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【事件名】NTTドコモへの発信者情報開示請求事件I
【年月日】令和5年2月3日
 東京地裁 令和4年(ワ)第14258号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年12月14日)

判決
原告 株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ
原告 株式会社バンダイナムコミュージックライブ
原告 株式会社ポニーキャニオン
上記3名訴訟代理人弁護士 林幸平
同 笠島祐輝
同 尋木浩司
同 前田哲男
同 福田祐実
被告 株式会社NTTぷらら訴訟承継人 株式会社NTTドコモ
同訴訟代理人弁護士 西村光治
同 橋慶彦


主文
1 被告は、原告株式会社ソニー・ミュージックレーベルズに対し、別紙発信者情報目録記載1及び2の各情報を開示せよ。
2 被告は、原告株式会社バンダイナムコミュージックライブに対し、別紙発信者情報目録記載3の各情報を開示せよ。
3 被告は、原告株式会社ポニーキャニオンに対し、別紙発信者情報目録記載4の各情報を開示せよ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、レコード製作会社である原告らが、被告に対し、氏名不詳者が、P2Pの一種であるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)のネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、原告らがレコード製作者の権利を有するレコードについての送信可能化権(著作権法96条の2)を侵害したことが明らかであり、上記氏名不詳者に対する損害賠償請求等のために必要であると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実又は後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告らは、レコードを製作の上、これを複製して音楽CD等として発売している株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 株式会社NTTぷららは、一般利用者に対してインターネット接続プロバイダ事業等を行っている株式会社であり、同社は、令和4年7月1日、被告に吸収合併され、被告が合併後存続する会社とされた(以下、吸収合併の前後を問わず「被告」という。)。被告は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書の「特定電気通信役務提供者」に該当する。(弁論の全趣旨)
(2)原告らの送信可能化権
ア 原告株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ(以下「原告ソニー」という。)は、Aが歌唱する楽曲を録音したレコードを製作し、タイトル名を「甲」とする音楽CD(商品番号:(番号は省略))に収録して、令和3年11月17日、これを日本全国で発売した(甲3)。
 原告ソニーは、上記レコードについて、レコード製作者としての送信可能化権を有する。
イ 原告ソニーは、Bが歌唱する楽曲を録音したレコードを製作し、タイトル名を「乙」とする音楽CD(商品番号:(番号は省略))に収録して、令和3年11月24日、これを日本全国で発売した(甲7)。
 原告ソニーは、上記レコードについて、レコード製作者としての送信可能化権を有する。
ウ 原告株式会社バンダイナムコミュージックライブ(以下「原告バンダイ」という。)は、Cが歌唱する楽曲を録音したレコードを製作し、タイトル名を「丙」とする音楽CD(商品番号:(番号は省略))に収録して、令和3年8月25日、これを日本全国で発売した(甲11)。
 原告バンダイは、上記レコードについて、レコード製作者としての送信可能化権を有する。
エ 原告株式会社ポニーキャニオン(以下「原告ポニーキャニオン」という。)は、Dが歌唱する楽曲を録音したレコード(以下、前記アないしウのレコードと併せて「本件各レコード」という。)を製作し、タイトル名を「丁」とする音楽CD(商品番号:(番号は省略))に収録して、令和3年11月24日、これを日本全国で発売した(甲15)。
 原告ポニーキャニオンは、上記レコードについて、レコード製作者としての送信可能化権を有する。
(3)原告らによる調査等
 原告らは、株式会社クロスワープ(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件各レコードについて、ビットトレントを利用した著作権侵害行為の監視等を依頼した。本件調査会社は、「P2PFINDER」(以下「本件システム」という。)を使用して調査を開始したところ、別紙発信者情報目録記載の各日時に、同記載の各IPアドレスを割り当てられた氏名不詳者(以下「本件各発信者」と総称する。)が、ビットトレントネットワーク上において、本件各レコードの複製物である電子データ(以下「本件複製物」という。)を、不特定多数のビットトレント利用者の求めに応じ、自動的にアップロードし得る状態にしたとの調査結果(以下「本件調査結果」という。)を得た。(甲2、3、6、7、10、11、14、15、弁論の全趣旨)
(4)本件各発信者情報の保有
 被告は、本件各発信者情報を保有している(弁論の全趣旨)。
3 争点
(1)原告らの送信可能化権が侵害されたことが明らかであるか(争点1)
(2)本件各発信者情報は権利の侵害に係る発信者情報といえるか(争点2)
(3)本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか(争点3)
