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【事件名】「生長の家」著作物の無断複製事件B
【年月日】令和4年12月19日
 東京地裁 令和4年(ワ)第5740号 著作権等に基づく差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年11月8日)

判決
原告 公益財団法人生長の家社会事業団(以下「原告事業団」という。)
原告 株式会社光明思想社(以下「原告光明思想社」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 内田智
被告 A


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙出版物目録記載の出版物を発行し、販売し又は頒布してはならない。
2 被告は、原告らに対し、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を被告が発行する「B」誌に掲載して令和4年1月31日時点での被告の「B」誌の配布対象者全員に対し一回郵送により送付せよ。
3 被告は、原告光明思想社に対し、52万7900円を支払え。
第2 事案の概要
1 原告事業団は、別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件著作物」という。)に係る著作権を有し、原告光明思想社は、本件著作物に係る出版権を有している。他方、被告は、別紙出版物目録記載の出版物(以下「本件出版物」という。)を出版した。
 本件は、原告らが、被告が本件出版物に本件著作物を掲載して発行した行為は、原告事業団の複製権及び原告光明思想社の出版権を侵害すると主張して、被告に対し、本件出版物の発行等の差止め及び謝罪広告の送付を求めるとともに、原告光明思想社が、被告に対し、民法709条及び著作権法114条3項に基づき、出版権侵害に係る損害金2万7900円及び弁護士費用50万円の合計52万7900円の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実をいう。)
(1)当事者
ア 原告事業団は、昭和21年1月8日に財団法人として設立され、平成23年4月1日に公益財団法人に移行しているところ、原告事業団は、創立者C(以下「C氏」という。)の日本救国・世界救済の宗教的信念に基づき、児童又は青少年の健全な育成を行うとともに、国際相互理解の促進、信教の自由の尊重及び社会文化の振興を図るなどし、もって社会厚生事業及び社会文化事業の発展強化を図ることを目的とするものである。そして、原告事業団は、その目的を達成するために、健全育成事業及び精神文化振興事業を内閣総理大臣認定の公益目的事業として行っている。
 また、原告事業団は、本件著作物の著作権を有している。
イ 原告光明思想社は、出版業を営む株式会社であり、本件著作物につき、著作権者である原告事業団との間で、本件著作物の複製及び頒布の権利を専有するとの出版権設定契約を締結し、本件著作物を掲載した「神示集」を発行している。(甲7、9、弁論の全趣旨)
ウ 被告は、宗教法人「生長の家」に長年勤務して本部講師や責任役員等の要職に就き、その活動をした後に退職し、最近では「B」という個人的広報誌(以下「本件広報誌」という。)に論文等を掲載し発行するなどの言論活動等を行っている。
(2)本件出版物の発行
 被告は、令和4年1月頃、本件著作物を掲載した本件出版物を500部発行し、本件広報誌の読者に郵送するなどして配布した。(甲1、弁論の全趣旨)
3 争点
(1)本案前の争点
ア 本件出版物に関する原告らの著作権・出版権の有無(争点1−1)
イ 司法審査の対象性(争点1−2)
(2)本案の争点
ア 本件著作物に対する著作権法の適用の可否(争点2−1)
イ 引用の成否(争点2−2)
ウ 損害(争点2−3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(本件出版物に関する原告らの著作権・出版権の有無)について
(原告らの主張)
 本件著作物は、「生命の實相」に収録されている著作物であるところ、本件著作物を含む「生命の實相」の全ての構成素材は、原告事業団に著作権があることは、別件の判決でも確定しており、原告事業団が本件著作物の著作権を有することは明らかである。
