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【事件名】「大阪ミナミの貧困女子」改変事件
【年月日】令和5年3月24日
 大阪地裁 令和4年(ワ)第5222号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年1月30日)

判決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 富ア正人
同 仲岡しゅん
同 上林惠理子
被告 P2
同訴訟代理人弁護士 芳賀淳


主文
1 原告の請求を棄却する
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する令和4年8月25日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
 本件は、原告が、被告が原告の執筆した原稿を無断で改変するなどしたことにより、当初のコンセプトとは異なる不本意な内容の「大阪ミナミの貧困女子」と題する書籍(以下「本件書籍」という。)が出版され、本件書籍の共同著作者である原告の著作者人格権(同一性保持権)、名誉及び自己決定権が侵害されて精神的苦痛を被ったと主張し、被告に対し、民法709条に基づき、損害賠償金合計300万円及びこれに対する不法行為の日の後である令和4年8月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げていない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア 原告は、本件書籍の出版当時、株式会社人民新聞社(以下「所属新聞社」という。)に記者として勤務するとともに、風俗業等に従事していた者である。原告は、大阪市中央区の繁華街(いわゆるミナミ)において、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により設立された、キャバクラ嬢等を対象とする労働相談所(以下「本件相談所」という。)の運営に関与していた。
イ 被告は、フリーライターであり、本件書籍の執筆者の一人である(甲1)。
ウ P3は、本件相談所においてキャバクラ嬢等の支援をしていた者である。
エ P4は、本件書籍を出版した株式会社宝島社(以下「本件出版社」という。)に勤務する本件書籍担当の編集者である。
(2)原告及びP3は、令和2年10月頃、被告からミナミの現状や本件相談所の活動を伝える本を出版しないかと提案され、これに応じて原稿を執筆することになった。
(3)原告は、同年12月31日及び令和3年1月4日、被告に対し、執筆した原稿(以下、これらの原稿を併せて「初稿」という。)を送付した。初稿の内容は、別紙「改変過程一覧」の初稿欄記載のとおりである。(以上につき、甲2、3、13)
(4)被告は、同月26日、SNSを通じて、原告に対し、「本というのは普通に何百万円というお金が動くので。今回のは初版11000部予定ですから、一冊900円で約1000万以上ですから、損害賠償となると、大変な金額です。」「ドタキャンした側が賠償もので、ヘタをすればP1さんに降りるよう指示したと株式会社人民新聞になるところでした。人民新聞どころか四つ葉あげての大騒ぎです。取り敢えず、P1さんの要望は取り入れたので、全体読んでください。」というメッセージ(以下「被告メッセージ」という。)を送信した(甲12)。
(5)原告、被告、P3及びP4が参加するLINEのグループ(以下「本件LINEグループ」という。)において、P3が、同日、「P1さん、P2さんこれで訂正はもうないでしょうか?」とのメッセージを送信したのに対し、原告は「仕事中です。私も終了です。」とのメッセージを送信した(以下「原告終了メッセージ」という。乙1、9)。
(6)同年2月10日、本件書籍が出版された。本件書籍の表紙、カバーのそで部分及び帯部分には、原告の氏名とP5という文字が記載されている。本件書籍(全256頁)のうち34頁から51頁の「激変するミナミの夜コロナでなにもかも変わった」と題する部分は原告が執筆した部分(以下「原告執筆部分」という。)
