判例全文 line
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【事件名】研究報告書の著作権侵害事件
【年月日】令和4年11月28日
 東京地裁 令和2年(ワ)第29570号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年10月28日)

判決
原告 株式会社脳の学校
同訴訟代理人弁護士 今井秀智
同 鈴木正勇
被告 中日本高速道路株式会社(以下「被告NEXCO中日本」という。)
被告 中日本ハイウェイ・エンジニアリング東京株式会社(以下「被告中日本エンジ東京」という。)
被告 中日本ハイウェイ・エンジニアリング名古屋株式会社(以下「被告中日本エンジ名古屋」という。)
被告 D(以下「被告D」という。)
被告 E(以下「被告E」という。)
被告 F(以下「被告F」という。)
上記6名訴訟代理人弁護士 高田敏明
同 高田洋平
被告 G(以下「被告G」という。)
被告 H(以下「被告H」という。)
被告 I(以下「被告I」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士 溝田宗司
同 木村祐太


主文
1 被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iは、別紙被告写真目録記載の各写真を複製し、又は頒布してはならない。
2 被告Hは、別紙被告写真目録記載1、3及び4の各写真を複製し、又は頒布してはならない。
3 被告中日本エンジ東京及び被告Eは、別紙被告写真目録記載1及び3の各写真を複製し、又は頒布してはならない。
4 被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iは、別紙被告写真目録記載の各写真が印刷された紙媒体及び同写真に係る画像データが記録されたCD-ROMを廃棄し、同写真に係る画像データを記録したハードディスクドライブ、ソリッドステートドライブ、USBメモリその他の記録媒体から同データを消去せよ。
5 被告Hは、別紙被告写真目録記載1、3及び4の各写真が印刷された紙媒体及び同写真に係る画像データが記録されたCD-ROMを廃棄し、同写真に係る画像データを記録したハードディスクドライブ、ソリッドステートドライブ、USBメモリその他の記録媒体から同データを消去せよ。
6 被告中日本エンジ東京及び被告Eは、別紙被告写真目録記載1及び3の各写真が印刷された紙媒体及び同写真に係る画像データが記録されたCD-ROMを廃棄し、同写真に係る画像データを記録したハードディスクドライブ、ソリッドステートドライブ、USBメモリその他の記録媒体から同データを消去せよ。
7 被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iは、原告に対し、連帯して、30万8000円及びこれに対する平成31年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし、4万4000円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による限度で被告中日本エンジ東京及び被告Eと連帯して、8万8000円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による限度で被告Hと連帯して)を支払え。
8 被告中日本エンジ東京及び被告Eは、原告に対し、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iと連帯して、4万4000円及びこれに対する平成31年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 被告Hは、原告に対し、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iと連帯して、8万8000円及びこれに対する平成31年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
11 訴訟費用は、これを1000分し、その9を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
12 この判決は、第7項から第9項までに限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙被告論文目録記載1ないし5の各論文を複製し、又は頒布してはならない。
2 被告らは、紙媒体に印刷された別紙被告論文目録記載1ないし5の各論文及び同各論文が記録されたCD-ROMを廃棄し、ハードディスクドライブ(HDD)、ソリッドステートドライブ(SSD)、USBメモリ、その他の記録媒体から同各論文の原稿のデータを消去せよ。
3 被告らは、原告に対し、連帯して6567万円及びこれに対する平成31年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
 原告は、平成28年7月6日、被告中日本エンジ東京との間で、個別請負契約(以下「本件個別請負契約」という。)を締結し、平成29年3月16日、同契約に基づき、別紙著作物目録記載の報告書(以下「原告報告書」という。)を作成した。
 本件は、原告が、被告D、被告E、被告F、被告G、被告H及び被告I(以下、これらの被告を併せて「被告執筆者ら」という。)において、原告報告書を無断で利用して別紙被告論文目録1ないし5記載の各論文(以下、符号に従って被告論文1などといい、これらを併せて「被告各論文」という。)を作成し、同目録記載の各ウェブサイトに掲載した行為は、原告の著作権(複製権、翻案権、公衆送信権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害するとともに本件個別請負契約に違反し、また、上記行為は、被告Dの所属する被告NEXCO中日本、被告Eの所属する被告中日本エンジ東京、被告Fの所属する被告中日本エンジ名古屋(以下、被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ東京と併せて「被告会社ら」といい、被告会社らとその各従業員である被告D、被告E及び被告Fを併せて「被告NEXCO中日本グループ」という。)の指示に基づくものであって、被告らは上記著作権及び著作者人格権侵害につき共同不法行為責任を負い、また、被告らは本件個別請負契約違反についてもその意を通じ、いずれも債務不履行責任を負うと主張して、被告らに対し、@著作権法112条に基づき、被告各論文の複製又は頒布の差止め(請求の趣旨第1項)並びに被告各論文に係る紙媒体の印刷物及びCD-ROM等の廃棄並びに記録媒体に保存された被告各論文のデータの消去(請求の趣旨第2項)を求めるとともに、A共同不法行為又は債務不履行による損害賠償金6567万円及びこれに対する平成31年2月9日(不法行為の後の日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払(請求の趣旨第3項)を求めている事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実をいう。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告
 原告は、脳科学・医療・生命科学の研究開発、脳機能計測解析コンサルタント事業等を業とする株式会社である。
イ 被告NEXCO中日本グループ(被告会社ら)
(ア)被告NEXCO中日本は、高速道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理等を業とする株式会社である。
(イ)被告中日本エンジ東京は、被告NEXCO中日本の子会社であり、道路のコンサルタント業務、道路の保全管理業務、高速道路管理の調査・分析・開発を業とする株式会社である。
(ウ)被告中日本エンジ名古屋は、被告NEXCO中日本の子会社であり、特定建設業、一般建設業等を業とする株式会社である。
ウ 被告NEXCO中日本グループ(個人)
(ア)被告Dは、被告NEXCO中日本の従業員である。
(イ)被告Eは、被告中日本エンジ東京の従業員である。
(ウ)被告Fは、被告中日本エンジ名古屋の従業員である。
エ 東京大学生産技術研究所グループ
(ア)被告Gは、国立大学法人東京大学(以下「東京大学」という。)生産技術研究所の教授である。
(イ)被告Hは、東京大学生産技術研究所の教授である。
(ウ)被告I(以下、被告G及び被告Hと併せて「被告Gら」という。)は、元東京大学生産技術研究所の助教であり、現在は東京都市大学理工学部機械工学科機械力学研究室の准教授である。
(2)先行実験・研究
ア 被告NEXCO中日本は、平成24年頃、原告及び東京大学とともに、「運転者の脳活動計測を用いた評価指標手法」に関する実験・研究(以下「先行実験・研究」という。)を開始した。(甲9、乙ロ3、弁論の全趣旨)
イ 先行実験・研究に当たって、被告NEXCO中日本は、平成24年12月1日、東京大学との間で、次の内容の共同研究契約(以下「先行共同研究契約」という。)を締結した。
 なお、被告NEXCO中日本と東京大学は、先行共同研究契約に係る変更契約を2度にわたり締結し、最終的に、研究期間を平成29年3月31日まで延長した。(乙ロ5〜7)
(ア)研究題目脳機能NIRSを活用した交通安全対策の評価手法に関する研究
(イ)研究期間平成24年12月1日から平成26年3月31日まで
ウ 原告は、平成24年12月26日、先行実験・研究に基づく報告書(以下「先行報告書」という。)を作成した。(乙ロ10、弁論の全趣旨)
(3)本件実験・研究
ア 被告NEXCO中日本は、平成27年、原告及び東京大学とともに、先行実験・研究の成果を発展させた実験・研究(以下「本件実験・研究」という。)を開始した。(弁論の全趣旨)
イ 本件実験・研究に当たっては、後述の(4)及び(5)のとおり、原告と東京大学との間で共同研究契約が締結されるとともに、原告と被告中日本エンジ東京との間で請負契約が締結された。
(4)本件共同研究契約の締結
ア 原告と東京大学は、平成27年5月1日、次の内容の共同研究契約(以下「本件共同研究契約」という。)を締結した。(甲10)
(ア)研究題目 自動車運転者の脳機能研究
(イ)研究目的 fNIRSを用いた交通安全施策の評価手法を確立する。
(ウ)研究期間 平成27年5月1日から平成29年3月31日まで
(エ)実績報告書の作成 「甲及び乙は、双方協力して、本共同研究の研究期間中に得られた研究の成果について、(中略)実績報告書をとりまとめるものとする。」
イ 本件共同研究契約は、研究成果の公表につき、次のとおり定めている。
(ア)大学の社会的使命を踏まえ、研究成果は、原則として公表するものとする。原告及び東京大学は、研究成果について、第25条のノウハウ秘匿義務及び第29条の秘密保持義務を遵守した上で、次項以下に定める手続に従って開示、発表若しくは公開することができるものとする。(30条1項)
(イ)前項の場合、研究成果の公表を希望する者は、公表を行おうとする日の30日前までにその公表内容を書面にて相手方に通知しなければならない。(30条2項)
(ウ)本件共同研究終了日の翌日から起算して1年間を経過した後は、公表希望当事者は、第25条のノウハウ秘匿義務及び第29条の秘密保持義務を遵守した上で、第2項に定める相手方に対する通知を行うことなく、研究成果の公表を行うことができる。(30条4項)
(5)本件個別請負契約の締結等
ア 基本請負契約の締結
 原告と被告中日本エンジ東京は、平成27年7月31日、原告を受注者、被告中日本エンジ東京を発注者として、調査等基本請負契約(以下「本件基本請負契約」という。)を締結した。(甲1)
 本件基本請負契約は、業務の実施に当たって発注者に提出された書類等につき、その著作物該当性の有無を問わず、発注者において受注者の承諾なく自由に公表できる旨を規定している(第6条3項)。
イ 個別請負契約の締結(初回)
 原告と被告中日本エンジ東京は、平成27年7月31日、次の内容の個別請負契約(以下「前件個別請負契約」という。)を締結した。(乙ロ8)
(ア)件名 脳機能NIRSに関する交通安全対策評価検討
(イ)業務区分 本件は、東京大学及び被告NEXCO中日本との共同研究に基づく
(ウ)業務内容以下のデータの取得及びデータ処理
@運転中のドライバーの脳活動データの取得(fNIRSデータ)
Aドライバーの形態脳画像の取得(MRIデータ)
BfNIRSデータの脳部位同定
CfNIRSデータのデータベース作成
D・E略
(エ)工期 平成27年8月3日から平成28年3月18日まで
(オ)結果の公表共同研究に基づく成果であるため、本件基本請負契約第6条各項は適用されず、双方の機関で研究成果の公表を希望する者は、事前に公表内容を書面にて通知し、相手方の事前の書面による了解を得て、連名にて公表することができる。
ウ 個別請負契約の締結(2回目)
 原告と被告中日本エンジ東京は、平成28年7月6日、次の内容の個別請負契約(本件個別請負契約)を締結した。(甲2)
(ア)件名 脳機能NIRSに関する交通安全対策評価検討(2)
(イ)業務区分 本件は、東京大学及び被告NEXCO中日本との共同研究に基づく
(ウ)業務内容
@実車及びドライビングシュミレータ(以下「DS」ともいう。)で運転中のドライバーの脳活動データの解析とまとめ(fNIRSデータ)
A上記@における脳科学的コンサルテーション
B成果物の作成
(エ)工期 平成28年7月8日〜平成29年3月24日
(オ)結果の公表 共同研究に基づく成果であるため、本件基本請負契約第6条各項は適用されず、双方の機関で研究成果の公表を希望する者は、事前に公表内容を書面にて通知し、相手方の事前の書面による了解を得て、連名にて公表することができる。
(6)原告報告書の作成・提出
 原告は、本件個別請負契約に基づき、平成29年3月16日、「脳機能NIRSを活用した交通安全対策の評価手法に関する調査(平成28年度)」と題する報告書(原告報告書)を作成し、被告NEXCO中日本に提出した。(甲3、弁論の全趣旨)
(7)後続実験・研究
 被告NEXCO中日本は、平成29年、本件実験・研究の成果を発展させた研究として、音声注意喚起による交通安全装置の実験及び研究(以下「後続実験・研究」といい、先行実験・研究及び本件実験・研究と併せて「一連の実験・研究」という。)を開始した。
(8)被告各論文の投稿等
 被告執筆者らは、それぞれ、別紙被告論文目録1ないし5記載のとおり(甲4ないし8)、被告各論文を執筆・投稿した(なお、同目録記載のとおり、論文執筆者は、論文ごとに異なる。)。
2 争点
(1)著作権侵害(複製権、翻案権及び公衆送信権)に関して
ア 著作権侵害の成否
(ア)原告報告書(甲3)の著作物性(争点1−1−1)
a 原告報告書の本文の著作物性
b 原告報告書に掲載された図表及び写真の著作物性
(イ)職務著作(争点1−1−2)
 原告報告書は職務著作として、被告中日本エンジ東京にその著作権が帰属するか。
(ウ)共同著作物性(争点1−1−3)
a 原告報告書は原告と被告中日本エンジ東京の共同著作物に当たるか。
b 被告中日本エンジ東京による原告報告書の利用につき、原告にはこれを拒む「正当な理由」(著作権法65条3項)があるか。
(エ)著作権侵害の有無(争点1−1−4)
a 複製権・翻案権侵害の成否
b 公衆送信権侵害の成否
イ 違法性阻却事由の有無
(ア)適法な引用に当たるか(図表及び写真に関して)(争点1−2−1)。
(イ)原告による許諾の有無(争点1−2−2)
a 原告による明示的な許諾の有無(争点1−2−2−1)
 原告は、被告中日本エンジ東京との間で本件個別請負契約(甲2)を締結するに当たって、研究成果である原告報告書の内容を公表することを許諾していたか。
b 原告による黙示の承諾の有無(争点1−2−2−2)
 原告報告書は、原告と東京大学との間の本件共同研究契約(甲10)30条4項に規定する「研究成果」として、原告に対する通知なく公表することができるか。
c 東京都市大学に所属する被告Iは、本件共同研究契約(甲10)30条4項の適用を受けるか(争点1−2−2−3)。
ウ 共同不法行為責任
(ア)被告会社らの共同不法行為責任(争点1−3−1)
 本件実験・研究は被告会社らの事業として行われたものとして、被告執筆者らによる著作権侵害につき、被告会社らも共同不法行為責任を負うか。
(イ)被告Eの共同不法行為責任(争点1−3−2)
 被告Eは、執筆者として掲載されている被告論文4のみならず、被告論文1〜3及び5についても、被告NEXCO中日本の従業員として、作成、投稿及び発表の主体であると認められるか。
(ウ)被告Hの共同不法行為責任(争点1−3−3)
 被告Hは、執筆者として掲載されている被告論文1及び5のみならず、被告論文2〜4についても、東京大学の研究者として、作成、投稿及び発表の主体であると認められるか。
(2)著作者人格権侵害(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)の成否(争点2)
(3)本件個別請負契約違反に関して
ア 被告中日本エンジ東京による債務不履行の有無(争点3−1)
 被告中日本エンジ東京が、原告の承諾を得ずに被告各論文を公表したことが、「双方の機関で研究成果の公表を希望する者は、事前に公表内容を書面で通知し、相手方の事前の書面による了解を得て、連名にて公表することができる。」と規定した個別請負契約(甲2)に違反するか(原告報告書そのものではない被告各論文の公表が「研究成果の公表」に当たるか。)。
イ 本件個別請負契約の当事者ではない被告らの不法行為責任の有無
(ア)被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋の責任の有無(争点3−2−1)
(イ)被告D、被告E及び被告Fの責任の有無(争点3−2−2)
(ウ)被告Gらの責任の有無(争点3−2−3)
(4)差止め等の必要性(争点4)
(5)損害(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1−1(原告報告書の著作物性)
(原告の主張)
(1)原告報告書の本文の著作物性
 特定の実験・研究に基づいて論文を作成する場合、論文の全体的構成、論文に記載する事項の取捨選択、各事項の説明の順番、説明の具体的記載内容、写真・図表の選択、引用文献の選択が必要となるが、これらの点については多様な構成・選択があり得るのであるから、同じ実験・研究であるからといって当然に同じ内容となるものではなく、論文執筆者の個性が表れるものである。そうすると、他の論文をコピーしただけのものや極めて単純な記載にとどまるものを除き、自然科学に関する論文にも著作物性は認められるものであり、原告報告書も著作物であることは明らかである。
 したがって、原告報告書においては、単に実験・研究のデータを記述するだけではなく、そのデータから原告代表者のfNIRSによる脳の反応についての研究者としての経験・知識に基づいて分析・評価を加え、「総括」として接続詞を取捨選択し、論理を展開して一定のまとまりのある文章で記述されているのであるから、原告報告書は、全体として思想、感情が創作的に表現された著作物である。具体的には、別紙対比表1ないし5記載の「原告報告書」欄記載の部分には、創作性が認められる。
(2)原告報告書に掲載された図表及び写真の著作物性
 原告報告書に掲載された図表及び写真は、別紙原告報告書図表・写真目録記載1ないし17のとおりであるところ、図表は、いずれも定型的、一般的なものではなく、斬新で独創的な記載となっているのであるから、それぞれの図表もそれ自体個性が表現されたものとして、著作物性を有するといえる。また、写真についても、その実験の目的、概要、実験内容を示すために必要な撮影対象等を把握して初めて撮影ができるものであり、誰が撮影しても同じとなるようなものではなく、著作物であることは明らかである。
ア 本件図4Aについて
 別紙原告報告書図表・写真目録にいう本件図4は、右側面と後方の2点から撮影されているところ、実験車内の機器設定の状況を示すために当該2点は必ずしも必要なものではない。また、機器が画面全体を占めるように撮影する構図も考えられるところ、本件図4では、そのような構図は取らず、実験車両の大まかな状況、車両の側面、後方であることが明確になるように、側面の写真では前輪から開放されたドアまで写るようにし、後方の写真ではハッチバックが開いた全体が写るようにしている。これらのことから明らかなように、撮影者が創意工夫して撮影したものであるから、著作物性を有するものである。
イ 本件図5について
(ア)本件図5(写真部分)について
 DSの全体の状況を写真で示す場合、方向及びアングルは一義的に定まるようなものではないところ、本件図5(写真部分)は、斜め後方から、DSの全体を画像に収めつつも、スクリーンは右端が切れるようにするなど、ドライバーがスクリーンに正対していることが明確になるような構図・アングルを採用しつつ、スクリーンの画像が白飛びしないようにDSがアンダーとなるような露出設定で撮影されたものである。
 これらのことから明らかなように、本件図5(写真部分)は、撮影者が創意工夫して撮影したものである。
(イ)本件図5(模式図部分)について
 人間につき、頭部を円、腹尻を三角形、鼻、手足及び胴を線で描くものであり、定型的・一般的なものではない。特に、頭部の顔面側に短い線を加えて鼻を表現するだけで、頭の前後を区別して表示しており、個性的なセンスが表れている。
ウ 本件図6
 本件図6Aは、fNIRSの計測原理の概要図であるところ、背景及び頭部を暗く描く一方で、プローブを赤と青、入光と受光の反応を白で描き、計測対象となるブロードマン領域を黒い点で示すことで、見るものに強いインパクトを与えるものとなっている。
 また、本件図6Bでは、酸素濃度の高い血液(酸素化ヘモグロビン)を赤に、酸素濃度の低い血液(脱酸素化ヘモグロビン)を青に色分けするとともに、ブロードマン領域の背景を薄紫とすることにより、毛細血管の部位によって酸素濃度が異なることが一目で分かるように描かれている。さらに、静脈の集まる箇所では赤の中に青の点を描くことにより、脳内の酸素交換の有無の反応により計測することが巧みに表現されている。