 これに対し、被告の主張が、著作権侵害の要件のうち、依拠性を否定するものであるとしても、宗教法人「生長の家」の本部講師であった被告は、同法人における基本的聖典である「生命の實相」の内容を十分に認識していたはずであり、依拠性は認められる。
(被告の主張)
 被告が本件出版物において掲載した「声字即実相の神示」は、「神示集」(原告らにおいて、原告事業団が著作権を有し、原告光明思想社が出版権を有すると主張するもの)を基に掲載したのではなく、C氏の著作物である「到彼岸の神示」を基に掲載したものである。そして、「到彼岸の神示」について、原告事業団は著作権を有していないし、原告光明思想社が出版権を有していることもない。
 したがって、本件訴えは、原告らが著作権又は出版権を有していない著作物を対象にしたものであって、訴訟要件を欠く。
2 争点1−2(司法審査の対象性)について
(被告の主張)
 本件では、神示という宗教上の教義の位置付けが問題となっており、同一宗教団体内の教義に関わる紛争であるから、宗教団体という部分社会内部の争いとして、司法審査になじまないものであり、訴えの却下は免れない。
(原告らの主張)
 原告事業団は公益財団法人であって宗教法人ではないし、原告光明思想社は出版業を営む株式会社である上、被告は原告らいずれの構成員でもないから、宗教団体内部の争いであるという被告の主張は前提を欠く。また、本件は教義の位置付けが問題となっている事案ではなく、著作権(複製権及び出版権)の侵害が問題となっている事案であるから、司法審査の対象となる。
3 争点2−1(本件著作物に対する著作権法の適用の可否)について
(原告らの主張)
 被告は、「神示」に関する著作物は著作権法の対象外であると主張するが、キリスト教の聖書や仏教の経典についても著作権が問題となり得ることからも明らかなように、宗教性のある著作物についても、著作権法の対象となる。
(被告の主張)
 本件著作物は、「生長の家」の教義の根幹である「神示」に関するものであり、宗教文化の発展や信仰の自由等を考慮すれば、当該「神示」を宗教活動のために利用しても、著作権侵害に当たらないというべきである。
4 争点2−2(引用の成否)について
(被告の主張)
 「声字即実相の神示」(本件著作物)は、他の神示と比べても「生命の實相」の発刊の意義と由来について一番詳しいことから、「生命の實相」の発刊90周年をたたえるために、「到彼岸の神示」からという出典を明記して、本件出版物にこれを引用した。そして、「声字即実相の神示」(本件著作物)は、「生命の實相」の意義と由来を説明するために極めて重要なものであるから、同神示の一部のみを引用することは全くあり得ない。
 したがって、本件出版物における本件著作物の引用は、著作権法32条1項の引用に当たる。
(原告らの主張)
(1)被告は、引用の要件該当性に関し、公正な慣行に合致することについて主張立証していないし、目的上正当な範囲内で行われるものであることについても、主張立証していない。
(2)被告は、本件出版物の2頁目上欄に半分ものスペースを使って本件著作物の全文を掲載し、本件出版物の他の部分とは異なる大きめの印字を用いた上で囲みを付けており、外形的・客観的に見て他人の著作物の違法な利用であって、「公正な慣行に合致」していない。
 また、被告は、「到彼岸の神示」からとして出典を明記したと主張するが、被告が、本件出版物とは別の号の本件広報誌において、原告事業団には「生命の實相」の著作権がないと主張していることに照らせば、出典の記載を誤った点も、正当な引用ではないことを示す一事由である。
(3)被告は、「生命の實相」の発刊90周年をたたえるために引用した旨主張する。しかしながら、本件出版物の1頁目から2頁目にかけて、「生命の實相」の発刊経緯が記載されているものの、本件出版物の2頁目から3頁目にかけて、本件著作物とは別の三つの神示が、本件著作物に関する論評よりも多くの分量を使って論じられている一方、本件著作物の解説箇所は、「生命の實相」の発刊の時期についての宗教的解釈を簡単に論じているだけであって、「生命の實相」の意義と由来について説明しているわけではない。したがって、発刊90周年をたたえるために引用したという被告の主張は、不当である。
 そして、被告は、本件出版物の4頁目において、「生命の實相」の新編の編纂について激しく攻撃しており、これが「生命の實相」の発刊の意義や由来と関係がないことは明らかであるし、上記のとおり原告事業団には著作権がないと別の号において主張していることも併せ考慮すれば、本件著作物を無断掲載する正当な理由がないことは明らかである。さらに、正当な範囲内での引用というためには主従関係を要するが、当該要件が欠けていることも明らかである。
