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【事件名】国際版画美術館の増改築事件
【年月日】令和4年11月25日
 東京地裁 令和3年(ヨ)第22075号 仮処分命令申立事件

決定
債権者 A
同代理人弁護士 吉岡和弘
債務者 町田市
同代理人弁護士 秋山一弘
小林大祐


主文
1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。

理由
第1 申立て
1 債務者は、別紙物件目録記載1の建物につき、別紙差止工事目録記載1の各工事を行ってはならない。
2 債務者は、別紙物件目録記載2の庭園につき、別紙差止工事目録記載2の各工事を行ってはならない。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、債権者が、「(仮称)国際工芸美術館新築工事」(以下「工芸美術館新築工事」という。)、「(仮称)国際工芸美術館・国際版画美術館一体化工事」(以下「一体化工事」という。)及び「芹ヶ谷公園第二期整備工事」(以下「公園整備工事」といい、工芸美術館新築工事及び一体化工事と併せて「工芸美術館新築工事等」という。)と称する各工事の実施を計画する債務者に対し、債務者が、これらの工事の一部である別紙差止工事目録記載の各工事(以下、同目録記載1(1)の工事を「本件工事1(1)」、同目録記載2(1)の工事を「本件工事2(1)」などといい、本件工事1(1)ないし(4)及び2(1)ないし(3)を併せて「本件各工事」という。)を行うことにより、「町田市立国際版画美術館」と称する別紙物件目録記載1の建物(以下「版画美術館」という。)及びその敷地であって芹ヶ谷公園の一部を構成する同目録記載2の庭園(以下「本件庭園」という。)に係る債権者の著作者人格権(同一性保持権)が侵害されるおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事の差止めを求める事案である。
2 争点
(1)版画美術館及び本件庭園の著作物性(争点1)
(2)版画美術館及び本件庭園の著作者(争点2)
(3)本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債権者の意に反する改変に該当するか(争点3)
(4)本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に該当するか(争点4)
(5)本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に該当するか(争点5)
(6)保全の必要性(争点6)
3 争点に関する当事者の主張
 当事者の主張の要旨は以下のとおりであり、その詳細は各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。
(1)争点1(版画美術館及び本件庭園の著作物性)について
(債権者の主張の要旨)
ア 版画美術館の著作物性
(ア)版画美術館は、設計者である債権者の思想及び感情が表現された芸術品である。
 実際、版画美術館について、芝浦工業大学名誉教授であり、東京建築士会会長、日本建築士会連合会会長等を務めたBは「こういう版画美術館が多くの市民や版画ファンに愛され、いきいきと使われている幸せな建築として高く評価されたのである。」(甲A12)と、ペンシルヴェニア大学客員教授、東京大学名誉教授、アメリカ建築家協会名誉会員及び日本建築家協会名誉会員であるCは「「町田市立版画美術館」は現代建築の秀れた作品として高く評価され、また町田市民を始め、多くの人々に愛されている公共施設であります」(甲A13)と、町田市都市計画審議会会長を務め、東京都立大学名誉教授であるDは「公共的な建築物の設計・建設に際しては設計者の提案のオリジナリティが市民共有の財産として大切にされるべきであり、…そのオリジナリティは、設計者の著作権を構成するものでもあります。」(甲A14)と、総合計画研究所代表及び日本建築家協会・登録建築家であるEは「工芸美術館を版画美術館との連続性を持たせる構想は意匠の連続性を損ない、版画美術館の著作権を損なうものと考える。」(甲A16)と、それぞれ指摘し、そのほかにも権威ある専門家が高く評価している(甲A17、18、20)。
 さらに、版画美術館は、その高い芸術性を評価され、BELCA賞ロングライフ部門賞及びJIA25年賞を受賞しており、建築界全体が、版画美術館が債権者の思想又は感情の表現物であり、高い芸術性・文化性を有する建造物であることを是認しているというべきである。
 したがって、版画美術館は「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)に該当する。
(イ)債務者は、版画美術館について、専ら版画専門の美術館としての機能性及び実用性に意を注いで設計されたことが明らかであり、その芸術性ないし美術性(建築美術としての創作性)が表現されているとは見られず、仮に、「建築の著作物」の該当性について、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるかという基準で判断するとしても、「建築の著作物」には該当しないと主張する。
 しかし、建築なるものは、実用性・有用性と芸術性を併せ持つ作品であり、実用性・有用性と建築美は不可分一体のものであるところ、建築という人工物が備える道具性・有用性の中に、美しさを生み出す技術(芸術)が輝き表れる場合に、建築美・建築芸術性を感じ取ることになる。そして、版画美術館は、温かい色調のレンガで作られた外壁及び緑青の銅板でできた屋根を有するところ、緑に囲まれた版画美術館が本件庭園と一体となって、来訪者に優しく、温かく、静謐で、安心感を与える空間を創造したものであって、建築美・建築芸術性を有するものである。版画美術館のような美的価値及び文化的価値を有する芸術的建物の著作物性が否定されるとなれば、あらゆる建築物の著作物性は否定されるに等しく、思想又は感情を創作的に表現した著作物の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする著作権法の理念に反するものである。
 したがって、版画美術館が「建築の著作物」に該当することは明らかである。
イ 本件庭園の著作物性
 本件庭園は、債権者が、荒れ地の谷地に遊歩道や小広場等を設け、樹木を植栽するなど、自然環境や地形を巧みに生かすように設計し、市民らを版画美術館に誘う空間を作出することにより、版画美術館を自然環境に溶け込ませ、静謐な環境の中に版画美術館が静かに佇むことを企図したものであるから、版画美術館と一体的関係を持ち、両者は、一体・不可欠の芸術品として、債権者の思想又は感情の表現物といえる。
 したがって、本件庭園は「建築の著作物」に該当する。
(債務者の主張の要旨)
ア 版画美術館の著作物性
(ア)「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)に該当するというためには、@単に建築物であるというだけでは足りず、いわゆる建築芸術と見られるものでなければならず、A建築芸術といえるか否かを判断するに当たっては、使い勝手の良さ等の実用性、機能性等ではなく、専ら、その文化的精神性の表現としての建築物の外観を中心に検討すべきであり、Bその種の一般的な建築物において通常加味される程度の美的要素を超えて、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家又は設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)を備えた場合であることを要すると解すべきである。
 しかし、版画美術館については、第三者によりその建築物としての芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)を評価されているものではない。また、債権者が主張するところによっても、専ら版画専門の美術館としての機能性及び実用性に意を注いで設計されたことが明らかであり、その芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)が表現されているとはみられない。
 したがって、版画美術館は、「建築の著作物」に該当しない。
(イ)仮に、「建築の著作物」の該当性について、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるかという基準で判断するとしても、債権者が工事の差止めを求める版画美術館の各構成部分及び全体の外観について、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないから、版画美術館は「建築の著作物」には該当しない。
イ 本件庭園の著作物性
(ア)庭園は、「建築の著作物」として保護され得ると解すべきであるが、人間にとっての実用性が前提となることは建築物と同様であるから、庭園が「建築の著作物」といえるためには、前記ア(ア)と同様に、通常加味される程度の美的要素を超えて、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家又は設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)を備えることが必要であると解すべきである。
