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【事件名】「生長の家」著作物の無断複製事件C
【年月日】令和5年4月26日
 東京地裁 令和3年(ワ)第9047号 著作権侵害差止請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年2月8日)

判決
原告 公益財団法人生長の家社会事業団(以下「原告事業団」という。)
原告 株式会社光明思想社(以下「原告光明思想社」という。)
原告 生長の家創始者A先生を学ぶ会(以下「原告学ぶ会」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士 内田智
被告 生長の家
同訴訟代理人弁護士 田中伸一郎
同 相良由里子
同 松野仁彦


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告事業団に対し、別紙著作物目録記載1及び2の各著作物の部分を削除しない限り、別紙書籍目録記載の書籍を複製又は頒布してはならない。
2 被告は、原告光明思想社に対し、別紙著作物目録記載1及び2の各著作物の部分を削除しない限り、別紙書籍目録記載の書籍を複製してはならない。
3 被告は、原告学ぶ会に対し、別紙著作物目録記載1及び2の各著作物の部分を削除しない限り、別紙書籍目録記載の書籍を複製又は頒布してはならない。
第2 事案の概要等
1 事案の要旨
 本件は、原告らが、被告に対し、次の請求をする事案である。
(1)原告事業団が、被告が計画している別紙著作物目録記載1及び2の各著作物(以下、番号に従って「本件著作物1」及び「本件著作物2」といい、これらを総称して「本件各著作物」という。)の収録された別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)の出版は、本件各著作物に係る原告事業団の著作権(複製権)を侵害するおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件書籍の複製及び頒布の差止めを求めるもの
(2)原告光明思想社が、被告が計画している本件各著作物の収録された本件書籍の出版は、本件各著作物に係る原告光明思想社の出版権を侵害するおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件書籍の複製の差止めを求めるもの
(3)原告学ぶ会が、原告事業団から本件各著作物についての著作権の一部譲渡を受けたところ、被告が計画している本件各著作物の収録された本件書籍の出版は、本件各著作物に係る原告学ぶ会の著作権(複製権)を侵害するおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件書籍の複製及び頒布の差止めを求めるもの
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア 原告事業団は、創立者A(以下「亡A」という。)の日本救国・世界救済の宗教的信念に基づき、社会厚生事業及び社会文化事業の発展強化を図ることを目的とする公益財団法人である。原告事業団は、昭和21年1月8日に財団法人として成立し、平成24年4月1日に公益財団法人に移行した。
イ 原告光明思想社は、書籍及び雑誌の刊行等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
ウ 原告学ぶ会は、生長の家(以下、宗教としての「生長の家」を指す場合には、単に「生長の家」という。)創始者亡Aの正統な教義に基づき、亡Aにより定められた礼拝、祈り、神想観及び聖経読誦等の儀式行事を行い、並びに会員を教化育成することを目的として、令和2年3月13日に成立した宗教法人である(甲A2)。
エ 被告は、人類光明化のため、生長の家教規に基づき、生長の家の教義を広め、教化道場及び礼拝施設を備えて、儀式行事を行い、信者を教化育成することなどを目的として、昭和27年5月30日に成立した宗教法人である(甲11)。なお、被告は、生長の家の「本部」と称されることがある(弁論の全趣旨)。
オ 亡Aは、生長の家の初代総裁を務めていたが、昭和60年6月17日に死亡した。その後、B(以下「亡B」という。)が後を継いだが、平成20年10月28日に死亡し、現在、Cが生長の家の三代目総裁を務めている。(乙3、弁論の全趣旨)
カ 株式会社日本教文社(以下「日本教文社」という。)は、各種書籍及び雑誌の刊行等を目的とし、昭和9年11月25日に設立された株式会社である。当初の商号は、株式会社光明思想普及会(以下「光明思想普及会」という。)であったが、その後、現商号に変更した。亡Aは、同社における最高顧問の地位にあるとされていた。(甲50の7、50の8、71、乙165、169)
(2)本件各著作物
ア 亡Aは、昭和5年から昭和21年にかけて、言語の著作物である複数の論文を執筆し、月刊誌「生長の家」に発表した。その後、亡Aは、月刊誌「生長の家」に発表した論文を中心に、本件各著作物を含む合計33編の論文を「神示」とした。なお、現在、全ての「神示」に名称が付されているが、発表当初には名称がなく後に付されたものや、発表当初の名称から変更されたものがある。(乙85、168)
 亡Aは、「神示」とした論文に小見出し等を付けて編纂し、「生命の實相」との題号の書籍として発行した。「生命の實相」には装丁等の異なる各種の版があるが、最初に出版された革表紙版「生命の實相」は昭和7年1月1日に発行された。(乙1、3、85)