(4)被告は、本件著作物が「生命の實相」の発刊の意義と由来について一番詳しいと主張するが、「他の神示と比べても一番詳しい」か否かは不明である。そもそも、「生命の實相」の内容は、膨大かつ詳細である上、仏教の教え、キリスト教の本質、国家論、夫婦生活等多くの項目や分野に及ぶから、本件著作物の内容が、「生命の實相」全体を代表したり、教えの本質を代表したりしているということはできない。
 これに対し、被告は、一部のみの引用はあり得ないとも主張するが、本件著作物は、「生命の實相」の発刊の意義と由来以外にも、「不調和」、「戦争」、「自壊作用」、「日支の戦いはその序幕」など、教えの本質や予言を行っている箇所もあり、発刊の意義や由来と関係のない部分を含めた全文を掲載しなければならない理由はない。
5 争点2−3(損害)について
(原告光明思想社の主張)
(1)原告光明思想社が発行している書籍である「神示集」には、「生命の實相」の構成素材となっている22の神示が収録されており、同書籍の売上げに関する原告光明思想社の収益見込額は、売上額のうち著作権者に支払うべき印税(10パーセント)を控除した残額である。そして、「神示集」の定価は1500円であり、消費税相当額を控除した本体価格は、1364円である。
 上記本体価格の1364円から著作権者に支払うべき印税(10パーセント)を控除した残りの額は1227.6円(1364円×9/10)である。
 他方、「神示集」は、本件著作物(「声字即実相の神示」)の他に、21の著作物(神示)を収録しているところ、上記金額を収録著作物の総数22で除すると、55.8円(1227.6円×1/22)となる。
 したがって、被告は、本件出版物を500部複製し頒布しているから、原告光明思想社が被告の出版権侵害により被った損害額(著作権法114条3項)は、2万7900円(55.8円×500部)である。
(2)原告光明思想社は、被告の違法行為により本件訴訟の提起を弁護士に依頼しなければならなくなり、弁護士費用50万円の損害を被った。
(被告の主張)
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1−1(本件出版物に関する原告らの著作権・出版権の有無)について
(1)被告は、本件訴えにつき、原告らが著作権又は出版権を有していない著作物を対象にしたものであって、訴訟要件を欠く旨主張する。しかしながら、証拠(甲3ないし6)及び弁論の全趣旨によれば、原告事業団は、「生命の實相」に収録されている神示の一つである本件著作物の著作権を有しており、また、前提事実のとおり、原告光明思想社は、本件著作物の出版権を有していることからすれば、被告の主張は、前提を欠く。そもそも、本件著作物に関する権利義務関係は、本案判決の対象となり、かつ、本案判決によって終局的に解決され得るものであるから、訴えの利益を認めるのが相当であり、訴訟要件を欠くものとはいえない。したがって、被告の主張は、採用することができない。
(2)なお、本件訴訟の経過に鑑み、念のため、依拠性の有無について付言すると、証拠(甲1、3ないし5、9、12、13)及び弁論の全趣旨によれば、本件出版物において掲載された「声字即実相の神示」は、本件著作物(別紙著作物目録「声字即実相の神示(しょうじそくじっそうのしんじ)」)と振り仮名の有無や漢字表記の有無(例えば「吾が」と「わが」など)について異なる箇所があるものの、それ以外は、本件著作物と全て同一であることからすれば、仮に被告が「到彼岸の神示」に掲載されている「声字即実相の神示」の創作的表現部分に依拠していたとしても、これと同一である本件著作物の創作的表現部分に依拠したともいえるから、被告の主張は、無体財産権である著作権侵害の要件としての依拠性の認定を左右するものとはいえず、これを採用することはできない。
2 争点1−2(司法審査の対象性)について
 被告は、本件では、神示という宗教上の教義の位置付けが問題となっており、同一宗教団体内の教義に関わる紛争であるから、宗教団体という部分社会内部の争いとして、司法審査になじまないと主張する。
 そこで検討するに、被告の主張は、本件訴訟が裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に該当しない趣旨をいうものと解されるところ、本件訴訟は、後記4のとおり、著作権に基づく請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が、宗教上の教義、信仰の内容に深く関わるものとはいえず、その内容に立ち入ることなくその問題の結論を導き得るものと認められる(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁、最高裁昭和61年(オ)第943号平成元年9月8日第二小法廷判決・民集43巻8号889頁各参照)。