 しかし、本件庭園については、第三者によりその芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)に対する評価はされていない。また、債権者が主張するところによっても、芹ヶ谷公園がもともと有していた自然環境を生かし、利用者が散策、回遊しやすいものとし、版画美術館から見る際の景観を考慮したものにすぎないから、通常の庭園ないし都市公園施設としての美的要素を超えて、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家又は設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)を備えるとはいえない。
 したがって、本件庭園は、「建築の著作物」に該当しない。
(イ)仮に、「建築の著作物」の該当性について、前記ア(イ)の基準で判断するとしても、債権者が工事の差止めを求める本件庭園の各構成部分及び全体の外観について、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないから、本件庭園は「建築の著作物」には該当しない。
(2)争点2(版画美術館及び本件庭園の著作者)について
(債権者の主張の要旨)
 版画美術館及び本件庭園を設計した当時、株式会社A建築設計事務所(現商号。以下、商号変更の前後を問わず「A建築設計事務所」という。)には、債権者のほかに、F、G、H及びIの4名が所属していた。しかし、Fは、債権者の妻で、当時、子育て中であり、Iは、専らデザイン専門の二級建築士で、住宅等の設計資格を有するにすぎなかった。一級建築士であるG及びHは、図面作成助手の業務を担っていたため、版画美術館及び本件庭園の基本設計、実施設計等の主要な設計は、全て債権者が担当した。実際、版画美術館の基本設計図(甲A24・2ないし8頁(右下の頁番号。以下同じ。))及び実施設計図(同・9ないし22頁)並びに本件庭園の実施設計図(同・23ないし28頁)には、債権者の自筆の文字が記載されている。
 また、版画美術館は、債権者がこだわり続けている、「現代レンガの建物設計」の一環として設計されたものであり、債権者以外には設計し得ない建築物である。
 確かに、版画美術館及び本件庭園の設計について、債務者との間で締結した設計等の委託契約は、A建築設計事務所が当事者となっているが、自治体には、当事者を建築事務所名で表記した委託契約を締結するという慣行があり、債権者も債務者からそのようにしてほしいと依頼されたから、A建築設計事務所が契約上の当事者となったにすぎない。
 以上によれば、版画美術館及び本件庭園の著作者は債権者であるというべきである。
(債務者の主張の要旨)
ア A建築設計事務所のウェブサイトには、「Works」及び「Awards」として版画美術館が紹介されており、債権者の業績としては表示されていない。また、版画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門賞については、設計者としてA建築設計事務所と表示され、債権者は表示されておらず、JIA25年賞については、設計者としてA建築設計事務所の名称に債権者の名前が併記されている。さらに、雑誌等における版画美術館の記事においても、A建築設計事務所の業績ないし作品として表示されており、債権者の業績等としては表示されていない。その上、観念的な建築物は設計図に表現され、設計図には著作者である設計者の名を記載するのが社会慣行であるところ、版画美術館の基本設計図(甲A24・1ないし8頁)、本件庭園の設計図(甲A6)等には、A建築設計事務所の名称が記載されている。
 したがって、版画美術館及び本件庭園の著作者名として、専らA建築設計事務所の名称が通常の方法により表示されており、債権者の名前が単独で表示されている例はないと認められるから、著作権法14条により、A建築設計事務所が版画美術館及び本件庭園の著作者として推定されるというべきである。
イ 仮に、上記推定が働かないとしても、著作権法15条1項によれば、@法人等の「発意に基づき」、A「その法人等の業務に従事する者が」、B「職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で」、C「その法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」は、D「その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り」、法人等が著作者とされる。
 上記@について、版画美術館及び本件庭園の設計は、A建築設計事務所が債務者との間で締結した委託契約に基づいて行われているから、A建築設計事務所の発意に基づくものである。また、上記Aについて、「法人等の業務に従事する者」には、会社の従業員のみならず、役員も含まれると解されるところ、版画美術館及び本件庭園の設計に関与した者は、代表取締役である債権者を含むA建築設計事務所の役員及び従業員である。さらに、上記Bについて、「職務上作成する」とは、一般的には、法人等の指示で具体的に職務を与えられ、そのプロセスで作成することをいうところ、債権者及び他の従業員等がA建築設計事務所の職務として版画美術館及び本件庭園の設計を行ったことは明らかである。そして、上記Cについて、前記アのとおり、版画美術館及び本件庭園に関しては、専らA建築設計事務所の名称が表示されており、債権者の名前が単独で表示されている例はないから、A建築設計事務所の著作の名義の下に公表されたといえる。上記Dについて、A建築設計事務所と債権者及び他の従業員等との間に、職務上作成した著作物の著作者を債権者等とする特段の契約ないし勤務規則の存在について、債務者は説明を受けておらず、聞いたこともないので、そのような規定があったとは考えられない。
 以上によれば、版画美術館及び本件庭園について、著作権法15条1項の要件を満たすから、著作者はA建築設計事務所というべきである。
(3)争点3(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債権者の意に反する改変に該当するか)について
(債権者の主張の要旨)
 工芸美術館は、市民からの強い要望があってその建設が計画されたものではなく、町田市議会においても、「従前の博物館を存続させればいい。」、「工芸品は市役所で展示すればいい。」、「駅から遠い場所に(市が見積もる)年間10万人の来訪者など到底見込めない。」、「財政難の折、30億円も投下する価値がある計画なのか。」、「博物館を改装すれば、30億円をかけなくてもできる。」、「子供の体験というが、どれほどの子供が工芸品に関心を持つのか。」、「工芸美術館を建てても十分な駐車場は確保できるのか。」などの質問が相次ぎ、担当部局が答弁に苦慮し続けている。
 また、仮に、工芸美術館を建設するとしても、版画美術館の北側に、版画美術館と分離した新博物館(3000u、3階建て)を建設する案や、版画美術館の北側の平地に、建築面積は狭くするけれども、延べ床面積は変えることなく、工芸美術館をコンパクトに建設する案等の回避策が考えられ、版画美術館と工芸美術館をブリッジでつなぐことなく、これらの一体的な整備計画を実現することは可能である。
 本件各工事により、債権者が心血を注いだ美しく芸術性あふれる版画美術館及び本件庭園は台無しとなり、版画美術館内の分かりやすく、暖かく、落ち着いた平面計画は根源から否定され、天井配管等がむき出しになった空間が出現しようとしている。このような損傷行為は、版画に特化した美術館としての存在意義を捨てるものであり、債権者にとって、自らの内臓をえぐり取られるに等しい甚大な被害と苦痛を招来するものである。
 したがって、本件各工事は債権者の意に反する改変に該当する。
(債務者の主張の要旨)
 「その意に反して」(著作権法20条1項)については、著作者の主観的意図により判断すべきではなく、著作者の精神的・人格的利益を害しない程度の改変であれば、「その意に反」するものに当たらないと解すべきである。また、改変の許諾を得た第三者が行う、当該著作物の品位を低下させず、本質的な表現上の特徴に関わらない軽微な変更、切除等は、「変更…その他の改変」(同項)に該当しないと解される。したがって、著作者の精神的・人格的利益を害しない程度の改変であり、著作者の意図した特徴が損なわれない程度の改変は、「その意に反し」た「変更…その他の改変」に該当せず、同一性保持権を侵害するものではないというべきである。
 版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)については、版画美術館の外観のうちわずかな面積を占めるにすぎない窓や壁等を撤去したり、版画美術館の西側の部分に変更を加えたり、大谷石の柱の立ち並びというエントランスホールの外観を損なわない透明のガラス壁及びガラスの自動扉を設置したり、事務室及び学芸員室におけるレイアウトを変更したりするものであり、いずれも、版画美術館の外観や雰囲気に与える影響は極めて限定的であるか、建築家又は設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)とは関係のないものである。
