判例全文 line
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【事件名】勝ち馬予想プログラムの不正使用事件
【年月日】令和5年4月24日
 大阪地裁 令和2年(ワ)第4948号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年2月6日)

判決
原告 株式会社ジェイ・アール・デー・ビー
訴訟代理人弁護士 森谷長功
同 池下利男
被告 株式会社サイバーミリオン(以下「被告会社」という。)
被告 P1
被告 P2
被告 P3
被告ら訴訟代理人弁護士 山下忠雄
同訴訟代理人弁理士 南力


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙情報・プログラム目録記載1のプログラム(以下「本件プログラム」という。)を、競馬レース情報の作成・販売に使用し、又はこれを開示してはならない。
2 被告らは、本件プログラムについて、複製、翻案を行ってはならない。
3 被告らは、同目録記載1ないし6の情報(以下「本件情報」という。)を競馬レース情報の作成・販売に使用し、又はこれを開示してはならない。
4 被告らは、本件情報を、電気通信回路を通じて送信可能化し、又は公衆送信してはならない。
5 被告らは、本件プログラム及び同目録記載7のブログ(以下「本件ブログ」という。)に関するデータを記録した記録媒体から、本件プログラム及び本件ブログのデータを削除せよ。
6 被告らは、本件情報に関するプログラム及びデータを記録した記録媒体から、当該プログラム及び当該データを削除せよ。
7 被告らは、本件ブログに関する情報が記載された印刷物を廃棄せよ。
8 被告らは、同目録記載5及び6の情報に関するデータが記載された印刷物を廃棄せよ。
9 被告会社、被告P1及び被告P2は、原告に対し、連帯して、5559万5652円及びこれに対する、被告P1及び被告P2につき令和2年8月27日、被告会社につき同月28日から各支払済みまで年5分の割合による金員(うち3960万8184円及びこれに対する令和2年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員については、被告P3と連帯)を支払え。
10 被告P3は、原告に対し、被告会社、被告P1及び被告P2と連帯して、3960万8184円及びこれに対する令和2年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 要旨
 原告と被告会社は、いずれも、インターネット上で、顧客に対して競馬の勝ち馬を数値を用いて予想したもの(指数)を掲載した競馬新聞を提供するサービスを行っているところ、本件は、原告が、
(1)被告らが、共謀の上、@被告P1及び被告P2が、原告に在職中、本件情報が保存されたパソコン等を原告事務所から持ち出した行為が不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号又は7号の不正競争に該当する、A被告会社が、本件プログラム及び本件ブログを利用して競馬新聞を作成し、顧客に提供した行為が原告の著作権(公衆送信権、送信可能化権、複製権及び翻案権)を侵害する、と主張し、被告らに対し、連帯して、不競法3条又は著作権法112条に基づき、本件情報及び本件プログラムの全部又は一部の使用等の差止め及び廃棄等を求めるとともに、不競法4条又は民法709条に基づき、損害合計3960万8184円及びこれに対する前記各行為後の日(各訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め、
(2)被告会社、被告P1及び被告P2が、共謀の上、被告会社が原告に対して分配すべき売上金の一部を隠匿するなどして原告への支払を免れた行為が共同不法行為を構成すると主張し、同被告らに対し、民法709条及び719条1項に基づき、損害合計1598万7468円及びこれに対する前同様の遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実及び証拠(枝番号があるものは、特に明示する場合を除き各枝番号を含む。以下同じ。)により容易に認定できる事実)
(1)当事者
ア 原告
 原告は、インターネットを利用した競馬情報の提供等を目的とする株式会社である(甲1)。
イ 被告会社
