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【事件名】同人誌表紙の出版権事件
【年月日】令和5年1月20日
 東京地裁 令和3年(ワ)第13720号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年11月4日)

判決
原告 有限会社ソフトライン
同訴訟代理人弁護士 大熊裕司
同 島川知子
被告 A
同訴訟代理人弁護士 竹若栄吾郎
同 石山ありさ
同 介川康史
同 吉田晃宏
同 佐々木陽二郎


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、65万円及びこれに対する令和2年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、別紙被告漫画目録記載の漫画を複製してはならない。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、Bの作成した別紙原告漫画目録記載の漫画(以下「原告漫画」という。)に係る出版権を有する原告が、被告に対し、被告の作成した別紙被告漫画目録記載の漫画(以下「被告漫画」という。)の表紙(以下「被告表紙」という。)及び中表紙(以下「被告中表紙」といい、被告表紙と併せて「被告表紙等」という。)は原告漫画の表紙(以下「原告表紙」という。)を複製したものであり、原告漫画に係る原告の出版権を侵害すると主張して、民法709条に基づき、65万円(著作権法114条2項に基づく損害額45万円及び弁護士費用相当額20万円)及びこれに対する被告漫画の発行日である令和2年1月20日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、著作権法112条1項に基づき、被告漫画の複製の差止めを求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、書籍、雑誌等の企画・出版及び販売等を業とする会社であり、「東京漫画社」という屋号を用いて出版業務を行っている(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、「C」という同人サークルに所属し、「A」というペンネームで二次創作同人誌を発行及び販売している。
(2)原告漫画
ア Bは、平成27年9月から平成28年10月までの間に、原告漫画を作成した。原告漫画の一部を構成する原告表紙は、別紙対比表の原告表紙欄記載のとおりである。(甲4、弁論の全趣旨)
イ 原告及びBは、平成28年10月23日、Bが、原告漫画について、原告に対して「出版権」を設定する旨、@紙媒体出版物(オンデマンド出版を含む。)として複製し、頒布すること、ADVD−ROM、メモリーカード等の電子媒体に記録したパッケージ型電子出版物として複製し、頒布すること、B電子出版物として複製し、インターネット等を利用し公衆に送信することを上記出版権の内容とする旨などを合意する出版契約(以下「本件出版契約」という。)を締結した(甲3)。
ウ 原告は、平成28年11月20日、原告漫画を発行した(甲4)。
(3)被告漫画
ア 被告は、令和2年1月頃までに、被告漫画を作成した。被告漫画を構成する被告表紙は、別紙対比表の被告表紙欄記載のとおりであり、被告中表紙は、別紙対比表の被告中表紙欄記載のとおりである。(甲5、弁論の全趣旨)
イ 被告は、令和2年1月20日、被告漫画を発行した(甲5)。
3 争点
(1)被告表紙等が原告表紙を「原作のまま…複製」(著作権法80条1項1号)したものであるか(争点1)
(2)被告の故意又は過失(争点2)
(3)損害の発生及びその額(争点3)
(4)差止めの必要性(争点4)
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(被告表紙等が原告表紙を「原作のまま…複製」(著作権法80条1項1号)したものであるか)について
(原告の主張)
ア 原告表紙と被告表紙等が同一であること
(ア)原告は、Bとの間で、本件出版契約を締結し、同人から原告漫画に係る出版権の設定を受けたところ、出版権の内容を規定する著作権法80条1項1号の「複製」とは、同法2条1項15号及び21条の「複製」と同義と解され、「既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製すること」(最高裁昭和50年(オ)第324号同53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁)をいう。ここにいう「再製」とは、既存の著作物と同一のものを作成することをいうと解されるが、完全に同一である場合のみではなく、多少の修正増減があっても著作物の同一性は損なわれず、実質的に同一である場合が含まれる。