であり、執筆者名欄には原告の氏名が記載されている。原告執筆部分の内容は、別紙「改変過程一覧」の(甲1)欄記載のとおりであり、前記(3)の初稿から加筆修正が加えられていた。(以上につき、甲1)
(7)原告は、本件出版社を被告として、当庁に対し、本件と同様の事実関係について、本件書籍の出版等の差止め及び損害賠償金の支払を求める訴えを提起した(当庁令和3年(ワ)第9459号出版差止等請求事件。以下「関連訴訟」という。)ところ、裁判所は、令和4年11月18日、原告の請求をいずれも棄却する判決を言い渡した(乙8)。
 原告は、関連訴訟の訴状において、本件出版社に対し、本件書籍の執筆者として原告の氏名を載せることについての同意を取り消す旨の意思表示をした。
2 争点
(1)初稿を改変したのは被告であるか(争点1)
(2)原告は初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をしたか(争点2)
(3)原告の同意は錯誤により取り消されたか(争点3)
(4)被告の虚偽記載により原告の社会的評価が低下したか(争点4)
(5)被告の強要行為により原告の自己決定権が侵害されたか(争点5)
(6)損害の発生及びその額(争点6)
第3 争点についての当事者の主張
1 争点1(初稿を改変したのは被告であるか)
(原告の主張)
 被告は、別紙「改変過程一覧」のとおり、原告に無断で初稿を改変した。
(被告の主張)
 初稿を改変したのはP4であって被告ではない。P4は、初稿に被告が原告から聴取した事項を加え、さらに加筆修正を加えた。
2 争点2(原告は初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をしたか)
(被告の主張)
 原告、被告、P3及びP4は、令和3年1月26日から同月27日未明にかけて、本件LINEグループにおいて、別紙「改変過程一覧」の二次改変後甲7欄記載の原稿(以下「再校」という。)について、校正に関するやり取りを行ったところ、原告は、削除や訂正の要望を伝える複数のメッセージを送信した。その後、P3がさらなる訂正の有無を尋ねるメッセージを送信したことに対し、原告は、原告最終メッセージを送信して訂正はない旨の意思を表明し、これを受けて原告執筆部分が完成した。
 以上のとおり、原告は、初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をした。
(原告の主張)
 令和3年1月26日、原告が、被告に対し、当時の原稿について、取材対象に不利益はないか、差別や搾取に当たる表現はないかという点に注意をしている旨を指摘したことに対し、被告は「指摘の点はすべて改善しています。」と回答したことから、原告は、原告が指摘した表現については訂正されたものだと受け取った。原告は、その後、P4から送付された再校に対して、複数の修正意見を述べ、原告最終メッセージを送信したものの、原告は、この時点において、再校は校正によって完成するような段階にはなく書き直しが必要であると考えていたことや、それまでの一連のやりとりから、この度の原告の修正要望を受けて、最終的な原稿が原告に送られてくるものであると考えていた。
 したがって、原告が原告最終メッセージを送信したからといって、初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をしたことにはならない。
3 争点3(原告の同意は錯誤により取り消されたか)
(原告の主張)
 仮に、原告が初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をしたとしても、これは、被告から、原告が本件書籍の執筆者から降りると所属新聞社を含めて損害賠償請求を受けると聞かされた結果、執筆者として編集作業に加わり続け、同意をせざるを得ない状況に陥ったことによってなされたものである。
 原告は、関連訴訟の訴状において、本件出版社に対し、本件書籍の執筆者として原告の氏名を載せることについての同意を取り消す旨の意思表示をした(前提事実(7))。
 したがって、原告の同意は錯誤により取り消された。
(被告の主張)
 原告は、本件出版社に対し、令和3年3月5日付けの通知書を送付して本件の出版の差止め等を求めているが、同通知書には原告が錯誤に陥ったことを指摘する記載はなく、また、原告は関連訴訟においてそのような主張をしていない。