 本件著作物1は、「生命の實相」水の巻(縮刷豪華版)(昭和11年10月20日発行)に、本件著作物2は、全集版(黒布表紙版)「生命の實相」第6巻(昭和10年4月25日発行)にそれぞれ収録された(甲4、5、乙91)。
イ 亡Aは、昭和21年1月8日、原告事業団に対し、寄附行為により、「生命の實相」、「聖経甘露の法雨」等の同人の著作に係る複数の著作物の著作権を移転した(以下「本件寄附行為」という。)。これにより、本件各著作物を含む22編の「神示」の著作権は、原告事業団に帰属している。
ウ 日本教文社は、昭和28年1月1日、本件著作物1を含む19編の「神示」が収録された「聖光録(生長の家家族必携)」を発行した(乙35)。
 また、日本教文社は、昭和54年3月1日、本件各著作物を含む32編の「神示」が収録された「新編聖光録(生長の家信徒必携)」を発行した(甲84、乙20、原告光明思想社代表者本人)。
(3)原告事業団と原告光明思想社との間の出版権設定契約(以下「本件出版権設定契約」という。)
ア 原告光明思想社は、令和元年11月22日、原告事業団から、次の約定で「神示集」との題号の書籍について出版権(以下「本件出版権」という。)の設定を受けた(甲6、弁論の全趣旨)。
 契約存続期間 契約成立の日から3年間
 存続期間の特約 契約期間満了の3か月前までに、原告事業団又は原告光明思想社のいずれかから文書をもって終了する旨の通告がない限り、同一の条件で、順次自動的に3年間ずつ延長されるものとする。
イ 原告光明思想社は、令和2年3月1日、本件各著作物を含む22編の「神示」が収録されている「神示集」と題する書籍を発行した(甲7、8)。
ウ 原告事業団及び原告光明思想社は、令和2年7月8日、本件出版権に係る出版権設定の登録を申請し、同年8月4日、その登録を受けた。当該申請書に添付された「著作物の明細書」の「著作物の内容又は体様」欄には、以下の記載がある。(甲10)
 「著作者Aが、生長の家大神(古事記、日本書紀における住吉大神)から受けた宗教的啓示の言葉を箴言の形で表現した22の神示を、創作的に選択して配列した言語の著作物である。」
 「著作者Aは33の神示を公表しているが、本著作物はそのうち22の神示及びこれらを素材とする言語の著作物である。」
(4)被告による書籍の出版
ア 被告は、令和2年4月25日、「“新しい文明”を築こう上巻基礎編「運動の基礎」」と題する書籍(以下、単に「上巻」という。)を発行した。
 上巻には、「神示や祈り、講演など、教団史上の重要文書をまとめた“会員必携書”を総裁・C先生の監修で発行する」、「当初の構想で一冊の単行本だったものが、上・中・下の三巻になった。各巻の内容、それぞれの副題が示している通りである(中略)上巻は(中略)神示は、教えの基本となる二十五を入れ、日本の戦争に関する記述が多い八つの神示は、少し性格が異なるので下巻に回し、そこで宗教と戦争の問題を扱うことにした」、「下巻はまだ細部が定まっていないが、生長の家が戦争と平和の問題を歴史的にどう捉えてきたかを描くために、日本の戦争について示された神示とその解説を収録する。ここでは、戦争の評価をめぐる神示の内容の変遷などを振り返り、創始者、A先生の時代の運動から、今日の運動にいたる変化がなぜ起こっているかを解説する予定である。そのため、信仰によって戦争ではなく、世界に平和をもたらすことの意義と重要性を訴えた文章を収録することにしている」との記載がある。
イ 被告は、令和2年6月20日、「“新しい文明”を築こう中巻実践篇「運動の具体的展開」」と題する書籍(以下、単に「中巻」という。)を発行した。
(5)原告事業団及び原告光明思想社による仮処分命令申立て(裁判所に顕著な事実)
 原告事業団及び原告光明思想社は、令和2年8月12日、被告を債務者として、被告が本件各著作物を本件書籍に収録して発行することを予定しているところ、これにより原告事業団の著作権(複製権及び譲渡権)及び原告光明思想社の出版権を侵害するおそれがあるとして、原告事業団については著作権に基づき、原告光明思想社については出版権に基づき、東京地方裁判所に本件書籍の複製及び頒布の差止めの仮処分を求める申立て(令和2年(ヨ)第22072号)をした。
 同裁判所は、令和4年2月15日、保全の必要性を欠くとして、原告事業団及び原告光明思想社の上記申立てを却下する決定をした。
(6)原告事業団、原告光明思想社及び原告学ぶ会との間の利用権設定契約
ア 原告事業団、原告光明思想社及び原告学ぶ会は、令和3年3月1日、本件各著作物を含む22編の「神示」に関し、「著作権及び出版権の一部譲渡による準物権的利用権の設定に関する契約」をした(以下「本件利用権設定契約」という。甲A1)。なお、本件利用権設定契約により、本件各著作物に係る著作権が、原告事業団から原告学ぶ会に移転したか否かについては、争いがある。
イ 原告事業団及び原告学ぶ会は、令和3年4月2日、原告事業団から原告学ぶ会への本件各著作物に係る著作権移転の登録を申請し、その登録を受けた(甲A3ないし6)。
(7)本件訴訟の経過(裁判所に顕著な事実)
 原告らは、令和3年4月8日、被告に対し、本件訴えを提起した。
 原告事業団は、令和4年11月15日の口頭弁論期日において、被告に対し、仮に本件各著作物に係る黙示の使用許諾が認められる場合には、同許諾を将来に向けて解約する旨の意思表示をした。
3 争点
(1)黙示の使用許諾の有無(争点1)
(2)使用許諾の解約の成否(争点2)
(3)本件出版権侵害の成否(争点3)
(4)原告光明思想社による本件出版権の行使が権利の濫用であるか(争点4)
(5)原告学ぶ会が本件各著作物の準共有者の地位にあるか(争点5)
(6)著作権及び出版権侵害のおそれの有無(争点6)
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(黙示の使用許諾の有無)について
