判例全文 line
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【事件名】「将棋フォーカス」ナレーション事件(2)
【年月日】令和5年3月16日
 知財高裁 令和4年(ネ)第10103号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和3年(ワ)第30051号)
 (口頭弁論終結日 令和5年2月21日)

判決
控訴人 X
被控訴人 日本放送協会
同訴訟代理人弁護士 梅田康宏
同 藤森卓也
同 嘉満千晶
同 木嶋望
同 國松崇


主文
1 被控訴人は、控訴人に対し、5万5500円及びこれに対する令和3年5月30日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
3 控訴費用は、これを3分し、その2を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
4 なお、原判決は、控訴人の訴えの交換的変更により、失効している。

事実及び理由
 用語の略称及び略称の意味は、本判決で定義するもの及び改めるもののほかは、原判決に従うものとする。また、原判決の引用部分の「別紙」を全て「原判決別紙」に改める。
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨(控訴人)
(1)被控訴人は、控訴人に対し、16万5500円及びこれに対する令和3年5月30日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。(控訴人は、原審において、人格権の侵害(平穏な日常の阻害や名誉棄損に係るもの)に基づく損害賠償金16万5000円及びこれに対する同日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払請求をしていたが、当審において、著作者人格権(氏名表示権)の侵害に基づく同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払請求へと、訴えを交換的に変更するとともに、著作権(公衆送信権)の侵害に基づく損害賠償金500円及びこれに対する同日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払請求を追加した。)
(2)訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁(被控訴人)
(1)控訴人の控訴審における交換的変更に係る請求及び追加請求をいずれも棄却する。
(2)控訴審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1)控訴人は、将棋に関するウェブサイトである「A」(原告ウェブサイト)を管理運営する者であるところ、令和3年5月30日に被控訴人が放送したテレビ番組「将棋フォーカス」(本件番組)内の「初心者必見!対局マナー」というコーナー(本件コーナー)で、原告ウェブサイトに掲載された原判決別紙対比表の1〜5の「原告文章」欄記載の各文章(以下、併せて「原告文章」といい、上記1〜5の「原告文章」欄に記載された各文章をそれぞれその数字に従って「原告文章1」などという。)と類似したナレーション及び字幕(本件ナレーション等)が流されるなどした。
(2)本件は、控訴人が、原審において、本件番組の放送によって控訴人の人格権の侵害(平穏な日常の阻害や名誉棄損に係るもの)がなされたと主張して、民法709条に基づき、損害賠償金16万5000円(慰謝料相当額15万円及び弁護士相談費用等相当額1万5000円の合計額)及びこれに対する不法行為の日である令和3年5月30日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(3)原審は、名誉棄損の可能性については抽象的なものにとどまり、損害賠償請求を可能とする程度に控訴人の平穏な日常生活が害されたということはできず、不法行為の成立要件である「権利又は法律上保護される利益」の「侵害」を認めることはできないとして、控訴人の請求を棄却した。これを不服として、控訴人が控訴を提起した。
(4)当審において、控訴人は、後記のとおり、上記人格権侵害の不法行為に基づく請求を著作者人格権(氏名表示権)侵害の不法行為に基づく請求(請求の趣旨は原審におけるものと同じ。)に交換的に変更するとともに、著作権(公衆送信権)侵害の不法行為に基づくものとして、損害賠償金500円及びこれに対する不法行為の日である令和3年5月30日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払請求を追加した。
2 前提事実
 次のとおり改めるほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の1に記載するとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決2頁11行目の「16条」を削除する。
