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【事件名】新聞記事の社内LAN無断公開事件B 【年月日】令和4年11月30日 東京地裁 令和2年(ワ)第12348号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和4年9月20日) 判決 原告 株式会社日本経済新聞社 同訴訟代理人弁護士 冨來真一郎 同 大場規安 被告 首都圏新都市鉄道株式会社 同訴訟代理人弁護士 富田純司 同 木暮信吉 同訴訟復代理人弁護士 尾下大介 主文 1 被告は、原告に対し、459万5000円及びこれに対する平成31年4月17日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、4414万6971円及びこれに対する平成31年4月17日からから支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が著作権を有する別紙一覧表記載の新聞記事(以下「本件各記事」という。)につき、被告が、これらの画像データを作成して記録媒体に保存した上、当該画像データを被告社内のイントラネット(以下「被告イントラネット」という。)上にアップロードして被告従業員等が閲覧できる状態に置いたことは、原告の本件各記事に係る著作権(複製権及び公衆送信権)を侵害する旨を主張して、原告が、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条。損害額につき、著作権法(以下「法」という。)114条3項)として、その使用料相当損害金の一部及び弁護士費用相当損害額の合計4414万6971円の賠償並びにこれに対する不法行為後の日である平成31年4月17日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「平成29年改正前の民法」という。)所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、末尾の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠番号の枝番は省略する(以下同様)。) (1)当事者 ア 原告は、日刊新聞の制作・発行及び販売を営むことを主な目的とする株式会社であり、日刊新聞「日本経済新聞」を発行すると共に、電子新聞「日本経済新聞電子版」をインターネットで配信している(以下、上記各新聞を併せて「本件新聞」という。)。 イ 被告は、鉄道事業法に基づく第一種鉄道事業等を営むことを目的とする株式会社であり、平成17年8月24日から、東京都千代田区所在の「秋葉原駅」と茨城県つくば市所在の「つくば駅」とを結ぶ鉄道路線(総駅数20駅)を「つくばエクスプレス」(以下「TX」という。)との名称にて運営している。被告の事実上の本店所在地は(住所省略)であり(以下「事実上の本店」という。)、被告は、そのほかに、駅舎事務所その他の事務所を東京都、埼玉県、千葉県及び茨城県内に有している。 (2)本件各記事の概要 本件各記事は、TXの開業直後である平成17年8月27日から平成31年4月16日までの間の新聞記事であるところ(このうち、別紙一覧表の「甲30の番号」欄の1番〜516番に対応する「新聞記事タイトル」欄記載のタイトルがそれぞれ付された517件の記事(なお、同506番の記事には、「TX開業から12年、車両老朽化対策急ぐ、車体更新場を稼働、乗客増の対応も課題に(北関東フォーカス)」及び「TX開業から12年、車両老朽化対策急ぐ―社長「新施設で長期運用支える」(北関東フォーカス)」の2件の記事が含まれる。)を併せて「平成30年3月以前の記事」といい、同別紙の「番号」欄の2004番〜2315番に対応する「新聞記事タイトル」欄記載のタイトルが付された312件の記事を併せて「平成30年4月以降の記事」という。)、これらは、いずれも原告従業員である記者が作成して本件新聞に掲載された記事である(甲6、24、30、乙5)。 (3)被告の行為 ア 平成30年3月以前の記事の使用等 被告は、本件各記事のうち、平成30年3月以前の記事517件を保管している(甲30)。被告は、新聞記事の保管方法について、基本的に、以下のように運用している。 (ア)平成17年から平成24年6月まで 新聞紙から記事を切り抜き、これをA4用紙に貼り付け、そのA4用紙に、「新聞社名」、「新聞発行日付」等を記載する。 (イ)平成24年7月以降 表紙に、「日付」、「新聞掲載記事」(タイトル)、「発行部署」等の「枠」を付した上で、「新聞社名」、「新聞発行日付」等を記載する(以下、この「枠」の付された記事を「枠付き記事」という。)。 この「枠」は、被告が被告イントラネットに掲載する際に周知しやすくすることを目的として付したものである。