(被告の主張)
ア 本件各著作物を含む「神示」は、いずれも亡Aが啓示を受けて著述し、被告における教義の根本としたものであって、信仰の根幹をなし、文書伝道(文書による布教)を中心とする生長の家の布教活動において必須の極めて重要なものである。そのため、本件寄附行為においては、原告事業団が「生命の實相」に収録された亡Aの著作物に係る著作権を譲り受けた後も、被告及びその被包括下にある宗教法人である全国の教化部が、当該著作物を布教、伝道活動のために使用することが、当然の前提とされていた。
 そして、被告及び全国の教化部は、本件各著作物を含む「生命の實相」に収録された「神示」の全文を、繰り返し月刊誌、書籍等にそのまま収録する態様で使用してきたが、原告事業団が、これに異議を述べたり、使用料を請求したりしたことはなかった。
イ 原告らは、日本教文社が、原告事業団に著作権が帰属する著作物を使用するに当たり、原告事業団から個別の許諾を得ていたと主張する。
 しかし、日本教文社は、前身である光明思想普及会の時代から、生長の家の文書伝道を担う出版社及び生長の家の出版部門として、亡A及び生長の家の指示に基づき、被告と一体となって生長の家の月刊誌、書籍等を出版してきた。そして、日本教文社は、被告に対し、毎月の出版計画の承認を求め、被告がこれを審議、承認してきたのであって、同社が、亡Aの著書を出版するに当たり、事前に原告事業団に相談することはなかった。
ウ これらの事情に照らせば、原告事業団は、遅くとも「聖光録(生長の家家族必携)」が初めて発行された昭和28年1月1日までに、被告に対し、本件各著作物を含む「生命の實相」に収録された全ての「神示」について、原告事業団の個別の承諾を得ることなく使用することを黙示に許諾した。したがって、被告が本件各著作物を収録した本件書籍を発行したとしても、原告事業団の有する著作権を侵害しない。
 また、被告は、令和2年10月1日(著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律(令和2年法律第48号)附則1条2号所定の施行日)の前日において、本件各著作物について上記使用権を有していたから、著作権法63条の2に基づき、令和2年10月1日以後に本件各著作権の著作権を取得した原告学ぶ会に対し、当該使用権を対抗することができる(著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律8条)。
(原告らの主張)
ア 原告事業団は、第三者が本件各著作物を含む「神示」を使用しようとする場合には、個別に許諾することとしている。
 日本教文社は、昭和28年1月1日に「聖光録(生長の家家族必携)」を発行するに当たり、本件各著作物を含む、原告事業団に著作権が帰属する著作物を収録して使用することにつき、原告事業団の個別許諾を得ていた。
 日本教文社と被告とが一体であったことはないし、日本教文社が被告から指示されて月刊誌、書籍等を出版するという関係にもなかった。
イ 被告は、被告や他の法人及び団体等が多数の月刊誌、書籍等に「神示」を使用してきたことを指摘して、原告事業団が、遅くとも「聖光録(生長の家家族必携)」が初めて発行された昭和28年1月1日までに、その使用を黙示に許諾したと主張する。
 しかし、被告が収益事業である出版事業を始めたのは、平成元年4月1日以降である。被告は、それ以前に、自ら本件各著作物を書籍として発行したことがないから、昭和28年1月1日までの間に、原告事業団から、書籍の発行という収益事業に本件各著作物を使用することについて許諾を受けたということはあり得ない。
 また、被告が指摘する月刊誌、書籍等は、いずれも被告が発行したものではない。被告が黙示の使用許諾がされたことの根拠として挙げる「聖光録(生長の家家族必携)」は、日本教文社が原告事業団から「神示」の使用について個別に許諾を受けて発行したものである。そもそも、「…の神示」などと題するそれぞれの著作物は、別個の著作物であるから、使用許諾の有無も別個に判断すべきである。
 さらに、全国各地の信者や各団体が発行する機関誌等に本件各著作物が収録されたことがあるとしても、原告事業団は、その目的に定める創立者亡Aの宗教的信念の普及に資するため、原告事業団が著作権を有する著作物について、著作権法30条1項1号及び32条1項等に基づき、全国各地の信者やその各団体が私的使用及び公正な慣行に合致する正当な引用を行うことを容認するとともに、原告事業団の目的に定める宗教的信念の普及に資するものに限り、当該著作物の一部の非営利的使用(無料配布の印刷物の一部に転載すること等)について個別の許諾を要しないものとする運営をしたことがあるにすぎない。本件各著作物が上記機関誌等に収録された例を見ると、いずれも著作者である亡Aが、その宗教的意義や意味内容を講義する目的で本件各著作物を収録したものであって、本件著作物の分量と著作者自身による解説部分との分量の対比からしても、本件各著作物の使用が同法32条1項所定の正当な引用に当たることは明らかである。
 したがって、機関誌等における本件各著作物の収録例がいくつかあることをもって、原告事業団が被告に本件各著作物を使用することを許諾していたとするのは、論理が飛躍しているといわざるを得ない。
(2)争点2(使用許諾の解約の成否)について
(原告らの主張)
ア 原告事業団が、本件各著作物に係る黙示の使用許諾を解約することは、正当な権利行使として許される。
イ そして、この解約が正当な理由に基づかないとか、権利の濫用に当たるというのであれば、その評価根拠事実については、被告が立証責任を負う。
