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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件L
【年月日】令和5年3月24日
 東京地裁 令和3年(ワ)第26194号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年12月13日)

判決
原告 株式会社ケイ・エム・プロデュース
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
角地山宗行
被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 五島丈裕


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求等
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各情報」という。)を開示せよ。
2 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は,原告が、被告に対し、原告が著作権を有する別紙動画目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)の複製物を送信可能化した複数の者がそれぞれ被告の提供するプロバイダを経由して通信を行い、原告の各著作権(公衆送信権)が侵害されたところ、損害賠償請求権等の行使のために必要であると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項所定の発信者情報開示請求権に基づき、上記の各権利侵害に係る発信者情報である本件各情報の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実。証拠は文末に括弧で付記した。なお,書証は特記しない限り枝番を全て含む。以下同じ。)
(1)原告は、映像の企画、制作等を目的とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社である。(争いがない事実)
(2)ビットトレントとは、ビットトレントインク(BitTorrent,Inc.)が提供するP2P(ピアツーピア)方式のファイルの共有及び交換を行うためのソフトである。
 ビットトレントにおいては、中央サーバーを介さず、個々の使用者の間で相互に直接ファイルが共有される。すなわち、特定のファイルを取得した使用者は、ピアとしてファイルの提供者の一覧であるトラッカーに登録され、他の使用者から要求を受けた場合には、自己の使用する端末に保存した当該ファイルを送信して提供しなければならない。具体的には、特定のファイルをダウンロードし、自己の端末に保存すると、当該端末の電源が入っていてインターネットに接続されている限り、当該ファイルの送信を要求した不特定の者に対し、当該端末に保存された当該ファイルを自動的に直接送信する状態となる。
 ビットトレントにおいて特定のファイルを得ようとする場合には、トラッカーサイトと呼ばれるウェブサイトに接続して、当該ファイルに関する情報が記載されたトレントファイルを取得する。そして、トレントファイルに含まれるリンクからトラッカーサーバーに接続して、当該ファイルの提供者であるピアのアイ・ピー・アドレスが記載されたリストを取得し、これらに接続して、当該ピアから、当該ピアが使用する端末に保存した当該ファイルの送信を受ける。
(本項につき、甲3、弁論の全趣旨)
(3)ア 本件各動画は著作物であり、原告はその各著作権を有する。(甲1、2)
イ 原告は、調査会社が以下のような調査を行ったと説明する。
 株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)は、独自に著作権侵害検知システムのソフトウェア(以下「本件ソフト」という。)を開発し、本件ソフトを用いて、ビットトレントにおいて本件各動画の複製物であるファイル(以下「本件各ファイル」という。)の共有及び交換がされているかの調査(以下「本件調査」という。)を行った。
 本件調査会社は、トラッカーサーバーから、本件各ファイルの提供者であるとされたピアが使用しているものとして、別紙各通信目録の「IPアドレス」欄記載の各アイ・ピー・アドレス(以下「本件各IPアドレス」という。)を含むアイ・ピー・アドレスが記載されたリストを取得し、令和3年2月から同年10月までの間、そのアイ・ピー・アドレスに接続し接続先から応答があることを確認する各通信を行った。その中には、本件各IPアドレスに接続し、同目録の「発信時刻」欄記載の各時刻(以下「本件各時刻」という。)頃に接続先から応答があることを確認する各通信(以下「本件各通信」という。)が含まれる。
