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【事件名】手すき和紙“染描紙”事件
【年月日】令和5年3月15日
 東京地裁 平成30年(ワ)第39895号 著作権侵害差止等請求事件(第1事件)、
 令和元年(ワ)第23696号 著作権侵害差止請求事件(第2事件)、
 令和2年(ワ)第22651号 著作物侵害差止等請求事件(第3事件)
 (口頭弁論終結日 令和4年11月2日)

判決
第1事件から第3事件原告 A
同訴訟代理人弁護士 山森克史
同 大井法子
同 雪丸真吾
第1事件被告 B(以下「被告B」という。)
同訴訟代理人弁護士 岩倉正和
同 戸田暁
同 稲垣勝之
同 井上貴宏
彈塚寛之
同訴訟復代理人弁護士 高藤真人
同 飯田真弥
同 遠藤祥史
第2事件被告 日本空港ビルデング株式会社(以下「被告ビルデング」という。)
第3事件被告 東京国際空港ターミナル株式会社(以下「被告ターミナル」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 武井一浩
同 中山龍太郎
同 岩瀬ひとみ
同 若林順子
同 角田宗信
同 玉虫香里


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告Bに対する請求(第1事件)
(1)被告Bは、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成22年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告Bは、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を同記載の条件で各1回掲載せよ。
2 被告ビルデングに対する請求(第2事件)
(1)被告ビルデングは、東京都大田区羽田空港三丁目3番2号所在の羽田空港第1旅客ターミナルビルにおいて、別紙物件目録記載15から20の各展示物(以下、同物件目録記載の各展示物について、番号に応じて「本件展示物15」等といい、本件展示物1から20を併せて「本件各展示物」という。)を展示してはならない。
(2)被告ビルデングは、本件展示物15から20を廃棄せよ。
(3)被告ビルデングは、原告に対し、令和元年6月24日から本件展示物15から20の各撤去まで、1日当たり各5000円の割合による金員を支払え。
3 被告ターミナルに対する請求(第3事件)
(1)被告ターミナルは、東京都大田区羽田空港二丁目6番5号所在の羽田空港第3旅客ターミナルビルにおいて、本件展示物1から14を展示してはならない。
(2)被告ターミナルは、本件展示物1から14を廃棄せよ。
(3)被告ターミナルは、原告に対し、令和2年7月22日から本件展示物1から14の各撤去まで、本件展示物1から9につき1日当たり各2500円、本件展示物10から14までにつき1日当たり各1500円の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1)第1事件
 原告は、被告Bに対し、@被告Bは、原告の各著作物をそれぞれ複製し又は翻案して本件各展示物を制作して原告の各著作権(複製権又は翻案権)を侵害し、原告はこれによって損害を受けたと主張して、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害の一部として合計806万円(本件展示物15から20について各132万円、本件展示物1から14について各1万円)及びこれらに対する不法行為より後の日である平成22年11月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(前記第1の1(1))、Aまた、被告Bは、著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで、被告ビルデングに対し本件展示物15から20を、被告ターミナルに対し本件展示物1から14を譲渡し、被告ビルデング及び被告ターミナルはそれぞれ譲り受けた本件各展示物を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示せず、したがって、被告Bは、被告ビルデング又は被告ターミナルと共同して(民法719条)、原告の各著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告はこれによって損害を受けたと主張して、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害の一部として合計194万円(本件展示物15から20について各30万円、本件展示物1から14について各1万円)及びこれらに対する上記同様の遅延損害金の支払(被告ビルデング又は被告ターミナルとの連帯支払)を求める(前記第1の1(1))とともに、名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき、謝罪広告の掲載を求める(同(2))。
(2)第2事件
 原告は、被告ビルデングに対し、被告ビルデングは、被告Bが著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで譲渡した本件展示物15から20を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示して原告の氏名を表示せず、被告Bと共同して(民法719条)、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告は損害を受けたと主張して、差止請求権(著作権法112条1項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物15から20の展示の差止めを、廃棄等請求権(著作権法112条2項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物15から20の廃棄を求める(前記第1の2(1)、(2))とともに、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為より後の日である令和元年6月24日から本件展示物15から20の各撤去まで1日当たり各5000円の割合による金員の支払(被告Bとの連帯支払)を求める(同(3))。
(3)第3事件
 原告は、被告ターミナルに対し、被告ターミナルは、被告Bが著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで譲渡した本件展示物1から14を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示して原告の氏名を表示せず、被告Bと共同して(民法719条)、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告は損害を受けたと主張して、差止請求権(著作権法112条1項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物1から14の展示の差止めを、廃棄等請求権(著作権法112条2項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物1から14の廃棄を求める(前記第1の3(1)、(2))とともに、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為より後の日である令和2年7月22日から本件展示物1から14の各撤去まで、本件展示物1から9につき1日当たり各2500円の、本件展示物10から14につき1日当たり各1500円の割合による金員の支払(被告Bとの連帯支払)を求める(同(3))。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実。証拠は文末に括弧で付記した。なお、書証は特記しない限り枝番を全て含む。以下同じ。)
(1)当事者
 原告は、手すきの和紙に模様等を施したもの等の制作、販売等を行う者である。(争いがない事実のほか、弁論の全趣旨)
 被告Bは、著名な日本画家である。(争いがない事実)
 被告ビルデングは、空港ターミナル・ビルデングの所有及び経営等を目的とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
 被告ターミナルは、国際線旅客ターミナルビルの所有及び経営等を目的とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
(2)事実経過
ア 原告は、無地の手すきの和紙に、刷毛等で模様や色彩を施したものを「染描紙」と呼んで、「紙舗a(PAPER A)」という名称の東京都内の店舗(以下「原告店舗」という。)において販売している(以下、原告店舗で販売されている、手すきの和紙に刷毛等で模様や色彩を施したものを「染描紙」と呼ぶ。)。原告店舗の名称の一部の「a(a)」は、原告の名前の一部である。(争いがない事実のほか、弁論の全趣旨)
イ 被告ビルデング及び被告ターミナルは、平成21年5月頃、被告Bに対し、東京国際空港(現在の名称は羽田空港。以下、名称変更の前後を通じて「羽田空港」という。)に展示するための、「空」と「雲」を表現したアートワーク作品の制作を依頼した。
 (本項につき、争いがない事実のほか、乙34、弁論の全趣旨)
ウ 被告Bは、被告ターミナルに対し、被告Bが制作した本件展示物1から14を譲渡した。
 本件展示物1から9は、別紙本件展示物一覧記載1から9の写真のとおりのものであり、中央の模様の部分は縦約224cm、横約115cmの大きさであり、それに表具を施したものである。本件展示物10から14は、同記載10から14の写真のとおりのものであり、中央の模様の部分は縦約115cm、横約115cmの大きさであり、それに表具を施したものである。本件展示物1から14の中央の模様の部分は、別紙本件展示物(1〜14)模様部分一覧記載1から14の写真のとおりのものである。
 被告ターミナルは、本件展示物1から14を所有し、平成22年11月頃から、本件展示物1から9をその管理する羽田空港第3旅客ターミナルビル2階到着コンコースに、本件展示物10から14を同ビル1階国際線乗り継ぎバス乗降場に展示している。
 本件展示物1から14には、著作者名として、被告Bの氏名が表示されており、原告の氏名は表示されていない。
 (本項につき、争いがない事実のほか、甲2、34、60、弁論の全趣旨)
エ 被告Bは、被告ビルデングに対し、被告Bが制作した本件展示物15から20を譲渡した。
 本件展示物15から20は、別紙本件展示物一覧記載15から20の写真のとおりのものであり、縦約450cm×横約704cmの大きさのもので、8曲の屏風様になっている。
 被告ビルデングは、本件展示物15から20を所有し、本件展示物15から17をその管理する羽田空港第1旅客ターミナルビル南ウイング2階に、本件展示物18から20を同北ウイング2階に展示している。
 本件展示物15から20には、著作者名として、被告Bの氏名が表示されており、原告の氏名は表示されていない。
 (本項につき、争いがない事実のほか、甲2、弁論の全趣旨)
オ 被告Bは、本件各展示物を以下のようにして制作した。
