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【事件名】ビッグローブへの発信者情報開示請求事件N 【年月日】令和5年4月25日 東京地裁 令和4年(ワ)第23895号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年3月13日) 判決 原告 株式会社バソキア 同訴訟代理人弁護士 杉山央 被告 ビッグローブ株式会社 同訴訟代理人弁護士 橋利昌 同 平出晋一 同 太田絢子 主文 1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 1 本件は、原告が、氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrentを使用して、別紙著作物目録記載の動画(以下「本件著作物」という。)を送信可能化したことによって、本件著作物に係る原告の送信可能化権を侵害したと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実をいう。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。) (1)当事者 ア 原告は、アダルトビデオの制作、販売を業とする株式会社である。(弁論の全趣旨) イ 被告は、電気通信事業を目的とする株式会社であり、プロバイダ責任制限法2条3号の特定電気通信役務提供者に該当する。(弁論の全趣旨) (2)本件著作物の配信(甲2の13、弁論の全趣旨) 本件著作物は、インターネット上において配信されているところ、その「メーカー」欄には「素人ホイホイ」との表記がある。 (3)BitTorrentの仕組み BitTorrentは、いわゆるP2P形式のファイル共有ソフトであり、その概要や使用の手順は、次のとおりである。 ア BitTorrentでは、特定のファイルを配布する場合、まず、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割された個々のデータ(ピース)をBitTorrentネットワーク上のユーザー(ピア)に分散して共有させる。 イ BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、「トラッカーサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードする。 そして、ユーザーは、当該トレントファイルをBitTorrentに読み込ませることにより、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求することになる。トラッカーサーバは、ファイルの提供者を管理するサーバであり、ユーザーによる要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。 ウ リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他の複数のユーザーに接続し、それぞれから、当該ピースのダウンロードを開始する。そして、全てのピースのダウンロードが終了すると、自動的に、元の1つの完全なファイルが復元される。 エ 完全な状態のファイルを持つユーザーは、「シーダー」と呼ばれる。他方、目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが、ダウンロードが完了し、完全な状態のファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなり、今度は、リーチャーからの求めに応じて、当該ファイルをアップロードしてリーチャーに提供することになる。 また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持しているファイルの一部(ピース)を、他のリーチャーと共有するためにアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルをダウンロードすると同時に、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態に置く仕組みとなっている。 オ BitTorrentは、このようなユーザー相互間のデータの授受を通じて、ファイルを保管するためのサーバを必要とすることなく、大容量のファイルを高速で共有することを可能とするものである。 (以上につき、甲4ないし7、弁論の全趣旨) (4)原告による著作権侵害調査の概要 ア 原告は、本件訴訟の提起に先立って、株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件著作物の著作権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を依頼した。 イ 本件調査会社は、本件調査を踏まえ、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の日時に、同記載のIPアドレスの割り当てを受けた発信者(本件発信者)が本件著作物に係るファイル(以下「本件ファイル」という。)