 本件調査会社は、これらの各応答確認をもってそれぞれの調査を終了したため、各接続先から本件各動画の複製物である本件各ファイルを受信していない。
 なお、本件ソフトは、プロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドラインにおける認定システムではない。
(本項につき、弁論の全趣旨)
ウ 被告は、本件各時刻に本件各IPアドレスを割り当てられた各電気通信設備を用いており、被告から本件各時刻に同各電気通信設備を電気通信の用に供された者の氏名等に係る本件各情報を保有している。(争いがない事実)
2 争点及び争点に関する当事者の主張
 本件の争点は次のとおりである。
@本件各通信による情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことが明らかといえるか。
A本件各情報が原告の権利の侵害に係る発信者情報であるか。
B原告に本件各情報の開示を受けるべき正当な理由があるか。
(1)争点@(本件各通信による情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことが明らかといえるか。)
(原告の主張)
 本件各時刻に本件各IPアドレスを使用していた者が、本件各通信による情報の流通によって原告の本件各動画についての著作権(公衆送信権)を侵害したことは明らかである。
ア ビットトレントにおいては、トラッカーサーバーから他のピアのリストを取得して、他のピアとの間でファイルの断片を相互に送受信するという一連の流れの通信によりファイルの共有及び交換がされるから、この一連の流れの通信は、「不特定の者によって受信されることを目的とする」「特定電気通信」に該当する。
イ 本件調査会社は、トラッカーサーバーから、本件各ファイルの提供者であるとされたピアが使用しているものとして本件各IPアドレスの提供を受け、その後、本件各IPアドレスに接続して本件各通信により応答確認を行ったところ、本件各IPアドレスを使用していた者は、特定電気通信である本件各通信により、本件各時刻に本件調査会社に応答して、本件各ファイルを他の利用者に自動的に直接送信できるようにしたものであり、仮にそうでないとしても、本件各時刻までに、トラッカーサーバーから他のピアのリストを取得して、他のピアとの間でファイルの断片を相互に送受信するという特定電気通信である一連の流れの通信により、本件各ファイルを自己の使用する端末に保存して他の利用者に自動的に直接送信できるようにしていた。
 すなわち、ビットトレントを用いたファイル交換等では、トラッカーにアクセスすることによってビットトレントネットワークに参加している他のピアに接続するために必要な情報を取得した後、同情報に基づいて当該ピアと通信して、同ピアが必要とするピースを保有しているときには、当該ピアからピースをダウンロードすることになる。当該ピアとの通信では、「HANDSHAKE」、「BITFIELD」、「UNCHOKE」等の通信を経て当該ピアからのピースのダウンロードが開始される。
 本件調査会社は、ビットトレントネットワークを監視する独自の本件ソフトを開発した。本件ソフトを用いた監視では、ビットトレントネットワークに参加する他のコンピューターと同様に、監視対象となるファイルのトレントファイル等を用いて対応するトラッカーにアクセスして、ビットトレントネットワークに参加しているピアのIPアドレス等の情報を取得する。監視ソフトは、同情報に基づいて、同ネットワーク上のピアとの間で、前記「HANDSHAKE」、「BITFIELD」、「UNCHOKE」等の通信を行い、監視ソフトに対してピースのデータの送信がされる前の通信である「UNCHOKE」の通信が行われた時点でそれ以上の通信を中止する(したがって、当該ファイルに係るピースが監視ソフトを導入したコンピューターにダウンロードされることはない。)。本件ソフトでは、「BITFIELD」の通信で通信相手のピアが当該ファイルのピースを保有していることを確認し、その後に行われる「UNCHOKE」の通信の時刻を自動的に記録する仕様になっている。本件各時刻は、通信相手のピアとの間で「UNCHOKE」の通信が行われた時刻であり、本件各IPアドレス及び別紙各通信目録の「ポート番号」欄記載の各ポート番号はこのときの通信に係る通信相手のピアの「IPアドレス」及び「ポート番号」である。本件ソフトがデータベースに侵害者として記録するのは前記「HANDSHAKE」、「BITFIELD」、「UNCHOKE」等の通信を全て行ったピアのみである。
 本件ソフトが上記のとおり動作することは種々の動作試験の結果から認められる。本件調査会社は、本件調査の結果に存在自体が認められない通信が含まれる等の被告が主張する各事象が発生し得ることの原因は思い当たらない。
(被告の主張)
 本件各通信による情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことは明らかとはいえない。
