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【事件名】NTTドコモへの発信者情報開示請求事件J
【年月日】令和5年2月20日
 令和4年(ワ)第18499号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年1月11日)

判決
原告 株式会社ホットエンターテイメント
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 株式会社NTTドコモ
同訴訟代理人弁護士 桑原秀明
同 馬場嵩士
同 堺有光子
同 横山経通


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、著作権を有する別紙動画目録記載の各動画(以下、順に「本件動画1」などといい、これらを併せて「本件各動画」という。)に係るファイルが、被告が提供するインターネット接続サービスを介してファイル共有ネットワークにアップロードされたことにより、本件各動画に係る原告の著作権(送信可能化権)を侵害されたことが明らかであるとして、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、枝番号の記載を省略したものは、枝番号を含む(以下同じ。)。)
(1)当事者
ア 原告は、アダルトビデオを含む映像の企画、製作、発売等を目的とする株式会社である(甲10、11、裁判所に顕著な事実)。
イ 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者)である。
 被告は、本件発信者情報を保有している。
(2)ビットトレントの仕組み等
 「BitTorrent」(ビットトレント)とは、いわゆるP2P形式の通信プロトコルであり、また、これを実装したファイル共有ソフトである。これを利用してファイルをダウンロードするにあたっては、ユーザーは、その使用端末にビットトレントに対応したクライアントソフトをインストールした上で、インデックスサイトと呼ばれるウェブサイトにアクセスするなどして、目的のファイルの所在等に関する情報が記載された「torrentファイル」(拡張子が「.torrent」のファイル。以下「トレントファイル」という。)を取得する。トレントファイルには、目的のファイル本体のデータは含まれず、分割されたファイル(ピース)全てのハッシュと共に、ピースを完全な状態のファイルに再構築するための情報や、トラッカー(ファイル提供者のIPアドレス等の情報を管理するサーバであり、シーダー(完成したパーツのファイルデータを持つコンピュータ)やリーチャー(ファイルをダウンロード中のコンピュータ)を相互に接続し、ファイルの配布を実際に行うもの)のアドレスが記録されている。ユーザーは、これをクライアントソフトで読み込むことによりトラッカーと通信を行い、目的のファイルを保有している他のユーザーのIPアドレスを取得し、それらのユーザーと接続した上で、当該ファイルのダウンロードを開始する。ユーザーは、分割されたファイル(ピース)を複数のピア(当該ネットワークに接続中のコンピュータ)から取得する。クライアントソフトは、トレントファイルに記録された各ピースのハッシュや再構築に必要なデータに基づき、各ピースを完全な状態のファイルに復元する。
 また、ユーザーは、ダウンロードした当該ファイルについて、自動的にピアとしてトラッカーに登録される仕組みとなっており、自らがダウンロードしたファイル(ピース)に関しては、他のピアからの要求があれば当該ファイルを提供しなければならず、ダウンロードと同時にアップロードが可能な状態に置かれる。アップロードは、ダウンロードするファイルが完全にダウンロードされる前から、ダウンロードした部分のアップロードが行われる。
 シーダーとなったコンピュータは、ピースのアップロードのみを行うこととなる。
 (以上につき、甲5〜7)
(3)原告による本件各動画のビットトレント上のアップロード調査
 原告は、本件訴訟提起に先立ち、調査会社(以下「本件調査会社」という。)に対し、ビットトレントにおいて、本件各動画に係るファイルのアップロードの有無の調査を委託した。本件調査会社は、クライアントソフト「μtorrent」(以下「本件クライアントソフト」という。)を使用して調査を行い、原告に対し、本件各動画に係るファイル(ピース)がアップロードされていること、このアップロードの通信に別紙発信者情報目録の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレス(以下、順に「本件IPアドレス1」などといい、これらを併せて「本件各IPアドレス」という。)が使用されていることなどの調査結果を報告した(甲1)。