 被告Bは、原告店舗において複数枚の染描紙を購入し、約65cm×約180cmや約74cm×約100cmなどの大きさの各染描紙について、スキャナで読み込める大きさに切り出した。そして、これをスキャナで読み込んで、そのデータに調整を施し、それを印刷して、印刷したものに表具を施したり(本件展示物1〜14)、それを屏風様にしたり(本件展示物15から20)するなどして、本件各展示物を制作した。
 (本項につき、甲60、乙24、弁論の全趣旨)
カ 本件各展示物は、上記オのとおり原告店舗において購入された染描紙を使用して制作されたものであるところ(以下、本件各展示物の制作において使用された染描紙を、それぞれ、本件各展示物の番号に対応して「本件染描紙1」等といい、本件染描紙1から20を併せて「本件各染描紙」という。)、証拠上、本件染描紙1から14の大きさや模様等自体は明らかでなく、本件染描紙15から20は、別紙本件染描紙(15〜20)一覧記載15から20の各写真のとおりのものである(原告は、本件各染描紙を販売し、現在、手元に保有していない。もっとも、本件染描紙15から20についてはその販売後、被告Bに対する発送の準備のための写真が残っていて、上記写真はその一部を拡大したものである。本件染描紙15から20の写真は上記のように撮影されたものであり、原告が手元にある染描紙を撮影した以下に記載する別紙類似染描紙一覧記載の各染描紙の写真も考慮すると、本件染描紙15から20の写真に写っているものは実際の染描紙の色よりも鮮やかさ等が劣ったものとなっている可能性がある。)。
 本件染描紙15から17、19、20は約74cm×約100cmの大きさであり、本件染描紙18は約65cm×約180cmの大きさである。
 原告店舗において販売する染描紙として、別紙類似染描紙一覧記載1から20の各写真のとおりの染描紙(以下、番号に対応して「類似染描紙1」などということがある。なお、同写真における染描紙中の線や長さの表示は、本件訴訟のために原告が記載したものである。)がある。類似染描紙1から20の大きさは、別紙類似染描紙大きさ一覧記載のとおりである。
 (本項につき、甲30、乙24、弁論の全趣旨)
3 争点
(1)本件各染描紙が原告の著作物であるか(争点1)
(2)本件各展示物は本件各染描紙を複製又は翻案したものか(争点2)
(3)本件各染描紙について、原告が利用を黙示に許諾し、又は、その著作権が消尽したか(争点3)
(4)被告Bに各著作権侵害について故意又は過失があるか(争点4)
(5)被告Bの各著作権侵害により原告の受けた損害及び額(争点5)
(6)被告B及び被告ビルデングが共同して本件展示物15から20に原告の氏名を表示しなかったか(争点6)
(7)被告B及び被告ターミナルが共同して本件展示物1から14に原告の氏名を表示しなかったか(争点7)
(8)本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか(争点8)
(9)本件各展示物の廃棄が必要か(争点9)
(10)被告B及び被告ビルデングに各著作者人格権侵害について故意又は過失があるか(争点10)
(11)被告B及び被告ビルデングの各著作者人格権侵害により原告の受けた損害及び額(争点11)
(12)被告B及び被告ターミナルに各著作者人格権侵害について故意又は過失があるか(争点12)。
(13)被告B及び被告ターミナルの各著作者人格権侵害により原告の受けた損害及び額(争点13)
(14)名誉回復等の措置が必要か(争点14)
4 争点に関する当事者の主張。
(1)本件各染描紙が原告の著作物であるか(争点1)について
(原告の主張)
 本件各展示物の制作に使用された本件各染描紙は、原告が制作したものであり、また、美術の著作物である。
 すなわち、本件各染描紙は、壁紙、照明器具、工芸品などの制作に用いられる実用品でもあるが、それと同時に、専ら美的鑑賞の対象である美術の著作物である。原告は、無地の和紙に複数の刷毛等を用いて、本件各染描紙を制作し、本件各染描紙には、刷毛のあと、にじみ、色と配置に、原告の創作的な表現が表われている。本件各染描紙のそれぞれについての原告による創作的な表現の具体的な内容は、別紙本件各染描紙の表現についての原告の主張記載のとおりである。
 本件展示物1から14に使用された本件染描紙1から14は、これらを販売してその写真も残っていないが、類似染描紙1から14について、別紙類似染描紙一覧において四角い枠で囲んで指摘する部分は、原告の独自の表現であり、本件染描紙1から14にもそれらと同様の表現があったものであり、それらは原告の著作物である。なお、それらの表現は、本件展示物1から14に残っている。
 別紙本件染描紙(15〜20)一覧で、写真に対して四角い枠で囲んで指摘する部分は、原告の独自の表現であり、それらは原告の著作物である。
(被告Bの主張)
 原告が販売した本件各染描紙は実用品であって独立して美的鑑賞の対象とはなり得ず、その特徴に創作性ひいては著作物性が認められる余地はない。原告は、原告店舗において、染描紙を、画材として、使いやすい大きさに分割し、類似の模様ごとに分類して、他の大量の和紙と共に平積みにして、無記名で販売しており、被告Bは、実用品である画材としてこれらの紙を購入して本件各展示物に使用したにすぎない。原告が指摘する具体的表現は、色の濃淡、にじみ、曲線、直線、格子状の線、塗りむらのような模様、斑点といった部分的な特徴であり、このような部分的な特徴は、実用品である和紙の模様にすぎず、原告以外の者が製作した和紙にも数多く見られるごく一般的なありふれたものであり、和紙の装飾的効果を高めるという実用目的を達成するために必要な機能に係る部分であって、これと分離して美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているとはいえない。また、一般的に染め紙の模様は、偶然性によるところが大きく製作者の人為的な意図により描画することは不可能である。
 そもそも、原告は、本件展示物1から14に使用された本件染描紙1から14の具体的表現がどのようなものであったかを何ら主張立証していない。
 本件染描紙1から14に創作性が認められたとしても、被告Bはそれらの一部を切り出して本件各展示物を制作したのであり、その切り出した一部に創作性があるのかは不明である。
 本件染描紙15から20について、原告が指摘する具体的表現は、実用品である和紙に見られる一般的な特徴に尽きるものであり、このような特徴は実用目的と分離して美的鑑賞の特徴となるものではない。
 また、原告が販売する染描紙が全て原告が製作したものであるかは不明であり、原告が本件各染描紙を製作したことは明らかでない。
(被告ビルデング及び被告ターミナルの主張)
 本件各展示物に使用された染描紙は特定されていない。被告Bが主張するとおり、これらの染描紙に創作性ひいては著作物性は認められないし、染描紙の製作者が原告であることも明らかにされていない。
(2)本件各展示物は本件各染描紙を複製又は翻案したものか(争点2)について
(原告の主張)
 被告Bは、本件各展示物を制作するに当たり、本件各染描紙の色合いや縦横比の調整をしたのみであり、模様、絵柄、構成の修正、変更を一切行っていないから、本件各展示物は本件各染描紙を複製、翻案したものである。本件各展示物には、使用された本件各染描紙の刷毛のあと、にじみ、色と配置などの創作的表現が表われており、本件各展示物が本件各染描紙の一部を切り出したものであったとしても、本件各展示物には本件各染描紙の創作的特徴が感得できる。
 本件展示物15〜20は、別紙本件染描紙(15〜20)一覧において、四角い枠を付したものとして示した写真における、四角い枠で囲んだ部分も模様等を色調のみを変えて利用している。
(被告Bの主張)
 仮に、原告が販売した染描紙の模様に何らかの創作性が認められるとしても、それは一部の模様ではなく染描紙の各全体にしか認められないものである。被告Bは、本件各染描紙のごく一部を切り出して加工して本件各展示物を制作しており、切り出された各部分に本件各染描紙の創作性が維持されているとはいえない。また、被告Bは、本件各染描紙の色合いや色調の変化等の一部を大幅に加工、調整等することにより、本件各染描紙から看取されるものと全く異なる印象の本件各展示物を制作したのであるから、本件各染描紙の本質的特徴は本件各展示物において完全に消失しており、本件各染描紙と本件各展示物の間に同一性、類似性は認められない。
 特に、本件展示物15から20は、複合的な表現要素が組み合わさって成立しているインスタレーション作品であり、表面の模様だけではなく、切り出し方・大きさ、素材、屏風様の立体化、説明、展示場所の空間設計などを含めた本件各展示物を構成する諸要素全てを考慮して、本件染描紙15から20の本質的特徴が本件展示物15から20において維持されているかを判断すべきである。具体的には、本件展示物15から20は、本件染描紙15から20の一部を切り出して巨大化し、漆喰ペーパーという耐光性の高い素材に空や雲の備えている淡い風合いを再現した上、屏風様の展示形態を採用して立体感を際立たせて奥行きや動きを創出したものである。そして、それぞれを世界観に沿った万葉集の和歌と組み合わせることにより言語と視覚による独自の表現を提示して作品世界を際立たせ、さらに、展示場所の上方に存在する窓から差し込む日光が、本件展示物15から20の表情に変化を与え、時間の推移、四季の変化を感じさせ、背景の茶色の壁との対比によりその表現の変化が際立つように設計し、また、壁から浮かせて設置することにより立体化による表現を鑑賞しやすくしている。仮に、本件染描紙15から20の一部の模様が本件展示物15から20に残存していると評価されるとしても、各模様は、本件展示物15から20において、屏風様の立体化や下方の鑑賞位置との距離、角度の作用により、波打った複雑な形に大きく変化し、また、細部ではなく大きな構図や大まかな色合いが鑑賞の対象となるから、本件染描紙15から20の創作的表現が本件展示物15から20に残存しているとはいえない。また、本件染描紙15から20は、上下左右も表裏もなく無記名の実用品である画材として大量に製作され平積みで市販されている模様入り和紙にすぎず、刷毛のあとやにじみなどの模様も、平面的にのみ存在し、空や雲をイメージしたものでもなく、購入者もこれを実用目的である和紙の装飾的効果を高めるものと認識するにとどまるのに対し、本件展示物15から20は、特殊な素材を使用した巨大な展示物であり、空や雲の情景を鑑賞者に想起させるよう、和歌と組み合わせた上で屏風様に立体化して展示し、窓から差し込む日光による表情の変化をも取り入れて空間全体を作品として仕上げたものであって、両者の印象は完全に異なっており、本件染描紙15から20に見られる表現上の本質的特徴を本件展示物15から20から直接感得することは全くできない。
(3)本件各染描紙について、原告が利用を黙示に許諾し、又は、その著作権が消尽したか(争点3)について
(被告Bの主張)
ア 原告は、購入者に対し、その販売する染描紙について購入者の自由な利用を黙示に許諾していた。
 原告が販売した染描紙は、原告店舗で、購入者において自由に利用、加工することを前提として画材として販売されていたものであり、被告Bは、これらを購入するに当たり原告からその利用方法について何らの制約も課されていない。
イ 仮に、原告がその販売した染描紙について自由な利用を許諾していなかったとしても、原告の著作権は消尽している。
 すなわち、ある著作物の利用行為について、当該行為が通常想定される範囲内であり、かつ、権利者において当該範囲も含めて対価を得る機会があったといえる場合には、著作物の円滑な流通を確保する観点から、消尽原則によって、当該利用行為は権利侵害に該当しないと解すべきである。
