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【事件名】インターネットマルチフィードへの発信者情報開示請求事件
【年月日】令和5年1月12日
 東京地裁 令和4年(ワ)第10443号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年12月1日)

判決
原告 株式会社ケイ・エム・プロデュース
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 角地山宗行
被告 インターネットマルチフィード株式会社
同訴訟代理人弁護士 松田真


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrentを使用して、別紙著作物目録記載の動画(以下「本件動画」という。)を送信可能化したことによって、本件動画に係る原告の送信可能化権を侵害したと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2 前提事実(証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告は、主にアダルトビデオの制作、販売を業とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
イ 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社であって、インターネット接続サービスを提供しており、プロバイダ責任制限法2条3号の特定電気通信役務提供者に該当する。(弁論の全趣旨)
(2)本件動画に係る著作権の帰属
 原告は、本件動画の著作権者である。(甲1、弁論の全趣旨)
(3)BitTorrentの仕組み
 BitTorrentは、いわゆるファイル交換共有ソフトウェアであり、その概要や使用の手順は、次のとおりである。(甲2、8、9、弁論の全趣旨)
ア BitTorrentでは、特定のファイルを配布する場合、まず、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割されたデータ(ピース)をBitTorrentネットワーク上のユーザーに分散して共有させる。
イ BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、「トラッカーサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードする。
 そして、ユーザーは、当該トレントファイルをBitTorrentに読み込ませることにより、BitTorrentが、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバーに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求することになる。トラッカーサーバーは、ファイルの提供者を管理するサーバーであり、上記の要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。
ウ リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他の複数のユーザーに接続し、それぞれから、当該ピースのダウンロードを開始する。そして、全てのピースのダウンロードが終了すると、元の一つの完全なファイルが復元される。
エ 完全な状態のファイルを持つユーザーは、「シーダー」と呼ばれる。また、目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが、ダウンロードが完了し、完全な状態のファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなり、今度は、リーチャーからの求めに応じて、当該ファイルの一部(ピース)をアップロードしてリーチャーに提供することになる。
 また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持しているファイルの一部(ピース)を、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルをダウンロードすると同時に、当該ファイルについて同時にアップロード可能な状態に置かれることになり、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態になっている。
オ BitTorrentは、このようなユーザー相互間のデータの授受を通じて、中央管理的なサーバーを必要とすることなく、大容量のファイルを高速でダウンロードすることを可能にするものである。
(4)原告による著作権侵害調査の概要
ア 原告は、本件訴訟の提起に先立って、株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件動画の著作権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を依頼したところ、同社から、本件発信者が、別紙動画目録記載の発信時刻に、同目録記載のIPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、BitTorrentを使用した上で、本件動画のファイルを自動的に送信し得る状態に置いていた旨の報告を受けた。(甲4、弁論の全趣旨)
イ 本件調査会社は、本件調査を実施するに当たって、自ら開発した著作権侵害検出システム(以下「本件検知システム」という。)を使用した。(甲3、4、弁論の全趣旨)
(5)被告による本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報を保有している。(弁論の全趣旨)
第3 争点及びこれに対する当事者の主張
 本件の争点は、権利侵害の明白性であり、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
(原告の主張)
1 本件調査の内容
 BitTorrentにおいては、特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーが、トラッカーサーバーに接続して当該ファイルの提供者のリストを要求すると、トラッカーサーバーは、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する仕組みとなっている。本件調査は、この仕組みを利用し、監視ソフトがトラッカーサーバーに接続し、本件動画のファイルの提供者のリストを要求して、トラッカーサーバーから当該提供者のIPアドレスが記載されたリストの返信を受け、当該リストのデータを本件検知システムのデータベースに記録している。そして、当該リストに記載されたIPアドレスが、別紙動画目録記載のIPアドレスである。
 本件調査においては、実際に当該リストに記録されていたユーザーに接続をして、当該ユーザーからの応答を確認しており(以下、この応答確認を「Handshake」という。)、別紙動画目録記載の「発信時刻」欄の日時は、当該応答確認(Handshake)完了直後の日時である。
2 権利侵害の明白性
 BitTorrentは、ユーザーが、トラッカーサーバーから他のピア(当該ネットワークに参加しているコンピューター。以下同じ。)の情報を取得して、他のピアからファイルのピースを相互にダウンロード及びアップロードしていくシステムであるから、上記のトラッカーサーバーにアクセスしてファイルのピースをダウンロード及びアップロードするまでの流れ全体が「特定電気通信」に該当する。そして、上記の本件調査及びBitTorrentの仕組みによれば、本件発信者は、遅くとも別紙動画目録記載の「発信時刻」欄の日時までに、本件動画のファイルの全部又は一部を取得して端末に保存し、これと同時に、他のピアからの要求に応じて当該ファイルの送信(アップロード)をすることができる状態にいたことになるから、本件発信者は、遅くとも当該日時までに、BitTorrentのネットワークを介した「特定電気通信による情報の流通」によって、本件動画に係る原告の送信可能化権を侵害したといえる。
 また、上記のHandshakeが行われたということは、本件発信者が、本件検知システムの要求に応じて、自動的に本件動画をダウンロードできる状態にしていたことを示すものであるから、このHandshakeによって、原告の送信可能化権が侵害されたということができる。
(被告の主張)