 このように、本件図6は、定型的・一般的なものではなく、個性が表れている。
エ 本件図7について
(ア)本件図7A
 本件図7Aの頭部アタッチメントでは、ベースを黒色、入光プローブを青の円、受光プローブを赤の円、その間の計測チャンネル番号を白色の数としているところ、あご当てが白いので、背景を赤紫にすることにより、入光プローブ、受光プローブ、計測チャンネル番号が際立ち、それぞれの関係が把握しやすくなるように表示されている。このように、本件図7Aは定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
(イ)本件図7B
 アタッチメントを装着した頭部の前後、左右側面の写真を撮影する際には様々な構図が考えられるところ、必然的に本件7Bのような頭部の大きさの写真となるものではない。このことから明らかなように、本件図7Bは、撮影者が創意工夫して撮影したものである。
(ウ)本件図7C
 本件図7Cでは、背景を黒とし、プローブを装着した頭部ダミーの右面及び左面をそれぞれ向かい合わせた上で、その上下に後面及び前面を配置し、かつ、計測チャンネル番号を記載することにより、強いインパクトを与えるとともに、計測箇所を全体として把握できるようにデザインされている。このように、本件図7Cは、定型的・一般的なものではなく、個性が表れている。
(エ)本件図7D
 本件図7Dでは、ブロードマンエリアの対応関係を示すために、プローブを小さな円で描いた上で、その間に各ブロードマンエリアをエリアごとに黒円、緑円、赤円、青円の白抜き数字と黄色円の赤色数字、薄紫円の黒色数字で描くことにより、一見してその対応関係を把握することができる。このように、本件図7Dは、定型的・一般的なものではなく、個性が表れている。
オ 本件図8について
 実車で運転している状況を示す写真を撮影する場合、広く運転席が入るようにする場合から、ドライバーをアップにする場合まで、幅広い範囲がある上に、ドライバーとの向きについては、正面、側面又は斜め、角度については、上から、平行又は下からという選択肢が存在するのであって、その構図・アングルは一義的ではない。そして、本件図8は、ドライバーの右腕の上方のみが映った上半身を、助手席の状況が入るようにドライバーの右前方から撮影しており、また、本件図8Bは、反対側からの状況を示すために助手席側からドライバーの上半身を撮影したものであり、構図・アングルに創意工夫がある。
カ 本件図13について
 本件図13は、ROIを黄色の点線と矢印で示した頭部ダミー図と、その真横に反応波形を太い黒線、太い赤線、「定義@」、「定義A」、「実車」の背景を黒で塗りつぶした白抜き文字で、「反応波形」の背景を赤で塗りつぶした白抜き文字で、頭頂葉を青色文字で、各描いたグラフから成り、斬新で、関係性や重要な項目が目立つように描かれ、同図のみから内容を読み取ることができるようにされている。このように、本件図13は、定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
キ 本件図16、18、20及び21について
 本件図16、18、20及び21は、いずれも、該当する各チャンネル番号を矢印で示した頭部ダミー図と、その真横に各線を色分けし、有意差については薄茶色の濃淡をつけた脳反応のグラフから成り、斬新かつ容易に比較が行える内容である。このように、本件図16、18、20及び21は、定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
ク 本件図17について
(ア)高速で運転する運転席から情報板が視認できることを示す映像を撮影する場合、写し出される運転席の範囲、情報板の大きさ、位置、道路の状況、視線の方向には様々なものがある上に、それに適したレンズの選択、露出の設定の必要があるところ、本件図17は、誰もが撮影することができるものではなく、創意工夫がある。
(イ)これに対し、被告Gらは、本件図17につき、東京大学が手配したアイトラッカーを使用して撮影したことを根拠に、東京大学がその著作権者である旨主張するが、アイトラッカーを用いて映像を記録する際に重要なのは、ドライバーにアイトラッカーを装着する行為であり、当該行為により、アイトラッカーのカメラの位置やアングルも定まることになる以上、アイトラッカーの位置を調整して装着したものが著作者に当たるというべきである。
 そして、本件では、被告Iその他の研究者は単にアイトラッカーを調達しただけであり、fNIRSのプローブと干渉しないようにアイトラッカーの装着を行ったのはfNIRSの扱いに習熟した原告担当者であった以上、アイトラッカーを用いて撮影されたビデオ映像の著作者は、原告にほかならない。
(ウ)また、被告Gらは、本件図17に創作性がない旨主張するが、本件図17は、その動画から自動的に生成されるものではなく、「664m地点からの見え方」という基準を設定し、多数の映像の中から当該基準に合致すると判断した映像を取捨選択の上決定するのであり、自動車が走行中にスチールカメラで「664m地点付近からの見え方」にふさわしいと判断した瞬間に撮影する行為と実質は同じである。
 したがって、本件図17には、原告の創作性が付与されており、仮に二次的著作物に該当する場合であっても、二次的著作物としての創作的部分が認められる。
ケ 本件図19、22について
 本件図19及び22は、実車とDSについては、背景を黒とし、該当ブロードマンエリアを赤で塗りつぶした白抜き文字で示した二つの頭部ダミーの頭頂部の図は、正中を緩やかに曲がった点線で前後のプローブのゆがみを見る人に意識させるように記載しており、対象としたブロードマンエリアが左脳と右脳のどこに位置しているかを一目で分かるようにしている。また、その真下に各線を色分けし、有意差については薄紫色の濃淡をつけ、頭頂連合野を示す山型の赤線矢印で描いた脳反応のグラフから成り、斬新で、関係性を示して比較が容易に行えるようにされている。したがって、本件図19及び22は、定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
コ 本件図33について
 本件図33は、2つの線を桃色と青色に色分けし、対象区間を各色で塗りつぶすことにより平均変化量をイメージしやすくしたものであり、定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
サ 本件図34について
 本件図34は、各チャンネルについて赤色のチェック印、赤色の帯、薄紫の帯を記載することにより、異なる群の平均変化量を一目で把握できるようしたものであり、定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
シ 本件図35について
 本件図35は、背景を黒くし、プローブを付された頭部ダミーの頭頂部に△COEのプラス値を示した各ブロードマン領域を青、緑、黄色、薄紫、黒に色分けした円により該当箇所に記載することにより、△COEのプラス値を示し、部位を容易に特定できるようにしたものであり、定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
ス 本件図36について
 本件図36は、背景を暗くし、有意に脳活動が亢進した3つの部位に対応するブロードマン領域の青色、緑色の円を該当箇所に記載した頭部ダミーの頭頂部の図を描いた上で、その横に、当該部位についての△COE変化量を帯状のグラフで表すことにより、部位による△COE変化量の違いを容易に把握できるようにしたものであり、定型的、一般的なものではなく、個性が表れている。
(被告らの主張)
(1)文章部分について
 原告報告書の文章部分の多くは、実車及びDSを運転するドライバーの脳活動をfNIRSにより測定する際の実験手法について説明するものであるところ、これは、事実を記載するものであり、報告者の思想感情を創作的に表現したものとはいえない。
 また、その他の部分についても、道路交通と脳科学における自然科学上の知見を記述したものにすぎず、誰が報告しても同一又は類似の表現となることを免れないものであり、その表現方法はありふれたものであるから、報告者の思想感情を創作的に表現したものとはいえない。
(2)図表及び写真部分について
ア 本件図4について
 本件図4は、脳計測装置の実験車両内における設置状況を説明する写真であるところ、被写体である車両及び脳計測装置の組合せ、配置及び構図は、脳計測装置の設置状況及び実験車両内の状況を説明するという目的に照らして決められており、撮影者の工夫は介在していない。そして、カメラアングル及び光線・陰影についても、実験の様子を客観的に明らかにするために、自然科学分野に属する論文に通常見られる方法で撮影されたものにすぎない。さらに、背景についても、撮影者の独自の創意と工夫が施されているとはいえない。
イ 本件図5について
(ア)本件図5(写真部分)について
 本件図5(写真部分)は、DSの設置状況を説明する写真であるところ、前記ア(本件図4)と同様の理由により、著作物性は認められない。
(イ)本件図5(模式図部分)について
 線及び丸、三角その他の図形を用いて人を描くことは、人を簡単に模式する方法としてありふれた手法である。また、頭部に鼻を表現することも、棒人間の頭の前後を表すためのありふれた手法である。
ウ 本件図6について
(ア)本件図6Aについて
 本件図6Aの頭部の画像は、いずれも、フィリップス社製のMRI装置により出力された画像であり、作成者の個性が表れているとはいえない(このことは、後述のその他のMRI画像においても同様である。)。
 また、計測対象となる部位を強調するために、当該部位に形状、色又はこれらの結合を施すことは、特段の工夫なく容易にできることであり、ありふれた手法である。
(イ)本件図6Bについて
 本件図6Bについて、酸素化ヘモグロビン及び脱酸素化ヘモグロビンは、鮮紅色及び暗紅色を示すことから、両者を明瞭に区別するために、色をそれぞれ赤及び青で描画することは、ありふれた手法である。そして、酸素濃度が異なる部位、すなわち、酸素交換が行われる部位は、酸素濃度の高い血液と酸素濃度の低い血液とが入り交じるため、当該部位において、その交換が行われる様子を描画することも、さほどの困難なくできるため、作成者の個性が発揮されて作成されたものといえない。
エ 本件図7について
(ア)本件図7Aについて
 写真中に記載された図や字を認識しやすくするために写真の背景等に応じて当該図や字の色を取捨選択するのは、ありふれた手法である。
(イ)本件図7Bについて
 本件図7Bは、アタッチメントを被験者に装着したときの装着状況を、前後左右4方向から説明する写真であるところ、前記ア(本件図4)と同様の理由により、著作物性は認められない。
(ウ)本件図7Cについて
 本件図7Cでは、MRI装置により出力された頭部画像が上下左右に概ね均等に配置されており、頭部画像の生成及びその配置には、何ら工夫は施されていない。そして、頭部にチャンネル番号を記載することは、プローブの設置位置と脳計測部位となるブロードマンエリアとの対応関係を読者に分かりやすく説明するためのありふれた手法である。
(エ)本件図7Dについて
 黒、緑、赤、青、黄及び薄紫色を用いているのは、測定対象となる部位が、ブロードマンエリアにおける52領域のうち、どの領域を測定するのかを分かりやすく説明するためのものである。また、ブロードマンエリアを色分けして示すことは、周知の手法であるといえる(乙ロ45)。
オ 本件図8について
 本件図8は、アタッチメントを装着した被験者が実験車両及びDSに乗車し、運転するときの状況を説明する写真であるところ、前記ア(本件図4)と同様の理由により、著作物性は認められない。
カ 本件図13について
 読者が読みやすいように、又は読者の関心を惹き付けるために、適宜、図に記載された字や背景の色、線の太さを変えることは、ありふれた手法である。
キ 本件図16、18、20及び21について
 グラフに描画される線の色を分けることは、データの系列間の混同を避けるため行われるありふれた手法である。また、読者に読みやすいように又は読者の関心を惹き付けるために、適宜、強調したい部分について色を施すことも、ありふれた手法である。
ク 本件図17について
(ア)本件図17については、被告Iその他の研究者が東京大学において手配したアイトラッカーを使用して撮影したビデオ(乙ロ59)を原告においてトリミングしたものである。すなわち、本件図17は、東京大学の著作物の複製物にすぎず、原告において新たに創作性を付与したものではないから、原告には何らの著作権も帰属していない。
 これに対し、原告は、アイトラッカーの装着行為により、アイトラッカーのカメラの位置やアングルが定まるところ、アイトラッカーの位置を調整して装着させたのは原告の担当者である以上、原告が著作者である旨主張する。
 しかしながら、原告は、アイトラッカーのNIRSへの影響の確認に関与したにすぎず、アイトラッカーの装着及び録画は全て東京大学が行ったものである。また、本件図17の基になった動画自体も、単純にアイトラッカーで撮影した映像ではなく、東京大学において、アイトラッカーで撮影した画像にドライバーの視線に係る座標情報を統合して作成したものである。このように、本件図17の基になった動画は、東京大学が撮影及び編集を行っているのであるから、原告の主張には理由がない。
(イ)また、仮に本件図17に何らかの創作性が付与されていたとしても、前述のとおり、本件図17の基になった動画自体は東大の著作物である以上、本件図17はその二次的著作物にすぎない。そして、二次的著作物の著作権は、新たに付与された創作的部分にのみ生じ、原著作物と共通し、その実質を同じくする部分には生じないと解されるところ、本件図17は、同動画の一コマにすぎないから、同ビデオとその実質を同じくしている。
 したがって、いずれにしても、原告は、本件図17につき著作権を主張することができない
ケ 本件図19及び22について
 図形を付し測定部位を判別容易に示すことや、測定対象としたブロードマンエリアの判別を容易にするために線を描くことはありふれた手法である。また、描画する線の線色や線種(実線や点線等)を分けて描画するのは、データ系列間の混同を避けるための手法としてありふれている。さらに、矢印の形状及び向きは、測定された△COEのデータを示す線に沿って描かれたものであって、創意工夫が施されているとはいえない。
コ 本件図33について
 グラフに描画される線の色を分けることは、データの系列間の混同を避けるための描画手法としてありふれた手法である。
サ 本件図34について
 読者の関心を惹き付けるために、適宜、チェック印等のマーク付したり、色を施したりすることはありふれた手法である。
シ 本件図35について
 各ブロードマン領域の色は、本件図7Dにおけるブロードマン領域に対応している。このように、原告報告書の中で一貫性をもって色分けしたものにすぎず、その色の選択に作成者の個性は発揮されていない。
ス 本件図36について
 読者の関心を惹き付けるために形状、色及びこれらの結合体を施し、測定対象となった部位を強調することは、ありふれた手法である。また、測定結果を分かりやすく表示するために、棒グラフを使用することも、ありふれた手法である。
2 争点1−1−2(原告報告書は職務著作として、被告中日本エンジ東京にその著作権が帰属するか。)
(被告NEXCO中日本グループの主張)
 原告は、被告中日本エンジ東京との間で締結された本件個別請負契約(甲2)に基づき、原告報告書を職務上作成している。
 すなわち、原告報告書は、研究の主導的立場にあった被告中日本エンジ東京の発意に基づき、その指揮命令下で、原告の従業員にその作成及び撮影を命じて作成させたものであり、また、本件個別請負契約には、原告従業員が作成した著作物に係る著作権を原告又は原告従業員に帰属させる旨の明文の規定は存在しない。
 したがって、原告報告書の著作権は職務著作として被告中日本エンジ東京に帰属している。
(原告の主張)
 原告(原告従業員を含む。)は、被告中日本エンジ東京の指揮・監督を受けることなく、独立した立場で原告報告書を作成したものであり、同社の職務著作となる余地はない。
3 争点1−1−3(共同著作物性)
(被告NEXCO中日本グループの主張)
(1)原告報告書は原告と被告中日本エンジ東京の共同著作物に当たること
 原告報告書は、本件実験・研究に係る成果物の発表のために、被告中日本エンジ東京の指揮命令下において、原告従業員が作成したものであり、原告及び被告中日本エンジ東京が互いにこれを創作する意思をもって、共同して作成したものと評価できる。
 したがって、原告報告書は、原告及び被告中日本エンジ東京の共同著作物であり、その共同著作権は、原告及び被告中日本エンジ東京に帰属する。
(2)被告中日本エンジ東京による原告報告書の利用につき、原告にこれを拒む「正当な理由」(著作権法65条3項)がないこと
 被告中日本エンジ東京は、被告NEXCO中日本及び東京大学との共同研究に係る成果物として、各自が取得した測定結果や写真、図表等をお互いに共有した上で論文等を作成し、これを学会等において公表することを予定していたものであるところ、原告も、本件実験・研究の成果が外部に公表されることは当然認識していた。
 そして、被告中日本エンジ東京は、測定結果や写真、図表等を利用することができない場合、本件共同研究に係る成果物である論文等の公表に支障が生じるのに対し、原告は、原告報告書の作成の対価として相当な報酬を受領しており、これらが被告各論文に利用されることにより特段の不利益を被ることはない。
 したがって、被告中日本エンジ東京による原告報告書の利用につき、原告には、これを拒む「正当な理由」(著作権法65条3項)はない。
(原告の主張)
(1)原告報告書は原告と被告中日本エンジ東京の共同著作物に当たらないこと
 原告報告書は、原告が単独で作成したものであって、その作成に被告中日本エンジ東京は一切関与していないのであるから、同社に原告報告書の共有著作権が帰属することはあり得ない。
(2)被告中日本エンジ東京による原告報告書の利用につき、原告にこれを拒む「正当な理由」(著作権法65条3項)があること
 被告各論文は、本件実験・研究を主導した原告代表者を論文執筆者や筆頭執筆者から外す一方で、形式的に本件実験・研究に関与したにすぎない被告Dを筆頭執筆者としている。また、被告各論文は、内容的にみても、事実に反する記載や、二重投稿のおそれがある内容となっている。
 したがって、被告中日本エンジ東京による原告報告書の利用につき、原告にこれを拒む「正当な理由」があることは明らかである。
4 争点1−1−4(著作権侵害の有無)
(原告の主張)
(1)複製権又は翻案権侵害
ア 依拠の有無
 被告各論文に記載された本文、図表及び写真は、別紙対比表1ないし10記載のとおり、原告報告書に記載された本文、図表及び写真を、日本語から英語に直しただけで実質的には同一といえるものであるから、被告各論文が原告報告書に依拠し、これを複製したものであることは明らかである。
イ 被告各論文から原告報告書の表現部分の本質的な特徴を感得できるか原告報告書と被告各論文とは、使用される言語、レイアウト、表題、実験項目、図表、参考文献等において、その一部が異なっているところ、前記アのとおり、被告各論文に記載された本文、図表及び写真は、原告報告書に記載された本文、図表及び写真と実質的には同一であることからすれば、前者からは、後者の表現部分の本質的な特徴を感得することができる。
ウ したがって、被告各論文は、原告報告書の記載を複製又は翻案して作成、投稿されたものであるから、被告執筆者らは、原告報告書に係る原告の複製権又は翻案権を侵害したものといえる。
(2)公衆送信権侵害
 被告執筆者らは、被告各論文がオンライン販売されることを意図して、被告各論文をウェブページに投稿・掲載したものである以上、原告報告書に係る公衆送信権を侵害したといえる。
(被告らの主張)
(1)複製権侵害
ア 依拠の有無
 被告各論文は、被告ら自身で行った解析及び評価を記載したものであり、原告報告書に依拠していない。仮に、本件実験の方法、本件実験から得られた測定結果及び分析結果が共通又は類似していたとしても、それらは著作物として保護される創作的表現ではない。
 また、被告らは、被告各論文に記載された写真及び図表の一部について、原告報告書が提出される以前に公表された資料(乙ロ12、16、19〜23、26)に記載された写真及び図表を利用したものであって、これらの写真及び図表は、原告報告書に依拠して作成されたものではない。
イ 被告各論文から原告報告書の表現部分の本質的な特徴を感得することができるか。
 被告各論文は、原告報告書に依拠するものではなく、細かな表現等も異なっており、原告報告書と被告各論文の記載もその表現等が異なっているのであるから、被告各論文から原告報告書の表現部分の本質的な特徴を感得することはできない。
(2)公衆送信権侵害
 争う。なお、被告各論文を公衆送信したのは、被告各論文の発行元であり、被告執筆者らではない。
5 争点1−2−1(適法な引用に当たるか(図表及び写真に関して))
(被告らの主張)
 以下のとおり、被告らは、原告報告書に記載された写真及び図表を適法に引用したものである。
(1)原告報告書は、報告書に記載された実験を共同して実施した被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ東京及び東京大学の関係者に対して、メール等で配信されており、原告報告書は「公表された著作物」に当たる。
(2)また、被告各論文は、本件実験・研究の成果物であるところ、本件実験・研究が正確に実施されたことを証明するとともに、本件実験の状況を視覚的に明らかにして読者の理解促進を図るためには、原告報告書に記載された写真及び図表を引用する必要があった。そして、学術論文である被告各論文において、写真及び図表を引用することは公正な慣行に合致する。
(3)さらに、写真及び図表は被告各論文に対して従属的なものであること、原告が原告報告書作成の対価として相当な報酬を受領したこと、写真の被写体は被告中日本エンジ東京及び東京大学が提供したこと、写真及び図表の引用により原告に不利益は及ばないこと、以上の事実によれば、被告各論文における写真及び図表の引用は、その目的上正当な範囲で行われたものである。
