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【事件名】“布団の絵柄”の著作物性事件(2)
【年月日】令和5年4月27日
 大阪高裁 令和4年(ネ)第745号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・大津地裁令和元年(ワ)第367号)
 (口頭弁論終結日 令和5年1月31日)

判決
控訴人(一審原告) 藤田株式会社
同訴訟代理人弁護士 藤田靖人
被控訴人(一審被告) 株式会社ダイユーエイト(以下「被控訴人ダイユーエイト」という。)
被控訴人(一審被告) 株式会社アレンザ・ジャパン(以下「被控訴人アレンザ」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 平出晋一
同 太田絢子
被控訴人(一審被告) 株式会社イケヒコ・コーポレーション(以下「被控訴人イケヒコ」という。)
同訴訟代理人弁護士 堀田明希
同 山腰健一


主文
1 本件控訴並びに当審において変更した差止請求及び廃棄請求をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、別紙被告絵柄目録1及び同2記載の絵柄を複製し、頒布してはならない(控訴人は、当審において、原審における複製、頒布の差止請求を、このように変更した。)。
3 被控訴人らは、前項記載の絵柄が複製ないし翻案された寝具及び生地並びにその制作に供された器具を廃棄せよ(控訴人は、当審において、原審における廃棄請求を、このように変更した。)。
4 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、2684万9370円及びこれに対する平成30年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
1(1)本件は、テキスタイルデザイナーから原判決別紙絵柄目録記載1のデザイン(以下「本件絵柄」という。)の著作権を譲り受けたと主張する控訴人が、被控訴人らが別紙被告絵柄目録記載1、2の絵柄(以下、併せて「被告絵柄」という。)を付した布団(以下「被告商品」という。)を製造、販売する行為が、本件絵柄について控訴人の有する著作権を侵害する行為であると主張して、被控訴人らに対し、著作権法112条1項及び同2項に基づき、原告絵柄の複製、頒布の差止め及び同絵柄の複製ないし翻案された寝具等の廃棄を求めるとともに、共同不法行為に基づき、2684万9370円の損害賠償金及びこれに対する上記不法行為後の平成30年8月22日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
(2)原審は、本件絵柄が著作物でないことから控訴人は主張に係る著作権を有しないとして、控訴人の請求を全部棄却したところ、控訴人が、これを不服として控訴した(なお、控訴人は、控訴審において被告商品に付された絵柄を特定し直した上で、複製等の差止請求の趣旨及び廃棄請求の趣旨を上記第1の2、3のとおり変更した。)。
2 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって認められる事実。なお、枝番号があるものは各枝番号を含む。以下同じ。)
(1)当事者
ア 控訴人は、布団の製造及び販売等を行う株式会社である。
イ 被控訴人ダイユーエイトは、福島市に本店を置き、東北地方を中心に約70店舗のホームセンターを経営する株式会社である。
ウ 被控訴人アレンザは、日用品の仕入れ等を業とする株式会社であり、被控訴人ダイユーエイトとも取引をしている。
エ 被控訴人イケヒコは、布団の製造等を業とする株式会社である。
オ P1は、P2の屋号で、絵描師と称して、量産衣料品の生地に用いるデザイン等を制作しているテキスタイルデザイナーである。(甲1、27)
(2)控訴人が本件絵柄を付した布団を製造販売した経緯
ア P1は、量産衣料品の生地に用いるデザイン案を作成し、そのデータを販売用に保管しており、本件絵柄も、そのような目的でフォトショップというアプリケーションソフトを用いて、平成25年7月頃、専用ペンを使ってパソコン上で制作され保管されていたデザインの一つである。
イ 控訴人は、上記アのとおりP1が予め販売用に作成して保管していたデザインのデータのうちから、量産品の布団の絵柄とするため本件絵柄を選択し、同絵柄のデータを譲り受けた。
