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【事件名】グーグルへの発信者情報開示請求事件
【年月日】令和5年2月28日
 東京地裁 令和4年(ワ)第15136号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年1月16日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 大熊裕司
同 島川知子
被告 グーグル・エルエルシー
同訴訟代理人弁護士 赤川圭
同 山内真之
同 山本浩貴
同 伊藤誠悟
 ほか


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、インターネット上の地図サービスである「Googleマップ」(以下「本件サイト」という。)を運営する被告に対し、氏名不詳者(以下「本件投稿者」という。)による別紙投稿動画目録記載のアカウントによる投稿(以下「本件投稿」という。)が、原告においてインスタグラムに投稿した動画に係る原告の著作権(複製権・公衆送信権)を侵害することが明らかであると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実をいう。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者等
ア 原告は、肩書地に居住する女性である。
 原告の夫は、医療法人社団孝雄会アップル歯科医院(以下「本件歯科医院」という。)を経営する歯科医である。(甲1、2)
イ 被告は、インターネットで閲覧可能な地図サービスである「Googleマップ」(本件サイト)を運営・管理する者である。
(2)本件動画に係る権利関係
ア 原告は、令和3年10月27日午前11時30分頃、夫が、本件歯科医院付近の路上を走りながら向かってくる様子をスマートフォンで撮影した(以下、これにより撮影された動画を「本件動画1」という。)。(甲8ないし10、弁論の全趣旨)
イ 原告は、同月28日、本件動画1の下に「麻酔待ちの間にご近所に菓子折り渡しに走ってる。田舎すぎて。笑」とのテロップ(以下「本件テロップ」という。)を付した動画(以下「本件動画2」といい、本件動画1と併せて「本件各動画」という。)を作成し、自身のインスタグラムのストーリーズに投稿した。
 なお、原告のインスタグラムのアカウントについては、非公開とする設定がされており(いわゆる鍵アカウント)、上記投稿当時、30名程度のフォロワーのみが閲覧することが可能な状態であった。
(以上につき、甲9、10、弁論の全趣旨)
(3)本件投稿者による投稿
ア 本件投稿者は、令和4年1月頃、Googleのアカウントにログインをした上で、本件投稿を行った。(甲10、弁論の全趣旨)
イ 本件投稿は、別紙投稿画像目録記載のとおり、本件動画2の一場面を静止画として切り取った画像2枚(以下、併せて「本件投稿画像」という。)を、本件サイト上、本件歯科医院の写真としてアップロードするものである。これにより、本件サイトにおいて、地図上に表示された本件歯科医院をクリックすると、本件投稿画像が表示される状態となっていた。
(4)本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報を保有している。(弁論の全趣旨)
3 争点
(1)権利侵害の明白性(争点1)
ア 本件各動画の著作物性(争点1−1)
イ 黙示の承諾の有無(争点1−2)
ウ 著作権法41条適用の有無(争点1−3)
(2)正当な理由の有無(争点2)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(本件各動画の著作物性)について
(原告の主張)
(1)本件各動画の著作物性
 原告は、夫に頼まれて、本件歯科医院が借りている駐車場の大家に書類を届けに行こうとしたものの、まだ周囲の地理に詳しくなかったため、直ちにはたどりつけなかった。そして、原告は、その時見た空がとても青くて美しかったため、周囲の景色をスマートフォンの動画で撮影していたところ、夫がたまたま外に出てきて、大家の自宅のある方向を指で指して教えに来てくれたため、夫の走っている姿もそのまま撮影したものである。
 このように、本件各動画は、原告が美しく感じる風景を自ら選択し撮影したものであり、その構図やカメラアングルも自ら設定したものである。そして、夫が登場した場面においても、スマートフォンを固定して撮影したものではなく、夫を被写体としない選択もあったのに夫に焦点を合わせて撮影を行っていることからしても、誰が撮影しても同じ表現になるものではない。