 この点を措くとしても、以下の事情に照らせば、原告事業団による本件各著作物に係る黙示の使用許諾の解約は、正当な理由に基づくものであって、かつ、権利の濫用にも当たらない。
(ア)本件各著作物を使用する書籍等の発行主体が誰であるのかは極めて重要である。被告は、これまで自ら本件各著作物を書籍として発行したことがなく、出版事業を始めたのは平成元年4月1日以降である。
(イ)被告が編集したと主張する「生長の家五十年史」には本件各著作物が収録されていたものの、現在、当該書籍は絶版状態で入手することができない。被告の指示によって「神示」を全て収録した当該書籍を発行したというのに、現在これが絶版になっているとの事実は、被告において本件各著作物を使用する必要がないということを意味するものである。
(ウ)被告の活動は、亡Aが創始した天皇国日本の実相顕現及び人類光明化運動から既に著しく変容しており、別宗教団体と認識及び評価されるものとなった。
(被告の主張)
ア 本件寄附行為による原告事業団への「生命の實相」に係る著作権の譲渡は、被告の宗教活動を阻害するような態様での著作権の行使を許さないとの趣旨でされたものであるから、原告事業団が、当該著作物に係る黙示の使用許諾を解約するためには、正当な理由が必要である。
 そして、当該解約に正当な理由があることについては、原告らが立証責任を負う。
イ しかし、正当な理由を根拠付ける事実についての原告らの主張は、次のとおり失当である。
(ア)被告は、関係法人である日本教文社を通じて、生長の家の布教のために本件各著作物を含む書籍を出版してきた。自己の名義で出版したか、日本教文社が出版したかは、何ら実質的な違いではない。
(イ)「神示」が全て収録されている書籍が絶版となっているとしても、「神示」を使用する必要がないことを直ちに意味するものではない。
(ウ)原告らは、被告が宗教団体として著しく変容したなどと主張するが、いずれも被告の宗教活動が原告らの宗教的価値観に合致しないことを指摘するものにすぎず、黙示の使用許諾を解約するための正当な理由となり得ない。
(3)争点3(本件出版権侵害の成否)について
(原告光明思想社の主張)
 原告光明思想社は、本件出版権設定契約に基づき、本件各著作物について本件出版権を有しており、本件出版権の目的は、「22の神示及びこれらを素材とする言語の著作物」であって、22編の各「神示」それぞれ一つ一つにも出版権が設定されている。
 そして、被告が本件各著作物を本件書籍にそのまま収録することは、「原作のまま」(著作権法80条1項1号)複製することにほかならないから、原告光明思想社の本件出版権を侵害する。
(被告の主張)
 本件出版権は、「神示」を素材として創作的に選択して配列して著作された「神示集」についてのものであって、「神示集」に収録された個別の「神示」についてのものではない。
 これに対し、本件書籍への本件各著作物の収録は、「神示集」に収録された22編の「神示」のうち二つのみを抜き出して複製するものであって、「神示集」を「原作のまま」(著作権法80条1項1号)複製するものではない。
 したがって、被告が本件各著作物を収録した本件書籍を発行することは、原告光明思想社の本件出版権を侵害しない。
(4)争点4(原告光明思想社による本件出版権の行使が権利の濫用であるか)について
(被告の主張)
 前記(1)及び(2)の各(被告の主張)のとおり、これまでの被告による「神示」の使用実態にかんがみれば、少なくとも原告事業団は、本件出版権設定契約が締結される以前に、被告に対し、「神示」の一般的かつ包括的な使用を黙示的に許諾しており、かつ、当該使用許諾は現在も有効に存続している。
 そして、原告光明思想社と原告事業団とは、亡Aの正統な教義(宗教的理念)の護持と普及という共通的目的の下、一体になっているものであるから、原告光明思想社は、原告事業団が被告に「神示」について黙示に使用許諾をしたこと、これを踏まえて被告が多数の書籍を発行し、平穏に布教活動を継続してきたことを十分に認識していた。
 それにもかかわらず、原告光明思想社は、原告事業団と共同して、被告が本件各著作物を使用できないようにするため、本件出版権の設定を登録の原因として出版権登録申請を行い、その登録完了通知を受領すると、そのわずか8日後に先行する仮処分事件を申し立て、更に本件訴えを提起した。
 原告光明思想社による上記のような本件出版権の行使は、権利の濫用に当たり許されない。
(原告光明思想社の主張)
 原告事業団が、被告に対し、「神示」の一般的かつ包括的な使用を黙示的に許諾したことはない。また、原告光明思想社と原告事業団とは独立した事業体であって、両法人が一体であるとの事実はない。
 原告光明思想社は、被告の会員や信徒たちが22編の「神示」を利用する機会を提供するために、本件出版権設定契約を受けて「神示集」を発行した。このように、原告光明思想社は、被告の便益を増大させており、何ら不利益を与えてない。
 したがって、被告による権利濫用の主張は失当である。
(5)争点5(原告学ぶ会が本件各著作物の準共有者の地位にあるか)について
(原告学ぶ会の主張)
 原告学ぶ会は、令和3年3月1日、原告事業団から、本件利用権設定契約により、本件各著作物を含む22編の「神示」に係る著作権の一部譲渡を受け、これによる著作権の移転について登録がされた。
 したがって、原告学ぶ会は、本件各著作物に係る著作権の準共有者として、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、本件書籍の複製及び頒布の差止めを求めることができる。
(被告の主張)