 なお、その際、控訴人とP1の間で、著作権譲渡等に関する明示的な合意はされなかったが、控訴人が本件絵柄のデータを量産品の布団の絵柄に用いることで複製することはもとより、控訴人がフォトショップの機能を利用して本件絵柄の色調を変えたり、さらには絵柄の一部を改変したりすることも本件絵柄のデータ購入者である控訴人が自由に行うことが許されていた。(以上につき、甲1、19、26、27)
ウ 控訴人は、本件絵柄を、印刷する対象の生地に合わせて色調を調整し、さらに生地にプリントする際の技術的理由等から背景の淡い色彩の蔓の葉模様(ダマスク模様)等の一部を変更するなどした上で生地にプリントし、合計4種類の布団生地を作成した上、これを用いた掛布団や敷布団を製造し(以下「原告商品」という。)、平成26年春以降、原告商品を卸売業者に販売した。
 具体的には、本件絵柄をそのままにポリエステル生地に青色系で色調を整えた原判決別紙絵柄目録記載2の絵柄の布団生地(甲11。以下、その絵柄を「原告絵柄2」という。)、同生地に赤色系で色調を整えた原判決別紙絵柄目録記載3の絵柄の布団生地(甲13。以下、その絵柄を「原告絵柄3」という。)、控訴人において背景のダマスク模様の一部を改変し、綿生地に青色系で色調を整えた原判決別紙絵柄目録記載4の絵柄の布団生地(甲12。以下、その絵柄を「原告絵柄4」という。)、原告絵柄4と同様に背景のダマスク模様の一部を改変し、綿生地に赤色系で色調を整えた原判決別紙絵柄目録記載5の絵柄の布団生地(甲14。以下、その絵柄を「原告絵柄5」という。)がある。(以上につき、甲1、11ないし14、19)。
エ 控訴人は、被控訴人ダイユーエイトに対し、少なくとも平成29年5月から平成30年4月にかけての期間、卸売業者を通じて原告商品を納品していた。(甲42、43)
(3)被告商品についての製造の経緯等
ア 被控訴人ダイユーエイトは、平成29年7月頃、被控訴人アレンザに対し、敷布団等の寝具に関するプライベートブランド商品(以下「PB商品」という。)の開発を委託した。
イ 被控訴人アレンザは、上記アの業務を被控訴人イケヒコに再委託し、同被控訴人からバラの花模様とアラベスク模様等を上下方向に配置して作成した絵柄案二つ(丙1、2)の提供を受け、これとともに、参考として原告絵柄4又は同5のいずれかの絵柄を被控訴人ダイユーエイトに示したところ、被控訴人ダイユーエイトは、これらの選択肢の中で原告絵柄4又は同5が好ましいとの回答をした。
ウ 以上の経緯から、被控訴人ダイユーエイトがPB商品として製造販売する布団の絵柄は、原告絵柄4又は同5を参考にすることが決定され、被控訴人イケヒコにおいて、同絵柄に依拠して作成した絵柄を用いた布団を中国にある下請け会社において製造させ、被告商品として被控訴人ダイユーエイトに納入し、同被控訴人において、そのPB商品として販売されることになった。
エ 被控訴人ダイユーエイトは、平成30年7月頃以降、上記経緯で製造された敷布団及び組布団を自社のホームセンターで販売した。その価格は、敷布団について税込5367円、組布団について税込5907円であった。(甲2ないし5、15、17)
3 主たる争点
(1)本件絵柄に著作物性があるか
(2)被告商品の製造販売行為は本件絵柄の著作権侵害となるか
(3)控訴人が被った損害及びその額
4 主たる争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件絵柄に著作物性があるか)について
(控訴人の主張)
ア 本件絵柄が実用品である布団に付されるための絵柄であって、いわゆる応用美術であるとしても、布団の実用的機能は「人の睡眠を促進させること」であって、布団の絵柄は、この実用的機能とは全く無関係な部分であり、容易に実用的機能と分離が可能である。そもそも布団の製造過程は、実用的機能を備えた布団の素材に、元々分離されている絵柄をプリントするのであるし、P1が著作物としての本件絵柄を完成させた時点では、本件絵柄と布団は分離されている。
 そして、その実用的機能と分離して把握できる本件絵柄についての創作性を判断する場合は、従来の著作物の創作性の判断と同じ手法によることになるところ、本件絵柄が、後記イのとおり、絵画等と同じ伝統的な著作物に分類されることも異論はないはずである。このような分類の著作物が、他者の著作物に依拠せずに作成されたのであれば、創作性を認めて著作権による保護を与えたとしても、他者の創作活動に障害を与えることはない。
イ 本件絵柄は、以下のとおり、著作物たり得る創作性がある。