ア そもそも、本件各通信は、特定の者から本件調査会社に対するものであって「不特定の者によって受信されることを目的とする」「特定電気通信」に該当しない。この点を措くとしても、接続に対して応答するためのアンチョークと呼ばれる通信が、最終的に不特定の者によって受信されることを目的とする情報の流通行為に不可欠な通信であることも明らかではない。
イ 本件各通信は、本件調査会社が接続したのに対して応答したという通信であって、本件各ファイルの全部又は断片を自動公衆送信したり、公衆送信用記録媒体に本件各ファイルの全部又は断片をアップロードしたりする等の通信ではなく、本件各通信「による情報の流通によって」原告の本件各動画についての著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかであるとはいえない。
ウ また、本件調査会社による本件調査はおよそ信用できない。
 本件調査会社の用いたシステムの仕組み、本件調査の内容等について、本件調査会社の説明を裏付けるものは何ら存在しない。そもそも、本件調査は、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が認定したシステムを使用したものではなく、接続先からファイルを実際にダウンロードして本件動画の複製物である本件各ファイルであるかを確認する作業を行っていない不完全な方法によるものである。本件調査会社は各接続先から応答があることを確認したというにすぎず、各接続先は、本件各通信により、本件各ファイルの全部又は断片を自動公衆送信したり、公衆送信用記録媒体に本件各ファイルの全部又は断片をアップロードしたりしたわけではなく、各接続先が実際に本件各ファイルの全部又は断片を送信したことは明らかでない。
 加えて、本件調査により本件各ファイルの提供者であるピアからの応答確認に係るものであるとして当初原告から示された通信の中には、その存在自体が認められないものが43件あり、このうち1件は技術仕様上契約者に割当てをすることがあり得ないポート番号により特定されたものであった。また、被告から同一のアイ・ピー・アドレスを同時刻に割り当てられた2人の契約者に係る通信について、いずれもビットトレントにおいて無数にあるハッシュ値から同一のハッシュ値を付された同一のファイルのピアとして本件調査会社との間で応答確認がされたとされているものが2組あるほか、被告から同一のアイ・ピー・アドレスの割当てを受けた複数の契約者に係る142個の通信について、ビットトレントにおいて無数にあるハッシュ値から同一のハッシュ値を付された同一のファイルのピアとして本件調査会社との間で応答確認がされたとされているが、そのような事象が起こることは確率的にほとんどあり得ず、誤った記録がされていることが強く推認される。
 また、本件調査会社がトラッカーサーバーから取得したリストに記載されたアイ・ピー・アドレスについて、トラッカーが一定期間情報を保持することにより、本件調査までの間に、通信の終了等によって全く無関係の者に割り当てられているということがあり得、本件調査の結果に存在しない通信が含まれていることに照らしてもその可能性は否定できない。
 以上から、本件調査によって特定された本件各通信の中には、ビットトレントへの接続とはおよそ無関係の契約者に係るものが含まれている可能性が非常に高い。
(2)争点A(本件各情報が原告の権利の侵害に係る発信者情報であるか。)について
(原告の主張)
 本件各IPアドレスを使用していた者は、遅くとも本件各時刻までに、本件各ファイルを自己の使用する端末に保存して他の利用者に自動的に直接送信できるようにしていたから、本件各情報は原告の本件各動画についての公衆送信権の侵害に係る発信者情報である。
(被告の主張)
 プロバイダ責任制限法5条1項による開示請求の相手方は「特定電気通信による情報の流通によって権利を侵害された」とする「当該」特定電気通信を媒介した特定電気役務提供者であり、したがって、開示請求の対象である「当該権利の侵害に係る発信者情報」は「当該」特定電気通信の過程において把握される発信者情報をいうものと解される。
 本件各情報は、本件調査会社が接続したのに対して応答したという通信に係るものであって、本件各ファイルの全部又は断片を自動公衆送信したり、公衆送信用記録媒体に本件各ファイルの全部又は断片をアップロードしたりする等の通信に係るものではなく、原告の本件各動画についての著作権(公衆送信権)を侵害する通信に係るものではないから、本件各通信を媒介したにすぎない被告は開示役務提供者に該当しないし、本件各通信に係る本件各情報は原告の権利の侵害に係る発信者情報ではない。
(3)争点B(原告に本件各情報の開示を受けるべき正当な理由があるか。)について
(原告の主張)
 原告には本件各情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
