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【事件名】TOKAIコミュニケーションズへの発信者情報開示請求事件B
【年月日】令和5年5月12日
 東京地裁 令和3年(ワ)第33045号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年2月14日)

判決
原告 株式会社WILL
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 角地山宗行
被告 株式会社TOKAIコミュニケーションズ
同訴訟代理人弁護士 松尾栄蔵
同 村上諭志
同 松岡亮


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
第2 事案の概要等
1 事案の要旨
 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙著作物目録記載1及び2の各動画(以下、番号に従って「本件動画1」及び「本件動画2」といい、これらを総称して「本件各動画」という。)をそれぞれ複製して作成した動画ファイル(以下、本件動画1に対応するものを「本件ファイル1」、本件動画2に対応するものを「本件ファイル2」といい、これらを総称して「本件各ファイル」という。)を、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆の求めに応じて自動的に送信し得る状態とすることによって、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、映画・ビデオの映像制作、編集業務、販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、コンピューターによる情報の処理等を目的とする株式会社であり、一般利用者に向けて広くインターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである。
(2)本件各動画の著作物性
 本件各動画は、思想又は感情を創作的に表現した映画の著作物(著作権法10条1項7号)である(甲13)。
(3)ビットトレントの仕組み(甲3、弁論の全趣旨)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコル及びこれを利用するためのソフトウェアである。
 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。
 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。端末にインストールしたクライアントソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。
 ピアは、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で通信を行い、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認した上(以下、この当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。)、当該他のピアが当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、ピアは、他のピアから、自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。
(4)株式会社LEAF(以下「本件調査会社」という。)による調査(甲10、弁論の全趣旨)
 本件調査会社は、別紙動画目録1及び2記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社担当者は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件各動画の作品名、品番、ファイル名等に基づいて、本件各動画と同一であることが疑われるファイルのハッシュ値を探索し、誤りの有無をチェックした上で、当該ハッシュ値を監視対象とした。
イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である当該ハッシュ値を有する特定のファイルを共有しているピアに関する情報のリストを要求したところ、トラッカーから当該ピアのIPアドレス、ポート番号及び当該特定のファイルの保持率の情報のリストが返信された。別紙動画目録1及び2記載のIPアドレス及びポート番号は、当該リストに記載されていたものである。
 また、トラッカーからピアの情報のリストが返信された後、実際に各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応答することを確認した。別紙動画目録1及び2記載の各発信日時は、ハンドシェイクの通信により各ピアから応答確認があった時刻である。
(5)本件各発信者情報の保有
 被告は、本件各発信者情報を保有している。
3 争点
(1)原告の権利が侵害されたことが明らかであるか(争点1)
(2)本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか(争点2)
