判例全文 line
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【事件名】販促冊子「さくら SAKURA」事件
【年月日】令和5年5月18日
 東京地裁 令和3年(ワ)第20472号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年3月2日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
被告 株式会社日本デザイン・センター(以下「被告会社」という。)
被告 B(以下「被告B」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 亀井弘泰
同 近藤美智子ほか


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して414万円並びにこれに対する被告会社については平成30年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし、これに対する令和3年10月13日から支払済みまで年3分の割合による金員の限度で被告Bと連帯して)及び被告Bについては被告会社と連帯して令和3年10月13日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを41分し、その40を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して1億7540万円及びこれに対する被告会社については平成30年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を、被告Bについては令和3年10月13日から支払済みまで年3分の割合による金員を、支払え。
第2 事案の概要
1 原告は、別紙写真目録記載1ないし4の各写真(以下「本件写真1」ないし「本件写真4」といい、併せて「本件各写真」という。)の著作権(以下「本件著作権」という。)を有する写真家である。
 本件は、原告が、被告会社においてそのウェブページ(以下「本件ウェブページ」という。)上に本件各写真を掲載した行為が、本件著作権に係る公衆送信権侵害を構成すると主張して、被告らに対し、連帯して、被告会社については、民法709条及び著作権法114条3項に基づき、損害賠償金1億7540万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成30年2月16日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社の代表取締役である被告Bについては、会社法429条1項に基づき、上記損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和3年10月13日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める事案である。
 なお、争点整理の結果、原告主張に係る公衆送信権侵害の期間は、平成19年3月から平成26年8月までに限るものと整理された(第5回弁論準備手続調書参照)。
2 前提事実(証拠等の記載のないものは当事者間に争いがない。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告は、「幻視」などの写真集を公表している写真家である。(甲1、弁論の全趣旨)
イ 被告会社は、グラフィック、パッケージ等のデザインの企画・制作等を目的とする株式会社である。
ウ 被告Bは、グラフィックデザイナーであり、平成15年以降、被告会社の代表取締役を務めている。(弁論の全趣旨)
(2)本件各写真
 原告は、本件各写真を撮影した者であり、本件各写真の著作権者である。(甲1、9、弁論の全趣旨)
(3)新作たばこ「さくら」の販売
 日本たばこ産業株式会社は、平成17年2月、新作たばこ「さくら」の販売を開始したところ、被告会社は、日本たばこ産業株式会社から、販売促進のための小冊子「さくらSAKURA」(甲9)の作成を受託し、これを作成した。この際、原告は、被告会社に対し、総額460万円の許諾料で、上記小冊子に本件各写真を掲載することを許可した。なお、当該許可に当たり、原告と被告会社との間で契約書は作成されなかった。(甲9、弁論の全趣旨)
(4)本件各写真の本件ウェブページへの掲載
 被告会社は、平成19年3月から平成26年8月までの間、本件ウェブページにおいて、本件各写真を掲載した。(甲11、12、乙1、弁論の全趣旨)
(5)本件訴訟提起