 本件利用権設定契約においては、著作権の一部譲渡の期間が1年間、設定範囲が宗教活動における使用にそれぞれ限定されており、かつ、原告学ぶ会は原告事業団に対して対価を1年ごとに支払うとされている。このような定めの内容にかんがみれば、原告学ぶ会は、原告事業団から、本件各著作物の使用を許諾されたとみる余地があるにとどまり、本件各著作物についての著作権の準共有者たる地位を取得したとはいえない。
(6)争点6(著作権及び出版権侵害のおそれの有無)について
(原告らの主張)
 上巻において、上巻、中巻及び本件書籍を出版する目的や、当初は「一冊の単行本だったもの」が大部になるため上・中・下巻と分けられ、それぞれに副題が決まっていることが明らかにされている。そして、中巻は、被告が上巻を発行してから約2か月後の令和2年6月20日に出版されており、それから既に相当期間が経過していることに照らせば、下巻である本件書籍の内容が既に相当に定まっていることは明らかである。
 また、上記のとおり、中巻が出版されてから相当期間が経過しているから、本件書籍が発行される可能性は高い。
 したがって、原告らの著作権及び出版権が侵害されるおそれがある。
(被告の主張)
 本件書籍はいまだ発行されておらず、現時点においても内容は未確定であって、目次すら決まっていない。原稿やゲラ(校正刷り)も存在せず、直ちに本件書籍が発行されるという状況にない。
 したがって、原告らが複製及び頒布の差止めを求める具体的対象はなく、侵害のおそれもない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 前提事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1)生長の家における「神示」の位置付け
 亡Aは、昭和5年、宗教的信念に基づいて生長の家を創始し、同年から昭和21年にかけて、本件各著作物を含む合計33編の「神示」を著作した(前提事実(2)ア、乙85、160)。
 生長の家において、「神示」は、いずれも亡Aが神から受けた啓示を書き記したもので、亡Aの創始した生長の家の人類光明化運動における「教義の根本」であり、文書伝道を中心とする生長の家の布教、伝道活動に当たり重要なものとされている(甲44、84、乙85、100・260頁、102、154・34ないし35頁、161・14頁、証人E、原告光明思想社代表者本人、原告学ぶ会代表者本人)。
(2)「生命の實相」の発行
 光明思想普及会は、昭和10年4月25日、本件著作物2を収録した全集版(黒布表紙版)「生命の實相」第6巻を発行した。なお、当該書籍の中表紙には、「生長の家聖典全集」と記載されている。(前提事実(2)ア、甲5)
 また、光明思想普及会は、昭和11年10月20日、本件著作物1を収録した「生命の實相」水の巻(縮刷豪華版)を発行した。なお、当該書籍の中表紙には、「生長の家聖典」と記載されている。(前提事実(2)ア、甲4)
(3)原告事業団の設立
ア 亡Aは、昭和21年1月8日、原告事業団を設立し、その初代理事長に就任した。その原始寄附行為には、@社会厚生事業の確立強化の徹底を期することをその目的とすること(3条)、A「A著作「生命の實相」ノ著作権」を基本資産とし、基本資産より生ずる収入を流動資産とすること(5条)、B基本資産は社会環境の自然的変化による減価滅失等によるほか人為的には消費又は消滅させることができないこと(7条)がそれぞれ定められていた。(乙86、87、163)
 本件寄附行為により、本件各著作物を含む22編の「神示」の著作権が亡Aから原告事業団に移転された(前提事実(2)イ)。
イ 平成24年4月1日に公益財団法人に移行した後の原告事業団の定款において、亡Aが著作した「生命の實相」、「聖経甘露の法雨」等の著作物は、原告事業団の基本財産であって、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律5条16号所定の公益目的事業を行うために不可欠な特定の財産と規定された(甲2の2)。
(4)「神示」が収録された月刊誌、書籍等
 原告事業団が成立した昭和21年1月8日以後、本件各著作物を含む「神示」が、少なくとも次の各月刊誌、書籍等に収録された。
ア 本件著作物1が収録された月刊誌、書籍等
 「聖光録(生長の家家族必携)」(昭和28年1月1日初版発行。編纂:生長の家本部、発行所:日本教文社。乙10、35)
 月刊誌「生長の家」昭和33年7月号及び昭和36年3月号(編輯:生長の家本部、発行所:日本教文社。乙72、78)
 「~ひとに語り給ふ ~示講義<ヘの巻>」(昭和35年11月15日初版発行。著者:亡A、発行所:日本教文社。乙22、100)
 「到彼岸の~示 ~示講義<自覺の巻>」(昭和37年11月15日初版発行。著者:亡A、発行所:日本教文社。乙24、155)
 「實相研鑽悟りを深めるための相互研修〔第一集〕」(昭和49年1月25日初版発行。監輯:亡A、発行所:日本教文社。乙28)
 「新編 聖光録(生長の家信徒必携)」(昭和54年3月1日初版発行。編纂:生長の家本部、監修:亡A(後の版では亡B)、発行所:日本教文社。乙11、12、20)
 「生長の家五十年史」(昭和55年11月22日初版発行。編纂:生長の家本部、発行所:日本教文社。乙27、163)
 「御守護 神示集」(昭和56年9月27日初版発行。著者:亡A、発行所:日本教文社。乙14ないし16、21)
 機関紙「聖使命」(昭和57年2月1日発行。発行所:財団法人世界聖典普及協会。乙81)
イ 本件著作物2が収録された月刊誌、書籍等
 月刊誌「生長の家」昭和36年9月号ないし同年11月号(編輯:生長の家本部、発行所:日本教文社。乙79、80、94)
 「祕められたる~示 ~示講義<祕の巻>」(昭和36年11月22日初版発行。著者:亡A、発行所:日本教文社。乙23、156)