(3)原告が本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか(争点3)
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
(原告の主張)
ア 原告が本件各動画の著作権者であること
(ア)本件動画1の「監督」を担当した者はA1ことA(以下「本件監督1」という。)であり、本件動画2の「監督」を担当した者はB1ことB(以下「本件監督2」といい、本件監督1と併せて「本件各監督」という。)である。本件各監督は、それぞれ、本件各動画の脚本の創作や映像の編集等の総指揮を行うとともに、脚本や映像内容に関する最終決定権限を有しており、本件各動画の「全体的形成に創作的に寄与した者」(著作権法16条本文)であるから、本件動画1の著作者は本件監督1、本件動画2の著作者は本件監督2である。
 原告は、本件各動画を最初に発意して企画し、その製作費用の全てを負担する等の責任を負う主体であったから、本件各動画の「映画製作者」(同法2条1項10号)である。そして、本件各動画の製作に当たり、著作者である本件各監督は、映画製作者である原告に対し、本件各動画の製作に参加することを約束していたから、本件各動画の著作権は原告に帰属する(同法29条1項)。
(イ)また、原告は、本件各動画を製作した上、「S1(エスワン)」及び「MOODYZ(ムーディーズ)」の名称で、本件各動画を収録したDVD及びBlu−rayDiscを日本全国で販売したが、「S1(エスワン)」及び「MOODYZ(ムーディーズ)」は、原告の変名として広く周知されていたから、原告は、著作権法14条により、本件各動画の著作者と推定される。
イ 本件各動画と本件各ファイルに係る動画とが同一であること
 ビットトレントでは、共有されているファイルを特定するために、ファイル毎に生成される英数字の羅列であるハッシュ値を利用している。本件各氏名不詳者は、ビットトレントネットワークにおいて、別紙動画目録1及び2の「ハッシュ」欄記載のハッシュ値により特定されるファイル、すなわち本件各ファイルをアップロードできる状態にしていた。
 本件各動画と本件各ファイルを再生した動画とを比較すると、本件各ファイルに係る動画が本件各動画と同一のものであることは明らかである。
ウ 本件各氏名不詳者は本件各動画を送信可能化したこと
 本件各発信者情報から特定される本件各氏名不詳者は、遅くとも別紙動画目録1及び2の各項番の発信日時欄記載の時刻までに、本件各ファイルの全部又は一部を取得して自身が管理するピアの記録媒体に保存し、かつ、これと同時にビットトレントネットワークを介して、不特定の他のピアからの要求に応じて本件各ファイルを自動的に送信し得るようにした。
 ビットトレントを利用して著作物に係る特定のファイルを共有する場合、当該特定のファイルを細分化したピースのみでも当該著作物の一部を復元することが可能である。実際に、本件ファイル1について、ファイル全体の5パーセントに相当する部分をダウンロードして当該部分を再生したところ、本件動画1の一部を視聴することができた。
 したがって、本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化したことは明らかである。
エ 違法性阻却事由の不存在
 本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化したことに関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。
(被告の主張)
ア 本件各動画に係る著作権が原告に帰属していることは明らかでないこと
(ア)本件動画1の「監督」を担当した者が本件監督1であること及び本件動画2の「監督」を担当した者が本件監督2であることについては、いずれも立証がされていない。
(イ)また、「S1」及び「MOODYZ」は、原告の登録商標であって、原告の名称又は変名ではないから、これらの表示が本件各動画を収録したDVDなどのパッケージに付されていたとしても、著作権法14条は適用されない。
イ 本件各発信者情報から特定される者が本件各氏名不詳者と同一人であることは明らかでないこと
 原告は、本件監視ソフトウェアによる調査結果に基づいて、本件各発信者情報から特定される者が本件各ファイルを共有していた本件各氏名不詳者と同一人であると主張する。しかし、当該調査結果が信頼性及び信用性を有するものであることの立証がされているとはいえない。
 したがって、別紙動画目録1及び2の各項番記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時によって特定される者が本件各ファイルを共有していた本件各氏名不詳者であることが明らかであるとはいえない。
ウ 本件各ファイルに係る動画が本件各動画との間で類似性及び依拠性を有するものであることは明らかではないこと
 本件各ファイルに係る動画が本件各動画に依拠して作成され、かつ、本件各動画と類似するものであることの立証がされているとはいえない。
エ 本件各ファイルを構成するデータが本件各動画を構成するに足りないものである可能性があること
 ビットトレントネットワークにおいて共有されているファイルのデータは、多数のピースに分割され、ピース単位でピア同士の間で共有されている。そのため、仮にビットトレントネットワーク上に本件各ファイルを構成する全てのピースが存在していたとしても、本件各氏名不詳者が管理するピアにおいては、当該ファイルを構成するピースの一部しか保有されておらず、かつ、その一部のピースからは、本件各動画の表現の本質的特徴を直接感得することができる映像を再生できない可能性がある。