(ア)本件絵柄の花柄部分は、別紙本件絵柄拡大写真(甲51。以下「別紙拡大写真」という。)のとおり花を中心に捉えると16の構成部分に分けることができる。そして、その16の部分の花の周りには葉と枝が描かれている。16の花柄については、花の大きさや花の開き具合は全て異なり、大きな花一つで構成されているものから、小さな花を複数集めて構成されているもの、さらには蕾のままのものもある。大きく開いている花は6輪あるが、どれも花びらの数が異なり、各花びらに立体感を与えるために、同系色4色で非常に細かな濃淡と影を付けている。また各花について、向いている方向も変えており、全体として華やかさと躍動感を与える絵柄にしている。そして、これら一つずつの花柄は、P1が絵柄をパソコンの画面上で拡大して一つずつタッチペンで描き、それに修正を何度も加えて、原寸大に戻した時に見栄えが良くなるように描いているのである。
(イ)本件絵柄の葉及び枝の部分は、各花に対してバランス良く配置させて、各花同士を程よく結びつけている。さらに淡く描いた枝と葉を流線形に描くことで、花の背面にも葉と枝があることを描いている。これにより絵柄全体に立体感(奥行)を与えると同時に、柔らかさと動きを与えている。
 一つの花柄だけとっても、相当精巧に細かく描かれており、P1の技術と感性が個性として表現されているが、それが一つの絵柄に16個描かれており、全体に相乗効果を与えて、立体的かつ華やかで、それでいてしつこくなく、絵柄を目にした者に対して、より良い印象を与えるように仕上げている。
(ウ)本件絵柄の花柄以外の模様の部分は、大きなダマスク模様と小さなダマスク模様、花柄の構成部分とダマスク模様の境界に描かれた模様、花柄部分及びアラベスク模様の背景に描かれているアラベスク模様の四つの構成に分けられる。このうち、大きなダマスク模様については、二つの模様が上下に並べられている。そもそもダマスク模様とは、植物の柄をつなげて描かれた模様というほど曖昧な定義しかなく、その他には特に決まりもない。
 本件絵柄の大きなダマスク模様は、P1がオリジナルで作成したものであり、他の著作物に全く依拠せずに作成されている。また大きなダマスク模様(別紙拡大写真中の22及び23)の上下二つの模様についても、全く異なるデザインであり、雰囲気が似ているぐらいの共通性しかない。さらにダマスク模様についても立体感と高級感を演出するために、同系色4色で濃淡をつけて描いている。このダマスク模様についても、P1のイメージを基に具現化して絵柄に仕上げているのであり、まさにP1の創作的表現による作品である。
(エ)本件絵柄の小さなダマスク模様(別紙拡大写真中の24)の部分は、上述のダマスク模様とは全く異なるデザインである。大きなダマスク模様については、デザイン全体がつながっているが、小さなダマスク模様については、他の部分とつながっていない浮いた丸のデザインが構成要素として存在しており、また、中心部分には両目を想起させる構成要素もある。これについても完全にP1のオリジナルであり、創作性が優に認められる。
(オ)本件絵柄の花柄とアラベスク模様との境界(別紙拡大写真中の25)の部分は、P1の完全にオリジナルの模様が描かれている。この模様については、アラベスク模様やダマスク模様に分類されるような模様でもない。花柄部分とダマスク模様とを違和感なくつなげるために、その中庸の絵柄を淡い色で目立ち過ぎずに描くことで、花柄部分とダマスク模様部分を絶妙につなげている。
(カ)本件絵柄の背景のアラベスク模様(別紙拡大写真中の26)の部分は、そもそもアラベスク模様も、アラビア風の植物模様といった程度の抽象的な定義しかなく、無限の選択肢がある絵柄である。本件絵柄においては、葉や枝のような模様に加えて、まるでえんどう豆のような柄を取り入れており、正にオリジナルの模様である。そして、それを花柄の背景に描く際には、花柄をより華やかに見せるために、色のトーンはかなり薄くしている一方、ダマスク模様の背景には、逆に濃い色を使用している。
(キ)本件絵柄は、生地にプリントされることが予定されていることから、一定の配色数に限定する必要があるため、配色数を10色に限定して描いているが、P1は、配色数が限定されながらも絵柄全体が単調にならないように絵柄を作成し、逆に配色数が限定されることを逆手にとり、デザイン全体として統一感を与えて、それを見る者に好印象を与えるに至っており、この点にもP1の個性や創作性が発揮されている。