 「新編 聖光録(生長の家信徒必携)」(昭和54年3月1日初版発行。編纂:生長の家本部、監修:亡A(後の版では亡B)、発行所:日本教文社。
乙11、12、20)
 「生長の家五十年史」(昭和55年11月22日初版発行。編纂:生長の家本部、発行所:日本教文社。乙27、163)
 「御守護 神示集」(昭和56年9月27日初版発行。著者:亡A、発行所:日本教文社。乙14ないし16、21)
 「求道と伝道のために 神意を実現する人類光明化運動 改訂版地方講師活動指針」(平成8年4月1日改訂初版発行。監修:亡B、編集:生長の家本部、発行所:日本教文社。乙34)
ウ その余の「神示」が収録された月刊誌、書籍等
 前記ア記載の「聖光録(生長の家家族必携)」(昭和28年1月1日初版発行)には、本件著作物1のほかに18編の「神示」(ただし、本件著作物2は含まれない。)が収録されていた(乙35)。
 また、前記ア及びイ記載の月刊誌、書籍等には、他の「神示」も併せて収録されていた場合があるほか、これら以外の複数の月刊誌、書籍等にも、他の「神示」が収録されていた(乙20ないし34、36ないし80、94、136ないし154)。
(5)原告事業団による「神示」等に係る著作権に基づく権利主張の状況(甲18ないし20、96、乙3ないし5)
ア 原告事業団は、平成21年、日本教文社に対し、原告事業団との間の「生命の實相」に係る著作権使用出版契約に基づいて日本教文社が発行した「初版革表紙 生命の實相 復刻版」等の書籍に関し、未払印税の支払を求めるとともに、「初版革表紙 生命の實相 復刻版」に真実と異なる著作権表示をしたとして、謝罪広告を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成21年(ワ)第6368号)。他方、被告は、原告事業団及び原告光明思想社に対し、「古事記と日本国の世界的使命―甦る『生命の實相』神道篇」等の書籍の出版等の差止め等を求める訴えを提起した(同裁判所同年(ワ)第17073号)。また、日本教文社は、原告事業団に対し、「聖経 甘露の法雨(大型)」等の書籍の出版権の確認を求めるとともに、原告事業団及び原告光明思想社に対し、上記書籍の出版等の差止めを求める訴えを提起した(同裁判所同年(ワ)第41398号)。上記3件の訴えは併合して審理され、控訴審(知的財産高等裁判所平成23年(ネ)第10028号等)及び上告審(最高裁判所平成24年(オ)第830号等)を経て、最終的に、原告事業団の未払印税の支払を求める請求の一部を認容し、被告及び日本教文社の請求をいずれも棄却する判決が確定した。
イ 原告事業団は、平成24年6月8日頃、被告に対し、被告が出版を計画している「観世音菩薩讃歌」に、言語の著作物である「大調和の神示」を収録することが「甘露の法雨」(「大調和の神示」が収録されているもの)に係る原告事業団の著作権(複製権、頒布権及び翻案権)を侵害するとして、その使用停止を求める旨を通知した。その後、被告は、「大調和の神示」を収録することなく「観世音菩薩讃歌」を発行した。
ウ 被告は、平成27年6月頃、「大調和の神示」を収録した「万物調和六章経」と題する書籍を発行し、信徒等に頒布した。
 原告事業団は、同年、被告に対し、被告による上記書籍の出版が「大調和の神示」に係る原告事業団の著作権(複製権)を侵害すると主張して、当該書籍の複製、頒布又は販売の申出の差止め及び廃棄を求める訴えを提起したが(東京地方裁判所平成27年(ワ)第29705号)、平成29年11月29日、原告事業団の請求を棄却する判決が言い渡された。
 原告事業団は、上記判決を不服として控訴を提起したが(知的高等裁判所平成29年(ネ)第10101号)、平成30年10月9日、原告事業団の控訴を棄却する判決が言い渡され、最終的に、原告事業団の請求を棄却する判決が確定した。
2 争点1(黙示の使用許諾の有無)について
(1)ア 被告は、前提事実(1)エ及びオのとおり、亡Aが創始した生長の家の教義を広めることなどを目的として設立された宗教法人であり、亡Aが初代総裁を務めていた。また、原告事業団は、前提事実(1)ア、(2)イ及び前記1(3)のとおり、本件寄附行為によって拠出された「生命の實相」などの亡Aの著作に係る著作物の著作権等を基本財産として、亡Aの宗教的信念に基づき、社会厚生事業を行うことなどを目的とする公益財団法人であり、同人が初代理事長に就任した。
 そして、生長の家においては、前記1(1)及び(2)のとおり、「神示」はいずれも亡Aが神から受けた啓示を書き記したもので、これを収録した「生命の實相」は生長の家の聖典とされており、亡Aの創始した生長の家の人類光明化運動における「教義の根本」かつ文書伝道を中心とする生長の家の布教、伝道活動に当たり重要なものとされている。
 このように、原告事業団及び被告はいずれも亡Aの宗教的信念に基づいて設立された法人であり、亡Aが原告事業団の理事長及び被告の総裁として両者を運営していたこと、生長の家が文書伝道を中心としており、本件各著作物がその「教義の根本」を構成していることから、成長の家の布教、伝道活動を遂行するためには「教義の根本」を構成する本件各著作物の全文を使用することが不可欠といえること、実際にも、前記1(4)のとおり、遅くとも「聖光録(生長の家家族必携)」が発行された昭和28年1月1日以後、被告を編纂者又は編集者、日本教文社を発行所とし、本件各著作物を含む「神示」が収録された月刊誌、書籍等が複数発行されていたことからすると、亡Aは、本件寄附行為によって本件各著作物の著作権を原告事業団に移転した後も、自らの宗教的信念に基づいて設立される生長の家に係る宗教法人が本件各著作物を継続的に使用することを想定していたものと認めるのが相当である。