2 争点
(1)本件各動画に係る原告の著作権の有無(争点1)
(2)権利侵害の明白性(争点2)
(3)発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点3)
3 争点に対する当事者の主張
(1)争点1(本件各動画に係る原告の著作権の有無)
〔原告の主張〕
 本件各動画のパッケージには原告の商号が明記されている。また、本件各動画の販売等にあたっては、映像倫理等の観点から、第三者認証機関である一般社団法人日本映像制作・販売倫理機構(以下「本件機構」という。)の審査を受けているところ、同審査に際し原告に対して付与された固有の審査番号が本件各動画のパッケージに明記されている。これらの事情から、本件各動画の著作権が原告に帰属していることを把握し得る。
〔被告の主張〕
 争う。本件各動画の製作者が原告であることや、本件各動画の著作者が原告に対して本件各動画の製作に参加することを約束したといった事情は認められない。
(2)争点2(権利侵害の明白性)
〔原告の主張〕
 本件調査会社は調査に際し本件クライアントソフトを利用したところ、本件クライアントソフトは、ビットトレントの開発会社によって管理されているものであり、ダウンロードをするトレントファイルを検索したり、ビットトレントを使用しているピアの情報を表示する機能を有する。このため、本件クライアントソフトを利用することにより、ピースのダウンロード及びアップロードを行っているピアのIPアドレスを解明することが可能となる。
 本件調査会社は、調査対象となる本件各動画のファイルをインターネット上で検索してトレントファイルをダウンロードし、本件クライアントソフトを利用して、ダウンロードしたトレントファイルから対象となるデータのダウンロードを開始した。その結果、本件各動画のピースを保有するピア(以下「本件各発信者」という。)が接続しているIPアドレス及び接続日時が特定された。
 上記調査結果によれば、本件各発信者は、個々の送受信によりダウンロードし、アップロード可能な状態に置いたのは本件各動画のファイルの一部(ピース)であるとしても、ビットトレントを利用する他のユーザー(ピア)からその余のファイル(ピース)をダウンロードすることによって完全なファイルを取得すると共に、取得した本件各動画のピースをアップロード可能な状態に置くことにより、本件各発信者以外のユーザーが本件各動画の完全なファイルをダウンロードして取得することを可能とさせ、本件各動画を送信可能化したものといえる。したがって、本件各発信者によるビットトレントの利用により原告の本件各動画に係る著作権(送信可能化権)が侵害されたことは明らかである。
〔被告の主張〕
 本件調査会社による調査は、P2P型ファイル交換ソフトを利用した権利侵害行為を検知、特定する上で広く用いられ、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会により特定方法等の信頼性が認められるシステムとして認定されているシステムによるものではない。そもそも、本件調査会社による調査の方法や調査結果の根拠が明らかでないため、本件各動画のピースをアップロード可能な状態に置く行為が本件各IPアドレスを利用して行われたといえる根拠は明らかでない。
(3)争点3(発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)
〔原告の主張〕
 原告は、本件各発信者に対し、権利侵害を理由として、不法行為に基づく損害賠償請求等の準備をしている。したがって、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
〔被告の主張〕
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件各動画に係る原告の著作権の有無)
 証拠(甲2の3及び2の8、10、11)によれば、本件各動画のパッケージには、原告の商号が記載されていると共に、本件機構が本件各動画の審査の際に付した作品ごとの固有の審査タイトル及び審査番号が記載されていること、本件機構は、上記審査タイトル及び審査番号に係る本件各動画が本件機構に加盟する原告の作品であることを確認していることが認められる。
 これらの事情に鑑みると、原告が本件各動画の著作権を有することが認められる。これに反する被告の主張は採用できない。
2 争点2(権利侵害の明白性)
(1)証拠(甲1の3及び1の8、5、6、10,11)によれば、本件調査会社による調査内容は、以下のとおりであることが認められる。
ア 本件調査会社は、本件各動画の作品番号等の情報を得た上で、インデックスサイトにおいて本件各動画に係るトレントファイルを検索し、本件各動画に係るトレントファイルをダウンロードした。
