原告は、「注文書」と題する書面において「デザイン一式」の発注を受けたにすぎないから、本件業務委託契約第7条の「成果物」の意味は曖昧、漠然としていて具体的な特定がされているといえず、原告は何を被告トーセに納入すれば良いのか分からない状態であった。
 加えて、本件各動画は本件業務委託契約を解消する際には未完成だったのであり、それを被告トーセに引き渡すことはありえなかったし、被告トーセからも未完成状態での引渡しを求められたことはない。
 したがって、原告から被告トーセに対し、本件各動画の引渡しはされていない。
(4)争点4(原告は被告バンダイナムコを製作者とする本件ソフトの製作に参加約束をしたか)について
(被告らの主張)
 原告は、被告トーセとの本件業務委託契約締結後も、本件ソフトの映画製作者が被告バンダイナムコであることを認識しつつ、戦闘アニメ班リーダーとして、本件ソフトの戦闘アニメーションの製作を行い、その成果物を納品しており、本件ソフトの製作に参加していた。そうすると、原告は、本件ソフトの著作物の製作に「参加することを約束し」(著作権法29条1項)たといえるから、本件ソフトの著作権は被告バンダイナムコに帰属したといえる。
 これに対し、原告は、被告トーセと、本件追加業務につき、相当額の報酬の支払を内容とする契約が締結されることを条件とし、参加約束をしていたなどと主張するが、原告の主張の内容は、結局のところ、本件追加業務についての報酬未払を主張するにすぎず、被告バンダイナムコが映画製作者であるとの認識及びその製作に参加していたという参加約束の事実が否定される理由となるものではない。そうすると、原告が被告バンダイナムコに対し参加約束をして本件ソフトの製作に参加していたことに変わりはないというべきであって、また、前記(3)の(被告らの主張)のとおり、被告トーセと原告との間で本件追加業務の合意は存在しておらず、原告の上記主張はその前提を欠くものであるから、同主張は理由がない。
 したがって、本件ソフトの一部を構成する本件各動画の著作権は、著作権法29条1項に基づき、映画製作者である被告バンダイナムコに帰属する。
(原告の主張)
 著作権法29条1項の「映画製作者」とは、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者をいう」ところ(著作権法2条1項10号)、本件における映画製作者は被告バンダイナムコである。
 しかし、原告は被告バンダイナムコとは何らのやり取りもしていないので、原告が被告バンダイナムコに対し著作権法29条1項の参加の約束をしたことはありえない。この参加約束がない以上、同項は適用されない。
 仮に、何らかの理由で原告と被告バンダイナムコとの間で原告の参加約束の存在が認められたとしても、原告は、被告トーセとの間で本件追加業務につき相当額の報酬の支払を内容とする契約が締結されることを条件として、参加約束をしていたものである。しかし、前記(3)の(原告の主張)のとおり、被告トーセは、本件追加業務に関する契約の締結を拒んだのであり、上記の条件が成就されなくなったもので、原告の参加約束も条件不成就により存在しなくなったといえる。
 また、仮に、条件不成就の主張が認められないとしても、原告が本件ソフトの製作に関与しなくなった時点において、原告の参加約束は撤回された又は参加の申入れが拒絶されたものと解されるので、本件ソフトの完成時において、参加約束は存在していないことになる。
 したがって、原告による参加約束は存在しないため、著作権法29条1項は適用されない。
(5)争点5(被告トーセが原告に対し原告の参加約束による著作権の移転を主張することが信義則に違反するか)について
(原告の主張)
 被告トーセは、原告に対し、本件追加業務につき契約の締結をし、追加の報酬を支払うという約束をして、原告を本件ソフトの製作に参加させ、最終的には契約の締結及び報酬の支払を拒否するという極めて不誠実なことをしており、原告に不義理を働いて原告に無償で労力と本件各動画という成果を提供させたという大きな損害を与えている。このような、明らかに信義誠実の原則(民法1条2項)に反する行いをしておきながら、映画製作者が本件各動画の著作権を得るという、被告らにとって都合の良い法的効果のみを主張するというのは、信義則に違反し許されない。
 したがって、本件ソフトの一部を構成する本件各動画には著作権法29条1項は適用されない。
(被告らの主張)
 原告の主張を争う。
 前記4(3)の(被告らの主張)のとおり、原告と被告トーセとの間で、本件追加業務につき報酬を支払う旨の合意はされていないから、その存在を前提とする原告の主張は理由がない。
(6)争点6(被告トーセが本件ソフトを公衆に提供又は提示したといえるか)について
(原告の主張)