被告が保管する本件新聞に係る記事のうち、「枠」を付す運用が行われた平成24年度から平成29年度までの間のものは114件であるが、そのうち107件が枠付き記事であり、その余は表紙の存否が不明である(乙7)。 イ 平成30年4月以降の記事の使用等 被告は、本件各記事のうち平成30年4月以降の記事312件を、それぞれ、別紙一覧表記載の「被告イントラネット掲載日」欄記載の日に被告イントラネット上の掲示板にアップロードし、被告従業員等が閲覧できる状態にした(甲6、9、24)。 ウ 被告イントラネットの概要 被告イントラネットは、被告の事実上の本店、駅舎事務所その他の事務所をネットワークで接続するネットワークシステムである。 被告イントラネットの掲示板にアクセスするには被告が割り当てたアカウントにログインする必要があることから、割り当てられたアカウント数が掲示板にアクセス可能な数となる。被告の役職員(被告従業員等)の人数は、TXが開業した平成17年8月当時で500名程度、平成31年4月当時で700名程度であったところ、割り当てられたアカウントの総数は、平成17年8月当時で合計249アカウント、平成30年4月当時で合計574アカウント、平成31年4月当時で合計728アカウントであった(甲5、6)。 2 争点 (1)平成30年3月以前に被告イントラネットに掲載された記事の件数等 (2)本件各記事の著作物性等 (3)原告の損害及びその額 3 争点に関する当事者の主張 (1)平成30年3月以前に被告イントラネットに掲載された記事の件数等 (原告の主張) 被告は、少なくとも、平成30年3月以前の本件新聞の記事で被告にて保存している546件から、TXの開業直後に原告が被告に交付したと考えられる16件の記事を控除した530件を被告イントラネットに掲載した。このうち、原告に著作権が帰属しないと考えられる14件を除いた517件の記事(平成30年3月以前の記事)のタイトルは、別紙一覧表の「甲30の番号」欄の1番〜516番の番号に対応する「新聞記事タイトル」欄記載のとおりである。 これらの記事を含め、被告は、平成17年8月24日〜平成31年4月16日の間に、少なくとも毎年合計312件程度の記事の掲載を行っていた(別紙一覧表の「備考」欄の「記事●本分」とは、上記517件の記事に加え、具体的な記事の特定はできないが、平成30年4月以降の被告イントラネット掲載件数(1年で312件)から同年3月以前の掲載件数を推定した件数を含めたものである。)。なお、被告が保管している記事以外は、被告イントラネットに掲載された記事を個別に特定することはできないが、そもそも著作権侵害行為による損害賠償を請求するに当たり、被告が利用した個々の原告の著作物の全てを特定する必要はない。 (被告の主張) 平成30年3月以前の記事について、被告が保管する516件の記事のうち、具体的にどの記事が被告イントラネットに掲載されたのかは分からない。もっとも、平成24年7月以降の記事のうち枠付き記事については、被告イントラネットに掲載したと推測される。 その余は否認する。 (2)本件各記事の著作物性等 (原告の主張) 本件各記事は、選択された素材の内容、量、構成等によって、その記事の主題についての著作者の賞賛、好意、批判、断罪、情報価値等に対する評価等の思想、感情が表現されているものであり、著作物といい得るほどの内容を含む記事であって、単純な死亡記事、人事異動、叙位叙勲の記事など事実の伝達に過ぎない雑報などではない。 したがって、本件各記事は、いずれも著作物といえる。 被告は、原告の著作物に接した上で、自らが創作した著作物でないことを認識しつつ、原告から許諾を得ることなくこれを複製及び公衆送信したのであるから、被告には故意がある。仮に故意がないとしても、被告には少なくとも過失がある。 (被告の主張) 新聞の記事のうち、事実の伝達に過ぎない雑報・報道は著作物ではなく、雑報・報道記事であっても文芸・学術の領域に入る記事であり、創作的に思想又は感情を表現するものであれば著作物になる。創作とは、ここでは、芸術的感興を文芸・絵画・音楽などの芸術作品として独創的に表現すること又はその表現された作品を意味することから、思想の表現なら思想を、感情の表現であれば芸術的感興を創作的に表現したものが著作物である。しかるに、一般の新聞報道記事は、本質的に事実を伝達するものであり、正確性を使命とし、創作があってはならないものである。このため、一般の新聞報道記事は、アプリオリには創作性がなく、著作物とはいえない。記者による記事化の際の作業が高度な知的作業だとしても、そのことと創作性は直接関連するものではない。 また、原告は、本件各記事の個々の記事について、それが思想又は感情を表現したものであり、かつ、創作的に表現したものであることを主張立証しない。 