 原告は、令和3年8月6日、本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著な事実)
(6)消滅時効の援用
 被告らは、令和5年2月9日の本件第5回弁論準備手続期日において、原告に対し、本件の損害賠償請求権について、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。(当裁判所に顕著な事実)
3 争点
(1)承諾の成否(争点1)
(2)引用の成否(争点2)
(3)消滅時効の成否(争点3)
(4)取締役の責任の有無(争点4)
(5)損害額(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(承諾の成否)について
(被告らの主張)
 本件各写真は、被告会社が、日本たばこ産業株式会社から受託した新作たばこ「さくら」のプロモーション(以下「本件プロジェクト」という。)に使用することを目的として、原告から利用許諾を受けたものである。当該利用許諾に際して、契約書は作成しておらず、本件プロジェクトの期間(平成17年2月1日から同年4月30日まで)、許諾料等については合意したものの、詳細な利用態様、許諾期間等については特に定めなかった。
 もっとも、本件プロジェクト当時の広告デザイン業界においては、デザイン事務所の制作した広告作品を、実績紹介として広告掲載当時のままの形で自社のウェブサイトで掲載することは、当然の慣行として行われており、そのような形での写真の利用について、写真を提供した写真家の許諾を得ることは行われていなかった。また、デザイン事務所の実績紹介において、自己の作品と名前がクレジットされることは、写真家等のクリエイターにとっても新規の取引につながるメリットがあるから、個々のクリエイターに敢えて利用許諾を求めずに実績として紹介する慣行が存在する。そして、元々原告が、被告会社の子会社の従業員であったことなどからすると、原告もこのような慣行を当然認識していたはずである。
 また、総額460万円という高額な許諾料に鑑みれば、本件各写真について、本件プロジェクト期間経過後においても、実績紹介等のための利用を許諾する旨の契約があったといえる。
 以上の事情によれば、本件各写真の利用許諾には、本件プロジェクト終了後においても、被告会社のホームページ(本件ウェブページ)上に過去の使用実績として本件各写真を掲載することも、その合意内容として含まれていたといえる。
(原告の主張)
 被告会社が本件各写真を使用し得るのは、本件プロジェクトの期間に限られるものであり、これを超えて使用できないことは明白である。また、原告は、被告ら主張に係る慣行が存在することは知らないし、このような慣行に従う旨の合意もしていない。
2 争点2(引用の成否)について
(被告らの主張)
 被告会社が本件ウェブページ上に本件各写真を掲載したのは、被告らの過去の広告作品の実績紹介を行うためであるから、当該掲載は、著作権法32条1項に定める引用に該当する。
 まず、本件各写真の掲載態様については、本件ウェブページの画面右半分に四角い枠があり、上部一列の帯状に表示された写真のいずれか一つをクリックすると、当該写真が大きく表示されるようになっており、敢えて上部写真列で本件各写真を選択してクリックしない限り、本件各写真が拡大して表示されることはないという、制限的な表示態様である。また、広告作品の紹介という性質上、当該作品のアイデアやコンセプトを説明した解説文が本件ウェブページの中核となり、本件各写真は、本件ウェブページの画面左側にある解説文との関係では、従たる関係にとどまる。
 このような、本件各写真が掲載された本件ウェブページ画面における解説文と本件各写真の性質及び関係性、本件各写真の制限的な表示態様、更には本件各写真が掲載された本件ウェブページ全体における位置関係等を考慮すると、本件各写真の掲載画面において主となるのは、被告らの実績紹介の一環として、本件プロジェクトにおける広告コンセプトを説明した解説文であり、本件各写真は、当該解説文を補うものとして従たる関係にあるといえる。
 また、画面左側に解説文を表示し、右側に写真の表示枠を設けつつ、画面上部に表示された帯上の写真一覧から、一つをクリックすることで当該枠中に写真が表示されるという画面構成のほか、解説文の内容、「文章」と「写真」という著作物の性質等によれば、被告らの著作物(解説文)と原告の著作物(本件各写真)は明確に区別可能である。
 さらに、本件ウェブページが自社の実績を紹介するページであるという事情からすれば、実績紹介の一環として、実際に受託したプロジェクトにおいてデザインした広告作品を紹介する必要があり、その紹介においては、当該広告作品のコンセプト等の解説に加え、当該広告作品で使用した実際の写真も紹介する必要があることは明らかである。