 そうすると、本件訴訟は、法令の適用による終局的解決に適するものとして、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たると解するのが相当である。
 したがって、被告の主張は、採用することができない。
3 争点2−1(本件著作物に対する著作権法の適用の可否)について
 被告は、本件著作物は、「生長の家」の教義の根幹である「神示」に関するものであり、当該「神示」を宗教活動のために利用しても、著作権侵害に当たらないと主張する。
 しかしながら、被告主張に係る事情が、後記4において説示する引用の成否の考慮事情とされるのは格別、本件著作物が宗教活動の根幹である「神示」に関する著作物であったとしても、そのことを理由として直ちに著作権法の適用を除外する規定はなく、被告の主張は、独自見解をいうものである。したがって、被告の主張は、採用することができない。
4 争点2−2(引用の成否)について
(1)認定事実
ア 本件出版物の内容
 証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、本件出版物は、1頁目のほぼ中央に、周囲を枠で囲んだ上で「発刊90周年を迎えた『生命の實相』を讃える!」との太字の記載(表題)があること、同頁の記事の冒頭は「令和四年一月一日、不朽の聖典『生命の實相』が発刊90周年を迎えました。」とされていること、その後、C氏が「生命の實相」の発刊に至った経緯が記載され、同頁の最後には、「かくして昭和七年一月一日…『生命の實相』が発刊されたのでした。」と記載されていること、2頁目の上欄に、本件著作物が、同頁全体の約半分の大きさで、周囲を枠で囲んだ上で掲載され、末尾に「(昭和七年一月十一日神示)<『到彼岸の神示』より>」として出典が明記されていること、同頁の記事の冒頭には発刊に至ったC氏の苦労等に敬意と感謝が記載され、続けて「『生命の實相』は『生長の家』の根本教典」との表題の後、「『生命の實相』が発刊されて十日後の昭和七年一月十一日に、C先生に啓示された『声字即実相の神示』には、冒頭においてつぎのように示されています。」と記載され、本件著作物の冒頭から数文が括弧付きで掲載されていること、当該引用に続けて、「『生命の實相』が、昭和完成(ななつ)の年一月一日に発刊されたことは、決して偶然ではな」いと記載されていること、同頁のその余には、別の神示が引用された上で、「生命の實相」が「生長の家」の根本聖典であると記載されていること、同頁に続き3頁目の冒頭から最下段の中央に至る大部分には、「生命の實相」の重要性が記載されていること、3頁目の最下段には、「ところで『生命の實相』発刊80周年を記念して平成24年1月1日に発行された光明思想社の新編『生命の實相』全65巻の第一巻が、これまでの戦前・戦後を通じて出版された全ての『生命の實相』全集の第一巻が、〈総説編・實相編〉であったにもかかわらず、〈實相編〉を〈光明編〉に変えて発刊するという情報を聞き、大変驚きました。」と記載されていること、4頁目には、中央に、周囲を枠で囲んだ上で「絶対“してはならない”こと新編『生命の實相』第一巻の構成を変える」と太字の記載(表題)があること、同頁には被告が原告らの理事長や代表者らに対し、「生命の實相」第一巻の構成を変えないよう要請したにもかかわらず、構成を変えた「生命の實相」が出版されたが、それはC氏の文章等に照らして間違いである旨の記載があること、以上の事実が認められる。
イ 本件著作物の内容
 前提事実及び証拠(甲3ないし5)によれば、本件出版物に掲載された本件著作物は、「わが第一の神殿は既に成れり。名付けて『生命の實相』という。」から始まり、「わが道(ことば)を載せた『生命の實相』こそわが神殿である。」、「『生命の實相』の本が出た以上は、言葉が実相を語り、善き円満な調和した言葉の『本』が調うたのであるから今後何事も急転直下する。」など、「生命の實相」の発刊の意義や由来等が述べられた後、「今は過渡時代であるから、仮相(かりのすがた)の自壊作用として色々の出来事が突発する。日支の戦いはその序章である。」、「まだまだ烈しいことが今後起るであろうともそれは迷いのケミカラィゼーションであるから生命の実相をしっかり握って神に委(まか)せているものは何も恐るる所はない。(昭和七年一月十一日神示)」と結ばれていることが認められる。