 本件各染描紙は、原告店舗において画材として大量に販売されており、原告自身、その開設するウェブサイトにおいて様々な実用目的で使用することを積極的に推奨しているから、被告Bによる本件各展示物の制作も通常想定される範囲内の行為である。そして、原告は、染描紙の販売に当たり、当該範囲も含めて対価を含む機会があった。購入者が、画材として購入したものを画材として使用できないとすれば予期しない不利益を被ることになり、このような結論が社会通念上極めて不当であることは明らかである。
(原告の主張)
ア 原告は、加工、使用できるものとして染描紙を販売していない。原告は、原告店舗において、「無断転用、模倣、複写による商業行為」を禁じる旨掲示していた。
 原告は、染描紙が、壁、天井、襖、戸などの内装の装飾用途に使用される場合には、売上げに貢献し、また、和紙の普及を図ることに寄与することから、複製して使用される場合を除き容認しているが、染描紙が、美術の著作物として使用される場合には、単独で美的鑑賞の対象とされる場合を除き、一般的に自由な利用を許諾しておらず、事案に応じて判断しており、染描紙を複製して使用することは一切許諾していない。原告は、本件各展示物のように独自に描いた絵や模様が全くなく原告による染描を主体とする形態で各染描紙を使用することは許諾していない。
イ 原告は、被告Bに各染描紙を販売したことはあるが、その複製権及び翻案権を譲渡したことはないので、これらの権利が消尽したとはいえない。
(4)被告Bに各著作権侵害について故意又は過失があるか(争点4)について
(原告の主張)
 被告Bは、故意に原告の本件各染描紙についての各著作権を侵害した。被告Bは、職業画家であって著作権の侵害等には敏感なはずであり、原告宛ての書簡に紙の制作者として原告の氏名を表示しようと思ったと記載するなど、各著作権を十分に認識していた。被告Bには、仮に故意がなかったとしても過失がある。
(被告Bの主張)
 否認する。
(5)被告Bの各著作権侵害により原告の受けた損害及び額(争点5)について
(原告の主張)
 原告は、被告Bによる著作権侵害により、合計1894万9134円の損害を被った。
 すなわち、仮に原告が本件各染描紙の複製、翻案を許可するとすれば、原告から複製、翻案物と同等の大きさの各染描紙を展示を前提として購入するから、原告が本件各展示物について著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は、本件各展示物と同等の大きさの各染描紙の販売価額である。
 原告の販売実績によれば、展示を前提とした染描紙の販売価額は1平方メートル当たり平均4万3130円である。そして、本件各展示物のように大きな作品を製作する場合には通常以上に費用が発生すること、本件各展示物が長期間にわたり膨大な数の人の目に触れる態様で展示されていることから、本件各展示物に対応する各染描紙の1平方メートル当たりの販売価額は平均の2倍が相当である。
 本件各展示物の大きさは以下の計算式に記載のとおりであり、原告が本件各展示物について著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は、以下の計算式のように算定される。原告は、このうち、本件展示物1から14について各1万円(各14万円)の支払を、本件展示物15から20について各132万円(合計792万円)の支払を求める。
本件展示物1〜9 43,130×2×2.5536平方メートル×9点●(ニアリーイコール/近似)1,982,448
本件展示物10〜14 43,130×2×1.3225平方メートル×5点●(ニアリーイコール/近似)570,390
本件展示物15〜20 43,130×2×31.68平方メートル×6点●(ニアリーイコール/近似)16,396,296
(被告Bの主張)
 被告Bは、画材である本件各染描紙の模様に雲や空の世界感を見出せるよう美的鑑賞に耐え得る芸術作品に昇華させるための各種の加工、調整を施す目的で本件各染描紙を使用したにすぎず、本件各染描紙を使用して作品を制作、流通させたものではなく、原告が本件各染描紙の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は、本件各染描紙の代金の中で既に評価され尽くされており、これに加えて別途複製のための対価を支払わなければならない合理的な理由はない。
(6)被告B及び被告ビルデングが共同して本件展示物15から20に原告の氏名を表示しなかったか(争点6)について
(原告の主張)
 被告B及び被告ビルデングは、共同して本件展示物15から20に著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しなかった。被告Bは、被告ビルデングに対し、著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで本件展示物15から20を譲渡し、被告ビルデングは被告Bに加担してこれらをそのまま展示し続けており、被告B及び被告ビルデングのこれらの行為には関連共同性がある。
(被告Bの主張)
 本件展示物15から20と本件染描紙15から20との間に同一性、類似性はないから、被告Bが原告の氏名表示権を侵害したとはいえない。
(被告ビルデングの主張)
 本件展示物15から20と本件染描紙15から20の間に同一性、類似性はないから、被告ビルデングが本件展示物15から20の展示に際し著作者名として被告Bの氏名を表示して原告の氏名を表示しなかったとしても、原告の著作者人格権を侵害したことにはならない。
(7)被告B及び被告ターミナルが共同して本件展示物1から14に原告の氏名を表示しなかったか(争点7)について
(原告の主張)
 被告B及び被告ターミナルは、共同して本件展示物1から14に著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しなかった。被告Bは、被告ターミナルに対し、著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで本件展示物1から14を譲渡し、被告ターミナルは被告Bに加担してこれらをそのまま展示し続けており、被告B及び被告ターミナルのこれらの行為には関連共同性がある。
(被告Bの主張)
 本件展示物1から14と本件染描紙1から14との間に同一性、類似性はないから、被告Bが原告の氏名表示権を侵害したとはいえない。
(被告ターミナルの主張)
 本件展示物1から14と本件染描紙1から14との間に同一性、類似性はないから、被告ターミナルが本件展示物1から14の展示に際し著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しなかったとしても、原告の著作者人格権を侵害したことにはならない。
(8)本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか(争点8)について
(被告Bの主張)
 原告は、購入者に対し、その販売する染描紙について購入者の自由な利用を黙示に許諾していた。各染描紙は無記名の画材として販売されていたものであるから、上記の許諾には氏名表示権の不行使の同意も当然に含む。
 本件各染描紙は、原告店舗で、購入者において自由に利用、加工することを前提として画材として販売されていたものであり、被告Bは、これらを購入するに当たり原告からその利用方法について何らの制約も課されていない。
(被告ビルデング及び被告ターミナルの主張)
 原告は、本件各染描紙を、原告店舗において販売していた他の和紙と同様、画材として販売していたものであり、購入者に対し、その自由な利用を許諾していた。
(原告の主張)
 原告は、加工、使用できるものとして染描紙を販売していない。原告は、原告店舗において、「無断転用、模倣、複写による商業行為」を禁じる旨掲示していた。
 原告は、染描紙が、壁、天井、襖、戸などの内装の装飾用途に使用される場合には、売上げに貢献し、また、和紙の普及を図ることに寄与することから、複製して使用される場合を除き容認しているが、染描紙が、美術の著作物として使用される場合には、単独で美的鑑賞の対象とされる場合を除き、一般的に自由な利用を許諾しておらず、事案に応じて判断しており、染描紙を複製して使用することは一切許諾していないし、本件各展示物のように独自に描いた絵や模様が全くなく原告による染描を主体とする形態で各染描紙を使用することは許諾していない。
(9)本件各展示物の廃棄が必要か(争点9)について
(原告の主張)
 本件各展示物は、日本国内外の多くの人が来集する公共の場所である空港に制作者を積極的に偽って表示して展示された無許諾の複製物又は翻案物であり、原告の受けた人格への侵害は甚大であって、侵害の停止、予防のために、本件各展示物の廃棄が必要である。
(被告ビルデング及び被告ターミナルの主張)
 廃棄等請求は、差止請求権の行使を実行あらしめるものであって、かつ、差止請求権の実現のために必要な範囲内のものであることを要する。仮に、被告ビルデング及び被告ターミナルに対する本件各展示物の展示の差止請求(前記第1の2(1)、3(1))が認められれば、被告ビルデング及び被告ターミナルによる本件各展示物の「公衆への提供又は提示」自体がなくなるから氏名表示権の侵害は停止することとなる。また、本件各展示物の性質や展示状況に鑑みれば、いったん止めた展示を再開することは考えにくい。したがって、本件各展示物の廃棄は必要がない。本件各展示物の廃棄は、被告ビルデング及び被告ターミナルの本件各展示物の所有権への重大な制約となる。
(10)被告B及び被告ビルデングに各著作者人格権侵害について故意又は過失があるか(争点10)について
(原告の主張)
 被告Bは、本件染描紙15から20を盗作して本件展示物15から20を制作したから、故意により本件展示物15から20に原告の氏名を表示しなかったものであり、仮にそうでないとしても過失により原告の氏名を表示しなかったものである。
 被告ビルデングは、令和元年6月24日、原告から本件展示物15から20の展示が原告の著作者人格権等を侵害している旨の通知を受け、又は、第2事件の第1回口頭弁論期日の開かれた令和元年10月31日には、原告が被告Bから受領した書簡、菓子折の写真等、本件各展示物に類似する本件各類似染描紙の写真、本件染描紙15から20の写真の提示を受けており、これらの日以降、本件展示物15から20の展示による原告の著作者人格権の侵害について故意又は過失がある。
(被告Bの主張)
 否認する。
(被告ビルデングの主張)
 被告ビルデングには、本件展示物15から20の展示による原告の著作者人格権の侵害について故意も過失もない。
 すなわち、被告ビルデングは、芸術作品の制作等を目的とする会社ではなく、著名な日本画家である被告Bに本件展示物15から20の制作を委託したものであるところ、被告Bがどのようにして本件展示物15から20を制作したかについて関知していない。被告ビルデングが著名な日本画家である被告Bから納品された本件展示物15から20について、第三者の著作権、著作者人格権に係る問題が生じないよう適切な対応がされていると信じるのは無理からぬところであり、被告ビルデングは、特段の事情がない限り、他の権利者の存在、許諾の有無等の事実関係について逐一調査、確認する義務を負わない。被告ビルデングは、令和元年6月24日に原告から通知を受けたが、通知には具体的にどのような著作者人格権が侵害されたのかについて記載はなく、被告ビルデングにおいて本件展示物15から20に原告の氏名を表示しなければならないことをうかがわせる事情はなかった。また、被告ビルデングは、被告Bに事実関係を確認し、被告Bから全面的に争う予定である旨の説明を受けたから、被告ビルデングは、可能な限度で調査、確認を行ったといえる。そして、本件訴えが提起され権利の所在について争いが存する状況に鑑みれば、被告ビルデングとしては公権的判断を待った上で事案に応じた必要な措置をとることが通常の対応といえる。したがって、被告ビルデングには通知がされたり原告の指摘する書証が提出されたりした後も過失はない。
