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【事件名】KDDIへの発信者情報開示請求事件Z
【年月日】令和5年2月28日
 東京地裁 令和4年(ワ)第23243号 発信者情報開示請求事件

令和5年2月28日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和4年(ワ)第23243号 発信者情報開示請求事件

 (口頭弁論終結日 令和5年1月20日)

判決
原告 株式会社A&T
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 KDDI株式会社
同訴訟代理人弁護士 今井和男
同 小倉慎一
同 山本一生


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、氏名不詳者ら(以下「本件各発信者」という。)がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrentを使用して、別紙著作物目録記載の動画(以下、符号の順番に応じ「本件動画1」及び「本件動画2」といい、併せて「本件各動画」という。)を送信可能化したことにより、本件各動画に係る原告の送信可能化権を侵害したと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実をいう。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告は、本件各動画の著作権を有する株式会社である。
イ 被告は、インターネットサービスプロバイダ事業等を営む株式会社であり、プロバイダ責任制限法2条3号にいう特定電気通信役務提供者に該当する。
(以上につき、弁論の全趣旨)
(2)BitTorrentの仕組み
 BitTorrentは、いわゆるP2P形式のファイル共有に係るソフトであり、その概要や利用の手順は、以下のとおりである。
ア BitTorrentにおいては、特定のファイルを細分化し(以下、細分化されたファイルの一部を「ピース」という。)、ネットワーク上のユーザーに分散して共有させる。
イ BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードする。
 そして、ユーザーは、当該トレントファイルをBitTorrentクライアントソフトに読み込ませることにより、BitTorrentが、当該トレントファイルに記録されたトラッカーに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求することになる。トラッカーは、ファイルの提供者のリストを管理するサーバーであり、上記の要求に応じ、自身にアクセスしている特定のファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。
ウ リストを受け取ったBitTorrentクライアントソフトは、当該リストに記載されたIPアドレスの割当てを受けた、当該ファイルのピースを持つ他の複数のユーザーに接続し、それぞれから、当該ピースのダウンロードを開始する。そして、全てのピースのダウンロードが終了すると、元の一つの完全なファイルが復元される。
エ 完全な状態のファイルを持つユーザーは、「シーダー」と呼ばれる。また、目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが、ダウンロードが完了し、完全な状態のファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなり、今度は、リーチャーからの求めに応じて、当該ファイルの一部(ピース)をアップロードしてリーチャーに提供することになる。
 また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持しているファイルの一部(ピース)を、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルをダウンロードすると同時に、当該ファイルについて同時にアップロード可能な状態に置かれることになり、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態になっている。
オ BitTorrentを通じてファイルをダウンロードした利用者は、BitTorrentクライアントソフトを停止させるまで、トラッカーに対し、当該ファイルが送信可能であることを継続的に通知し、他の不特定の利用者からの要求があれば、常にこれを送信することが可能な状態となる。すなわち、ユーザーは、他のユーザーと共同し、それぞれが保有するピースを送信することにより、特定のファイルのダウンロードを希望するユーザーに対し、当該ファイルの全体を受信させる役割を担い続けることになる。
(以上につき、甲4ないし6、8、弁論の全趣旨)
(3)原告による著作権侵害調査の概要
ア 原告は、本件訴訟の提起に先立って、株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件各動画に係る著作権侵害についての調査(以下「本件調査」という。)を依頼した。
イ 本件調査会社は、本件調査を踏まえ、原告に対し、@別紙発信者情報目録記載5の日時に、同記載のIPアドレスの割り当てを受けた発信者(以下「本件発信者1」という。)が本件動画1に係るファイル(以下「本件ファイル1」という。)のダウンロード及びアップロードを行っていたこと、A同目録記載6の日時に、同記載のIPアドレスの割当てを受けた発信者(以下「本件発信者2」という。)が本件動画2に係るファイル(以下「本件ファイル2」といい、本件ファイル1と併せて「本件各ファイル」という。)のダウンロード及びアップロードを行っていたことを報告した。
(以上につき、甲1の5及び6、甲2の5及び6、甲5、6、8、弁論の全趣旨)
(4)本件各発信者情報の保有
 被告は、本件各発信者情報を保有している(弁論の全趣旨)。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
 本件における争点は、権利侵害の明白性であり、より具体的には、本件調査の信用性が争われている(令和5年1月20日付け経過表参照)。
(1)原告の主張
ア 本件調査会社は、BitTorrentを利用した違法ダウンロード及びアップロードの特定に際しては、μtorrentというクライアントソフトを利用しているが、同ソフトは、BitTorrentをより効率的に利用することを可能とするために開発されたソフトウェアであり、BitTorrentを利用して特定ファイルのダウンロードを行っているユーザーのIPアドレスを機械的に取得して表示するものであるから、そこに恣意が入る余地はない。
 そして、本件調査会社は、本件調査において、μtorrentを利用して、本件各発信者が、別紙発信者情報目録記載の各日時頃、同目録記載のIPアドレスの割当てを受けて、BitTorrentのネットワークに参加し、本件各動画に係るファイルのダウンロード及びアップロードを行っていることを確認している。
イ 以上によれば、本件各発信者が、別紙発信者情報目録記載の日時頃、被告の提供するインターネット接続サービスを利用し、同目録記載のIPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、BitTorrentを用いて、本件各動画を複製したファイルを、不特定多数の他のBitTorrentの利用者からの求めに応じて自動的に送信し得る状態にしたことが認められる。