 本件各情報から特定された発信者が本件各ファイルの全部又は断片を送信したことは明らかではないから、原告がこれらの発信者に損害賠償請求等をすることができるわけではなく、原告が本件各情報を取得する必要性は認められない。また、本件調査に明らかな誤りがあって、本件各情報には無関係な契約者に係るものも含まれている可能性があるのであり、そのような無関係な契約者の名誉や生活の平穏が害されるような請求を認めることは相当ではない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 前提事実、各項末尾に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(1)ビットトレントにおいて、ファイルのデータは「ピース」と呼ばれる断片(実際には更にこれを細分化した「ピースセクション」と呼ばれる断片)に分解され、これらの断片が各ピアに分散される。一つのファイルの完全なデータを保有しているピアをシーダーといい、ファイルの断片のデータのみを保有しているピアをリーチャーという。
 特定のファイルを得ようとする場合に、トラッカーサーバーに接続すると、当該ファイルの提供者であるとされるシーダー及びリーチャーのアイ・ピー・アドレスが記載されたリストが提供される。これらのピアに接続すると、分散された断片が各ピア(シーダー及びリーチャー)から集められ、全ての断片がダウンロードされると元どおりの一つのファイルとして完成される。(本項につき、甲3)
(2)被告の提供するサービスのうちPPPoE方式によるものにおいては、一つのアイ・ピー・アドレスを同時に複数の契約者に割り当てることはなく、アイ・ピー・アドレスとタイムスタンプの組合せにより送信に係る通信ひいては契約者を特定することができ、被告は送信に係る各通信の開始時刻と終0了時刻を保有している。他方、IPoE方式によるものにおいては、一つのアイ・ピー・アドレスを同時に複数の契約者に割り当てており、送信に係る通信ひいては契約者を特定するためには、アイ・ピー・アドレスとタイムスタンプのほか送信元ポート番号が必要となる。送信元ポート番号には、技術仕様上契約者に割り当てていないものが存在する。(乙1)
(3)原告は、本件調査会社は、トラッカーサーバーから、本件各ファイルの提供者であるとされたピアが使用しているものとして、本件各IPアドレスを含むアイ・ピー・アドレスが記載されたリストを取得して、各アイ・ピー・アドレスに接続し応答があることを確認する各通信を行ったと説明する。
 そして、原告は、本件訴えを提起し、上記の各通信に係る記録であるとして、特定のアイ・ピー・アドレス、ポート番号及び時刻の組合せによって特定される各通信について、原告の本件各動画についての著作権侵害に係るものであるとして、氏名等の発信者情報の開示を求めた。現在、原告が本件訴訟の対象としている、別紙各通信目録の「IPアドレス欄」記載の本件各IPアドレス、同「ポート番号」欄記載の各送信元ポート番号及び同「発信時刻」欄記載の本件各時刻の組合せによって特定される各通信も、その中に含まれるものであった。
(4)被告が、本件訴訟において原告から開示を求められた前記の各組合せによって特定される各通信について調査を行ったところ、以下の事実が判明するなどした。
ア PPPoE方式に係る41件及びIPoE方式に係る2件について同組合せによって特定される通信自体がそもそも存在せず、このうちIPoE方式に係る1件については技術仕様上契約者に割り当てていないポート番号が示されていた。原告はこれらの通信についての訴えを取り下げた。
イ IPoE方式に係る2件について、同一のアイ・ピー・アドレスを同時刻に割り当てられた2人の契約者が同一のハッシュ値を付された同一のファイルを共有及び交換している者として特定された。原告はこれらの通信についての訴えを取り下げた。
ウ IPoE方式に係る144件(別紙通信目録(2)記載番号5の1から142を含む。)について、同一のアイ・ピー・アドレスを割り当てられた複数の者が同一のハッシュ値を付された同一のファイルを共有及び交換している者として特定され、このうちの2件(同番号5の57と5の58)は同一のアイ・ピー・アドレスを同時刻に割り当てられた2人の契約者が特定されたというものであった。被告から同一のアイ・ピー・アドレスを割り当てられた複数の契約者が偶然にいずれもビットトレントを使用して同一のハッシュ値を付された同一のファイルを共有及び交換する確率は非常に低く、ほとんど考えられない。
エ PPPoE方式に係る89件(別紙通信目録(7)記載番号5の7から5の95)について、複数の者が約3か月間に和歌山県内においてフレッツ光サービスを利用して同一のハッシュ値を付された同一のファイルを共有及び交換している者として特定されたものの、このうち6件は誤った時刻を記録したために無関係の契約者が特定されたことが明らかであるというものであった。
(本項につき、当裁判所に顕著な事実、乙1、2)