 被告会社は、インターネットを利用した各種情報の提供等を目的とする株式会社であり、平成18年2月の設立時から、被告P1が代表取締役を務めている。原告の取締役であるP4及び原告の従業員であるP5は、令和元年7月31日まで、被告会社の取締役を務めており、その頃まで、被告会社の所在地は原告と同一であった(甲1、2)。
ウ 被告P1及び被告P2
 被告P1は、平成17年1月頃から原告の事務所に出入りするようになり、その後、原告の従業員となった。
 被告P2は、平成19年3月頃に原告の従業員となった。
エ 被告P3
 被告P3は、インターネットを利用した各種情報提供サービス等を目的とする株式会社TDSの代表取締役であり、競馬情報の提供をしている(甲21)。
(2)原告及び被告会社の業務内容
 原告及び被告会社は、日本中央競馬会(JRA)が公開しているデータ等を基礎資料とし、所定の評価、調整等を加えた上計算することにより、競馬の勝ち馬を数値を用いて予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で、同指数を掲載した競馬新聞を提供している。原告では、当該指数をIDMと称し、被告会社ではハイブリッド指数と称している。また、被告会社は、ハイブリッド指数を掲載した、ハイブリッド競馬新聞及び地方競馬新聞であるマキシマム競馬新聞(以下、これらを併せて「被告各新聞」と総称することがある。)を提供している。
(3)IDM
 IDMには、IDM予想値とIDM結果値とがある。IDM予想値とは、各出走馬の当該レース前の勝利指数の予想値であり、競馬新聞に掲載される指数である。IDM結果値とは、各出走馬について、レース後に実際のレース結果により算定・評価し直した勝利指数であり、蓄積されたIDM結果値が今後のレース予想の基礎資料として使用される。
 IDMは、当該馬の能力値(素点)に、観察者が馬自体の観察やレース内容、条件等の観察によって評価した種々の要素を加えた結果算出される数値である。
(4)被告会社、被告P1及び被告P2の行為
 被告会社は、設立以来、原告の事務所を間借りし、原告の設備等を共用していたところ、被告P1及び被告P2は、令和元年10月27日深夜から同月28日未明にかけて、被告会社が使用していたパソコン(以下「本件パソコン」という。)やその他の私物を持ち出し、被告会社の事務所を原告の事務所内から移転させた。被告会社は、その後、同年11月3日に実施されたレースについてハイブリッド指数等を掲載したハイブリッド競馬新聞を発行した(甲6)。
 被告ら訴訟代理人は、原告代表者及びP4に対し、令和元年10月25日付けの通告書を送付し、被告P1及び被告P2は、同年11月11日をもって原告を退職する旨を通知し、被告P1及び被告P2は、その頃、原告を退職した(甲4、5)。
3 争点
(1)不競法違反(争点1)
ア 本件情報は営業秘密(不競法2条6項)に当たるか(争点1−1)
イ 被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(同条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)か(争点1−2)
(2)著作権法違反(争点2)
ア 本件プログラム及び本件ブログは原告の著作物であるか(争点2−1)
イ 被告らは本件プログラム及び本件ブログに係る著作権を侵害したか(争点2−2)
(3)被告会社、被告P1及び被告P2に利益分配に係る共同不法行為があったか(争点3)
(4)損害の発生及びその額(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(本件情報は営業秘密(不競法2条6項)に当たるか)について
【原告の主張】
 以下のとおり、本件情報は営業秘密に当たる。
(1)秘密管理性があること
 原告は、本件情報を原告事務所内のコンピュータ及びサーバーに格納して管理しており、ID及びパスワードを付与された従業員以外の者は本件情報にアクセスできないほか、従業員が退職した場合は、当該パスワードを変更している。
(2)非公知性があること
 本件情報は、原告事務所内で独自に開発されたものであり、公開されていない。
(3)有用性があること
 本件情報を用いれば、正確な勝ち馬予想、競馬新聞作成、顧客管理及びインターネット経由の電子決済を簡便、短期に行うことができる。
【被告らの主張】
 原告が従業員にID及びパスワードを付与していたことは認めるが、原告は、全従業員に対し、同一のIDとパスワードを付与していたから、従業員は簡単に本件情報にアクセスすることができた。