(原告の主張)
 以下のとおり、被告らによる図表、写真の使用は、「引用」の要件を満たさない。
(1)原告は、原告報告書を被告中日本エンジ東京に提出しただけであるから、原告報告書に掲載された各図は、その性質に応じて公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が作成され、頒布されたものではなく(著作権法3条1項)、かつ、発行されたものとはいえないから、公表されたものではない(同法4条1項)。したがって、上記各図は、同法32条の「引用」の対象とはならない。
(2)判例において引用の要件とされる明瞭区別性は、引用元の著作物と明瞭に区別されることを求めるものであるところ、単に「Fig」又は「Table」として表記するだけでは、被告各論文の執筆者が作成したものか、原告報告書から引用したものか明瞭に区別できない。しかも、被告各論文は取り込み型の著作物ではないのであるから、被告各論文に原告報告書からの引用であることを記載することに何らの困難もない。そうすると、引用元を記載しないような掲載の必要性は認められず、引用の要件である明瞭区別性の要件を欠くことは明らかである。
(3)およそ科学の学術論文は、オリジナリティ、新規性が強く求められるものであるから、「引用」を行うのであれば、引用元を記載することが必須である。特に新規の実験・研究により得られたデータに係る図表はそれ自体学術論文の中核をなすものであるから、引用元を記載しなくてもよいなどという「公正な慣行」はない(甲23)。しかも、被告らからも、原告が引用元を記載しなくてもよいと承諾したなどという事実は立証されておらず、被告各論文において原告報告書掲載の写真・図表をその引用元を記載しないで掲載した行為は、「公正な慣行」に合致するものではない。
6 争点1−2−2−1(原告による明示的な許諾の有無)
(被告Gらの主張)
 以下のとおり、原告報告書は、本件共同研究契約30条4項にいう「研究成果」に該当するから、東京大学は、「本共同研究終了日の翌日から起算して1年間を経過した後」であれば、原告に通知することなく、本件共同研究契約に基づき、原告報告書を利用して、「研究成果の公表」をすることができる立場にあった。
 そして、「本共同研究終了日」は、平成29年3月31日であるところ、被告各論文のうち、最も早く公開された被告論文1の公開日は、平成30年8月13日であるから、被告各論文の公開は、共同研究終了日から1年を経過した後である。
 したがって、被告Gらによる被告各論文の公表は、本件共同研究契約30条4項に基づき、適法に行われたものである。
(1)原告報告書が「研究成果」に当たること
 本件共同研究契約に係る契約書は、「研究成果」につき「本共同研究に基づき得られたもので・・・技術的成果」と定義する(第1条1号)。
 そして、本件共同研究契約は、@「fNIRSを用いた交通安全施策の評価手法を確立する」ことを目的とし、A「実道及びドライビングシミュレータにおいて、fNIRSを用いて基本的な運転行動に関わる脳活動を解析し、交通安全施策の評価のための手法を確立する」ことを研究内容とするものであり、B原告は、「脳活動の計測及び分析、ドライビングシミュレータ・実車実験の準備と実施」を行い、他方、東京大学は、「ドライバーの運転挙動に関する分析、ドライビングシミュレータ・実車実験の準備と実施」を行うものとされている。
 本件実験・研究において原告が実際に担当したのは、fNIRSにより、実道とDSにおけるドライバーの脳活動を測定し分析することであったため、正に、上記研究目的、研究内容及び研究分担に沿うものである。そのため、原告が本件実験・研究の分析結果をまとめた原告報告書(平成28年度)は、「本共同研究に基づき得られたもので・・・技術的成果」に当たるといえる。
(2)原告の主張
ア これに対し、原告は、原告報告書は原告が単独で作成したものであり、東京大学はその作成に全く関与していない以上、「研究成果」には当たらない旨主張するが、以下のとおり、理由がない。
(ア)原告が単独で作成していたとしても、原告報告書は「研究成果」に当たること
 共同研究には、様々な類型があるところ、その中には、「共同研究に参加する当事者が研究を分担して行う」という類型があるとされている。このような類型の共同研究においては、参加当事者がそれぞれの担当分野において単独で又は必要に応じて、各協力を求めながら研究を進めることになり、研究結果をとりまとめて成果物を作成することが要求されている場合には、原則として、担当分野ごとに研究を実施した参加当事者がそれぞれの研究結果をとりまとめ、成果物を作成するのが合理的である。
 そして、原告と東京大学との間の共同研究(本件共同研究)において、原告は、脳活動の計測及び分析等を担当し、東京大学はドライバーの運転挙動の分析、DSの準備等を担当し、これらの担当は原告と東京大学の間で分担されていた(甲10〔1頁〕)。加えて、当該報告書中、行動データ及び視線(目視)データの取得及び解析について「主担当:東京大学様」(甲3〔15及び16頁〕)と記載されており、これは、分担して研究することを前提とした記載である。したがって、原告・東京大学間の共同研究は、上記にいう「共同研究に参加する当事者が研究を分担して行う」という類型に該当する。
 そうすると、本件共同研究契約に係る契約書の「甲及び乙は、双方協力して・・・研究の成果について・・・実績報告書をとりまとめるものとする」という規定(6条2項)は、「原告及び東京大学は、分担して研究を行い、必要に応じて双方協力し、研究の成果について、原則として、各自で整理して実績報告書にとりまとめるものとする」と解釈するのが最も合理的であり、原告又は東京大学のどちらかが単独で報告書を作成した場合でも、ここにいう「実績報告書」に該当することになる。
(イ)東京大学も作成に関与していること
 仮に、原告報告書が「研究成果」に該当するためには、東京大学による作成関与が必要であるとしても、東京大学は、以下のとおり、各種データの正規化、視線(目視)データの分析及びDSの構築を担当しており、東京大学は同報告書の作成に関与したといえる。
 すなわち、本件実験・研究においては、脳活動データ、行動データ及び視線データの3種のデータを取得しており、これらのデータについて評価・解析を行うために走行距離を基準とした正規化を行う必要があったところ(甲3・16頁)、この正規化は東京大学が担当しており、走行距離を横軸にとるグラフ(甲3・図13ないし図16、図18ないし図25)を作成する基となるデータは、東京大学が準備した。
 また、東京大学は、視線(目視)データの分析を担当しており(甲3・16頁)、当該報告書中にある被験者の運転中の認識に関する記載は、東京大学との議論を踏まえて作成されている。
 さらに、原告報告書に記載されたDSを用いた実験は「東京大学ISTセンター所有のDS」を用いて実施されている(甲3・7頁)上に、当該DSで流れる映像は、実車実験で用いられた道路の線形情報、照度及び輝度情報に基づきCGで表現された映像であるところ(乙ロ28・4頁)、これらの映像は、被告Gの研究室に所属する教員及び学生が作成したものである。
 このように、東京大学による物的及び人的資源の提供なくしては、実験目的を達成できないといえるから、貢献度も十分大きいといえる。したがって、東京大学は、当該報告書の作成に関与したといえる。
イ また、原告は、「実績報告書」が作成されていないことを根拠に、原告報告書は「研究成果」には該当しない旨主張する。
(ア)しかしながら、原告及び東京大学は、従来、本件共同研究契約の期間中から、「実績報告書」を作成することなく共同研究の成果を公表してきたという経緯がある以上、「実績報告書」が作成されていないからといって、「研究成果」に該当しないということはできない。
 例えば、被告Gの研究室に所属していた大学院生のJ(以下「J」という。)は、平成28年11月30日に学術会議で共同研究の成果を発表し、平成29年3月1日には、論文も発表している。このように、東京大学は、本件共同研究契約に基づき、「実績報告書」を作成することなく、原告と東京大学の共同研究の成果を公表してきたが、原告は、これに対し、何らの異議を述べたことはない。
 したがって、原告と東京大学の共同研究に基づき得られた成果であれば、「実績報告書」の作成の有無にかかわらず、それは「研究成果」に該当するというべきである。
(イ)仮に、原告の主張するとおり、「研究成果」の確定に当たっては「実績報告書」作成が必要であると解した場合であっても、前記アで述べたところに照らせば、原告報告書それ自体が「実績報告書」に該当する以上、「研究成果」にも当たる。
 むしろ、原告報告書が「共同成果」に該当しないとすれば、本件共同契約に基づく成果物が存在しないという不合理な結論となる。
ウ さらに、原告は、原告報告書は東京大学に対して提供されていないため、「実績報告書」には該当しない旨主張する。
 しかしながら、本件共同研究契約は、「実績書をとりまとめるものとする」と規定しているにすぎず(第6条2項)、一方から相手方への提供行為は、要件とされていない。
 仮に、提供行為が必要であるとしても、本件実験・研究においては、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ東京、原告及び東京大学の共働が予定されていたところ、原告報告書が被告中日本エンジ東京を介し東京大学に共有されている以上、原告から東京大学への「提供行為」があったということができる。
(原告の主張)
 以下のとおり、東京大学は、本件共同研究契約に基づいて、原告報告書を公表することはできないし、原告がその利用を明示的に許諾していたことにはならない。
(1)本件共同研究契約(甲10)の1条1号は、「『研究成果』とは、本共同研究に基づき得られたもので、第6条に従って作成される実績報告書において成果として確定された本共同研究の目的に関する発明、考察、意匠、著作物、ノウハウ等の技術的成果をいう。」と規定している。また、同6条2項は、「甲及び乙は、双方協力して、本共同研究の研究期間中に得られた研究の成果について、本共同研究終了日後30日以内、及び本共同研究の研究期間中で必要と認められる時に実績報告書をとりまとめるものとする。」と規定している。
 そして、原告報告書は、原告が単独で作成したものであり、東京大学はその作成に全く関わっていない。すなわち、原告報告書は、原告と東京大学で協力してとりまとめられたものでもなければ、原告から東京大学に実績報告として提供されたものでもないのであるから、本件共同研究契約にいう「研究成果」に該当しないことは明らかである。
(2)また、本件共同研究契約の6条2項は、「研究成果」と「実績報告書」を区別しており、双方協力して「実績報告書」をとりまとめるものとするというのであるから、たとえ原告報告書の元となる研究成果についての関与があったとしても、被告Gらが原告と原告報告書を協力してとりまとめたものとはならず、原告報告書は「実績報告書」に該当しない。
(3)原告報告書が原告と東京大学との間の共同研究の成果であるならば、当然、原告は東京大学に対し原告報告書を提供するはずであるところ、実際にその提供がされていないのは、原告報告書が共同研究の成果ではないからにほかならない。
 仮に、原告が本件共同研究契約に基づき原告報告書を東京大学に正式に提供するのであれば、原告から東京大学に対して直接提供すべきものであり、それをせずに被告NEXCO中日本を介して行うことなどはない。
7 争点1−2−2−2(原告による黙示の承諾の有無)
(被告らの主張)
 以下のとおり、@原告、被告NEXCO中日本グループ及び東京大学の間では、共同研究の成果を相互利用することが当然の前提となっていたこと、A原告自身、一連の実験・研究の成果を外部に発表することを望んでいたこと、B原告は、被告らによる外部発表について直ちに異議を述べていないことからすれば、原告は、被告NEXCO中日本グループ及び東京大学による原告報告書の利用につき、黙示に承諾していたということができる。
(1)原告、被告NEXCO中日本グループ及び東京大学間では、共同研究により得られる実験データ及び解析結果を相互に利用し、学術会議で発表したり、論文に投稿したりすることが当然に許容されていたこと
ア 本件共同研究契約の規定
 本件共同研究契約においては、共同研究により得られた技術的成果は原則として公表するものとされ(1条1号、30条1項本文)、また、本件共同研究契約の終了日の翌日から起算して1年後からは、相手方に通知をせず研究成果を公表できることとされている(30条4項本文)。
 このように、本件共同研究契約の規定からは、本件共同研究契約から得られた研究成果を積極的に公表する趣旨が読み取れるが、これは、東京大学が、国立大学法人として研究成果を社会に還元する責務を担っているためである。そして、自然科学分野における大学の研究活動においては、投稿論文や学会発表の件数が活動の活発さを表す指標となっているため、東京大学は、外部の研究機関等と共同研究を行うに当たっては、研究成果を積極的に公表する規定をほぼ必須のものとしており、前件実験・研究及び本件実験研究に関して被告NEXCO中日本との間で締結された共同研究契約においても、研究成果を積極的に公表する趣旨が読み取れる規定が含まれている(1条1項、30条1項本文、30条4項本文)。
 そして、原告も、このような趣旨を認識し、東京大学と本件共同研究契約を締結したものである。
イ 個別請負契約の別紙作成に関する経緯
 先行個別請負契約(乙ロ8)についても、本件個別請負契約(甲2)と同様に、別紙の添付により、本件基本請負契約の6条の規定(甲1〔2頁〕)が修正されたが、これは、本件基本請負契約において「受注者は・・・発注者が承諾した場合には、・・・当該成果品の内容を公表することができる。」と規定されており(6条6項)、原告は、被告中日本エンジ東京の承諾がない限り、成果物を利用した外部発表ができないものとされていたのに対し、原告が、「研究成果の発表」を可能とするよう求めたためである。
 このように、原告は、本件実験・研究につき論文を発表できることについて相当強い関心を持っており、そのような関心に基づき、双方が外部発表できるように契約の規定が修正されたことからしても、原告は、共同研究により得られる実験データ及び解析結果を利用して相互に会議で発表したり、論文に投稿したりすることを、当然の前提としていたものといえる。
ウ 原告のJに対するアドバイスなど
 当時、被告Iが指導していたJは論文を執筆し(乙ロ22)、発表資料を用いて会議において発表したが(乙ロ16)、Jは、当該発表に先立ち、平成28年10月21日及び同年11月29日、原告代表者、被告らを含む本件実験・研究の関係者に対してメールを送信し、投稿論文や発表内容の確認を求めた(乙ロ27〜29。なお、乙ロ27に添付された「TRANSLOG論文」の原稿は、投稿された論文である乙ロ22の直前のものであり、乙ロ22と実質的に同じ文章である。)。
 上記論文及び発表資料における図(乙ロ22〔Fig12、13〕)は、分析の途中で原告が作成した分析結果報告書の分析結果の図(乙ロ16〔9、10頁〕)を利用して作成されたが、これに対し、原告は、当該図の利用につき留保をせず、むしろ、Jの発表内容がより分かりやすくなるように、スライド内容の修正を指摘している(乙ロ29)。同様に、乙ロ23の図3及び4も、当該分析結果報告書の図を利用して作成されたものである。
エ 原告と被告らの実験データや図面・写真に関する共有のやりとり
 平成24年以降、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ東京、東京大学及び原告との間で、一連の実験・研究が実施され、論文等が外部に発表されてきた。そして、論文等の外部発表に際しては、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ東京、東京大学及び原告は、各自が取得したデータや各自が作成した写真などを適宜共有し、具体的かつ明確に許諾することなく利用するということが行われてきた。
 例えば、被告NEXCO中日本により設置された脳科学作業部会においては、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ東京、東京大学及び原告との間では、各自が作成した資料を互いに共有することが頻繁にあり(乙ロ30、31)、共有された資料の利用につき留保がされることはなかった。
 加えて、後続実験・研究においても、原告は、被告らや原告以外の者が作成した写真、図又は表を用いて実験報告書を作成している。例えば、原告は、平成29年11月頃、被告Iに対し、東京大学が撮影していた本件実験のビデオデータの提供を要請し、このビデオデータを利用して、後続実験・研究に係る原告報告書を作成している(乙ロ3)。その他にも、原告は、平成30年2月頃、東京大学が担った測定部分について、その測定に関するシステム構成図の作成を被告Iに対し要請し、これを受け取った後、この図を当該原告報告書に利用している(乙ロ4)。
 これらの事実からも明らかなとおり、原告自身も、被告らが作成した写真、図又は表を利用しており、これを認識、認容していたといえる。
(2)原告が一連の実験・研究の成果について外部発表を望んでいたこと
 一連の実験・研究は、道路交通と脳活動に関するものであり、その成果を外部発表しようとすると、当然、原告が担った脳活動の計測及び分析に関するデータ及び結果が含まれる。そのため、原告が、一連の実験・研究の成果について外部発表されることを望んでいたことは、原告報告書などの脳活動の計測及び分析に関するデータ及び結果について利用許諾があったことを示すものとなる。
ア 先行報告書の記載
 先行実験・研究の成果物である先行報告書(乙ロ10〔58頁〕)には、「実道実験において脳機能を計測して成功した本研究の成果については、国際社会においても重要なエビデンスである。この結果を世界初の報告として確立することが、この実験を行った最大の成果となるとともに、この分野の発展に寄与すると考えられる。」との記載があることからすれば、原告自身、先行実験・研究に関する研究成果を外部発表することを積極的に望んでいたといえる。実際、この後、学術雑誌への投稿や、会議での発表が複数実施されている(乙ロ13〜15、19〜23)。
 そして、本件実験・研究は先行実験・研究を更に進めたものであるところ(乙ロ4、12〔8頁〕)、被告NEXCO中日本が実験を主導し、原告がfNIRSを用いて脳機能を測定し、東京大学が車両の準備をするという役割分担も同じである。そのため、本件実験・研究についても、原告が外部発表を希望していたとみるのが自然である。
イ 脳科学作業部会における原告の言動等
 平成27年3月10日及び25日には、原告、被告NEXCO中日本及び東京大学を参加メンバーとする脳科学作業部会が開催されたが、同部会では、「対外発表等実績」として、前件実験・研究、本件実験・研究について外部発表等を行った成果を報告するなど(乙ロ11〔24頁〕、乙ロ12〔22頁〕)、研究成果を積極的に発表する態度を示していたところ、原告代表者も同部会に参加していた以上、原告も、そのような態度を認識していたといえる。
 また、原告が管理運営するホームページには、原告が実施した事業として、原告が、被告NEXCO中日本と東京大学との共同研究で、先行実験・研究及び本件実験・研究を実施したことを掲載している。このことからも、原告が外部発表を望んでいたことが裏付けられる。
ウ 原告代表者による実験方法の提案
 原告代表者は、後続実験・研究の実施中である平成29年6月11日、被告Dに対し、次回行う実験について、基準としての「単純走行」と分析対象としての「音あり走行」を実施すれば、国際論文として投稿し得ることを提案している。そして、基準と分析対象の双方の走行を実施することは、本件実験・研究でも行われており、原告代表者は、国際論文の投稿に結びつく実験の進め方を熟知していた。また、一連の実験・研究において論文を投稿する場合には、原告が役割を担っていた脳機能の測定及び分析を行った結果を論文に記載することが前提になっている。
 そうすると、このような原告代表者の提案からも、原告が一連の実験・研究が外部発表に結びつくことを当然に認識していたといえる。
エ 原告は直ちに異議を唱えていなかったこと
 原告は、被告らにおいて、原告が作成した図等を利用して外部発表を行っていることを認識していたにもかわわらず、それに対し、直ちに異議を唱えておらず、むしろ、被告らの外部発表がより洗練されたものとなるようにアドバイスをしたことさえあった(乙ロ29)。
(ア)原告代表者と被告らとのメールのやりとり
 原告代表者は、平成30年4月2日、被告らに対し、後続実験・研究に関して、「そもそも、仕様書を一任された私が提出した弊社報告書をみたあとで、結果自体の修正をせまったり、追加解析を要求するというのは、途中の会議ならいざ知らず、科学的な範囲の常軌を逸しています。さらに言えば、すべての測定データはすでに、共有しているので、東大や弊社だけでなく、NEXCO内部でもできるとおもいます。弊社はデータ解析の1案を示したにすぎません。」とのメールを送っている(乙ロ36)。
 ここで原告が述べているのは、原告によるデータ解析の結果に不満があるのであれば、原告が測定したデータ及び作成した報告書等に基づいて、被告ら自身で再解析を行うことが可能であるということであるが、被告らがそのような再解析等をする必要性があるのは、これまでの先行実験・研究及び本件実験・研究で行われてきたとおり、その結果を外部公表するからこそである。
 このように、原告は、自らが測定したデータや作成した報告書等を利用して、研究結果が外部に公表されるであろうことを十分に認識していたにもかかわらず、留保をするなどしていなかった。
(イ)原告による著作権侵害の主張時期
 被告各論文は、平成30年には公表されていたが、原告は、それから2年間経過した令和2年11月12日になって、関連訴訟の第1回弁論準備手続において、初めて、被告各論文が権利侵害である旨を主張し始めた。
 また、原告が令和2年2月17日に被告らに対して送付した著作権侵害についての通知書においても、原告が関連訴訟で著作権侵害と主張している被告らの論文のことのみが記載されており、被告各論文については言及されていない。