 したがって、原告の同意は錯誤に基づくものではない。
4 争点4(被告の虚偽記載により原告の社会的評価が低下したか)
(原告の主張)
 本件書籍のコンセプトは「女性ライターの取材による女性目線の本」であったが、実際は、男性である被告がほとんどの章を取材し執筆した。そうであるにもかかわらず、被告は、その事実を隠し、自身を女性ライターであるP5と表示する虚偽記載をした。原告は、本件書籍の共同著作者又は筆頭著作者であるから、前記虚偽記載に加担したと評価され、これによって原告の社会的評価が低下した。
(被告の主張)
 本件書籍は、各執筆者の執筆部分を明記しているから、原告が著作者となり、また、読者からそのように理解されるのは原告執筆部分のみである。原告が虚偽記載であると主張するのは、原告執筆部分以外の部分であるから、これによって原告の社会的評価が低下することはない。
 この点を措くとしても、本件書籍のうち、P5が執筆者とされている部分は、実際に女性ライターである「P5」ことP5が執筆をしているから、本件書籍にそもそも虚偽記載はない。
 以上から、被告の虚偽記載により原告の社会的評価が低下したとはいえない。
5 争点5(被告の強要行為により原告の自己決定権が侵害されたか)
(原告の主張)
 被告は、原告に対し、日常的に上から目線で高圧的な態度をとっていたところ、原告が執筆者の名前を降ろしたいと伝えていたにもかかわらず、被告メッセージを送信し、1000万円の損害賠償請求がなされる可能性があること、その請求は原告のみならず所属新聞社についてもなされることを告げ、原告を畏怖させ、原告が執筆者から名前を降ろせないように強要し、原告の自己決定権を侵害した。
(被告の主張)
 被告メッセージの内容は、単に本件書籍の「売価×部数」の金額を示し、ビジネスにおける約束の大切さを伝えるための比喩的表現にすぎない。被告メッセージの後に行われたやり取りをみても、原告は、普通に対応し、自らの意見を堂々と述べているのであり、被告の強要行為により原告の自己決定権が侵害されたとは到底いえない。
6 争点6(損害の発生及びその額)
(原告の主張)
 被告は、原告に無断で初稿を改変し、原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害したところ、これによって原告が被った精神的苦痛を金銭に換算すると150万円をくだらない。
 被告は、虚偽記載により原告の名誉を毀損したところ、これによって原告が被った精神的苦痛を金銭に換算すると100万円をくだらない。
 被告は、強要行為により原告の自己決定権を侵害したところ、これによって原告が被った精神的苦痛を金銭に換算すると50万円をくだらない。
(被告の主張)
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 前提事実のほか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)原告は、令和3年1月23日、被告から、初稿に加筆修正がされた別紙「改変過程一覧」のゲラ第一稿欄記載の原稿(甲5。以下「初校」という。)の送付を受けた。原告は、その内容を確認した上で、同月24日、本件LINEグループ(P4が参加する前のもの。本項において同じ。)において、原告の氏名でSNSをやっていることを理由に執筆者の氏名を別の氏名に変更することを求めた。これに対し、被告は、印刷の都合上無理であることを伝えた。
 被告は、同日、本件LINEグループにおいて、執筆者名変更の交渉は、原告及びP3がP4に対してするよう求めた。原告及びP3は、協議を行い、二人とも初校には不本意な部分があるので、P4に対し改善を求めることにした。被告は、P4との交渉はP3が主導するよう求めた。(以上につき、甲11、15、乙9)
(2)同日、被告が原告に対し2日間で校正ができるか尋ねたことに対し、原告は、書き直が必要な段階なので校正はまだである旨を回答するとともに、被告に対し、初稿を修正したのはP4であるか被告であるかを尋ね、被告は、P4である旨を回答した(甲11、15乙9)。