 また、証拠(甲3ないし5)及び弁論の全趣旨によれば、本件著作物(声字即実相の神示)は、合計数千頁ある「生命の實相」全20巻のうち、第2巻の冒頭に、僅か2頁程度掲載されているにすぎないものであることが認められる。
ウ 「到彼岸の神示」の内容
 前提事実、証拠(甲1、3ないし9、12、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件著作物の出典を「到彼岸の神示」と明記していることが認められるところ、「到彼岸の神示」は、書名が異なるものの、下記のとおり、本件著作物と同一内容の「声字即実相の神示」が掲載されている上、「生命の實相」や「神示集」と同様に、C氏の著作物であり、原告事業団が著作権を有し、原告光明思想社が出版権を有するものであることが認められる。
エ 「到彼岸の神示」の「声字即実相の神示」と本件著作物との関係前提事実、証拠(甲3ないし5、12、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、「到彼岸の神示」に掲載されている「声字即実相の神示」は、振り仮名の有無や漢字表記の有無について本件著作物と異なる箇所があるものの、C氏による昭和7年1月11日の神示として、その内容は同一のものであることが認められる。
(2)要件該当性について
ア 「公正な慣行」該当性
 前記認定事実によれば、被告は、「到彼岸の神示」に掲載されていたものと同じ本件著作物につき、引用部分が分かるように当該部分を黒枠で囲った上で、「到彼岸の神示」(昭和7年1月11日神示)と出典を明記して、これを引用していることが認められる。これらの引用の態様を踏まえると、本件著作物の引用は、公正な慣行に合致するものと認めるのが相当である。
イ 「目的上正当な範囲内」該当性
 前記認定事実によれば、被告は、本件出版物において、「生長の家」の根本聖典である「生命の實相」の発刊90周年をたたえることを目的として、本件著作物を引用しているところ、本件著作物の量は、数千頁にも及ぶ「生命の實相」のうち僅か2頁のものにすぎず、その内容も、「生命の實相」の発刊の由来、意義等を的確に表現したものであることが認められる。
 そして、前記認定事実によれば、本件著作物は、本件出版物全4頁のうち、2頁目の上欄半分に掲載されているにすぎず、本件著作物が掲載された本件出版物には、「生命の實相」の発刊の経緯や根本聖典としての重要性が記載されているほか、これに続き、C氏の意思ひいては「生命の實相」の趣旨に鑑みると新編「生命の實相」の構成を変えることは許容されないことなどが記載されており、これらの記載は、上記目的に沿うものであることが認められる。
 これらの事情の下においては、本件著作物の引用は、「生命の實相」の発刊をたたえる目的上正当な範囲内で行われたものと認めるのが相当である。
 したがって、被告が本件著作物を本件出版物に掲載する行為は、引用に該当するものとして適法であるといえる。
(3)原告らの主張に対する判断
ア 原告らは、本件出版物では、本件著作物とは別の三つの神示が、多くの分量を使って論じられていることなどから、「生命の實相」発刊90周年をたたえるために本件著作物を引用したという被告の主張は、不当であると主張する。
 しかしながら、前記認定事実及び証拠(甲1)によれば、本件著作物は、「生命の實相」の発刊の由来、意義等を的確に表現したものであり、本件出版物に掲載された他の神示についても、「生命の實相」の重要性を説くために掲載されていることが認められる。そうすると、本件著作物と同様に「生命の實相」の重要性を説く別の三つの神示が掲載されているとしても、本件著作物の引用の必要性が直ちに左右されるものとはいえない。
 したがって、原告らの主張は、採用することができない。
イ 原告らは、本件著作物には「戦争」についてなど、「生命の實相」の発刊の意義や由来に関係のない部分もあるから、全文を掲載する必要性はないにもかかわらず、被告は本件出版物の2頁目上欄に半分ものスペースを使って本件著作物の全文を掲載していることからすると、引用の目的上正当な範囲内ではないと主張する。
 しかしながら、本件著作物は、「生命の實相」の発刊の由来、意義等を的確に表現したものであることは、上記において説示したとおりであり、しかも、本件著作物では、「『生命の實相』が展開(ひら)けば形の理想世界が成就する」と述べた後、「今は過渡時代である」、「日支の戦いはその序幕である」と説いていることからすると、原告ら指摘に係る「戦争」などの記載は、「生命の實相」が展開した理想世界が成就する前の過渡期の時代を指摘したにすぎないものであり、「生命の實相」の発刊の意義等と必ずしも無関係なものとはいえない。