2 争点@(本件各通信による情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことが明らかといえるか。)について
(1)本件ソフト及び本件調査会社が行った調査について、本件調査会社の代表者作成の報告書(甲5、16)には、以下の記載がある。
ア ビットトレントにおいて、トラッカーからビットトレントネットワークに参加しているピアへの接続に必要な情報を得たコンピューター(当該ピアは、ピースの受信と並行して既に保有している別のピースの送信を行う可能性もあるが、以下「受信ピア」という。)は、トラッカーから取得した既にビットトレントネットワークを形成している他のピアのIPアドレス等を用いて当該ピア(当該ピアは、当該ピースの送信と並行して別のピースの受信を行う可能性があるが、以下「送信ピア」という。)に接続して通信を行う。
 受信ピアと送信ピアは、まず、「HANDSHAKE」と呼ばれる通信を行って、受信ピアと送信ピアがファイル交換等の対象ファイルに係るビットトレントネットワークに属するピアであることの確認を行う。続いて、受信ピアから送信ピアに対して「ACK」という通信を行い、その後、受信ピア及び送信ピアで相互に「BITFIELD」という通信を行ってお互いが対象ファイルのどの部分を所持しているかを確認する。
 そして、受信ピアから送信ピアに対して「INTERESTED」という通信を行って送信ピアが保有しているファイルに興味があることを通知し、送信ピアは受信ピアに対して「UNCHOKE」の通信を行って当該ファイルを送信することが可能であることを通知する。(ここまでの一連の通信は「HostCommunicationPhase」と呼ばれている。)。
 続いて、受信ピアは、送信ピアに対して「Request(piece,subpiece)」の通信を行い、これに応じて、送信ピアは「Piece」の通信でピースのデータを送信し、受信ピアはこれを受信する。
イ 本件調査会社は、本件ソフトを用いて次のとおりの調査を行った。
(ア)本件ソフトに著作権侵害が疑われる対象ファイルのハッシュ値を登録すると、本件ソフトはトラッカーサイトに公開されている同ハッシュ値に対応するトレントファイル又はトレントファイルに代替するマグネットリンク(以下「トレントファイル等」という。)を取得する。本件ソフトは、トレントファイル等に基づいてトラッカーに30分おきにダウンロードリクエストを行い、トラッカーから当該ファイルに係るピアの一覧(IPアドレス及びポート番号で特定される。)を取得し、これを記録する。
(イ)本件ソフトは、トラッカーから取得したピアの情報を基に当該ピアに接続し、「HostCommunicationPhase」に当たる各通信を実行する。本件ソフトは「BITFIELD」の通信で当該ピアが0より大きいピースを所持していることを判定し、その後行われる「HostCommunicationPhase」の各通信の最後に行われる「UNCHOKE」の通信を実施した時点の時刻を記録したところで通信を終了し、その後の通信を行わない。上記の過程によって、対象ファイルの少なくとも一部を所持しているピアだけが本件ソフトのデータベースに記録される。
(2)本件ソフトの動作及び本件調査会社の調査の正確性に関して、証拠として提出された報告書には以下の記載がある。
ア 本件調査会社の代表者作成の報告書(甲5)には、以下の記載がある。
 令和3年7月15日、他の人によってアップロードされる可能性の極めて少ない試験用ファイルを用いて、同ファイルBitTorrentネットワークに参加する1台のコンピューターから同ファイルの送信を、もう1台のパソコンに同ファイルの受信をさせたところ、試験用ファイルをダウンロードしたパソコンのIPアドレスと本件ソフトで記録されたIPアドレスが一致した。また、ダウンロード環境以外のIPアドレスから、試験用ファイルのダウンロードは行われなかった。また、本件ソフトウェアを稼働した令和3年以降、今まで本件ソフトがシステム異常を起こしたことはない。
イ 原告代理人が所属する法律事務所事務員作成の報告書(甲7)には、以下の記載がある。
 令和3年10月7日、BitTorrentWebを用いて、クライアント環境のコンピューターから試験用ファイルを公開し、モニタリング用環境のトレントモニタリングシステムを用いて、ダウンロードかつビットトレントネットワークの監視を行った。その結果、トレントモニタリングシステムによって、同日10時30分〜10時40分までに、クライアント環境のピアから試験用のファイルがダウンロードされた。
 このとき、トレントモニタリングシステムが検知したIPアドレスと、クライアント環境のIPアドレスが完全に一致した。
ウ 原告代理人が所属する法律事務所事務員作成の報告書(甲10)には、以下の記載がある。