 また、本件庭園に係る本件工事2(1)ないし(3)についても、園路の拡幅やモミジ園上空ブリッジの設置等に伴い、必要最小限の範囲で樹木を伐採したり、版画美術館の前のスペースを新たに舗装して整備したり、門柱を撤去したりするものであり、本件庭園全体としての雰囲気や景観、印象、美的感覚等を変更するものではない。
 したがって、本件各工事は、債権者の精神的・人格的利益を害しない程度のものであるから、債権者の意に反する改変には該当しない。
(4)争点4(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に該当するか)について
(債務者の主張の要旨)
ア 「増築、改築、修繕又は模様替え」(著作権法20条2項2号)の各文言の意義は、社会通念に即して捉えれば十分と解されるところ、「増築」とは、一般に建て増しと呼ばれる、従来の建築物に新たな部分を付け加えることを、「改築」とは、建築物が老朽化し、又は、インテリジェント化等新たな時代の要請を受けて、建て直すことを、「修繕」とは、建築物の一部が傷んだり、不具合な部分が意識されたりした場合に、それを修復、修理することを、「模様替え」とは、建築物や家屋の内部について、調度や装飾等をしつらえ直すことを、それぞれ意味すると解すべきである。
 そして、同号は、建築物の実用性という側面に鑑み、建築物に係る著作者の同一性保持権と建物所有者の経済的利用権との調和を図った規定であるところ、同号の文言にない要件を加えることは、建物所有者の権利に不合理な制約を加えるものであるから、同号の「改変」には、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変は含まないといった、文言にない制限を加えるべきではない。
 また、本件庭園は、建築物そのものではないが、建築物と一体と認められるかにかかわらず、庭園は同号の「建築物」に含まれると解すべきであるから、本件庭園についても同号が適用されるというべきである。
イ 版画美術館に係る本件工事1(1)は、版画美術館の西側の池の位置にエレベーター棟を増築し、これを版画美術館2階の西側と接続する工事であるから、「増築」に、本件工事1(2)は、版画美術館1階エントランスホールと内ホワイエの間の大谷石による柱の間の一つに自動扉のガラスサッシを設置するほか、他の柱の間にガラス壁を設置する工事であるから、「模様替え」に、本件工事1(3)は、アートステージを設置するために、既存の工房、アトリエ及び喫茶室の間仕切り壁を撤去する工事であるから、「模様替え」に、本件工事1(4)は、事務室及び学芸員室のレイアウト変更であるから、「模様替え」に、それぞれ該当する。
 また、本件庭園に係る本件工事2(1)は、版画美術館から見て北西側の芹ヶ谷公園の入口から公園内に至る園路を拡幅する工事及び工芸美術館に対する収蔵品・資機材の搬出入スペースを設置する工事であるから、「模様替え」に、本件工事2(2)のうち、芹ヶ谷公園のエントランスにサインウォールと滞留スペースを設ける工事は、「増築」又は「模様替え」に、工芸美術館の東側にスロープやモミジ園上空ブリッジを設置し、版画美術館の東側の路面を新たに舗装して広場を設置する工事は、「模様替え」に、本件工事2(3)は、遊歩道付近の樹木の伐採工事及びレンガタイルの門柱の撤去工事であるから、「模様替え」に、それぞれ該当する。
 以上のとおり、本件各工事は、著作権法20条2項2号の「増築」又は「模様替え」に該当するから、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の同一性保持権を侵害するものとは認められない。
ウ 仮に、建築物の増築等による改変が著作者との関係で信義に反すると認められる特段の事情がある場合には、著作権法20条2項2号は適用さないと解したとしても、債務者は、工芸美術館新築工事等を計画するに当たり、公募型プロポーザルによって公平公正に委託事業者を選定し、A建築設計事務所は委託事業者に選定されなかったものの、A建築設計事務所が版画美術館及び本件庭園の設計者であり、長年にわたり版画美術館の定期点検業務を行ってきたことに配慮して、A建築設計事務所の協力及び助言を求めるために、複数回にわたりA建築設計事務所と打合せを行った。債権者は債務者に対して回避策を提案したと主張するが、債務者は具体的な提案を受けたとは認識していないし、その提案は、版画美術館への影響を抑えることにのみ主眼を置き、新たに整備する工芸美術館の在り方や芹ヶ谷公園全体の整備について十分に考慮されているとはいい難いものであった上、町田市議会においても様々な課題等が指摘された基本設計案に類似するものであった。さらに、版画美術館及び本件庭園は、公の施設(地方自治法244条1項)である以上、その老朽化や社会情勢、市民の意識やニーズの変化、債務者の財政状況や公共施設再編の要請に応じて、適宜更新されることは、その性質上当然であり、版画美術館及び本件庭園が建設当初の形状ないし機能のまま将来にわたって維持されるものではないことは、これらが設計され、建設された当初から明らかなものであったといえる。
 これらの事情に鑑みれば、本件各工事による版画美術館及び本件庭園の改変について、債権者との関係で信義に反すると認められる特段の事情があるとはいえない。
(債権者の主張の要旨)
ア 著作権法20条2項2号は、同条1項において、原則として、建築の著作物に関する同一性保持権を認めた上で、例外として、建物所有者のやむを得ない改変を認め、建物所有者と著作権者との利害調整を図るために設けられた規定であるから、同項の原則を極力維持し、同条2項2号は、限定的に解さなければならず、「増築、改築、修繕又は模様替え」の必要性が認められる必要がある。
 また、「増築、改築、修繕又は模様替え」の各文言の定義は、建築の基本法である建築基準法令に従うことが大前提であり、著作権法においてあえてこれと異なる概念や定義をする必要性が認められない限り、著作権法の解釈に当たっても、建築基準法令を踏まえた解釈こそが、法の統一的解釈の要請と法的安定性を導くことになる。
 さらに、上記のとおり、同号は限定的に解されなければならず、みだりに類推適用すべきではないし、同号の「増築、改築、修繕又は模様替え」とは、文字どおり、建築に係る用語であり、庭園に当てはめて解釈することは予定されていない。
イ 版画美術館自体に「増築」や「模様替え」の必要があり、版画美術館の設計思想や特徴を極力尊重した上で、版画美術館の「増築」又は「模様替え」を行い、版画美術館の価値を更に高める改変を行う場合であれば、著作権法20条2項2号の「改変」に該当するといえるが、本件各工事は、未だ存在しない工芸美術館なる建築物を建設するに際し、合理的な理由もなく版画美術館を乱暴にも破損しようとするものである。その上、版画美術館の北側に版画美術館とは分離した新博物館(3000u、3階建て)を建築する案や、版画美術館の北側の平地に工芸美術館をコンパクトに配置する案等の回避策があり、これらの案や回避策は、採用することが困難な事情もなく、債務者の計画より廉価に工芸美術館を建設することができるものである。したがって、版画美術館については「増築」又は「模様替え」の必要性が認められず、同号が予定した「改変」には当たらないというべきである。
 また、「増築」とは「同一敷地内で建築物の床面積が増加すること」を意味するところ、版画美術館に係る本件工事1(1)は、版画美術館の床面積が増加するわけではないから、「増築」には当たらない。「模様替え」とは「建築物の構造・規模・機能の同一性を損なわない範囲で改変する場合」を意味するところ、本件工事1(2)は、エントランスの列柱にガラス壁を設置し、エントランスと奥行き空間を二つに分断するものであり、「建築物の構造・規模・機能の同一性」を損なう改変であるから、「模様替え」には当たらない。本件工事1(3)は、既存の工房、アトリエ及び喫茶室の間仕切り壁を撤去するものであり、版画美術館の機能や同一性を一変させるものであるから、「模様替え」の定義に含まれない。本件工事1(4)は、事務室や学芸員室等の壁を撤去するものであり、単なるレイアウトの変更などではないから、「模様替え」に当たらない。
 さらに、本件庭園については、前記アのとおり、そもそも著作権法20条2項2号の適用はおよそ考えられないが、仮にこれを適用する余地があるとしても、本件庭園に係る本件工事2(1)は、園路の樹木等を伐採し、道路を拡幅するものであるから、「模様替え」に当てはまるものではない。本件工事2(2)は、庭園内の樹木等を伐採し、環境を一変させるものであり、現状の塀と庇を撤去して版画美術館との調和を壊すものであるから、「増築」にも「模様替え」にも当たらない。本件工事2(3)は、遊歩道付近の樹木を伐採し、レンガタイルの門柱を撤去するものであるから、「模様替え」に当たらない。
 以上のとおり、本件各工事は、著作権法20条2項2号の「増築」及び「模様替え」のいずれにも該当しないから、同号は適用されず、同条1項により、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の同一性保持権は保護されることになる。
ウ 債務者は、本件各工事による版画美術館及び本件庭園の改変について、債権者との関係で信義に反すると認められる特段の事情があるとはいえないと主張する。