 本件ソフトの販売者は被告バンダイナムコであるが、被告バンダイナムコは、本件ソフトのスタッフクレジットに被告トーセから提供されたデータをそのまま使用しただけであって、被告バンダイナムコから被告トーセに対しては何らの指示等もされていない。つまり、被告バンダイナムコの意思は一切介在していない。
 そうすると、被告バンダイナムコは本件ソフトのスタッフクレジットの公衆への提供又は提示については、被告トーセの道具的地位にあったと解され、被告バンダイナムコが主体的に行動したものとはいえない。
 したがって、本件ソフトのスタッフクレジットを公衆に提供又は提示したのは、実質的には被告トーセであったといえ、本件において原告の著作者人格権を侵害したのは、本件ソフトのスタッフクレジットを被告バンダイナムコを介して公衆に提供又は提示した被告トーセということになる。
(被告トーセの主張)
 本件ソフトを販売したのは被告バンダイナムコであり、被告トーセが本件ソフトのスタッフクレジットを公衆に提供又は提示したことはなく、被告トーセが、株式会社バンプレソフト又は被告バンダイナムコを実質的に支配して、両社に本件ソフトのスタッフクレジットを公衆に提供又は提示させたこともない。
 被告トーセは、本件ソフトの発注者である株式会社バンプレソフトから被告トーセの関係者のスタッフクレジットについて一任されていたが、発注者から訂正の指示があれば、受注者はその指示に従って訂正することこそが、業界の慣行であり、原告が主張するような、発注者が受注者の提供するデータに干渉しないという慣行は、存在しない。
 本件ソフトにおける被告トーセ関係者のスタッフクレジットも、このような経緯で、被告トーセが作成したものであり、株式会社バンプレソフト及び被告バンダイナムコから修正の指示がなかったことから、そのまま本件ソフトのスタッフクレジットとして表記したものである。
 したがって、原告の主張は理由がない。
(7)争点7(原告と被告トーセの間で本件各動画につき著作者人格権の不行使の合意がされたといえるか)について
(被告らの主張)
 本件業務委託契約においては、原告は、本件業務委託契約成立以後に原告が製作した成果物の著作者人格権を被告トーセ又は被告トーセの指定する第三者に対する関係で放棄する旨規定されている。
 なお、原告と被告トーセとの間に、本件追加業務についての合意がないことは前記4(3)の(被告らの主張)のとおりであり、本件業務委託契約の効力は、本件各動画に係る著作者人格権にも及ぶ。
 したがって、原告は、被告トーセに対し、本件各動画に係る著作者人格権の侵害を理由に損害賠償請求をすることはできない。
(原告の主張)
 本件業務委託契約において、著作権の移転と著作者人格権の不行使に関する定めがあることは認めるが、本件で原告が問題としているのは、原告と被告トーセとが契約で定めたこと以外に原告が行ったこと(本件追加業務)についてであるので、本件業務委託契約の定めは、本件追加業務の成果物である本件各動画に係る著作者人格権の行使には影響しない。
(8)争点8(被告らの頒布権侵害及び被告トーセの氏名表示権侵害による原告の損害の有無及び損害額)について
(原告の主張)
ア 被告らに対する請求(頒布権侵害)
 被告らが本件ソフト及び本件各派生ソフトの頒布により得た利益額は、ソフト1本当たり少なくとも926万2500円と計算される。
 したがって、原告が被告らの著作権侵害により被った損害額は、合計2778万7500円と推定される。
 よって、本件各動画を権限なく頒布した被告らは、本件各動画の著作権者である原告に対し、少なくとも2778万7500円の損害賠償義務を負うものであるが、本件訴訟においてはその一部である1500万円のみを被告らに対して請求する。
 仮に、被告らの共同不法行為が成立しなかったとしても、被告らは、原告が著作権を有する本件各動画を無断で利用して利得を得ているので、不当利得に基づいて、それぞれ、上記損害額の半額である1389万3750円の利得を返還する義務を負うが、本件訴訟においては、その一部である750万円のみを被告らに対して請求する。
イ 被告トーセに対する請求(公表権侵害)
 被告トーセは本件ソフトの著作者を示す際は、原告が著作者の一人であることを示す必要があり、原告が本件ソフトの著作者でないかのような表示をすることは、原告の著作者人格権(公表権)を侵害するものである。
 この被告トーセによる著作者人格権侵害により原告が被った損害は、250万円を下らないが、本件訴訟においては、その一部である9万円のみを被告トーセに対して請求する。
(被告トーセの主張)
 原告の主張をいずれも争う。
(被告バンダイナムコの主張)
 原告の主張アにつき争う。
(9)争点9(被告トーセに本件成果物の利用につき不当利得が成立するか)について
(原告の主張)