 令和4年3月2日、クラウドサービスを利用して、3個のダウンロード用環境及び1個のモニタリング用環境を準備した。モニタリング用環境において試験用データを配置し、μTorrentを利用して配布可能な状態にした。その後、ダウンロード用環境のパソコンがモニタリング用環境から同データのダウンロードを行った。モニタリング用環境のトレント監視システムによって、同日11時21分〜12時36分までに3つのピアから試験用ファイルのリクエストがなされ、モニタリング用環境から試験用ファイルのダウンロードが行われた。上記テストにおいて、トレント監視システムによって試験用ファイルの交換を行っていると検知された3個のIPアドレスとダウンロード用環境の3個のコンピューターのIPアドレスはすべて一致した。また、ダウンロード用環境以外のIPアドレスからはダウンロードは行われなかった。さらに、ダウンロード用環境からトレントファイルをダウンロードした時刻と同一の時刻がトレント監視システムにおいて、当該ダウンロードを行ったIPアドレスの欄に表示されていた。これらのことから、トレント監視システムは、試験用ファイルが交換されている環境について、ダウンロードが行われたIPアドレス、ダウンロードが行われた時刻を正確に検知していた事実が確認された。
エ 本件調査会社の代表者作成の報告書(甲17)には、以下の記載がある。
 令和4年10月26日10時30分から11時40分までの間、次のとおりの試験を行った。アップロード用環境において試験用ファイルをビットトレントを通じて配布可能な状態にし、本件ソフトを用いて監視を開始した後、アップロード用環境においてアップロードを一時停止し、他のピアが試験用ファイルをダウンロードできないようにした。その後、ダウンロード用環境のコンピューターを同ファイルに係るビットトレントネットワークに参加させたものの、前記一時停止によってファイル保持率は0%のままとなった。本件ソフトのログには、本件ソフトがダウンロード用環境のコンピューターに対してハンドシェイクを試みたことが記録されていたものの、本件ソフトのデータベースにはダウンロード用環境のIPアドレス等は記録されなかった。よって、本件ソフトは、ファイル保持率が0%のピアに対してもハンドシェイクを試みるものの、本件ソフトのデータベースにはIPアドレス等の情報は記録されないことが示された。
(3)原告は、別紙各通信目録記載の各情報が、当該ファイルの少なくとも一部(ピース)を保持する状態で本件動画に係るビットトレントネットワークに参加するピアとの間で行われた「UNCHOKE」の通信を行った時刻と当該ピアが使用したIPアドレスに係るものであると主張する。しかし、以下に述べるとおり、本件においては、これらの事実を認めるには足りない。
ア 原告は、前記(1)の報告書を提出し、また、本件調査会社の調査について、同の報告書等を提出する。
 しかし、別紙各通信目録記載の通信情報が、それぞれ、当該ファイルの少なくとも一部(ピース)を保持する状態で本件動画に係るビットトレントネットワークに参加するピアとの間で行われた「UNCHOKE」の通信を行った時刻と当該ピアが使用したIPアドレスに係るものであると認められるためには、単に本件ソフトがこれを満たすピアを検出できるだけでは足りず、上記条件を満たさないピアが検出されることがないことが必要である。
イ 本件で行なわれた調査の結果については、前記1(4)のとおりの事情がある。
 すなわち、被告が、本件調査によって本件調査会社の記録したアイ・ピー・アドレス、送信元ポート番号及び時刻の組合せによって特定される各通信について調査を行ったところ、通信自体がそもそも存在しないものが多数含まれ、この中には技術仕様上契約者に割り当てていない送信元ポート番号が示されたものも含まれていたほか、被告から同一のアイ・ピー・アドレスを割り当てられた複数の契約者が偶然にいずれもビットトレントを使用して同一のハッシュ値を付された同一のファイルを共有及び交換しており、しかも、そのうちの一部は同一のアイ・ピー・アドレスを割り当てられた2人の契約者が全くの同時刻に同一のハッシュ値を付された同一のファイルを共有及び交換しているというおよそ非現実的な状況が示唆され、さらに、誤った時刻を記録したために無関係の契約者が特定されたことが明らかであるというものも複数あった。
 このような結果について、本件調査会社からは、仮にそのような結果が事実であったとしてもその原因は分からないとしか説明されていない(甲14)。
ウ 上記イによれば、本件調査の結果には、アイ・ピー・アドレス、送信元ポート番号又は時刻を誤って記録したものが存在していたことが認められる。そして、そのような誤った記録がされた理由について、説明はない。
 そうすると、令和3年2月から同年10月に本件ソフトを用いて行われた本件調査においては本件ソフトを現実のビットトレントネットワークに接続して動作させた際、原告がそこで記録される情報であると主張する情報とは異なる誤った情報が記録されたことがあったのであり、本件ソフトを用いた本件調査の正確性については疑問があり、本件調査の結果に基づき現在原告が本件において対象としている各通信についても、本件調査において本件ソフトを現実のビットトレントネットワークに接続して動作させた際、誤った情報が記録されたことがあったことを相当程度うかがわせるといえる事情がある。
