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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件T
【年月日】令和4年12月12日
 東京地裁 令和3年(ワ)第29302号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年10月28日)

判決
原告 株式会社WILL
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 角地山宗行
同 籠屋恵嗣
被告 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 金子和弘


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、氏名不詳者ら(以下「本件発信者ら」という。)がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrentを使用して、別紙著作物目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)を送信可能化したことによって、本件各動画に係る原告の送信可能化権を侵害したと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
 なお、本件では、BitTorrentの仕組み、著作権侵害調査の正確性等を確認するため、技術説明会(甲17)を実施して、争点を整理している。
2 前提事実(証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告は、アダルトDVD等の制作、販売等を目的とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
イ 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社であって、一般利用者に向けてインターネット接続サービスを提供しており、プロバイダ責任制限法2条3号の特定電気通信役務提供者に該当する。(弁論の全趣旨)
(2)本件各動画に係る著作権の帰属
 原告は、本件各動画の著作権者である。(甲1、2、9ないし11、弁論の全趣旨)
(3)BitTorrentの仕組み
 BitTorrentは、いわゆるP2P形式のファイル共有ソフトであり、その概要や使用の手順は、次のとおりである。(甲3、17、弁論の全趣旨)
ア BitTorrentでは、特定のファイルを配布する場合、まず、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割されたデータ(ピース)をBitTorrentネットワーク上のユーザーに分散して共有させる。
イ BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、「トラッカーサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードする。
 そして、ユーザーは、当該トレントファイルをBitTorrentに読み込ませることにより、BitTorrentが、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバーに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求することになる。トラッカーサーバーは、ファイルの提供者を管理するサーバーであり、上記の要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。
ウ リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他の複数のユーザーに接続し、それぞれから、当該ピースのダウンロードを開始する。そして、全てのピースのダウンロードが終了すると、元の一つの完全なファイルが復元される。
エ 完全な状態のファイルを持つユーザーは、「シーダー」と呼ばれる。また、目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが、ダウンロードが完了し、完全な状態のファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなり、今度は、リーチャーからの求めに応じて、当該ファイルの一部(ピース)をアップロードしてリーチャーに提供することになる。
 また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持しているファイルの一部(ピース)を、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルをダウンロードすると同時に、当該ファイルについて同時にアップロード可能な状態に置かれることになり、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態になっている。
オ BitTorrentは、このようなユーザー相互間のデータの授受を通じて、中央管理的なサーバーを必要とすることなく、大容量のファイルを高速でダウンロードすることを可能にするものである。
(4)原告による著作権侵害調査の概要
ア 原告は、本件訴訟の提起に先立って、株式会社LEAF(以下「本件調査会社」という。)に対し、本件各動画の著作権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を依頼したところ、同社から、本件発信者らが、別紙動画目録(1)及び(2)記載の各発信時刻に、同目 録記載のIPアドレスの割当てを受けてインターネットに接続し、BitTorrentを使用した上で、本件各動画のファイルを自動的に送信し得る状態に置いていた旨の報告を受けた。(甲6、弁論の全趣旨)
イ 本件調査会社は、本件調査を実施するに当たって、自ら販売し、使用している著作権侵害検出システム(以下「本件検知システム」という。)を使用した。(甲4、6、弁論の全趣旨)