(2)同2頁20行目の「本件番組を」を「その制作に係る本件番組を」に改める。
(3)同2頁22行目の「VTRにおいて」の次に「、控訴人の許諾を得ることなく、また、原告ウェブサイトにおける原告文章に依拠したことを示すことがないまま」を加える。
(4)同3頁2行目「ウェブサイト」の次に「(以下「本件番組サイト」という。)を、同頁11行目の「文章」の次に「(以下「本件謝罪文」という。)」をそれぞれ加える。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)原告文章の著作物性並びに原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)の侵害の有無(以下「争点1」という。)
(控訴人の主張)
ア 将棋の対局マナーは、多くのウェブサイトや書籍等において取り上げられているテーマではあるが、誰が記載しても同じになるというものではない。特に、原告文章を含む原告ウェブサイト中の文章は、控訴人が、将棋及び執筆の豊富な経験や知識を基に、閲覧者のレベルを考慮し、なるべく一般的な用語を用いて、端的に、正確に、誤解が生じにくく、分かりやすく、面白いものとなるよう、長い時間をかけて試行錯誤を重ねて作成したものであって、独自性が高く価値の高い成果物である。
イ 具体的には、次のとおりであって、原告文章は、一般的な情報の羅列ではなく、選択した内容、伝える順番、具体的な用語、言い回しに控訴人の個性が現れたものであり、分かりやすく、面白く、強烈なインパクトのある表現を含み、段違いに印象に残りやすいもので、一般的な表現の範囲を超えた、思想又は感情を含む創作的な表現である。
(ア)原告文章1について
 将棋の対局者や座席に上位及び下位の概念があり、対面対局においては上位者が上座、下位者が下座に座るという知識を持っている将棋ファンは多いが、プロ棋士の対局と異なり、将棋道場等におけるアマチュア同士の対局においては座る場所に関する共通的な決まりごとが存在しないという違いを知らず、着席前に動揺してしまう将棋初心者を、控訴人は何人も見てきた。控訴人は、その経験を生かし、プロとの違いを知ってもらうため、座る場所をあえてマナー情報に含めて記載しており、その選択における独自性は高い。また、原告文章1では、「あまり気にする必要はありません」とまず明記して勘違いを防いだ上で、「空いている場所を探してスムーズに着席」という具体的な行動まで端的に記述することで、迷わなくて済むよう工夫をしている。
(イ)原告文章2について
 ゲームやスポーツ等において、目上の人や指導する人だけが準備や片づけを行うことはまれであるため、控訴人は、将棋において、駒の準備や片づけを我先に行おうとする将棋初心者を何人も見てきた。控訴人は、その経験を生かし、特にマナー知識の乏しい将棋初心者の目線から、「下位者が手を出さないようにしましょう」と、やらないことがマナーであると明記して勘違いを防いだ上で、「雑用は喜んで!」と、将棋初心者が抱きがちな感情を、将棋のマナーについて説明した他の書籍やウェブサイトでは一切使われていないが一般社会ではありふれた表現を用いて創作的に表現することにより、印象に残りやすくするといった唯一無二の工夫をしている。
(ウ)原告文章3及び4について
 控訴人は、それぞれのマナーを説明するに当たり、一切の過不足がない端的な表現を用いている。原告文章3及び4は、その前後を原告文章1及び2並びに原告文章5に挟まれており、それらと一連の流れの中にある。さらに、原告文章4と本件ナレーション等を比較すると、「ぐちゃぐちゃに置く」、「裏返す」、「重ねる」という順番までが完全に一致しており、本件番組の視聴者等においてそれらが転載に係るものであると気づく可能性を高めるものである(後記(2)(控訴人の主張)参照)。
(エ)原告文章5について
 将棋において、「待った」は明確なルール違反であるが、練習対局では容認されるのが実情であるところ、そのような中、控訴人は、自らの判断によって「練習対局で勝手に「待った」をしないこと」をマナーとして位置付けており、その選択における独自性は高い。また、控訴人は、数多くの「待った」を見てきたところ、特に将棋初心者の場合は、「あっ、間違えた」、「ちょっと待てよ・・・」などと言いながら無意識に差し手を戻すことが多い。そこで、控訴人は、それらの感情表現を、疑念感情にも配慮しつつ将棋初心者の目線に立った自然な心情表現として、創作的な表現を用いて文章に含めることで、「待った」に対する意識を高めるという唯一無二の工夫をし、その上で、本来はルール違反であることやそのポイントを併記することで、誤解を防ぎつつルールの定着を図っている。
ウ 被控訴人は、控訴人から利用の許諾を得るなどすることなく、控訴人の著作物である原告文章を利用して本件番組で本件ナレーション等を放送したもので、また、本件番組において原告ウェブサイトの名称を示すこともなかった。したがって、本件番組の放送により、被控訴人は、控訴人の公衆送信権及び氏名表示権を侵害したものである。放送法4条を遵守する義務を怠った被控訴人が本件番組の放送による利益を得たままの状況で、控訴人の請求が認められないとすることは、文化の発展を阻害することにもつながり許容されるものではない。