 そして、本件各発信者の上記行為につき、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情は認められないから、本件各動画に係る原告の送信可能化権が侵害されたことは明白であるといえる。
(2)被告の主張
ア 原告の主張は、本件調査に基づき作成された甲4号証、甲5号証及び甲8号証に依拠しているところ、これらの各書証の作成者である本件調査会社は、μtorrentの開発者ではなく、また、BitTorrentのネットワークを通じてファイルをダウンロード及びアップロード可能な状態に置いたIPアドレスの特定に関し、専門技術を有する者であるか否かも不明である。したがって、上記各書証は、本件調査の信用性を裏付けるものであるとはいえない。
 また、市販のソフトウェアを用いてIPアドレスを変更することは可能であることからすれば、BitTorrentの仕組みにおいて、IPアドレス等に関して暗号化や偽装の介入する余地がないとはいえないため、本件各発信者以外の第三者が、別紙発信者情報目録記載の各IPアドレスを偽装した可能性も排除できない。
イ 以上によれば、本件各発信者が本件各動画に係る原告の送信可能化権を侵害したことが明らかであるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 前記前提事実、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件調査につき、次の事実が認められる。5
(1)μtorrentは、BitTorrentのクライアントソフトの一つであり、BitTorrentを用いて実際に特定のファイルをアップロード及びダウンロードしている最中のユーザーにつき、そのIPアドレスを特定した上で、当該IPアドレスとともに、当該ユーザーが当該ファイルをアップロードする際の上り速度や、ダウンロードする際の下り速度、ダウンロード量及びアップロード量等を画面上に表示するという機能を有している。
(2)本件調査会社は、μtorrentを起動し、本件各動画に係るトレントファイルをμtorrentに読み込ませた上で、BitTorrentを通じて、本件各動画のファイルのダウンロードを行った。
 そして、本件調査会社は、上記ダウンロードの際、μtorrentの上記機能を利用して、その時点において、本件各ファイルにつき、BitTorrentを通じてアップロード及びダウンロードを行っている他のユーザーの存否を確認したところ、@別紙発信者情報目録記載5の日時に、同記載のIPアドレスの割当てを受けたユーザーが、本件ファイル1に係るピースをダウンロードすると同時にアップロードしていることを確認するとともに、A同目録記載6の日時に、同記載のIPアドレスの割当てを受けたユーザーが、本件ファイル2に係るピースをダウンロードすると同時にアップロードしていることを確認した。
(以上につき、甲1の5及び6、甲2の5及び6、甲4ないし6、8ないし10、弁論の全趣旨)
2 権利侵害の明白性
(1)前提事実記載のBitTorrentの仕組み及び前記認定事実によれば、本件各発信者は、それぞれ、本件各ファイルに係るピースをその端末にダウンロードして、当該ピースを不特定多数の者からの求めに応じ、BitTorrentを通じて自動的に送信し得るようにした上、被告から別紙発信者情報目録記載5又は6のIPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、同記載の各日時において、ダウンロードと同時にアップロードが可能な状態となる本件調査会社の端末に、本件各ファイルのピースを実際にダウンロードさせたことが認められる。
 これらの事情を踏まえると、本件発信者1が、別紙発信者情報目録記載5の日時において本件動画1に係る原告の送信可能化権を侵害したほか、本件発信者2が、同目録記載6の日時において本件動画2に係る原告の送信可能化権を侵害したものと認めるのが相当である。そして、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情を認めることはできない。
 したがって、権利侵害の明白性を認めるのが相当である。
(2)これに対し、被告は、本件調査会社による本件調査には信用性が認められないとして、権利侵害の明白性が認められない旨主張する。
 しかしながら、被告は、本件調査会社がIPアドレスの特定に係る専門技術を有するか不明であるとか、本件調査会社が特定したIPアドレスは第三者により偽装されたものである可能性があるなどといった、抽象的な事情や可能性を指摘するにとどまり、本件調査の信用性を左右する事情を具体的に主張するものではない。他方、原告は、上記において認定したとおり、本件調査の具体的内容を詳細に説明するほか(甲4、5、8)、本件調査の裏付け資料として、IPアドレス、品番、日付等が現に表示された利用態様に係るスクリーンショットを状況証拠(甲1の5及び6)として提出している。これらの主張立証内容を踏まえると、被告の主張を十分に考慮しても、本件調査の信用性を覆すに足りず、被告の主張は、上記判断を左右するものとはいえない。
 したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
3 正当な理由
 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各発信者に対し、損害賠償請求を予定していることが認められることからすると、原告には、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものといえる。
4 したがって、原告は、被告に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求めることができる。
第4 結論
 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 國井陽平


(別紙) 発信者情報目録
  以下の日時に以下のIPアドレス及びポート番号を割り当てられていた契約者の 5 氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
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5 日時 令和4年(2022年)7月11日
3時14分58秒
IPアドレス (省略)
ポート番号 (省略)
6 日時 令和4年(2022年)7月12日
15時17分09秒
IPアドレス (省略)
ポート番号 (省略)
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(別紙) 著作物目録
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5 日時 令和4年(2022年)7月11日
3時14分58秒
甲1−5
甲2−5
IPアドレス (省略)
ポート番号 (省略)
品番 (省略)
作品名 (省略)
6 日時 令和4年(2022年)7月12日
15時17分09秒
甲1−6
甲2−6
IPアドレス (省略)
ポート番号 (省略)
品番 (省略)
作品名 (省略)
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日本ユニ著作権センター
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