 したがって、原告らの主張は、採用することができない。
ウ 原告らは、本件著作物の引用が主従関係を満たしていないことからすれば、公正な慣行に合致していないし、正当な範囲内にも該当しない旨主張する。しかしながら、本件著作物は、合計4頁の本件出版物のうち半頁を占めるにとどまることからすると、「生命の實相」をたたえる上での本件著作物の重要性に鑑みても、主従関係を満たさない旨の原告らの主張は、その前提を欠く。しかも、原告ら主張にいう主従関係は、旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号にいう引用の意義を示した最高裁昭和51年(オ)第923号同55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁の判例法理をいうものである。そのため、原告ら主張に係る事情は、現行の著作権法32条の要件該当性の判断において、正当な範囲内か否かを判断するための一事情としては考慮され得るものの、当該一事をもって判断することは、必ずしも適切ではない。
 したがって、原告らの主張は、採用することができない。
エ 原告らは、被告が、本件出版物とは別の号の本件広報誌において、原告
 事業団には「生命の實相」の著作権がないと主張していることや、本件出版物の4頁目において、「生命の實相」の新編の編纂について激しく攻撃していることからすれば、本件著作物の引用は、正当な引用ではないと主張する。
 しかしながら、本件出版物の表現内容が原告らを批判するものであったとしても、これが名誉権侵害等で考慮されるのは格別、表現の自由が等しく及ぶ被告の文章についてその内容自体の当不当を問題とするのは必ずしも相当ではない。仮に、原告らの主張を前提としても、上記のとおり、被告は「生命の實相」の趣旨等に鑑み、新編「生命の實相」の編纂につき批判しているのであるから、本件著作物の引用は、「生命の實相」をたたえる目的上正当な範囲内で行われたものといえ、前記判断を左右するに至らない。
 したがって、原告らの主張は、採用することができない。
オ その他に、原告らは、引用の成否について縷々主張するが、上記認定に係る本件著作物及び本件出版物の内容及び性質、引用の目的、その方法や態様等を総合考慮して、社会通念に照らし判断すれば、原告らの主張は、いずれも前記認定を左右するに至らない。したがって、原告らの主張は、いずれも採用することができない。
(4)以上によれば、被告が本件出版物に本件著作物を掲載した行為は、著作権法32条1項の規定する引用に該当するものと認めるのが相当である。
 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がない。
第5 結論
 よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 古賀千尋


(別紙)著作物目録 省略

(別紙)出版物目録
「B」第9号
「令和4年1月」と各頁左上部に記載のA4版印刷物。
 なお、第2面に三段スペース(縦約12×横約18センチ)に「声字即実相の神示」と題された著作物目録記載の著作物が掲載されている。

(別紙)謝罪広告目録
1 掲載誌・種類「B」誌
2 謝罪広告
 私、Aは、本誌第9号第2面に「声字即実相の神示」全文を、著作権者である公益財団法人生長の家社会事業団及び同法人との間で排他的独占的出版契約を締結した出版権者である株式会社光明思想社の承諾を受けることなく勝手に掲載して違法に複製、発行、頒布及び公衆送信し、両者の権利を侵害し多大なご迷惑をおかけ致しました。深くお詫び申し上げます。
 同誌における掲載は撤回し、送付先から同誌を回収し侵害組成物を廃棄致します。
 今後、私は両者の権利を十分に尊重し法的規範をまもって、このようなことは一切致しませんことをお約束致します。
 令和 年 月 日 A
3 掲載の体裁
 突出広告(横55mm、縦62mm)
 本文は、12ポイント以上の活字による。
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日本ユニ著作権センター
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