 加えて、本件ウェブページ上では、原告の氏名が明記されているから、本件各写真の掲載は公正な慣行に合致するといえる。
(原告の主張)
 過去の広告作品の実績紹介という被告らの目的は、著作権法32条1項の定める「報道、批評、研究」に当たらないし、「報道、批評、研究」とはかけ離れた商業的な被告らの上記目的が、同条項の「報道、批評、研究その他の引用の目的」に含まれるとはいえない。
 また、ある写真を広告に使用している期間は、同じ写真を他の広告に使用することはあり得ないから、広告代理店等は、本件各写真が本件ウェブページに掲載されている間は、本件各写真を広告に使用しようとは考えない。さらに、本件ウェブページにおいて、本件各写真が原告の著作物であるとして複製を禁じる旨の表示はされていないばかりか、本件各写真に「透かし」を入れるなどの無断複製防止処理もされていないことから、「Pinterest」等の第三者のウェブサイトにおいて、本件ウェブページから複製された本件各写真が公開されている。
 このように、本件各写真が本件ウェブページに長期にわたって掲載されたことのほか、無断複製防止処理をしなかった被告らの杜撰な対応により、本件各写真が広くインターネット上に公開されるに至り、原告は、本件各写真に基づき経済的利益を得る機会を失った。そして、1枚の複製によって全体を瞬時に鑑賞できるという写真の特性も相俟って、本件各写真の公開が著作権者である原告に与える被害は甚大であるから、被告会社による本件ウェブページでの本件各写真の利用は、著作権法32条1項の引用として許されるものではない。
3 争点3(消滅時効の成否)について
(被告らの主張)
(1)原告は、平成30年2月6日付けで、被告会社に対し通知書(甲13)を送付しているから、本件の損害賠償請求権の消滅時効をこの時点から起算したとしても、令和3年2月5日をもって、同請求権の消滅時効は完成している。
 また、被告会社による本件各写真の使用行為は、平成19年から平成30年に至る一連のものとして評価されるべきであり、原告が、上記通知書(甲13)のとおり、平成30年2月6日の時点において、本件ウェブページ上で本件各写真が使用されていることを認識していた以上、平成19年以降の一連の使用行為について、当該時点から消滅時効が起算されるべきである。
 さらに、原告が被告会社に対して平成30年5月28日付けで送付した通知書(乙9)では、中国語で被告Bを紹介する他社ホームページに、本件各写真が掲載されていることを指摘した上で、同ホームページの作成時期が「平成23年(2011年)10月9日16時26分」であると指摘し、「貴社は、遅くとも、平成23年10月9日時点で、自身のホームページ上に、…同様の写真を掲載していた可能性が高いと思われます。」と指摘していることからすると、原告は、同通知書を作成した平成30年5月時点において、少なくとも平成23年10月以降における本件各写真の使用を現実に認識し、権利行使することが可能であったことは明らかである。そして、そもそも本件各写真は、平成17年2月の本件プロジェクトで使用されたものであるから、権利侵害の始期を平成17年2月以降と特定して権利行使することは可能であったといえる。
(2)原告は、本件各写真が平成19年3月から平成26年8月まで本件ウェブページに掲載されていた事実を知ったのは、令和2年6月18日であるとして、その根拠に証拠(甲16)を挙げるものの、同証拠は、令和2年6月18日時点において、被告会社のホームページに関する何らかの資料が原告のパソコンのフォルダに保存されていたという事実を示すものでしかなく、この時点で初めて平成19年から平成26年までの侵害の事実を知ったということを示すものではない。
 また、原告は当初、本件各写真の使用を認識した時期は令和元年(2019年)夏頃であると主張していたにもかかわらず、被告らが消滅時効の主張をすると、当該認識時期を令和2年6月18日に変更している。その上、その後原告が提出した証拠(甲34ないし36)によれば、原告は、平成31年(2019年)1月時点において、平成26年8月以前の使用についても認識していたことが明らかとなった。このような不合理な主張の変遷や、原告が過去の被告会社のホームページにおける使用例を証拠提出していることからすれば、原告が平成30年2月に通知書(甲13)を送付した時点において、平成19年以降の全ての使用の事実を把握していたことは疑いない。それにもかかわらず、原告は、当該時点から3年以内に本件訴訟を提起していないのであるから、平成19年3月から平成26年8月までの本件各写真の使用について、消滅時効が完成している。
(原告の主張)