(5)被告による本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報を保有している。(弁論の全趣旨)
第3 争点及びこれに対する当事者の主張
 本件の争点は、権利侵害の明白性及び特定電気通信該当性であり、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
(原告の主張)
1 本件調査の内容
 本件調査に当たり、本件検知システムは、まず、トレントクライアント(BitTorrentを利用するための個々のソフトウェア)同士で特定のハッシュを共有している他のIPアドレスを探すため、BitTorrentネットワーク上のシステムに参加する。そして、本件検知システムは、あるピア(当該ネットワークに参加しているコンピューター。以下同じ。)からダウンロードのリクエストが送られてくると、当該リクエストの時間、リクエストを行ったピアのIPアドレス、リクエストされたハッシュ値、リクエストを行ったピアのノードID等をデータベースに記録する。本件調査会社の担当者は、このハッシュ値について誤検知がないか等を確認した上で、本件調査において監視対象とするハッシュ値を決定した。
 BitTorrentは、トラッカーサーバーに接続し、特定のファイルの提供者のリストを要求すると、要求を受けたトラッカーサーバーが、自身にアクセスしている提供者のIPアドレス等が記載されたリストをユーザーに返信するという仕組みであるところ、本件調査は、この仕組みを利用し、トラッカーサーバーに接続して本件各動画のファイルの提供者のリストを要求し、要求を受けたトラッカーサーバーから、自身にアクセスしている提供者のIPアドレス等が記載されたリストの返信を受けるというものである。そして、本件検知システムにおいて、実際に当該リストに記録されていた各ユーザーに接続をしたところ、当該各ユーザーからの応答が確認されており(以下、この応答が確認されたことを「Handshake」という。)、別紙動画目録(1)及び(2)記載の「発信時刻」欄記載の各日時は、その応答確認(Handshake)が行われた日時である。
2 権利侵害の明白性
 Handshakeが行われたということは、本件発信者らが、BitTorrentシステムを介して、本件検知システムの要求に応じて、自動的に本件各動画をダウンロードできる状態にしていたことを示すものであり、Handshakeによって、原告の送信可能化権が侵害されたことは明らかである。
3 本件各動画との同一性
 本件発信者らは、BitTorrentのネットワーク上にそれぞれアクセスした上で、ハッシュが付されたファイルをアップロードできる状態にしていた。そして、本件各動画とこれらのハッシュごとのファイルの動画とを比較すると、いずれの動画も本件各動画と同一のものであることが確認された。
4 特定電気通信該当性
 本件調査において、本件検知システムは実際に本件発信者らに接続をして、本件発信者らが応答することの確認(Handshake)を行っているところ、このときの本件発信者らからの送信は、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信、すなわちプロバイダ責任制限法上の「特定電気通信」に該当するものである。
(被告の主張)
1 権利侵害の明白性
 本件発信者らが、原告の著作権を侵害したというためには、本件発信者らがファイルのダウンロードを100%完了し、実際にファイルを閲覧できる状態に至ったことを要するから、ファイル保持率が100%に至っていない場合は、閲覧不能な以上、著作権を侵害したとはいえない。このことは、「P2P型ファイル交換ソフトによる権利侵害情報検出システムの技術的認定要件」(乙1)において、ピースを送信可能状態にしているだけでは足りず、ファイル全体を送信可能状態としていることを要するとしていることからも、明らかである。
2 本件各動画との同一性
 本件発信者らが、原告の著作権を侵害したというためには、本件発信者らがダウンロードしたファイルが、原告により権利侵害情報と判定されたファイルと同一のファイルであることが検証されなければならない。すなわち、特定のトレントファイルを対象にBitTorrent互換ソフトウェアを用いて実際のファイルをダウンロードし、内容が著作権侵害物であることが実際に確認される必要がある。
 ところが、本件調査においては、監視対象となったピアがダウンロードしたとされる実際のファイルを、本件調査会社はダウンロードしておらず、監視対象のピアにおいてダウンロードしたファイルの内容が、本件各動画と同一の動画であったことは何ら確認されていない。
3 特定電気通信該当性
 本件調査において記録された通信記録は、本件検知システムと監視対象であるピアとの間で行われた一対一の通信記録にすぎないから、この通信が不特定の第三者に伝播されることはなく、特定電気通信と評価することはできない。
第4 当裁判所の判断
1 争点に対する判断
(1)認定事実
 前記前提事実、証拠(甲3ないし7、17)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査につき、次の事実が認められる。
ア 本件検知システムは、まず、トレントクライアント(BitTorrentを利用するための個々のソフトウェア)同士で特定のハッシュを共有している他のIPアドレスを探すため、BitTorrentネットワーク上のシステムに参加する。
イ 本件検知システムは、あるピアからファイルのダウンロードのリクエストが送られてくると、リクエストされたハッシュ値等をデータベースに記録し、本件調査会社の担当者の確認を経て、監視対象となるピアが決定される。
ウ 当該監視対象となるピアは、監視ソフトによってファイル保持率等の情報を定期的に取得され、当該情報は、本件検知システムに伝えられて、同システムに記録される。具体的には、監視ソフトがトラッカーサーバーに接続し、本件各動画(全部又は一部をいう。以下1において同じ。)に係るファイルの提供者のリストを要求して、トラッカーサーバーから、当該提供者のIPアドレス等が記載されたリストの返信を受ける。そして、当該リストは、本件検知システムに記録されるので、同システムは、当該リストに記録された各ユーザーに接続をして、当該各ユーザーからの応答を確認する(Handshake)。なお、別紙動画目録(1)及び(2)記載の「発信時刻」欄記載の各日時は、その応答確認(Handshake)が行われた日時である。