(原告の主張)
(1)原告は、原告報告書の利用許諾を認めるに当たって、まず、被告らから事前に報告を受けた上で、原告の研究、開発との関係で不利益を及ぼさないか、原告が希望する論文投稿を妨げるものではないか、二重投稿の問題がないか、内容が正確であるか、原告代表者が、執筆者として、当該研究への関与の程度に応じた地位を与えられているかといった点について確認をした上で、問題がないと判断したものに限り、論文として投稿・発表することを許諾している。
 そうすると、本件のように事前の報告もなく、内容を確認していない論文の投稿・発表について、原告が利用の黙示の許諾をしたことにはならない。
(2)原告と被告らの間では、従前は、論文を投稿、発表する場合には事前に確認を求め、了解を得るという手続を踏んでおり、たとえ名目的であったとしても、共同研究を行うに当たっては、論文を公表する場合には相互に確認する必要がある。また、原告と被告中日本エンジ東京の間では、事前の了解が公表の条件とされていた上に、原告と被告Dとの間でも投稿前に確認を求めることが了解されており(甲11)、メール(甲16〜18)のやりとりもなされていたのであるから、明示的な承諾が存在しない場合には、黙示の承諾があったということはできない。
(3)論文の投稿、発表の許諾は、個々の論文についてその内容を確認した上で判断されるものである以上、過去に論文の投稿、発表について許諾がなされたからといって、それと異なる論文を投稿、発表する場合に、これを許諾したことになるものではない。
(4)以上によれば、論文の投稿手続、発表の確認を無視して投稿した被告各論文には、原告報告書を利用することの許諾や黙示の許諾を認める余地はない。
8 争点1−2−2−3(東京都市大学に所属する被告Iは、本件共同研究契約(甲10)30条4項の適用を受けるか。)
(被告Gらの主張)
 本件共同研究契約の当事者は原告と東京大学であるものの、実際に論文の投稿等を行う主体は、原告や東京大学の研究担当者である。そうすると、本件共同研究契約30条4項は、実質的に見れば、原告は東京大学のみならず、原告や東京大学の研究担当者による研究成果の公表を許諾したものと解するのが相当である。
 そして、大学の研究担当者が、その後に他の研究機関に異動することは通常よくあることであり、本件共同研究契約自身も、そのような異動を想定した規定を置いていること(19条2項、29条本文後段)に照らせば、本件共同研究契約は、他の大学に異動した研究担当者による研究成果の公表も許諾していたものと解するのが合理的である。
 したがって、本件共同研究契約の締結当時に東京大学の研究担当者であった被告Iは、東京都市大学に異動した後も、本件共同研究契約30条4項の適用を受けるというべきである。
(原告の主張)
 本件共同研究契約においては、「実績報告書」を公表できる主体は契約当事者である原告と東京大学に限定されており、東京大学には、自らに所属しない第三者に「実績報告書」を公表させる権限は与えられていない。また、被告Iについては、単に東京都市大学に所属する旨の記載があるのみであり、被告各論文に東京大学の委託を受けて共同執筆者となった旨の記載もなければ、当該委託を受けたことを証する書面もないのであるから、被告Iは、本件共同研究契約に基づいて原告報告書を公表することはできない。
9 争点1−3−1(被告会社らの共同不法行為責任)
(原告の主張)
 fNIRSによる脳科学の実験・研究は、当初、被告NEXCO中日本からの依頼を受けて原告が実施するようになったところ、その後、東京大学も関与するようになっていった。しかしながら、実質は、被告NEXCO中日本から原告に依頼があって実験・研究が続けられ、その流れで本件実験・研究も行われていたのであるから、本件実験・研究は、被告NEXCO中日本の従業員である被告Dが中心となり、これに子会社である被告中日本エンジ東京の従業員の被告E、そして被告中日本エンジ名古屋の被告Fが、それぞれ関与したものである。
 これらの一連の実験・研究は、被告NEXCO中日本が推進している脳科学の視点からの交通安全施策に、脳機能NIRSを活用した瞬時の判断にかかわる脳評価の手法を開発するために行われたものであり、被告NEXCO中日本は、一方でこの開発の事実をプレスリリースするとともに、学術的な権威を得ることを目指して、被告Dが主体となり、これに被告E、被告Fも加担して、原告報告書を複製して被告各論文を投稿、発表させたのである。
 このように、被告各論文は、被告NEXCO中日本が中心となった上で、子会社である被告中日本エンジ東京、被告中日本エンジ名古屋も加担して投稿、発表したものであるから、被告会社らは共同不法行為責任を負う。
(被告NEXCO中日本グループの主張)
 本件実験・研究は、被告会社らの事業として、その被用者である被告D、被告E及び被告Fが関与しているのは事実であるものの、そのことによって、本件実験・研究の実施につき、共同不法行為責任は成立しない。
10 争点1−3−2(被告Eの共同不法行為責任)
(原告の主張)
 被告各論文は、それぞれ独立して作成、投稿又は公表されたものではなく、平成30年に開催された5つの学会に係る掲載誌に論文を投稿するために、原告報告書を殊更に5つの論文に分割し、形式的には別の研究であるかのように受け取れるタイトルを付して、同じ年に投稿したものである(別紙被告論文目録1〜5)。すなわち、被告各論文は、原告報告書に記載された一連の実験・研究に基づくものであるから、本来、その内容を5つの論文に分割できるようなものではない。
 そうすると、被告各論文の作成時には、個々の論文の執筆者のみで内容を確認するだけでは足りず、被告各論文に携わった全執筆者で原告報告書をどのように分割するかを協議し、各論文の記載内容を確認した上で個々の論文を投稿したはずであるから、いずれの被告論文についても、被告各論文の全執筆者による共謀の結果、投稿されたものと評価できる。
 したがって、被告Eは、形式的には、被告論文4においてのみ執筆者とされているものの、実際上は、被告論文1〜3及び5の投稿にも加担しているものと評価できるから、被告各論文全てにつき、共同不法行為責任を負う。
(被告Eの主張)
 被告Eは、被告論文1〜3及び5の執筆者ではない以上、これらの各被告論文の作成、投稿及び発表の主体には当たらない。
 したがって、被告Eが被告論文1〜3及び5につき共同不法行為責任を負う余地はない。
11 争点1−3−3(被告Hの共同不法行為責任)
(原告の主張)
 被告Hは、前記争点1−3−2(原告の主張)と同様の理由により、被告論文1及び5だけではなく、被告各論文全ての記載内容を確認した上で、被告論文1及び5を投稿している以上、被告論文2〜4の投稿にも加担していると評価できる。
 したがって、被告Hは、被告各論文全てにつき共同不法行為責任を負う。
(被告Hの主張)
 被告Hは、被告論文2〜4については、東京大学の研究者として、その作成、投稿及び発表に一切関与していない。
 したがって、被告Hが被告論文2〜4につき共同不法行為責任を負う余地はない。
12 争点2(著作者人格権侵害の成否)
(原告の主張)
(1)公表権
 原告報告書は公表されていなかったところ、被告らが被告各論文について出版社の各ウェブページに掲載させた行為は、原告報告書に係る原告の公表権(著作権法18条)を侵害する。
(2)氏名表示権
 被告らは被告各論文について、本件実験・研究を主導した原告の氏名を記載せずに、論文を作成及び投稿し、ウェブページに掲載させたものであるから、原告報告書に係る原告の氏名表示権(著作権法19条)を侵害する。
(3)同一性保持権
 被告各論文は、原告報告書の記載を一部改変しているため、被告らによる被告各論文の作成、投稿は、原告の同一性保持権(著作権法20条)を侵害する。
(被告らの主張)
(1)公表権
 原告報告書には著作物性が認められないため、著作者人格権は成立しない。また、原告報告書に著作物性が認められるとしても、職務著作として法人等が著作者となり(著作権法15条1項)、被告中日本エンジ東京に著作者人格権が帰属し、原告は著作者人格権を有しないため、著作者人格権侵害は成立しない。
 さらに、職務著作が認められないとしても、原告報告書は、被告中日本エンジ東京及び原告の共同著作物であり、その著作者人格権の行使は著作者全員の合意によらなければできないため(著作権法64条1項)、著作者人格権侵害は成立しない。
 また、原告は、被告らが外部発表をする際、原告報告書を利用することを認識・認容し、その利用について黙示に許諾していた。そして、原告報告書を利用するに当たって、原告の同意を得なければ、その写真について、原告5の氏名を表示せずに公表し又は改変を加えることができないとすると、被告らによる外部発表等に支障を来すことになるから、上記の許諾は、当然に著作者人格権の不行使の合意を伴うものであったというべきである。
(2)氏名表示権
 写真を学術論文に利用する際、撮影者を執筆者として表示しないことは、学術論文の分野では通例となっており、原告報告書に記載された写真の利用は、その目的及び態様に照らし、原告が創作者であることを主張する利益を害することはなく、公正な慣行に合致する(著作権法19条3項)。したがって、原告の著作者名としての表示を害するおそれはない。
(3)同一性保持権
 争う。
13 争点3−1(被告中日本エンジ東京による債務不履行の有無)
(原告の主張)
 本件個別請負契約の別紙1は、「研究成果」の内容が相手方に無断で、一方当事者により単独で公表されることがないようにするための規定であることに照らせば、公表の有無は研究成果の実質的内容が公表されたか否かで判断すべきものである。そして、被告各論文の内容は、原告報告書と全体として類似し、個別の説明、写真・図表においても同一又は類似であるところ、そのような被告各論文の作成、投稿・発表は、「結果の公表」に該当するものというべきである。
 そうすると、被告中日本エンジ東京が、原告に対する書面による事前の公表内容の通知や、原告からの書面による了解を経ることなく、しかも、被告論文2〜5につき原告代表者を執筆者から除外して公表した行為は、本件個別請負契約に違反する。
(被告NEXCO中日本グループの主張)
 原告が被告中日本エンジ東京に対し「提出した書類等」は、原告報告書であるところ、「結果の公表」については、本件個別請負契約の別紙1の適用により、「相手方の事前の書面による了解を得て、連名にて公表」しなければならないという制約を受けることになる。
 本件において、被告中日本エンジ東京は原告報告書を公表しておらず、本件個別請負契約に違反しない。
14 争点3−2−1(被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋の責任の有無)
(原告の主張)
 本件個別請負契約の締結主体は被告中日本エンジ東京であるが、本来であれば、原告と被告NEXCO中日本の間で請負契約を締結すべきであり、被告中日本エンジ東京が当事者とされたのは、被告NEXCO中日本の都合にすぎない。
 そして、被告NEXCO中日本の従業員である被告Dは、本件個別請負契約の内容を認識していたにもかかわらず、被告NEXCO中日本が推進する交通安全施策に脳機能NIRSを活用することが有益であることを高速道路事業関係者及び利用者に示すために、被告各論文の投稿及び発表が本件個別請負契約に違反することを承知の上で、被告中日本エンジ東京や被告中日本エンジ名古屋の被告Eや被告Fを加担させて、被告各論文の投稿、発表を行ったものである。
 そうすると、被告各論文は、被告会社ら3社が一体として行ったものと評価できるから、契約当事者ではない被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋も、本件個別請負契約違反による債務不履行責任を免れない。
(被告NEXCO中日本グループの主張)
 前記争点3−1(被告NEXCO中日本グループの主張)のとおり、そもそも、被告中日本エンジ東京は本件個別請負契約に違反していない。
 また、被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋は、本件個別請負契約の当事者ではないため、同契約の効力は及ばないし、本件個別請負契約の内容を認識していない以上、過失が認められる余地もない。
15 争点3−2−2(被告D、被告E及び被告Fの責任の有無)
(原告の主張)
 被告D及び被告Eは、被告各論文を投稿、発表することが本件個別請負契約に違反することを承知の上で、被告各論文を投稿・発表したものである。そして、被告Fもそのような投稿・発表に加担している以上、投稿・発表が本件個別請負契約に違反するものであることを、被告D及び被告Eから当然に伝えられているはずである。
 仮に、これが伝えられていなかったとしても、原告報告書を複製又は翻案した内容の被告各論文につき、原告の承諾を得ることなく投稿・発表するに当たって、本件個別請負契約の規定を確認すべきところ、これを怠ったものであるから、いずれにせよ、過失を免れない。
 このように、被告D、被告E及び被告Fは、共同して本件個別請負契約に違反したものであるから、本件個別請負契約違反による債務不履行責任を負う。
(被告NEXCO中日本グループの主張)
 前記争点3−1(被告NEXCO中日本グループの主張)のとおり、そもそも、被告中日本エンジ東京は本件個別請負契約に違反していない。
 また、被告D、被告E及び被告Fは、本件個別請負契約の当事者ではないため、同契約の効力は及ばないし、本件個別請負契約の内容を認識していない以上、過失が認められる余地もない
16 争点3−2−3(被告Gらの責任の有無)
(原告の主張)
 被告Gらは、被告Dと懇意の関係にあり、本件個別請負契約の内容を認識していたはずである。
 仮に、認識していなかったとしても、原告と東京大学との間で締結された本件共同研究契約30条に定める「研究成果の公表」により、「研究成果の公表」は自由ではなく、一定の手続を履践する必要があること自体は認識しているのである。そうすると、被告Gらが、被告NEXCO中日本に所属する被告Dや被告中日本エンジ東京に所属する被告Eらとともに原告報告書と酷似する被告各論文を投稿・発表をするに当たっては、原告と被告中日本エンジ東京との間でも公表について制限する規定が存在すること、また、両者は民間事業者間であることから東京大学との間よりもより厳しい制限となっている可能性があることを認識するはずである。そうすると、被告Gらとしては、被告各論文を作成、投稿・発表を行うに当たって、本件個別請負契約の規定を確認すべきであったところ、これを怠り、漫然と当該投稿及び発表を行ったことにつき、過失があることは明らかである。
 したがって、被告Gらは、本件個別請負契約違反による債務不履行責任を負う。
(被告Gらの主張)
 被告Gらは、本件個別請負契約の当事者ではないところ、自ら又は自らの所属先が当事者となっていない第三者間の契約について、その内容を確認すべき法的義務はない。
 したがって、被告Gらが本件個別請負契約に係る債務不履行責任を負う余地はない。
17 争点4(差止め等の必要性)
(原告の主張)
 被告各論文は、本文の内容、図表が重複しており、二重投稿ということができる。そして、被告各論文に記載された内容は、被告NEXCO中日本の重要な事業の一つとされていることや、被告らは本件訴訟において、著作権の侵害を含め、原告の請求を全面的に争っていることに照らせば、このような二重投稿をする被告らにおいて、今後も同じ内容の論文を投稿、発表するおそれは否定できない。
 そうすると、被告らによる被告各論文の複製、頒布を中止させるとともに、被告らが保有する被告各論文の原稿のデータを破棄させる必要がある。
(被告NEXCO中日本グループの主張)
 争う。被告各論文を公衆送信しているのは、別紙被告論文目録記載の発行者(以下、単に「発行者」という。)であり、被告らではない。
(被告Gらの主張)
 被告らは、以下のとおり、著作権を侵害する者でなければ、侵害するおそれがある者(著作権法112条1項)でもないため、原告の主張する差止請求には理由がない。
(1)差止請求の要件である侵害するとは、現在侵害行為を継続中であることをいい、また、侵害するおそれがあるとは、将来侵害行為を行う高度の蓋然性があることをいうところ、原告の主張を前提としても、被告らによる著作権及び著作者人格権の侵害行為は、被告各論文を作成し、投稿した時点で終了したものと評価することができ、その後、反復又は継続して行われる性質のものではない。また、被告各論文を公衆送信しているのは、発行者であり、被告らではない。
 したがって、被告らは、現在侵害行為を継続していない。
(2)また、被告らは、本件実験・研究に関して一連の外部発表を終了しており、最早、外部発表の予定はない。そのため、被告らにより将来侵害行為が行われる高度の蓋然性もない。
 したがって、被告らは、著作権を侵害する者でなければ、侵害するおそれがある者でもないため、原告の主張する差止請求には理由がない。その結果、原告の主張する侵害停止予防請求にも理由がない。
18 争点5(損害)
(原告の主張)
 原告は、被告らの行為により、次のとおり、合計で6567万円の損害を被った。
(1)著作権侵害による損害
ア 著作権法114条2項に基づく損害
 被告各論文の販売による利益は、それぞれ20万円を下ることはなく、被告らは、100万円の利益を得たものといえる。そうすると、原告は、著作権法114条2項に基づき、100万円の損害を被ったものである。
イ 著作権法114条3項に基づく損害
 本件個別請負契約における請負代金は850万円と設定されたが、これは、共同研究という名目にした上で、被告中日本エンジ東京が原告報告書を単独で自由に公表できないという条件を前提とした価格であるところ、仮に、原告報告書を自由に公表することができることが契約内容とされていた場合には、本来、請負代金は5720万円とされたはずである。
 そうすると、当該請負代金5720万円から共同研究名目の請負代金850万円を控除した4870万円が原告報告書の著作権を行使し、論文として投稿、発表することの使用料に相当するといえる。
 したがって、同金員が原告報告書の著作権の行使につき受けるべき金銭というべきであり、原告は、著作権法114条3項に基づき、被告らに対し、同額の賠償を請求することができる。
(2)著作者人格権侵害による損害
 原告及び原告代表者X1は、fNIRSによる脳の反応の測定、解析についての先駆者かつ第一人者として世界的にも認められていたが、原告代表者X1が除外された形で被告各論文が発表されたことにより、その評価が大きく損なわれた。
 そうすると、被告らによる著作者人格権の侵害により、原告が被った損害は1000万円を下らない。
(3)本件個別請負契約違反に基づく損害
 前記(1)のとおり、被告中日本エンジ東京は、原告の承諾を得ずに原告報告書の記載内容を公表するためには、4870万円を支払う必要があったのであるから、原告は、被告中日本エンジ東京の本件個別請負契約違反により、同額の損害を被ったものと評価することができる。
(4)弁護士費用
 上記(1)ア、(2)及び(3)の損害額は、合計で5970万円となるところ、被告らの行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、その1割である597万円が相当である。
(被告NEXCO中日本グループの主張)
(1)著作権侵害による損害
 争う。被告らは、被告各論文につき何らの販売利益を得ていない。また、原告報告書の使用料が4870万円であることについて、原告は何ら具体的に立証していない。
(2)著作者人格権侵害による損害
 争う。
(3)本件個別請負契約違反に基づく損害
 争う。原告と被告中日本エンジ東京との間において、請負代金を5720万円とする旨の合意は成立しておらず、また、原告報告書を自由に公表することを契約内容とした場合には請負代金を5720万円とする旨の合意も成立していない。
(4)弁護士費用
 争う。
(被告Gらの主張)
(1)著作権侵害による損害
 争う。被告Gらは、被告各論文につき何らの販売利益を得ていない。また、原告報告書の使用料が4870万円であることについて、原告は何ら具体的に立証していない。
(2)著作者人格権侵害による損害
 争う。
(3)本件個別請負契約違反に基づく損害
 争う。被告Gらは、本件個別請負契約の当事者ではない以上、同契約の締結経緯については関知していないが、いずれにしても、原告報告書の使用料が4870万円であることについて、原告は何ら具体的に立証していない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 前記前提事実に加え、証拠(後掲の各証拠のほか、原告代表者、被告D及び被告Iの各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1)先行実験・研究
ア 原告及び被告NEXCO中日本グループ、東京大学は、平成24年頃、高速道路のより効果的な交通事故防止対策を構築することを目的とし、「運転者の脳活動の計測に関する研究」を共同で開始した。この研究においては、各自が専門分野に特化した知見を相互に提供するという観点から、被告NEXCO中日本グループは高速道路における交通安全対策の知見を、原告は脳科学に関する知見を、東京大学は交通工学に関する知見を、それぞれ提供することが求められていた。
 もっとも、当時は、原告が小規模事業者で口座を有しないという理由から、被告NEXCO中日本と東京大学との間でのみ共同研究契約書(乙ロ5。先行共同研究契約)が締結され、原告は、被告NEXCO中日本グループとの間でも、東京大学との間でも、契約書を作成しなかった。
 先行共同研究契約においても、本件共同研究契約と同様に、「甲及び乙は、双方協力して、本共同研究の研究期間中に得られた研究の成果について、(中略)実績報告書をとりまとめるものとする。」という規定が存在した(6条2項)。(以上につき、甲9の1、乙イ1、乙ロ3、5、52、被告I、弁論の全趣旨)
イ 原告は、平成24年12月26日、先行報告書を作成した。(前記前提事実)
ウ その後、原告被告NEXCO中日本グループ、及び東京大学は、先行実験・
研究に関する成果として、次のとおり、論文を発表した。