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(原告らの送信可能化権が侵害されたことが明らかであるか)及び争点2(本件各発信者情報は権利の侵害に係る発信者情報といえるか)について
(原告らの主張)
 本件調査会社は、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会により信用性が認められると認定された本件システムを使用して、適切に調査を実施し、本件調査結果を得たものである。したがって、本件調査結果には信用性が認められる。
 これに対し、被告は、本件調査会社作成に係る平成27年4月付け「BitTorrentネットワークにおける効率的な著作権侵害監視手法について」と題する書面(以下「本件資料」という。)において、本件システムを利用した著作権侵害行為の監視手法につき、バイナリマッチ(発信者からダウンロードしたファイルのピースが、複数のピアから取得した全体ファイルの一部であることを確認すること)を行う手法が提案されているにもかかわらず、本件において、本件調査会社はバイナリマッチを実施していないなどとして、本件調査結果の信用性を争う。
 しかし、上記提案に係る監視手法は、複数ある手法のうちの一つにすぎず、必ずバイナリマッチを実施しなければ正確に発信者のIPアドレス等を特定できないというわけではないというべきである。本件調査会社は、発信者のアップロードしたファイルをダウンロードする際に、同発信者に直接接続し、IPアドレス等を記録することにより、同発信者のIPアドレス等を特定しているから、バイナリマッチを実施していなくても、発信者のIPアドレス等は正確であると認められる。
 したがって、この点に関する被告の主張は理由がなく、本件調査結果により、本件各発信者が、別紙発信者情報目録記載の各日時に、ビットトレントネットワーク上において、本件複製物を、不特定多数のビットトレント利用者の求めに応じ、自動的にアップロードし得る状態にしたといえる(以下、これらの本件各発信者による行為を「本件各送信可能化行為」と総称する。)。
 そして、本件各送信可能化行為について、著作隣接権の権利制限事由(著作権法102条。同条1項が準用する同法30条以下を含む。)は存在しないため、本件各送信可能化行為を行った本件各発信者によって原告らが本件各レコードに対して有する送信可能化権が侵害されたことが明らかであり(プロバイダ責任制限法5条1項1号)、当該送信可能化権侵害との関係において、被告は開示関係役務提供者に、本件各発信者情報は権利侵害に係る発信者情報にそれぞれ該当する(同条1項柱書)。
(被告の主張)
 本件調査会社による本件システムを利用した調査方法には、@本件資料にバイナリマッチを実施する手法が提案されているにもかかわらず、この手法に則った調査が実施されていない、AIPアドレスを複数回検出しているかどうか不明であるから、誤ったIPアドレスが検出された可能性が排除されないといった問題点があり、発信者の特定の正確性に疑義がある。したがって、本件各発信者が本件各送信可能化行為により原告の権利を侵害したことが明らか(プロバイダ責任制限法5条1項1号)とはいえないし、本件各発信者情報が権利侵害に係る発信者情報(同条1項柱書)に該当するとはいえない。
 また、本件各発信者がビットトレントの仕組みを十分認識し、理解していたとは限らないから、本件各発信者が第三者の送信可能化権を侵害することを認識し又は認識し得たといえるかは明らかではない。したがって、本件各発信者の故意・過失による権利侵害があったとはいえず、原告らの権利が侵害されたことが明らかであるとはいえない。
(2)争点3(本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか)について
(原告らの主張)
 原告らは、本件各発信者に対し、損害賠償請求及び差止請求を行う予定であるところ、本件各発信者の氏名、住所等は不明であるため、本件各発信者に対し、上記各請求をすることはできない状態にある。
 したがって、原告らには、本件各発信者に対する損害賠償請求及び差止請求の行使のために、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告らの送信可能化権が侵害されたことが明らかであるか)及び争点2(本件各発信者情報は権利の侵害に係る発信者情報といえるか)について
(1)本件調査会社による調査実施方法について
ア 証拠(甲2、6、10、14)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレントネットワークとは、インターネットを通じ、P2P方式でファイルを共有するネットワークであり、特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、インデックスサイトにおいて当該ファイルに係るトレントファイルをダウンロードした後、当該トレントファイルを自らの端末のクライアントソフトで読み込むと、トラッカーに接続して当該ファイルを保有するピアの情報を取得することができ、当該ピアから当該ファイルをダウンロードすることができる仕組みのものであることが認められる。
 そして、証拠(甲2、6、10、14)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社は、(@)トレントファイルのファイル名に基づいて、著作権侵害情報を含むファイル(以下「対象ファイル」という。)を特定する、(A)当該トレントファイルに記載された情報に基づき、対象ファイル全体を公開しているユーザーを絞り込み、同ユーザーから対象ファイルの一部をダウンロードし、当該IPアドレス及びダウンロード時刻を記録する、(B)当該トレントファイルをクライアントソフトで読み込み、対象ファイルの全体をダウンロードし、本件各レコードとその内容を比較するという手法に則って、本件調査結果を得たことが認められる。