 被告会社は、平成30年3月26日、原告に対し、平成26年10月1日から本件各写真のうち2点が被告会社のホームページに掲載されていたが、それ以前については記録がなく、掲載が確認できなかったと通知している(甲14)。その後、原告は、過去のウェブページを確認するサービスがあることを知り、令和2年6月18日に、被告会社のホームページの過去の状態を確認し、保存しているため(甲16)、原告が被告会社のホームページ(本件ウェブページ)において本件各写真が使用されていた事実を知ったのは、令和2年6月18日である。
 すなわち、原告は、令和2年6月18日に初めて、被告らによる平成26年10月1日以前の本件著作権侵害の事実を現実に認識したところ、それから3年以内に本件訴訟を提起しているのであるから、消滅時効は完成しておらず、被告らの主張は理由がない。
4 争点4(取締役の責任の有無)について
(原告の主張)
 被告Bは、被告会社の代表取締役であるとともに、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科教授及び公益社団法人日本グラフィックデザイン協会副会長も務めているから、自社のデザインにおいて他者の著作物を利用した場合の処理について深い学識と経験を有しているはずである。このような被告Bの地位等に照らせば、被告Bは、許諾期間を超えて本件各写真を被告会社のホームページに掲載するに当たっては、原告の許諾を確認すべき義務があったといえるところ、被告Bは、これを怠り、掲載を漫然と放置していたのであるから、被告Bに悪意又は重過失があることは明らかである。
(被告Bの主張)
 被告Bは、本件各写真を被告会社のホームページ(本件ウェブページ)に掲載した平成19年当時、知的財産権を保護する体制の構築を主たる職務としていなかった。また、被告Bは、本件当時から現在まで、知的財産権についての社内勉強会の開催や、ビジネス著作権検定等の資格取得の奨励、許諾取得のルールの明確化、著作権侵害等の可能性が認識された時点における速やかな報告体制の構築など、知的財産権の侵害を防止するための社内体制を講じてきた。そして、そもそも、本件プロジェクトが行われた平成17年や、被告会社が本件各写真を本件ウェブページに掲載した平成19年当時は、インターネットが社会に浸透し始めた時期であり、インターネット上の著作物利用に関する問題意識は、現在に比べて限定的であった。このような当時の状況に、上記1の業界慣行の存在を併せ考慮すれば、被告会社における上記の社内体制は必要十分なものであったといえる。
 したがって、本件各写真の掲載について、被告Bの職務遂行に悪意又は重過失はない。
5 争点5(損害額)について
(原告の主張)
(1)本件写真1及び2の使用許諾料は1クール(3か月)各150万円であり、本件写真3及び4の使用許諾料は1クール(3か月)各80万円である。
 そうすると、平成19年3月から平成26年8月まで本件各写真が無断使用されたことにより、原告は毎クール460万円の損害を29クールにわたって受けたことになるから、その損害額は1億3340万円となる。
 また、平成26年8月から平成30年2月15日まで本件写真1及び2が無断使用されたことにより、原告は毎クール300万円の損害を14クールにわたって受けたことになるから、その損害額は4200万円となる。
 したがって、原告が被った損害は、1億7540万円となる。
(2)上記2のとおり、ある写真を広告に使用している期間は、同じ写真を他の広告に使用することはあり得ないから、広告代理店等は、本件各写真が本件ウェブページに掲載されている間は、本件各写真を広告に使用しようとは考えない。すなわち、ある写真がデザイン事務所等によって使用され、公衆による閲覧が常態となっている場合には、当該写真が新しい広告で利用されることはないから、著作権者に及ぼす影響は甚大である。このような著作権者に及ぼす影響に鑑みれば、原告が被った損害は、本件プロジェクトにおける利用許諾料を基に算定されるべきである。
(被告らの主張)
 上記1のとおり、デザイン業界においては、実績紹介目的での写真等の使用については、対価が支払われない慣行が存在する。これは、過去の実績として紹介されることにより、クリエイターも次の仕事につながることが多いからである。これに対し、原告は、インターネット上で過去の使用実績が拡散されることによって損害を被った旨主張するが、被告らによって本件各写真の使用実績が紹介されることは、原告にとってメリットにこそなれ、これによって原告が取引機会を失うことは到底考えられない。現に、原告は、実際にどのような損害を受けたのかについて何ら主張も立証もしていない。したがって、被告会社が本件ウェブページに本件各写真を掲載したことにより、原告には何ら経済的な損害は生じていないといえる。