エ これに対し、原告は、本件ソフト及び本件調査会社が行った調査やその正確性等に関して、報告書を証拠として証拠を提出する。
 そのうち、前記(1)の報告書には、ビットトレントの仕組みや本件ソフトの基本的な動作の仕組みが記載されている。しかし、同報告書に記載されているのは基本的には上記の仕組みであって、その記載からは本件ソフトがそこに記載されたとおりに作動し、様々な動作環境において、相当の正確性、信用性を有して作動した上で、誤った情報を記録することはないプログラムであることを直接検証することができるものとはいえない。また、同イからエの報告書には、ビットトレントの利用者が試験用ファイルを利用できるようにした上で、システムで監視したところ、所定のIPアドレスが正確に検知できたと記載されている。しかし、これらが、令和3年2月から同年10月に本件調査で使用された本件ソフトと同じソフトウェアを用いて行われたものであるとしても、これらは、当該実験で、短時間、他に流通していないと思われる試験ファイルを極めて少ない台数のコンピューターのみで共有を試みるなどして行われたものであって、実際の動作環境において、反復継続して行われたものではない。したがって、本件調査で使用された本件ソフトによる調査について、実際の様々な動作環境において、多数回にわたる検証の結果、本来顕出すべきではない通信が検出されたり、そもそも存在しない通信が記録されたりする可能性がなかったことが記載されているものではなく、上記の各報告書は、本件調査において、本来顕出すべきではない通信が検出されたり、そもそも存在しない通信が記録されたりする可能性があることを排除するものとはいえない。また、同アの報告書には具体的な条件等が記載されておらず、この報告書が直ちに本件ソフトの正確性等を裏付けるものとはいえない。
オ 以上によれば、令和3年2月から同年10月に同時点での本件ソフトを用いて行われた本件調査の結果に基づき現在原告が本件において対象としている各通信については、誤った情報が記録されたことがあったことを相当程度うかがわせるといえる事情がある(前記ウ)。そして、そのような状況下において、本件で提出された証拠によっては、上記時点での本件ソフトが、実際の様々な動作環境において、本来記録してはならない通信を誤って記録してしまうことがないことについて、これを認めることができない(同エ)。特に本件においては、原告が証拠として提出する各報告書に記載のとおりに本件ソフトが動作等するのであれば、通信が存在しないにかかわらずそれが記録されることなどないはずであるにもかかわらず、現実には当該通信が存在するものとして記録されたり、侵害者の特定としては現実的にはあり得ない結果が示されるなどしているのであり(前記1(4))、上記各報告書はこのような事象の発生について何ら合理的な説明をするものではなく、このような状況からは、むしろ本件ソフトが上記各報告書の記載のとおりに動作していないことがあることがうかがわれる。
 そうすると、本件調査の結果に基づく別紙各通信目録記載の通信情報が、その全てについて、原告が主張する内容の通信についての情報であると認めることはできない。
(4)原告は、本件において、別紙各通信目録記載の各通信の発信者のいずれもが原告主張の内容の通信を行ったとして、本件の請求をするところ、以上によれば、本件においては、本件で対象とする各通信情報に係る発信者の全てが、当該通信を行ったとまでは認めるに足りない。
 したがって、本件調査会社に対し応答したという本件各通信による情報の流通によって、原告の本件各ファイルについての著作権(公衆送信権)が侵害されたとは認めるに足りない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は理由がないからいずれも棄却すべきである。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 佐伯良子
 裁判官 仲田憲史


別紙 発信者情報目録
 別紙通信目録(1)から(8)記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報
1 氏名又は名称
2 住所
 以上

別紙 通信目録(1) (記載省略)
別紙 通信目録(2) (記載省略)
別紙 通信目録(3) (記載省略)
別紙 通信目録(4) (記載省略)
別紙 通信目録(5) (記載省略)
別紙 通信目録(6) (記載省略)
別紙 通信目録(7) (記載省略)
別紙 通信目録(8) (記載省略)
別紙 動画目録 (記載省略)
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