 したがって、本件各動画は、原告の個性の発揮によりその思想又は感情を創作的に表現したものであり、創作性は認められる。
(2)本件投稿画像の著作物性
 本件各動画に創作性が認められることは、上記において説示したとおりであり、その動画の一部分である本件投稿画像についても、原告の個性が発揮されたものであるから、上記と同様に創作性が認められる。
(被告の主張)
(1)本件各動画の著作物性
 本件各動画は、原告の夫が公道上を走っている点に主眼を置いて撮影したものであり、本件各動画全体を通じて、空に主眼を置いている様子など、原告が美しく感じる風景を選択したことはうかがわれない。
 また、本件動画1は僅か19秒、本件動画2は僅か15秒という短い動画であるところ、カメラアングルもほぼ固定した状態で、正面から原告の夫を撮影したものであり、自然光の下、スマートフォンのカメラ機能を用いて一般的な態様で撮影したものにすぎず、構図やカメラアングル等の工夫は見出せないものである。
 したがって、本件各動画には創作性がないため、本件各動画は「映画の著作物」には該当しない。
(2)本件投稿画像の著作物性
 本件投稿画像の投稿が原告の複製権・公衆送信権を侵害するものであるためには、本件動画2のうち本件投稿画像として切り取られた部分に創作性があり、当該部分に著作物性が認められる必要がある。しかしながら、本件投稿画像は、原告の夫が公道上にいる一場面を切り取ったものにすぎず、その構図やカメラアングル、背景等においても創作性は認められない。
2 争点1−2(黙示の承諾の有無)について
(被告の主張)
 本件動画2は、インスタグラムにアップロードされた動画であるところ、インスタグラムの利用者は、投稿する情報を公開する相手を任意に選択することができる(乙8)。そして、原告のインスタグラムのアカウントは、いわゆる鍵付きアカウントである以上、公開情報には該当しないものの、転載禁止等の注記がされていないことからすれば、原告は、少なくとも、原告のインスタグラムのフォロワーに対し、本件動画2の一部の複製及び公衆送信など、インスタグラムの使用上当然に想定される利用形態について禁止する意向は示していない。
 したがって、原告は、本件動画2の使用につき、黙示の承諾をしていたというべきである。
(原告の主張)
 原告が本件動画2につき黙示の利用許諾をしていたと認められるには、そのような事情が裏付けられるような具体的事実が認められなければならない。
 そして、原告のインスタグラムのアカウントは鍵付きであり、かつ、原告は、24時間で消滅するストーリーズにより本件動画2を公開しているなど、その公開範囲をかなり限定していた事情を踏まえると、原告が黙示的許諾をしていたことを裏付けるような積極的な事情が認められない限り、黙示的許諾をしていたとは認定できない。そうすると、転載禁止等の注記がなされていなかったとしても、第三者による著作物の利用を容認していた事情とはならないというべきである。
 したがって、原告は、本件動画2の使用につき、黙示の承諾をしていなかったというべきである。
3 争点1−3(著作権法41条の適用の有無)について
(被告の主張)
 本件投稿画像からは、医療関係者と思われる男性が白衣姿で走っている様子がうかがわれるとともに、「麻酔待ちの間にご近所に菓子折り渡しに走ってる。田舎すぎて。笑」との記載がある(甲6、9、10)。そして、本件動画2が投稿されたのが令和3年10月28日であることからすれば、本件投稿画像は、遅くとも令和4年1月までには投稿されたものと考えられる。
 そうすると、本件投稿画像は、近時のニュース性のある、医療関係者の男性が患者の麻酔中に当該患者の下を離れて外出している様子を収めたものであり、当該様子を投稿することは、医療現場の実態や、医療事故につながりかねない様子をとらえた「時事の事件」を構成するものである。そして、このような本件投稿画像が、原告の夫が経営する本件歯科医院につき投稿されたことは、上記時事の事件を「報道する場合」に当たるといえる。
 また、本件投稿画像の投稿は、本件動画2の全体ではなくその一部であるスクリーンショットのみを掲載するものであるから、「報道の目的上正当な範囲内」での「複製」及び「利用」といえる。
 したがって、本件投稿画像の投稿者は、本件歯科医院という医療現場の実態を報道するべく、当該現場を収めた本件動画2の一部を投稿という形で「複製」及び「利用」したものである(著作権法41条)。
(原告の主張)
(1)著作権法41条にいう「時事の事件」とは、現在又は現在と時間的に近接した時点の出来事であるとされ、時事の事件を「報道する」とは、事件や事実を取材し編集し、これを発表し又は伝達することをいう。
