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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件K(2)
【年月日】令和5年3月23日
 知財高裁 令和4年(ネ)第10092号 発信者情報開示請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和4年(ワ)第9828号)
 (口頭弁論終結日 令和5年1月31日)

判決
控訴人 X
被控訴人 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 松田真


主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
3 訴訟費用は,第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 主文と同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要(以下において略称を用いるときは,別途定めるほか,原判決に同じ。)
 本件は、控訴人において、氏名不詳者がツイッターにおいて控訴人が著作権を有する本件各写真を複製した画像を投稿し、本件各写真に係る控訴人の著作権(複製権及び公衆送信権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害したことが明らかであり、上記氏名不詳者に対する損害賠償請求等のために必要であると主張して、被控訴人に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(ただし、令和3年法律第27号による改正前のもの。以下「法」という。)4条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。
 原判決は,本件発信者情報が、法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しないとして,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人がこれを不服として控訴を提起した。
 なお,控訴人は,当審において,本件については、改正後の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「改正法」という。令和4年10月1日施行)が適用される旨主張し、被控訴人もこれを争うものではないところ、改正附則には、発信者に対する意見聴取に関するもの(2条)以外には経過規定が置かれていないことに鑑み、同意見聴取とは関係のない本件の争点に関しては、改正法が適用されると解するのが相当であるから、以下、これを前提にする。
2 「前提事実」、「争点」及び「争点に関する当事者の主張」は、以下のとおり補正し、後記3のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第2の2及び3並びに第3に記載するとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決2頁20行目の「相手方として、」の次に「令和3年10月1日正午(日本標準時)以降に」を加える。
(2)原判決2頁24行目の「ツイッター社は、」の次に「同月17日頃、」を加える。
(3)原判決3頁1行目の「開示した。(甲3ないし5)」を、「含むIPアドレス及びタイムスタンプを開示した。(甲3ないし5、12、13)」と改める。
(4)原判決3頁1行目末尾に行を改め、次のように加える。
 「(4)本件アカウントは、令和4年3月には削除された(甲6、14)。
(5)被控訴人が、令和4年5月16日付けで、本件ログインに係る回線契約者に対し、発信者情報開示についての意見照会をしたところ、同年6月2日付けで、契約者と異なる名義で、本件投稿をしたことを前提に、開示を不可とすることを求める回答書(甲11)。以下「本件回答書」という。)が提出された。」
(5)原判決3頁2行目の「(4)」を「(6)」と改める。
(6)原判決3頁8ないし9行目、10行目、6頁10ないし11行目、17行目、25行目、7頁4行目、6行目の各「プロバイダ責任制限法」を、いずれも「法」と改める。
(7)原判決3頁9行目及び6頁11行目の「1項)」の次に「又は「特定発信者情報」(改正法5条1項柱書)」を加える。
(8)原判決3頁10行目及び7頁6行目の「1項)」の次に「又は「関連電気通信役務提供者」(改正法5条2項)」を加える。
(9)原判決6頁17行目の「同法」を削る。
3 当審における当事者の補充主張(争点2について)
(1)控訴人の主張
ア 原判決は、本件IPアドレス等に係る情報は、侵害前のログイン情報と同視できるほど侵害情報の送信との密接関連性があると認めることはできないとして、本件発信者情報が、法4条1項にいう「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たらない旨判断した。
 しかし、本件ログインをした者は、本件回答書において、書き込んだことを認めた上で、権利侵害を否定しているのであり、本件投稿者と、本件ログインをした者が同一であることは明らかである。
