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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AA
【年月日】令和5年3月23日
 東京地裁 令和4年(ワ)第22329号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年2月6日)

判決
原告 株式会社MBM
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 金子和弘


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrentを使用して、別紙著作物目録記載の動画(以下「本件動画」という。)を送信可能化したことによって、本件動画に係る原告の送信可能化権を侵害したと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2 前提事実(証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告は、本件動画の著作権を有する株式会社である。(甲2の91、弁論の全趣旨)
イ 被告は、一般利用者に向けてインターネット接続サービスを提供している株式会社であり、プロバイダ責任制限法2条3号の特定電気通信役務提供者に該当する。(弁論の全趣旨)
(2)BitTorrentの仕組み(甲4、5、8、9、弁論の全趣旨)BitTorrentは、いわゆるP2P形式のファイル共有のネットワークであり、その概要や利用の手順は、以下のとおりである。
ア BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードする。
 そして、ユーザーは、当該トレントファイルをBitTorrentクライアントソフトに読み込ませることにより、トラッカーサイトに接続し、当該ファイルを保有している他のユーザーのIPアドレスを取得し、それらのユーザーと接続した上で、当該ファイルをダウンロードする。なお、ダウンロード中のユーザー(まだ完全な状態のファイルを復元できていない者)は、「リーチャー」と呼ばれる。
イ ユーザーは、ダウンロードした当該ファイルについて、ピア(データをやり取りするコンピュータをいう。以下同じ。)としてトラッカーサイトに登録されるので、他のピアからの要求があれば、当該ファイル(分割されたファイル〔以下「ピース」という。〕を含む。)を提供しなければならないため、ダウンロードと同時にアップロードが可能な状態となる。すなわち、リーチャーは、目的のファイルをダウンロードすると同時に、当該ファイルについて同時にアップロード可能な状態に置かれることになり、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態になっている。
ウ ユーザーは、ピースの取得を続け、完全な状態のファイルを復元すると、「シーダー」と呼ばれ、シーダーになると、アップロードのみを行うようになる。
(3)原告による著作権侵害調査の概要(甲1、4、5、8)
ア 原告は、本件訴訟の提起に先立って、株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件動画に係る著作権侵害についての調査(以下「本件調査」という。)を依頼した。
イ 本件調査会社は、本件調査を踏まえ、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の日時に、同記載のIPアドレスの割り当てを受けた発信者(本件発信者)が本件動画に係るファイル(以下「本件ファイル」という。)のダウンロード及びアップロードを行っていたことを報告した。
(4)被告による本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報を保有している。(弁論の全趣旨)
第3 争点及びこれに対する当事者の主張
 本件の争点は、権利侵害の明白性であり、具体的には、本件調査の信用性である(第1回口頭弁論調書参照)。
(原告の主張)
1 本件調査会社は、BitTorrentを利用した違法ダウンロード及びアップロードの特定に際しては、μtorrentというクライアントソフトを利用しているが、同ソフトは、BitTorrentを利用しやすくするために開発されたソフトウェアであり、BitTorrentを利用して特定のファイルのダウンロードを行っているピアのIPアドレスを機械的に取得して表示するものであるから、そこに恣意が入る余地はない。
 そして、本件調査会社は、本件調査において、μtorrentを利用して、本件発信者が、別紙発信者情報目録記載の日時頃、同目録記載のIPアドレスの割当てを受けて、BitTorrentのネットワークに参加し、本件動画に係るファイルのダウンロード及びアップロードを行っていることを確認している。
2 以上によれば、本件発信者が、別紙発信者情報目録記載の日時頃、被告の提供するインターネット接続サービスを利用し、同目録記載のIPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、BitTorrentを用いて、本件ファイルを、不特定多数の他のBitTorrentの利用者からの求めに応じて自動的に送信し得る状態にしたことが認められる。
 そして、本件発信者の上記行為につき、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情は認められないから、本件動画に係る原告の送信可能化権が侵害されたことは明白であるといえる。
(被告の主張)
1 原告は、本件ファイルをダウンロードしているユーザーのIPアドレスが甲1に表示されていると主張するが、実際に接続された端末のIPアドレスと、甲1に表示されるIPアドレスが一致することを確認する試験を行っていないから、甲1に表示されたIPアドレスが、本件発信者のものであるとは認められない。
 また、甲1によっても、本件調査会社と本件発信者が直接接続していることは確認できない上、甲1によれば、当該調査時刻において、本件発信者に係る「下り速度」及び「上り速度」の表示がないことが認められるから、当該調査時刻において、本件発信者はダウンロード又はアップロードを停止していたといえる。すなわち、本件発信者は、当該調査時刻(別紙発信者情報目録記載の日時)においては、本件ファイルを公衆送信していなかったといえる。