オ 本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化したかは明らかでないこと
 著作権法が送信可能化に当たる行為として定めているいずれの類型においても、当該行為によって行われ得ることとなった送信が、「公衆」からの求めに応じて自動的に行うものでなければならない(著作権法2条1項9号の5柱書、同項9号の4)。
 ビットトレントネットワークにおいては、特定のファイルに対応するトレントファイルを共有し、ビットトレントネットワークに参加したピアに対してのみ、当該特定のファイルを構成するピースを送信することができる。そのため、本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化したというためには、トレントファイルを取得して、自身の管理するピアをビットトレントネットワークに参加させた者が「公衆」に当たらなければならないが、この点についての立証がされているとはいえない。
(2)争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に当たるか)について
(原告の主張)
ア ビットトレントネットワークを介して、他のピアから、ファイルをダウンロードしたいという要求を受けたピアは、ファイルをアップロードする直前に、自身の保有する当該ファイルに関する情報のほか、その時点で当該ファイルをアップロードすることが可能な状態になっているか否か等を必ず当該他のピアに通知する。この通知に相当するハンドシェイクの通信は、各ピアが他のピアとの間で実際にファイルのダウンロードやアップロードを行う前の準備段階の行為として必要不可欠なものであるといえる。
 このようなビットトレントの仕組みに照らすと、あるピアが著作物に係るファイルをダウンロードしただけでは、その送信可能化がされたということはできず、トラッカーに対する通知や他のピアとのハンドシェイクの通信により、自身の保有する当該ファイルに関する情報等を他のピアに通知することで、初めて他の不特定のピアに対する当該ファイルの送信可能化が実現されるに至ったものとみることができる。
 本件についてみると、本件各氏名不詳者は、その管理するピアをして、ハンドシェイクの通信により、本件各ファイルの全部又は一部を取得して自身が管理するピアの記録媒体に保存していること及び当該ファイルを送信(アップロード)できる状態になっていることを、本件監視ソフトウェアに通知したのであるから、当該ハンドシェイクの通信によって、本件各動画が送信可能化され、本件各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたということができる。
 以上によれば、原告は、別紙動画目録1及び2の発信日時欄記載の時刻に行われたハンドシェイクの通信によって、公衆送信権を侵害されたといえるから、本件各発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に該当する。
イ また、本件各氏名不詳者の管理するピアが発したトラッカーに対する通知の送信によって、本件各動画が送信可能化され、本件各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたと解するとしても、当該通知の送信は、本件各氏名不詳者の管理するピアが別紙動画目録1及び2記載の各IPアドレスを用いて行ったものであるから、本件各発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に該当する。
(被告の主張)
ア 「特定電気通信」とは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」(プロバイダ責任制限法2条1号)であって、開示請求の対象となる場合のその送信は、「侵害情報」(同条5号)を流通させるものに限られる(同法5条1項1号)。
 そして、著作権法2条1項9号の5イ又はロのいずれにも該当しない行為は、送信可能化する行為と評価することはできない。
イ 本件において、本件各動画を送信可能化する行為と評価する余地があるのは、本件各氏名不詳者の管理するピアが、トラッカーに対し、自身が本件各ファイルを自動的に送信し得る状態にあることを最初に通知した送信に限られ、その後のトラッカーに対する同様の通知の送信を送信可能化行為と評価することはできない。
 なぜなら、ビットトレントの仕組みに照らせば、特定のピアに本件各ファイルの一部又は全部が記録された後、当該特定のピアがトラッカーに対し本件各ファイルを自動的に送信し得る状態にあることを通知し、トラッカーが保有するリストに自身の情報を記録させることによって、他のピアは当該特定のピアが本件各ファイルを自動的に送信し得る状態にあることを初めて認識できる。したがって、ピアがトラッカーに対し、自身が本件各ファイルを自動的に送信し得る状態にあることを最初に通知する送信をした時点で、本件各動画に係る送信可能化状態が作出される。そして、その後は当該状態が継続しているにすぎないから、2回目以降の当該通知の送信は、本件各氏名不詳者の管理するピアが本件各ファイルを自動的に送信し得ることを確認するものにとどまり、本件各動画を送信可能化するものではない。