ウ(ア)表現物の創作性を判断する上において表現の選択の幅という概念を用い、創作者がある思想又は感情を表現しようとする場合に、そのための表現の選択肢が多いか否かを検討し、選択肢が多いといえる場合には、その中からあえて当該表現を選んだところに個性の現れを認定するという考え方があるが、これにより本件絵柄を検討すると、次のとおりである。
(イ)花柄の部分については、花柄と葉及び枝の描き方には無限の選択肢がある。花の数、花の大きさ、花びらの数、花の開き具合、花を描く位置、花の向き、花びらの陰影のつけ方、葉を描く数、葉の大きさ、葉を描く位置、葉脈の描き方、花柄と葉及び枝の位置関係、それぞれの配色等、無限の選択肢がある。縞模様やチェック柄、ドット柄と呼ばれる柄は、模様の太さや長さ、形とサイズと色という数値や色だけで言い表せるのに対して、花柄や葉柄は、数値と色だけでそれを言い表すことは不可能なほどに選択肢がある。
(ウ)ダマスク模様についても、連続した植物模様というほど大雑把な定義しかなく、その描き方には無限の選択肢があり、明らかにP1がゼロからオリジナルに作成した絵柄であり、選択肢という観点からすれば無限というほかない。
(エ)アラベスク模様と呼ばれる絵柄についても、アラビア風の植物模様というほど大雑把な定義しかなく、無限の選択肢があり、本件絵柄で言えば、蔓のような柄にえんどう豆のようなデザインが付加されており、他のアラベスク模様に分類される絵柄の中でも見られない絵柄である。本件絵柄のアラベスク模様についても無限の選択肢から選ばれて描かれていることは明らかである。
(オ)以上のとおり、本件絵柄を構成する各絵柄は無限の選択肢の中からP1が描いているのは明らかであり、さらに本件絵柄はその無限の選択肢から描き出された各絵柄を一つの絵柄に落とし込んで完成させているのであるから、表現の幅は最大限に広いといえる。したがって、表現の幅という観点からしても、本件絵柄には創作性が認められる。なお、本件絵柄のように、花柄にアラベスク模様とダマスク模様を組み合わせている絵柄は他にも存在しているが、風景画であれば、山、川、構造物を描くようにテーマが多くの著作物同士で共通することもあるが、それだけで創作性は否定されない。
エ 本件絵柄のような実用品にプリントされる絵柄については、意匠法での保護があるとしても、意匠登録の要件に著作物ではないことが要件となっているわけではなく、表現物によっては著作権と意匠権の両方が発生することも当然に予定されているから、意匠法による保護を受け得ることを理由に、本件絵柄に著作物性が認められないとすることは論理的に誤っており、その判断はあり得ない。
 そもそも本件はデッドコピーの事案であり、本件絵柄に著作権を認めることにより不利益を被るのは、本件絵柄をデッドコピーしたような被控訴人らだけである。そのようなデッドコピーを行う者を保護する必要性は全くない。
(被控訴人ダイユーエイト及び同アレンザの主張)
ア 意匠法と著作権法それぞれの保護の要件、期間等の違いに鑑みれば、実用に供される工業製品は、実用的な機能と分離して把握できる美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている場合はともかく、そうでない場合は、著作権法ではなく、専ら意匠法の規律に服すると解すべきである。
イ 本件絵柄は、実用品である布団の絵柄であるところ、布団は、人が睡眠時に長時間使用するものであるために、汗等の体液や皮脂が付着することが不可避で、かつ、一般家庭で日常的に洗濯できるような形状、大きさ、素材ではないことから、汗染みや皮脂汚れが目立たないような絵柄であることも、重要な実用的機能の一つである。このように、布団の絵柄も、布団の実用的機能の重要な一端を担っているのであって、布団の絵柄と実用的機能とは分離できるものではない。また、布団は日常使用する実用品であって、その柄を絵画のように鑑賞するものでなく、そもそも通常、布団にはシーツ、布団カバーなどをかけて使用するのであるから、布団の柄がユーザーの美的感覚に働きかけることはない。したがって、本件絵柄が、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとはいえない。
 控訴人主張によれば、本件絵柄は、テキスタイルデザイナーであるP1が、その主宰するP2の営業のため、布地に印刷して実用品に供することを目的としてデザインデータとして作成されたものであり、また、印刷対象物の大きさに合わせた調整や絵柄の修正を行うことが織り込まれ、かつ、実際に、配色や模様の変更を加えた上で、布団の絵柄として使用されているというのであるから、その制作過程から見ても、本件絵柄と布団の実用的機能を分離することはできない。控訴人は、抽象的には、布団の実用的機能を離れた絵柄(デザインデータ)を観念できると主張するが、著作物性の具体的判断において、観念的な視点を入れるべきではない。