 仮に、原告に損害が生じたとしても、本件プロジェクトにおける利用態様と全く同等の金額を損害額とするのは失当である。すなわち、第三者の商品のプロモーション目的での商業的使用と、それを制作したデザイン会社による自社の過去の実績紹介としての非商業的自己使用とでは、当該作品の露出の程度、影響力、権利者の受ける制約のいずれの点においても全く異なるから、同等に評価されるべきものではない。
 また、使用期間との関係においても、一般に長期の使用許諾を受ける場合には、単純に1クール当たりの金額に使用期間を乗じることはなく、期間が長期になればなるほど、金額の上昇率は抑制されるのが通常である。したがって、単純に1クール(3か月)当たりの単価にクール数を乗じた原告の主張は、失当である。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(承諾の成否)について
(1)被告らは、本件各写真の高額な許諾料に鑑みれば、原告が被告会社に対し本件各写真の利用を許諾する契約(以下「本件契約」という。)には、実績紹介等のための利用を許諾する旨の合意(以下「本件合意」という。)が含まれていたと主張する。
 そこで検討するに、原告が被告会社との間で本件契約を締結するに当たり、契約書を作成しなかったことは、当事者間に争いがない。そして、原告は、本件合意があったことを否定しているところ、本件契約に関して、原告と被告会社間のやり取りなど本件合意がうかがわれるような書面等は存在せず、被告らの主張を前提としても、上記合意がされた経緯、時期、場所その他の事情は、具体的には明らかにされていない。のみならず、証拠(甲17、18)及び弁論の全趣旨によれば、別の会社に対して本件写真1の利用を許諾した際は、これに関する契約書が作成されているところ、当該契約書における本件写真1の許諾料は、本件契約における許諾料と同等のものであるのに、実績紹介等のための利用を許諾する旨の合意は存在しなかったことが認められる。
 これらの事情の下においては、本件合意があったことを裏付けるに的確な証拠はなく、本件契約と同種の別件契約の内容に照らしても、本件合意があったものと認めるのは相当ではない。したがって、被告らの主張は、採用することができない。
(2)これに対し、被告らは、写真家等のクリエイターにとっても、実績紹介として写真等が使用されることにはメリットがあることなどから、広告デザイン業界においては、このような実績紹介として写真等を使用する場合には、クリエイターに利用許諾を求めない慣行が存在する旨主張する。
 そこで検討するに、証拠(甲11、12、34ないし38)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、本件各写真のデジタルデータに「透かし」を入れ又は写真家の名前を浮き彫りにするなどの無断複製防止措置をせずに、本件ウェブページに上記デジタルデータを掲載したものと認められるところ、同デジタルデータは、グーグルの検索サイトの画像欄その他のインターネット上に、原告の名前が付されずに広く複製等されるに至ったことが認められる。そして、証拠(乙5、6)及び弁論の全趣旨によれば、実績紹介での利用につき、デザインも含めての掲載であれば格別、画像を抜き出して利用することは許容されず、また、ウェブページにおいて、PDFを閲覧できたりダウンロードできたりする場合はライセンス料金が発生する旨注意喚起するフォトエージェンシーが存在することが認められる。
 これらの事情を踏まえると、少なくとも、被告会社が無断複製防止措置なく本件各写真のデジタルデータを掲載するような態様についてまで、クリエイターに利用許諾を求めない慣行が存在するものと認めることはできない。したがって、被告らの主張は、採用することができない。
2 争点2(引用の成否)について
(1)著作権法32条1項は、公表された著作物は、公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができる旨規定するところ、公正な慣行に合致し、かつ、引用の目的上正当な範囲内であるかどうかは、社会通念に照らし、他人の著作物を利用する目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の程度などを総合考慮して判断されるべきである。