(11)被告B及び被告ビルデングの各著作者人格権侵害により原告の受けた損害及び額(争点11)について
(原告の主張)
 原告は、被告B及び被告ビルデングの著作者人格権侵害により次のとおり損害を被った。
 被告Bは、長期間にわたって、本件展示物15から20を、原告に無断で、原告の氏名を表示しないで、膨大な数の人が目にする場所に展示させており、原告はこれにより多大な精神的苦痛を被った。その慰謝料としては、1点当たり200万円、本件展示物15から20について合計1200万円が相当である。原告は、このうち1点当たり各30万円(合計180万円)の支払を求める。
 また、被告ビルデングとの間では、1点につき1日5000円が相当である。
(被告Bの主張)
 原告に精神的な損害が生じた具体的理由は認められない。
(被告ビルデングの主張)
 原告に生じる精神的苦痛は1日ごとに比例的に増大するものではなく日額を前提とした算定になじまない上、原告主張額は高額にすぎる。また、被告ビルデングは、被告Bが申出をした検証の目的物である本件展示物15から20を保全する訴訟上の信義則があるから、検証の実施のために展示を継続した期間は損害額の算定に当たって考慮される期間から除かれるべきである。
(12)被告B及び被告ターミナルに各著作者人格権侵害について故意又は過失があるか(争点12)について
(原告の主張)
 被告Bは、原告の本件染描紙1から14を盗作して本件展示物1から14を制作したから、故意により本件展示物1から14に原告の氏名を表示しなかったものであり、仮にそうでないとしても過失により原告の氏名を表示しなかったものである。
 被告ターミナルは、令和2年7月22日、原告から本件展示物1から14の展示が原告の著作者人格権等を侵害している旨の通知を受け、又は、本件の弁論準備手続期日の開かれた令和2年10月19日には、原告が被告Bから受領した書簡、菓子折の写真等、本件各展示物に類似する染描紙の写真、本件染描紙15から20の写真の提示を受けており、これらの日以降、本件展示物1から14の展示による原告の著作者人格権の侵害について故意又は過失がある。
(被告Bの主張)
 否認する。
(被告ターミナルの主張)
 被告ターミナルには、本件展示物1から14の展示による原告の著作者人格権侵害について故意も過失もない。
 すなわち、被告ターミナルは、芸術作品の制作等を目的とする会社ではなく、著名な日本画家である被告Bに本件展示物1から14の制作を委託したものであるところ、被告Bがどのようにして本件展示物1から14を制作したかについて関知していない。被告ターミナルが著名な日本画家である被告Bから納品された本件展示物1から14について、第三者の著作権、著作者人格権に係る問題が生じないよう適切な対応がされていると信じるのは無理からぬところであり、被告ターミナルは、特段の事情がない限り、他の権利者の存在、許諾の有無等の事実関係について逐一調査、確認する義務を負わない。被告ターミナルは、令和2年7月22日に原告から通知を受けたが、通知には具体的にどのような著作者人格権が侵害されたのかについて記載はなく、被告ターミナルにおいて本件展示物1から14に原告の氏名を表示しなければならないことをうかがわせる事情はなかった。また、被告ターミナルは、被告ビルデングから被告Bに事実関係を確認し被告Bから全面的に争う予定である旨の説明を受けたという経過の報告を受けたから、被告ターミナルは、可能な限度で調査、確認を行ったといえる。そして、本件訴えが提起され権利の所在について争いが存する状況に鑑みれば、被告ターミナルとしては公権的判断を待った上で事案に応じた必要な措置をとることが通常の対応といえる。したがって、被告ターミナルには通知がされたり原告の指摘する書証が提出されたりした後も過失はない。
(13)被告B及び被告ターミナルの各著作者人格権侵害により原告の受けた損害及び額(争点13)について
(原告の主張)
 原告は、被告B及び被告ターミナルの著作者人格権侵害により次のとおり損害を被った。
 被告Bは、長期間にわたって、本件展示物1から14を、原告に無断で、原告の氏名を表示しないで、膨大な数の人が目にする場所に展示させており、原告はこれにより多大な精神的苦痛を被った。その慰謝料としては、1点当たり200万円、本件展示物1から14について合計2800万円が相当である。原告は、このうち1点当たり各1万円(合計14万円)の支払を求める。
 また、被告ターミナルとの間では、本件展示物1から9は1点につき1日2500円、本件展示物10から14は1点につき1日1500円が相当である。
(被告Bの主張)
 原告に精神的な損害が生じた具体的理由は認められない。
(被告ターミナルの主張)
 原告に生じる精神的苦痛は1日ごとに比例的に増大するものではなく日額を前提とした算定になじまない上、原告主張額は高額にすぎる。
(14)名誉回復等の措置が必要か(争点14)について
(原告の主張)
 本件各展示物は、日本国内外の多くの人が来集する公共の場所である空港に制作者を積極的に偽って表示して展示された無許諾の複製物又は翻案物であり、原告の受けた人格への侵害は甚大であって、原告の名誉、声望の回復のためには、損害賠償のみでは充分でなく、被告Bによる謝罪広告、並びに、被告ビルデング及び被告ターミナルによる本件各展示物の展示の停止及び廃棄が必要である。
(被告Bの主張)
 否認する。
(被告ビルデング及び被告ターミナルの主張)
 原告の名誉又は声望が毀損された事実は認められないし、名誉回復等の措置(著作権法115条)は、差止請求及び廃棄等請求では著作者人格権の侵害に対する救済が十分に図られない点に配慮して設けられた規定であるから、同条に基づいて差止請求及び廃棄等請求をすることはできない。
第3 当裁判所の判断
1 本件各染描紙等について
 前提事実、証拠(各項末尾に掲記のほか、甲8、32、34、35、45、55〜57、証人C、原告本人。ただし、いずれも後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(1)原告は、各地で製作される手すき和紙が絶えないようにしたいと考え、昭和59年に、手すき和紙を販売するため原告店舗を構え、その後、現代社会において和紙を活用するため、手すき和紙に模様、色彩を施してこれを販売するようになった。
 原告は、新潟県、北海道等に工房を設け、仕入れた無地の和紙に、主に天然由来の材料を用いて、刷毛等を使って模様や色彩を施すなどしたものである染描紙を制作するようになった。原告店舗において販売される染描紙は、いずれも、原告が、一点一点、上記のように刷毛等を使って制作したものであり、その模様等はそれぞれ異なる。(甲57)
(2)原告は、はがきサイズのものから1辺が1mを大きく超えるものまで、様々な大きさ、色彩、模様の染描紙を制作する。本件展示物15から20に使用された本件染描紙15から20は、別紙本件染描紙(15〜20)一覧記載15から20の各写真のとおりのものであり、本件染描紙15から17、19、20は約74cm×約100cmの大きさであり、本件染描紙18は約65cm×約180cmの大きさである。
 また、原告店舗において販売する染描紙として、別紙類似染描紙一覧記載1から20の各写真のとおりの染描紙がある。これらの染描紙の大きさは、別紙類似染描紙大きさ一覧のとおりであり、短辺が50cmから76cm、長辺が75cmから180cmである。なお、これらは、原告が、本件各展示物の表現と類似の表現があると主張して証拠として提出したものである(原告は、別紙類似染描紙一覧記載の類似染描のうち、各写真の四角い枠で囲んだ部分が、対応する番号の本件各展示物の表現と類似する旨主張する。このうち、類似染描紙15から20は、本件訴訟の初期の段階では原告が本件染描紙15から20の写真を見出しておらず、本件展示物15ないし20と類似の表現がある染描紙であるとして提出されたものである。原告は、本件染描紙15から20の写真を見出してからは、それらの写真に基づく主張をしている。)。
(3)原告は、本件各染描紙等について、次のようにして制作した旨陳述する(甲8、32、37、原告本人)。
 本件各染描紙で使用する和紙は、30年ほど前に特定の和紙製造者に注文して生産が始まったものであり、楮を原料としていて、にじみが良く、染め方に深みを出すことができるものである。その和紙に、膠、明礬及び水を混合した礬砂(どうさ)を刷毛で和紙の片面又は両面に引いて乾かす。その際、礬砂の配合量や引き方等を調節したり、複数の刷毛を使い分けたりすることにより、紙上に、水のにじみにくい部分や染料の染みにくい部分を生み出す。そして、毛質、長さ、大小が異なり、特別に注文した複数の刷毛を使い分け、主に、柿渋、胡桃、墨、土など自然の染料で和紙を染め、刷毛のあと、にじみにより、紙上に色を配置する。刷毛のあと、にじみ、色と配置は、各染描紙によってそれぞれ異なる。原告が制作する染描紙は、原告の意図による行為と、和紙の紙質、刷毛の種類と質、染料の質が合致して、一点一点が独自の構図を持った作品であり、個人の感性とつながった、原告にしかできない筆致が伴い、それは色彩の調和と構図、線の強弱と方向に顕著に現れる。創作ノートには、イメージを発想し、促すために自ら新しく言葉、語句を作り、それを記載し、大まかな構図のためのスケッチ、色、染料の選択、配置、濃淡、線や動きを記載する(原告の陳述書には、「パラパラ光のドーサ」、「力の葉動」、「葉々共有空」、「鳥かん天空」などの語句や大まかな構図等が記載された制作ノートの写しが付されている。)。
 原告は、平成16年は「天日」、平成17年は「紙空悠歩」、平成18年は「紙道」、平成19年は「紙と住む」、平成21年は「紙ノ力」、平成22年は「紙ノ窓」など、年ごとにテーマを定めて、染描紙を制作してきた。原告は、空、雲、風を意識して多くの染描紙を制作し、本件染描紙15から20は、空の情景を描いたものである。
(4)原告店舗は、原告の名前の一部を名称に有するものであり、そこにおいて、原告は、1階において、各地から仕入れた、模様のない手すき和紙等を販売し、2階において、葉書やノート等の小物類、原告の執筆した書籍等のほか、主として、染描紙を販売しており、それは原告が制作したものである。原告店舗の2階においては、他の者が染めた紙などは販売されていない。染描紙には、はがきサイズのものから1辺が1mを大きく超えるものまで様々な大きさのものがあるところ、これらは、壁等に備え付けられた多数の段を有する棚に、大きさ、同系の色彩や模様のものごとに複数枚ずつ、平積みに重ねて置かれている。染描紙は、例えば、約65cm×約180cmの大きさのものは1万円から3万円程度で販売され、約74cm×約140cmの大きさのものは2万円から5万円程度で販売されている。