のダウンロード及びアップロードを行っていたことを報告した。 (以上につき、甲4、5、弁論の全趣旨) (5)本件発信者情報の保有 被告は、本件発信者情報を保有している。(弁論の全趣旨) 3 争点 本件の争点は、権利侵害の明白性であり、具体的には、@著作権者該当性、A本件調査方法の信用性が争われている(令和5年1月16日付け経過表参照)。 第3 争点に関する当事者の主張 (原告の主張) 1 著作権者該当性について 本件著作物については、株式会社Horizon(以下「Horizon」という。)が、ビジュアルソフト・コンテンツ産業協同組合から倫理審査を受け、本件著作物の著作権者として認定されているところ、それは、原告がHorizonに対し、審査業務を委託したためである。 そして、本件著作物が原告により制作されたものであることは、Horizon作成に係る陳述書(甲9)にも明記されている。 2 本件調査方法の信用性について (1)本件調査会社において、BitTorrentを利用した違法ダウンロード及びアップロードの特定に際しては、μtorrentというクライアントソフトを利用している。そして、μtorrentは、BitTorrentの情報をそのまま表示するという機能が付いているため、μtorrentを利用すると、違法ダウンロードを行っているピアのIPアドレスを解明することができるという仕組みになっており、機械的に取得した情報が表示されるため、その点に関する恣意性等を疑う必要がない。 そして、本件調査会社は、μtorrentを利用して、本件発信者が別紙発信者情報目録記載の日時頃、同目録記載のIPアドレスの割当てを受けて、BitTorrentのネットワークに参加し、本件ファイルをダウンロード及びアップロードしていることを確認している。 (2)撮影時刻について 本件調査会社が、本件調査において、μtorrentを利用して、本件発信者から本件ファイルをダウンロードしている様子は、甲1の13のとおりであり、その画面の右上に表示されている時刻(11:22:06)が、権利侵害のあった時刻(別紙発信者情報目録記載の日時)である。 上記時刻は、本件調査会社において、時刻を秒単位で表示するアプリ「TVClock」(以下「本件時刻表示アプリ」という。)を利用して表示したものであるところ、本件時刻表示アプリは、PCから直接タイムゾーンを取得する仕様であり、PCがWi−Fiに接続されている限り、定期的に(更新頻度は3万2768秒ごと)時刻が取得されるものである(甲19)。 したがって、上記時刻は、極めて正確なものである。 (被告の主張) 1 著作権者該当性について 本件著作物のパッケージには、メーカー欄に「素人ホイホイ」と記載されており、作品証明書(甲10)にも他社名が記載されているところ、いずれも、本件著作物に係る著作権が原告に帰属することの証拠とはならない。 また、原告から委託を受けたとされるHorizonが、なぜ本件著作物に係る著作権の所在につき証明し得る立場にあるのかも不明である。 2 本件調査方法の信用性について (1)本件調査については、時刻等の記録の正確性が担保されていないこと等から、その信用性を争う。 (2)本件調査における日時の特定の方法は、パソコンの画面の時刻表示を操作者において視認するとともに、スクリーンショットで記録するというものであり、人の手を介さず自動的・継続的に記録されるログとは、その特定の方法が大きく異なる。そして、パソコンの時刻表示は、実際の時刻と数分ずれが生じたりすることがままあることが、経験上よく知られている。 これに対し、原告は、本件時刻表示アプリにより時刻の正確性が担保されている旨主張するが、仮に3万2768秒ごとに同期がされていたとしても、なお不正確さは生じ得ると考えられる。 第3 当裁判所の判断 1 争点(権利侵害の明白性)について 著作権者該当性について 前提事実、証拠(甲2の13、甲9、10)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、Horizonに対し、本件著作物に係る第三者認証機関(ビジュアルソフト・コンテンツ産業協同組合)による審査手続につき委託をしたこと、Horizonは、上記委託を受けて、本件著作物に係る審査手続を代行したこと、その結果、Horizonが本件著作物に係る著作権者として、第三者認証機関から認定を受けたものの、Horizonの代表者作成に係る陳述書(甲9)には、Horizonは飽くまで審査手続を受託したものにすぎず、本件著作権の制作を行ったのは原告である旨記載されていること、以上の各事実が認められる。 上記認定事実によれば、Horizonが本件著作物に係る著作権者として、第三者認証機関から認定を受けているものの、上記認定に係る事実経過を踏まえると、本件著作物を実際に制作したのは原告であると認めるのが相当である。 そして、本件記録を精査しても、本件著作物の著作権が原告以外の第三者に移転したことをうかがわせる事情は認められない。 そうすると、本件著作物の著作権は、原告に帰属するものと認めるのが相当である。 したがって、被告の主張は、上記認定に係る事実経過を踏まえると、採用することができない。 (2)本件調査方法の信用性について ア 前提事実、証拠(甲1の13、甲2の13、甲4ないし10、12、13)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査につき、次の事実が認められる。 (ア)μtorrentは、BitTorrentのクライアントソフトの一つであり、BitTorrentを用いて実際に特定のファイルをアップロード及びダウンロードしている最中のユーザーにつき、そのIPアドレスを特定した上で、当該IPアドレスとともに、当該ユーザーが当該ファイルをアップロードする際の上り速度や、ダウンロードする際の下り速度、ダウンロード量及びアップロード量等を画面上に表示するという機能を有している。 (イ)本件調査会社は、μtorrentを起動し、本件著作物に係るトレントファイルをμtorrentに読み込ませた上で、BitTorrentを通じて、本件著作物のファイルのダウンロードを行った。 そして、本件調査会社は、上記ダウンロードの際、μtorrentの上記機能を利用して、その時点において、本件ファイルにつき、BitTorrentを通じてアップロード及びダウンロードを行っている他のユーザーの存否を確認したところ、別紙発信者情報目録記載の日時に、同記載のIPアドレスの割当てを受けたユーザー(本件発信者)が、本件ファイルに係るピースをダウンロードすると同時にアップロードしていることを確認した。 (ウ)上記における日時の特定は、パソコンのディスプレイの右上に表示されていた「11:22:06」という時刻に依拠して行われたものであるところ(甲1の13)、当該時刻は、同パソコンにインストールされた本件時刻表示アプリにより表示されたものである。 そして、本件時刻表示アプリは、インストールされたパソコンのタイムゾーンを取得した上で、当該パソコンがWi−Fiに接続されている限り、当該タイムゾーンに係る時刻を自動的に取得して表示するものであり、表示時刻の更新頻度は、3万2768秒(9時間6分8秒)に一度である。 イ 前提事実記載のBitTorrentの仕組み及び前記認定事実によれば、本件発信者は、本件ファイルに係るピースをその端末にダウンロードして、当該ピースを不特定多数の者からの求めに応じ、BitTorrentを通じて自動的に送信し得るようにした上、被告から別紙発信者情報目録記載のIPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、同記載の日時において、ダウンロードと同時に不特定多数にアップロードが可能な状態となる本件調査会社の端末に、本件ファイルのピースを実際にダウンロードしたことが認められる。 これらの事情を踏まえると、本件発信者が、別紙発信者情報目録記載の日時において本件著作物に係る原告の送信可能化権を侵害したと認めるのが相当である。そして、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情を認めることはできない。 したがって、権利侵害の明白性を認めるのが相当である。 ウ これに対し、被告は、本件調査においては、時刻の記録の正確性が担保されていないことから、信用性が認められない旨主張する。 しかしながら、前記において認定したとおり、別紙発信者情報目録記載の日時は、本件時刻表示アプリにより表示された時刻に依拠したものであるところ、本件時刻表示アプリは、パソコンに設定されたタイムゾーンに係る時刻を自動的に取得して表示するものであり、かつ、約9時間ごとに、正確な時刻を再取得する機能を有するものであることが認められる。そうすると、本件調査に係る時刻の表示につき、恣意や手作業による誤差が介在する余地はなく、表示された時刻は正確なものであると認めるのが相当である。その他に、本件記録を精査しても、本件時刻表示アプリが表示した「11:22:06」という時刻の正確性を左右するような事情は認められない。 したがって、被告の上記主張は、採用することができない。 エ その他に、被告提出に係る準備書面の内容を改めて精査しても、上記において説示したところを踏まえると、前記認定を左右するに至らない。 2 正当な理由について 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対し、損害賠償請求等を予定していることが認められることからすると、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものといえる。 したがって、原告は、被告に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求めることができる。 第4 結論 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 中島基至 裁判官 小田誉太郎 裁判官 古賀千尋 (別紙)発信者情報目録 以下の日時に以下のIPアドレスを割り当てられていた者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
(別紙)著作物目録
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