ウ これに対し、ハンドシェイクの通信は、本件各動画について、著作権法2条1項9号の5イ及びロが定める類型(「記録」、「追加」、「変換」、「入力」及び「接続」)のいずれにも該当しないから、本件各動画を送信可能化する行為に当たらない。
 すなわち、ハンドシェイクの通信は、ビットトレントネットワークを形成しているピア同士で行われるものであるから、その前提として、ピアは、トラッカーに対し、自身をピアとしてリストに記録するように既に通知している。したがって、ハンドシェイクの通信と、トラッカーに対する最初の通知の送信とは、明らかに異なるものである。
 また、本件監視ソフトウェアが行うハンドシェイクの通信は、本件各ファイルを共有しているピアの監視を目的とするものであって、本件各ファイルのダウンロードを目的としていないものであるから、本件監視ソフトウェアが特定のピアとハンドシェイクの通信をしたとしても、その後、本件監視ソフトウェアが当該ピアに対して本件各ファイルを構成するピースのダウンロードを要求することはない。したがって、本件監視ソフトウェアとその監視対象とされるピアとの間で行われるハンドシェイクの通信は、本件各動画の送信可能化と何ら関係のないものである。
 以上のとおり、別紙動画目録1及び2記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時により特定されるハンドシェイクの通信は、本件各動画を送信可能化する通信ではない。
エ 仮に「侵害情報の送信…に係る」(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則(令和4年総務省令第39号)(以下「プロバイダ責任制限法施行規則」という。)2条各号参照)を広く捉えて解釈した場合であっても、トラッカーに対する通知の送信とハンドシェイクの通信とが、どの程度時間的に離隔しているのかが明らかではなく、両者の間に関連性があるとはいえない。
オ 以上によれば、ハンドシェイクの通信から把握された本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に該当することはない。
(3)争点3(原告が本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について
(原告の主張)
 原告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償を請求する予定であるが、そのためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。
 したがって、原告には、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
 著作権侵害に基づく損害賠償請求の法的性質は不法行為に基づく損害賠償請求であるから、これが認められるためには権利侵害者の故意又は過失によって著作権が侵害されたことが必要である。
 特にP2P方式のファイル共有ソフトウェアの中には、ネットワーク参加者が保有する共有ファイルを自動的に送受信するものがある。ビットトレントがそのような仕組みのものであった場合、本件各氏名不詳者は、自動的に送受信されるファイルの中に本件各動画に類似する動画ファイルである本件各ファイルが存在することを認識しないまま、本件各ファイルを受信し、順次これを送信又は送信可能な状態に置いていた可能性がある。そのため、本件各氏名不詳者は、本件各動画に係る著作権を侵害することを認識せず、かつ、認識し得ない状態のまま本件各ファイルを送受信していた可能性がある。
 それにもかかわらず、本件各氏名不詳者が故意又は過失によって本件各動画に係る著作権を侵害したことの立証がされているとはいえない。
 したがって、原告が予定している損害賠償請求が法的に認められない可能性があるから、原告に発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
(1)本件各動画の著作権者について
 前提事実(2)及び証拠(甲6、8)によれば、本件各動画が映画の著作物であること、本件監督1は本件動画1について、本件監督2は本件動画2について、それぞれ、各著作物の全体的形成に創作的に寄与した者であり、本件各動画の著作者であること、原告が本件各動画の製作に発意と責任を有していたこと、本件各監督は、原告に対し、本件各動画の製作に参加することを約束していたことが認められる。
 したがって、著作権法16条及び29条1項により、原告は、本件各動画の著作権者であると認められる。
(2)本件各動画が「送信可能化」されたか否かについて
ア 「送信可能化」(著作権法2条1項9号の5)に該当するには、「自動公衆送信し得るようにすること」が必要であることから、まず、この点について検討する。
(ア)証拠(甲10、13ないし15)によれば、ビットトレントネットワークにおいて共有されていた本件ファイル1は別紙動画目録1の「ハッシュ」欄記載のハッシュ値を、同本件ファイル2は同目録2の「ハッシュ」欄記載のハッシュ値を、それぞれ有するものであること、本件各ファイルに係る動画を本件各動画と対比すると、本件ファイル1に係る動画は本件動画1を、本件ファイル2に係る動画は本件動画2を、それぞれ複製して作成されたものであることが認められる。