(2)これを本件についてみると、証拠(甲11、12、34ないし38、41)及び弁論の全趣旨によれば、本件各写真は、被告会社に対し、合計460万円で利用許諾されたものであり、商業的価値が高いものであるところ、本件各写真は、本件契約の許諾期間経過後に、本件ウェブページに掲載されたこと、本件ウェブページの右側には、画面の横幅半分以上を占める長方形の枠があり、その上部には横一列で本件各写真を含む写真が小さく表示されているところ、当該各写真のいずれか一つにカーソルを合わせると、その写真が上記長方形の枠内に拡大表示されること、当該長方形の枠の左側には、本件プロジェクトに係る新作たばこ「さくら」のデザインに込めたイメージのほか、煙草が喫われる情景を昭和初期の文士の世界に託して描いたという冊子のコンセプトが一文付されるなどの解説文が掲載されているところ、画面右側の拡大された写真の方が、画面左側の解説文よりも大きく表示されること、当該解説文は、いずれの写真が拡大表示されても同じ内容のものが掲載されており、画面右側の拡大された写真の下には、「P:A」として原告の名前が表示されていること(以上別紙本件ウェブページ目録1ないし4参照)、他方、被告会社は、本件各写真のデジタルデータに「透かし」を入れ又は写真家の名前を浮き彫りにするなどの無断複製防止措置をせずに、本件ウェブページに上記デジタルデータを掲載したところ、本件各写真のデジタルデータは、グーグルの検索サイトの画像欄その他のインターネット上に、原告の名前が付されずに相当広く複製等されるに至ったこと、以上の事実が認められる。
 上記認定事実によれば、本件各写真にカーソルを合わせた場合には、本件各写真は、左側の解説文よりも、画面右側に大きく拡大表示されており、解説文において本件各写真と関連性のある内容は、煙草が喫われる情景を昭和初期の文士の世界に託して描いたという冊子のコンセプトが一文付されるにすぎず、少なくとも商業的価値の高い本件各写真との関係上は、上記一文は本件各写真の添え物にとどまるものといえる。そして、上記認定事実によれば、本件各写真のデジタルデータには、無断複製防止措置がされず、同デジタルデータは、インターネット上に原告の名前が付されずに相当広く複製等されるに至ったことが認められる。
 これらの事情の下においては、本件ウェブページには、商業的価値が高い本件各写真がそれ自体独立して鑑賞の対象となる態様で大きく掲載されており、本件各写真のデジタルデータは、無断複製防止措置がされずインターネット上に相当広く複製等されていることからすると、本件各写真の著作権者である原告に及ぼす影響も重大であることが認められる。
 したがって、本件ウェブページにおける本件各写真の利用は、上記認定に係る本件各写真の性質、掲載態様、著作権者である原告に及ぼす影響の程度などを総合考慮すれば、公正な慣行に合致せず、かつ、引用の目的上正当な範囲内であるものと認めることはできない。
(3)これに対し、被告らは、本件ウェブページ画面における解説文と本件各写真の性質及び関係性、本件各写真等の制限的表示態様、更には本件ウェブページ自体のホームページ全体における位置関係等を考慮すると、本件各写真は解説文を補う従たるものにすぎない旨主張する。
 しかしながら、上記認定に係る解説文の大きさ及び内容と、本件各写真の性質及び掲載態様を比較すれば、本件各写真は、それ自体独立して鑑賞の対象となる態様で掲載されていることは、上記において説示したとおりである。
 そうすると、上記認定に係る独立鑑賞の対象となる本件各写真の掲載態様及び著作権者である原告に及ぼす影響等を踏まえると、実績紹介の目的で掲載したとする被告らの主張を十分考慮しても、上記判断を左右するに至らない。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。
(4)以上によれば、被告会社が本件ウェブページに本件各写真を掲載した行為は、著作権法32条1項の規定する引用に該当するものとは認められない。
3 争点3(消滅時効の成否)について
(1)認定事実
ア 原告は、平成30年2月6日、被告会社に対し、被告会社のホームページ(本件ウェブページ)に掲載されている本件写真1及び2の使用を直ちに中止することを求めるとともに、当該写真の当該ホームページへの掲載期間と、当該写真以外に当該ホームページに掲載した写真の有無等について、回答を求める旨の通知書(以下「本件通知書1」という。)を送付した。(甲13、弁論の全趣旨)
イ 被告会社は、平成30年3月26日、原告に対し、本件写真1及び2の本件ウェブページへの掲載期間は、平成26年10月1日から平成30年2月14日までであること、それ以前については記録がなく掲載の確認ができなかったこと、本件ウェブページにおいて、上記2点の写真以外に原告の写真が掲載されたことはないことなどを記載した回答書(以下「本件回答書」という。)を送付した。(甲14)