 しかし、債権者は、当初から、版画美術館の改修に対して反対の意思を表明しており、幾度となく、債務者に対し、どのような工事を行おうとしているのかを問い合わせたが、債務者は、まともに回答することなく、債権者が提案した回避策についても全く回答することはなかった。A建築設計事務所代表取締役のJ(以下「J」という。)が、数回、債務者との打合せの場に臨んだことはあるものの、協力及び助言を求めるようなものではなく、「計画に反対しないでほしい。」という姿勢に終始していた。町田市議会において様々な課題等が指摘されたのは、専ら工芸美術館の建設に反対する意見にほかならず、債権者の提案した回避策に対する反対意見ではなかった。債権者としても、公の施設等が適宜更新されるべきであるとの意見に異議を述べるものではないが、そのような更新が真に必要なものか、その理由は具体的にどのようなものか、これにより他の権利を侵害することにならないか、それを回避するための方策を検討したか、他に有益な計画は見当たらないのかなどを慎重に検討し、分析する必要があるというべきである。ところが、債務者は、このような検討、分析をすることなく、債権者の権利を不必要に侵害しようとするものであり、そのような侵害行為が避けられないものであることの合理的理由が全く開示されていない。
 以上のとおり、本件各工事による版画美術館及び本件庭園の改変は、債権者との関係で信義に反すると認められる事情があるから、債務者の上記主張は失当である。
(5)争点5(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に該当するか)について
(債務者の主張の要旨)
 版画美術館及び芹ヶ谷公園の一部である本件庭園は、債務者の公の施設(地方自治法244条1項)であり、その老朽化や社会情勢、市民の意識やニーズの変化、債務者の財政状況や公共施設再編の要請に応じ、適宜に更新されていくべきものである。
 債務者においては、高度経済成長期に整備した多くの施設が老朽化により更新の時期を迎え、多額の維持管理費の確保が課題となっており、また、税収入の減少と扶助費等の義務的経費の増加による財源不足が年々深刻化し、将来を見据えて、これからの時代に合った公共施設・公共空間の再編が急務となっていた。こうした課題に対応するため、債務者は、平成28年3月、「町田市公共施設等総合管理計画(基本計画)」を策定し、施設総量の圧縮、ライフサイクルコストの縮減、官民連携によるサービス向上及び既存資源の有効活用の4つの基本方針を定め、公共施設の再編を進めることとなった。
 そして、債務者は、既存の版画美術館や工芸美術館の整備等により、芹ヶ谷公園の存在感を高め、集客力を向上させることで、町田駅からの回遊性を生み、中心市街地に新たな賑わいを創出し、中心市街地の集客力の向上につなげることを目指した「芹ヶ谷公園芸術の杜プロジェクト」という名称の地域再生計画を策定した。同計画は、令和元年11月、内閣総理大臣の認定を受けており、本件各工事を含む工芸美術館新築工事等に係る事業は、同計画に基づくものである。
 具体的には、町田市立博物館の老朽化及び狭あい化が課題となっていたことから、版画美術館の隣に、展示と収蔵の機能に特化したコンパクトな工芸美術館を新たに建設し、町田市立博物館の収蔵品をそこに移転させるとともに、版画美術館と工芸美術館を渡り廊下でつなぎ、事務室等については、版画美術館の既存施設を供用することによって工芸美術館の建設コストを節減し、ライフサイクルコストの縮減を目指したものであり、施設の運営についても、芹ヶ谷公園を含めて官民連携での一体管理の手法を検討しており、上記4つの基本方針に沿ったものを目指している。
 以上のとおり、本件各工事は、公共施設再編並びに版画美術館及び工芸美術館の一体整備における重要な要素であり、いずれも必要不可欠な工事であるから、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に該当し、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の同一性保持権を侵害するものとは認められない。
(債権者の主張の要旨)
 債権者も、公共施設再編の要請に応じて、公の施設を適宜更新しなければならないことを争うものではないが、工芸美術館新築工事等について、版画美術館及び本件庭園を更新する必要性及び合理性があることの分析及び検討がされていない上、回避策があるにもかかわらず、債務者がこれを無視し続けるという点に問題がある。
 仮に、本件庭園内に工芸美術館を建築する必要性及び合理性があるとしても、版画美術館に手を加えることなく目的を達成することは可能であり、債権者の権利を侵害してまで版画美術館に手を加えなければならないことの合理的理由はない。
 債務者は、本件各工事を含む工芸美術館新築工事等に係る事業が、内閣総理大臣の認定を受けた「芹ヶ谷公園芸術の杜プロジェクト」という名称の地域再生計画に基づくものであると主張するが、内閣総理大臣が、条例違反や美術館の原則・行動指針違反、更には債権者への権利侵害を容認してまで、地域再生計画を実行せよと言うはずはなく、債務者が、芸術性及び文化性が高く、美しい版画美術館が壊され、債権者の権利が侵害される事実を秘匿したまま、上記認定を取り付けていた事実が推認されるというべきである。
 以上によれば、本件各工事は、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に該当するものではない。
(6)争点6(保全の必要性)について
(債権者の主張の要旨)
 本件各工事が開始されると、版画美術館及び本件庭園は破損されることになり、二度とその価値を回復し得なくなる。
 債務者は、令和2年12月2日付け「通知書について」と題する書面において、本件各工事を計画どおり進める旨を記載しており、また、令和3年1月、工芸美術館の実施設計に着手した。さらに、債務者は、同年3月20日及び同月23日、住民に対する報告会において、「計画を変更する考えはない。粛々と進める。」旨を述べた。
 したがって、本件各工事は目前に迫っており、保全の必要性が認められることは明らかである。
(債務者の主張の要旨)
 争う。
 工芸美術館新築工事については、現在、実施設計を行っているところであり、令和4年度に着工を予定している。また、一体化工事については、現在、基本設計が完了し、令和6年度中に実施設計、令和7年度に着工、令和8年度に完成を予定している。さらに、公園整備工事については、基本設計が完了し、令和8年度に実施設計を予定している。
 これらからすると、本件各工事は、当面、着工されないから、保全の必要性は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 後掲の各疎明資料(疎明資料番号は、特記しない限り枝番を含む。)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1)版画美術館及び本件庭園の概要
ア 版画美術館について
(ア)版画美術館の現況等(甲A1、4、乙2、3、5、7、審尋の全趣旨)
a 版画美術館は、町田市ゆかりの版画家や西洋の作家等による、ヨーロッパ中世から現代までの浮世絵や版画作品を幅広く収集し、3万点を超える収蔵品を擁する版画を中心とした美術館である。
b 版画美術館は、町田駅の北東約700mに位置し、別紙敷地案内図記載のとおり、南北に細長い芹ヶ谷公園の東入口付近に所在する。その建築面積は2955.8m2、延床面積は7840.2m2であり、地上3階地下1階建ての鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)である。また、間取りは、別紙既存平面図記載のとおりである(ただし、2階部分は、本件各工事に関わる部分のみ表示する。)。
c 版画美術館は、平成27年、25年以上の長きにわたり、建築の存在価値を発揮し、美しく維持され、地域社会に貢献してきた建築を表彰するJIA25年賞を受賞した。また、平成30年、長期にわたって適切な維持保全を実施したり、優れた改修を実施したりした既存の建築物のうち、特に優秀なものを表彰するBELCA賞のうち、長期使用を考慮した設計の下で建設され、長年にわたり適切に維持保全され、今後、相当の期間にわたって維持保全されることが計画されている模範的な建築物を表彰するロングライフ部門賞を受賞した。
(イ)版画美術館の構成(甲A1、乙13、審尋の全趣旨)
a 版画美術館の壁は、直角に交わる大小様々な平面からなり、版画美術館又は芹ヶ谷公園の来訪者が通行する歩道に面した版画美術館の東側は、連続的に直角に折れ曲がる壁が雁行する形状となっている。
b 版画美術館の外壁には、少しずつ色合いが異なる、比較的明るい茶色のレンガが積み上げられ、一定の間隔ごとに、地面から屋根まで鉛直方向に細長い灰色のコンクリートリブが設けられている。
c 版画美術館の西側に接続するように概ね丁字状の池が設けられており、この池には、大小5つの石が配置されている。この池の更に西側には、石積み壁を隔てた上段に小さな池が設けられ、上段の池から下段の池に向けて、揚水ポンプにより引き上げた水が流れ落ちる構造となっている。もっとも、上記ポンプは、既に20年以上、稼働していない。