したがって、本件各記事は、いずれも原告の記者の思想又は感情を創作的に表現したものではなく、事実の伝達に過ぎない雑報及び時事の報道であって、著作物性はない。 被告又は被告担当者は本件各記事につき著作権が成立していることの認識はなく、その著作権侵害の結果発生の予見可能性はなかったことから、過失もない。 (3)原告の損害及びその額 (原告の主張) ア 被告は、別紙一覧表の「被告イントラネット掲載日」欄記載の日に、「新聞記事タイトル」欄記載のタイトルの新聞記事(その件数は同一覧表の「備考欄」記載のとおり)を被告イントラネットに掲載した。 原告による新聞記事の使用許諾等の実績及びこれを本件に適用した使用料は、次のとおりである。 (ア)平成17年8月24日〜平成20年8月末日の間 原告は、「スポット記事使用料」と題する書面(甲10。以下「本件料金表1」という。)に記載された内容に基づき、@利用目的や利用方法(直接的な営業ツール、営業支援ツール他のいずれであったのか)の確定、Aイントラネットに接続できた端末数(同一端末を利用して複数のアカウントにてイントラネットに接続できた場合には総アカウント数)の確定、B対象となった記事内容(本文が読めたのか見出しが読めた程度かなど)の確定をした上で、本件料金表1に記載された金額により使用許諾を行っていた。なお、Aにて確定した数字は「発行部数」の数字として運用していた。 本件では、被告の行為は被告従業員等に向けての被告イントラネットでの利用であることから、「営業支援ツール他」に該当する。また、この期間における被告イントラネットに接続可能であった総アカウント数は「101〜500」に該当する。これらの場合の一般記事の使用料は、1つの記事当たり、2000円に当時の消費税率5%を加算した2100円である。 (イ)平成20年9月1日〜平成22年2月末日の間原告は、「日経・日経産業・日経MJ・NikkeiWeeklyスポット申請記事利用料金表(第2版)」と題する書面(甲11。以下「本件料金表2」という。)に記載された内容に基づき、@利用目的や利用方法(営業ツール、情報提供資料ほかのいずれであったのか)の確定、Aイントラネットに接続できた端末数(同一端末を利用して複数のアカウントにてイントラネットに接続できた場合には総アカウント数)の確定、B対象となった記事内容(記事を全体的に利用したのか図表など記事の一部を利用したのか)の確定をした上で、本件料金表2に記載された金額により使用許諾を行っていた。 本件では、被告の行為は被告従業員等に向けての被告イントラネットでの利用であることから、「情報提供資料ほか」に該当する。また、この期間における被告イントラネットに接続可能であった総アカウント数は「101〜500」に該当する。これらの場合の一般記事の使用料は、1つの記事当たり、3000円に当時の消費税率5%を加算した3150円である。 (ウ)平成22年3月1日〜平成28年1月3日の間 原告は、「記事デジタル利用料金表」と題する書面(甲12。以下「本件料金表3」という。)に記載された内容に基づき、@使用する記事(日経ヴェリタスの記事かそれ以外の記事か)の確定、Aイントラネットに接続できる端末数(同一端末を利用して複数のアカウントにてイントラネットに接続できる場合には総アカウント数)の確定、B対象となる記事内容(一般記事なのか原告の調査記事なのかなど)の確定、C利用期間(1ヶ月以内なのか1ヶ月超1年以内なのか)の確定をした上で、本件料金表3に記載された使用料により使用契約を締結していた。なお、本件料金表3によれば、イントラネットへの掲載期間が1年を超える場合、使用料は新たに発生する。 本件では、被告の行為は日経ヴェリタス以外の記事に関するものであった。また、この期間における被告イントラネットに接続可能であった総アカウント数は「500以下」に該当する。さらに、利用期間は1ヶ月を超過していた。これらの場合の一般記事の使用料は、1つの記事当たり9000円となる。これに消費税を加算すると、平成22年3月1日〜平成26年3月末日の間は、当時の消費税率5%を加算した9450円であり、平成26年4月1日〜平成28年1月3日の間は、消費税率8%を加算した9720円となる。 さらに、掲載期間が1年を超えた場合の使用料は、累積加算の算定対象を被告が記事を保管しているものに限定すると、別紙一覧表の「累積加算」欄記載のとおりであり、平成28年1月4日以降は後記本件料金表4が適用される。 (エ)平成28年1月4日〜平成31年4月16日の間 原告は、料金表(甲13。以下「本件料金表4」という。)