 したがって、本件情報は営業秘密に当たらない。
2 争点1−2(被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)か)について
【原告の主張】
(1)原告は、原告の顧客とは異なる層の顧客を開拓するため、低額な会費で情報の質を少し落とした競馬新聞を提供することを目的として、被告会社を設立した。被告会社は、登記簿上の代表取締役が原告の従業員である被告P1であり、その役員も原告の役員及び従業員が兼務しているほか、他の従業員はいない。
 また、原告の従業員が、本件情報や原告の施設等を利用して被告各新聞を作成し顧客に提供していた。したがって、被告会社は、実質的には原告の一販売部門にすぎず、被告会社が保有するデータ、ノウハウ、利益等は全て原告に帰属する。
 一方、原告は、従業員のやる気を喚起するために、従業員としての地位を有する限り、利益の7割を原告に支払うことを条件として、従業員に対し、本件情報やその他原告が保有するノウハウ等の使用を認めていた。原告は、被告P1との間でも、被告各新聞に係る被告会社の利益の7割を原告に支払うことで、本件情報等を被告会社が使用することを許諾する旨の合意をし、さらに、平成20年12月以降は、ハイブリッド競馬新聞に係る被告会社の利益の7.5割を原告に支払うことに変更する旨の合意をした(以下、変更後を含めて「利益分配契約」という。)。
 以上から、被告会社は、利益分配契約に基づき、原告に属する本件情報を使用していた。
(2)原告は、本件情報のうち、別紙情報・プログラム目録記載1ないし5の情報を本件パソコンに保存し、同目録記載6の情報(顧客管理名簿)を本件パソコン用のレンタルサーバー(以下「本件サーバー」という。)上のハードディスクに保存していた。そうであるところ、被告らは共謀の上、被告P1及び被告P2が、原告に在職中の令和元年10月27日の深夜から同月28日の未明にかけて、本件パソコン自体及び本件サーバー上のハードディスクにアクセスするための情報を持ち出し、被告会社が、本件情報を使用して算出したハイブリッド指数を掲載した被告各新聞を作成し、同年11月1日、顧客に提供した。
(3)被告会社、被告P1及び被告P2は、本件情報へのアクセス権を有しており、また、被告会社及び被告P1は、利益分配契約に基づく本件情報等の使用権を有していたが、これらの権利は、原告の従業員として原告の利益に資する限度で認められたものであるから、原告の従業員の地位を失った場合や背信的態様での使用等をする場合についてまで許諾されるものではない。したがって、被告P1及び被告P2が本件パソコン等を持ち出した行為は、不正の手段により本件情報を取得したものであり、本件情報を使用して被告会社が被告各新聞を作成等した行為は、営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密の使用又は開示行為に当たる(不競法2条1項4号)。
 仮に、被告会社の設立時から、被告会社が本件情報を使用しており、当時、被告会社、被告P1及び被告P2に本件情報のアクセス権等があった場合は、被告P1及び被告P2が本件パソコン等を持ち出した行為等は、図利加害目的で本件情報を使用又は開示する行為(同項7号)に当たる。
(4)以上から、被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)といえる。
【被告らの主張】
(1)被告P1は、日本一精度の高い競馬新聞の作成を目標に研究を重ね、ハイブリッド指数、推定3ハロン、上がり順位等の10種類にも及ぶオリジナルデータを開発し、平成17年10月、これらによって算出したハイブリッド指数を掲載したハイブリッド競馬新聞を完成させ、自身のブログにおいて無料公開し、被告会社設立後は、被告会社が被告各新聞を作成し、顧客に提供した。したがって、被告各新聞は、被告P1が開発したハイブリッド指数を掲載したものであって、被告会社が、本件情報を使用したことはないし、被告会社所有の本件パソコンに本件情報が保存されていたこともない。
 また、被告P1は、平成18年2月20日、資本金200万円を全額出資して被告会社を設立し、その発行済み株式の全てを現在に至るまで保有している。
 したがって、被告会社は、被告P1が設立した法人であり、原告とは独立したものである。