 インターネット上に開設された原告店舗のウェブサイト(以下「原告ウェブサイト」という。令和元年10月、令和2年3月時点)には、原告店舗2階の説明として、「小舗制作の天然染料による染紙が約2万枚。メニュー制作、パネル仕立てなど内装、紙加工の計画、施工のご相談承ります。」という説明が記載され、壁面の多数の段を有する棚にそれぞれ複数枚の染描紙が重ねて置かれている様子などが写っている原告店舗2階の写真が掲載されている。また、原告ウェブサイトには、「<住まいに紙を>壁、天井、襖、戸、床、卓、灯り、手漉き紙を家の内装に使うご相談を承っております。お気軽にご相談ください。」、「<施工方法について>ご自身で貼ってみたい方へ簡単な紙の貼り方、でんぷんのりの作り方をいつでもお教えします。施工を依頼されたい方へ「出張紙貼り内装施工」のご相談もお受けしています。襖、障子の桟や座卓を店内へお持込いただいて、紙を貼ることもできます。」などの記載があり、模様の付いた紙が壁や天井等の全面に貼られているところを写した写真が掲載されている。さらに原告ウェブサイトには、原告店舗で販売された紙に描かれた画であるとして、原告店舗で販売された染描紙等にアーティストであるDがインクと水彩で絵を描いたものの写真が掲載されている。(乙6、8、9)
 原告は、遅くとも平成23年2月頃以降は、原告店舗の2階に、「小舗の染紙は、すべて私どもの独創からなるものです。無断転用、模倣、複写による商業行為は、固くお断りします。また、それを目的とする方には、販売をお断りしております。なお、明らかな模造、複写については、著作権法上の見地より、法的措置を取らせていただく場合もありますのでご注意ください。」と記載した注意書き(以下「本件注意書き」という。)を掲示していた。
 原告店舗には本件注意書きが掲示されていたが、原告は、原告店舗の顧客に対し、それ以外に、染描紙の用途を制限することを述べることはしていなかった。
(5)ア 原告店舗において販売された染描紙は、例えば、建築士、店舗デザイナー、インテリアコーディネーター、飲食店主、自家製本家、編集者や書籍装幀家、書家、画家、工芸作家等が購入した。そして、染描紙は、建物の襖紙、壁紙、壁面の装飾、飲食店のテーブルの天板、書を書きつける書道用紙、美術作品を掛け軸・額・パネルに仕立てるときの装飾用紙、書籍の表紙の装飾用紙等として、様々な目的に使用されている。原告は、原告が製作した染描紙が編集者や書籍装幀家によって市販の書籍の表紙装飾用紙等に使用される場合に、装丁として原告の氏名や原告店舗の名称を表示させたことがあった。(甲50、59)
 具体的な使用例として、以下のイ以下のようなものがあった。
イ Dは、原告の友人であり、染描紙を含む原告が制作した染描紙等を下地として、これにインクや水彩などで絵を描き、絵画として発表していた(乙9)。
ウ Eは、和紙を張り合わせた竹籠等の表面に柿渋を塗って仕上げる伝統的な工芸技法である一閑張りを現代的に捉えて日常の生活スタイルにマッチした工芸品を創作しているとして作品を販売している。同人のホームページにおいては、作品について「一閑張りは…容器としてはとても丈夫で、食料や衣料、道具などを入れて、日用品として使われてきました。…工房では和紙独特の風合いや色などを現代的に捉え、新・一閑張りとして日常の生活スタイルにマッチした工芸作品を創作しております。」などと紹介され、和紙が張り付けられた竹のかご様のものの写真の横に、原告の名等とともに原告がEの展覧会の案内状に寄せた「Eさんは、私の染めた紙にまた水を加え紙を分け竹かごやざるに紙を沿わせます。極東の島国の平成の紙屋はこんなことを思っています。「紙は形を持っています。でもどんな形にも沿えます。なぜなら、紙は水の子供だからです。」」という文章が掲載されている(乙10)。
エ デンマーク王国の王立図書館の製本家であるFは、原告が制作した染描紙を裁断し、現代美術作家の作品集の表紙に使用した。
オ 株式会社文藝春秋が発行する文庫本であるG著「(省略)」(平成22年)の表紙は、原告が制作した黒い色調の染描紙を用い、それを背景として中央付近に題名と著者を白抜きで記載した装丁となっており、裏書には、染紙は原告店舗のものであることが記載されている。
カ 建築家のHは、建築設計やインテリアデザインを行っている者であり、分譲マンションのエントランスホールやレセプションの壁面、クリニックの壁面、複数の飲食店の壁面、個人宅の壁面に、原告店舗で購入した染描紙をパネルにいれて、アートパネルとして設置することや、花を飾る背景や花器に原告店舗で購入した染描紙を用いた花入れパネルを作成してこれを壁面に設置することに関わった。それらでは長辺が1m以上の染描紙をアートパネルとしているものが多かった。(甲51)
キ 店舗のデザイン、施工をしているIは、担当した複数の店舗の壁面に、原告店舗で購入した染描紙をパネルとして設置し、また、そのように設置したパネルの横に題名や作者名を表示するプレートを付したりした。それらでは長辺が1m以上の染描紙をアートパネルとしていた。同人は、通常の和紙はカタログなどから選ぶことができるが、原告の染描紙は1枚1枚違い、毎回、原告店舗に行って選んでいることを述べる。(甲54)
ク 被告Bは、後記2のとおり、本件各染描紙を購入した以前から原告店舗を訪れ、本件各染描紙以外にも染描紙を購入していた。被告Bは、原告店舗で購入した染描紙に樹木等の絵を描いて、このようにして制作した絵を、複数回、「B・画、紙本彩色」として、「和樂」という月刊誌で連載していた「今月の源氏物語」と題する記事の挿絵として掲載した。例えば、2010年12月号には、原告の染描紙の概ね右下6分の1の範囲に被告Bにより樹木が記載された挿絵が掲載され、2011年3月号には、原告の染描紙の概ね右下4分の1の範囲に被告Bにより樹木が記載された挿絵が掲載された。被告Bは、原告店舗を訪れた際に、上記の記事の挿絵において染描紙を用いることは述べていたが、原告は、被告Bによるこれらの染描紙の使用を問題としていない。(甲4、50)
(6)原告が制作した作品は、平成2年にデンマーク王国のギャラリーで、平成5年にデンマーク王国の施設で、平成6年に東京都町田市の美術館で、同年にオーストラリア連邦の大学で、平成7年にニュージーランドで、平成8年に新潟県の博物館で、平成9年及び平成10年にブラジル連邦共和国で、平成11年に高知県の美術館で、平成12年に大韓民国で、平成13年にデンマーク王国の施設で、平成15年にドイツ連邦共和国の美術館で、平成16年から平成18年に京都府の寺院で、平成21年及び平成24年に茨城県の美術館で、それぞれ開催された「紙展」等の展覧会やワークショップなどにおいて展示された。原告は、上記の展覧会等に作家の一人として参加するほか、「A展」、「A紙展」など、原告の名を冠するなどした原告の制作した作品の展覧会が数多く開催され、その回数は200回を超える。
 これらの展覧会等で展示された各作品には、原告店舗で販売されている染描紙もあり、また、記号や象形文字様のより明確な図柄や文様を施したものなどもあった。
 (本項につき、甲32、42、57)
2 本件各展示物等について
 前提事実、証拠(各項末尾に掲記のほか、甲8、32、34、証人C、原告本人。ただし、いずれも後記認定に反する部分を除く。)
(1)被告ビルデング及び被告ターミナルは、平成21年5月頃、日本の空の玄関口である羽田空港にふさわしい作品として、被告Bに対し、日本文化や和の伝統を感じてもらうために日本のイメージで「空」や「雲」を表したアートワーク作品を制作することを依頼した。被告ビルデング及び被告ターミナルは、著名な国際美術展で受賞しているなど国際的な実績も十分な芸術家として、被告Bに対して上記の依頼をした。(乙34)
(2)被告Bは、平成23年より前から、ときおり、原告店舗を訪れて、複数枚の染描紙を購入していた。被告Bは、平成23年4月頃、原告店舗を訪れ、本件各染描紙を含む原告が制作した染描紙を複数枚購入した。本件染描紙15から17、19、20の価格は1万円から2万円程度、本件染描紙18の価格は2万円から4万円程度であった。(甲45)
(3)被告Bは、概ね、次のような工程を経て本件各展示物を制作した旨陳述する(乙24)。
 上記(1)の依頼を受けて、身近な日本文化である和紙を素材にして、和紙の模様の中に「空」や「雲」の世界観を見出し、万葉集の和歌と組み合わせたような作品を制作し、「日本の美しい風景を読む万葉集の雅な世界は、身近に存在する」というメッセージを伝えたいと思った。身近に存在するというメッセージを伝えるために、市販されていてだれでも入手できる無記名・無題の和紙を作品の素材とすることがふさわしいと思った。原告店舗を含む様々な店舗をめぐり大量の和紙を購入したところ、原告店舗で購入した和紙の模様は比較的「空」や「雲」の世界観を見出しやすいと考えた。そのままでは芸術作品としては成立しないが、そこに「空」や「雲」の世界観を浮かび上がらせるような加工、調整をすれば、イメージする作品になると思った。日常に存在する何の変哲もないものの中から一定の意味を持つ世界観を見出すことは、日本に古来から存在する「見立て」と呼ばれる芸術手法である。
 作品の制作について、まず、約65cm×約180cm程度の各染描紙の中から、「空」や「雲」の世界観を想像して見出すことができる部分を選定して大まかに切り出した。
 切り出した各染描紙を特殊な溶液に浸して加工しやすくした上で、着色した色彩が紙の素材に浸透して広がってしまうなどの不都合を防止するため、紙やすり、岩絵の具、アクリル絵の具、ゴールドフレア、胡粉、エアブラシ、スプレーガンなどを使用して、各染描紙の色合い、色調の変化などを調整したり、刷毛のあとを際立たせたりして、「空」や「雲」を彷彿とさせる描写を作り出すという過程を3回繰り返した。
 その上で、各紙をスキャナで読み込むことが可能な大きさ、具体的には、本件展示物1から9については縦約17cm×横約25cm程度、本件展示物10から14については縦約30cm×横約30cm程度、本件展示物15から20については縦約53cm×横約80cm程度の大きさに切り出した。
 上記のようにして切り出した各紙をスキャンしてスキャンデータを作成し、鑑賞に適した大きさに拡大し、さらに、画素が荒くなって鑑賞に耐えないものとならないよう電子データ上で色付けし、縦横比を調整するなどした。
 作品には特殊な用紙を用い、具体的には、「往く雲」シリーズである本件展示物1から14についてはフランス共和国製のアルシュという洋紙に印刷し、「天空図屏風」シリーズである本件展示物15から20については漆喰ペーパーと呼ばれる、漆喰の薄層化成形技術を基礎にインクジェット印刷向けに高品位な写真画像を再現するために開発された製品に印刷した。
 本件展示物1から14は表具に収めた。
(4)被告Bは、被告ターミナルに対し、被告Bが制作した本件展示物1から14を譲渡した。
 被告ターミナルは、平成22年11月頃から、本件展示物1から14を、「往く雲」と題する一連の作品として、羽田空港第3旅客ターミナルビル2階到着ロビー及び1階国際線乗り継ぎバス乗降場の壁面に、それらの裏面から照明を当てるなどして展示している。
 本件展示物1から14には、説明として、それぞれの展示物の題名のほか、制作年として「2010年」と、制作方法等として「顔料特殊彩色、LEDライトボックス、表具(オリジナル通風織物)」と記載され、制作者として被告Bの氏名が表示されている。