(被控訴人の主張)
ア 原告文章における表現は、いずれも一般的な言い回しやありふれた表現であって、著作物性がない。したがって、著作権及び著作者人格権の侵害を論じる余地はない。
イ 具体的には、次のとおりであって、原告文章は、独自性が高いとか、唯一無二の工夫によるものであるなどと評価されるものではなく、控訴人の創作的な表現であるとはいえない。
(ア)原告文章1について
 社会一般において、着席する位置について上座・下座という考え方があり、将棋の対局においても、上座・下座という考え方が常識ないしマナーとなっているが、他方で、アマチュア将棋の大会や道場などにおいては、この考え方が厳格に通用しているわけではない(乙15、18)。そのため、アマチュア同士の将棋の対局においては、上座・下座という一般常識があるものの、「基本的には各自が自由に着席位置を探して座り、その後対局を開始する」というのが一般的なマナーであるといえるが、そのような一般常識やマナーの類は、それ自体単なるアイデアであって、そもそも著作権法による保護の対象となり得ない。
 そこで、控訴人の具体的表現に創作性が認められるかどうかが問題となるが、まず、座る場所をマナー情報に位置付けて記載することは珍しいことではなく、むしろ一般的でごく自然な選択である。現に、他のウェブサイトにおいても同様の情報が紹介されている(乙14〜18)。また、原告文章1における「空いている場所を探してスムーズに着席し」といった表現は、事実を説明するための一般的な言い回しにとどまっており、他のウェブサイトにおける表現(乙14〜16、18)と比較しても、創作性を認めるほどの独自性を有するものではない。
(イ)原告文章2について
 将棋の対局においては、駒の準備や片付けを行うのは下位者ではなく上位者であるというマナーが存在する(乙14、21、22、27)ところ、前記(ア)のとおり、そのような一般常識やマナー自体は、著作権法による保護の対象とならないから、控訴人の具体的表現に創作性が認められるかどうかが問題となるが、まず、「下位者が手を出さないようにしましょう」という表現は、平易な言葉で説明する、ありふれた表現にとどまる。また、「雑用は喜んで!」という表現は、一般社会においても、率先して雑用を行うことを指す言葉として一般的に用いられるありふれた表現であり、同表現を含む部分も、結局は、上記マナーを平易に表現したものにすぎない。他の媒体における上記マナーに関する類似表現(乙22、27)と比較しても、唯一無二の工夫がされたものとはいえない。
(ウ)原告文章3について
 将棋の対局を開始するに当たり駒を並べるとき、まず上位者が王(王将)を取って並べ、下位者が玉(玉将)を取って並べることがマナーとされている(乙14、19、23)ところ、前記(ア)のとおり、そのような一般常識やマナー自体は、著作権法による保護の対象とならないから、控訴人の具体的表現に創作性が認められるかどうかが問題となるが、原告文章3における表現は、一般的な言い回しによる説明にすぎず、ありふれたものであって、他の媒体での上記マナーに関する類似表現(乙14、20、23)と比較しても、創作性を認めるほどの独自性を有するものではない。
(エ)原告文章4について
 将棋の対局を開始するに当たっては、駒(持ち駒)を表向きにそろえ、きれいに並べることもマナーとされている(乙14、21、28、29)ところ、前記(ア)のとおり、そのような一般常識やマナー自体は、著作権法による保護の対象とならないから、控訴人の具体的表現に創作性が認められるかどうかが問題となるが、原告文章4における表現は、一般的で平易な表現の域にとどまり、ありふれたものであって、他の媒体での上記マナーに関する類似表現(乙14、25、29)と比較しても、創作性を認めるほどの独自性を有するものではない。
(オ)原告文章5について
 将棋の対局においては、いったん駒を指した後に、指し直しをしたり、「待った」をしたりすると反則負けになるというルール、あるいは「待った」をしてはいけないというマナーが存在している(乙14、19、24、34、36)ところ、前記(ア)のとおり、そのような一般常識やマナー自体は、著作権法による保護の対象とならないから、控訴人の具体的表現に創作性が認められるかどうかが問題となるが、まず、「待った」をしないことをマナーとして位置付けることは、一つのアイデアにすぎない上、他のウェブサイト等においても「待った」をしないことをマナーとして位置付けるものが散見され(乙14、19、32)、当該アイデア自体も控訴人独自のものではなく、選択における独自性があるとはいえない。また、他のウェブサイト等においても、「待った」、「あ、間違っている」などの言葉遣いが用いられていることからして、「あっ、間違えた!」、「ちょっと待てよ・・・」といった表現も一般的にもよく用いられるもので、原告文章5の表現は、ありふれたものにとどまっている。