(2)原告は、原告と被告P1が利益分配契約を締結した旨を主張するが否認する。被告会社がその利益の7割又は7.5割を原告に支払っていたのは、P4及びP5からその支払を強制されたことによるものである。すなわち、被告P1は、平成20年5月にハイブリッド競馬新聞を有料化することを決め、P4に対しその旨を報告したところ、P4及びP5は、被告P1に対し、売上から経費を控除した額の7割を原告に支払うことを命令し、被告P1が当該金員を支払う理由がない旨を説明すると、「文句があるんやったら辞めたらええねん。」「ただ、うちを辞めたらお前は競馬の仕事で飯が食われへんようになるのを覚えとけよ。」「うちにはややこしい人がいっぱいいるし、お前をどうするかなんか簡単やぞ。」「お前が警察に行ったら、お前の家族がどうなっても知らんからな。」などと語気強く数時間にも亘り脅し続けた。被告P1は、P4らの要求を拒否することができず、言われるままにその金員を支払っていたところ、平成20年12月になると、P4らの要求は加速し、利益の7.5割を支払うよう命令してきた。被告P1は、一度は反対の姿勢を見せたものの、P4らは「払わんのやったら、俺は知らんで。お前はこの世界では生きていかれへんようになるし、お前や家族もどうなるか知らんで。」と再び脅され、歯向かうことができなかった。その結果、被告P1は、原告に対し、約12年間の間に合計約4億1200万円もの大金の支払を強制された。
(3)以上から、被告らは、本件情報を不正の手段により取得等しておらず(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用していない(同項7号)。
3 争点2−1(本件プログラム及び本件ブログは原告の著作物であるか)について
【原告の主張】
(1)本件プログラム(IDM指数作成プログラム及び指数作成手法)が原告の著作物であること
 原告は、競馬のレースが終了した後に、種々の情報から原告が考慮事由として独自に抽出した多数の項目(IDM構成要素)につき、原告が独自に数値化した点数を計算要素としてIDM結果値を算出する。そして、条件の異なる各レースについて総合評点で比較をするためには、それぞれのレース結果に補正を加える必要があるところ、IDM結果値作成方法の具体例としては、素点、ペース、ハンデ補正、出遅れ補正、不利補正、位置取り補正及びレース内容補正の各IDM構成要素を数値化したものを加えて計算する方法があり、各IDM構成要素自体についてもそれぞれ計算式が存在する。
 IDM指数作成プログラムは、IDM結果値を算出するプログラムであり、●省略●であって、これらの点に創作性が認められる。
 したがって、本件プログラムは、原告のプログラムの著作物である。
(2)本件ブログが原告の著作物であること
 本件ブログは、競馬界で全くの無名であった被告P1の知名度を上げてハイブリッド競馬新聞の売上を伸ばすために、競馬界で著名なP4とタッグを組み、ハイブリッド競馬新聞にブログを掲載するという原告の営業戦略の下、令和2年10月28日までに原告が作成したものである。
 したがって、本件ブログは、原告の著作物である。
【被告らの主張】
(1)本件プログラムが著作物でないこと
 プログラムの著作物性が認められるためには、電子計算機であるデジタルコンピュータを制御して用いること、ある一つの結果を得ることができるようにコンピュータに対する指令を組み合わせていることが必要であるところ、処理の手順はアイデアにすぎず、著作物性は認められない。
 本件プログラムは、原告独自の主観、経験、勘等に基づく分析を要する作業手順というアイデアにしたがって、既存のソフトウェアであるエクセル及びアクセスによって計算するものにすぎない。
 したがって、本件プログラムは著作物でない。
(2)本件ブログが原告の著作物でないこと
 本件ブログは、被告P1が作成したものであるから、原告の著作物でない。
4 争点2−2(被告らは本件プログラム及び本件ブログに係る著作権を侵害したか)について
【原告の主張】
(1)被告会社は、原告の意思に反して、本件プログラムを用いてハイブリッド指数を算出し、これを基に被告各新聞を作成しているところ、かかる行為は、原告が有する本件プログラムの著作権(公衆送信権及び送信可能化権)を侵害するものである。
 また、被告会社、被告P1及び被告P2は、原告の意思に反して、原告の業務に必要な範囲を超えて本件プログラムを利用しているところ、かかる行為は、原告が有する本件プログラムの著作権(複製権及び翻案権)を侵害するものである。