 原告は、本件追加業務を行うに当たって、本件ソフトの開発に必要又は役立つ、本件ソフトにおける戦闘の仕様、ゲームの仕組み等に関する仕様書、指示書等を大量に作成し、本件ソフトの開発チームもこれを大いに活用して本件ソフトの製作にとりかかっていた。本件成果物は、本来の業務に係るも5のではないため、被告トーセと原告との間では何の契約もない、すなわち、何も取決めが存在していない状態であり、原告に所有権等の権利が帰属するとしか解されないものである。しかし、被告トーセは、本件成果物を原告に無断で利用して本件ソフト及び本件各派生ソフトを開発又は製作し、これらを被告バンダイナムコに納品して多額の利益を上げた。
 被告トーセによる本件成果物の利用は、原告が許諾していないことから無断使用であり、原告の権利を侵害して被告トーセは不当に利益を上げたものである。具体的には、@本件成果物は原告の所有する物であり、原告は使用権限を被告トーセに与えていないので、被告トーセが本件成果物を使用することに「法律上の原因」はなく、A本件成果物は原告の所有物であって、本件成果物に関して原告と被告トーセとは契約を締結しておらず、原告と被告トーセ間に本件成果物に関する取引関係もなく、被告トーセが本件成果物を即時取得する余地もないので、本件成果物は被告トーセにとって「他人の財産」であり、B被告トーセは、本件成果物を使用することで本件ソフトを完成させることができ、これにより被告バンダイナムコから本件ソフトにかかる報酬金を得ることができたのであるから、被告トーセは本件成果物を利用することで「利益を受け」ているといえ、C原告は、本件成果物を被告トーセに無償で利用させる理由はないし、その意思もなかったのであるから、被告トーセが本件成果物を利用する場合、原告はその利用料を徴収したところであるが、被告トーセは、本件成果物を原告に無断で利用することで、この原告の利用料徴収の機会を奪い、原告に「損失を及ぼした」ものである。
 そして、本件成果物に係る利用料は少なくとも1881万円となるので、被告トーセは、少なくとも同額の利益を受け、原告は少なくとも同額の損失を被ったものである。
 したがって、原告は、被告トーセに対し、1881万円の不当利得の返還を請求することができる。
(被告トーセの主張)
 原告の主張を争う。
 また、原告が被告トーセに対し本件成果物を引き渡したとの事実は否認する。原告が本件成果物として主張する物については、被告トーセが原告からその引渡しを受けた記録がないか、保管期間の経過などにより同記録が現存しないものがほとんどである。
第3 当裁判所の判断
 事案に鑑み、まず、争点3から判断する。
1 争点3(本件業務委託契約の効力により本件各動画に係る著作権が被告トーセに帰属したといえるか)について
(1)前提事実(4)のとおり、原告と被告トーセは、平成21年6月1日、本件業務委託契約を締結し、同契約第7条において、同契約に基づき原告が製作した成果物及びその関連資料等の著作権等は、同契約第5条に規定する成果物の引渡し完了をもって原告から被告トーセに移転する旨合意した。
 上記第5条の「納入」の対象物は「成果物(…)並びにその関連資料」と規定され、本件業務委託契約において、その対象物の意義を限定的に解釈すべきことをうかがわせる規定もないことから、受託した業務の完成、未完成に関わらず、原告が同契約に基づいて発注を受けて製作したもの全てを意味すると解するのが合理的である。そうすると、製作途中のデータや資料についても同契約第7条の「成果物(…)並びにその関連資料」に含まれると解するのが相当である。
 また、本件業務委託契約第5条においては、「成果物を甲の指定する場所に納入する。」とのみ規定され、具体的な納入場所は規定されていないところ、弁論の全趣旨によれば、被告トーセにおいては、成果物の納入場所はデータ共有サーバと指定されていたものの、未完成の成果物を被告トーセが貸与したパソコンに収納したままの状態でパソコンの返却を受けることも許容されていたと認められるから、成果物に係るデータをデータ共有サーバにアップロード又はパソコン内に格納して同パソコンを被告トーセに引き渡すことも、同契約第7条の「第5条に規定する成果物の引渡」に含まれると解するのが相当である。
 そして、原告の主張によれば、原告は、本件業務委託契約を解消する際、本件各動画又はその一部のデータを含む、自身が作業をして製作したデータ等を、自身が使用していたパソコン内に格納して、同パソコンを被告トーセに引き渡し、又は開発スタッフの作業用のデータ共有サーバに保管したというのであるから、本件各動画については、原告から被告トーセに対する、「第5条に規定する成果物の引渡」がされたと解するのが相当である。
 以上によれば、本件各動画の著作権は、本件業務委託契約の効力により、被告トーセに帰属したと認められる。
(2)原告の主張について
ア 本件業務委託契約の効力は本件追加業務の成果物である本件各動画の著作権には及ばないとの主張について
 原告は、原告と被告トーセの間においては、本来の業務に関する本件業務委託契約とは別途、被告トーセが原告に本件追加業務の発注を行い、これに対して原告に追加の報酬を支払う旨の業務委託契約を締結することが合意されていたから、本件業務委託契約の効力は本件各動画に係る著作権には及ばないと主張する。