ウ 原告は、平成30年5月28日、被告会社に対し、被告会社の代表者である被告Bを紹介する中国語のウェブページにおいて、本件各写真が使用されていること、当該ウェブページの作成日付によれば、被告会社のホームページでは、遅くとも平成23年10月9日時点で、当該ウェブページと同様に本件各写真を掲載していた可能性が高いと思われること、改めて原告の写真使用に関する事実関係(使用した写真の種類、使用期間等)を調査することを求めること、以上の内容を記載した文書(以下「本件通知書2」という。)を送付した。(乙9)
(2)消滅時効の成否
ア 被告らは、@被告会社による本件各写真の使用行為は、平成19年から平成30年に至る一連のものとして評価されるべきであり、原告が、本件通知書1を送付した平成30年2月6日時点において、本件ウェブページ上で本件各写真が使用されていることを認識していた以上、平成19年以降の一連の使用行為について、当該時点から消滅時効が起算されるべきである、A原告は、本件通知書2を作成した平成30年5月時点において、少なくとも平成23年10月以降における本件各写真の使用を現実に認識している上、そもそも本件プロジェクトが平成17年2月であったことに照らせば、権利侵害の始期を平成17年2月以降と特定して権利行使することは可能であった、B原告が本件各写真の本件ウェブページへの掲載を認識した時期が、被告らの消滅時効の主張を受けて変遷した上、原告自身が提出した証拠(甲34ないし36)によれば、原告は、平成31年1月時点で、平成26年8月以前の掲載についても認識していたことが認められることなどからすれば、原告は、平成30年2月に本件通知書1を送付した時点において、平成19年以降の全ての使用の事実を把握していたといえると主張する。
イ そこで検討するに、民法724条(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味し、同条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解すべきである(最高裁平成8年(オ)第2607号同14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。
 これを本件についてみると、上記認定事実によれば、原告は、平成30年3月26日付けの本件回答書によって、本件写真1及び2が平成26年10月1日から平成30年2月14日まで本件ウェブページに掲載されていたことを認識したことが認められるものの、本件通知書1における被告会社への質問内容及び本件回答書の内容を踏まえると、被告会社が上記の限度で掲載内容を回答している以上、その他の写真の掲載の有無や、本件写真1及び2の上記期間以外の掲載の有無については、原告は本件回答書を受領した時点において認識していなかったと認めるのが相当である。
 また、上記認定事実によれば、原告は、本件通知書2の作成時点である平成30年5月28日時点において、遅くとも平成23年10月9日以降、本件各写真が本件ウェブページに掲載されていた可能性が高いことを認識していたことまでは認められるものの、本件通知書2において、本件各写真が平成23年10月9日時点で掲載されていた旨指摘されているのは、中国語のウェブページであって本件ウェブページではなく、現に、原告は、本件通知書2において、「同様の写真を掲載していた可能性が高い」と記載して、被告会社に対し、調査の上回答を求めているのであるから、原告が、上記時点において本件ウェブページにも本件各写真が掲載されていたことを現実に認識していたものとはいえない。その他に、原告において、本件ウェブページへの掲載開始時期が本件プロジェクトの時期である平成17年2月であると認識できたことを認めるに足りる証拠はなく、この点に関する被告らの主張は、裏付けを欠くものといえる。
 さらに、被告らが指摘する原告の主張の経緯等を踏まえても、上記認定に係る本件通知書1、本件回答書及び本件通知書2の送付及び受領状況を踏まえると、原告が、本件通知書1を送付した時点で、既に平成19年3月から平成26年8月までの本件ウェブページにおける本件各写真の掲載を現実に認識していたものと認めるに足りない。
 したがって、被告らの主張は、いずれも採用することができない。
ウ 以上によれば、原告が、平成19年3月から平成26年8月までの本件各写真の本件ウェブページへの掲載について、平成30年2月時点で認識したものと認めることはできず、消滅時効が完成するものと認めることはできない。
4 争点4(取締役の責任の有無)について
 前記前提事実及び前記認定事実によれば、被告会社は、デザインの企画・制作等を目的とする株式会社であり、日本たばこ産業株式会社から受託された「さくら」の小冊子を作成するために、原告から、本件各写真の利用許諾を受けたのであるから、その代表取締役である被告Bは、その職務上、原告に対し、前記認定に係る態様で本件各写真を本件ウェブページに掲載することができるかどうかを確認すべき注意義務があったものといえる。