(2)被告会社は、原告の意思に反して、本件ブログを公衆に送信し、送信可能な状態に置いたところ、かかる行為は、原告が有する本件ブログの著作権(公衆送信権及び送信可能化権)を侵害するものである。
 また、原告は、被告会社、被告P1及び被告P2は、原告の意思に反して、原告の業務に必要な範囲を超えて本件ブログを利用しているところ、かかる行為は、原告が有する本件ブログの著作権(複製権)を侵害するものである。
(3)以上から、被告らは本件プログラム及び本件ブログに係る著作権を侵害した。
【被告らの主張】
 著作権侵害が認められるためには、被告らの著作物が原告の著作物と実質的に類似していること、被告会社が原告の著作物にアクセス可能であったことが必要である。
 IDM予想値及びIDM結果値は、被告会社のハイブリッド指数に基づく結果値及び予想値と異なっていることから、本件プログラムと被告会社が使用しているものは類似性がない。また、原告は、平成15年及び平成22年10月にそれぞれ販売が終了したアクセス97及びウィンドウズXPのソフトを使用して指数計算をしているのに対し、被告会社では、常に最新のウィンドウズサーバー及びSQLサーバーを使用して指数計算をしていること、そもそも、IDM構成要素データ等は、原告独自の経験等を踏まえて作成され、日々変動し更新されるものであって、被告会社がこれらを取得することはできないことから、被告会社が本件プログラムにアクセスすることはできない。
 したがって、被告らは本件プログラムの著作権を侵害していない。
5 争点3(被告会社、被告P1及び被告P2に利益分配に係る共同不法行為が成立するか)について
【原告の主張】
 被告会社、被告P1及び被告P2は、共謀の上、被告会社が、利益分配契約に基づき、原告に対して経費を適正に支出し売上金を開示すべき義務を負っていたにもかかわらず、経費を水増しし、また、売上金を隠匿して、原告に支払うべき利益の支払を不当に免れた。同被告らのかかる行為は、原告の被告会社に対する利益分配契約に基づく利益支払請求権を侵害するものであり、共同不法行為を構成する。
【被告らの主張】
 前記2【被告らの主張】(2)のとおり、被告会社が原告に対して利益の一部を支払っていたのは、P4らに強制されたことによるものであって、利益分配契約自体が存在しない。したがって、原告の被告会社に対する利益支払請求権は存在せず、被告会社、被告P1及び被告P2の行為が共同不法行為を構成する余地はない。
6 争点4(損害の発生及びその額)について
【原告の主張】
(1)不正競争行為及び著作権侵害行為に基づく損害3960万8184円
ア ハイブリッド競馬新聞について
 被告らが本件情報の不正取得行為を行った後の令和元年11月から令和2年5月までの間に、被告会社には3820万8184円の利益があったと推計され、原告は同額の損害を受けたと推定される(不競法5条2項、著作権法114条2項)。
イ マキシマム競馬新聞について
 被告らが本件情報の不正取得行為を行った後の令和元年11月から令和2年5月までの間に、被告会社には140万円の利益があったと推計され、原告は同額の損害を受けたと推定される(不競法5条2項、著作権法114条2項)。
(2)利益分配に係る共同不法行為に基づく損害1098万7468円
ア ハイブリッド競馬新聞について
 被告会社作成の計算報告書によれば、令和元年度の1月から8月までの被告会社の利益額合計は4366万6497円であり、月額平均は545万8312円である。令和元年9月及び10月の被告会社の利益は合計1091万6624円と推計され、原告は、この7割5分に当たる818万7468円の損害を被った。
イ マキシマム競馬新聞について
 マキシマム競馬新聞の1か月の売上額は約20万円を下らず、有料配信となった平成30年3月から令和元年10月までの売上合計は400万円と推計され、原告はこの7割に当たる280万円の損害を被った。
(3)弁護士費用500万円
 被告らの行為と相当因果関係のある弁護士費用は500万円を下らない。
(4)以上から、原告は、被告P3に対し、前記(1)の3960万8184円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、被告会社、被告P1及び被告P2に対し、前記(1)ないし(3)の合計5559万5652円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払(各請求の重なる限度で被告P3についても連帯支払)を求める。