 本件証拠上、上記の調査方法に特段の問題があるとはうかがわれないから、本件調査結果の信用性を認めることができる。
イ これに対し、被告は、本件調査結果において、@本件資料ではバイナリマッチを実施する手法が提案されているにもかかわらず、この手法に則った調査が実施されていない、AIPアドレスが複数回検出されているか不明であるといった問題点があり、誤ったIPアドレスが検出された可能性が排除されないから、本件調査結果には信用性が認められないなどと主張する。
 しかし、@に関しては、証拠(甲2、6、10、14)によれば、同一のトレントファイルからは必ず同一のファイルが取得されることが認められるところ、本件調査会社による上記調査では、前記ア(A)の過程と前記ア(B)の過程で同一のトレントファイルを用い、前記ア(B)の過程において、ダウンロードした対象ファイルが本件各レコードの内容と同一であることを確認しているから、前記ア(A)の過程で取得したIPアドレス等は、本件複製物をアップロードした者に割り当てられたものといえ、この認定を左右するに足りる事情は見当たらない。したがって、バイナリマッチを実施するまでもなく、本件調査結果は信用することができるというべきである。そして、被告がその主張の根拠とする本件資料は、どのような経緯で作成された資料であるのか明らかではない上、本件資料自体、「効率的な著作権侵害監視を実施する手法の提案を行う。」と謳っていることから、誤りの混入し得ない手法を提案することを目的としたものではないとも考えられ、本件資料で提案されているバイナリマッチの手法が省かれていたとしても、本件調査結果の信用性が否定されるものではない。
 また、Aに関しては、実際に本件システムがIPアドレスを誤って検出する可能性がどの程度あるのかについて、被告の主張及び立証は全くないから、IPアドレスを複数回検出する必要があるとは認め難く、これを実施していないことを理由として、本件調査結果の信用性を否定することはできないというべきである。
 よって、被告の上記主張はいずれも採用することができない。
ウ 以上によれば、本件各発信者が、本件各レコードについて、それぞれ、別紙発信者情報目録記載1ないし4の各日時頃、被告のインターネット接続サービスを利用し、同目録記載1ないし4の各IPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、ファイル交換ソフトウェアであるビットトレントを用いて、本件複製物を、不特定多数の他のビットトレントの利用者からの求めに応じて自動的に送信し得る状態にしたことが認められる。
 また、本件全証拠によっても、本件各送信可能化行為について、原告らによる許諾、著作隣接権の権利制限事由その他の違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情は認められない。
(2)発信者の故意・過失に係る被告の主張について
 プロバイダ責任制限法5条1項1号は、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」を、発信者情報の開示を認めるための要件として規定するのみであって、その文言上、発信者の故意又は過失により権利が侵害されたことを要件としていない上、発信者がまだ特定されていない段階において、発信者の主観的要件についても権利者にその立証の負担を負わせることは相当ではないというべきである。そうすると、同号の要件として、権利者は、発信者の故意・過失を主張及び立証する必要性はないものと解するのが相当である。
 よって、本件各発信者の故意又は過失を権利侵害の明白性の要件とする被告の主張は、失当であって、採用することができない。
(3)小括
 以上によれば、本件送信可能化行為に係る情報の流通によって原告らの本件各レコードに係る送信可能化権が侵害されたことが明らかであり、本件各発信者情報は、各権利の侵害に係る発信者情報(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当すると認められる。
2 争点3(本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか)について
 原告らは、それぞれ、前記1のとおり自己の送信可能化権を侵害したことが明らかな本件各発信者に対して、損害賠償請求及び差止請求を行う意思を有しており、そのためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要があると認められるから、いずれも、自己の権利侵害に係る発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。
第4 結論
 よって、原告らの請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 小川暁
 裁判官 バヒスバラン薫


(別紙)発信者情報目録
1 令和3年11月24日3時28分28秒頃に「(IPアドレスは省略)」というIPアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
2 令和3年12月20日6時34分39秒頃に「(IPアドレスは省略)」というIPアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
3 令和3年11月24日6時20分53秒頃に「(IPアドレスは省略)」というIPアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
4 令和3年12月20日7時56分16秒頃に「(IPアドレスは省略)」というIPアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
 以上
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