に記載された内容に基づき、@使用する記事(日経ヴェリタス及び英文の記事かそれ以外の記事か)の確定、Aイントラネットに接続できる端末数(同一端末を利用して複数のアカウントにてイントラネットに接続できる場合には総アカウント数)の確定、B対象となる記事内容(一般の記事、自社記事、原告の独自調査記事なのかなど)の確定、C利用期間(1か月以内なのか、1か月超6か月以内なのか、6か月超1年以内なのか)の確定をした上で、本件料金表4に記載された使用料により使用契約を締結していた。なお、本件料金表4によれば、イントラネットへの掲載期間が1年を超える場合、使用料は新たに発生する。 本件では、被告の行為は、日経ヴェリタス及び英文以外の記事に関するものである。 また、平成28年1月4日から平成30年3月31日までについては、被告イントラネットに接続可能であった総アカウント数は「1〜500」に該当する。さらに、利用期間は6か月を超過していた。これらの場合の一般記事の使用料は、1つの記事当たり、9000円に当時の消費税率8%を加算した金9720円である。 平成30年4月1日から同年10月16日までについては、総アカウント数は「501〜1500」に該当する。さらに、利用期間は6か月を超過していた。これらの場合の一般記事の使用料は、1つの記事当たり、1万4000円に当時の消費税率8%を加算した1万5120円である。 平成30年10月17日から平成31年3月16日までについては、利用期間が1か月超6か月以内であることから、1つの記事当たりの使用料は、1万1500円に消費税8%を加算した1万2420円となる。 平成31年3月17日から同年4月16日までについては、利用期間が1か月以内であることから、1つの記事当たりの使用料は、7000円に消費税8%を加算した7560円となる。 さらに、掲載期間が1年を超えた場合の使用料は、累積加算の算定対象を被告が記事を保管しているものに限定すると、別紙一覧表の「累積加算」欄記載のとおりである。 イ 以上より、本件における使用料相当損害金の合計は、総額では1億5610万3200円となるところ、累積加算の算定対象を被告が記事を保管しているものに限定すると、その合計は、別紙一覧表の「損害金額」欄の「使用料相当損害金合計」欄記載のとおり、4013万3610円となる。そこで、原告は、被告に対し、1億5610万3200円の損害賠償請求権の一部請求として4013万3610円の支払を請求する。 ウ 被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は、上記請求額の10%である401万3361円を下回ることはない。 (被告の主張) いずれも争う。 原告が提出した利用料金規定は原告が有するものの一部にとどまる上(特に、原告は、継続的なクリッピング利用の場合の価格表を提出しない。)、継続的利用のケースを含む全ての利用料金規定に関する年間の利用件数やその契約内容を明らかにしない。 また、原告の示す価格は、公正な競争の下で形成された合理的な価格であるということはできない。 さらに、被告の従業員等は、被告イントラネットへの記事掲載後1か月以内にその閲覧を終えていたのが通常であり、掲載後1年以上経過してから閲覧していた事実はないから、1年経過後の使用料の累積加算が発生する理由はない。 第3 当裁判所の判断 1 平成30年3月以前に被告イントラネットに掲載された記事の件数等(争点(1))について (1)前提事実(3)アのとおり、被告は、本件各記事のうち、平成30年3月以前の記事517件を保管しているところ、枠付き記事はこのうち107件である。枠付き記事については、被告イントラネットへの掲載を前提として枠が付されたことに鑑みると、いずれも被告イントラネットに掲載されたものと認められる。 他方、平成30年3月以前の記事のその余の記事については、その被告イントラネットへの掲載を直接的に裏付ける証拠はない。 しかし、被告は、平成30年4月以降の記事については、その保管に係る記事全てを被告イントラネットに掲載しており、これに掲載せず単に保存しているだけの記事は存在しない(前提事実(3)イ)。また、被告において、新聞記事の切抜きの保管やその被告イントラネットへの掲載の要否等の基準等を定めた内規類は存在しないことがうかがわれるところ(弁論の全趣旨)、枠付き記事に係る運用が開始された平成24年度から平成29年度までの期間に被告が保管する記事114件のうち、その9割超の107件が枠付き記事として被告イントラネットに掲載され(前提事実(3)ア)、残りの7件についても、被告は、表紙の存否が不明などと述べるにとどまる(前提事実(3)ア)。加えて、枠付き記事の運用が行われていなかった平成24年6月以前の記事も、全てA4用紙に「新聞社名」、「新聞発行日付」等が記載されていること(甲30)に鑑みると、少なくとも相応の範囲の被告従業員等の閲覧に供されていたことがうかがわれる。 これらの事情を踏まえると、被告は、その保管に係る平成30年3月以前の記事全てを被告イントラネットに掲載していたことが十分合理的に推認され、これを覆すに足りる証拠はない。 