(2)損害の発生の有無及びその数額(以下「争点2」という。)
(控訴人の主張)
ア 氏名表示権侵害による慰謝料相当額
(ア)放送法で定められた公共の放送事業者である被控訴人が、故意に原告文章を無断掲載することにより制作した本件番組を全国放送したことにより、控訴人は、これに対応するための金銭的及び時間的負担を負い、精神的苦痛を被った。
 本件番組には相当数の視聴者が存在したところ、その内容に興味を持った視聴者においては、インターネットで検索をし、検索結果の上位に表示される原告ウェブサイトを閲覧し、本件ナレーション等とほぼ同一の内容の原告文章を見て、被控訴人が無断転載をするはずがないと考え、原告ウェブサイトが無断転載をしていると疑う可能性がある。前記(1)(控訴人の主張)のとおり原告文章の独自性が高いことからすると、単に似ていると思われるにとどまらず、原告ウェブサイトにおいて本件ナレーション等をコピーアンドペースト(コピペ)しているなどと思われる可能性がある。したがって、本件番組の放送は、控訴人の社会的評価の低下を生じさせ得るものであり、また、原告ウェブサイトの運営等にも支障を来すものであった。
(イ)控訴人は、被控訴人の行為により、弁護士に依頼すれば30万円以上を要する対応を自ら行うなどしたもので、控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料相当額は、15万円を下らない。
(ウ)なお、被控訴人が本件に気づいたのも控訴人の対応によるものであり、無断転載をしておきながら、放送の4日後にウェブサイトへ謝罪文を載せた程度では、遅すぎて評価に値しないというべきである。
イ 公衆送信権侵害に係る財産的損害
(ア)被控訴人は営利を目的としておらず(放送法20条4項)、被控訴人の事業収入等から利益を算出することは困難であるため、被控訴人の落ち度とそれに関して本来あるべき作業をした場合の人件費から、被控訴人が受けた利益(著作権法114条2項)を算定するのが相当である。
(イ)被控訴人の落ち度としては、まず、@番組制作者が自分の言葉で文章を書かなかったことがあるところ、約400字という文章量を踏まえ、放送番組という品質を満たし得る用語の選択や言い回し等の創作の必要性などを考慮すると、作業時間は20分を下回らないというべきである。
 また、被控訴人の落ち度として、A番組責任者が無断転載の確認をしなかったこともある。番組責任者においては、番組制作者に対し、口頭で確認した上で、被控訴人の所有している書籍や主要なウェブサイトに目を通して著作物性のある表現と一致していないことを確認すべきであったにもかかわらず、これを怠った。上記のような作業については、将棋のマナーについて説明している書籍やウェブサイトの数の多さを考慮すると、作業時間は10分を下回らないというべきである。
(ウ)被控訴人の番組制作者及び番組責任者の賃金は、本件番組の放送日時点の東京都の最低賃金である時間額1013円を下回らないはずである。
(エ)したがって、被控訴人が得た利益は、上記時間額1013円の0.5時間(30分)に相当する500円(100円未満切捨て)を下回らないといえる。
ウ その他の積極損害
 控訴人は、本件番組における控訴人の著作者人格権侵害に関し、弁護士相談費用、これに伴う交通費、被控訴人へ送付した警告書の封筒代や切手代等(乙2、5参照)の支出を余儀なくされたもので、それらに係る損害額は、1万5000円(前記ア及びイの合計額である15万0500円の1割に相当する額。ただし、1000円未満切捨て。)を下らない。
(被控訴人の主張)
 否認ないし争う。なお、本件番組の内容は、広く知られている将棋の対局マナーを一般的な表現の範囲で伝えるものにすぎないから、一般の視聴者の普通の注意と受け取り方を基準に検討しても、本件番組を視聴したことのみをもって、一般の視聴者が直ちに原告ウェブサイトを想起し、原告ウェブサイト中の原告文章が本件ナレーション等を無断転載しているなどと考えることは、およそ想定できない。したがって、本件番組の放送が控訴人の社会的評価を低下させるなどということはない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告文章の著作物性並びに原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)の侵害の有無)について
(1)著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、思想、感情若しくはアイデア、事実など表現それ自体ではないものや、表現ではあっても表現上の創作性がないものについて、著作権法による保護は及ばない。そして、表現上の創作性があるというためには、作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要し、表現が平凡かつありふれたものである場合は、これに当たらないというべきである。
(2)原告文章1について