イ 令和3年法律第27号による法改正は、ツイッター社では投稿時のIPアドレスやタイムスタンプのログを記録として保有せずに、ログイン情報しか保有しないため、ログイン情報が開示請求の対象となるか不明確であったことに対処するものである。
 ツイッターの書き込みの直前直後のログインIPをツイッター社から入手することは、同社が外国企業ということもあり時間的に困難であることから、同社から開示された最新ログインIPアドレスに基づき開示請求することがログの保全期間からみても妥当である。
 侵害情報の送信の直前直後のログインであっても、侵害情報の送信そのものでないという点においては、本件ログインと変わらず、前者の発信者情報の開示が認められて、後者の発信者情報の開示が認められない理由はない。
(2)被控訴人の主張
ア 原判決が本件発信者情報について法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しないとしたのは、本件投稿者と本件ログインをした者の同一性が証明できなかったからではなく、本件においては侵害情報の送信から本件ログインまでに約4か月もの時間的乖離があるため、本件IPアドレス等に係る情報と侵害情報との間に密接関連性がないとしているのである。
 改正法においても、開示対象となるログインに係る通信は、「侵害関連通信」(5条3項)とされ、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則(以下「改正規則」という。)5条柱書では、侵害情報の送信と相当の関連性があることが求められている。
イ 改正規則は、相当の関連性が認められる場合を具体的に規定しておらず、投稿者と、その後にログインした者が同一人であれば、時間的近接の有無の程度を問わず、必然的に相当の関連性が認められるというわけではない。
第3 当裁判所の判断
1 事案に鑑み、争点2(本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)又は「特定発信者情報」(改正法5条1項柱書)に該当するか)から判断する。
(1)改正法5条が発信者情報の開示請求を規定している趣旨は、特定電気通信(改正法2条1号)による侵害情報の流通は、これにより他人の権利の侵害が容易に行われ、ひとたび侵害があれば際限なく被害が拡大する一方、匿名で情報の発信が行われた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難となるという、他の情報の流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ、侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、表現の自由及び通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される。
 そして、改正法5条1項柱書は、権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの)も開示の対象とし、同条3項は、「「侵害関連通信」とは、侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号・・・その他の符号の電気通信による送信であって、当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう。」と規定し、同項の委任を受けた改正規則は、「法第5条第3項の総務省令で定める識別符号その他の符号の電気通信による送信は、次に掲げる識別符号その他の符号の電気通信による送信であって、それぞれ同項に規定する侵害情報の送信と相当の関連性を有するもの」(5条柱書)とした上で、同条2号で「あらかじめ定められた当該特定電気通信役務を利用し得る状態にするための手順に従って行った・・・識別符号その他の符号の電気通信による送信」(改正規則5条2号)と規定する。その趣旨は、法4条1項に規定された「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、侵害情報の送信についての発信者情報に限られると解するのが文理に忠実であったが、海外法人が運営するSNSなどについては、侵害情報の送信について特定電気通信役務提供者が通信記録を保有しない場合があることから、ログイン情報の送信についての発信者情報を開示の対象として明記することで、救済の実効性を確保する一方、ログイン情報の送信は、侵害情報の送信そのものではなく、侵害情報の発信者以外のログイン情報が開示される可能性があり、また、開示を可能とする情報を無限定とすれば、発信者のプライバシーや表現の自由及び通信の秘密が侵害されるおそれがあることから、ログイン情報の発信者情報の開示を、侵害情報の発信者を特定するために必要最小限な範囲であるもの、すなわち当該権利侵害と相当の関連性を有するものに限定したものと解される。
 そして、改正規則案5条1項では、発信者情報の開示が認められるログイン情報の送信については、侵害情報の送信より前で(2号)、侵害情報の送信の直近に行われたものとする(柱書)旨規定されていたのに対し、改正規則5条1項柱書が侵害情報の送信との「相当の関連性」を有するものとして、幅のある文言としていることからすれば、「相当の関連性」の有無は、当該ログイン情報に係る送信と当該侵害情報に係る送信とが同一の発信者によるものである高度の蓋然性があることを前提として、開示請求を受けた特定電気通信役務提供者が保有する通信記録の保存状況を踏まえ、侵害情報に係る送信と保存されているログイン情報との時間的近接性の程度等の諸事情を総合勘案して判断されるべきであり、侵害情報の送信とログイン情報の送信との間に時間的に一定の間隔があることや、ログイン情報の送信が侵害情報の送信の直近になされたものではないことをもって、直ちに関連性が否定されるものではないというべきである。