ウ なお、控訴人は、本件絵柄をいくつかの構成部分に分解して検討を加えるなどして、表現の幅の観点からも、P1の個性が発揮されたものであるから、本件絵柄には創作性が認められると縷々主張するが、本件絵柄は、市場に数多流通している花柄の布団の一つという以上の印象を与えるものではなく、ありふれた表現の域を超えないから、本件絵柄に、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を認めることはできない。
エ 仮に、控訴人の主張のとおり本件絵柄に著作権が認められると、市場に流通する多数の布団の絵柄にも、同様に著作権があるということになるが、そうすると、製品開発に当たり、デザイナー、メーカー及び販売業者の各段階で著作権侵害の疑いが生じないようにするためのリスク管理に多大な負担が生じるようになって、その創作活動に極めて大きな障害を与え、これらの者の経済活動を著しく制約する。そして、その結果として、消費者にも多大な不利益がもたらされることになるから、かかる弊害という現実的な観点からも、本件絵柄に著作物性を認めるべきではない。
(被控訴人イケヒコの主張)
ア 本件絵柄は、実用品である布団に付された絵柄であって応用美術に当たるところ、実用品と不可分の装飾的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていないから、著作物性はない。
 控訴人は、応用美術である本件絵柄の著作物性判断に当たり、分離可能か否かの対象となる実用的機能とは、布団として人の睡眠を促進させることであって、布団の柄は、この実用的機能とは全く無関係な部分であり、容易に実用的機能との分離が可能であると主張するが、実用品に施された図柄や模様等のデザインが同種の実用品に頻用されるデザインとして、市場において多数流通している場合、当該デザインが施された実用品の本来的な物理的機能とは別に、当該デザイン自体が当該実用品と不可分の装飾的機能を発揮するといえ、本件絵柄は、この機能から分離可能ではないから、 著作物性はない。
イ 控訴人は本件絵柄の特徴を縷々主張するが、本件絵柄は、世に出回っている同種絵柄と比較しても、いずれも極めてありふれたものにすぎないから、本件絵柄に創作性はなく、著作物性は認められない。
 控訴人は、表現の選択の幅という観点から創作性についての主張を展開するが、特定の思想を表現する方法に多数の選択肢があるとしても、その選択された表現自体がありふれたものであれば、これに創作性を認めることができない。
(2)争点(2)(被告商品は本件絵柄の著作権を侵害したか)について
(控訴人の主張)
 被控訴人らは、本件絵柄を一部改変した原告絵柄4又は同5を付された布団生地に依拠して被告絵柄を作成した。そして、被告絵柄は、原告絵柄4及び同5とバラの花、葉の位置、その他の模様の形や位置が同じであって同一性があるから、被告絵柄を用いた布団を製造販売する行為は、本件絵柄についての著作権を侵害する行為であるといえる。
 仮に、被控訴人らが依拠した原告絵柄4及び同5が、本件絵柄を一部改変して異なる点があることを考慮するとしても、控訴人はP1から翻案権も含めて著作権の譲渡を受けているから、被告絵柄を用いた布団を製造販売する行為は、本件絵柄についての著作権を侵害する行為であるといえる。
(被控訴人ダイユーエイト及び同アレンザの主張)
 本件絵柄に著作物性がない以上、控訴人の著作権侵害の主張は失当である。また、そもそも、被告絵柄は、本件絵柄とでは、花の絵柄部分は、花の形状、位置、花弁の色及び背景が、ダマスク模様部分は、その形状がそれぞれ異なっていて、同一性があるといえない。
(被控訴人イケヒコの主張)
 本件絵柄に著作物性がない以上、控訴人の著作権侵害の主張は失当である。
(3)争点(3)(控訴人が被った損害及びその額)について
(控訴人の主張)
ア 被控訴人らは、平成30年5月頃から被告商品を製造、販売しているところ、被告商品がPB商品であることや絵柄の作成費用がないことからして、被控訴人らが得た利益は販売価格の50%を利益として得たと推認できる。
 また、被控訴人らは、従前の控訴人の被控訴人ダイユーエイトに対する原告商品の年間納品数と同数程度を販売したと推認できるから、これを前提に被控訴人らが得た利益額を計算すると、次のとおり2444万9370円と認められ、同額が被控訴人らの著作権侵害行為により控訴人が受けた損害の額といえる(著作権法114条2項)。