d 版画美術館内のほぼ中央に位置するエントランスホールの西側半分は、1階と2階が吹き抜けとなっている。吹き抜け部分の1階北側には、内ホワイエ(別紙既存平面図記載のヴィデオコーナー部分)との間に3本の大谷石の柱が並び、同部分の周囲の壁面には、床面から2階の手すり部分まで、同色の大谷石が貼り付けられている。また、吹き抜け部分の天井には、12個の略正四角柱状の空洞が設けられ、それらの各上部に天窓が設置され、そこから自然光が差し込む構造になっている。
イ 本件庭園について
(ア)本件庭園の現況等(審尋の全趣旨)
 本件庭園は、芹ヶ谷公園の南側に位置し、別紙庭園範囲図記載のとおり、版画美術館の敷地及びその周辺部分によって構成されるものであり、版画美術館の建設と同時に整備された。
(イ)本件庭園の構成(乙9の2、審尋の全趣旨)
a 本件庭園付近の地形は、西側の文学館口付近、せりがや会館口付近及び「マイスカイホール」と称する銀色の球体様の彫刻(以下「マイスカイホール」という。)のある広場付近の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、モミジ園及び版画美術館付近が谷の底となっており、本件庭園は、このような地形を利用して設けられた。
b 本件庭園には、せりがや会館口の両脇に、レンガ造りの門柱があり、せりがや会館口からマイスカイホールに向かっては、緩やかに下るスロープとなっており、スロープの床には濃淡の異なる2色の茶色のタイルが貼られ、スロープの両側には樹木が植えられている。広場に設置されたマイスカイホールの周囲には、複数の白い御影石のベンチが設けられており、マイスカイホールから東に向かって階段を下ると、版画美術館の北の歩道に到達する。
c 文学館口から公園内に向かっては、緩やかに下る階段となっており、階段の床には濃淡の異なる2色の茶色のタイルが貼られ、両側に樹木が植えられている。階段の途中に、複数の白い御影石のベンチが設けられ、球体一部が地表から盛り上がるような形をした、直径100cm弱、高さ約10cmの石材が設置されている。
 上記階段を下ったところにバルコニーがあり、バルコニーからは眼下のモミジ園を一望することができ、バルコニーを北向きに曲がる通路は、谷を周るようにして、前記bのスロープに通じている。
d モミジ園には、多数のモミジ及びショウブが植えられており、遊歩道及び橋が設けられている。
e 美術館口から版画美術館の東側を通り、北に向かって、歩道及び広場が設けられ、それらの床には、濃淡の異なる2色の茶色のタイルが貼られており、間隔を置いて樹木が植えられている。
(2)版画美術館の建設の経緯(甲A2、3、乙9、審尋の全趣旨)
ア 債務者は、昭和56年1月、「国際版画館建設準備委員会」を設置し、昭和57年6月、芹ヶ谷公園内に版画美術館を建設することを決定した。
イ 債務者は、A建築設計事務所との間で、昭和58年1月8日に「(仮称)町田市立国際版画美術館」基本構想作成委託契約を、同年7月11日に町田市立国際版画美術館基本設計作製業務委託契約を、同年10月19日に町田市立国際版画美術館実施設計作製業務委託契約を、昭和60年3月9日に町田市立国際版画美術館新築工事監理委託契約を、昭和61年8月26日に国際版画美術館アプローチ道路実施設計業務委託契約を、それぞれ締結し、A建築設計事務所は、これらの契約に基づき、版画美術館並びにその敷地及び周辺部分である本件庭園の設計、施工監理等の業務を行った。
ウ 債務者は、大成建設・小田急建設・高尾建設共同企業体との間で、版画美術館及び本件庭園の建築請負契約を締結し、同企業体は、昭和60年4月、版画美術館及び本件庭園の建設工事に着手した。
エ 版画美術館及び本件庭園は昭和61年8月に竣工し、版画美術館は昭和62年4月に開館した。
(3)工芸美術館の建設の経緯(乙7、16、18、32ないし37、39ないし43、46、審尋の全趣旨)
ア 町田市立博物館(開館当初は「町田市郷土資料館」)は、昭和48年に開館したが、その後、建物の老朽化や狭あい化が問題となり、平成20年に実施された債務者における事業仕分けにおいて、博物館としての本来の役割を果たすことができていないとして、「不要」と評価された。
イ 債務者は、平成20年、「町田市博物館等の在り方検討委員会」を設置し、博物館機能の再構築のための課題抽出や論点整理を行い、平成21年5月から6月までの間、「町田市立博物館に関する意識調査」を実施した。
 また、債務者は、平成22年、外部の有識者により構成される「町田市の博物館等の新たな在り方構想検討委員会」を設置し、同委員会は、平成23年3月、展示機能を持つ債務者の施設を「美術系」、「歴史民俗系」及び「自然系」の3分野に整理し、「美術系」については、美術系機能の連携による「美術ゾーン」を形成し、相乗効果を高めること、バリアフリーやアクセスの向上、美術系施設の運営の一体化の検討等の課題を挙げた報告書をまとめた。
 これらを踏まえて、債務者は、平成24年3月、美術工芸部門における新しい博物館の整備に着手すること、町田駅から徒歩でアクセスが可能な芹ヶ谷公園内に版画美術館とともに「美術ゾーン」を形成すること、新しい博物館の名称を「(仮称)町田市立国際工芸美術館」とすること等を内容とする「町田市における博物館機能の再整備に向けた調査・検討報告書」を策定した。
ウ 債務者は、A建築設計事務所に対し、工芸美術館の建設候補地の検討を委託したところ、A建築設計事務所は、平成25年3月、債務者に対し、芹ヶ谷公園内の町田荘跡地、版画美術館北側及び高ヶ坂都営住宅跡地の3か所を候補地に挙げる報告書を提出した。
 そして、債務者は、同年、学識経験者により構成される「(仮称)町田市立国際工芸美術館整備基本計画検討委員会」を設置し、同委員会は、平成26年5月27日、「(仮称)町田市立国際工芸美術館整備基本計画(案)」を取りまとめた。また、債務者は、これと併行して、市民説明会や計画の素案に対する市民意見募集等を実施した。
 これらの結果を踏まえて、債務者は、同年6月、工芸美術館の建設候補地を、駅からのアクセスや中心市街地との回遊性を考慮して、版画美術館北側とすること等を内容とする「(仮称)町田市立国際工芸美術館整備基本計画」を策定した。
エ 債務者は、平成27年、「(仮称)町田市立国際工芸美術館」基本設計に係る設計者選定のためのプロポーザルを実施した。同プロポーザルには、A建築設計事務所を含む設計会社8社が参加したところ、株式会社シーラカンスアンドアソシエイツが選定された。
 債務者は、同年8月28日、同社との間で、「(仮称)町田市立国際芸術美術館」基本設計業務委託契約を締結し、同社は、平成28年3月、工芸美術館の基本設計を完成させた。当初の計画では、直ちに実施設計が行われる予定であったが、債務者は、当時の財政状況を踏まえ、実施設計を2年間先延ばしすることを決定した。
 その後、町田市議会の平成30年6月議会定例会において、工芸美術館整備費として実施設計委託料2993万1000円の歳出を含む平成30年度(2018年度)町田市一般会計補正予算案が審議されたが、工芸美術館の建設について疑問の声が上がり、同月29日に開催された町田市議会の本会議において、工芸美術館整備費を削る修正案が可決された。これにより、上記基本設計は、事実上、利用できないものとなった。
オ 町田市議会の平成31年3月議会定例会において、町田市長は、芹ヶ谷公園と町田市立博物館から収蔵品を引き継ぐ工芸美術館を「芹ヶ谷公園“芸術の杜”」として一体的に整備することを表明した。そして、工芸美術館整備費を含む平成31年度(2019年度)町田市一般会計予算案が審議され、同年3月28日、同案は可決された。この決議に当たっては、芹ヶ谷公園と「(仮称)国際工芸美術館」の一体的な整備における検討状況、子どもと体験という視点の取組等について、情報提供の徹底及び逐次報告を求める付帯決議がされた。
カ 債務者は、前記エの基本設計を見直すこととし、「芹ヶ谷公園“芸術の杜”公園・美術館一体整備」におけるデザイン監修(総合企画)及び設計業務受託候補者選定のための公募型プロポーザルを実施した。同プロポーザルには、債権者が参加するチームを含む17者が参加したところ、株式会社オンデザインパートナーズを代表とする共同企業体(以下「オンデザイン」という。)が選定された。
 債務者は、オンデザインとの間で、令和元年5月31日、上記業務に係る業務委託契約を締結し、同年11月14日、「(仮称)国際工芸美術館」基本設計業務委託契約を締結した。
 また、債務者は、同年8月以降、多数回にわたり、ワークショップ、アンケート、意見募集、説明会等を通じて、住民等から芹ヶ谷公園の活用、工芸美術館建設等に関する意見を募集したり、住民等と意見交換をしたりした。
キ 令和元年11月8日、芹ヶ谷公園を「芸術の杜」をテーマに再整備し、この再整備を機に、芹ヶ谷公園を一つのブランドとして確立させ、多くの人々が訪れる公園とすることを目指した「芹ヶ谷公園芸術の杜プロジェクト」と称する地域再生計画について、地域再生法5条15項の内閣総理大臣の認定がされた。
ク 令和2年3月議会定例会において、工芸美術館の実施設計予算、版画美術館について工芸美術館との具体的な連携を図るために必要な改修に係る基本設計を行うための予算等を含む令和2年度(2020年度)町田市一般会計予算案が審議され、同年3月30日、同案は可決された。