ア 原告文章1は、将棋の対局の際に座る場所に関し、将棋道場などの場合と和室で指導対局を受けるような場合を分け、前者の場合には、座る場所について余り気にする必要はない一方で、後者の場合には、上位者が上座に座ることなどを説明するものであるところ、座る場所について説明することや、それに当たり上記のように場合分けをして説明すること自体は、アイデアにすぎない。また、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって(乙15〜19、21、弁論の全趣旨)、当該内容自体から創作性を認めることはできず、その表現についても、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは直ちに認め難い。
 また、上記の点をおくとしても、本件ナレーション等のうち原告文章1に対応する部分は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、原告文章1と重なり合うものにすぎない。
 したがって、原告文章1について、本件番組の放送により控訴人の著作権(公衆送信権)又は著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたものとは認められない。
イ 控訴人は、座る場所をあえてマナー情報に含めて記載しているという選択における独自性を主張するが、上位者が上座、下位者が下座に座るといった点をマナーに関する情報として記載することに独自性は認められない。また、控訴人は、座る場所についてプロ棋士の対局とアマチュア同士の対局において違いがあることや、原告文章1では、まず勘違いを防いだ上で具体的な行動まで端的に記述していることなどを主張するが、それらの点が創作性に係る前記アの判断を直ちに左右するものとはいい難く、また、それらの点は本件ナレーション等には含まれていないから、いずれにせよ、権利侵害がないとの前記アの認定判断は左右されない。
(3)原告文章2について
ア 原告文章2は、将棋の駒の準備や片付けに関して説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって(乙19〜24、27、弁論の全趣旨)、当該内容自体から創作性を認めることはできない。
 もっとも、「「雑用は喜んで!」とばかりに下位者が手を出さないようにしましょう。」という部分については、控訴人自身の経験に基づき、初心者等が陥りがちな誤りを指摘するため、広く一般に目下の者が「雑用」を率先して行うに当たっての心構えを示したものといい得る表現を選択し、これを簡潔な形で用いた上で、しかし、逆に、将棋の駒の準備や片付けに関してはこれが当てはまらないことを述べることで、将棋の初心者にも分かりやすく、かつ、印象に残りやすい形で伝えるものといえる。この点、本件番組の制作時に参考にした書籍やウェブサイトである被控訴人が当審において提出した証拠(乙15〜37。以下「当審提出証拠」という。)のうち駒の準備や片付けについて記載されたもの(乙20〜24、27)にも、類似の表現は見受けられない。したがって、上記部分は、特徴的な言い回しとして、控訴人の個性が表現として現れた創作性のあるものということができ、著作物性を有するというべきである。これに対し、原告文章2のうちその他の部分における表現は、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは認められない。
 そして、本件ナレーション等のうち原告文章2に対応する部分においては、正に上記のとおり創作性のある部分が、感嘆符の有無と「下位者が」を「下位の者は」と変更する点を除くと一言一句そのままの形で使用されている。
 したがって、被控訴人は、原告文章2のうち創作性のある部分について、控訴人の許諾を得ることなく、また、その著作者名を表示することもなく、これを含む本件ナレーション等を本件番組で放送したことにより、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められる。
イ 被控訴人は、「雑用は喜んで!」という表現は、一般社会においても一般的に用いられるありふれたものであるなどと主張するが、駒の準備や片付けは上位者が行うという将棋のルールを踏まえると、それらは将棋の対局において「雑用」とはいえないものである。そのようなものについて、あえて「雑用は喜んで!」との表現を用いた上で、かつ、逆説的に説明するという特徴的な言い回しをしたという点に、控訴人の個性が現れているということができる。前記アの認定判断に反する被控訴人の主張は採用できない。
(4)原告文章3について
ア 原告文章3は、王将と玉将の使用者やその順序等について説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって(乙19〜〜26、30、弁論の全趣旨)、当該内容自体から創作性を認めることはできず、その表現についても、ありふれたものといえる。
 したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告文章3について、本件番組の放送により控訴人の著作権(公衆送信権)又は著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたものとは認められない。
イ 控訴人は、一切の過不足がない端的な表現を用いていることや、原告文章3が原告文章1、2及び5等との一連の流れの中にあることなどを主張するが、いずれも前記アの認定判断を左右するものとはいえない。
(5)原告文章4について
ア 原告文章4は、持ち駒の並べ方について説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって(乙19〜21、24〜26、28〜30、34、弁論の全趣旨)、当該内容自体から創作性を認めることはできず、その表現についても、ありふれたものというべきである。
 したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告文章4について、本件番組の放送により控訴人の著作権(公衆送信権)又は著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたものとは認められない。
イ 控訴人は、一切の過不足がない端的な表現を用いていることや、原告文章4が原告文章1、2及び5等との一連の流れの中にあることなどを主張するが、いずれも前記アの認定判断を左右するものとはいえない。また、控訴人は、原告文章4と本件ナレーション等との間で、「ぐちゃぐちゃに置く」、「裏返す」、「重ねる」という順番が完全に一致していることを主張するが、その点も前記アの認定判断に影響する事情であるとはいえない。
(6)原告文章5について
ア 原告文章5は、将棋の「待った」について説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって(乙19、21、24、26、31〜32、34〜37、弁論の全趣旨)、当該内容自体から創作性を認めることはできない。
 もっとも、「着手した後に「あっ、間違えた!」「ちょっと待てよ・・・」などと思っても、勝手に駒を戻してはいけません。」という部分については、将棋を指す者が抱き得る感情を分かりやすく簡潔に表現することで、将棋の初心者にも印象に残りやすい形で伝えるものといえる。この点、当審提出証拠のうち「待った」について記載されたもの(乙19、21、24、26、32、34〜37)の中に、類似の表現はほとんど見受けられず、唯一、「仮に駒から手を離した瞬間に「あ、間違っている」と気づいたとしても」という類似の表現が用いられているもの(乙32)はあるが、原告文章5は、控訴人自身の経験に基づき、感嘆符等の記号を用いるほか、「あっ、間違えた!」という語と「ちょっと待てよ・・・」という語を続けてたたみかけることで、将棋を指す者が抱き得る感情とルール又はマナーとしての将棋の「待った」をより生き生きと分かりやすく、かつ、印象深く表現するものといえる。したがって、上記部分は、控訴人の個性が表現として現れた創作性のあるものということができ、著作物性を有するというべきである。これに対し、原告文章5のうちその他の部分における表現は、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは認められない。
 そして、本件ナレーション等のうち原告文章5に対応する部分においては、正に上記のとおり創作性のある部分が、感嘆符及び「・・・」の有無等の点を除き、ほぼそのままの形で使用されている。
 したがって、被控訴人は、原告文章5のうち創作性のある部分について、控訴人の許諾を得ることなく、また、その著作者名を表示することもなく、これを含む本件ナレーション等を本件番組で放送したことにより、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められる。
イ 前記アの認定判断に反する被控訴人の主張は、いずれも採用することができない。
(7)まとめ
 以上によると、被控訴人は、原告文章2及び5のうち創作性のある部分について、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められるところ、被控訴人は、一般人に分かりやすい説明文であるとして、原告ウェブサイトに掲載されていた原告文章2及び5の上記部分を含め、特に選択して使用したものと認められるから(乙1)、控訴人の上記各権利を侵害することについて、被控訴人には、少なくとも過失があったといえる。
 したがって、被控訴人は、控訴人の上記各権利の侵害について損害賠償責任を負うというべきである。
2 争点2(損害の発生の有無及びその数額)について
(1)本件番組放送後の経緯に係る認定事実
 括弧内に掲記する証拠、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によると、本件番組放送後の経緯として、次の事実が認められる。