 (計算式)
 5367円(敷布団の販売価格)×50%×3740枚+5907円(組布団の販売価格)×50%×4880枚=2444万9370円
イ 本件と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、240万円である。
ウ 以上より、被控訴人らの行為によって受けた控訴人の損害額は、合計2684万9370円である。
(被控訴人らの主張)
 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件絵柄に著作物性があるか)に対する判断
(1)控訴人は、P1から本件絵柄の著作権を譲り受けたことを前提に、被控訴人らの布団製造販売行為が、控訴人が取得した著作権の侵害行為であると主張して本件各請求をしている。しかしながら、以下に述べるとおり、本件絵柄は著作権法上の著作物ということができないから、控訴人は著作権を譲り受けたといえず、したがって主張に係る著作権の侵害を前提とする控訴人の被控訴人らに対する各請求はいずれも理由がないというべきである。
(2)本件絵柄は、テキスタイルデザイナーであるP1によって販売目的で量産衣料品の生地に用いるデザイン案として制作され、現にその目的に沿って控訴人に対して販売され、実用品である原告商品の絵柄として用いられたものであり(前記第2の2(2))、いわゆる応用美術に当たる。控訴人は、本件絵柄が、いわゆる応用美術であるとしても、布団の絵柄は実用的機能とは全く無関係な部分であるし、またP1が本件絵柄を完成させた時点では、本件絵柄と布団は分離されているから、本件絵柄は、他の著作物同様の創作性の判断基準で著作物性が認められるべき旨主張する。
 そこで検討するに、著作権法2条1項1号は、「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定し、同法10条1項4号は、同法にいう著作物の例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を規定し、同法2条2項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする」と規定している。ここにいう「美術工芸品」は例示と解され、美術工芸品以外のいわゆる応用美術が、著作物として保護されるか否かは著作権法の文言上明らかでないが、同法が、「文化の発展に寄与すること」を目的とし(同法1条)、著作権につき審査も登録も要することなく長期間の保護を与えているのに対し(同法51条)、産業上利用することができる意匠については、「産業の発達に寄与すること」を目的とする意匠法(同法1条)において、出願、審査を経て登録を受けることで、意匠権として著作権に比して短期間の保護が与えられるにとどまること(同法6条、16条、20条1項、21条)からすると、産業上利用することができる意匠、すなわち、実用品に用いられるデザインについては、その創作的表現が、実用品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えていない限り、著作権法が保護を予定している対象ではなく、同法2条1項1号の「美術の著作物」に当たらないというべきである。そして、ここで実用品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているといえるためには、当該実用品における創作的表現が、少なくとも実用目的のために制約されていることが明らかなものであってはならないというべきである。
 これに対し、控訴人は、著作権法と意匠法による保護が重複することについて何ら調整の必要がないとする前提で著作権法による保護を求めていると解されるが、両法制度の相違に鑑みれば、両法制度で重複的に保護される範囲には自ずと限界があり、美術の著作物として保護されるためには、上記のとおりの要件が必要であるというべきである。実用品における創作的表現につき、無限定に著作権法上の保護を及ぼそうとする控訴人の主張は、現行の法体系に照らし、著作権法が想定しているところを超えてまで保護の対象を広げようとするものであって採用することはできない。