 「和樂」(平成22年11月号)には、「Bの新しい挑戦HANEDA2010美の回廊」と題し、「羽田空港新国際線ターミナルに到着した利用客を最初に迎えるのは、Bが“往く雲”と名付けた15の日本の空。にじみやぼかしで表現されたこれらの雲は四季を通じて繊細に姿を変える日本の風景だとBは語る。…Bは今、和紙に岩絵の具でにじみやぼかしをつくる技法を用いて『源氏物語』の世界を紡ぎ出すことに挑戦している。…千年前にも存在した和紙と岩絵の具を使うことによって平安時代の空そのものを表現しようという試み。その過程で“日本の空”をBは発見した。「私たちの身のまわりにある石を砕いて天然の絵具とし、それを紙に刻みつける―それが私にとっての日本画です。…そんな岩絵の具を使ってできた和紙のにじみやぼかしを目にしていると、そこに日本の空としか言いようがない模様=雲が現れていることに気が付きました。…そして今回設置された15の“往く雲”は、四季に彩られた日本の空のさまざまな姿を借りて、移ろいゆくものに美を見いだす日本人の心を表したものです。それは同時に、空港というハイテクの粋を集めた場所で、日本の心、日本の感性を呼び覚ます装置でもあるのです」」などと本件展示物1から14を紹介する記事が掲載された。
(本項につき、甲2、6、7、35)
(5)被告Bは、平成23年9月、被告ビルデングに対し、本件展示物15から20について、「テーマ:天空/コンセプト:旅客に空の旅を予感させる作品群の提示」、「空を意識した屏風絵の提案。様々な景色を楽しめる、屏風状の立体オブジェの提案。」、「空をモチーフとして描いた「SKY」シリーズ+「屏風」の形状をベースにした立体造形→「天空図屏風」シリーズ」、「空港、旅客、インテリアの特性とコラボレーションをした作品。」、「「空」というテーマにコラボレーションした作品。空港という、航空旅客のための施設空間にふさわしいモチーフ。旅客に、「空」のイメージを提示できるアートワーク。「空」のリビング」をテーマとした2F出発ロビーのインテリアに対応したモチーフ。これらの与件に対し、「空」をモチーフとした作品でコラボレーションします。形状も、日本画の伝統である8曲の屏風様式を踏まえながら、軽やかに「空」を舞うイメージの現代的な作品として制作。」、「天窓から射し込むナチュラルな照明に対応した作品。漆喰ペーパーという新素材により、強度の耐光性を確保し、日本画の持つ淡い風合いを再現します。日中は、天窓から射し込む日差しにより、自然に近い「空」を表現。夜間は、スポットライト照明により幻想的な夜の空を演出。」などと説明、紹介し、作品の題号として万葉集の各和歌を原典としたことを記載した「アートプロジェクト案」を提示し、展示方法も含めた提案を行った。
(乙35)
(6)被告Bは、被告ビルデングに対し、被告Bが制作した本件展示物15から20を譲渡した。
 被告ビルデングは、平成23年の終わり頃から、本件展示物15から20を、被告Bの提案する方法に従い、「Bアートワークス/天空図屏風シリーズ」と題する一連の作品として、羽田空港第1旅客ターミナルビルの南ウイング及び北ウイングの各2階の国内線出発ロビーの上方の壁面に展示している。
 上記ターミナルビルの渡り廊下でつながった南ウイングと北ウイングにはそれぞれ3か所の保安検査場が設けられており、本件展示物15から20は、各保安検査場の上方の壁面地上約10.3mから約15mの高さの目立つ位置に、本件展示物15から20より一回り大きい茶色のアルミ複合版製の下地とともに設置されている。各展示場所の上方の天井にはそれぞれ天窓が存在しており、本件展示物15から20には、昼間は日差しが射し込む。
 本件展示物15から20が展示されている各壁面の正面付近の各床面には、本件展示物15から20について、「Bアートワークス/天空図屏風シリーズ」と題する「屏風は風を屏(ふせ)ぐものであり、そもそも屏風は空との関係性を持つ。天空は一種の画紙であり、その画紙には、光、雲、大気、風により、毎日絵が描かれている。いわば自然の絵画である。しかも、何億年もの間、ひとつとして同じものがない無限の絵画なのだ。古代の日本人は天空の絵画を観て、万葉集に多くの和歌を残した。自然の光が天井から射し込むこの空間。空との関係性の中から、「天空図屏風シリーズ」の6つの作品が生まれた。技法は墨流しと呼ばれる日本古来の伝統的技法。その技法はやはり空との関係性を持つ。天空図屏風は、空と対話することによって生まれた、最も自然に近い私の作品だ。」という説明(以下「本件説明」という。)とともに、それぞれ別紙本件展示物一覧記載15から20の各和歌(原典及び口語訳)が記載された説明書きが埋め込まれている。なお、本件展示物15から20に使用された本件染描紙15から20に水面に墨を流すことによって生まれる水紋を和紙に写し取る技法である墨流しの技法は用いられていない。
 被告Bは、「空」を主題とし、空港、内装の特性を考慮した上で、日本画の伝統である8曲の屏風様式や、天窓から射し込む自然光の効果も取り入れて、前記各和歌と組み合わせ、旅客に空の旅を予感させる様々な景色を楽しめる作品群として、本件展示物15から20を制作した。
 本件展示物15から20は、本件染描紙15から20と比較して、全体的に青系の色彩が強調され、また、刷毛のあとや染色の境目などの輪郭が鋭く明確化されている。
(本項につき、甲5、31、32、乙35、40)
(7)原告は、複数の知人から羽田空港に原告の染描紙が展示されている旨の指摘を受けるなどし、平成29年12月、被告Bに対し、本件各展示物について原告の著作権を侵害するものであり説明を求める旨の書簡を送付した。
(甲9)
 これに対し、被告Bは、「いつもaさんの紙を購入させていただいて、ありがとうございます。使用させていただいた…紙にあったシミやハケのあとは、それ自体が著作物であるという認識は全くございませんでした。…市販の紙の一部を切り取り、そこにあるシミやハケのあとを雲に見立て、その方向で胡粉や顔料、ゴールドフレア等を用いるなどして、ある場合は全面に彩色し、またある場合は色味を変え、…それをパソコン上で伸ばしたりゆがませたりなどのバイアスをかけ、空港の壁面のサイズに合わせたのちに巨大に拡大して、インクジェットで洋紙にプリントし、それを使用させていただいております。つまり…紙の上に自分の作品を描くにあたって、相当な表現上の加工、変更等をほどこしており、完成した作品には、全体として当初の紙上に本来確立し得ていなかった雲の具体的イメージのみを強固に発生させ、当初の紙に見られたシミやハケのあとの同一性は既に失われている為、このような点からも、著作権侵害という意識は全くございません。…私は、市販の自由に上に絵を描ける紙だと思ったからこそ、購入させていただいたのですし、aさんも、私を含め、紙の購入者がその紙に新たな作品を描くことを十分にご想定された上で、紙を販売されているものと理解しております。このように、aさんの紙の表情の一部よりインスピレーションを得て、それを拡大解釈して、いわゆる見立てをし、「雲」の表情をそこから引き出し、画面に加工、変更等を加え私の作品の制作を進めた訳です。…国際線ターミナルのオーナメントに於ては、紙の裏に多数の電球を仕掛け、光を透けて見せて常時発光する作品にするため、熱に強く光を均一に通す特別な難燃性の洋紙にこの全ての作品をプリントし…また、国際線に於ては、作品がかなり巨大な為、これは特注のフレスコ・ペーパーという漆喰製の紙や布にプリントしております。…紙の制作者としてAさんのお名前をどこかの文章に記述しようと思ったこともありますが、当初より共同制作して雲を描いた、ということでもなく、私の場合は自らの勝手なイマジネーションで雲を市販の紙の上に一方的に感じたのであって、中途な表現をすると他のアーティストにaさんの紙に対し雲のイメージを限定して固定させることにもなりはしないかとも思い、他の方が使いにくくなってはいけないとの考えからこれは遠慮しました。なお、羽田の作品群に関しましては、当初から私のホームページに掲載いたしております。これを御覧くだされば、シミやハケあとに綿密に手を加えて私のイメージに引き寄せ、当初の染紙と異なったものとなっていることも明確にご理解いただけるものと存じます。…」等と記載した書簡を手土産とともに秘書にことづけ、原告に届けさせた。また、その後も原告から繰り返し説明を求められたことから、同様な内容を記載した書簡を2通送付した。(甲10、12、14)
 原告は、平成29年12月に被告Bに対して書簡を送付したほか、平成30年2月には、被告Bに対し、「私の染めた紙の上に、購入された方が独自の絵画を描くことは、基本的には、何の問題も生じません。しかし、羽田空港に見られる展示物の一部には、私の染め紙を拡大し、私の引いたハケ跡が展示物の構成の主体となっているものがあります。」等と記載し、「特に私のハケの跡が顕著に主体となって構成されている」本件展示物2、4、6、7、9、11、12について説明を求めるなどとする書簡を送付した。(甲11、15)
 被告Bは弁護士らに委任し、同代理人弁護士らは、平成30年2月、原告に対し、被告Bに対し何らかの対応を求めるのであれば要望を具体的に示すこと、要望が著作権法等の法的な観点に及ぶのであれば弁護士どうしでやり取りをするのが効率的であると考えることなどを記載した書面を送付した。
(甲16)
3 本件各染描紙が原告の著作物であるか(争点1)及び本件各展示物は本件各染描紙を複製又は翻案したものか(争点2)のうち、本件各染描紙1から14、本件展示物1から14関係について被告Bが本件展示物1から14に使用した染描紙である本件染描紙1から14の模様等自体について、これらを直接明らかにする証拠はない。本件染描紙1から14における模様等に関して、本件展示物1から14は、原告の制作した染描紙を切り出し、それをスキャナで読み込み、そのデータを用いて制作されたものである(前記第2の2オ)という事情がある。また、原告は、類似染描紙1から14を提出し、別紙類似染描紙一覧の1から14の四角い枠で囲った部分と類似の表現が本件染描紙1から14にあったと主張する。
 しかし、被告Bは、本件展示物1から14の制作に当たってスキャナで読み込んだデータに調整を施すなどの一定の加工を施しているため、本件展示物1から14から、それらの制作で使用された本件染描紙1から14の切り出した部分の模様等を直ちに認識、把握して、これを認定することができるものではない。特に、本件展示物1から14の模様等は、本件展示物(1〜14)模様部分一覧のとおり、にじみ、かすれといえるものなど、加工により変化し得るものを対象としていて、上記のような加工を経ている場合、使用された模様等を認定し難い。また、別紙類似染描紙一覧の1から14の四角い枠で囲った部分と本件展示物1から14の模様等が一致しているとはいえず、類似染描紙1から14をもって、本件染描紙1から14の模様等を認定することまではできない。
 本件展示物1から14に使用した染描紙である本件染描紙1から14の模様等を写真等で直接的に明らかにする証拠がなくとも、その内容を認定できれば、その認定を前提として、関係部分の著作物性や本件展示物1から14の複製、翻案該当性を判断することができる場合があるとはいえる。しかし、本件については、本件展示物1から14の内容も含めた上記に述べた事実関係等によれば、本件染描紙1から14やそこで被告Bが使用した部分の模様等について、これらを認定することまではできない。そうすると、それらの模様等を認定できない以上、それが著作物に当たるかや本件展示物1から14におけるそれらの使用が複製、翻案に該当するかを認定判断することはできない。
 したがって、本件展示物1から14が、本件染描紙1から14を複製又は翻案したものであるとは認めるに足りない。