(3)原告は、P3から、P4と交渉した結果を聞き、被告及びP3に対し、同月25日午から昼頃にかけて、本企画から降りる旨を伝えたが、被告は、電話で、原告に対し、その場合、損害賠償請求される可能性があることに言及し、P3は、原告に対し、修正版を見てから考え直すよう述べた。P4は、同日午後、本件LINEグループに参加した。(以上につき、甲11、15、乙1、9、弁論の全趣旨)。
(4)被告は、同月26日午前6時50分頃、SNSを通じて、原告に対し、被告メッセージを送信した。これに対し、原告は、被告に対し、「原稿は修正版が届きましたら読ませていただきます。内容が改善されれば名前を使ってくれて構いません。・取材対象に不利益が無いか(取材店や人民新聞など、公表NGがでた場所が特定される表現が無いか。事実関係が間違っていないか)・差別や搾取にあたる表現が無いかなどに注意しています。」と述べた。被告は、原告に対し、指摘の点は全て改善している旨、原告の名前は外せない旨、改善しても不服がある場合は、出版後に本件出版社に対し損害賠償を訴えるほかない旨を伝えた。(以上につき、甲12)
(5)原告は、同日((5)及び(6)において同じ)、本件LINEグループにおいて、「まだ修正版が届いていません。」「私は降りたのに、P3さんから修正版の原稿を見て考え直すよう言われたので待っています。」と述べた。P4は、本件LINEグループにおいて、午後0時21分に初校を修正した再校(甲7)を送付し、午後0時31分に再校の修正箇所を赤字で明らかにしたもの(甲9)を送付した。(以上につき、乙1、9)
(6)原告は、本件LINEグループにおいて、午後0時37分に「取り急ぎNGワードを見つけました・過激派女子・給料11万6000円」、午後1時3分に「ミナミの実態と関係ないので、フィクションとして入れるなら構いませんが、私に保育士の妹はいません。」、午後1時21分に「NGワードP6裁判闘争P6を私のキャラ盛りに使わないでください。どんな本になるかわからないのでP6に迷惑はかけられません。」、午後8時31分に「19歳のときから始めた夜の仕事の小見出し以前の昼職の紹介は人民新聞を匂わせるのと、ミナミと関係なく、ミナミの労働者にフォーカスをあてる上でノイズとなるので削除してください。左翼新聞云々書かず、「出版業は縮小し昼職だけでは生活が成り立たず」くらいで。(ミナミの労働者になった理由で左翼はイレギュラーです。私としては自分よりもっと取材相手をきちんと引き立たせてほしいです)年齢は出して構いません。」、午後8時33分に「私の文章は私のことしか書いてないので、人民新聞関係に気をつければ、取材対象はいないし多少の脚色は大丈夫です。」、午後8時38分に「もともと問題視していたのはインタビュー記事の箇所の表現だったので、私個人に収束できる文章は差別表現以外でしたら事実と多少違っていても構いませんので。ちなみにNG席とはお客様からのNGのことです。例えば「ポッチャリNG、オバサンNG、空気読めない人NG、イッキできない人NG」など、客は要望してきます。」、午後10時6分に「「夜の世界で人間の醜い部分を見てきた」他人の文章への口出しは越権かもしれませんが、夜って昼より醜いのですか?」などと述べた。P3は、午後11時32分に「P1さん、P2さんこれで訂正はもうないでしょうか?」と尋ねたのに対し、被告は「私はないです。」と回答し、原告は、午後11時51分に「仕事中です。私も終了です。」という内容の原告終了メッセージを送信した。これに対し、被告は、同時刻に「なら全員合意ですね。お疲れ様です!」、午後11時52分に「発売は2週間後です。」と述べ、P3は「ありがとうございました。」などと述べたが、原告はメッセージを送信しなかった。(以上につき、乙1、9)
(7)P4は、同月28日、本件LINEグループにおいて、原告に対し、本件書籍を一冊送るので住所を教えてほしい旨を述べると、原告は「ありがとうございます。」と回答して、送付先の原告の住所を伝えた。
 被告は、同年2月1日、本件LINEグループにおいて、翌日に本件書籍の見本刷りができる旨を述べた上で、原告に対し、著者割引で買えるしすぐに売れてしまうので本件書籍を10冊くらい購入した方がいい旨を述べた。これに対し、原告は、見本刷りを見てから決める旨を述べた。
 原告は、同月4日、本件LINEグループにおいて、本件書籍の見本刷りが届いた旨を述べた。(以上につき、乙1、9)