(ア)平成25年12月24日「Functionalbrainimagingusingnear10infraredspectroscopyduringactualdrivingonanexpressway」
(乙ロ13)
(イ)平成25年12月25日「Correlationofprefrontalcorticalactivationwithchangingvehiclespeedsinactualdriving:avector-basedfunctionalnear-infraredspectroscopystudy」(乙ロ14)
(ウ)平成27年5月19日「GreaterActivityintheFrontalCortexonLeftCurves:AVector-BasedfNIRSStudyofLeftandRightCurveDriving」(乙ロ15)
エ 被告NEXCO中日本は、平成26年3月27日、「脳機能NIRSを活用した交通安全対策の評価手法に関する研究」につき、被告Gや原告との共同研究の成果として、高速道路を走行する運転者の脳活動の可視化に成功した旨のプレスリリースを行った。(乙ロ3)
(2)本件実験・研究
ア 原告及び被告中日本エンジ東京、東大は、先行実験・研究が成功したことを受け、平成26年以降も、「脳機能NIRSを活用した交通安全対策の評価手法に関する研究」を共同して行うこととした。
 その結果、被告NEXCO中日本と東京大学は、先行共同研究契約に係る変更契約を2度にわたり締結し、最終的に、研究期間を平成29年3月31日まで延長した。もっとも、先行共同研究契約においては、最終的には、成果物が作成されることはなかった。
イ 原告と東京大学は、平成27年5月1日、原告と東京大学が共同研究を行っていることを明確にするため、本件共同研究契約を締結した。(以上につき、甲10、乙5ないし7、被告I、弁論の全趣旨)。
ウ また、原告と被告中日本エンジ東京は、平成27年7月31日、本件基本請負契約及び前件個別請負契約を締結した。
 本件基本請負契約には、「発注者は、業務の実施に当たって発注者に提出した書類等が著作物に該当するとしないとにかかわらず、当該成果品の内容を受注者の承諾なく自由に公表することができる。」との規定が存在するところ(6条3項)、原告の要望に基づき、同規定は、下記のとおり改められた。(甲1、24、乙ロ8)
(ア)業務内容:運転中のドライバーの脳活動データ(fNIRSデータ)の取得等
(イ)スケジュール:平成27年11月実道実験実施(新東名岡崎区間)平成28年2月〜3月DS実験実施
(ウ)工期:平成27年8月3日〜平成28年3月18日
(エ)業務区分:本件は、東京大学及び中日本高速道路株式会社との共同研究に基づく
(オ)結果の公表:共同研究に基づく成果であるため、本件基本請負契約6条各項は適用されず、双方の機関で研究成果の公表を希望する者は、事前に公表内容を書面にて通知し、相手方の事前の書面による了解を得て、連名にて公表することができる。
(3)原告報告書作成に至る経緯
ア 実車実験及びDS実験
 原告及び東京大学は、平成27年11月2日から6日までの間、前件個別請負契約に基づき、新東名高速道路岡崎東インターチェンジ付近で、実車を運転するドライバーの脳活動の測定等をした。
 また、原告は、平成28年3月26日から31日までの間、前件個別請負契約に基づき、東大の所有するDSを使用したドライバーの脳活動の測定等を実施した。
 これらの実験(以下「本件実験」という。)の目的は、情報板等の視覚情報がドライバーに対する注意喚起として効果を有するか否か確認するために、NIRSという脳活動の計測を行った上で、運転行動と脳科学的な知見からその効果を客観的に評価する手法を確立することにあり、原告は、脳活動の計測及び分析を担当し、東大は、ドライバーの運転挙動に関する分析を担当した。(以上につき、甲10、乙ロ5、52、被告I、弁論の全趣旨)
イ Jは、平成28年6月22日、被告D及び被告Iに対し、本件実験から得られた脳データとCANデータを結合させたものや、実車の運転データ等を送付した。(乙ロ55)
ウ 脳科学作業部会が同年8月3日に開催され、本件実験に係る実験概要や実験コースの確認、解析対象データの確認、運転行動データ解析の紹介等が行われた。そして、被告Iは、翌日、被告D、被告Gらに対し、同作業部会における資料をメールで共有した。(乙ロ53)
エ 原告の社員であったK(以下「K」という。)は、平成28年9月30日、「脳データの解析」と題する資料(乙ロ16。以下「K作成資料」という。)を公表した。
オ KとJは、平成28年12月16日、本件実験から得られた目視データの解析につき、メールで協議を行った。(乙ロ56)
カ 原告と被告中日本エンジ東京は、平成28年7月6日、2回目の個別請負契約として、本件個別請負契約を締結した。(甲2)
(4)共同研究の成果の公表等
 原告、被告NEXCO中日本グループ及び東大は、本件実験・研究と並行して、次のとおり、共同研究の成果を共有・公表した。
ア 被告Iは、平成28年3月25日、脳科学作業部会において、「2015年度会活動報告」と題する資料(乙ロ12)を公表した。同資料には、本件図4Aと同一の写真が掲載されていた。(以上につき、甲3、乙ロ12、弁論の全趣旨)
イ 被告D、被告F、被告Gら及び原告代表者は、他の執筆者と共同で、平成28年10月10日、「ValidationStudyonEvaluationofTrafficSafetyUsingfNIRS」と題する論文(以下「乙ロ19論文」という。)を公表した(乙ロ19)。
 乙ロ19論文には、本件図4A及びBの縦横の比率を変更した写真に加え、図7A及びBと同一の写真及び図8と同一の写真が掲載されていた。
(以上につき、甲3、乙ロ19、弁論の全趣旨)
ウ Jは、平成28年10月21日、原告代表者や被告Gらに対し、同年11月30日に開催される日本機械学会の第25回交通・物流部門大会において発表予定の論文(乙ロ28)の原稿をメールで共有した。同論文(乙ロ28)には、Figure.12として、K作成資料に掲載された図(乙ロ16〔9頁〕)が使用されていたものの、これに対して、原告からは特段の異議が示されることはなかった。
 また、Jは、同年11月26日には、原告代表者やK、被告G、被告Hその他の関係者に対し、発表資料の最終版を送付したところ、Kは、同月29日、内容につき改良するための案を示した。
(以上につき、乙ロ27ないし29)
エ 被告D、被告F、被告I、被告H、被告G及び原告代表者は、他の執筆者と共同で、平成28年10月21日、「標識と情報板に対する脳計測を用いたドライビングシュミレータの臨場感向上のメカニズムに関する研究」と題する資料(乙ロ26)を公表した。
 同資料には、本件図7A及びBと同一の写真が掲載されていた。
(以上につき、甲3、乙ロ26、弁論の全趣旨)
オ 被告D、被告F及び被告Gらは、他の執筆者と共同で、平成28年10月29日、「ValidationStudyonEvaluationofTrafficSafetyUsingfNIRSFinalEdition」と題する論文(乙ロ20)を公表した。同論文は、当初、原告代表者も共同執筆者に加えられていたものの、内容が乙ロ19論文と重複していると考えた原告代表者の意向に基づき、原告代表者を共同執筆者から外した上で公表された。
 同論文には、本件図4の縦横の比率を変更した写真に加え、図5と同一の写真、図7A及びBと同一の写真並びに図8と同一の写真が掲載されていた。
(以上につき、甲3、乙イ2、乙ロ20、原告代表者本人、被告D本人、弁論の全趣旨)
カ 被告D、被告I、被告G、原告らは、平成28年11月10日、他の執筆者と共同で、「実道走行時における運転行動と脳の活性化に関する研究」と題する論文を発表した。(乙ロ21)
 同論文には、本件図5と同一の写真並びに本件図7A及びBと同一の写真が掲載されていた。
キ J、被告D、被告F、被告Gら及び原告代表者は、他の執筆者と共同して、平成28年11月30日、「標識と情報板に対する脳計測を用いたドライビングシュミレータの臨場感向上のメカニズムに関する研究」と題する論文(乙ロ22。以下「乙ロ22論文」という。)を公表した。
 乙ロ22論文は、上記ウと同一のものであり、本件図7A及びBと同一の写真が掲載されていた。
ク 被告D、被告F、被告Gら及び原告代表者は、他の執筆者と共同で、平成28年11月30日、「標識と情報板に対する脳計測を用いた臨場感向上手法に関する研究」と題する論文(乙ロ23)を公表した。
 同論文には、本件図7A及びBと同一の写真が掲載されていた。
(以上につき、甲3、乙ロ23、弁論の全趣旨)
(5)原告は、平成29年3月16日、原告の単独名義で原告報告書を作成し、被告NEXCO中日本に提出した。そして、被告Dは、同月21日、被告G及び被告Iに対し、メールで原告報告書のデータを共有し、その後、その余の被告らにも共有した。なお、東京大学は、原告報告書の執筆それ自体に関与することはなく、その内容を事前にチェックすることもなかった。(甲3、乙ロ48、被告I〔14頁〕、弁論の全趣旨)
(6)原告報告書の公表後の経緯
ア 被告Iは、平成29年3月27日、脳科学分科会において、「2016年度会活動報告」と題する資料(乙ロ17)を用いて、本件実験・研究に係る研究成果を発表した。
 また、原告も、同日、脳科学作業部会において、「研究成果詳細(脳活動)」と題する資料(乙ロ18)を用いて、研究成果を発表した。
イ 被告NEXCO中日本は、平成29年6月22日、被告G、被告H及び原告との間で平成24年から進めてきた共同研究の成果として、fNIRS装置を車載し、運転者の瞬時の判断に関わる脳活動を計測する技術開発に成功した旨のニュースリリースを発表した。(乙ロ4)
(7)被告各論文の投稿
 被告執筆者らは、それぞれ、別紙被告論文目録1ないし5記載のとおり(甲4ないし8)、被告各論文を執筆・投稿した(なお、同目録記載のとおり、論文執筆者は、論文ごとに異なる。)。
2 争点1−1−1(原告報告書の著作物性)
(1)著作物性の判断枠組み
 著作権法2条1項1号は、著作物の意義につき、思想又は感情を創作的に表現したものと定めている。そして、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でないもの、又はありふれた表現は、個性等を表出するものとは認められず、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえないから、著作物に該当しないものと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
(2)原告報告書本文の著作物性
 原告は、原告報告書の本文のうち、別紙対比表1ないし5記載の部分にそれぞれ創作性が認められる旨主張するため、以下、別紙対比表1ないし5記載の部分の順に従って、その著作物性の有無を検討する。
ア 別紙対比表1
(ア)番号1
 原告報告書対比表1の番号1部分は、運転者が運転中に行う「認知」、「判断」及び「行動」という3つの過程における頭頂連合野と前頭前野の連動した活動が関与しているという仮説を示すとともに、先行研究において頭頂連合野の亢進が定性的に確認されたことにより、注意喚起情報の提示により脳活動の変化を捉えられると考えられたことを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表1の番号1部分は、仮説という自然科学におけるアイデア又は実験結果という事実など表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表1の番号1部分は、著作物に該当しない。
(イ)番号2
 原告報告書対比表1の番号2部分は、fNIRSの機器としての説明や、脳が活動する際のヘモグロビンの変化及び本件実験におけるヘモグロビンに係る条件を客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表1の番号2部分は、機器の説明又は脳の活動に関する事実など表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表1の番号2部分は、著作物に該当しない。
(ウ)番号3(総括部分)
 原告報告書対比表1の番号3部分は、実験により得られた脳反応の結果や、当該脳反応と先行研究との関連性に加えて、それらの分析等を踏まえ、これまでfNIRESを用いた自動車運転評価では主として前頭前野のみが計測対象とされてきたが、今後、頭頂連合野まで広げて計測する必要性が示唆されたことを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表1の番号3部分は、実験結果という事実や科学上のアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表1の番号3部分は、著作物に該当しない。
(エ)番号4
 原告報告書対比表1の番号4部分は、実験により判明した自動車運転における頭頂連合野での活動状況や、頭頂部の働きと注意機能の向上との関連性、情報板が注意の感度を高めることに寄与している可能性を客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表1の番号4部分は、実験結果という事実や科学上のアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表1の番号4部分は、著作物に該当しない。
(オ)番号5
 原告報告書対比表1の番号5部分は、実験により得られた脳反応の結果や、当該脳反応と先行研究との関連性に加えて、それらの分析等を踏まえ、「運転行動の切替え」という認知に関連して前頭前野の活動が亢進したものと捉えることができることを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表1の番号5部分は、実験結果という事実やデータの解釈という科学上のアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表1の番号5部分は、著作物に該当しない。
イ 別紙対比表2
(ア)番号1
 原告報告書対比表2の番号1部分は、上記ア(番号2)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、原告報告書対比表2の番号1部分は、著作物に該当しない。
(イ)番号2
 原告報告書対比表2の番号2部分は、本件実験を通じ、実車及びDSの双方において、情報板への情報提示は前頭前野と頭頂連合野の活動を引き起こすことや、提示される情報により惹起される脳活動が異なることが示唆され、情報の提示内容の違いが加速度にも反映される傾向が推察されることを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表2の番号2部分は、実験結果という事実やそれに基づく考察結果という科学上のアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表2の番号2部分は、著作物に該当しない。
(ウ)番号3
 原告報告書対比表2の番号3部分は、先行する報告を紹介した上で、実験において、「渋滞」表示の場合にドライバーがアクセルを緩めたことや、「工事」表示の場合にドライバーがアクセルを踏み込んだことは、前頭前野の活動の亢進状態が影響していることを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表2の番号3部分は、実験結果という事実やそれに基づく考察結果という科学上のアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表2の番号3部分は、著作物に該当しない。
ウ 別紙対比表3について
(ア)番号1
 原告報告書対比表3の番号1部分は、従来の研究では、被験者が速度低下を認識してこれを食い止めた際には、頭頂連合野と前頭前野の活動が亢進することが示されていたことを前提として、運転者が運転中に行う「認知」、「判断」及び「行動」という3つの過程で、頭頂連合野と前頭前野の連動した活動が関与しているという仮説を示すとともに、先行研究においても頭頂連合野の亢進が定性的に確認されたことを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表3の番号1部分は、先行する研究結果や本件実験の結果という事実のほか、仮説という自然科学におけるアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表3の番号1部分は、著作物に該当しない。
(イ)番号2
 原告報告書対比表3の番号2部分は、上記ア(番号2)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、原告報告書対比表3の番号2部分は、著作物に該当しない。
(ウ)番号3
 原告報告書対比表3の番号3部分は、従来、情報板に文字を提示しない場合よりも、文字を提示した場合の方が、頭頂連合野及び前頭前野における脳活動が高まり、その活動の漸増的亢進が標識の100mほど手前から生じていることが示唆されていたが、それが視覚情報に伴う反応であることの裏付けがなかったことから、本件実験においては、目視から行動を起こす過程で活動が高まる脳部位を検出することを試みたことを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表3の番号3部分は、先行する研究結果及びそれを踏まえた本件実験の目的という事実など表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表3の番号3部分は、著作物に該当しない。
(エ)番号4
 原告報告書対比表3の番号4部分は、いずれも、本件実験を通じて、目視して運動行動を起こす際には、前頭前野及び頭頂連合野での活動が起こることが示唆されたこと、前頭前野のうちBA46は、目視と操作という同時処理により活動が高まった可能性があること、前頭前野のうち、運動のプランニングに関わるBA6の活動や、先行研究においても活動が確認され、かつ、自動車運転において重要とされる眼球運動に関わるBA8の活動に加え、頭頂連合野のうち視空間情報処理や注意機能に関わるBA7、BA40の活動が確認されたことから、これまで運転に必要な部位とされてきた部位の活動が改めて確認されたこと、また、アクセルを緩ませる際には前頭前野が活動し、アクセルを踏む際には頭頂連合野の活動が亢進することが判明したこと、以上を客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表3の番号4部分は、先行研究の内容や本件実験の結果やそれらを比較することにより得られた科学的な知見という事実ないしアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表3の番号4部分は、著作物に該当しない。
(オ)番号5(総括部分)
 原告報告書対比表3の番号5部分は、上記ア(番号3)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、原告報告書対比表3の番号5部分は、著作物に該当しない。
(カ)番号6
 原告報告書対比表3の番号6部分は、実験を通じて、「渋滞」表示及び「工事」表示の双方につき、頭頂連合野での活動が共通して検出されたこと、頭頂連合野の機能やその不全は、注意欠陥多動性障害との関連も指摘されており、頭頂部の働きは注意機能の向上と関連性があること、本件実験においては、頭頂連合野の活動が生じたことの要因として、視覚的な注意の高まりが考えられること、先行報告に照らせば、実験結果は情報板が注意の感度を高めることに寄与している可能性を示唆するものであること、以上を客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表3の番号6部分は、実験結果や従来の科学的知見という事実やそれらの分析を通じた科学的な仮説というアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表3の番号6部分は、著作物に該当しない。
(キ)番号7
 原告報告書対比表3の番号7部分は、本件実験における「渋滞」表示時と先行研究に係る報告の共通点として、頭頂連合野とともに前頭前野の活動も亢進したことが指摘できる一方、ドライバーの運転行動は異なること、両者の比較を通じ、アクセル開度の増減のいずれも前頭前野の活動に関与していること、自動車の運転は認知、判断、運動という3つの過程で行われるところ、前頭前野の活動の亢進は運転行動の切替えという認知による判断と関連していると捉えることができること、以上を客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表3の番号7部分は、先行研究及び実験結果という事実やそれらを踏まえた科学的知見という事実ないし科学的なアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表3の番号7部分は、著作物に該当しない。
(ク)番号8
 原告報告書対比表3の番号8部分は、本件実験において、「工事」表示の場合には、前頭前野の活動が生じず、アクセル開度が増加したのに対し、「渋滞」表示の場合には、アクセル開度が低下したことが確認されたところ、その理由としては、前者では、必ず停車する必要があるため、アクセルを緩めることへのセットの転換が行われ、前頭前野の活動が亢進するのに対し、後者では、そのような必要がないため、前頭前野の活動が亢進しなかったと考えられることを客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表3の番号8部分は、本件実験の結果という事実及びそれを踏まえた仮説という自然科学上のアイデアなど表現それ自体ではないもの、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表3の番号8部分は、著作物に該当しない。
(ケ)番号9