(イ)原告表紙では、その左側の人物(以下「原告人物1」という。)と右側の人物(以下「原告人物2」という。)が、額が触れるほどの近距離で見つめ合う描写、原告人物1が、原告人物2の両頬に親指を当て、原告人物2の耳から下の首部分に人差し指から小指までを置き、原告人物2の涙を拭う描写、原告人物2が、涙を拭っている原告人物1の親指と人差し指の間に人差し指及び中指を挟み、原告人物1の親指の付け根の外側に薬指及び小指を当てる描写、原告人物1が原告人物2を見下ろす描写がされている。そして、被告表紙等は、これらの各描写において、原告表紙と一致しており、原告人物1及び2の瞳の大きさや表現も共通している。
 加えて、原告表紙と被告表紙等を重ね合わせると、次のとおり、両者は実質的に同一の表現であることを確認することができる。すなわち、原告人物1の顔部分と被告表紙(被告中表紙は、色が塗られていないだけで、被告表紙と同一である。)の左側の人物(以下「被告人物1」という。)の顔部分を重ね合わせたもの(甲10)によれば、原告人物1と被告人物1とでは、顔、目及び口の各形状が一致している。また、原告人物1の両手(指)部分と被告人物1の両手(指)部分を重ね合わせたもの(甲11)によれば、原告人物1と被告人物1とでは、両手(指)部分の形状が一致している。さらに、原告人物2の左耳部分と被告表紙の右側の人物(「被告人物2」という。)の左耳部分を重ね合わせたもの(甲12)によれば、原告人物2と被告人物2とでは、左耳の形状が一致している。
 したがって、原告表紙と被告表紙等は、実質的に同一である。
(ウ)これに対して、被告は、後記(被告の主張)ア(イ)のとおり、相違点が多数存在すると主張する。
 しかし、被告が主張する相違点は、いずれも、読者において違いがあることに気付かないほどの軽微なものにすぎず、多少の修正増減の範囲内にとどまり、新たに創作的な表現を付加したものではないから、原告表紙と被告表紙等との実質的同一性を否定するものではない。
イ 被告表紙等が原告表紙に依拠したものであること
(ア)原告表紙と被告表紙等は前記アのとおり酷似している上、被告漫画は原告漫画の発行から3年が経過した後に発行されたものであり、被告が原告漫画にアクセスした可能性は十分あるから、被告表紙等は原告表紙に依拠したものである。
(イ)これに対して、被告は、Twitterで知り合った「D」という人物(以下「D」という。)から、Twitterのダイレクトメールにより画像(乙1。以下「本件画像」という。)の提供を受け、これを基にして、被告表紙等を作成したものであり、原告漫画のことは知らなかったと主張する。
 しかし、Dが被告に対してダイレクトメールを送付したことを裏付ける客観的資料はなく、被告がDから本件画像の提供を受けたという主張は信用することができない。
 また、被告は、原告の担当者から令和2年4月21日に原告漫画に類似した画像のインターネット上からの削除等を要請するダイレクトメールの送付を受け、その直後に当該画像を削除していることから、被告が同年7月頃に至るまでB及び原告漫画の存在を知らなかったはずはない。
 さらに、原著作物の複製物又は翻案物(二次的著作物)に依拠したものであっても、この複製物又は翻案物(二次的著作物)に原著作物の創作的表現が再生されているときは、原著作物に依拠していると解される。被告が令和元年10月13日にDから本件画像を提供されたとしても、原告が原告漫画を作成したのは平成28年10月であり、被告はそれより後に本件画像の提供を受けたというのであるから、本件画像が原告表紙の作成時より前に作成されたことを裏付けるものではない。そして、原告表紙と本件画像を重ね合わせると、両者の表現はほぼ一致しており、本件画像は、原告表紙を複製したものといえ、被告は、このような本件画像に基づき、独自の創作的表現を加えることなく被告表紙等を作成したものであるから、原告表紙に依拠して被告表紙等を作成したといえる。
 以上のとおり、被告表紙等は原告表紙に依拠したものであり、被告の上記主張は理由がない。
ウ 小括
 以上によれば、被告表紙等は、原告表紙を「原作のまま…複製」(著作権法80条1項1号)したものといえる。
(被告の主張)
ア 被告表紙等が原告表紙と同一ではないこと
(ア)原告が本件出版契約に基づき取得した、原告漫画に係る出版権は、著作権法80条1項の規律に服することになるところ、「原作のまま」の状態のもののみが出版権設定行為の対象となり、翻訳、翻案等の二次的著作物を作成することついてはこれに含まれず、同一の範囲を超えた類似出版物については、出版権者ではなく複製権者に複製権が残ることになる。そして、誤字、脱字、仮名遣い等を補正したにとどまるものを除き、著作物の内容を変更したものは同一の範囲を超えるものというべきであり、「原作のまま」複製したとはいえないと解すべきである。