以上より、被告は、その保管に係る平成30年3月以前の記事517件全部について、平成30年4月以降の記事と同様に、別紙一覧表のとおり、被告イントラネットに掲載したものと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。 (2)原告は、平成30年3月以前に、上記517件の記事に限らず、年間312件の記事を被告が被告イントラネットに掲載した旨を主張する。 しかし、上記517件のほかに、平成30年3月以前に被告イントラネットに掲載された記事の存在及び内容を直接裏付けるに足りる証拠はない。被告広報担当者は、令和元年5月28日に行われた新聞社各社との協議において、直近1年の本件新聞の掲載記事が360件程度あり、それ以前についても、クリッピング作業のやり方は同じであるため件数は大きく増減しないとは思うとの趣旨の発言をしたものの、併せて、廃棄済みでデータはないとの趣旨の発言もしている(甲5、8、15、16)。このことと、本件の請求対象期間のうち、当該担当者が広報業務から外れていた期間が6年余りあること(平成20年4月〜平成26年6月。乙1)などをも考え合わせると、掲載件数に係る上記広報担当者の発言のみから直ちに、被告が年間312件の記事を被告イントラネットに掲載したことを推認することは合理性を欠くというべきである。 その他原告の主張を認めるに足りる具体的な事情は見当たらないことから、この点に関する原告の主張は採用できない。 (3)小括 以上より、被告は、平成17年8月27日〜平成31年4月16日の間に、別紙一覧表のとおり、平成30年3月以前の記事及び同年4月以降の記事の合計829件の本件各記事の画像データを作成し、記録媒体に保存した上、これらを被告イントラネットにアップロードし、被告従業員等が閲覧できる状態に置いたことが認められる(以下では、「本件各記事」とはこの829件を指すこととする。)。 2 本件各記事の著作物性等(争点(2))について (1)本件各記事の著作物性について 証拠(甲9、24、30)及び弁論の全趣旨によれば、本件各記事は、いずれも、担当記者が、その取材結果に基づき、記事内容を分かりやすく要約したタイトルを付し、当該記事のテーマに関する直接的な事実関係を端的に記述すると共に、関連する事項として盛り込むべき事項の選択、記事の展開の仕方、文章表現の方法等についても、各記者の表現上の工夫を凝らして作成したものであることがうかがわれる。したがって、本件各記事は、いずれも「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」すなわち著作物(法2条1項1号)と認められるのであって、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」(法10条2項)には当たらない。 これに対し、被告は、本件各記事は著作物に当たらないとして縷々主張する。しかし、著作物といえるための創作性の程度については、高度な芸術性や独創性まで要するものではなく、作成者の何らかの個性が発揮されていれば足りる。このような意味での創作性は、内容における虚構性を当然の要素ないし前提とするものではないから、新聞記事がその性質上正確性を求められることと何ら矛盾せず、両立し得るものであることは論を俟たない。その他被告が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告の主張は採用できない。 (2)以上のとおり、本件各記事はいずれも著作物であるところ、証拠(甲14、32)及び弁論の全趣旨によれば、いずれも、原告の発意に基づいて原告の従業員である各担当記者が職務上作成し、原告名義で公表されたものであることが認められる。したがって、本件各記事については、いずれも、原告が著作者として著作権を有する(法15条1項)。 3 被告による著作権(複製権及び公衆送信権)侵害について (1)前記1のとおり、被告は、平成17年8月27日〜平成31年4月16日の間、別紙一覧表のとおり、合計829件の本件各記事の画像データを作成し記録媒体に保存した上、これを被告イントラネット上にアップロードし、被告従業員等が閲覧できる状態に置いた。こうした被告の行為は、原告の本件各記事に係る著作権(複製権及び公衆送信権)を侵害するものといえる。 (2)本件各記事の内容や被告の行為態様等に照らすと、被告には、本件各記事に係る原告の著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害につき、少なくとも過失が認められる。 これに対し、被告は、原告の上記著作権の侵害につき、故意も過失もない旨を主張する。 