ア 本件番組を視聴した控訴人は、本件ナレーション等において特に「雑用は喜んで」との表現が用いられていたことなどから、原告ウェブサイトに掲載された原告文章が無断で利用されたものであることに気づき、本件番組の放送翌日である令和3年5月31日(以下、年月日を示すに当たり、「令和3年」の記載は省略する。)、「将棋口座ドットコム」名義の控訴人のツイッターアカウントから、本件番組の本件コーナーで原告ウェブサイトから多数の無断転載があった旨や、原告ウェブサイトの内容や表現は長い時間をかけて何度も悩みながらたどり着いたものであるにもかかわらず、テレビ局がコピペで自分の手柄にするのは信じられない旨を発信した。(乙7)
イ(ア)被控訴人は、6月1日、前記アの控訴人の発信を確認して、調査を行い、本件ナレーション等において原告文章を控訴人に無断で利用したとの事実を確認した。
(イ)被控訴人は、6月3日、本件番組サイトのトップページに、本件ナレーション等が既存の文章をほぼ転載したものであることを謝罪する旨の文章(本件謝罪文と同内容・同趣旨であるが原告ウェブサイトを特定しないもの。)を掲載した。
(ウ)6月4日から同月11日までの間に、被控訴人が、本件番組において、原告ウェブサイトの説明文を複数箇所にわたりそのまま使用したことにつき、不適切であったとして本件番組サイト上で謝罪したこと、被控訴人においては弁護士に確認した上で違法性はないが公共放送の番組としては不適切であったと判断していることなどが、共同通信から配信されるとともに、複数の新聞において報道された。(乙8〜13)
ウ 控訴人は、弁護士に相談した上で、6月5日付けで、「NHK放送センター将棋フォーカス」宛てに、「警告書」と題する書面を送付した。同書面には、前記イ(イ)の文章は確認しているが、転載元が不明瞭であり、また、本件に対する被控訴人の対応が無断転載の助長につながらないようにする必要があると考えることから、@前記イ(イ)の文章に転載元である原告ウェブサイトの名称を追記し、追記から2週間以上はそれを残すこと、A本件コーナーのウェブページ内部に、原告ウェブサイトからの転載があることを明記した上で、原告ウェブサイトへのリンクを張り、無期限でそれを残すこと、B「正直な番組制作」を目指すために実施する具体策を検討の上で、その結論を連絡することなどを要望する旨等が記載されていた。(乙2)
エ(ア)被控訴人は、6月20日、前記イ(イ)の文章を、原告ウェブサイトの名称を明記した本件謝罪文に差し替えるとともに、本件コーナーのウェブページにおいて、本件コーナーの内容が原告ウェブサイトを参考にしたものであることを注記し、かつ、原告ウェブサイトのトップページのURLを記載した。(乙1、3)
(イ)被控訴人における本件番組の担当者(以下「本件担当者」という。)は、同日、控訴人に対し、前記(ア)の対応をした旨及び再発防止に努める旨等を記載した電子メールを送信した。(乙4の1)
オ 被控訴人は、6月21日、本件担当者に対し、前記エ(ア)の対応を確認した旨及び前記ウAのとおり原告ウェブサイトへのリンクを張ることを改めて求める旨等を記載した電子メールを送信した。(乙4の2)
カ 本件担当者は、6月27日、控訴人に対し、被控訴人の「放送ガイドライン」を踏まえて原告ウェブサイトの名称とURLを記載する対応とした旨を理解してほしい旨のほか、再発防止に向けては、放送に関わる幹部会議で注意喚起をし、また、NHKグループ及び外部制作プロダクションの関係者とも共有し、基本的な放送倫理の周知確認を改めて徹底するとともにチェック体制の強化(複眼的チェックの強化、ナレーションの情報ソースの確認、番組の研修業務の強化)を図る旨などを記載した電子メールを送信した。(乙4の3)
キ 控訴人は、6月28日、本件担当者に対し、そもそもインターネット上で引用をする場合には、引用元の明記等と併せて当該ページへのリンクを張るのがルールであり、今回は無断かつ転載元を表記しない形での転載であって悪質なものであるにもかかわらず、控訴人においては、最初から正当に引用がされた場合と同様の結果になるよう求めているにすぎない旨等を記載した電子メールを送信した。(乙4の4)
ク 被控訴人は、7月4日、掲載から2週間を経過したとして、本件番組サイトに掲載していた本件謝罪文を削除した。また、本件担当者は、同日、控訴人に対し、原告ウェブサイトへのリンクに対しては対応し難い旨等を改めて記載した電子メールを送信した。(乙4の5)
ケ 控訴人は、同日のうちに、本件担当者に対し、今回の件は不法行為に当たると考える旨や、被控訴人が不当に利益を得た一方で、原告ウェブサイトの社会的評価が損なわれるおそれが生じたことから控訴人においては様々な対応を迫られて時間的、経済的負担を被っている旨、メールによる最終通知として、改めて原告ウェブサイトへのリンクを張るよう求める旨、当該リンクが張られれば、控訴人からの損害賠償請求について全ての対応が完了することになる旨、最終的には法的手続も辞さない覚悟である旨等を記載した電子メールを送信した。(乙4の6)
コ 本件担当者は、7月8日、控訴人に対し、多大な迷惑をかけたことを改めて詫びる旨とともに、一部要望に沿い切れない部分があるが、被控訴人が組織として実施できる範囲では最大限の対応であり、これ以上の対応は難しい旨等を記載した電子メールを送信した。(乙4の7)