 これを本件についてみると、本件投稿には、何らかの事件や事実を取材した形跡はなく、原告が投稿した本件動画を複製して公衆送信したにすぎないから、時事の事件を「報道する」には該当しない。
(2)また、著作権法41条には、報道機関や報道記者ではない個人が行う報道が含まれ得るとしても、客観的に判断して時事の事件と認められるような報道でなければならず、著作物の利用が主目的であるような場合は、そもそも時事の事件の報道とはいえない。
 本件投稿は、それ自体、「時事の事件」の報道であるとは理解できない上に、原告が本件動画2をインスタグラムに投稿したのは令和3年10月28日であるのに対し、本件投稿が行われたのは令和4年になってからであることからすれば、現在又は現在と時間的に近接した時点の出来事であるともいえない。
4 争点2(正当な理由の有無)について
(原告の主張)
 原告は、本件投稿者に対して、不法行為に基づく損害賠償等の請求をする予定であるが、そのためには、被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要がある。
(被告の主張)
 本件各動画は、原告の私的な動画(甲10)であるため、消極的損害・積極的損害のいずれも観念することができない。そもそも、本件投稿画像は本件動画2の一部のみを切り取ったスクリーンショットに過ぎず、これが投稿されることにより原告に損害が生じることは考え難い。
 したがって、原告の主張を前提としても、発信者に対する損害賠償請求が認められない蓋然性が高く、原告には本件発信者情報の開示を受ける正当な理由がない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1−1(本件各動画の著作物性)について
(1)本件動画2及び本件投稿画像の著作物性
 前記前提事実、証拠(甲6、8、9)及び弁論の全趣旨によれば、本件動画2は、原告の夫が、医療用のユニフォームを着て、公道上を、画面の奥から手前に向かって走りながら近付いてくる様子を遠距離から撮影した上で、画面の下側に「麻酔待ちの間にご近所に菓子折り渡しに走ってる。田舎過ぎて。笑」というテロップ(本件テロップ)を加えた約15秒の動画であることが認められる。
 そして、本件動画2は、約15秒間という短い時間の中で、田舎で歯科医として勤務する原告の夫の日常の風景を分かりやすく紹介するために、原告の夫が走っている様子が画面の中央に映るようにカメラの位置を低めに設定した上で、道路や空、道路沿いの住居といった背景がバランス良く写り込む構図・アングルで撮影した動画に、その状況を端的に説明するために本件テロップを加えるという編集を施したものであることが認められる。
 そうすると、本件動画2は、撮影方法や編集等に工夫を凝らした点において創作性があるといえるから、本件動画2には、映画の著作物として、著作物性を認めるのが相当である。そして、証拠(甲6ないし10)及び弁論の全趣旨によれば、本件動画2の2か所をトリミングして静止画化した本件投稿画像についても、上記において説示した工夫を踏まえると、著作物性を認めるのが相当である。
 したがって、本件動画2及び本件投稿画像は、いずれも著作物性を認めるのが相当である。
(2)その他に、被告提出に係る主張書面及び証拠を改めて精査しても、上記工夫等に鑑みると、被告の主張は、上記判断を左右するに至らない。したがって、被告の主張は、採用することができない。
2 争点1−2(黙示の承諾の有無)について
 被告は、本件動画2につき転載禁止等の注記がされていないことを根拠として、原告は本件動画2の利用を黙示に承諾していた旨主張する。
 しかしながら、証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば、本件動画2は、いわゆる鍵アカウント設定で投稿されたものであり、原告のフォロワーのみが閲覧可能なものとして公開されたものであること、ストーリーズに投稿されたものであり、24時間が経過すると視聴が不可能となること、以上の事実が認められる。
 そして、インスタグラムに公開した動画につき、転載禁止であることを積極的に示していない事実をもって、直ちに、第三者による一切の利用を承諾したということはできず、その他に、被告は、黙示の承諾の存在を基礎付ける具体的事情を主張立証するものではない。
 これらの事情を踏まえると、原告は、本件動画2の利用を第三者に承諾していたものと認めることはできない。
 したがって、被告の主張は、採用することができない。
3 争点1−3(著作権法41条の適用の有無)について
(1)被告は、本件投稿画像につき、医療関係者の男性が患者の麻酔中に当該患者の下を離れて外出している様子を収めたものであり、その様子を投稿することは、医療現場の実態や、医療事故につながりかねない様子を捉えたものとしてニュース性があるから、「時事の事件」を構成するものである旨主張する。