(8)同月10日、本件書籍が出版された。原告執筆部分の内容は、別紙「改変過程一覧」の(甲1)欄記載のとおりであり、前記(6)記載の原告の修正要望等をすべて反映したものとなっている。
 また、本件書籍のうち、原告執筆部分の執筆者名欄には原告の氏名が記載されているほか、執筆者名欄として、P3の氏名が記載されている部分、P5と記載されている部分、被告の氏名が記載されている部分及び「編集部(男性)」と記載されている部分がある。
2 争点2(原告は初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をしたか)について
(1)事案に鑑み争点2から判断する。
 前記1(1)から(4)のとおり、原告は、初稿に加筆修正がされた初校の内容に不満を持ち、執筆者名を変更したい旨を申し出たが、被告及びP4から変更できないと伝えられ、本企画から降りる旨を申し出たものの、その後、初校の内容が改善されれば執筆者名として原告の氏名を用いることを了承することとし、被告に対し、その旨を伝えた。そして、同(5)及び(6)のとおり、原告は、令和3年1月26日午後0時30分頃から同日午後10時頃までの間において、P4から送付された再校に対して、複数回、修正の要望をし、その後、P3から訂正はもうないかと尋ねられたことに対して、「私も終了です。」との原告終了メッセージを送信した。
 このように、原告は、当初は、初稿から改変された初校の内容に不満を持ち、執筆者名変更等の申出をしていたものの、その後、初校の内容が改善されれば執筆者名として原告の氏名を用いることを了承し、再校の内容を十分に確認した上で、複数回、修正の要望をした後に、原告終了メッセージにより訂正はもうない旨の回答をしたのであるから、原告は、原告終了メッセージによって、初稿から改変された再校に原告の前記修正の要望を反映させた内容で原告の原稿を確定すること、すなわち、原告執筆部分の内容で原稿を確定することに同意したものと認められる。
(2)これに対し、原告は、原告の修正要望を受けて、最終的な原稿が原告に送られてくるものであると考えていたから、原告終了メッセージによって初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意したことにはならない旨を主張し、これに沿う内容の陳述書(甲15)を提出する。
 しかし、前記1(6)のとおり、原告が原告終了メッセージを送信したことに対し、被告が直ちに「なら全員合意ですね。お疲れ様です!」「発売は2週間後です。」と述べており、最終的な原稿が送付されるような話題にはなっておらず、むしろ本件書籍が発売される話題になっているにもかかわらず、原告はメッセージを送信することなく、このような会話の流れに何ら異議を述べていない。また、同(7)のとおり、原告は、P4から本件書籍を1冊送るので住所を教えてほしいと言われたことに応じ、被告に対しては、見本刷りを見てから本件書籍を複数購入するかを検討する旨を述べるなど、ここでも、最終的な原稿が送付されることなく本件書籍が出版されることに応じた言動を示している。このような事実経過に照らすと、原告は、原告終了メッセージを送信した時点で、原稿が原告執筆部分の内容で確定したことを認識していたものと認められる。
 したがって、これに反する原告の陳述書の内容は信用できず、原告の前記主張は採用できない。
(3)以上から、初稿を改変した者が被告であるかP4であるかにかかわらず、原告は、初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をしたといえる。
3 争点3(原告の同意は錯誤により取り消されたか)について
 原告は、原告の同意は、被告から、原告が本件書籍の執筆者から降りると所属新聞社を含めて損害賠償請求を受けると聞かされた結果、執筆者として編集作業に加わり続け、同意をせざるを得ない状況に陥ったことによってなされたものであるから、錯誤に基づくものである旨を主張する。
 しかし、前記2(1)のとおり、原告は、当初は執筆者名変更等の申出をしていたものの、その後、初校の内容が改善されれば執筆者名として原告の氏名を用いることを了承し、再校の内容を十分に確認した上で、複数回、修正の要望をし、最終的に初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意をしたのであるから、このような経過において、原告の同意が錯誤に基づくものであるとは認められない。