イ また、原告光明思想社代表者は、日本教文社在籍中、本件著作物2が収録されている「求道と伝道のために神意を実現する人類光明化運動改訂版地方講師活動指針」を出版する際、原告事業団の事務長に架電して了解を得るとともに、理事長への報告を依頼した旨の供述をする。その当時、当該事務長と原告光明思想社代表者との間でこのようなやりとりがされたことを裏付ける客観的な証拠はないものの、日本教文社は、原告事業団に著作権が帰属する本件著作物2が収録された書籍を発行しようとしていたのであるから、著作権者である原告事業団との間で何かしらのやりとりがあったというのはごく自然なことといえる。そうすると、被告を編集者、日本教文社を発行所とする書籍に収録された、本件著作物2を含む「神示」に関し、原告事業団と日本教文社との間でやりとりがされていたと認めるのが相当であり、そのやりとりを通じて、原告事業団は、被告が編纂又は編集する複数の月刊誌、書籍等において、本件各著作物を含む「神示」が収録されていたことを認識していたものと認められる。その一方で、原告事業団が、少なくとも平成24年より前に、当該月刊誌、書籍等を編纂又は編集した被告に対し、本件各著作物以外の著作物を含む複数の「神示」が月刊誌、書籍等に収録する態様で使用されていることに異議を述べたり、当該使用行為に基づく使用料を請求したりしたといった事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上のとおり、原告事業団及び被告が設立された目的、両者の運営体制、被告が編纂又は編集した月刊誌、書籍等における「神示」の使用状況、被告による「神示」の使用行為に対する原告事業団の対応に照らせば、原告事業団は、遅くとも「聖光録(生長の家家族必携)」の初版が発行された昭和28年1月1日までに、被告に対し、本件各著作物を個別の承諾を得ることなく使用することを黙示に許諾したと認めるのが相当である。
(2)ア これに対し、原告らは、原告事業団が第三者に本件各著作物を含む「神示」の使用を許諾する場合には、個別に許諾することとしていると主張し、D(以下「D」という。)作成の陳述書(甲21)には同主張に沿う記載があるほか、原告事業団代表者及び原告光明思想社代表者も同旨の供述をする。
 しかし、Dは、東京地方裁判所平成21年(ワ)第6368号等事件の証人尋問において、日本教文社が亡Aの著書を出版する際、事前に原告事業団に相談することはなかった旨、上記陳述書の記載と矛盾する証言をしていることが認められる(乙133・20頁)。そうすると、上記陳述書のうち、原告事業団が第三者に本件各著作物を含む「神示」の使用を許諾する場合には個別に許諾していた旨の記載部分を採用することはできない。
 また、前記(1)イのとおり、原告光明思想社代表者は、この点に関し、日本教文社在籍中、本件著作物2が収録されている「求道と伝道のために神意を実現する人類光明化運動改訂版地方講師活動指針」を出版する際、原告事業団の事務長に架電して了解を得るとともに、理事長への報告を依頼した旨の供述をすることから、その当時、当該事務長と原告光明思想社代表者との間で、当該書籍の出版に関するやりとりがされたと認められるものの、原告事業団において当該書籍の内容や本件著作物2の具体的な使用態様について検討がされたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、原告光明思想社代表者は、当該事務長と原告光明思想社代表者とのやりとりに関して、書面を作成していないと供述していることからすると、原告光明思想社代表者が供述する原告事業団事務長とのやりとりをもって、原告事業団の基本財産を構成する本件著作物2の使用について、原告事業団が個別に許諾したと評価することはできず、むしろ原告光明思想社代表者が原告事業団に対し当該書籍に本件著作物2を収録することを報告したにとどまると認めるのが相当である。したがって、原告光明思想社代表者の上記供述部分は、原告事業団が第三者に本件各著作物を含む「神示」の使用を許諾する場合に個別に許諾していたことを裏付けるものとはいえない。
 さらに、原告事業団が第三者に本件各著作物を含む「神示」の使用を許諾する場合には個別に許諾することとしていた旨の原告事業団代表者の上記供述部分を裏付ける客観的な証拠はない。
 そして、他に、原告らが主張する個別の許諾に係る事実を認めるに足りる証拠もない。
イ 加えて、原告らは、全国各地の信者や各団体が発行する機関誌等に本件各著作物が収録されたことに関し、私的使用及び公正な慣行に合致する正当な引用を行うことを容認していたとか、原告事業団の目的に定める宗教的信念の普及に資するものに限り、原告事業団が著作権を有する著作物の一部の非営利的使用につき、個別の許諾を要しないものとする運営をしていたと主張する。
 しかし、原告事業団において、当該機関誌等での本件各著作物を含む「神示」の具体的な使用目的及び態様につき、著作権法が定める権利制限規定の要件に合致しているかどうかの検討がされていたことや、上記の運営をする旨の方針が採用されていたことを認めるに足りる証拠はない。
ウ したがって、原告らの前記各主張はいずれも採用することができない。
3 争点2(使用許諾の解約の成否)について
(1)前記2(1)において説示したとおり、生長の家においては、「神示」はいずれも亡Aが神から受けた啓示を書き記したもので、亡Aの創始した生長の家の人類光明化運動における「教義の根本」とされており、文書伝道を中心とする生長の家の布教、伝道活動において重要なものであるというのであるから、被告が生長の家の布教、伝道活動を遂行するためには「神示」の一部である本件各著作物の全文を使用することが不可欠であるといえる。