(2)これを前提として本件についてみると、本件IPアドレス等に係る情報のログイン日時(令和4年2月10日)と、本件ツイートが投稿された時点(令和3年10月10日)との間には一定の間隔があることは明らかであるが、本件のような事案において、控訴人が開示可能なより間近な時点でのIPアドレス等に係る情報が存在するかについては、控訴人本人において判断することは困難であるところ、原審において被控訴人や原審裁判所からこの点に関する指摘があったことをうかがわせる事情も見当たらないことに照らせば、本件においてこの点を重視することは相当でない。
 他方、本件においては、前記第2の2(4)のとおり、被控訴人の意見照会に対し、本件ログインに係る回線契約者とは別人であるとしつつも、回答者が、本件ツイートをしたことを認めた上で、本件ツイートが控訴人の著作権や著作者人格権を侵害するものであることを否定する回答をしているし(甲11)、本件IPアドレス等に係る情報のログイン日時(令和4年2月10日)の後の日である令和4年3月には、本件アカウントが削除された上に、同月23日には、「タピオカちゃんを動かして」いたとする者が、ツイッター内のダイレクトメッセージ(以下「本件メッセージ」という。)で控訴人に連絡をとり、本件ツイートをしたことを前提として謝罪をしている(甲14)ことが認められるのであるから、本件投稿者と本件ログインをした者が同一であることは明らかであるという事情がある。なお、本件回答書にいうように、本件投稿者が本件ログインに係る回線契約者と別人であるとしても、本件投稿でも【代/行】と記載され(甲2)、本件メッセージでも本件ツイートは「代行」したものであることを前提としており、情報の送信は本件ログインに係る回線契約者によってされたものと認められるから、本件ツイートや、本件ログイン自体は、本件ログインに係る回線契約者によってされたものというべきである。
 これらの本件特有の事情を総合勘案するとともに、本件事案のこれまでの経緯に鑑みれば、本件ログインの通信は、本件ツイートと相当の関連性を有し、侵害関連通信(改正法5条3項)に当たるものと解するのが相当である。
(3)そうすると、本件発信者情報は、特定発信者情報(改正法5条1項)に該当する。
2 争点3(被控訴人は「開示関係役務提供者」(法4条1項)又は「関連電気通信役務提供者」(改正法5条2項)に該当するか)について
 改正法5条2項は、電気通信設備を用いて侵害関連通信を媒介等したものの、侵害情報を流通させた特定電気通信を媒介等したかどうか不明である電気通信役務提供者に対する開示請求を可能とするものであるところ、被控訴人は、本件ツイートの送信を媒介等したかどうかは不明であるが、本件ログインの送信を媒介しているのであるから、改正法5条2項にいう「関連電気通信役務提供者」に当たるものというべきである。
3 争点1(本件ツイートにより控訴人の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
 事案に鑑み、氏名表示権侵害の有無について判断する。
 証拠(甲6、7)によれば、本件各写真は、控訴人が被写体、アングル及びレンズの選択といった創意工夫をして撮影し、写真雑誌のフォトコンテストに応募して受賞したものであるから、控訴人が自己の思想又は感情を創作的に表現したものであると認められる。
 また、証拠(甲2、7)によれば、本件各写真では、蝶のイラストを「NoBrandPhotoby【A】」の英文字で囲んだウォーターマークが付されているところ、本件投稿画像では、本件写真1のウォーターマークが切り取られており、本件写真2及び3のウォーターマークが縮小され判読困難となっており、本件ツイートに、控訴人の氏名等の表示はされてない。
 そうすると、本件ツイートが控訴人の氏名表示権を侵害することは明らかというべきである。
4 争点4(控訴人が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について
 証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件投稿者に対し、不法行為に基づく損害賠償等を請求する予定であり、そのためには、被控訴人が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があることが認められる。
第4 結論
 以上によれば,その他の点について判断するまでもなく,控訴人の請求は,理由があるから認容すべきところ、これを棄却すべきであるものとした原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから,原判決を取り消した上、被控訴人に対し本件発信者情報の開示を命じることとし,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 菅野雅之
 裁判官 本吉弘行
 裁判官 岡山忠広
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