イ 本件調査会社は、本件クライアントソフトを起動し、端末にダウンロードしたトレントファイルにより、本件各動画に係るピースを有するピアから当該ピースのダウンロードを開始し、当該ダウンロード中に当該ピアのIPアドレスとして当該端末に表示されているIPアドレスを確認し、スクリーンショットの方法によりこれを保存した。
ウ 上記各スクリーンショット画像(甲1の3及び1の8)には、@本件機構により「HEZ−177」との審査タイトルを付された本件動画1のファイル(ピース)につき、本件調査会社が別紙発信者情報目録記載1の「日時」欄記載の日時にダウンロードしていること、及び当該ピースのダウンロード先のピアのIPアドレスとして本件IPアドレス1が表示され、また、A本件機構により「SHE−636」との審査タイトルを付された本件動画2のファイル(ピース)につき、本件調査会社が同目録記載2の「日時」欄記載の日時にそのピースをダウンロードしていること、及び当該ピースのダウンロード先のピアのIPアドレスとして本件IPアドレス2が表示されている。
(2)検討
ア 上記認定事実及び前提事実によれば、ビットトレントは、対応するクライアントソフトがダウンロードされた端末(ピア)間において、一つのファイルを断片化したピースのダウンロードが始まると、完全に当該ピースのダウンロードがされる前からダウンロードした分のピースのアップロードが可能な状態に置かれ、一つのファイルのピースの全てのダウンロードが終了すると、アップロードのみを行うことになるという仕組みを有するものである。このようなビットトレントのシステムにおいて、本件調査会社が本件クライアントソフトを利用して本件各動画のファイルに係るピースを有するピアから当該ピースのダウンロードを開始したところ、当該ピアは、本件各IPアドレスを割り当てられたユーザーのコンピュータであるとの表示がされた。後記のとおり、本件クライアントソフトは、ビットトレントの開発会社が提供するソフトであり、これにより表示されるダウンロード先のピアのIPアドレスの信頼性に疑義を抱くべき具体的な事情は見当たらないことに鑑みると、本件各動画に係るピースは、本件各IPアドレスが割り当てられたユーザーのコンピュータからアップロードされたものと認められる。
 そうすると、本件各動画に係るファイル(ピース)は、本件各IPアドレスが割り当てられた本件各発信者により、公衆からの求めに応じて送信可能な状態に置かれたということができる。
 したがって、本件各発信者は、本件各動画に係るデータを送信可能化したものであり、本件各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかといえる(法5条1項1号)。
イ 被告は、本件調査会社による調査の方法が公的な裏付けを欠くことや調査結果の根拠が明らかではないことなどを指摘して、本件各発信者による原告の権利侵害は明らかでない旨を主張する。
 しかし、本件調査会社が調査に使用した本件クライアントソフトは、ビットトレントの開発会社により開発・管理され、ビットトレントのプロトコル定義で設定されたガイドラインを遵守し、これに準拠しているものであって、ビットトレントの利用をしやすくするために、トレントファイルを読み込み、ピースをダウンロードすると共に、ダウンロードするピアの情報を表示するソフトである(甲4、6、7の2)。このような本件クライアントソフトは、ビットトレントを利用するに当たって通常利用されるクライアントソフトの一つであり、その動作・性能について何らかの疑義を抱かせるような具体的な事情は見当たらず、また、原告において、本件クライアントソフトを利用して恣意的に本件各IPアドレスを取得したといった具体的な事情も見当たらない。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
3 争点3(発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)
 上記2のとおり、本件各動画が本件各発信者により送信可能化されたことが認められることに鑑みると、原告には本件各発信者に係る本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由(法5条1項2号)が認められる。これに反する被告の主張は採用できない。
4 まとめ
 以上より、原告は、法5条1項に基づき、被告に対し、本件発信者情報の開示請求権を有する
第4 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 小口五大
 裁判官 鈴木美智子は差支えのため署名押印することができない。
裁判長裁判官 杉浦正樹
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