 したがって、原告の同意が錯誤により取り消されたとはいえず、原告の前記主張は採用できない。
4 争点4(被告の虚偽記載により原告の社会的評価が低下したか)
(1)記事の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである。これを本件についてみるに、前記1(8)のとおり、本件書籍は、原告が執筆者として表示されている原告執筆部分とP5らその他の者が執筆者として表示されている部分は明確に区別されていることから、P5の表示自体又はP5が執筆者として表示された部分に虚偽の内容が含まれていたとしても、本件書籍を読んだ一般読者が、これらの部分について原告が執筆したものと誤認するものとは認められず、これによって、原告の社会的評価を低下させることにはならない。その他、P5が執筆者として表示された部分について、原告の社会的評価を低下させるに足りる事情はない。
(2)これに対し、原告は、原告が本件書籍の共同著作者又は筆頭著作者であることを指摘して、被告の虚偽記載により原告の社会的評価が低下する旨を主張する。
 この点について検討するに、確かに、本件書籍の表紙、カバーのそで部分及び帯部分には原告の氏名が記載されている(前提事実(6))ものの、前記(1)のとおり、本件書籍の内容をみると、原告執筆部分とその他の者が執筆者として表示されている部分は明確に区別されているのであるから、本件書籍の表紙等の記載を考慮しても、一般読者を基準として判断すると、P5が執筆者として表示された部分によって、原告の社会的評価が低下するものとは認められない。
 したがって、原告の前記主張は採用できない。
(3)以上から、被告の虚偽記載により原告の社会的評価が低下したとはいえない。
5 争点5(被告の強要行為により原告の自己決定権が侵害されたか)について
 原告は、日常的に上から目線で高圧的な態度をとっていた被告が、被告メッセージを送信し、原告を畏怖させ、原告が執筆者から氏名を降ろせないように強要した旨を主張する。
 しかし、前提事実(4)及び前記1(1)から(4)までのとおり、被告メッセージは、初校の内容に不満を持った原告が本企画を降りるなどと述べたことに対し、被告が、原告に対し、このまま原告が本企画を降りてしまうと、原告や所属新聞社が損害賠償責任を追及される可能性があることを指摘した上で、原告の要望に従い初校の内容を修正するので、本企画を続けるよう翻意を促すものである。被告メッセージは厳しい論調ではあるものの、それ自体、原告の意に反して本企画の続行を強制させる内容ではない。また、前記1(1)、(3)から(6)までのとおり、原告は、被告メッセージの前後で、本企画から降りる考えを被告に伝えつつも、P3の提案を受けて、初校の内容が改善されれば執筆者名として原告の氏名を用いることを了承し、その後も自らの修正意見を積極的かつ明確に伝え、再校の内容を十分に確認した上で、初稿を原告執筆部分のとおり改変することに同意したことが認められる。このような経過からすると、原告は、被告メッセージにより指摘された損害賠償請求を受ける可能性をも勘案しながら、原稿の内容が自らの意に沿うものとなるよう合理的に行動していたことがうかがえるのであって、原告が被告メッセージに畏怖して、その意に反して本企画を続行することを強制されたものとは認められない。そして、この認定は、仮に、原告の陳述書(甲15)記載のように、被告が、令和3年1月25日、原告やP3らとのLINE通話の中で、本企画から降りる旨を述べた原告に対し、被告メッセージと同様の内容をまくしたてたとの事実があったとしても、左右されるものではない。
 したがって、被告の強要行為により原告の自己決定権が侵害されたとはいえず、原告の前記主張は採用できない。
第5 結論
 以上から、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 武宮英子
 裁判官 杉浦一輝
 裁判官 峯健一郎


(別紙省略)
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