 しかし、本件において、原告と被告トーセとの間に、原告の主張するような、本件業務委託契約に基づく本来の業務とは別の本件追加業務に対して追加の報酬を支払う旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。
 また、仮に、原告が主張するとおり、本件追加業務に対して追加の報酬を支払う旨の合意がされたとしても、直ちに、その成果物に係る権利について本件業務委託契約第7条の効力が排除されることにはならない。
 すなわち、本件業務委託契約においては、具体的な委託業務の内容や報酬についての定めはなく、同契約第2条において、「乙は、甲からそのつど個別に発行される発注書の仕様、日程等に従って本件業務を行わなければならない。」と規定され(前提事実(4)イ)、同契約第8条において、「(1)甲は乙に対し、発注書に定める作業委託料を支払う。」と規定されており(前提事実(4)キ)、実際に、原告と被告トーセの間において、「注文書」と題する書面の交付により具体的な業務の委託がされ、同書面の「注文金額」欄記載の金額が作業委託料として支払われていたこと(前提事実(5))からすると、原告と被告トーセとの間の本件追加業務についての合意は、「注文書」に記載の業務を委託し、その「注文金額」をいくらと設定するかについて定めて、本件業務委託契約の内容を具体化するものにすぎない。
 加えて、原告の上記主張によっても、原告と被告トーセとの間において合意されていたのは、追加の報酬を支払うということのみであり、「本来の業務」とは異なる本件追加業務の成果物に係る著作権及び著作者人格権の帰属について、本件業務委託契約とは異なる合意をしたことはうかがわれない。したがって、原告が主張する本件追加業務に係る合意は、本件追加業務により製作された本件各動画の著作権及び著作者人格権の帰属について、本件業務委託契約第7条の効力を排除する合意であるとはいえない。
 以上によれば、原告の上記主張は理由がない。
イ 本件各動画の引渡しがされていないとの主張について
 原告は、被告トーセから引渡し場所がどこであるかを聞かされたことがないから、本件業務委託契約第7条の規定は適用されない旨主張するが、前記(1)で説示したとおり、原告の主張は採用することができない。
 また、原告は、本件業務委託契約を解消する際には本件各動画は未完成だったのであり、それを被告トーセに引き渡すことはありえなかった旨主張する。しかし、証拠(乙11ないし13)及び弁論の全趣旨によれば、被告トーセは、原告に対し、本件各動画の製作に係る報酬を支払っていたことが認められる。この事実に照らすと、被告トーセとしては、原告が本件各動画を完成させることができない場合には、他の従業員や外注先等に未完成の本件各動画を引き継ぎ、残りの部分を完成させることを予定していたといえるし、報酬を受け取っていた原告としても、そのことを認識していたと認めるのが相当である。そうすると、仮に、本件各動画が未完成であったとしても、そのことによって引渡しの事実が否定されるものではないというべきである。したがって、この点に係る原告の主張も採用することができない。
2 争点4(原告は被告バンダイナムコを製作者とする本件ソフトの製作に参加約束をしたか)及び争点5(被告トーセが原告に対し原告の参加約束による著作権の移転を主張することが信義則に違反するか)について
(1)著作権法29条1項は、映画の著作物の著作権について、著作者が映画製作者に参加約束をすることにより、当該映画製作者に帰属する旨を規定しているところ、同項は、著作者の映画製作者に対する参加約束があれば、法律上当然に著作権が映画製作者に移転する効果が生じることを定めたものであり、意思表示により著作権が移転するとの効果を定めたものではない。そして、著作者が映画製作に参加する場合、必ずしも映画製作者との間で参加に係る契約を締結するとは限らず、著作者が所属する法人と映画製作者との間で契約が締結されたり、映画製作者と第三者との間で契約が締結され、更に当該第三者と著作者との間で契約が締結されたりして、著作者が映画の製作に参加するような場合もあり得ると考えられ、そのような場合に参加約束を認めなければ、同項が設けられた意味がなくなるというべきである。したがって、同条における参加約束は、映画製作者に対して必ずしも直接される必要はなく、映画の製作に参加しているという認識の下、実際に映画の製作に参加して、その製作が行われれば、著作者が映画製作者に対して映画製作への参加意思を表示し、映画製作者もこれを承認したといえ、黙示の参加約束があったと認めることができるというべきである。