エ なお、上記各ユーザーは、ファイルをその端末に既にダウンロードすると同時に、当該ファイルについて同時にアップロード可能な状態となっており、不特定多数の者に当該ファイルを送信することが可能な状態になっている。
(2)権利侵害の明白性
 前記前提事実記載のBitTorrentの仕組み及び上記認定事実記載の本件検知システムの仕組み等によれば、本件発信者らは、本件各動画をその端末にダウンロードして、本件各動画を不特定多数の者からの求めに応じ自動的に送信し得るようにした上、別紙動画目録(1)及び(2)記載のIPアドレス及びポート番号の割当てを受けてインターネットに接続し、Handshakeの時点である別紙動画目録(1)及び(2)記載の「発信時刻」欄記載の各日時において、不特定の者に対し、BitTorrentのネットワークを介して本件各動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを通知したものと認めるのが相当である。そして、当事者双方提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によっても、侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情を認めることはできない。
 これらの事情を踏まえると、本件発信者らは、Handshakeの時点において、不特定の者に対し、BitTorrentのネットワークを介して本件各動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを通知しているのであるから、本件発信者らによるHandshakeに係る情報は、プロバイダ責任制限法5条1項にいう「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するものと解するのが相当である。また、本件発信者らによるHandshakeに係る情報は、上記のとおり、不特定の者において、本件各動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを確認する上で、必要な電気通信の送信であるといえるから、「特定電気通信」にも該当するものと解するのが相当である。
(3)被告の主張
ア 被告は、ファイル保持率が100%に至っていない場合は、閲覧不能な以上、著作権を侵害したとはいえないと主張する。しかしながら、証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば、ファイル保持率が100%ではない場合、すなわち、ファイルのダウンロードが100%まで完了していない場合であっても、ファイルの閲覧が可能であることが認められるから、前記認定に係るBitTorrentの仕組み及び本件各動画に係る著作物の内容等に照らし、少なくとも著作権の一部を侵害したものと認めるのが相当である。したがって、被告の主張は、採用することができない。
イ 被告は、監視対象のピアにおいてダウンロードしたファイルの動画が、本件各動画と同一の動画であったことは何ら確認されていないから、当該ファイルのダウンロードが原告の著作権を侵害したことの立証がない旨主張する。しかしながら、証拠(甲6、7、15、17)及び弁論の全趣旨によれば、ハッシュとは、データ(ファイル)を特定の関数で計算して得られる値であり、元のデータが同じであれば、必ず同じ値がハッシュ関数によって生成されるところ、本件各動画と、監視対象のハッシュに該当するファイルの動画を比べると(甲15)、少なくとも当該ファイルの動画が、本件各動画の該当動画と同一内容のものであることが立証されていることからすると、その余のハッシュに該当する各ファイルの動画についても、本件各動画と同一内容のものであると推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。そうすると、上記ハッシュに該当する各ファイルの動画は、本件各動画と同一内容の動画であると認めるのが相当である。したがって、被告の主張は、採用することができない。
ウ 被告は、本件調査における通信記録は、一対一の通信記録にすぎないから、特定電気通信と評価することはできないと主張する。しかしながら、Handshakeに係る情報が、不特定の者において、本件各動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを確認する上で、必要な電気通信の送信であるといえることは、上記において説示したとおりである。したがって、被告の主張は、採用することができない。
エ その他に、被告提出に係る準備書面及び証拠を改めて検討しても、被告の主張は、技術説明会における技術説明及びこれを踏まえた口頭議論の内容等を踏まえると、上記判断を左右するに至らない。したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
(4)弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者らに対し、損害賠償請求を予定していることが認められることからすると、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものといえる。
(5)したがって、原告は、被告に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求めることができる。
2 結論
 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 古賀千尋


(別紙)発信者情報目録
 別紙動画目録(1)及び(2)記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 @氏名又は名称
 A住所
 B電子メールアドレス

(別紙)著作物目録、動画目録(1)及び動画目録(2)は省略
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