 このような被告における本件各著作物の位置付けに加え、被告は、これまで70年近くにわたって生長の家の布教、伝道活動に本件各著作物を継続的に使用し続けてきたことに照らせば、原告事業団により本件各著作物に係る使用許諾が解約された場合には、被告における生長の家の布教、伝道活動が不可能になるなどして、被告に多大な不利益が生ずるおそれがある。
 したがって、原告事業団が本件各著作物に係る黙示の使用許諾を解約するためには、これを是認するに足りる正当な理由が必要と解すべきである。そして、原告らは、当該正当な理由を根拠付ける事実について主張立証責任を負う。
(2)アそこで検討すると、まず、原告らは、本件各著作物を使用する書籍等の発行者が誰であるのかは極めて重要であるとした上で、被告が出版事業を始めたのは平成元年4月1日以降であって、これまで本件各著作物を書籍として発行したことがないと主張する。
 確かに、原告らが主張するとおり、出版物の発行主体が変わることによって、使用許諾の目的や趣旨に反する態様で著作物が使用される可能性が否定できないから、発行主体の変更の有無は、当該著作物に係る使用許諾を継続させることの当否を判断する際の一要素となり得るといえる。しかし、被告は、少なくとも前記1(4)において認定したとおり、日本教文社が発行した複数の月刊誌、書籍等において、編纂者又は編集者として本件各著作物の具体的な使用態様の決定に関与しており、そのような被告が、本件各著作物を収録した本件書籍を、日本教文社に発行させることなく自ら発行することによって、本件各著作物に係る黙示の使用許諾の目的や趣旨が直ちに害されることになるとはいえないし、本件全証拠によっても、そのようなおそれがあるとは認められない。
イ また、原告らは、被告が編集したと主張する「生長の家五十年史」が絶版状態である以上、被告において本件各著作物を使用する必要がないと主張する。
 しかし、かつて本件各著作物を収録した書籍が絶版になっているからといって、現時点において本件各著作物を使用する必要が当然にないとはいえず、本件全証拠によっても、被告において本件各著作物を使用する必要がないと認めることはできない。
ウ さらに、原告らは、被告の活動が亡Aの創始した天皇国日本の実相顕現及び人類光明化運動から既に著しく変容しており、別宗教団体と認識及び評価されるものとなったと主張する。
 しかし、被告の活動が亡Aの創始した運動から変容したか否かは、宗教上の教義に関わる事実及び評価を問題とするものであって、事柄の性質上、法令を適用することによって解決することのできない問題であるから、裁判所が審理判断すべき事項とはいえない。
エ 以上によれば、本件各著作物に係る黙示の使用許諾の解約に伴う不利益を被告に課してでも、これを是認するに足りる正当な理由があると認めることはできない。
(3)したがって、原告事業団は、本件各著作物に係る黙示の使用許諾を解約することができるとはいえない。
 そして、被告は、令和2年10月1日(令和2年法律第48号附則1条2号所定の施行日)の前日において、本件各著作物についての使用権を有していたから、著作権法63条の2に基づき、令和2年10月1日以後に本件各著作物の著作権を取得した原告学ぶ会に対し、当該使用権を対抗することができる。
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告事業団及び原告学ぶ会の請求はいずれも理由がない。
4 争点3(本件出版権侵害の成否)について
(1)出版権者が専有するのは、その出版権の目的である著作物について、原作のまま複製する権利であるところ(著作権法80条1項1号)、本件出版権の目的である著作物は、前提事実(3)のとおり「神示集」と題して、本件各著作物を含む22編の「神示」を配列した書籍である。
 これに対し、本件書籍は、「“新しい文明”を築こう下巻(歴史・資料編)「運動の軌跡−宗教と戦争を中心に」」と題する書籍である。そして、その内容を具体的に認めるに足りる証拠はないものの、前提事実(4)アのとおり、上巻に、「神示や祈り、講演など、教団史上の重要文書をまとめた“会員必携書”」であり、「当初の構想で一冊の単行本だったものが、上・中・下の三巻になった。」、「下巻はまだ細部が定まっていないが、(略)日本の戦争について示された神示とその解説を収録する。(略)信仰によって戦争ではなく、世界に平和をもたらすことの意義と重要性を訴えた文章を収録することにしている」と記載されていることからすると、被告は、本件書籍において、「神示」のみならず、その解説や講演録、その他の文章などの収録を計画していることがうかがわれる。
 そうすると、本件出版権の目的である「神示集」と本件書籍とでは、題号が明らかに異なっている上、内容についても同一のものと認めることができないから、本件書籍が本件出版権の目的である「神示集」を原作のまま複製するものとはいえない。
 したがって、被告による本件書籍の出版が本件出版権を侵害すると認めることはできない。
(2)よって、その余の点について判断するまでもなく、原告光明思想社の請求は理由がない。
第4 結論
 以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 間明宏充
 裁判官 バヒスバラン薫


(別紙)書籍目録
発行所 宗教法人「生長の家」
題号 “新しい文明”を築こう下巻(歴史・資料編)「運動の軌跡−宗教と戦争を中心に」
著者 A、C
大きさは、縦約18p×横約11.5p×厚さ約1.5p
 以上

(別紙)著作物目録
(省略)
 以上
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/