(イ)前提事実(3)及び(4)並びに証拠(甲10)によれば、別紙動画目録1の項番2の発信日時欄記載の時刻に同IPアドレス欄記載のIPアドレスが割り当てられていたピアは、同時刻に本件ファイル1の全体を、同項番3ないし6の発信日時欄記載の各時刻に同IPアドレス欄記載のIPアドレスが割り当てられていたピアは、同各時刻に本件ファイル1の少なくとも60パーセントに相当する部分を、それぞれ保有していたと認められる。また、別紙動画目録2の項番1ないし4の発信日時欄記載の各時刻に同IPアドレス欄記載のIPアドレスが割り当てられていたピアは、同各時刻に本件ファイル2の全体を保有していたと認められる。
 そして、前提事実(3)イによれば、ビットトレントネットワークにおいて、ピアは、他のピアから自身が保有するピースの送信を求められると、当該ピースを当該他のピアに送信(アップロード)するように動作するから、別紙動画目録1の項番2ないし6及び同目録2の項番1ないし4記載の各ピアは、インターネット上に形成されたビットトレントネットワークに参加している他のピアからの求めに応じて、本件各ファイルを「公衆からの求めに応じ自動的に」(著作権法2条1項9号の4)「公衆送信」(同項7号の2)し得る状態にあったものと認められる。
(ウ)以上によれば、別紙動画目録1の項番2ないし6記載の各ピアにより本件動画1が、同目録2の項番1ないし4記載の各ピアにより本件動画2が、それぞれ「自動公衆送信し得るように」されたものと認められる。
イ 次に、ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する行為について検討する。
(ア)著作権法2条1項9号の5は、イ又はロ所定の行為により自動公衆送信し得るようにすることを「送信可能化」と定義していることから、「送信可能化」されたといえるには、同項9号の5イ又はロに該当する行為がされることが必要である。
(イ)まず、ビットトレントネットワーク以外の手段によって取得した特定のファイルをビットトレントネットワークにおいて共有しようとする場合について検討する。
 前提事実(3)イにおいて認定したとおり、ビットトレントネットワークにおいては、@トレントファイルを共有するピアで形成されるビットトレントネットワーク内でのみ当該トレントファイルに対応する特定のファイルが共有され、A他のピアからのピースの送信要求は、トラッカーから提供されるピアのIPアドレス及びポート番号の情報のリストに基づいてされるところ、当該情報は、各ピアが定期的にトラッカーに通知した自身のIPアドレス及びポート番号の情報が基礎となっている。このようなビットトレントの仕組みに照らせば、ピアは、トラッカーに対し、自身の情報を提供するための最初の通知の送信をしたことによって、他のピアからの要求があればいつでもファイルを構成するピースを送信し得る状態になったといえる。そうすると、当該トラッカーに対する最初の通知の送信をもって、著作権法2条1項9号の5ロ所定の「その公衆送信用記録媒体に情報が記録され…ている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続…を行うこと」に当たると解される(以下「類型1」という。)。
(ウ)次に、あるピアが、ビットトレントネットワークによって取得した特定のファイルを、当該ビットトレントネットワークに参加している他のピアとの間で共有しようとする場合について検討する。
 前提事実(3)イにおいて認定したとおり、ビットトレントネットワークにおいては、@特定のファイルに対応するトレントファイルを共有していれば、これを共有するピアで形成されるビットトレントネットワークに既に参加しているといえるとともに、Aピアが、特定のファイルを構成するピースを他のピアからダウンロードしたり、他のピアにアップロードしたりするためには、当該他のピアが自身のピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握している必要があるから、予めトラッカーに自身のIPアドレス及びポート番号の情報を通知していると考えられる。このようなビットトレントの仕組みに照らせば、共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアは、他のピアから当該ピースの送信を受けることによって、別の他のピアからの要求があればいつでも当該ピースを送信し得る状態になったといえる。そうすると、@共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアが、当該ピースを保有する他のピアから当該ピースをダウンロードすること、又は、A当該ファイルを構成するピースを何ら保有していない他のピアに対して、当該ファイルを構成するピースを保有するピアが、当該ピースをアップロードすることをもって、著作権法2条1項9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」に当たると解される。もっとも、動画に係るファイルが多数のピースに細分化されている場合、ピースの一部のみからなるファイルを動画再生用ソフトウェア等に読み込ませることができない場合も考えられるから、動画に係るファイルの基となった著作物の表現の本質的特徴が感得できるような状態で再生し得る程度の数量ないし組合せのピースがダウンロード又はアップロードされることが必要と解される(以下「類型2」という。)。