(3)以上の観点から、本件絵柄についてみると、本件絵柄それ自体は、テキスタイルデザイナーであるP1によってパソコン上で制作された絵柄データであり、また、実用品である布団の生地など、量産衣料品の生地にプリントされて用いられることを目的として制作された絵柄であるが、その絵柄自体は二次的平面物であり、生地にプリントされた状態になったとしても、プリントされた物品である生地から分離して観念することも容易である。そして、本件絵柄の細部の表現を区々に見ていくと、控訴人が縷々主張するようにテキスタイルデザイナーであるP1が細部に及んで美的表現を追求して技術、技能を盛り込んだ美的創作物であるということができ、その限りで作者であるP1の個性が表れていることも否定できない。
 しかし、本件絵柄は、その上辺と下辺、左辺と右辺が、これを並べた場合に模様が連続するように構成要素が配置され描かれており、これは、本件絵柄を基本単位として、上下左右に繰り返し展開して衣料製品(工業製品)に用いる大きな絵柄模様とするための工夫であると認められる(本件絵柄は、原告商品であるシングルサイズの敷布団では上下左右に連続して約6枚分、掛布団では同様に約9枚分プリントされて全体に一体となった大きな絵柄模様を作り出すよう用いられている(弁論の全趣旨)。)から、この点において、その創作的表現が、実用目的によって制約されているといわなければならない。
 また、本件絵柄に描かれている構成は、平面上に一方向に連続している花の絵柄とアラベスク模様を交互につなぎ、背景にダマスク模様を淡く描いたものであるが(本件絵柄に用いられている模様が、このように称される絵柄であることは訴訟当初から当事者間に争いがない。)、証拠(乙2、丙3ないし13)及び弁論の全趣旨によれば、アラベスク模様はイスラムに由来する幾何学的な連続模様であり、またダマスク模様は中東のダマスク織に使用される植物等の有機的モチーフの連続模様であって、いずれも衣料製品等の絵柄として古来から親しまれている典型的な絵柄であり、これら典型的な絵柄を平面上に一方向に連続している花の絵柄と組み合わせ、布団生地や布団カバーを含む、カーテン、絨毯等の工業製品としての衣料製品の絵柄模様として用いるという構成は、日本国内のみならず海外の同様の衣料製品についても周知慣用されていることが認められる。そして、本件絵柄における創作的表現は、このような衣料製品(工業製品)に付すための一般的な絵柄模様の方式に従ったものであって、その域を超えるものではないということができ、また、販売用に本件絵柄を制作したP1においても、そのことを意図して、創作に当たって上記構成を採用したものと考えられるから、この点においても、その創作的表現は、実用目的によって制約されていることが、むしろ明らかであるといえる。
 そうすると、本件絵柄における創作的表現は、その細部を区々に見る限りにおいて、美的表現を追求した作者の個性が表れていることを否定できないが、全体的に見れば、衣料製品(工業製品)の絵柄に用いるという実用目的によって制約されていることがむしろ明らかであるといえるから、実用品である衣料製品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとはいえない。
 したがって、本件絵柄は、「美術の著作物」に当たるとはいえず、著作物性を認めることはできないというべきである。
(4)以上によれば、控訴人が譲り受けたとする本件絵柄は著作物ではなく著作権そのものが認められないから、控訴人が本件絵柄について著作権を有しているとは認められず、その結果、被告製品に付された絵柄が、本件絵柄に依拠して作成されたものであり、また同一性が認められる範囲内にあるとしても、被控訴人らの被告製品の製造販売行為をもって著作権侵害であることを前提とする控訴人の被控訴人らに対する請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないというべきである。なお、控訴人が、控訴人において本件絵柄の背景のダマスク模様の一部を改変して制作した原告絵柄4及び同5の著作権侵害をいう部分があるが、その主張が認められないことは上記と同様である。
第4 結論
 よって、控訴人の損害賠償請求(遅延損害金を含む。)をいずれも棄却した原判決の結論は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却するとともに、控訴人が当審において変更した差止請求及び廃棄請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 森崎英二
 裁判官 渡部佳寿子
 裁判官 岩井一真


(別紙)
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