 また、原告は、被告らに対し、前記第1の1ないし8記載のとおり、本件情報等の差止め等を求める。
【被告らの主張】
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)被告P1は、P4と知り合ったことを契機として、平成17年1月頃から原告に出入りするようになり、P4との対談形式で競馬情報を発信するブログを開設した(甲30)。
(2)被告P1は、平成18年2月15日及び同年3月8日の2回にわたり、被告会社の資本金200万円を全額出資し、同年2月20日に被告会社を設立した。被告P1は、被告会社の設立時から、被告会社の唯一の株主であり、被告会社と原告との間に資本関係等はない。(以上につき、甲2、乙7〜11の1)。
(3)被告P1及びP4は、平成18年6月1日、原告の監修、共著という形式で前記(1)のブログを書籍(以下「本件書籍」という。)にして発行した。本籍書籍の帯部分には「京大卒の秀才・P1と馬見の天才・P4が作り上げた噂のモンスターブログ「P1VSP4」が一冊の本として登場!P1が素人目線に立って様々な角度からぶつける質問を、P4が詳細な写真&イラストを使って対話形式で解説しているから抜群にわかりやすい!」との記載がある。また、著者の紹介欄には、被告P1について、原告入社後は、P4の英才教育の下、ひたすら現場修行(脚元担当)に励む日々、毎週の栗東トレセン取材では、馬見の天才である原告代表者の下で馬見の勉強中である旨、P4について、キャリア30余年にしてようやく馬体の極意を掴み、現在も徹底した現場主義を貫き通して毎週第1レースからの競馬場通いを欠かさない旨の記載がある。そして、本件書籍の第5章「ハイブリッド新聞」の第1話「〜走破タイムの見破り方〜」には、被告P1が「それでは「馬体編」の方はとりあえずこの辺でおいといて、次に時計の見方を解説させてもらいます」と発言し、P4が「先生、ホナ次はわしが聞く番ですな。競馬に勝とうと思ったら馬体だけでもあかんからな。時計の方は数字得意な先生に任せますわ」と発言した記載があり、その後、被告P1が「自分で作った「ハイブリッド新聞」という新聞を使って説明させてもらいます」として、ハイブリッド新聞に記載された走破タイムやハイブリッド指数について説明した内容が記載されている。(以上につき、乙1)。
(4)被告P1は、その後も、単著又は第三者との共著で、「〈京大式〉パドック入門」(平成19年5月31日発行)、「京大式推定3ハロン」(平成23年9月15日発行)、「京大式超オイシイ!馬券の選び方」(平成24年9月20日発行)等の書籍を17冊出版した(乙2)。
 また、被告P1は、平成21年9月11日付けのスポーツ新聞において、推定3ハロンを考案した被告P1による、データコラム「京大式・推定3ハロン」がスタートする旨、被告P1は、4年前から、競馬ブログ「ハイブリッド競馬新聞」で推定3ハロン等のデータを公開しており、ハイブリッド競馬新聞において全レースの推定3ハロンを公開している旨の記事が掲載された(乙4)。
(5)原告は、IDM指数を決定する基礎となるデータベースを基本的にマイクロソフトアクセス97で作成し、令和4年12月の段階でもこれを使用している(甲28、証人P5)。
 被告会社においては、被告P1がソフトウェアに詳しい被告P2などに、データベースや新聞発行のシステム構築をしてもらっており、遅くともウィンドウズXPのサポート終了が周知された平成25年頃以降は、原告が使用するものとは異なるソフトウェアを使用している(被告P1本人)。
2 争点1−2(被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)か)について
 事案に鑑み争点1−2を判断する。
(1)原告は、本件情報を本件パソコン及び本件サーバー上のハードディスクに保存していたことを前提として、被告P1及び被告P2が本件パソコン等を持ち出した行為が不競法2条1項4号又は7号に当たる旨を主張する。
 しかし、本件パソコン及び本件サーバー上のハードディスクに本件情報の全部又は一部が保存されていたことを裏付ける的確な証拠はない。また、前記1(3)(4)の本件書籍の記載内容や被告P1の出版物の内容等に照らすと、被告P1は、過去のデータを通して、自らが考案した推定3ハロンやハイブリッド指数などの概念を用いて勝ち馬を予想する知識やノウハウ等を有し、これを活用して原告の活動とは別個の勝ち馬予想や著作等の活動を行ってきたことが認められる。