(エ)これを本件についてみると、別紙動画目録1及び2の各項番記載の情報により特定されるピアが、類型1及び2のいずれの態様によって本件各ファイルを自動的に送信し得る状態となったのかを認めるに足りる証拠はない。
 しかし、ビットトレントの仕組みに照らし、別紙動画目録1及び2の各項番記載の情報により特定されるピアが、類型1及び2以外の態様によって本件各ファイルを自動的に送信し得る状態になったとは考え難く、これを裏付ける証拠もない。
 したがって、本件各動画については、類型1又は2のいずれかの態様すなわち著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定のいずれかの行為により、自動公衆送信し得るようにされたものと認めることができる。
ウ 以上によれば、別紙動画目録1の各項番記載の情報により特定されるピアにより本件動画1が、別紙動画目録2の各項番記載の情報により特定されるピアにより本件動画2が、それぞれ「送信可能化」されたものと認められる。
(3)被告の主張について
ア 被告は、本件監視ソフトウェアによる調査結果が信頼性及び信用性を有するものではないから、別紙動画目録1及び2の各項番記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時によって特定される者が本件各ファイルを共有していた本件各氏名不詳者と同一人であることが明らかとはいえないと主張する。
 しかし、被告は、本件監視ソフトウェアによる調査結果が信頼性及び信用性を有するものでない可能性を抽象的に主張するにとどまり、信頼性及び信用性を欠くものであることを示す具体的な事情を何ら主張立証していない。
 そして、本件全証拠によっても、本件監視ソフトウェアによる調査結果の信頼性及び信用性に合理的な疑いを差し挟む特段の事情は何ら認められない。
イ また、被告は、本件各氏名不詳者が管理するピアにおいては、当該ファイルを構成するピースの一部しか保有されておらず、かつ、その一部のピースからなるデータからは、本件各動画の表現の本質的特徴を直接感得することができる動画を再生できない可能性があると主張する。
 この点、証拠(甲17)によれば、ビットトレントネットワークで共有されているファイルの5パーセント程度がダウンロードされた状態であっても、当該ファイルに係る動画の基となった作品の表現の本質的特徴を感得できる程度に当該動画を再生できると認められる。
 前記(2)ア(イ)において認定したとおり、別紙動画目録1及び2の各項番記載のピアは、少なくとも本件各ファイル全体の60パーセント以上に相当するピースをダウンロードしていたというのであるから、本件各動画の本質的特徴を感得するに十分な数量及び組合せのピースを保有していたと認められる。
ウ さらに、被告は、トレントファイルを取得してビットトレントネットワークに参加した者が「公衆」に当たることの立証がされているとはいえないと主張する。
 著作権法上、「公衆」とは、不特定の者又は特定の多数の者を意味すると解される(同法2条5項)。そして、特定のファイルに対応するトレントファイルは、インターネット上で公開されているのが通常であると考えられるところ、そのようなトレントファイルは少なくとも不特定の者において利用することができるから、同じトレントファイルを共有している他のピアの管理者も不特定の者となるのが通常である。これに対し、本件全証拠によっても、本件各ファイルが特定かつ少数の者の間でのみ共有されていたとは認められない。
 したがって、本件各ファイルに係るトレントファイルを取得してビットトレントネットワークに参加した他のピアの管理者は「公衆」に当たるといえる。
エ 以上のとおり、被告の前記各主張はいずれも採用することができない。
(4)小括
 以上の検討結果に加え、他に違法性阻却事由が存在することをうかがわせる事情は見当たらないことからすると、本件各氏名不詳者により、本件各動画が「送信可能化」され、本件各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたことは明らかであると認められる。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に当たるか)について
(1)ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する通信について
 前記1(2)イにおいて説示したとおり、ビットトレントを利用したファイル共有においては、当該ファイルを自動的に送信し得る状態にするための態様として類型1及び2が想定できる。
 しかし、前提事実(3)イのとおり、ハンドシェイクの通信は、ビットトレントネットワークを形成しているピアが、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認する通信であって、トラッカーに対する通知の送信(類型1)ではないし、共有される特定のファイルを構成するピースをダウンロード又はアップロードする通信(類型2)でもないから、類型1及び2のいずれにも該当しない。そして、本件において、類型1及び2の態様以外に、ビットトレントネットワークを形成しているピア同士の間で行われるハンドシェイクの通信が、著作物を「送信可能化」する行為に該当し得るものであることについて、主張及び立証はされていない。したがって、上記ハンドシェイクの通信が著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の行為に該当するとは認められない。