しかし、著作物に係る創作性につき前記のとおり解すると、事実の伝達等を内容とする新聞記事であっても著作物といえる場合が広く存在し得るものと考えられる。後記のとおり、遅くとも本件の請求対象期間の始期頃において既に原告が本件料金表1に基づき使用料を収受する運用を行っていたことも、これを前提とするものと理解される。そうすると、被告又は被告担当者においても、少なくとも、新聞社がその発行する新聞記事の著作権を有しており、その使用にあたっては当該新聞社の許諾を得る必要がある(又はそのような場合が少なからずある)といった一般的な知識を有していなかったとは考え難い。また、被告が本件各記事の著作権やその使用の許否につき、法的な観点から調査検討したことをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。 (3)小括 以上によれば、被告による本件各記事に係る原告の著作権(複製権及び公衆送信権)侵害の不法行為の成立が認められ、被告は、原告に対し、その損害を賠償すべき責任を負う。 4 争点(3)(原告の損害及びその額)について (1)「著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」 ア 原告における使用料等に係る規定 証拠(以下に示すもの)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成17年9月に本件料金表1(甲10)を、平成20年9月に本件料金表2(甲11)を、平成22年3月1日に本件料金表3(甲12)を、平成28年1月4日に本件料金表4(甲13)をそれぞれ作成し、本件新聞に掲載された記事の利用を許諾する際の使用料についての基準を定めた。それぞれの概略は、以下のとおりである。 (ア)本件料金表1 本件料金表1では、利用の用途や発行部数等に応じて使用料が定められており、これによれば、用途が「営業支援ツール他」で発行部数が101〜500の場合の一般記事の使用料は2000円とされる。 (イ)本件料金表2 本件料金表2においても、利用の用途や発行部数等に応じて使用料が定められており、これによれば、用途が「情報提供資料ほか」で発行部数が101〜500の場合の一般記事の使用料は3000円とされる。 (ウ)本件料金表3 本件料金表3では、使用する記事の種類(日経ヴェリタスの記事かそれ以外の記事か)、イントラネットに接続できる端末数、対象となる記事内容(一般記事なのか原告の調査記事なのかなど)、利用期間(1か月以内なのか1か月超1年以内なのか)等に応じて使用料が定められている。これによれば、使用する記事が日経ヴェリタスの記事以外の記事で、イントラネットに接続できる端末数が500以下の場合の一般記事の1か月超1年以内の使用料は9000円とされる。 (エ)本件料金表4 本件料金表4では、使用する記事の種類(日経ヴェリタス及び英文の記事かそれ以外の記事か)、イントラネットに接続できる端末数、対象となる記事内容(一般の記事、自社記事、原告の独自調査記事なのかなど)、利用期間(1か月以内なのか、1か月超6か月以内なのか、6か月超1年以内なのか)等に応じて使用料が定められている。これによれば、日経ヴェリタス及び英文の記事以外の記事で、イントラネットに接続できる端末数が500以下の場合の一般の記事の1年以内の使用料は9000円とされる。また、同種の記事につき、イントラネットに接続できる端末数が501〜1500の場合、1か月以内の使用料は7000円、1か月超6か月以内であれば1万1500円、6か月超1年以内であれば14000円とされる。 イ 各料金表に基づく原告の実績 証拠(各項に示すもの)及び弁論の全趣旨によれば、各料金表について、以下の実績が認められる。 (ア)某国会議員事務所において、平成16年から平成20年までの間に件の原告の記事を無断転載したものを各200部配布した事案において、 原告は、本件料金表1の「2.営業支援ツール他(会社案内、顧客または会員向けPR誌・情報誌、会報・月報等)」、「発行部数101〜500」に対応する「一般記事」の料金2000円を記事1件の単価とし、これに記事件数15を乗じた3万円(税別)を「記事・情報利用料相当負担金」として請求し、上記国会議員事務所はこれを支払った(甲25)。 (イ)某証券会社が、平成21年9月に開催した講演会(1回開催)の際に原告の記事26件を無断でプロジェクターでの投影により使用した事案において、原告は、本件料金表2の「7.プロジェクターへの利用営業ツール・情報提供資料とも、1,500/1本で計算する」という規定に基づき、当該料金1500円を記事1件の単価とし、これに記事件数26を乗じた3万9000円(税別)を無断使用料金として請求し、上記証券会社はこれを支払った(甲26)。 (ウ)某銀行から、平成22年9月22日から1年間、原告の記事1件を7500端末で閲覧できるイントラネット上に掲載することについて申請があった事案において、原告は、本件料金表3の「イントラネット端末数5,001~10,000」、「一般記事」、「4紙(日経、産業、MJ、N-Weekly)」、「1カ月超、1年以内」に対応する2万5000円(税別)を使用料として請求し、上記銀行はこれを支払った(甲27)。 (エ)某ガス会社から、平成30年11月26日から6か月間、原告の記事1件を最大1万2000人が閲覧できるイントラネット上に掲載することについて申請があった事案において、原告は、本件料金表4の「一般の記事」のうち「本紙、SS、MJ、電子版」、「イントラネット6ヵ月」、「端末数(枚数)10,001〜12,000」に対応する料金2万5000円(税別)を使用料として請求し、上記ガス会社はこれを支払った(甲28)。 (オ)なお、原告は、被告に対し、令和元年11月14日付け文書(乙2。以下「乙2文書」という。)において、本件各記事に係る使用料につき、平成30年4月1日〜平成31年3月31日の間の使用記事の件数が合計360件程度であることを踏まえつつ、「本来であれば、当社が提供している記事クリッピングサービス料金(イントラネット、端末500台)が適用されるべきものであるところ」、「単価(年額利用料9000円(税別)/1記事)」などと説明して算定している。 ウ 上記認定のとおり、原告においては、本件新聞の記事の使用料に関する本件料金表1〜4が存在し、少なくとも平成20年以降、原告の記事の無断使用又はイントラネットへの掲載に係る許諾申請の事案において、これらの料金表を適用して使用料を収受した実績がある。また、乙2文書で言及された使用料の算定根拠となった規定は明らかでないが、その内容は、本件料金表3及び4と必ずしも矛盾しない。 他方、本件料金表1及び2にはイントラネットへの掲載を前提とする使用料の定めはなく、これらの料金表が適用されていた時期のイントラネット掲載事例における使用料の収受実績に関する証拠もない。また、本件料金表1及び2においては、使用料の算定要素に使用期間は含まれておらず、本件料金表3は、1年以上は原則として利用できないとする(ただし、特別なものは相談に応じ、1年超は1年ごとに5年まで10%割引、その後は据え置きとする旨も定める。)。本件料金表4では、使用期間が1年を超える場合に関する明示的な言及はない。使用期間が1年を超える場合の使用料の収受実績、とりわけ、特定の者が1年を超えて多数の記事を使用する場合の使用料の収受実績に関する証拠もない。 さらに、被告の業務内容及び本件各記事の内容等を踏まえると、被告イントラネットに本件各記事を掲載した主な目的は、被告広報担当者の説明(乙1)のとおり、被告の業務に関連する最新の時事情報を被告従業員等に周知することにあるものと認められる。このことと、特定の時点に被告イントラネットに掲載された記事に対するアクセスの経時的な推移の状況(乙19)から、本件各記事においても、それぞれの掲載から長くとも1年以内の期間で、当該記事に実際にアクセスする者はほぼいなくなることがうかがわれる。 以上の事情のほか、被告による侵害態様等を総合的に考慮すると、原告が本件各記事に係る著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(法114条3項)は、それぞれの記事の掲載の時期及び期間にかかわらず、記事1件当たり5000円とするのが相当である。これに反する原告及び被告の主張はいずれも採用できない。 (2)前記のとおり、平成17年8月27日〜平成31年4月16日の間に被告イントラネットに掲載された本件各記事は合計829件であることから、法114条3項により、被告の不法行為による原告の損害の額は、414万5000円となる。 また、この損害額と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は、45万円を下らない。これに反する原告の主張は採用できない。 5 まとめ 以上より、原告は、著作権侵害の不法行為に基づき、被告に対し、459万5000円の損害賠償請求権及びこれに対する不法行為後の日である平成31年4月17日から支払済みまで平成29年改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金請求権を有する。 第4 結論 よって、原告の請求は、459万5000円の損害賠償及びこれに対する不法行為の後の日である平成31年4月17日から支払済みまで平成29年改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 小口五大 裁判官 稲垣雄大 (別紙一覧表省略) |
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