ケ 工芸美術館新築工事については、基本設計が完了し、現在、実施設計を行っており、令和4年度に着工し、令和7年度に完成する予定である。一体化工事については、基本設計が完了し、令和6年度に実施設計を行い、令和7年度に着工し、令和8年度に完成する予定である。公園整備工事については、基本設計が完了し、令和8年度に実施設計を行い、令和9年度に着工し、令和11年度に完成する予定である。
(4)本件各工事の概要
ア 本件工事1(1)ないし(4)は、一体化工事の一部を構成するところ、各工事の概要は以下のとおりである(乙5の1、3、審尋の全趣旨)。
(ア)本件工事1(1)について
 本件工事1(1)は、版画美術館の西側の池を撤去し、そこにエレベーター棟を建設し、これを版画美術館の2階西側と接続する工事である(別紙図1参照)。これに伴い、版画美術館の1階西側のサッシ及びRC立上を撤去して、風除室、自動扉による出入口等を設置し、2階西側の腰壁及びサッシを撤去することになる。
(イ)本件工事1(2)について
 本件工事1(2)は、版画美術館1階のエントランスホールと内ホワイエ(別紙既存平面図記載のヴィデオコーナー部分)との間の大谷石の柱の間の一つに、ガラスの自動扉を設置し、他の柱の間に、ガラス壁を設置する工事である(別紙図2参照)。
(ウ)本件工事1(3)について
 本件工事1(3)は、版画美術館1階の工房、アトリエ及び喫茶室の壁を撤去する工事である(別紙図3参照)。
(エ)本件工事1(4)について
 本件工事1(4)は、版画美術館1階の学芸員室と美術資料閲覧室との間の間仕切り壁を撤去する工事である(別紙図4参照)。
イ 本件工事2(1)ないし(3)は、公園整備工事の一部を構成するところ、各工事の概要は以下のとおりである(乙6、審尋の全趣旨)。
(ア)本件工事2(1)について
 本件工事2(1)は、版画美術館の北西の芹ヶ谷公園入口(せりがや会館口)からマイスカイホールまでの園路を約6mに拡幅し、工芸美術館の西側に収蔵品や資機材の搬出入スペースを設ける工事である(別紙図1参照)。もっとも、どの樹木を伐採するかについては、未定である。
(イ)本件工事2(2)について
 本件工事2(2)は、工芸美術館の東側にスロープを設置する工事、版画美術館の西の芹ヶ谷公園入口(文学館口)からのモミジ園に向かう園路にスロープを設置し、これに連続してモミジ園上空に橋を架け、工芸美術館に至る通路を設ける工事、版画美術館の北東側の路面をパーミアストーンにより舗装し、カウンターベンチ等を設置する工事及び版画美術館の南の芹ヶ谷公園入口(美術館口)にサインウォール及び屋根付き滞留スペースを設置する工事である(別紙図1参照)。
(ウ)本件工事2(3)について
 本件工事2(3)は、版画美術館の北西の芹ヶ谷公園入口(せりがや会館口)に設置されたレンガ造り(レンガタイル)の門柱及び同入口から公園内に至る園路付近の樹木を撤去する工事である(別紙図1参照)。もっとも、どの樹木を伐採するかについては、未定である。
(5)債権者と債務者とのやり取り(甲A8ないし11)
ア 債務者は、令和元年10月9日、A建築設計事務所を訪問し、債権者及び同社代表取締役のJに対し、工芸美術館を版画美術館の隣に建設し、両者を一体的に活用すること等を計画していることを伝えた。しかし、債権者は、版画美術館を改修することには反対するなどの意見を述べた。
イ 債務者は、令和元年10月から令和2年8月までの間、複数回にわたり、Jと面談し、工芸美術館の設計の進捗状況を報告し、版画美術館の改修工事の必要性を説明して、協力を求めた。上記面談の場には、オンデザインの担当者が加わることもあった。
ウ 債権者は、令和2年9月2日、債務者に対し、版画美術館の改修工事が債権者の著作物を侵害すること、工芸美術館の建設が本件庭園の景観や自然を破壊すること、本件に関して、市長との面談を希望すること等を記載した書面を交付した。
 これを受けて、債務者は、同月11日頃、債権者に対し、これまでの経緯を説明するとともに、版画美術館の改修工事は著作物の侵害には当たらないこと、現在の基本設計を見直すつもりはないこと、市長との面談には応じられないこと等を記載した書面を送付した。
エ 債権者代理人は、令和2年11月17日、債務者に対し、工芸美術館の建設計画は、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の著作者人格権を侵害することになるから、債権者が提案した回避策を検討するよう申し入れる通知書を送付した。
 これに対して、債務者は、同年12月2日頃、債権者に版画美術館及び本件庭園に係る著作者人格権は認められないこと、仮にこれが認められたとしても、工芸美術館の建設及び版画美術館の改修は債権者の著作者人格権を侵害するものではないこと、これまで債務者とJとの間で話合いを続けてきたが、Jは債務者が検討している設計案に理解を示しており、債務者が債権者の指摘する回避策を提案されたことはないこと等を記載した通知書を送付した。同通知書は、誤って債権者に対して送付されたため、債務者は、令和3年1月27日頃、改めて、債権者代理人に対し、同通知書とほぼ同内容の通知書を送付した。
オ 債権者は、令和3年4月20日、本件仮処分命令を申し立てた(当裁判所に顕著な事実)。
2 争点1(版画美術館及び本件庭園の著作物性)について
(1)版画美術館について
ア 建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するもの」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第1小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。そして、建築物は、通常、居住等の実用目的に供されることが予定されていることから、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていても、それが実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついている場合があるため、著作権法とは保護の要件や期間が異なる意匠法等による形状の保護との関係を調整する必要があり、また、当該建築物を著作権法によって保護することが、著作権者等を保護し、もって文化の発展を図るという同法の目的(同法1条)に適うか否かの吟味も求められるものというべきである。このような観点から、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。
 さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要となる。その要件のうち、創作性については、上記の著作権法の目的に照らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。
イ 版画美術館の構成は、前記1(1)ア(イ)のとおりであり、これを踏まえて、版画美術館が「建築の著作物」として保護されるか検討する。
(ア)「美術」の「範囲に属するもの」か否かについて
a 版画美術館の壁は、直角に交わる大小様々な平面からなり、その東側は、連続的に直角に折れ曲がって雁行する形状となっている。
 これらは、版画美術館の内部を外部と仕切ることにより、展示物や保管物が自然条件で毀損されることのないようにするとともに、来館者が快適に展示物を鑑賞することができるようにするなどのために不可欠な構造として、その形状に制約を受けざるを得ないものであり、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえる。
 したがって、上記の形状については、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。
b 版画美術館の外壁は、色合いの異なるレンガが積み上げられ、一定の間隔ごとに、地面から屋根まで鉛直方向に、細長い灰色のコンクリートリブが設けられている。
 これらのうち、レンガ部分は、壁に貼り付けられたものと考えられ、版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
 また、コンクリートリブ部分も、壁に貼り付けられたものと考えられ、版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
c 版画美術館の西側には、概ね丁字状の池及びその上段に位置する小さな池が版画美術館に接続するように設置され、人工的に引き上げた水が上段の池から流れ落ちる構造となっている。
 これらは、美術館としての静謐な空間を演出し、来館者が心穏やかに展示物を見て回ることができるようにするために、来館者の鑑賞の対象として設けられたものといえることからすると、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
d 版画美術館内のほぼ中央に位置するエントランスホールのうち、吹き抜け部分は、その周囲の壁面に、床面から2階の手すり部分まで、柱と同色の大谷石が貼り付けられ、その天井に、天窓につながる12個の略正四角柱状の空洞が設けられている。
 この吹き抜け部分は、版画美術館の内部空間を区切るための壁又は天井そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