 また、本件展示物1から14が本件染描紙1から14を複製又は翻案したものとは認めるに足りないことから、被告B及び被告ターミナルが、本件展示物1から14を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しなかったとしても、原告の氏名表示権を侵害したとはいえない(争点7,9、12から14関係)。
4 本件各染描紙が原告の著作物であるか(争点1)のうち、本件各染描紙15から20関係について
(1)本件染描紙15から20は原告店舗の2階で販売されたものである(前記1(1)、(4)、2(2))。原告が制作する染描紙について、制作の状況は、前記1(1)のとおりであり、販売の状況や上記染描紙販売後の原告ウェブサイトの記載は、同(4)のとおりであり、また、その用途については、同(5)のとおりの状況があった。
 これらによれば、原告が制作した染描紙は、原告が無地の和紙に一点一点、刷毛等で模様等を描いて制作したものであり、原告が制作した染描紙を販売するための専用の場所といえる、原告の名前の一部を名称に有する原告店舗の2階において、原告が制作し、その独創によるものとして、販売されていた。その販売等の際に、染描紙の用途等が直接的に述べられることはないが、原告ウェブサイトには、染描紙を加工することの相談を受けることが記載され、また、壁、天井、襖、戸、床、卓、灯りなどの内装に使うことや、原告店舗で販売された染描紙等にアーティストが絵を描いたものが記載されており、加工して用いるという使用方法があることやその上に絵を描く者がいることが示されていた。上記の原告ウェブサイトで内装に使うとして例示されたもののうち、「壁、天井、襖、戸」などは、染描紙の全部又は一部をそれらに貼って染描紙の模様等を見ることができるようにしてそれを利用するものであると認められ、また、染描紙がそのように用いられた写真も掲載されている。「灯り」は、染描紙を「灯り」の機器の一部に貼るなどして利用するものと考えられ、原告の染描紙が竹のかご様のものに添わせるように貼って利用されることもあった(前記1(5)ウ)。また、染描紙は、書道用紙として用いられたり、掛け軸、額などの装飾用紙として用いられたり(同ア)、花入れで花を飾る部分の周りの装飾として用いられることもあった(同カ)。他方、原告ウェブサイトには「パネル仕立て」の相談に応じることが記載され、原告店舗で販売された染描紙をそのままパネルなどにした上で、アートワークとして、店舗やマンション等の壁面に飾られたことも少なくなかった(同カ、キ)。
 以上のとおり、原告店舗で販売される染描紙は、原告が制作したものとして販売されていたところ、その使用の目的を特に定めて販売されているものではなく、それをパネルなどにした上でアートワークとして使用されることも普通に行われ、また、それを壁、天井、襖、戸などに貼ってその模様等をそのまま楽しむ用途で使われることもあり、そのような用途では大きな染描紙が使われることも多かったが、他方、工芸作品の一部に装飾材料として用いられたり、その上に書や絵を描いたりされることもあるものであり、原告ウェブサイトでも染描紙に加工をすることがあることを前提とする記載もされていた。これらによれば、原告の制作する染描紙は、大きなものなどは特に、それ自体が鑑賞の対象とされることも少なくなかったが、画家が描いた絵のように専ら鑑賞目的で販売されているものとまではいえず、工芸作品の装飾材料、書道用紙、絵画用紙等に用いるという実用的な目的も有するものであったといえる。そして、本件染描紙15から20も、原告が販売する他の染描紙に比べて大きいものであったとはいえるが、他の染描紙と同様に販売されていて、専ら鑑賞を目的とするものとまではいえず、上記のような実用的な目的も有するものであったといえる。
(2)専ら鑑賞を目的とするものではなく、実用的な目的を有するものであっても、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるものは、その作品の全体が美術の著作物として保護され得ると解するのが相当である。なお、一品制作品といえる「美術工芸品」は実用的な目的を有していても美術の著作物であるとされるところ(著作権法2条2項)、染描紙は原告が一点一点制作しているものではあるが、本件染描紙15〜20について、類似する表現を有する染描紙が一定数制作されていることがうかがわれ(例えば、本件染描紙16,20、類似染描紙16、20等)、それぞれが個別に制作されていることをもって、これらが直ちに上記条項にいうところの「美術工芸品」であるということはできない。
 そこで、本件染描紙15から20について、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるかについてみると、本件染描紙15から20について、工芸作品の装飾材料等として模様のついた和紙として利用するという実用目的があるといえ、そのようにして利用される模様のついた和紙として通常想定される模様等は実用的な目的のためのものといえる特徴として、それがあることにより著作物であるとは認められないが、それと分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を有する部分を把握できれば、著作物となり得るといえる。そして、乙14の4から13、乙15〜20、22によれば、紙におけるにじみなどの模様は模様付きの和紙としてカタログで販売されるものにおいても見られ、本件染描紙15から20における、個々のにじみなどの模様のそれぞれについて、工芸作品の装飾材料等に用いられる模様のついた和紙として通常想定される特徴を超えるといえることを認めるに足りない。他方、本件染描紙15から17、19、20は約74cm×約100cmの大きさであり、本件染描紙18は約65cm×約180cmの大きさであるところ、そこに、特定の色彩を選択して、それぞれににじみなどの技法を用いた相当数の模様等を配置し、その全体としてまとまりのある模様等としている。少なくとも、そのような模様とその配置からなる全体的な構成は、関係各証拠によっても、工芸作品の装飾材料等として用いられる模様付きの和紙として通常想定される特徴とは認められない。そして、これらは、原告が、意図的に礬砂を特定の箇所に引いて染料等の染みにくい部分を設けるなどした上で、複数の種類の刷毛を使い分け、その刷毛で、全体的な配置を考慮して、空の景色を表すように作成したものであり(前記1(3)、そこにおける表現やその意図について、原告は、別紙本件各染描紙の表現についての原告の主張の該当欄記載のとおり述べる。)、紙が性質上持つ制約を超えて原告がその思想感情を表現するものとしてその意思により作成したものであり、また、創作性を有するものと認められる。これらを考慮すると、本件染描紙15から20は、それらの模様の配置等の全体的な構成において、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるといえ、これらは原告の著作物であるといえる。
(3)被告らは、染描紙の著作物性を否定し、原告は、染描紙を、画材として大きさ、類似の模様ごとに分類して、大量の和紙と共に平積みにして無記名で販売していることなどを指摘する。
 しかし、染描紙自体には原告の署名等はなかったと認められるものの、染描紙は、原告が一点一点制作するものであるところ、原告が制作した染描紙を販売するための専用の場所といえる、原告の名前の一部を名称に有する原告店舗の2階において、原告が制作し、その独創によるものとして、販売されていた(被告Bも、その制作者が原告であることを認識して、原告店舗で染描紙をたびたび購入していた。前記2(2)、(7))。原告ウェブサイトにおいては、染描紙を「パネル仕立て」にすることが記載され、また、染描紙が壁や天井等の全面に貼られ、それ自体で鑑賞されることがある様子を写した写真も掲載されており(前記1(4))、染描紙は用途を画材に限定して販売されているものではない。原告は、新潟県及び北海道等に工房を設けてそこで染描紙の制作を長年続けていて(同(1))、そのような長年にわたる多量の作品を、原告が制作する染描紙を販売するための専用の場所といえる原告店舗の2階で、分類の上で棚に平積みにして、販売しているといえる。なお、原告は、国内外の様々な展覧会に作家としてその染描紙を出展するほか、原告の名前を冠した展覧会も多数開催されている。染描紙には、様々な大きさのものがあり、その模様等についても種々のものがあることはうかがえるが、少なくとも、本件染描紙15から20については、前記(2)に述べたところにより、著作物であると認められる。
5 本件各染描紙について、原告が利用を黙示に許諾し、又は、著作権が消尽したか(争点3)のうち、本件展示物15から20関係について
 事案に鑑み、次に本件各染描紙について、原告が利用を黙示に許諾し、又は、著作権が消尽したか(争点3)について検討する。
(1)本件染描紙15から20は、平成23年4月頃、原告店舗の2階で販売されたものであるところ(前記2(2))、その後の原告ウェブサイトにも、原告店舗で販売される染描紙について、加工することの相談を受けることが記載され、また、染描紙等を内装に使うことや原告店舗で販売された染描紙等にアーティストが絵を描いたものが記載されており、染描紙に一定の加工などがされることがあることを前提としていた(前記1(4))。そして、以下に述べる本件注意書きのほかは、原告が染描紙の用途を制限したことはなかった(前同)。また、被告Bは、原告の制作した染描紙を利用して、原告の染描紙の限られた部分に絵を描いたものを発表しているが、原告はそれを問題としていない(同(5)ク)。これらによれば、原告は、染描紙について、個別に明示の許諾をしていない場合であっても、加工して利用することについては、相当に広い範囲で、包括的かつ黙示に許諾していたものと認められる。
 他方、原告は、染描紙を含む原告が制作する紙について、原告店舗の店内に「無断転用、模倣、複写による商業行為は、固くお断りします。また、それを目的とする方には、販売をお断りしております。」等と記載した本件注意書きを掲示しており、被告Bが本件染描紙15から20を購入した平成23年4月頃にも本件注意書きは掲示されていた(前記1(4)、2(2))。したがって、原告は、上記記載の範囲で、その複製等を明示的に禁じていたと認められる。
 そして、染描紙が、実用的な目的も有するものであって、少なくとも、平成23年4月頃には、加工して用いられることがあることが前提として販売されていたといえるものであり、実際、原告が、染描紙について、加工して利用することを相当に広い範囲で許諾していたといることからも、上記で禁じていた転用、模倣、複写行為等は、染描紙をそのまま複写してこれを販売等することであり、染描紙に新たな表現を加えることを含めて加工して利用する場合には、翻案等も含めた利用を包括的かつ黙示に許諾していたものと認められる。
(2)本件展示物15から20は、約65cm×約180cmや約74cm×約100cmの大きさの本件染描紙15から20について、スキャナで読み込める大きさに切り出し、これをスキャナで読み込んで、そのデータに調整を施し、それを印刷したものであり、縦約450cm×横約704cmの大きさの8曲の屏風様のものである(第2の2(2)エ、オ)。被告Bは、その制作の工程等について、前記2(3)のように陳述するところ、本件染描紙15から20と本件展示物15から20の模様や色彩等の比較や制作過程に関する証拠(乙25ないし30)から、そのうち、少なくとも、その工程として、本件染描紙15から20の約53cm×80cmの部分が切り出されてスキャナで読み込まれ、また、読み込まれた電子データが加工されて、上記印刷がされたことを認めることができる。そして、本件展示物15から20は、本件染描紙15から20と比較して、全体的に青系の色彩が強調され、また、刷毛のあとや染色の境目などの輪郭が鋭く明確化されている(同(6))。