 しかしながら、前記前提事実、証拠(甲6及び10)及び弁論の全趣旨によれば、本件投稿画像は、ある男性が住宅地の道路上を走っている画像に、「麻酔待ちの間にご近所に菓子折り渡しに走ってる。田舎過ぎて。笑」というテロップが付されるにとどまり、いつの出来事であるかどうか一切明らかではなく、しかも、本件投稿画像は、Googleマップという地図アプリにおいて、本件歯科医院の上にカーソルを動かし、クリックした場合に表示されるものにすぎないものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件投稿画像で表示された出来事は、これが生じた時期すら明らかではなく、地図アプリにおいて本件歯科医院の上にカーソルを動かし、クリックした場合に限り表示されるにすぎないことが認められる。
 そうすると、本件投稿画像の出来事は、著作権法41条にいう「時事の事件」とはいえず、その投稿も、上記認定に係る表示態様に照らし、同条にいう「報道」というに足りないものと認めるが相当である。
 これに対し、被告は、本件投稿画像で表示された出来事が医療現場の実態や、医療事故につながりかねない様子をとらえたものである旨主張するものの、一般の利用者の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、「麻酔待ちの間にご近所に菓子折り渡しに走ってる。田舎過ぎて。笑」というテロップの内容及び上記認定に係る本件投稿画像の内容を踏まえると、本件投稿画像は、医療現場の実態や、医療事故につながりかねない様子であると理解されるものと認めることはできず、上記各内容に照らしても、被告が主張するようなニュース性を認めることもできない。したがって、被告の主張は、その前提を欠くものであり、いずれも採用することができない。
(2)被告の主張及び提出証拠を改めて精査しても、この判断を左右するには至らない。被告の主張は、採用することができない。
4 権利侵害の明白性について
 証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば、本件投稿者は、令和4年1月頃、本件投稿画像をGoogleマップ上に投稿していることからすると、本件動画2に係る原告の複製権及び公衆送信権を侵害したものといえる。その他に、本件投稿者による著作権侵害につき、違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情は認められない。そうすると、本件投稿者は、本件投稿画像の投稿により、本件動画2に係る原告の複製権及び公衆送信権を侵害するものであることは明らかであると認められる。
5 争点2(正当な理由の有無)について
 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件投稿者に対し、損害賠償等を請求することを予定していることが認められる。そうすると、上記において説示したところを踏まえると、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものといえる。したがって、原告は、被告に対し、法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求めることができる。
 これに対し、被告は、本件動画2は私的な動画であり、消極的損害も積極的損害も観念することができないため、原告の損害賠償請求は認められない旨主張するものの、本件投稿画像の投稿により原告の著作権が侵害されたことが明白であることは、既に説示したとおりであり、具体的な損害額の多寡は、著作権の侵害の成否を左右するものではない。したがって、被告の主張は、採用することができない。
第5 結論
 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 國井陽平


(別紙)発信者情報目録
 別紙投稿記事目録記載の投稿記事を投稿したGoogleビジネスプロフィールのアカウントに関する登録情報であって、次に掲げるもの。ただし、裁判所の判決言渡日において被告が保有し、かつ、直ちに利用可能なものに限る。
@ 電話番号
A 電子メールアドレス
 以上

(別紙)投稿記事目録
 アップル歯科医院
 アカウント名:(アカウント名は省略)
 アカウントURL(URLは省略)
 閲覧用URL(URLは省略)

(別紙)投稿画像目録
1(画像は省略)
2(画像は省略)
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