 本件において、原告は、前提事実(3)ないし(5)のとおり、被告トーセが株式会社バンプレソフトから受注を受けた本件ソフトの製作又は開発業務につき、被告トーセから業務委託を受け、本件各動画の製作に携わり、被告トーセから業務委託の報酬の支払を受けていたのであるといえ、製作者を被告バンダイナムコ(事業譲渡前は株式会社バンプレソフト)とする本件ソフトの製作に携わるとの認識の下、本件ソフトの製作に参加し、その過程で本件各動画を製作したと認められる。
 よって、原告は、被告バンダイナムコに対し、本件各動画の製作に係る参加約束をしたと認められる。
(2)これに対し、原告は、被告トーセとの間で本件追加業務につき相当額の報酬の支払を内容とする契約が締結されることを条件として参加約束をしていたから、同契約が締結されなかったことにより参加約束も条件不成就により存在しなくなったか、仮にそうでないとしても、原告が本件ソフトの製作に関与しなくなった時点において参加約束は撤回された旨主張する。
 しかし、本件において、原告と被告トーセとの間に、原告が主張するような、「本来の業務」とは別途の本件追加業務に対して報酬を支払う旨の合意がされたことや、原告が本件ソフトの製作に参加した時点において、上記の報酬が支払われなければ参加約束を撤回するなどといった別段の定めがされたことを認めるに足りる証拠はない。
 よって、原告の上記主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。
(3)また、原告は、追加の報酬を支払うとの約束があることを前提とし、被告トーセが原告の参加約束による著作権の移転を主張することは信義則に違反すると主張するが、前記(2)において説示したとおり、この点に関する原告の主張は、前提を欠くものであって、採用することができない。
3 争点7(原告と被告トーセの間で本件各動画につき著作者人格権の不行使の合意がされたといえるか)について
(1)前提事実(4)のとおり、原告と被告トーセは、平成21年6月1日、本件業務委託契約を締結し、本件業務委託契約第7条(3)において、原告は、成果物の著作者人格権を被告トーセ及び被告トーセの指定する第三者に対する関係で放棄する旨合意した。
 したがって、仮に、被告トーセが、本件各動画を利用して本件ソフトを製作し、本件ソフトに原告の氏名又は名称を表示せずこれを公表したとしても、原告は、被告トーセに対し、原告の本件各動画に係る著作者人格権を行使することはできない。
(2)これに対し、原告は、本件各動画は原告と被告トーセとの間の本件追加業務の合意に基づいて製作されたものであるから、本件各動画に係る著作者人格権の帰属に本件業務委託契約の効力は影響しないと主張する。
 しかし、前記1において説示したとおり、原告と被告トーセの間に、本件追加業務についての合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。
 仮に、原告の主張するとおり、原告と被告トーセとの間で本件追加業務について追加の報酬を支払う旨の合意がされたとしても、直ちに、本件各動画に係る著作権の帰属についての本件委託業務契約の効力が排除されることにはならない。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3)以上のとおり、原告と被告トーセの間で本件各動画につき著作者人格権の不行使の合意がされたと認められるから、原告の被告トーセに対する著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求は理由がない。
4 争点9(被告トーセに本件成果物の利用につき不当利得が成立するか)について
 原告は、被告トーセに対し、本件成果物を引き渡し、被告トーセはこれに基づいて本件ソフトを製作し、利益を受けたと主張する。
 しかし、本件において、原告が、被告トーセに対し、本件成果物を引き渡したこと、被告トーセが、本件成果物を利用して本件ソフトを製作したこと、これにより利益を受けたことについて、これらを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告の被告トーセに対する本件成果物に係る不当利得返還請求は理由がない。
5 結論
 以上の次第で、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 バヒスバラン薫
 裁判官 小川暁は、転補につき、署名押印することができない。
裁判長裁判官 國分隆文


(別紙)著作物目録
 X、Z又はYの抜粋動画(甲21)のうち、下記に列挙されているもので、かつ、BGM、台詞、背景、効果音を除いたもの。
 ただし、「ユニット番号」欄の1番から71番については、防御側の機体を除き、攻撃に際して挿入されたキャラクターのカットイン部分を含む。(以下の「ユニット番号」、「武器番号」、「機体名」及び「武器名」の一覧は省略)
 以上
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