 さらに、甲1によれば、本件発信者のファイル保有率はわずか5.8%にすぎず、このような低い保有率でアップロードができることを認めるに足りる証拠はない上、フラグも「IXP」、すなわち着信接続中であってアップロード中ではないから、本件発信者が本件動画を送信可能であったとは認められない。
2 そもそも、P2P型ファイル交換ソフトによる権利侵害情報検出システムが技術的に信用できるか否かに関する基準としては、乙1(「P2P型ファイル交換ソフトによる権利侵害情報検出システムの技術的認定要件」)があるのみであり、権利侵害検出方法が技術的に信用できることを認定するには、乙1の基準によるべきである。この点、本件調査では、本件発信者から実際にファイルをダウンロードしていないから、権利侵害情報の検出方法として技術的に信用できるとはいえない。また、甲1に表示された時刻は、本件調査会社が手作業で表示させたものにすぎないから、当該時刻において、本件発信者が送信可能化であったということはできない。さらに、本件発信者のファイル保有率が100%に至っていない場合は、乙1の定める「ファイルを送信可能状態としている場合」に当たらないから、権利侵害があったということはできない。
第4 当裁判所の判断
1 争点に対する判断
 前記前提事実、証拠(甲1、4、5、8、9)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査につき、次の事実が認められる。
(1)μtorrentは、BitTorrentのクライアントソフトの一つであり、BitTorrentを用いて実際に特定のファイルをアップロード及びダウンロードしている最中のユーザーにつき、そのIPアドレスを特定した上で、当該IPアドレスとともに、当該ユーザーが当該ファイルをアップロードする際の上り速度や、ダウンロードする際の下り速度、ダウンロード量及びアップロード量等を画面上に表示するという機能を有している。
(2)本件調査会社は、μtorrentを起動し、本件動画に係るトレントファイルをμtorrentに読み込ませた上で、BitTorrentを通じて、本件ファイルのダウンロードを行った。
 そして、本件調査会社は、上記ダウンロードの際、μtorrentの上記機能を利用して、その時点において、本件ファイルにつき、BitTorrentを通じてアップロード及びダウンロードを行っている他のユーザーの存否を確認したところ、別紙発信者情報目録記載の日時に、同記載のIPアドレスの割当てを受けたユーザーが、本件ファイルに係るピースをダウンロードすると同時にアップロードしていることを確認した。
2 権利侵害の明白性
(1)前提事実記載のBitTorrentの仕組み及び前記認定事実によれば、本件発信者は、本件ファイルに係るピースをその端末にダウンロードして、当該ピースを不特定多数の者からの求めに応じ、BitTorrentを通じて自動的に送信し得るようにした上、被告から別紙発信者情報目録記載のIPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、同記載の日時において、ダウンロードと同時に不特定多数にアップロードが可能な状態となる本件調査会社の端末に、本件ファイルのピースを実際にダウンロードさせたことが認められる。
 これらの事情を踏まえると、本件発信者が、別紙発信者情報目録記載の日時において本件動画に係る原告の送信可能化権を侵害したと認めるのが相当である。そして、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情を認めることはできない。
 したがって、権利侵害の明白性を認めるのが相当である。
(2)これに対し、被告は、本件調査会社による本件調査には信用性が認められないとして、権利侵害の明白性が認められない旨主張する。
 そこで検討するに、証拠(甲12、14)によれば、μtorrent上、「上り速度」及び「下り速度」の表示がない場合であっても、ダウンロードが行われていることが認められることからすると、「上り速度」及び「下り速度」の表示がないことをもってダウンロード又はアップロードをしていないということはできない。
 また、前記前提事実、認定事実及び証拠(甲14)によれば、BitTorrentにおいては、ファイル保有率が低い場合であっても、ピースのアップロードが行われることが認められることからすると、本件発信者のファイル保有率が低いことをもって本件発信者が本件動画を送信していないということはできない。
 そして、証拠(甲14)及び弁論の全趣旨によれば、本件発信者のフラグにかかわらず、本件調査会社が、本件発信者から本件ファイルをダウンロードしていることが認められることからすると、被告の主張は、前記認定を左右するものとはいえない。
 さらに、被告主張に係る調査時刻やIPアドレスの正確性についても、証拠(甲1、4、5、8)及び弁論の全趣旨によれば、これらが正確であるものと認めるのが相当であり、その他に、上記認定に係る本件調査の内容等を踏まえれば、被告の主張は、これらを十分に考慮しても、いずれも送信可能化に係る上記認定を覆すに足りないというべきである。
 したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
3 正当な理由
 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対し、損害賠償請求を予定していることが認められることからすると、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものといえる。
4 したがって、原告は、被告に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求めることができる。
第5 結論
 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太
 裁判官 古賀千尋


別紙 発信者情報目録
 以下の時間に以下のIPアドレスを割り当てられていた契約者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
日時 令和4年(2022年)6月11日
6時44分00秒
IPアドレス (省略)

別紙 著作物目録
日時 令和4年(2022年)6月11日
6時44分00秒
甲1−75
甲2−91   
IPアドレス (省略)
品番 (省略)
作品名 (省略)
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/