 また、出版権が特定の著作物に設定されることを考えると、一冊の書物に出版権が設定されている場合は、個々の部分的な表現のみならず、一冊の書物を通して同一の著作物といえるかどうかという観点から、出版権が侵害されたか否かを検討する必要がある。
(イ)原告表紙と被告表紙を比較すると、以下の点で相違するから、原告表紙と被告表紙等が同一であるとはいえない(被告中表紙は白黒で描かれているところ、原告表紙と被告中表紙を比較したときも基本的に同様である。)。
a 原告人物1は、頭部が被告人物1より小さく描かれ、その上半分が描かれていないが、被告人物1は、頭部が原告人物1より大きく、その上部まで描かれている。
b 原告人物1は、髪の毛が茶色で、頭頂部付近の髪に艶が描かれているのに対し、被告人物1は、髪の毛が薄ピンク色で描かれており、髪の艶が描かれていない。
c 原告人物1は、耳に何ら装飾品が描かれていないのに対し、被告人物1は、耳に黄色いイヤリングが描かれている。
d 原告人物1は、右目の瞳が茶色及び黒色で描かれ、上瞼の線が目尻の手前までしか描かれていないのに対し、被告人物1は、右目の瞳が赤色で描かれ、上瞼の線が目尻まで描かれている。
e 原告人物1は、まつ毛の幅が被告人物1より厚く描かれ、眉毛が細い線で目元まで描かれているのに対し、被告人物1は、目の方がよりシャープに描かれ、眉毛が前髪に隠れており、ほとんど描かれていない。
f 原告人物1は、下唇が右上に向かうなだらかな曲線で、上唇の頂点がより鋭角的に描かれているのに対し、被告人物1は、下唇が途中で角度を変えて山型となり、上唇の頂点が緩やかな角度で描かれている。
g 原告人物1は、右手の親指、人差し指及び中指の爪の色が肌色で描かれているのに対し、被告人物1は、右手の親指及び中指の爪が薄緑色、人差し指の爪が赤色でそれぞれ描かれている。
h 原告人物1は、柄等のない黒色の学生服及び白色のワイシャツを着た様子が描かれているのに対し、被告人物1は、星形の柄が散りばめられ、上部から下部にかけて薄紫色が徐々に濃くなった和服を着た様子が描かれている。
i 原告人物2は、頭部が被告人物2より小さく、上の位置に描かれているのに対し、被告人物2は、頭部が原告人物2より大きく、下の位置に描かれている。
j 原告人物2は、特徴のない髪型で、黒色の髪の毛が自然に流れる様子が描かれ、髪の艶が描かれていないのに対し、被告人物2は、前髪が切りそろえられ、おかっぱに近い特徴的な髪型で、前髪が束になっており、髪の毛が黄色で、中央付近の髪に艶が描かれている。
k 原告人物2は、左目の輪郭の線がはっきりとアーモンド型に描かれているのに対し、被告人物2は、左目の下線部がはっきりとは描かれておらず、くっきりとしたアーモンド型の目とはいえない。
l 原告人物2は、左目の瞳が縦長の楕円形で、上半分は黒色、下半分は薄紫色であり、上部及び下部の2か所にハイライトがあり、瞳孔の輪郭が白い線ではっきりと描かれているのに対し、被告人物2は、左目の瞳が楕円ではなく、円に近い形で、黄色の単色であり、上部にのみハイライトがあり、瞳孔の輪郭が下半分のみ黒い線で描かれている。
m 原告人物2は、右目の瞳が大きく描かれ、白目の部分がほとんど描かれていないのに対し、被告人物2は、右目の瞳が黄色の単色で、白目の部分が原告人物2より大きく描かれている。
n 原告人物2は、眉毛が黒い一本線でほぼ描かれているのに対し、被告人物2は、眉毛が黄色で太く描かれている。
о 原告人物2は、右目の涙が粒状になり、こぼれ落ちそうになった瞬間が描かれ、左目の涙が原告人物1の右手親指の下を流れている様子が描かれているのに対し、被告人物2は、右目の涙が下瞼を伝い始めている瞬間が描かれ、被告人物1の右手親指の上を伝っている様子が描かれている。
p 原告人物2は、口がわずかに開き、口内の様子及び下唇は描かれていないのに対し、被告人物2は、口が原告人物2より大きく開き、舌、八重歯及び下唇が描かれている。
q 原告人物2は、柄等のない黒色の学生服及び白色のワイシャツを着ている様子が描かれているのに対し、被告人物2は、薄茶色の和服を着ている様子が描かれている。
r 原告人物1は、原告人物2の手前に位置するように描かれているのに対し、被告人物1は、被告人物2の奥に位置するように描かれている。
s 原告人物1及び2は、輪郭がくっきりとした濃い黒い線で描かれているのに対し、被告人物1及び2は、輪郭が色の薄い茶色のぼやけた線で描かれている。
t 被告人物1及び2は、肌の色が原告人物1及び2より色白に描かれている。