e 以上の検討によれば、版画美術館は、少なくとも、前記bないしdのとおり、建物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるから、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められる。
(イ)「思想又は感情を創作的に表現したもの」か否かについて前記1(2)イのとおり、版画美術館は、A建築設計事務所が債務者との間で業務委託契約を締結し、同契約に基づき設計したものである。
 そして、証拠(甲A1、22)及び審尋の全趣旨によれば、版画美術館を構成する部分のうち、例えば、@前記(ア)aの版画美術館の壁については、リズムを生み出すために、連続的に折れ曲がる形状とされたこと、A前記(ア)bのうちコンクリートリブ部分については、外壁のレンガが単調な印象にならないように、リズムを付けるために設けられたこと、B前記(ア)cの二つの池及び水が上段の池から下段の池に流れ落ちる構造については、周囲の緑の中に水を溜めて小さな滝を設け、これを版画美術館内から眺めることができるようにしたものであること、C前記(ア)dの吹き抜け部分については、多くの来館者がまず足を踏み入れることになる空間であり、大谷石で周囲を取り囲み、天井から自然光が必要十分に差し込むように工夫されたものであることが認められ、設計者が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であるということができる。
 一方、版画美術館の全体の設計や少なくとも上記@ないしCの各部分がありふれたものであることを認めるに足りる疎明資料はない。
 以上によれば、版画美術館は、作成者の思想又は感情が創作的に表現された部分を含むものと認めるのが相当であり、全体として、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められる。
(ウ)以上によれば、版画美術館は、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められ、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められるから、「建築の著作物」として保護される。
(2)本件庭園について
ア 本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得るか否かについて検討する。
 「著作物」を例示した著作権法10条1項のうち、同項5号の「建築の著作物」にいう「建築」の意義については、建築基準法所定の「建築物」の定義を参考にしつつ、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に沿うように解釈するのが相当である。
 そして、建築基準法2条1号によれば、「建築物」とは「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等をいうところ、庭園内に存在する工作物が「建築物」に該当することはあっても、歩道、樹木、広場、池、遊具、施設等の諸々が存在する土地である庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解されない。しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができるものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当である。
 ただし、庭園には様々なものがあり、いわゆる日本庭園のように、敷地内に設けられた樹木、草花、岩石、砂利、池、地形等を鑑賞することを直接の目的としたものもあれば、その形象が、散策したり、遊び場として利用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついているものも存在する。そうすると、庭園の著作物性の判断も、前記(1)アの建築物の著作物性の判断と同様に、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものについては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の著作物」として保護されると解するのが相当である。
イ 本件庭園の構成は、前記1(1)イ(イ)のとおりであり、これを踏まえて、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かについて検討する。
(ア)せりがや会館口の両脇には、レンガ造りの門柱があるが、これは、芹ヶ谷公園の出入口を示すために設けられたものであり、芹ヶ谷公園を訪れようとした人にとっての目印として利用されるものであるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成ということができ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
(イ)せりがや会館口からマイスカイホールにかけてのスロープ、マイスカイホールのある広場、文学館口からバルコニーにかけての階段並びに美術館口から版画美術館の東側を通り、北に向かって設けられた歩道及び広場は、専ら、版画美術館に来館するために通行したり、本件庭園を散策したり、子ども達が遊んだりするための構造であるといえるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべきであり、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
 また、これらの床には濃淡の異なる2色の茶色のタイルが貼られているが、これらのタイルは、歩行者等が歩いたり、走ったりしやすいようにし、通路等が、人々の往来や自然条件により、損壊することのないようにするための構造を備えることが不可欠であるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべきであり、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
(ウ)文学館口からバルコニーにかけての階段の途中及びマイスカイホールの周囲に設けられた白い御影石のベンチは、本件庭園を訪れた人が休息をとるため等に使用できる構造を備える必要があるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成ということができ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
 上記階段の途中に設けられた、球体の一部が地表から盛り上がるような形状を有する直径100cm弱、高さ約10cmの石材は、通路の舗装の一部を構成するものであり、装飾的な要素がありつつも、歩行者等が歩いたり、走ったりしやすいようにし、通路等が、人々の往来や自然条件により、損壊することのないようにするような構造を備えることにより、その装飾的な要素が一定程度制限されているものと考えられ、また、訪れた子ども達が飛び乗るなどして遊ぶという遊具としての構造も備えているとも考えられる。そうすると、上記の石材は、通路と一体のものとして、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
(エ)バルコニーは、モミジ園及び版画美術館より標高が高いところにあり、眼下にモミジ園を一望することができる設備であるところ、本件庭園を訪れた人が散策する過程で、本件庭園の景色を楽しむため場所を提供するものということができるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
(オ)モミジ園には、多数のモミジ及びショウブが植えられており、遊歩道及び橋が設けられている。
 これらの遊歩道等は、本件庭園を訪れた人が散策するなどするために不可欠の構造であり、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべきであり、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
 また、モミジ等自体も、本件庭園内を心地良く散策することができるようにするために植栽されたものということができ、その植栽のされ方や配置等は、散策等の目的を有する庭園全体やその通路の構造によって一定程度制約されるものと考えられるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
(カ)マイスカイホールについて、疎明資料(甲A1、乙9)及び審尋の全趣旨によれば、本件庭園が建設された時点では、彫刻を展示するための広場のみが設けられており、本件庭園が完成した後にこれが設置されたと認められる。
 したがって、マイスカイホールは、本件庭園が建設された後に設置されたものであるから、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるのか否かを検討する対象足り得ない。