 本件展示物15から20は、「Bアートワークス/天空図屏風シリーズ」と題する一連の作品として、羽田空港第1旅客ターミナルビル南ウイング及び北ウイングの各2階の国内線出発ロビーに、6か所の各保安検査場の上方の壁面地上約10.3mから約15mの高さの位置に、被告Bの指定した一回り大きい茶色のアルミ複合版製の下地とともに設置され、昼間は、各展示場所の上方の天井にそれぞれ存在する天窓から日差しが射し込むほか、本件展示物15から20が展示されている各壁面の正面付近の各床には、本件展示物15から20について、本件説明とともに、それぞれ別紙本件展示物一覧記載15から20の各和歌(原典及び口語訳)が記載された説明書きが埋め込まれている(前記2(6))。本件展示物15から20は、壁面にそれぞれ一回り大きい下地とともに設置されていて、それ自体でそれぞれが作品と認識できるものであり、それらが空港という空間や和歌と一体化して初めて作品として成立しているものではない。もっとも、本件展示物15から20は、「空」を主題とし、空港、内装の特性を考慮した上で、日本画の伝統である8曲の屏風様式や、天窓から射し込む自然光の効果も取り入れて、上記各和歌と組み合わせ、旅客に空の旅を予感させる様々な景色を楽しめるインスタレーション(芸術的空間)作品群という側面があると認められる。
(3)本件展示物15から20についての本件染描紙15から20の利用の許諾についてみると、原告は、平成23年頃、原告は、「無断転用、模倣、複写による商業行為」を明示的に禁じていた。しかし、前記(2)のとおり、ここで禁じていた転用、模倣、複写行為等は、染描紙をそのまま複写してこれを販売等することであり、染描紙に新たな表現を加えることを含めて加工して利用する場合には、翻案等も含めた利用を包括的かつ黙示に許諾していた。
 本件展示物15から20には、本件染描紙15から20の模様や配置等が利用されているといえるが、前記のとおり、模様等の表現自体に加工が加えられ、また、相当に大きな屏風様のものに加工され、他の要素と組み合わされた作品群であるという要素もあるといえる。このように大きな加工を施した上での利用については、原告が禁止していた行為に当たらず、原告がその販売する染描紙に対してしていた利用についての包括的かつ黙示の許諾の範囲内のものであったと認められる。
 原告は、現在、その許諾を争うが、少なくとも、被告Bが本件染描紙15から20を購入した平成23年当時、原告は、染描紙を加工して利用する場合には様々な態様による利用を広く許諾していたといえ、本件注意書きによる禁止は染描紙をそのまま複写してこれを販売等することを禁止するものであって、それを超える利用については許諾していたと認められる。
 そうすると、本件展示物15から20が本件染描紙15から20を翻案等したといえるものであったとしても、許諾により、本件展示物15から20の制作における本件染描紙15から20の利用が違法となることはない。
6 本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか(争点8)のうち、本件展示物15から20関係について
 原告は、原告の制作、販売する染描紙について、染描紙をそのまま複写してこれを販売等することを除き、翻案等を含めた利用を、包括的かつ黙示に許諾していたものと認められるところ(前記5)、この許諾の性質からも、この許諾により利用された染描紙を用いた作品について、公衆へ提示するに際して氏名を表示しないことを包括的かつ黙示に許諾していたものと認められる。
 本件展示物15から20には、本著作者名として被告Bの氏名が表示される一方で原告の氏名は表示されていない(前記第2の2(2)エ)が、本件展示物15から20の制作に当たり、許諾により、本件染描紙15から20を利用したことが違法となることはなく(前記5)、そうすると、以上に述べたところにより、本件展示物15から20の公衆への提示に当たり原告の氏名を表示しなかったことは、その余を判断するまでもなく、違法となることはない(争点6,9から11、14関係)。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとする。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 佐伯良子
 裁判官 仲田憲史


(別紙謝罪広告目録省略)

別紙 物件目録
東京都大田区羽田空港二丁目6番5号羽田空港第3旅客ターミナルビル2階到着ロビーに所在する
 1 「往く雲/春陽」と題する展示物
 2 「往く雲/北颪」と題する展示物
 3 「往く雲/小春日和」と題する展示物
 4 「往く雲/五月雨」と題する展示物
 5 「往く雲/風光る」と題する展示物
 6 「往く雲/疾て風」と題する展示物
 7 「往く雲/二百十日」と題する展示物
 8 「往く雲/夏を追う」と題する展示物
 9 「往く雲/春疾風」と題する展示物
東京都大田区羽田空港二丁目6番5号羽田空港第3旅客ターミナルビル1階国際線乗り継ぎバス乗降場に所在する
 10 「往く雲/春暁」と題する展示物
 11 「往く雲/送り梅雨」と題する展示物
 12 「往く雲/雁渡し」と題する展示物
 13 「往く雲/冬旱」と題する展示物
 14 「往く雲/春薄暮」と題する展示物
東京都大田区羽田空港三丁目3番2号羽田空港第1旅客ターミナルビル南ウイング2階に所在する
 15 「天空図屏風シリーズ「真日暮れて」」と題する展示物
 16 「天空図屏風シリーズ「朝日影」」と題する展示物
 17 「天空図屏風シリーズ「日は照らせれど」」と題する展示物
東京都大田区羽田空港3−3−2羽田空港第1旅客ターミナルビル北ウイング2階に所在する
 18 「天空図屏風シリーズ「入日見し」」と題する展示物
 19 「天空図屏風シリーズ「この日暮れなば」」と題する展示物
 20 「天空図屏風シリーズ「日の暮れゆけば」」と題する展示物
 以上

別紙 本件展示物一覧
別紙 本件展示物(1〜14)模様部分一覧
別紙 本件展示物(15〜20)一覧
別紙 類似染描紙一覧


別紙 類似染描紙大きさ一覧
1 襖寸法 約170x76cm
2 約50cmx75cm
3 約65cmx180cm
4 約74cmx100cm
5 約74cmx100cm
6 約74cmx100cm
7 約180cmx65cm
8 約92cmx62cm
9 約180cmx65cm
10 約65cmx180cm
11 約65cmx180cm
12 約74cmx100cm
13 約74cmx140cm
14 約65cmx180cm
15 約74cmx100cm
16 約74cmx100cm
17 約74cmx100cm
18 約65cmx180cm
19 約65cmx180cm
20 約74cmx100cm
 以上

別紙 本件各染描紙の表現についての原告の主張
1 本件染描紙1 濃淡の3つの色の画面。
柿渋を基本に微妙に色味の似ている染料を使用して「濃淡」を作り出し、詫び寂びの境地に通じる深みのある表情を和紙の上に表現した。
2 本件染描紙2 流れるような複数の太い線。
自然界の常に変化し無限に近い多種多様な諸々の現象の一瞬を切り取るように描いた。
3 本件染描紙3 左右に分けられた染料の柿渋による濃淡の面とその境目の凹凸、点在するにじみの点。
柿渋を用いて一幅の絵画を和紙の上に出現させた。和紙と柿渋の組合せにより生み出される深い渋みは詫び寂びに通じる。
4 本件染描紙4 上から下へ落下するように引かれた複数の線。
雨や落下する水の様子を表現した。
5 本件染描紙5 焦げ茶色の濃淡の醸し出す空間の情景。
自然界の深遠さを和紙の上に出現させ、幽玄な状景をイメージした。
6 本件染描紙6 斜めに交差する2つの異なった質を持つ複数の線。
複数の線が交差することによって導かれる動きを表現した。一方を風、他方を雨に見立てれば、荒れ模様、嵐などと。
7 本件染描紙7 斜めに引かれた複数の様々な太さ、表情の線。
一方向に向かって引かれた複数の線によって導かれる力強い動き、更に斜めの方向に向かうことで激しさの表現が増す。
8 本件染描紙8 染料の浸みているところと浸みていないところが、ぽつんぽつんと点在している様子と形。
和紙の吸湿性を利用し、浮かび、漂う様子を表現した。
9 本件染描紙9 左右に緩やかに引かれた曲線。
直線にはない曲線の持つ自由さ、柔らかさ、軽快さを用いて、自然界の動き、現象に近づくことを表現した。
10 本件染描紙10 数種類の染料が混じり合うことによって織りなす微妙な濃淡と色相。数本引かれている筋雲に見える線とにじみの表情。
和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリーズの中の一作。
11 本件染描紙11 左上から右下に向かって斜めに引かれた複数の線。
斜めに平行して一気に引かれた線によって動きを表現した。
12 本件染描紙12 灰色の背景に、焦げ茶色の太い刷毛跡と、斜めにスピード感をもつ て引かれた白く抜けた複数の線。
2つの違う刷毛跡を交差させ、染描で目に見えない動きを可視化し て表現した。
13 本件染描紙13 濃淡に分けられた色の面。
リアス式海岸の地形のような表現により和紙の吸湿性によって作る ことのできる形の面白さを追求し、自然の形の妙に近づくことを意図した。
14 本件染描紙14 数種の染料が混じり合うように染描された様々な形。
わき起こる雲の様子をイメージさせるものであり、和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリー ズの中の一作。
15 本件染描紙15 刷毛で掃かれるように描かれた青黒い色の雲の形と動きの表現。
和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリーズの中の一作。
16 本件染描紙16 刷毛で掃かれるように描かれた赤紫の色の雲の形と動きの表現。
和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリーズの中の一作。
17 本件染描紙17 刷毛で描かれた濃い茶色の雲と、別種の刷毛で引かれた沸き起こるような動きを感じさせる刷毛跡。
和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリーズの中の一作。
18 本件染描紙18 画面いっぱいを覆い尽くすような赤紫の雲と、雲の間から垣間見る ような空をイメージさせる濃い青紫の帯。
和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリーズの中の一作。
19 本件染描紙19 焦げ茶色の濃淡とところどころの薄い青色の混じり合い、画面全体に見られる大小様々の無数ともいえる点々の表情。
和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリーズの中の一作。
2 0 本件染描紙2 0 大きく刷毛で描かれた紫色の雲の形。
和紙と水と自然染料の特質とこれらの関係性を活かして、空の一景を表現した。当時、「空」をイメージして連作で制作していた「空の一景」シリーズの中の一作。
 以上
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