(ウ)これに対して、原告は、原告人物1と被告人物1とで、顔、目、口及び両手(指)の各形状が一致しており、原告人物2と被告人物2とで、左耳の形状が一致すると主張する。
 しかし、上記各表現は、ほとんど直線だけで描かれた、表現の選択の幅の狭い描写である上、恋愛感情のある登場人物が近距離で向かい合い、一方が顔に両手を添え、他方がその手に自らの手をかけるという体勢はアイデアであり、誰が描いたとしても似たような表現になるものであって、およそ創作的な表現といえるものではない。
イ 被告表紙等が原告表紙に依拠したものではないこと
(ア)被告は、Twitter上で、Dと交流があり、Dに対し、作成予定の同人誌の表紙が決まらなくて悩んでいると伝えたところ、Dは、令和元年10月13日、被告に対し、自分の作品の表紙として使おうと考えていた構図があるので、参考にしてよいなどと述べ、Twitterのダイレクトメールにより、二人の人物が顔を近づけた本件画像に係るデータを送付した。被告は、本件画像を基にして、被告表紙等を作成した。
(イ)原告漫画は、令和3年7月19日時点のAmazon売れ筋ランキング・ボーイズラブコミックス部門で1万1902位、コミック全体の売れ筋ランキングで21万1997位と、一般に認知されているといえるほどの人気作品ではないし、著名な賞を受賞したり、ノミネートされたりもしていないから、被告が原告漫画の存在を知らなかったとしても当然である。
 被告は、令和2年7月3日、株式会社メロンブックスから、原告から被告漫画の販売停止の申立てがあったと聞き、Twitter上のダイレクトメッセージを改めて確認したところ、同年4月21日に、原告から原告漫画に係る著作権侵害を指摘するメッセージが届いていたことに気付いた。被告は、株式会社メロンブックスから上記の連絡を受けて、初めて原告漫画の存在を知ったものである。
(ウ)したがって、被告表紙等は、原告漫画に依拠したものではない。
ウ 小括
 以上によれば、被告表紙等が原告表紙を「原作のまま…複製」(著作権法80条1項1号)したものとは認められない。
(2)争点2(被告の故意又は過失)について
(原告の主張)
 被告は、二次創作同人誌を発行した経験を有しており、被告漫画を販売していたのであるから、被告漫画を発行するに当たり、原告漫画に係る原告の出版権を侵害することを知っていたか、他人の著作権(出版権)を侵害しないように注意すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った。
 したがって、被告には、原告漫画に係る原告の出版権を侵害したことについて、故意又は過失があったことは明らかである。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
 被告は、Twitter上で知り合った、同じ趣味を持つDから、使ってもいいと言われて本件画像の提供を受けたものであり、本件画像を利用することが他人の著作権(出版権)を侵害することなど予見すらできなかったから、被告には故意及び過失はない。
(3)争点3(損害の発生及びその額)について
(原告の主張)
ア 被告は、読者(消費者)の最も注目する被告漫画の表紙(被告表紙)について、原告表紙を複製して使用したものであるから、被告漫画の売上げ全額が損害額となるというべきである。
 被告漫画は、中古商品でも660円ないし1600円で販売されていることからすると、少なくとも1冊当たり1000円で販売されていたと推測することができる。そして、被告漫画の発行部数は約500部と推定されるから、被告漫画の販売総額は50万円(1000円×500部)であり、同人誌の利益率はその90%を下らない。
 したがって、被告が被告漫画を販売したことにより受けた利益の額は45万円(50万円×0.9)であり、同金額が原告の受けた損害の額と推定される(著作権法114条2項)。
イ 本件訴訟を追行するのに要する弁護士費用相当額は、20万円を下らない。
(被告の主張)
 いずれも否認ないし争う。
(4)争点4(差止めの必要性)について
(原告の主張)
 被告は、原告表紙を複製した事実を否定しており、今後も、被告漫画を発行するおそれが高い。
 したがって、被告漫画の複製を差し止める必要性がある。
(被告の主張)
 争う。
 被告は、現在、被告漫画を一切販売しておらず、今後、販売する意思もないから、差止めの必要性は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(被告表紙等が原告表紙を「原作のまま…複製」(著作権法80条1項1号)したものであるか)について