 これに加え、前記1(2)のとおり、被告会社は、資本金全額を出資した被告P1により設立され、原告との資本関係等はないことから、原告とは独立した法人であるものと認められるところ、被告P1は、原告を退職するまでの間、原告の従業員としての地位と被告会社の代表取締役としての地位とを併存して有している状態にあり、原告は、被告P1ないし被告会社の活動等に関しては、後記の利益の7割ないし7割5分の金銭の支払を要求するほかには、指揮命令を行ったり、その業務管理を明確に行ったりしていたとはうかがえない(原告代表者本人のこの点の供述は、主観的、抽象的なものにとどまり、これを裏付ける客観的証拠もなく、採用できない。)ことも勘案すると、被告P1が従事した業務が明確に原告のものであるものを除き、ハイブリッド新聞の発行やそのためのシステムの整備などは被告会社独自のものであったというべきである。そして、これらの事情に照らすと、被告会社が、原告に属する本件情報の全部又は一部を本件パソコン及び本件サーバー上のハードディスクに保存していたとは認められないことはもとより、被告P1らが本件パソコンその他の私物を持ち出した前後を通じ、被告らが本件情報を使用等していたものとは認めるに足りない。
 したがって、本件情報の使用等に関し、被告らが不競法2条1項4号又は7号に当たる行為をしたものとは認められない。
(2)これに対し、原告は、被告会社は、利益分配契約に基づき原告に属する本件情報を使用していた旨を主張する。
 しかし、利益分配契約の締結を裏付ける契約書その他の客観的証拠は存在しないことに加え、前記(1)のとおり、原告と被告会社には資本関係等はなく、被告P1には勝ち馬予想に関する知識やノウハウ等があったことから、被告会社にとって過大な負担となる利益分配契約を締結すべき合理的理由は見当たらない。これらの諸事情に照らすと、原告が、被告P1との間で、利益分配契約を締結したものとは認められない。確かに、被告P1が、被告会社の利益の7割又は7.5割相当の金員を原告に支払っていたことは当事者間に争いがなく、証拠(甲36、37)及び弁論の全趣旨によれば、被告P1が、原告の関係者に対し、被告会社の利益の一部を支払う旨のメールを送信していることが認められる。しかし、これは、被告会社が、原告の事務所を間借りし、原告の設備等を共用していたこと(前提事実(4))や、被告P1がP4及び原告代表者から馬見のノウハウ等の教示を受けていたこと(前記1(3))等に対して恩義を感じていたこと、さらに、仮に、原告に対する利益の支払を拒否して原告と敵対すると、被告会社が原告の事務所を間借りしていることが原告の賃貸借契約の解除事由となって、退去費用等を負担させられる可能性があることや競馬業界で仕事ができなくなる可能性があることを恐れたこと(乙13)等から言われるまま原告の要求に応じていたことによるものと認められ、被告P1においてこれに応じないときになお給付を強制し得るものということはできず、これらの事情があることは、前記認定を左右しない。
(3)以上から、被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)とはいえず、この点についての原告の主張は理由がない。
3 争点2−1(本件プログラム及び本件ブログは原告の著作物であるか)について
(1)本件プログラム(IDM指数作成プログラム及び指数作成手法)について
 著作権法上の「プログラム」は、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」をいい(著作権法2条1項10号の2)、プログラムをプログラムの著作物(同法10条1項9号)として保護するためには、プログラムの具体的記述に作成者の思想又は感情が創作的に表現され、その作成者の個性が表れていること、すなわち、プログラムの具体的記述において、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れていることが必要であると解される。
 本件についてこれをみるに、証拠(甲7、28、52、61、62)及び弁論の全趣旨によれば、IDMは、●省略●そうすると、原告が創作性があると主張する、IDM構成要素の選択やその数値化等はプログラムの具体的記述の前提となるアイデアにすぎず、本件プログラムのうちプログラムの具体的記述に該当する部分は、単純な加減乗(除)の部分であるというべきであり、その指令の表現自体は上記アイデアと一体のものであって、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に作成者の個性が表れているとはいえない。