 原告は、トラッカーサーバーにアクセスし、トラッカーサーバーから他のピアの情報を取得して、他のピアからファイルのピースを相互にダウンロード及びアップロードするまでの流れ全体が「特定電気通信」に該当すると主張する。しかしながら、上記の一連の流れ全体には、自らが受信者となる通信(トラッカーサーバーからの情報取得や他のピアからのダウンロード)も含まれており、この一連の流れ全体を特定電気通信ということはできない。本件で原告は、ファイルのピースを他のピアにアップロードする通信により、原告の送信可能化権が侵害されたという必要があるが、当該アップロードは本件動画を送信可能化する行為ではないから、特定電気通信による情報の流通によって権利が侵害された場合には当たらない。
 また、Handshakeは、応答確認にすぎず、本件動画のアップロード又はダウンロードではないから、Handshakeに係る情報は、送信可能化権の侵害に係る発信者情報には当たらない。さらに、本件発信者は、Handshake時までに、本件動画のファイルのピースさえ保有していない可能性があるから、本件発信者が、Handshake時までに、本件動画を送信可能化の状態にしたか否かは明らかではない。
第4 当裁判所の判断
1 争点に対する判断
(1)認定事実
 前記前提事実、証拠(甲3ないし9)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査につき、次の事実が認められる。
ア 本件調査会社は、原告から指定されたコンテンツの品番を含むファイルをトラッカーサイトで検索し、著作権侵害が疑われるファイルのハッシュ値(データ〔ファイル〕を特定の関数で計算して得られる値のこと。ファイルからハッシュ値は一意に定まるので、ファイルの同一性確認のために用いられる。)を取得し、本件検知システムに登録した。
イ 本件検知システムは、上記経緯により同システムの監視対象となった上記ファイルのハッシュ値について、BitTorrentネットワーク上で監視を行った。具体的には、本件検知システムは、トラッカーサーバーに対し、上記ファイル(全部又は一部をいう。以下1において同じ。)のダウンロードを要求し、当該ファイルをダウンロードできる(所持している)ピアのIPアドレス、ポート番号等のリストをトラッカーサーバーから受け取って、本件検知システムのデータベースに記録した(別紙動画目録記載の「IPアドレス」及び「ポート番号」欄は、当該IPアドレス及びポート番号である。)。
 そして、本件検知システムは、上記リストを受け取った後、同リストに載っていたユーザーに接続をして、同ユーザーが応答することの確認(Handshake)を行っており、別紙動画目録記載の「発信時刻」欄の日時は、当該Handshake完了時のものである。
 もっとも、本件検知システムは、上記Handshakeの時点において、上記ユーザーが保有している上記ファイルを実際にダウンロードしていないものの、上記時点において上記ユーザーから返信された上記ファイルのハッシュ値によって、実際に上記ユーザーが上記ファイルを所持していることの確認を行っている。そのため、本件検知システムは、上記時点において直ちに上記ユーザーから上記ファイルのダウンロードができる状態にあったことになる。
ウ なお、BitTorrentにおいて、ファイルをダウンロードするようになったユーザーは、BitTorrentクライアントソフトを停止させるまで、トラッカーサーバーに対し、当該ファイルが送信可能であることを継続的に通知し、他のユーザーからの要求があれば、当該ファイルを送信し得る状態になっている。
(2)権利侵害の明白性
 前記前提事実記載のBitTorrentの仕組み及び上記認定事実記載の本件検知システムの仕組み等によれば、本件発信者は、本件動画をその端末にダウンロードして、本件動画を不特定多数の者からの求めに応じ自動的に送信し得るようにした上、別紙動画目録記載のIPアドレス及びポート番号の割当てを受けてインターネットに接続し、Handshakeの時点である別紙動画目録記載の「発信時刻」欄記載の日時において、不特定の者に対し、BitTorrentのネットワークを介して本件動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを通知したものと認めるのが相当である。
 そして、当事者双方提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によっても、侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情を認めることはできない。
 これらの事情を踏まえると、本件発信者は、Handshakeの時点において、不特定の者に対し、BitTorrentのネットワークを介して本件動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを通知しているのであるから、本件発信者によるHandshakeに係る情報は、プロバイダ責任制限法5条1項にいう「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するものと解するのが相当である。また、本件発信者によるHandshakeに係る情報は、上記のとおり、不特定の者において、本件動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを確認する上で、必要な電気通信の送信であるといえるから、「特定電気通信」にも該当するものと解するのが相当である。
(3)被告の主張
ア 被告は、Handshakeは応答確認にすぎず、本件動画のアップロード又はダウンロードではないから、Handshakeに係る情報は、送信可能化権の侵害に係る発信者情報には当たらないと主張する。しかしながら、本件発信者が、Handshakeの時点において、不特定の者に対し、本件動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを通知していることは、上記において説示したとおりであり、当該事実関係を前提とすれば、Handshakeに係る情報が「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するものと認めるのが相当である。したがって、被告の主張は、採用することができない。
 また、被告は、本件発信者は、Handshake時までに、本件動画のファイルのピースさえ保有していない可能性があると主張する。しかしながら、前記認定事実によれば、確かに、本件検知システムは、Handshakeの時点において、ユーザーが保有しているファイルを実際にダウンロードしていないものの、本件検知システムは、上記時点において上記ユーザーから返信された上記ファイルのハッシュ値によって、実際に上記ユーザーが上記ファイルを所持していることの確認を行っていることが認められる。そうすると、本件発信者は、Handshakeの時点までに、少なくとも当該ファイルのピースを所持しているものと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。したがって、被告の主張は採用することができない。
イ その他に、被告提出に係る準備書面を改めて検討しても、上記認定に係る本件検知システムの仕組み等を踏まえると、被告の主張は、上記判断を左右するに至らない。したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
(4)弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対し、損害賠償請求を予定していることが認められることからすると、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものといえる。
(5)したがって、原告は、被告に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求めることができる。
2 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 古賀千尋
 裁判官 國井陽平


(別紙)発信者情報目録
 別紙動画目録記載のIPアドレスを、同目録記載の発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 @氏名又は名称
 A住所
 B電子メールアドレス

(別紙著作物目録及び動画目録は省略)
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/