(1)前記前提事実(4)イのとおり、原告は、Bとの間で、本件出版契約を締結し、原告漫画について、紙媒体出版物(オンデマンド出版を含む。)として複製し、頒布することなどを内容とする「出版権」の設定を受けることを合意したところ、この合意内容によれば、原告は、原告漫画を目的とする出版権として、「頒布の目的をもつて、原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として複製する権利」(著作権法80条1項1号)を取得したものと認められる。
 そして、上記出版権は、著作物を「原作のまま…複製する権利」であることからすると、出版権の目的である著作物を有形的に再製する行為には及ぶが、上記著作物のうち創作的表現とは認められない部分と同一性のあるものを作成する行為には及ばないし、翻案、すなわち、上記著作物の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が上記著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第1小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)にも及ばないと解される。
(2)証拠(甲4、5)によれば、被告が作成した被告表紙等は、少なくとも以下の部分において、原告表紙と相違すると認められる(以下、これらの相違部分を「本件相違部分」という。)。
ア 原告人物1の髪は目及び耳にかかる程度の長さで描かれているのに対し、被告人物1の後髪は肩にかかり、横髪は耳を隠し、前髪は頬にかかるほどの長さで描かれている部分
イ 原告人物1の右耳は飾りが付いていないように描かれているのに対し、被告人物1の右耳はピアスのように見える飾りが付いているように描かれている部分
ウ 原告人物2の髪は自然に流れるようにウェーブした状態に描かれているのに対し、被告人物2の髪は、複数の束となっており、束ごとに髪先が直線的に切りそろえられた状態に描かれている部分
エ 原告人物2の瞳は略楕円形で、眉毛は細い線のように描かれているのに対し、被告人物2の瞳は略円形で、眉毛は太く描かれている部分
オ 原告人物2は口をほとんど開けていないように描かれているのに対し、被告人物2は、口を開き、歯が覗くように描かれている部分
カ 原告人物1及び2は学生服及びワイシャツを着ているように描かれているのに対し、被告人物1及び2は学生服及びワイシャツとは異なる服を着ているように描かれている部分
(3)前記前提事実(1)イ及び(3)並びに前記(2)の認定事実によれば、二次創作同人誌を発行していた被告は、自らの知識や経験に基づき、被告漫画のストーリーや登場人物の設定等を念頭に置きつつ、被告漫画の表紙及び中表紙としてふさわしいものとなるように考えながら、原告表紙との本件相違部分を含む被告表紙等を作成したということができる。そして、本件相違部分は、人物の髪型、目及び衣服といった当該人物の外見を特徴付ける部分に関する表現であり、別紙対比表からも明らかなとおり、被告表紙等における被告人物1及び2の外見の描写のうち本件相違部分が占める割合は小さくない。さらに、本件相違部分に係る表現がありふれたものであることを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件相違部分には、被告の思想又は感情を創作的に表現した部分が含まれると認めるのが相当である。
 そうすると、原告表紙と被告表紙等との共通部分に創作的表現が認められない場合には、被告表紙等は、原告表紙のうち創作的表現とは認められない部分と同一性があるにすぎず、被告は、創作的表現を含む本件相違部分を備えた、原告表紙とは別の新たな著作物である被告表紙等を創作したといえる。また、上記共通部分に創作的表現が認められる場合には、被告は、新たに創作的表現を含む本件相違部分を加えることにより、原告表紙の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物である被告表紙等を創作したものであるから、原告表紙を翻案したものといえる。
 以上によれば、被告表紙等は、いずれにしても、原告表紙を「原作のまま…複製」(著作権法80条1項1号)したものとは認められないから、被告が被告表紙等を作成したことにより原告漫画に係る原告の出版権が侵害されたとは認められない。
2 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 小川暁
 裁判官 バヒスバラン薫


(別紙)原告漫画目録
 題号 省略
 著者 B
 発行 省略
 発行日 省略
  以上

(別紙)被告漫画目録
 題号 省略
 サークル C
 発行者 A
 発行日 省略
  以上

(別紙)対比表 省略
  以上
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