 原告報告書対比表3の番号9部分は、前頭葉は行動の抑制に関する機能を有し、頭頂葉は行動の促進に関する機能を有するという先行研究からも、仮説が支持されること、情報板への情報提示に対し、前頭前野は、アクセルを踏む行為を抑制する際に活動しているという仮説が考えられること、前頭葉の活動の有無により、情報板が運転行動を変化させる契機となっているか否かを判断することができる可能性があること、情報板の提示内容の違いは、道路運転の経験も関与している可能性があること、以上を客観的に説明するものである。
 そうすると、原告報告書対比表3の番号9部分は、先行研究による科学的な知見や本件実験の結果という事実やそれらを踏まえた仮説という自然科学上のアイデア、又はありふれた表現にすぎないから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、原告報告書対比表3の番号9部分は、著作物に該当しない。
エ 別紙対比表4
(ア)番号1
 原告報告書対比表4の番号1部分は、上記ア(番号1)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、著作物に該当しない。
(イ)番号2
 原告報告書対比表4の番号2部分は、上記ア(番号2)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、著作物に該当しない。
(ウ)番号3(総括部分)
 原告報告書対比表4の番号3部分は、上記ア(番号3)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、著作物に該当しない。
(エ)番号4
 原告報告書対比表4の番号4部分は、上記ウ(番号6)と同様の記載であるから、上記ウと同様の理由により、著作物に該当しない。
(オ)番号5
 原告報告書対比表4の番号5部分は、上記ウ(番号7)と同様の記載であるから、上記ウと同様の理由により、著作物に該当しない。
(カ)番号6
 原告報告書対比表4の番号6部分は、上記ウ(番号8)と同様の記載であるから、上記ウと同様の理由により、著作物に該当しない。
(キ)番号7
 原告報告書対比表4の番号7部分は、上記ウ(番号9)と同様の記載であるから、上記ウと同様の理由により、著作物に該当しない。
オ 別紙対比表5
(ア)番号1
 原告報告書対比表5の番号1部分は、上記ア(番号2)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、著作物に該当しない。
(イ)番号2(総括部分)
 原告報告書対比表5の番号2部分は、上記ア(番号3)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、著作物に該当しない。
(ウ)番号3
 原告報告書対比表5の番号3部分は、上記ア(番号4)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、著作物に該当しない。
(エ)番号4
 原告報告書対比表5の番号4部分は、上記ア(番号5)と同様の記載であるから、上記アと同様の理由により、著作物に該当しない。
カ まとめ
 以上によれば、原告報告書の本文部分は、いずれも著作物に該当しないものと認めるのが相当である。その他に、原告の主張及び提出証拠を改めて検討しても、高度な専門的かつ科学的知見等を客観的に示す原告報告書の内容、性質等を踏まえると、前記判断を左右するに至らない。
 したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
(3)写真及び図表の著作物性
 原告は、原告報告書に掲載された写真及び図表のうち、本件図4ないし8、図13、図16〜22、図33〜36にそれぞれ創作性が認められる旨主張するため(原告準備書面第4回参照)、以下、原告報告書に記載された順に従って、その著作物性の有無を検討する。
ア 本件図4について
 証拠(甲3〔7頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図4は、本件実験に用いる実験車内の機器設定の状況を示すために、その右側面(本件図4A)及び後方(本件図4B)から実験車両を撮影したものであり、いずれも、実験車両の外観や機器の状況を視覚的に端的に理解することができるように、被写体の状況を踏まえ、構図、撮影ポジション・アングルの選択、明るさ等を工夫して撮影したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図4は、上記の工夫において創作性を認めるのが相当であるから、写真の著作物に該当するものといえる。
イ 本件図5について
(ア)本件図5(写真部分)について
 証拠(甲3〔7頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図5(写真部分)は、本件実験に用いられたDS及びfNIRSの形状等を示すために、被験者がシミュレーションを実施中のDSの外観を左後方からそれぞれ撮影したものであり、DSが実車乗車時と同様の視界や道路環境を再現したものであることを視覚的に端的に理解することができるように、被写体の状況を踏まえ、構図、撮影ポジション・アングルの選択、明るさ等を工夫して撮影したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図5(写真部分)は、上記の工夫において創作性を認めるのが相当であるから、写真の著作物に該当するものといえる。
(イ)本件図5(模式図部分)について
 証拠(甲3〔7頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図5(模式図部分)は、DSの全体像と設定を示すために、平面図の方式で、線と四角形、三角形及び円等をもって、本件実験に用いられたDS及びfNIRSの状況を模式図として簡潔に説明するものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図5(模式図部分)は、実験状況を簡潔に説明するために通常の模式図を利用するものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図5(模式図部分)は、著作物に該当しない。
ウ 本件図6について
 証拠(甲3〔8頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図6は、@fNIRSの計測原理の概要を示すために、人間の頭部を左側面から見た断面図を使用した上で、頭部の断面図の画像に赤や青の線を付記し、入光プローブと受光プローブの位置関係を記載したもの(図6A)と、A脳の活動とヘモグロビンの関係を示すために、動脈及び静脈の状態を簡略化して図示したもの(図6B)であることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図6Aは、頭部の断面図の画像に赤や青の線を付記したものにすぎず、また、本件図6Bは、動脈を示す赤色の管と静脈を示す青色の管を組み合わせるものにすぎず、いずれもごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図6は、著作物に該当しない。
エ 本件図7について
(ア)本件図7A及びBについて
 証拠(甲3〔10頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図7A及びBは、頭部アタッチメントを装着した様子を示すために、@本件実験に用いられた頭部アタッチメントの形状を真上から撮影したもの(図7A)及びA当該頭部アタッチメントを被験者が実際に装着した際の様子を前方、後方、右方、左方の4方向から撮影したもの(図7B)であり、いずれも、頭部アタッチメントの形状やその装着状況を視覚的に端的に理解することができるように、被写体の状況を踏まえ、構図、撮影ポジション・アングルの選択、明るさ等を工夫して撮影したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図7A及びBは、上記の工夫において創作性を認めるのが相当であるから、写真の著作物に該当するものといえる。
(イ)本件図7Cについて
 証拠(甲3〔10頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図7Cは、頭部アタッチメントを被験者の頭部に装着した際の状況を3D−MRIにより撮影した図であり、人間の頭部を前方、後方、右方及び左方の4方向から撮影した上で、当該頭部の該当箇所に位置する計測チャンネルの番号を記載したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図7Cは、3D−MRIにより機械的に表示された図に、関連する数字を端的に付記したものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図7Cは、著作物に該当しない。
(ウ)本件図7Dについて
 証拠(甲3〔10頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図7Dは、頭部アタッチメントに設置された計測チャンネルとブロードマンの領野(乙ロ45〔328頁〕参照)との対応関係を示すために、これらを模式化した図であることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図7Dは、赤、青、黄色、緑といった一般的な色彩を用いて、頭部アタッチメントを上から見た際の計測チャンネルを模式図化した上で、これに対応するブロードマンの領野の各番号を記載するものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図7Dは、著作物に該当しない。
オ 本件図8について
 証拠(甲3〔11頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図8は、被験者の実験時の様子を示すために、実車運転中の被験者を左方及び右方から、それぞれ撮影したものであり、頭部アタッチメントを装着して実車を運転中の被験者の状況を視覚的に端的に理解することができるように、被写体の状況を踏まえ、構図、撮影ポジション・アングルの選択、明るさ等を工夫して撮影したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図8は、上記の工夫において創作性を認めるのが相当であるから、写真の著作物に該当するものといえる。
カ 本件図13について
 証拠(甲3〔18頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図13は、頭頂葉に位置する測定チャンネル38における実車実験の際の情報板への反応を示すために、横軸に地点(距離)、縦軸に△COE(CerebralOxygenExchangeの変化量)を記載する形式で、特定の区間における脳活動のデータをグラフ化したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図13は、計測チャンネルの位置を示すために頭部の3D画像に数字を付したり、△COEのようなデータの数量的な変化を示すために一般的な折れ線グラフを使用したりしたものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図13は、著作物に該当しない。
キ 本件図16及び20について
 証拠(甲3〔22頁、29頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図16及び20は、いずれも、脳反応の比較をするために、横軸に地点(距離)、縦軸に△COE又は進行方向への加速度を記載する形式で、頭部の3D画像をも組み合わせて、当該計測チャンネルに対応する部位の脳活動に係る△COE及び加速度の各変化を折線グラフ化したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図16及び20は、計測チャンネルの位置を示すために頭部の3D画像を使用したり、△COEや加速度のようなデータの数量的な変化を示すために一般的な折れ線グラフを使用したりしたものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図16及び20は、著作物に該当しない。
ク 本件図17について
(ア)証拠(甲3、乙ロ59の1、62及び63)及び弁論の全趣旨(第2回口頭弁論調書等参照)によれば、本件図17の作成経緯として、@本件実験において、被告I及びJは、東京大学の所有するアイトラッカーを被験者に着用させ、その状態で自動車を運転させることにより、映像データ及びドライバーの視線の座標情報を取得したこと、A上記映像データ及び座標情報は、脳の活動の計測と関係するものではないこと、B東京大学は、上記映像データ及び座標情報を持ち帰り、これらを解析した上で合成した動画(以下「本件動画」という。)を作成したこと、Cその後、東京大学は、本件動画を原告に共有したこと、D原告は、本件動画の一部をトリミングして静止画を作成し、本件図17を作成したこと、E本件図17は、本件実験の結果、脳活動の亢進が始まったと考えられる664m地点において、被験者から情報板が視覚的に確認できることを示すために、同地点における実験車両から前方の視界を示したものであること、以上の事実が認められる。
 上記認定事実によれば、本件動画は、原告が担当していた脳の活動の計測等とは関係なく、東京大学が、自らの研究目的のために、自らが準備した機材を用いて取得した映像及びデータを解析・統合し、これを編集して作成したものであることが認められる。そうすると、本件動画に創作性が認められるとしても、これに関与したのは東京大学であるから、その著作権は、東京大学に帰属するというべきである。
 これに対し、原告は、アイトラッカーを被験者に装着させるに当たって、fNIRSとの干渉を避けるために原告の従業員が調整を行った旨主張するものの、これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。仮に、原告が主張するとおり、原告の従業員が上記調整に関与していたとしても、上記認定に係る本件動画の撮影目的や撮影経緯に照らせば、当該従業員は、fNIRSとの干渉を避ける限度で付随的な調整をしたにすぎず、本件動画の製作に創作的に関与したものとはいえないから、創作性に関する上記判断を左右するものとはいえない。
(イ)そして、上記認定事実によれば、本件図17は、本件動画の一部をトリミングしたものにすぎないことが認められることからすると、本件動画について原告に著作権が帰属しない以上、本件図17についても原告に著作権が帰属するものとはいえない。
 したがって、本件図17は、原告に著作権が帰属しない以上、原告の著作権侵害が成立する余地はない。
 これに対し、原告は、本件動画という連続する膨大な映像の中から本件図17の映像を選択する作業は、自動車の走行中に、適切と判断した瞬間に写真を撮影する行為と実質的に同じであるとして、仮に本件動画の著作権が東京大学に帰属するとしても、本件図17には二次的著作物としての著作物性が認められる旨主張する。
 しかしながら、前記認定事実によれば、本件図17は、本件実験の結果、脳活動の亢進が始まったと考えられる664m地点において、被験者から情報板が視覚的に確認できることを示すために、同地点における実験車両から前方の視界を示したものであることが認められる。そうすると、本件図17は、本件動画から特定の地点のものを選択したものにすぎないことからすると、その選択自体に個性等が表出しているものとはいえず、これに二次的著作物としての創作性を認めることはできない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
ケ 本件図18及び21について
 証拠(甲3〔25頁、30頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図18及び21は、いずれも、特定の計測チャンネルにおける、非表示の場合と渋滞表示の場合の△COEの平均波形の比較を示すために、横軸に地点(距離)、縦軸に△COE又は進行方向への加速度を記載する形式で、頭部の3D画像をも組み合わせて、当該計測チャンネルに対応する部位の脳活動に係る△COE及び加速度の各変化を折線グラフ化したものであり、本件図16及び20と同種の図であることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図16及び20(前記キ)において説示したところは、これと同種の本件図18及び21にも当てはまるというべきである。
 したがって、本件図18及び21は、著作物に該当しない。
コ 本件図19及び22について
 証拠(甲3〔27頁、31頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図19及び22は、実車実験及びDS実験のいずれにおいても、「渋滞」表示又は「工事」表示に対する脳反応のパターンが共通することを示すために、横軸に地点(距離)、縦軸に△COE又は進行方向への加速度を記載する形式で、頭部の3D画像をも組み合わせて、当該計測チャンネルに対応する部位の脳活動に係る△COE及び加速度の各変化を折線グラフ化したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図19及び22は、計測チャンネルの位置を示すために頭部の3D画像を使用したり、△COEや加速度のようなデータの数量的な変化を示すために一般的な折れ線グラフを使用したりしたものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図19及び22は、著作物に該当しない。
サ 本件図33について
 証拠(甲3〔48頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図33は、解析方法として、ドライバーが速度計を目視している区間を解析区間として設定したことや、脳活動を解析する指標として△COEを、行動データを解析する指標としてアクセル開度を選択したことを説明するために、その解析データの算出に係るイメージをグラフ化したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図33は、その算出イメージを一般的な折れ線グラフを使用して示したものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図33は、著作物に該当しない。
シ 本件図34について
 証拠(甲3〔49頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図34は、アクセル開度の増減と各計測チャンネルにおける△COEの平均変化量の関係をグラフ化したものであり、その形式や色合い等において特色となるような点はなく、ごく一般的な棒線グラフにすぎないことが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図34は、ごく一般的な棒線グラフにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図34は、著作物に該当しない。
ス 本件図35について
 証拠(甲3〔50頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図35は、アクセル開度増加群と減少群とで共通して△COEがプラス値を示した脳の部位(計測チャンネル)を示すために、青、緑、オレンジなどといった一般的な色の円の中に数字を示した図を、頭部の3D画像に付記したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図35は、ありふれた図を頭部の3D画像に付記したものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図35は、著作物に該当しない。
セ 本件図36について
(ア)一番左側の頭部の画像(以下「本件図36(画像部分)」という。)について
 証拠(甲3〔51頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図36(画像部分)は、アクセル開度増加群と減少群とで△COEに有意な差があった脳の部位(計測チャンネル)を示すために、青や緑といった一般的な色の円の中に数字を示した図を、頭部の3D画像に付記したものであり、本件図35と同種のものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図35(前記ス)において説示したところは、これと同種の本件図36(画像部分)にも当てはまるというべきである。
 したがって、本件図36(画像部分)は、著作物に該当しない。
(イ)残りの3つのグラフ(以下「本件図36(グラフ部分)」という。)について
 証拠(甲3〔51頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、本件図36(グラフ部分)は、3つのグラフから成るところ、いずれも、アクセル開度の増加群が減少群に比較して、△COEに有意な差があった脳の部位(計測チャンネル)につき、その差を視覚的に明らかにするために、それぞれの変化量を棒グラフ化したものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件図36(グラフ部分)は、数値の比較を行う際に一般的な棒グラフを使用したものにすぎず、ごくありふれた表現にとどまるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない。
 したがって、本件図36(グラフ部分)は、著作物に該当しない。
ソ 以上によれば、原告報告書のうち、本件図4、5(写真部分)、図7A及びB、図8(以下、併せて「原告各著作物」という。)については著作物性が認められ、かつ、原告がその著作権を有するものと認められる。その他に、原告のその余の主張及び原告提出の証拠を改めて検討しても、上記において説示した当該図の内容、性質等を踏まえると、前記判断を左右するに至らない。
 したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
3 点1−1−2(原告報告書は職務著作として、被告中日本エンジ東京にその著作権が帰属するか。)
 被告NEXCO中日本グループは、原告報告書は、原告が被告中日本エンジ東京の指揮監督を受けて作成したものであるため、職務著作に当たる旨主張する。
 しかしながら、前記認定事実及び弁論の趣旨によれば、@原告報告書は、被告中日本エンジ東京と原告との間で締結された本件個別請負契約に基づき完成した成果物として、受注者である原告が、実車及びDSで運転中のドライバーの脳活動データを収集・解析した上で作成したものであること、A本件個別請負契約は、原告、被告中日本エンジ東京及び東京大学による本件実験・研究の一環として締結されたものであるところ、本件実験・研究において、原告、被告中日本エンジ東京、東京大学はそれぞれが有する知見や技術、施設や機器に応じ、それぞれの役割を果たすことが求められていたこと、B本件個別請負契約上、原告が上記成果物を作成するに当たって被告中日本エンジ東京の指揮監督を受けるべきことを定めた規定は存在せず、現に、原告は、原告報告書の作成に当たって、被告中日本エンジ東京から、その内容につき特段の指示を受けていないものと認められること、C被告中日本エンジ東京において成果物である原告報告書を公表するに当たっては、原告の事前の書面による了解が必要であり、自由に公表することはできないものとされていたこと、以上の各事実が認められる。
 上記認定事実によれば、原告報告書は、原告において被告中日本エンジ東京を発注者とする請負契約の成果物として作成されたものであり、その内容についてみても、原告において、自ら有する知見を駆使しながら、被告中日本エンジ東京から独立した立場で科学的なデータの収集及び解析を行って作成したものと認められる。
 そうすると、原告報告書は、被告中日本エンジ東京の発意に基づくものであるということはできず、被告中日本エンジ東京の業務に従事する者が職務上作成したものであるともいえない。
 したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告報告書が職務著作に当たるものとは認められず、被告NEXCO中日本グループの主張は、いずれも採用することができない。
4 争点1−1−3(共同著作物性)
 被告NEXCO中日本グループは、原告報告書については、本件実験・研究に係る成果物の発表のために、被告中日本エンジ東京の指揮命令下において、原告従業員が作成したものであり、原告及び被告中日本エンジ東京が共同して作成したものと評価できるから、原告及び被告中日本エンジ東京の共同著作物に当たる旨主張する。
 しかしながら、原告は、被告中日本エンジ東京から特段の指示を受けることなく、独立した立場で原告報告書を作成したことは、上記において説示したとおりである。そうすると、原告は、被告中日本エンジ東京と共同で原告報告書を作成したものとはいえず、被告NEXCO中日本グループの主張は、その前提を欠くものといえる。
 したがって、被告NEXCO中日本グループの主張は、いずれも採用することができない。
5 争点1−1−4(著作権侵害の成否)
(1)複製権・翻案権侵害
ア 認定事実
 原告報告書のうち、原告各著作物(本件図4、本件図5(写真部分をいう。以下同じ。)、本件図7A及び図7B(以下、単に「図7」という。)、本件図8)に限り、著作物性を認めることができるところ、次のとおり、被告各論文には、これらの写真が掲載されていることが認められる。
(ア)本件図4について
 証拠(甲4ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、@被告論文1には、別紙対比表6の番号1「被告論文(1)」欄記載の写真が掲載されていること、A被告論文2には、別紙対比表7の番号1「被告論文(2)」欄記載の写真が掲載されていること、B被告論文3には、別紙対比表8の番号1「被告論文(3)の原文」欄記載の写真が掲載されていること、C被告論文4には、別紙対比表9の番号1「被告論文(4)の原文」欄記載の写真(以下、上記に掲げた各写真を「被告写真1」と総称する(別紙被告写真目録1参照)。)が掲載されていること、以上の各事実が認められる。
(イ)本件図5について
 証拠(甲4ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、@被告論文2には、別紙対比表7の番号3「被告論文(2)の原文」欄記載の写真(以下「被告写真2−1」という(別紙被告写真目録記載2−1参照)。)が掲載されていること、A被告論文3には、別紙対比表8の番号12「被告論文(3)の原文」欄記載の写真(以下「被告写真2−2」といい(別紙被告写真目録記載2−2参照)、被告写真2−1と併せて「被告写真2」と総称する。)が掲載されていること、以上の各事実が認められる。
(ウ)本件図7について
 証拠(甲4ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、@被告論文1には、別紙対比表6の番号3「被告論文(1)」欄記載の写真が、A被告論文2には、別紙対比表7の番号5「被告論文(2)の原文」欄記載の写真が、B被告論文3には、別紙対比表8の番号3「被告論文(3)の原文」欄記載の写真が、C被告論文4には、別紙対比表9の番号3「被告論文(4)の原文」欄記載の写真が、D被告論文5には、別紙対比表10の番号2「被告論文(5)の原文」欄記載の写真(以下、上記に掲げた各写真を「被告写真3」と総称する(別紙被告写真目録記載3参照)。)が、それぞれ掲載されていることが認められる。
(エ)本件図8について
 証拠(甲4ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、@被告論文1には、別紙対比表6の番号6「被告論文(1)」欄記載の写真が、A被告論文2には、別紙対比表7の番号2「被告論文(2)の原文」欄記載の写真が、B被告論文3には、別紙対比表8の番号6「被告論文(3)の原文」欄記載の写真が(以下、これらの各写真を「被告写真4」と総称し(別紙被告写真目録記載4)、被告写真1〜3と併せて「被告各写真」という。)が、それぞれ掲載されていることが認められる。
イ 依拠の有無
 前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被告執筆者らは、原告から直接又は間接的に、原告各著作物が掲載された原告報告書を共有していることが認められる。そうすると、被告執筆者らは、原告各著作物とほぼ同一内容の被告各写真を利用している事情を踏まえても、被告執筆者らは、原告各著作物に依拠して、被告各写真を被告各論文に掲載したものと認めるのが相当である。
 これに対し、被告らは、被告各論文に掲載された原告各著作物の一部につき、原告報告書が提出される以前に公表された各資料(乙ロ12、19ないし23、26)に記載された写真及び図表を利用したものであり、原告報告書に依拠して作成されたものではない旨主張する。
 しかしながら、本件各写真の著作権が原告に帰属することは、既に説示したとおりであるところ、証拠(乙ロ12、19ないし23、26)及び弁論の全趣旨によれば、上記各資料において掲載された各写真は、本件図4、5、7及び8と同一の写真又は本件図4の写真の縦横の比率を変更したものにすぎないことが認められる。そうすると、上記各資料において掲載された各写真は、いずれも原告各著作物と創作的表現において同一のものであるといえる。したがって、被告らの主張を前提としても、被告執筆者らは、本件図4、5、7及び8の創作的表現部分に依拠して被告各写真を被告各論文に掲載したものといえるから、被告らの主張は、いずれにしても、依拠性を否定するものとはならない。
 以上によれば、被告らの主張は、採用することができない。
ウ 侵害の成否
 証拠(甲4ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、被告各写真は、原告各著作物と同一のもの又は原告各著作物の縦横の比率若しくは画素数等を若干変更したものにすぎず、原告各著作物を有形的に再製したものと認めるのが相当である。仮に、写真に付記された文字等の存否の相違点を踏まえても(本件図5と被告写真2−1、本件図7と被告写真3、本件図8と被告写真4各参照)、上記相違点は、新たに創作性を付与するものとはいえず、仮に創作性を付与するという立場を採用したとしても、被告各写真は、原告各著作物の表現上の本質的な特徴を維持するものであることは明らかであるから、いずれにしても翻案に該当し、著作権侵害の結論自体を左右するものとはいえない。
 したがって、被告各写真の掲載は、原告各著作物に係る著作権侵害を構成するものと認められる。
エ まとめ
 以上によれば、被告各論文は、次に掲げる被告各論文の区分に従い、それぞれ当該各号に定める原告各著作物につき、複製したものと認められる。
(ア)被告論文1本件図4、本件図7、本件図8
(イ)被告論文2本件図4、本件図5(写真部分)、本件図7、本件図8
(ウ)被告論文3本件図4、本件図5(写真部分のうち左側)、本件図7、本件図8
(エ)被告論文4本件図4、本件図7
(オ)被告論文5本件図7
(2)公衆送信権侵害
 原告は、被告執筆者らにおいて被告各論文が出版社のウェブページに掲載されることを意図して、出版社に対し同ウェブページに被告各論文を投稿又は掲載させたとして、被告執筆者らは原告報告書に係る原告の公衆送信権を侵害する旨主張する。
 しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被告執筆者らは、出版社に対し、被告各論文を提供したにすぎず、被告各論文をウェブページに掲載したのは、当該出版社であることが認められ、本件全証拠によっても、被告執筆者らが上記掲載の主体であるとまで認めるに足りる事情をうかがうことはできない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
6 争点1−2−1(適法な引用に当たるか(図表及び写真に関して))
(1)他人の著作物は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われる場合には、これを引用して利用することができる(著作権法32条1項)。そして、その要件該当性を判断するには、引用される著作物の内容及び性質、引用の目的、その方法や態様、著作権者に及ぼす影響の程度等の諸事情を総合考慮して、社会通念に照らし判断するのが相当である。
(2)これを本件についてみると、証拠(甲4ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、被告各論文に掲載された被告各写真は、本件実験の状況を明らかにするために掲載されたものであるところ、被告各論文においては、本文中にも、被告各写真の掲載部分にも、その出典は何ら示されておらず、その他に、被告各写真が原告報告書から転載されたものであることを示す記載は、一切存在しないことが認められる。
 これらの事情を踏まえると、被告各論文における原告各著作物の引用は、その態様に照らし、公正な慣行に合致するものと認めることはできない。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。
7 争点1−2−2−1(原告による明示的な許諾の有無)
(1)被告Gらは、原告報告書が本件共同研究契約30条4項にいう「研究成果」に該当するという見解に立ち、原告報告書の公表から1年間の経過により、被告らにおいて自由に公表することができる旨主張する。
 そこで検討するに、本件共同研究契約1条1号によれば、上記にいう「研究成果」とは、同契約6条に従って作成される「実績報告書」において成果として確定されたものと規定している。そして、同契約6条2項によれば、「実績報告書」とは、原告及び東京大学が双方協力して、共同研究終了日後30日以内及び共同研究の期間中に必要と認められるときに、共同研究の期間中に得られた研究の成果を、とりまとめたものという旨規定している。
 これを本件についてみると、前記認定事実によれば、原告報告書は、原告の単独名義で作成されており、東京大学と共同で作成されたという体裁には一切なっていないこと、被告Gらは、執筆に直接関与しておらず、また、原告の執筆した原稿を一切確認していないこと、原告報告書は、完成後、原告から被告NEXCO中日本に対してのみ送付されており、東京大学には、送付されていないこと、東京大学は、その後、被告NEXCO中日本から原告報告書を共有されていること、以上の各事実が認められる。
 上記認定事実によれば、原告報告書は、原告及び東京大学が双方協力して作成したものではなく、原告が単独で作成したものであるから、本件共同研究契約6条2項に規定する「実績報告書」に該当しないことは明らかである。
 実質的にみても、前記認定事実によれば、原告報告書は、原告が本件個別請負契約に基づき、被告中日本エンジ東京の依頼を受けて完成した成果物であるから、原告報告書が、同時に、本件個別請負契約の当事者ではない東京大学との共同研究の成果にも当たるというのは、原告報告書の上記の作成経過に照らし、それ自体不自然である。
 そうすると、原告報告書が上記にいう「実績報告書」に該当しない以上、その内容は、上記にいう「研究成果」に該当しないものといえる。したがって、被告Gらの主張は、採用することができない。
(2)被告Gらの主張
ア 被告Gらは、本件共同研究契約6条2項につき、被告Iその他の研究者がドライバーの運転挙動に関する分析を担当しており、原告のみでは原告報告書を作成することはできなかったなどとして、被告Gらも原告報告書の作成に関与した旨主張する。
 しかしながら、被告Gらの主張を前提としても、原告報告書は、原告及び東京大学が双方協力して作成されたものではないのであるから、原告報告書は、「実績報告書」とはいえず、その内容も「研究成果」とはいえないことは、上記において説示したとおりである。そうすると、被告Gらの主張は、本件共同研究契約に規定する「研究成果」の意義を正解しないものに帰する。
 したがって、被告Gらの主張は、採用することができない。
イ 被告Gらは、仮に原告報告書が「実績報告書」に該当しないとすれば、成果物が存在しなくなる旨主張する。
 しかしながら、前記認定事実によれば、先行共同研究契約においても、実績報告書の作成についての規定が存在するにもかかわらず、実際には、実績報告書は作成されなかったことが認められるのであるから(被告I〔5頁〕)、
 このような経過に照らすと、本件共同研究契約において実績報告書が作成されなかったことも、格別不自然なものとはいえない。のみならず、証拠(甲10、31、乙ロ52)及び弁論の全趣旨によれば、本件共同研究契約には、原告報告書提出に係る対価の定めはなく、本件共同研究契約は研究経費及び研究料が0円となっており、しかも、東京大学が原告に対し本件共同研究契約に基づく報告書の提出を求めたような事実もうかがわれないことを踏まえると、上記の事情は、原告が主張するように、かえって本件共同研究契約が名目的なものであったことを裏付けるものといえる。したがって、被告Gらの主張は、採用することができない。
ウ 被告Iは、「実績報告書」という題名ではないものの、本件共同研究契約にいう「実績報告書」に相当する資料が複数作成された旨供述し(被告I〔20頁以下〕)、当該資料に基づき公表することができる旨主張する。
 そこで検討するに、被告Iの上記供述は、資料の作成に当たって事前に内容を互いに確認・修正していない場合であっても、その後に資料が共有されたときは、当該資料は「実績報告書」に該当する趣旨をいうものである(被告I〔27頁〕)。しかしながら、本件共同研究契約6条2項末尾は「報告書をとりまとめるものとする」と規定しているのであって、単に資料を事後的に共有することが、上記にいう「とりまとめる」に該当しないことは、もとより自明である。
 そうすると、被告Iの上記供述を踏まえても、前記認定は動くものではない。したがって、被告Iの主張は、採用することができない。
8 争点1−2−2−2(原告による黙示の承諾の有無)
(1)被告らは、原告において被告NEXCO中日本グループ及び東京大学が原告報告書の内容を使用することにつき、黙示に承諾をしていた旨主張する。
 しかしながら、前記前提事実によれば、原告と被告中日本エンジ東京は、本件個別請負契約を締結するに当たり、本件基本請負契約の内容を修正することとし、成果品の内容を受注者の承諾なく自由に公表することができる旨規定する本件基本請負契約第6条各項の適用をあえて除外し、本件個別請負契約には、双方の機関で研究成果の公表を希望する者は、事前に公表内容を書面にて通知し、相手方の事前の書面による了解を得て、連名にて公表することができる旨の規定を設けていたことが認められる。
 上記認定事実によれば、原告と被告中日本エンジ東京は、本件個別請負契約において、研究成果の公表には、書面による事前の同意を要する旨規定したものと認められるのであるから、当該規定があえて設けられた経緯及び趣旨目的に鑑みると、本件個別請負契約は、黙示の承諾による研究成果の公表を認めないものと解するのが相当である。
 したがって、黙示の承諾をいう被告らの主張は、そもそも上記規定の趣旨を正解するものとはいえず、いずれも採用することができない。
(2)被告らの主張
ア 被告らは、原告自身、本件実験・研究につき論文を発表することができることに相当強い関心を持っており、そのような関心に基づき、双方が外部発表できるよう契約の規定が修正されたことからしても、原告は、本件共同研究により得られたデータ等を相互に利用することを当然の前提としていたことが裏付けられる旨主張する。
 しかしながら、上記において説示したとおり、前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、本件基本請負契約においては、発注者である被告中日本エンジ東京は、受注者である原告の承諾なく、自由に成果品を公表することができる旨規定されていたのに対し(6条3項)、原告の要望により、本件個別請負契約においては、公表については相手方の事前の書面による了解が必要である旨改められたことが認められることからすれば、むしろ、原告としては、原告報告書の内容を、原告以外の第三者が発表することについては、消極的であったことが認められる。そうすると、被告らの主張は、本件個別請負契約の締結の経緯と整合するものとはいえない。
イ 被告らは、原告が、乙ロ22論文につき、Jが事前に共有した発表資料(乙ロ28)の中に原告作成の図が掲載されていることを留保することなく、むしろ、その内容の修正を指摘していることからすると、原告は、本件実験・研究により得られたデータ等を相互利用することを当然の前提としていた旨主張する。
 しかしながら、前記認定事実によれば、乙ロ22論文は、共同執筆者の中でもJが主体となって作成・発表したものであることは認められるものの、原告代表者や原告元社員のKもその共同執筆者とされているのであるから、仮に乙ロ22論文において原告の著作物の利用が許諾されていたとしても、その事情は、本件とは異なるものである。そうすると、上記事情は、原告が一切関与しない被告各論文においてまで、原告が原告各著作物の利用を被告らに許諾していたことを裏付けるものとはいえない。
ウ 被告らは、平成24年以降、原告と被告らの間では、相互に資料を共有しており、明示的な許諾がなくとも、各自が取得したデータや作成した写真などを利用することが許容されていたなどとして、黙示の承諾があった旨主張する。
 しかしながら、前記認定事実によれば、原告と被告らは、脳科学作業部会において、相互に資料(乙30、31)を共有していたことが認められるものの、三社間で資料の共有が行われていた事実から、直ちに、原告が当該資料を自由に対外的に使用することまで許諾していたということはできない。
 しかも、前記認定事実によれは、被告NEXCO中日本グループ、原告及び東京大学は、先行実験・研究の頃から、互いに取得したデータ等を相互に利用しながら、その研究成果を論文や資料の形式で対外的に発表していることが認められるものの、それらの論文や資料は、いずれも、被告NEXCO中日本グループ、原告及び東京大学の三者が執筆者として関与して作成されたものであって、原告代表者自身が重複を理由として執筆者として記載されることを拒否した論文(乙ロ20)を除き、原告代表者や原告の従業員が執筆者となっていない論文についてのものではない。そうすると、被告ら主張に係る事情は、原告において、原告代表者や原告の従業員が執筆者となっていない原告報告書についてまで使用を黙示的に承諾していた事実を推認させるものとはいえず、その他に、当該事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
エ その他に、被告らの主張を改めて検討しても、本件個別請負契約の規定を踏まえると、前記判断を左右するものとはいえない。したがって、被告らの主張は、いずれも採用することができない。
9 争点1−3−1(被告会社らの共同不法行為責任)について
 原告は、被告各論文につき、被告NEXCO中日本が中心となった上で、子会社である被告中日本エンジ東京及び被告中日本エンジ名古屋が加担して投稿、発表されたものであるから、被告会社らは、被告執筆者らによる著作権侵害につき共同不法行為責任を負う旨主張する。
 そこで検討するに、前記認定事実及び後掲証拠並びに弁論の全趣旨によれば、@被告各論文は、本件実験の結果を踏まえて作成、投稿されたものであるところ、本件実験は、もともと、被告会社らにおいて、高速道路におけるより効率的な交通事故防止対策を構築することを目的として実施されたものであること(甲2、9の1、弁論の全趣旨)、A実際にも、被告執筆者らは、被告各論文において、被告会社らにおける肩書及びメールアドレスをも併せて表示していること(甲4ないし8)、Bただし、被告論文1ないし3及び5については、被告中日本エンジ東京の従業員である被告Eは、執筆者とされていないこと、以上の各事実が認められる。