 しかるに、被告Bは、原告に容易に確認できるにもかかわらずこれを怠り、本件各写真のデジタルデータに複製防止措置を何ら執ることなく、漫然と約7年間も本件ウェブページに継続して違法に掲載し、その結果、本件各写真のデジタルデータがインターネット上に原告名が付されることなく相当広く複製等されたことが認められる。
 これらの事情を踏まえると、被告Bに少なくとも重過失があったことは明らかであり、著作権の重要性を看過するものとして、その責任は重大である。
 これに対し、被告Bは、本件各写真を本件ウェブページに掲載した平成19年当時、知的財産権を保護する体制の構築を主たる職務としていなかったし、当時から現在に至るまで、知的財産権の侵害を防止するための社内体制を講じてきたことなどからすれば、被告Bの職務遂行に悪意又は重過失はないと主張する。
 しかしながら、被告Bが、本件ウェブページ掲載当時に知的財産権保護体制の構築を主たる職務としていなかったとしても、デザイン制作等を目的とする株式会社において、デザイン制作等に当たり著作権、肖像権その他の知的財産権を侵害しないようにする措置を十分に執ることは、取締役の基本的な任務であるといえるから、被告Bの主張を十分に踏まえても、被告Bの責任は免れない。また、原告に何ら確認することなく、本件各写真のデジタルデータが複製防止措置を何ら執られることなく本件ウェブページに7年以上も漫然と掲載されていた事情等を踏まえると、被告Bの主張立証(乙10)等を十分に斟酌しても、知的財産権の侵害を防止するための社内体制が不十分であったとの誹りを、免れることはできない。
 したがって、被告Bの主張は、採用することができない。
5 争点5(損害額)について
(1)証拠(乙7、8)及び弁論の全趣旨によれば、ウェブページにおいて広告として写真等を使用する場合、当該使用料は、使用期間が長期になるに従って1年当たりの料金が逓減し、使用期間が5年ないし10年の場合における1年当たりの使用料は、使用期間が1年の場合の3割程度の金額となるものと認められる。そして、写真を商業目的で使用する場合と、実績紹介として非商業目的で使用する場合とでは、使用目的、使用態様その他取引の実情に照らし、その使用料は大幅に異なるものと認めるが相当であり、その他の本件に現れた事情も斟酌すると、本件契約の使用料の1割をもって、本件ウェブページの掲載につき支払うべき金銭の額に相当する額というべきである。
 そうすると、弁論の全趣旨によれば本件契約に係る460万円の使用料は本件プロジェクト期間の1クール(3か月)に対するものと認めるのが相当であるから、本件各写真の本件ウェブページの掲載につき原告が受けるべき金額は、1年当たりの商業目的の使用料1840万円(460万円×4)に、掲載期間7.5年(平成19年3月から平成26年8月まで)を乗じ、更に長期逓減率である3割を乗じた上で、実績紹介としての非商業的目的であることを考慮してその1割を乗じた金額とするのが相当である。
 したがって、損害額は、次の計算式のとおり、414万円になるものと認められる。
 (計算式)1840万円×7.5年×30%×10%=414万円
(2)これに対し、被告らは、本件各写真が本件ウェブページに掲載されることは、原告のメリットにこそなれ、原告が取引機会を失うことは到底考えられないから、原告には何ら経済的な損害は生じていないと主張する。
 しかしながら、本件ウェブページに掲載された本件各写真のデジタルデータは、無断複製防止措置がされずインターネット上に相当広く複製等されていることは、前記において認定したとおりである。そうすると、被告らの主張は、上記認定に係る原告に及ぼす影響を看過するものであり、上記判断を左右するに至らない。したがって、被告らの主張は、採用することができない。
6 その他
 その他に、被告らの準備書面及び提出証拠を改めて検討しても、被告らの主張は、独立鑑賞の対象となる本件各写真の掲載態様等のほか、本件ウェブページに本件各写真のデジタルデータを無断複製防止措置なく約7年間掲載したことの影響等を看過するものであり、被告ら主張に係る諸事情を十分に考慮しても、上記判断を左右するに至らない。したがって、被告らの主張は、いずれも採用することができない。
第5 結論
 よって、原告の請求は、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 古賀千尋


(別紙)写真目録 (省略)
(別紙)本件ウェブページ目録 (省略)
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