サ 控訴人は、7月13日付けで、「NHK放送センター制作局長」宛てに、「警告書」と題する書面を送付した。同書面には、被控訴人が不当に利益を得た一方で、控訴人は何年もかけて作り上げてきた原告ウェブサイトに対する信用を失うところであった(「パクリサイト」と勘違いされて既に一部では失っているかもしれない)もので、控訴人においては大きな経済的、時間的、精神的負担を強いられた旨や、未対応の要求に可及的速やかに対応されたい旨等が記載されていた。(乙5)
シ(ア)7月16日から同月31日にかけて、電子メールをもって、本件担当者と控訴人との間で、原告ウェブサイトへのリンクを巡ってやり取りがされたが、交渉は平行線をたどった。(乙6の1〜6)。
(イ)控訴人は、被控訴人に対し、7月22日送信の電子メールで、控訴人からの要望に対応することを求めるとともに、これが最終警告であり、不本意であるが次以降は金銭での賠償を求める旨を告知した上で、7月31日送信の電子メールで、損害賠償を求めることとしたことを告げ、8月6日、損害賠償金24万2500円を請求する旨を記載した電子メールを送信したが、本件担当者は、8月20日、控訴人に対し、改めて被控訴人の関係部局や弁護士を交えて検討したものの、著作権侵害や一般不法行為には当たらないと考えており、この点については当初から被控訴人の理解は変わっていない旨、したがって損害賠償請求等には対応できない旨等を記載した電子メールを送信した。(乙6の4・6〜8)
(2)損害額について
ア 著作権(氏名表示権)侵害による慰謝料相当額について
 前記1において原告文章2及び5の創作性に関して指摘した点に加え、本件番組が全国放送されたものであること、被控訴人においては、公共の放送事業者であるにもかかわらず、原告文章2及び5の創作性のある部分をほぼそのままの形で使用したもので、それらの部分の使用に係る客観的及び主観的態様は悪質と評価されても仕方のないところであることなどを考慮すると、他方で、本件番組放送後の被控訴人の対応によって氏名表示権の侵害については一定の範囲で回復が図られているとみることができること等、前記(1)で認定した本件番組放送後の経緯を斟酌しても、著作者人格権(氏名表示権)侵害により控訴人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、5万円を認めるのが相当である。
 なお、前記(1)で認定した経緯に関し、原告ウェブサイトへのリンクを張ることができないという被控訴人の対応については、被控訴人の立場を踏まえた判断として尊重されるべきものと解されるが、他方で、自己の権利を侵害された控訴人が、自ら考える原状回復の手段として、原告ウェブサイトへのリンクを張るよう求め続けたことをもって、上記慰謝料請求権が存在しなくなるほどのものとまではいえず、原告ウェブサイトへのリンクに係る交渉が平行線をたどった結果として、控訴人が被控訴人に対して損害賠償をすることを決断し、本件訴訟に至ったという前記一連の経緯にも照らし、控訴人に支払われるべき慰謝料相当額を前記金額と認めるのが相当である。
イ 公衆送信権侵害に係る財産的損害
 前記1において原告文章2及び5の創作性に関して指摘した点や前記(1)の本件番組放送後の控訴人と被控訴人間の交渉の経過等からすると、原告文章2及び5のうち創作性がある部分の文字数等を考慮しても、被控訴人の権利侵害行為によって控訴人に500円の財産的損害が生じたことは、容易に認められる。
ウ その他の積極損害
 前記(1)の認定事実のほか、証拠(乙2、5)及び弁論の全趣旨によると、被控訴人の権利侵害行為によって、控訴人は、弁護士への相談費用やそのための交通費、封筒代や切手代等を支出したと認められるところ、本件が著作者人格権侵害に係るものであってその対応に法的な専門的知識が必要とされる程度は相応に高かったといえることなどを考慮すると、上記支出に係る損害として5000円を認めるのが相当である。
第4 結論
 よって、控訴人の当審における著作者人格権(氏名表示権)侵害に基づく16万5000円及びこれに対する遅延損害金の請求は、5万5000円及びこれに対する遅延損害金を請求する範囲で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、また、控訴人の当審における著作権(公衆送信権)侵害に基づく500円及びこれに対する遅延損害金の追加請求は、理由があるから、これを認容し、なお、原判決は、控訴人の当審における訴えの交換的変更により、当然にその効力を失っているから(それゆえ、原審における訴訟費用は当審の判断対象とならない。)、その旨を明らかにすることとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 本多知成
 裁判官 中島朋宏
 裁判官 勝又来未子
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