 上記認定事実によれば、被告D、被告E及び被告Fは、それぞれ、自らが各所属する被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ東京及び被告中日本エンジ名古屋における事業の執行として被告各論文を執筆、投稿したものと認められる。そうすると、被告会社らは、民法715条に基づく使用者責任を負うものと認められるところ、被告論文1ないし3及び5については、被告中日本エンジ東京は、その従業員である被告Eを執筆者として関与させていないことからすれば、被告中日本エンジ東京は、被告論文4に限り、上記使用者責任を負うものと認めるのが相当である。
 そうすると、被告会社らは、上記の限度で使用者責任をそれぞれ負うものと認めるのが相当である。
 そして、前記前提事実及び認定事実によれば、@被告中日本エンジ東京及び被告中日本エンジ名古屋は、被告NEXCO中日本の子会社であること、A被告会社らは、平成24年以降、一連の実験・研究を共同して実施していること、B被告会社らは、いずれも、その従業員を被告各論文の執筆に従事させていること、以上の各事実が認められる。
 上記認定事実によれば、原告各著作物に係る著作権侵害及び著作者人格権侵害は、被告会社らも、被告中日本エンジ東京における被告論文1ないし3及び5を除き、客観的に関連し共同でなされたものと認められる。
 したがって、被告会社らは、上記の限度で共同不法行為責任を負うものと認めるのが相当である。
10 争点1−3−2(被告Eの共同不法行為責任)
 原告は、被告各論文は原告報告書に記載された一連の実験・研究に基づくものであり、被告各論文に携わった全執筆者で原告報告書をどのように分割するかを協議し、各論文の記載内容を確認した上で個々の論文を投稿したはずであるから、被告各論文のいずれについても、被告各論文の全執筆者による共謀の結果、投稿されたものと評価できるとして、被告Eは、形式的には、被告論文4においてのみ執筆者とされているものの、被告各論文全てにつき、共同不法行為責任を負う旨主張する。
 しかしながら、被告各論文が一連の実験・研究に基づくものであるとしても、当然に、被告Eが、自らが執筆者として掲載されていない被告論文1ないし3及び5に原告各著作物の複製物が掲載されることにつき、現に認識し又は認識すべきであったものと認めることはできない。そして、本件全証拠によっても、被告Eが被告論文1ないし3及び5の作成又は執筆に関与していたものと認めるに足りず、同各論文につき、執筆者ではない被告Eが不法行為責任を負うものと認めるのは相当ではない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
11 争点1−3−3(被告Hの共同不法行為責任)
 原告は、被告Hについても、形式的には被告論文1及び5においてのみ執筆者とされているものの、被告各論文全てにつき共同不法行為責任を負う旨主張するものの、原告の主張が採用できないことは、前記争点1−3−2において説示したところと同様である。したがって、原告の主張は、採用することができない。
12 争点2(著作者人格権侵害の成否)
(1)本文部分及び原告各著作物以外の図・写真について
 前記争点1−1−1において説示したとおり、原告報告書のうち、原告各著作物以外の部分については、そもそも著作物性が認められない以上、これらについては、著作者人格権侵害が成立する余地はない。
(2)原告各著作物について
ア 氏名表示権について
 前記において説示したとおり、被告執筆者らは、それぞれ、原告各著作物を被告各論文に掲載するに当たり、著作者である原告の氏名を表示していないことが認められる。そうすると、被告執筆者らは、原告各著作物に係る原告の氏名表示権を侵害したものと認められる。
イ 公表権侵害について
 被告執筆者らは、原告各著作物が公表されていない時点で、被告各論文の発表という形式でこれらを公表したことが認められるから、被告執筆者らは、原告各著作物に係る公表権を侵害したものと認められる。
ウ 同一性保持権について
 前記において説示したとおり、原告各著作物と被告各写真には、それぞれ、微細な相違点は存在するものの、それらの相違点は、いずれも軽微なものにとどまり、創作的表現の同一性を損なうものとはいえず、通常の著作者にとって名誉感情が害される程度のものではない。そうすると、被告各論文は、原告各著作物を改変したものと認めることはできず、原告各著作物に係る原告の同一性保持権を侵害するものということはできない。
13 争点3−1(被告中日本エンジ東京による債務不履行の有無)について
 原告は、被告執筆者らによる被告各論文の執筆及び投稿が被告中日本エンジ東京による本件個別請負契約に係る債務不履行に当たる旨主張する。
 しかしながら、被告論文1ないし3及び被告論文5については、被告中日本エンジ東京の従業員である被告Eがそもそも執筆及び投稿したものではないから、被告中日本エンジ東京が債務不履行責任を負う余地はない。そして、証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば、被告論文4については、被告Eが、執筆及び投稿をしているところ、飽くまで学術的、専門的知見に基づく自身の考察の結果を明らかにするものとして、個人名で執筆及び投稿しているのであるから、被告中日本エンジ東京は、使用者責任を負うのは格別、これを執筆及び投稿したものと同視して、同契約に基づく債務不履行責任を負うものと認めることはできない。
 そうすると、被告執筆者らが被告各論文を作成・投稿したことをもって、被告中日本エンジ東京において本件個別請負契約に係る債務不履行があったということはできない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
14 争点3−2−1(被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋の責任の有無)について
 原告は、被告執筆者らによる被告各論文の投稿・執筆が被告中日本エンジ東京による本件個別請負契約に係る債務不履行に当たることを前提として、被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋も債務不履行責任を負う旨主張する。
 しかしながら、前記争点3−1において説示したとおり、被告中日本エンジ東京は本件個別請負契約に基づく債務不履行責任を負わない以上、原告の主張は、前提を欠く。そもそも、被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋は、本件個別請負契約の契約主体ではなく、同契約に基づく債務不履行責任を負う余地はない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
15 争点3−2−2(被告D、被告E及び被告Fの責任の有無)について
 原告は、被告執筆者らによる被告各論文の投稿・執筆が被告中日本エンジ東京による本件個別請負契約に係る債務不履行に当たることを前提として、被告D、被告E及び被告Fも当該債務不履行責任を負う旨主張するものの、その理由がないことは、前記争点3−2−1において説示したところと同様である。
 したがって、原告の主張は、採用することはできない。
16 争点3−2−3(被告Gらの責任の有無)について
 原告は、被告執筆者らによる被告各論文の投稿・執筆が被告中日本エンジ東京による本件個別請負契約に係る債務不履行に当たることを前提として、被告Gらも当該債務不履行を負う旨主張するものの、その理由がないことは、前記争点3−2−1及び3−2−2において説示したところと同様である。
したがって、原告の主張は、採用することはできない。
17 争点4(差止め等の必要性)
(1)前記において説示したところによれば、被告各論文のうち、著作権侵害及び著作者人格権が成立するのは、被告各写真の限度にすぎないことが認められる。
 そして、被告各写真は、いずれも、本件実験において用いられた実験車両やDS、頭部アタッチメントの状況等を客観的に明らかにするために、被告各論文に「図」や「Fig」として挿入されたものであり、全体に占める分量も限定的であることや、被告各論文から被告各写真に限り削除することが技術的に困難であるとも認められない。
 そうすると、被告らによる著作権又は著作者人格権の侵害行為を停止するために必要な措置としては、被告各論文全体ではなく、被告各論文のうち、被告各写真の使用の停止及びその予防を認める限度で足りると認めるのが相当である。
 したがって、@被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iに対し、被告各写真につき、A被告Hに対し、被告写真1、3及び4の各写真につき、B被告中日本エンジ東京及び被告Eに対し、被告写真1及び3の各写真につき、その各限度で差止め等を認めるのが相当である。
(2)これに対し、被告らは、被告各論文を公衆送信しているのは出版社である旨主張するが、被告各論文の内容が原告各著作物の複製権を侵害していることは上記において説示したとおりであるから、被告らの主張は、前記判断を左右するものではない。
 また、被告らは、既に本件実験・研究に係る一連の外部発表を終了しており、今後は外部発表の予定もない以上、被告らは、著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に当たらない旨主張するが、前記認定事実及び弁論の全趣旨に係る原告各著作物の侵害の態様及び被告らにおける同種研究の継続の可能性等を踏まえると、直ちに差止めの必要性がなくなったものとはいえない。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。
18 争点5(損害)
(1)著作権侵害による損害額
ア 著作権法114条2項に基づく損害
 原告は、被告らにおいて、被告各論文の販売により100万円の利益を得たとして、被告らの著作権侵害により原告には100万円の損害が生じた旨主張する。
 しかしながら、本件全証拠によっても、被告らが、被告各論文の販売により経済的な対価を得ていたものと認めることはできない。したがって、著作権法114条2項を適用する前提を欠くものであり、同項に基づく損害を認めることはできない。
イ 著作権法114条3項に基づく損害
 原告は、原告報告書が自由に公表されることを前提とした請負代金5720万円から、共同研究名目の請負代金850万円を控除した4870万円が著作権法114条3項にいう原告報告書の使用料相当額であるとして、損害額は4870万円であると主張する。
 しかしながら、使用料相当額の算定の対象となる原告各著作物は、原告報告書の僅か一部にすぎず、本件全証拠によっても、請負代金を5720万円とする旨の合意が現実に成立していたものと認めることはできないのであるから、原告主張に係る同額を基準として、著作権法114条3項にいう原告各著作物の使用料相当額を算定するのは相当ではない。そして、前記前提事実及び認定事実によれば、原告各著作物は、本件実験における実験車両や被験者の様子を客観的に明らかにするという学術目的で撮影されたものであり、創作性の程度は必ずしも高くはないこと、被告執筆者らは、営利目的で被告各写真を複製したものではないこと、前記認定に係る被告各写真の使用態様及び期間その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告各著作物に係る著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額としては、各1万円の限度で認めるのが相当である。
(2)著作者人格権侵害について(争点2関係)
 原告各著作物の内容や性質、被告各写真の使用の目的、態様及び期間その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、著作者人格権侵害に係る慰謝料の額としては、1枚につき各1万円の限度で認めるのが相当である。
(3)以上によれば、著作権侵害及び著作者人格権侵害に基づき被告らが賠償すべき損害額は、次のとおりとなる。
ア 被告D、被告F、被告G及び被告I
 被告論文1において3枚(被告写真1、3及び4)、被告論文2及び3において各4枚(被告各写真)、被告論文4において2枚(被告写真1及び3)、被告論文5において1枚(被告写真3)の合計14枚の写真を使用したことが認められることからすると、損害額は28万円(=2万円×14)となる。
 また、本件事案の内容、難易度、審理経過及び認容額等に鑑みると、これと相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額としては、28万円の1割である2万8000円の限度で認めるのが相当である。
 そうすると、損害額の合計は、30万8000円となる。
イ 被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋被告NEXCO中日本及び被告中日本エンジ名古屋は、上記合計14枚の使用につき共同不法行為責任を負うことからすると、損害額は28万円(=2万円×14)となる。
 また、本件事案の内容、難易度、審理経過及び認容額等に鑑みると、これと相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額としては、28万円の1割である2万8000円の限度で認めるのが相当である。
 そうすると、損害額の合計は、30万8000円となる。
ウ 被告E
 被告論文4において2枚の写真(被告写真1及び3)を使用したことが認められることからすると、損害額は4万円(=2万円×2)となる。
 また、本件事案の内容、難易度、審理経過及び認容額等に鑑みると、これと相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額としては、4万円の1割である4000円の限度で認めるのが相当である。
 そうすると、損害額の合計は、4万4000円となる。
エ 被告中日本エンジ東京
 被告中日本エンジ東京は、上記合計2枚の使用につき共同不法行為責任を負うことからすると、損害額は4万円(=2万円×2)となる。
 また、本件事案の内容、難易度、審理経過及び認容額等に鑑みると、これと相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額としては、4万円の1割である4000円の限度で認めるのが相当である。
 そうすると、損害額の合計は、4万4000円となる。
オ 被告H
 被告論文1において3枚(被告写真1、3及び4)、被告論文5において1枚(被告写真3)の合計4枚の写真を使用したことが認められることからすると、損害額は8万円(=2万円×4)となる。
 また、本件事案の内容、難易度、審理経過及び認容額等に鑑みると、これと相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額としては、8万円の1割である8000円の限度で認めるのが相当である。
 そうすると、損害額の合計は、8万8000円となる。
(4)まとめ
 以上によれば、@被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iは、原告に対し、連帯して、30万8000円及びこれに対する不法行為の後の日である平成31年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし、4万4000円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による限度で被告中日本エンジ東京及び被告Eと連帯して、8万8000円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による限度で被告Hと連帯して)を、A被告中日本エンジ東京及び被告Eは、原告に対し、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iと連帯して、4万4000円及びこれに対する不法行為の後の日である平成31年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を、B被告Hは、原告に対し、被告NEXCO中日本、被告中日本エンジ名古屋、被告D、被告F、被告G及び被告Iと連帯して、8万8000円及びこれに対する不法行為の後の日である平成31年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を、それぞれ支払う義務を負うことになる。
 その他に、当事者双方提出に係る準備書面及び証拠を改めて検討しても、当事者双方の主張は、上記判断の限度で採用するのが相当であり、その余は、本人尋問の結果等を踏まえても、いずれも採用することができない。
第5 結論
 よって、原告の請求は、主文の限度で理由があるのでこれを認容することとし、その余は理由がないのでいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。なお、主文のうち第7項から第9項までを除く部分については相当ではないため、仮執行宣言を付さないこととする。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 國井陽平


(別紙)
被告論文目録1
1 論文タイトル
 Thestudyofdriver'sbrainactivityandbehaviorusingfNIRSduringactualcardriving
 (訳文)実車運転中にfNIRSを用いたドライバーの脳活動と行動研究
2 論文執筆者名
 D、F、I、H、G、X1
3 オンライン論文掲載誌
(1)オンライン掲載誌名
 201811thInternationalConferenceonHumanSystemInteraction(HSI)
(2)学会期日:2018年7月4−6日
(3)学会開催地:Gdansk、Poland
(4)発行者IEEE
(5)URL(URLは省略)
(6)DOI:以下省略
(7)オンライン掲載誌頁数pp418-424
(8)オンライン掲載年月日2018年8月13日

被告論文目録2
1 論文タイトル
 Thestudyofdriver’sreactionfortrafficinformationonactualdrivingandDSusingfNIRS
 (訳文)fNIRSを用いた実車とドライビングシュミレータに関する交通情報に対するドライバーの反応の研究
2 論文執筆者名
 D、F、I、G
3 オンライン論文掲載誌
(1)オンライン掲載誌名
 2018IEEEInternationalConferenceonComputationalIntelligenceandVirtualEnvironmentsforMeasurementSystemsandApplications(CIVEMSA)
(2)学会期日:2018年7月12−13日
(3)学会開催地:Ottawa、ON、Canada
(4)発行者IEEE
(5)URL(URLは省略)
(6)DOI:以下省略
(7)オンライン掲載誌頁数pp1-6
(8)オンライン掲載年月日2018年8月20日
以上

被告論文目録 3
1 論文タイトル
 ValidationStudyofDriver'sAttentionLevelduringActualDrivingUsingfNIRS
 (訳文)fNIRSを使用した実際の運転中のドライバーの注意レベルの検証研究
2 論文執筆者名
 D、F、I、G
3オンライン論文掲載誌
(1)オンライン掲載誌名
 the6thInternationalConferenceonDriverDistractionandInattentionDDI2018GOTHENBURGSESSION7Measurementofdistractionandinattention
(2)学会期日:2018年10月15−17日
(3)学会開催地:Gothenburg、Sweden
(4)発行者DDI
(5)URL(URLは省略)
(6)オンライン掲載誌頁数pp102-110
(7)オンライン掲載年月日2018年10月
以上

被告論文目録4
1 論文タイトル
 ValidationStudyonEvaluationofTrafficSafetyDuringActualDrivingUsingfNIRS
 (訳文)fNIRSを使用した実際の運転中の交通安全の評価に関する検証研究
2 論文執筆者名
 D、F、E、I、G
3 オンライン論文掲載誌
(1)オンライン掲載誌名
 FISITA2018WorldAutomotiveCongress、DVD、SESSION9:VCP1?ADVANCEDMOBILITYSOLUTIONSF2018-VCP-062
(2)学会期日:2018年10月2−5日
(3)学会開催地:Chennai、India
(4)発行者FISITA
(5)URL(URLは省略)
(6)オンライン掲載誌頁数pp331-340
(7)オンライン掲載年月日2018年10月
以上

被告論文目録5
1 論文タイトル
 Thestudyofdriver’sbrainactivityandbehaviouronDStestusingfNIRS
 (訳文)fNIRSを用いたドライビングシュミレータ―実験におけるドライバーの脳活動と行動の研究
2 論文執筆者名
 D、F、I、H、G
3 オンライン論文掲載誌
(1)オンライン掲載誌名
 IFAC-PapersOnLineVolume51、Issue34、2019、Pages244-249Partofspecialissue:2ndIFACConferenceonCyber-PhysicalandHumanSystemsCPHS2018.
(2)学会期日:2018年12月13−15日
(3)学会開催地:Miami、Florida、USA
(4)発行者ScienceDirect
(5)URL(URLは省略)
(6)オンライン掲載誌頁数pp244-249
(7)オンライン掲載年月日2019年2月8日

(別紙)被告写真目録

(別紙)著作物目録
1 著作物タイトル
 「脳機能NIRSを活用した交通安全対策の評価手法に関する調査(平成28年度)」
2 著作年月日 2017年3月16日
3 著作者 株式会社脳の学校

(別紙)原告報告書図表・写真目録
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/