 また、同項9号の5イ又はロ所定の行為により「送信可能化」がされれば、当該行為によって「送信可能化」が完全に実現するのであって、その後、「送信可能化」状態が維持されたとしても、「送信可能化」に該当する行為が継続していると解することはできない。したがって、この観点からも、上記ハンドシェイクの通信が、本件各動画を送信可能化し、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害する通信であると認めることはできない。
(2)原告の主張について
ア 原告は、ハンドシェイクの通信が、各ピアが実際にファイルのダウンロードやアップロードを行う前の準備段階の行為として必要不可欠なものであるから、当該通信によって、本件各動画が「送信可能化」され、本件各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたということができると主張する。
 しかし、前記(1)において説示したとおり、ハンドシェイクの通信によって、本件各動画が送信可能化されたとはいえない。
 また、本件においては、プロバイダ責任制限法5条1項に基づく請求がされているところ、同法2条6号は、「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるもの」を「発信者情報」と規定するとともに、同法5条1項柱書は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」について、「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの」である「特定発信者情報」と「特定発信者情報…以外の発信者情報」とに分けて規定している。そして、前者は、プロバイダ責任制限法施行規則5条が規定する特定電気通信役務の利用に係る契約の申込み等(同条1号)、ログイン(同条2号)、ログアウト(同条3号)及び同契約の終了(同条4号)のための各手順に従って行った識別符号その他の符号の電気通信による送信である「侵害関連通信」から把握される情報であるのに対し、後者は「侵害情報の送信」から把握される情報であるとされている(プロバイダ責任制限法施行規則2条各号)。このようなプロバイダ責任制限法及び同法施行規則の規定からすると、同法及び同法施行規則は、権利侵害をもたらす送信から把握される情報(特定発信者情報以外の発信者情報)とそれ以外の送信から把握される情報(特定発信者情報)とを明確に区別した上、後者については、それに該当する情報を4つの類型の送信に係るものに限定していると解するのが相当である。そうすると、ハンドシェイクの通信がされた時点までに本件各動画が「送信可能化」の状態にされていたとしても、ハンドシェイクの通信から把握される情報は、特定発信者情報以外の情報に該当しないから、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に当たるとはいえない。
イ さらに、原告は、本件各氏名不詳者が管理するピアからトラッカーに対する通知は、本件各氏名不詳者が別紙動画目録1及び2記載の各IPアドレスを用いて行ったものであるから、本件各発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に該当すると主張する。
 しかし、原告が主張する別紙動画目録1及び2の各項番記載の各情報は、トラッカーから提供されたリストや、ハンドシェイクの通信から把握された情報であるというのであるから、前記アにおいて説示したところと同様に、権利侵害をもたらす送信から把握される情報(特定発信者情報以外の発信者情報)と認めることができない。したがって、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に当たるとはいえない。
ウ 以上のとおり、原告の前記各主張はいずれも採用することができない。
(3)小括
 以上によれば、ビットトレントネットワークにおいて本件各動画が送信可能化された態様を前提とすると、トラッカーから提供されたリスト及びハンドシェイクの通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に当たるとはいえない。
 したがって、本件各発信者情報は、同項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に当たると認めることはできない。
第4 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 間明宏充
 裁判官小川暁は、転補につき、署名押印することができない。
裁判長裁判官 國分隆文


(別紙)発信者情報目録
 別紙動画目録1及び2記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信日時頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報
1 氏名又は名称
2 住所
3 電子メールアドレス
 以上

(別紙著作物目録省略)
(別紙動画目録1及び2省略)
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