(2)本件ブログについて
 証拠(甲13)及び弁論の全趣旨によれば、本件ブログの標題部分には「ハイブリッド京大式スピード指数P1VSカリスマ馬券師P4馬券対決+競馬研究ブログ」の記載があり、本文にはハイブリッド競馬新聞の定期購読の案内や同新聞の見方等が、右端部分の情報記載欄には被告P1及びP4の紹介や両名の出版物、ブログ「JRDV.sp」の紹介、リンク集等の掲載があり、各ページのトップには「ハイブリッド競馬新聞〜オリジナルデータ満載の競馬新聞、全場・全レース、月1,000円でご利用になれます〜」との記載があることが認められる。そうすると、本件ブログは、主としてハイブリッド競馬新聞を広告、紹介するブログであるものと認められ、その発行者である被告会社が作成したものであることが推認される。その他、本件ブログの作成者が原告であることをうかがわせる証拠はない。
(3)以上から、本件プログラム及び本件ブログは、いずれも原告の著作物であるとは認められず、この点に関する原告の主張には理由がない。
4 争点3(被告会社、被告P1及び被告P2に利益分配に係る共同不法行為が成立するか)について
 原告は、被告会社が、利益分配契約に基づき、原告に対して経費を適正に支出し売上金を開示すべき義務を負っていたことを指摘して、被告会社、被告P1及び被告P2が原告に支払うべき利益を不当に免れた行為は、共同不法行為を構成する旨を主張する。
 しかし、前記2(2)のとおり、法的拘束力を持つ利益分売契約の締結の事実自体が認められず、債権侵害行為自体がないから、原告の主張はその前提を欠く。
 したがって、被告会社、被告P1及び被告P2に利益分配に係る共同不法行為は成立せず、この点に関する原告の主張には理由がない。
第5 結論
 以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
 よって、原告の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 松阿彌隆
 裁判官 峯健一郎
 裁判官 杉浦一輝は、転補のため、署名押印することができない。
裁判長裁判官 松阿彌隆


(別紙)情報・プログラム目録
1 IDM指数作成プログラム及び指数作成手法
 システム名称 指数作成プログラム
 対象ハードウェア ウィンドウズパソコン
 OS ウィンドウズ
 開発言語 VBA(エクセル、アクセス)
 システム機能 指数入力、分析、計算、データベース
 開発者 原告
2 デジタル競馬新聞作成システムプログラム
 システム名称 デジタル競馬新聞作成システム
 対象ハードウェア ウィンドウズパソコン、サーバー
 OS ウィンドウズ、ユニックス(FreeBSD)
 開発言語 JAVA、PHP、C#、Javascript
 システム機能 新聞作成、番組メニュー
 開発者 原告
3 顧客管理システムプログラム
 システム名称 顧客管理システム
 対象ハードウェア ウィンドウズパソコン
 OS ウィンドウズ、ユニックス(FreeBSD、CentOS)
 開発言語 VBA(アクセス)、PHP
 システム機能 顧客データベース、顧客サポート支援
 開発者 原告
4 ちょコムダイレクト決済対応プログラム
 システム名称 ハイブリッド−ちょコム連結決算顧客システム
 開発期間 平成22年11月1日から平成28年7月31日
 対象ハードウェア ウィンドウズパソコン、ウェブサーバー
 OS ウィンドウズ、ユニックス(FreeBSD、CentOS)
 開発言語 VBA(アクセス)、PHP
 システム機能 オンライン決済、バッチ決済
 開発者 原告
5 IDM構成要素データ
 別紙IDM構成要素データ.txt記載のとおり
6 顧客管理名簿
 データ名称 ちょコムハイブリッド顧客データ(chocom_hybrid_member)
 別紙ハイブリッド顧客名簿記載のとおり
7 ハイブリッド競馬新聞ブログ「P1VSP4 馬券対決+競馬研究ブログ」
 ウェブページの名称「P1VSP4 馬券対決+競馬研究ブログ」
 URL http://blog.P1-vs-P4.com/blog/
 http://blog.P1-vs-P4.com/
 以上

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