(キ)本件庭園は、西側の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、モミジ園及び版画美術館付近が谷の底となる地形を利用して、園内を散策したりすることができるように、通路や階段、ベンチ、門柱、広場等が設けられたものである。
 そうすると、前記(ア)ないし(カ)のとおり、本件庭園内の通路や階段等は、いずれも庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であることから、本件庭園が備えるこれらの設備を総合的に検討したとしても、本件庭園において、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないというほかない。
(ク)そして、本件庭園のその余の部分は、本件全疎明資料によっても、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を把握することができるものとは認められない。
 以上によれば、本件庭園は、「美術」の「範囲に属するもの」に該当するとは認められず、「建築の著作物」として保護されない。
ウ これに対して、債権者は、本件庭園について、自然環境や地形を巧みに生かすように設計し、版画美術館を自然環境に溶け込ませ、静謐な環境の中に版画美術館が静かに佇むことを企図したものであるから、本件庭園は版画美術館と一体的関係を持ち、版画美術館と共に「建築の著作物」に該当すると主張する。
 しかし、別紙敷地案内図及び同庭園範囲図から明らかなように、本件庭園は芹ヶ谷公園の一部を構成するものであり、版画美術館は本件庭園の4分の1程度の面積を占めるにすぎない。また、前記1(1)ア及びイのとおり、本件庭園付近は、もともと西側の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、東側に谷の底がある地形をしており、本件庭園はこのような特殊な地形を利用して設けられたものであるのに対し、版画美術館はこのような地形のうち平地部分に建設されたものであって、設計の前提となる条件が大きく異なるといえる。さらに、版画美術館の来館者が、基本的に、その展示物を見て回ることを目的とするのに対し、芹ヶ谷公園の一部を成す本件庭園の来園者には、版画美術館に来館した者のみならず、散策する者、休息をとる者、運動をする者、単に通り抜けようとして通行する者等がおり、利用目的が異なっている。
 これらの事情に照らせば、本件庭園が版画美術館の建設と同時に整備されたものであり、相互の利用を考慮して設計されたものであるとしても、本件庭園は、版画美術館と一体となるものとして設計されたと認められず、版画美術館と一体として利用されるものと評価することもできないから、版画美術館と共に「建築の著作物」を構成するとは認められないというべきである。
 したがって、債権者の上記主張は採用することができない。
エ 以上によれば、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるとは認められないから、その余の点を判断するまでもなく、本件庭園に係る工事である本件工事2(1)ないし(3)の差止めを求める申立ては理由がない。
3 争点2(版画美術館及び本件庭園の著作者)について
(1)版画美術館の著作者について検討するに、疎明資料(甲A22、乙1、9、10)及び審尋の全趣旨によれば、@債権者は、昭和57年6月4日にA建築設計事務所を設立し、平成22年5月26日に退任するまで、A建築設計事務所の代表取締役であったこと、A債務者から版画美術館に係る基本設計作製業務等を受託した昭和58年当時、A建築設計事務所には、債権者のほかに、7名の1級建築士又は2級建築士の所員がいたこと、B債権者は、自ら、版画美術館に係る基本設計図及び実施設計図の一部を作成し、また、配置図、平面図、立面図、断面図等のスケッチを作成し、所員に指示をしてこれらを完成させたこと、C債権者は、エントランスホール前のタイルの床、エントランスホールの大理石の床や大谷石の内壁、手すり、照明器具、エントランス前の寄り付きの天井等についてアイデアを出し、所員に対し、これに基づいて図面等を作成するよう指示したこと、D大成建設・小田急建設・高尾建設共同企業体は、このようにして作成された基本設計等に基づき、版画美術館を完成させたことが認められる。
 上記認定事実によれば、債権者は、自らの氏を商号の一部に含むA建築設計事務所を設立して、その代表取締役に就任し、法人設立から間もなく、所属する所員も少数であった昭和58年に、A建築設計事務所をして債務者から版画美術館に係る基本設計作製業務等を受託させたものであり、債権者は、自ら設計図等を作成し、あるいは、所員に対し、具体的な指示をして図面等を作成させ、その図面等に基づいて版画美術館が完成するに至ったものである。そして、建築物の設計者は、「建築家」と呼ばれることがあり、当該設計者が設計した建築物について、当該設計者個人の業績として紹介されることが少なくないことを併せ考慮すると、版画美術館は、債権者の思想又は感情を創作的に表現した著作物であると認められ、他方、A建築設計事務所の発意に基づき、債権者及び所員がA建築設計事務所の職務上作成したものとは認められず、他にこれを認めるに足りる疎明資料はないから、債権者が版画美術館の著作者であると認めるのが相当である。
(2)これに対して、疎明資料(甲A6、乙2の2、乙3の2、乙9の1、乙11)によれば、A建築設計事務所のウェブサイト中の「Works」及び「Awards」の各ウェブページにおいて、版画美術館が紹介されていること、版画美術館に係る設計図等にはA建築設計事務所の名称が記載されていること、版画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門賞では、A建築設計事務所が設計者として表示され、JIA25年賞では、A建築設計事務所及び債権者が設計者として表示されていることが認められる。
 しかし、A建築設計事務所のウェブサイト中において版画美術館が紹介されたり、版画美術館に係る設計図等にA建築設計事務所の名称が記載されたりしているのは、前記1(2)のとおり、債務者との間で版画美術館に係る基本設計作製業務等の委託契約を締結したのがA建築設計事務所であったことに5よるものであると考えられるところ、著作物を創作した者である著作者と、著作物の作成を依頼した者との間で契約を締結して当該契約に基づく権利義務の主体となる契約当事者とが、必ず一致するとは限らない。また、上記各賞において、A建築設計事務所が設計者と表示された理由は明らかではないが、これらについても、A建築設計事務所が上記委託契約を締結した契約当事者であったからであると考えられ、A建築設計事務所が著作者であることを直ちに裏付けるとはいい難い。
 そうすると、上記各認定事実をもって、前記(1)の認定を左右するということはできないというべきである。
(3)また、債務者は、前記(2)のとおり、A建築設計事務所のウェブサイトや版画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門賞等において、版画美術館及び本件庭園の著作者名として、専らA建築設計事務所の名称が通常の方法により表示されており、債権者の名前が単独で表示されている例はないと認められるから、著作権法14条により、A建築設計事務所が版画美術館及び本件庭園の著作者として推定されると主張する。
 しかし、前記(1)のとおり、版画美術館の著作者は債権者であると認められるので、同条の推定は結論に影響を及ぼさない。
(4)以上を踏まえると、債権者は、版画美術館の著作者であり、版画美術館に係る著作者人格権(同一性保持権)を有する。
4 争点3(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債権者の意に反する改変に該当するか)について
 版画美術館に係る本件工事1(1)は、前記1(4)ア(ア)のとおり、版画美術館の西側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、これを版画美術館に接続するものであるところ、版画美術館の躯体に関わる工事であり、小規模なものとはいい難い上、これにより鑑賞の対象であった池が失われ、この周辺の外観は大きく変わることになるといえる。
 また、版画美術館に係る本件工事1(2)は、前記1(4)ア(イ)のとおり、エントランスホールと内ホワイエとの間の大谷石の柱の間に、ガラスの自動扉又はガラス壁を設置するものであるところ、版画美術館の躯体を直接取り壊したりする工事ではないものの、エントランスホールから内ホワイエにかけての連続する空間を分断し、空間的な広がりを狭めるものであるから、来館者が抱くエントランスホール及び内ホワイエの印象を少なからず変えることになるといえる。
 さらに、版画美術館に係る本件工事1(3)及び(4)は、前記1(4)ア(ウ)及び(エ)のとおり、工房、アトリエ及び喫茶室の壁並びに学芸員室と美術資料閲覧室との間の間仕切り壁を撤去するものであるところ、別紙既存平面図、図3及び図4のとおり、撤去される壁には、部屋と部屋を仕切る壁のみならず、喫茶室、アトリエロッカールーム及びアトリエの東側の壁も含まれており、この付近には、来館者用の出入口や歩道があることからすると、人々の注意を惹きやすい部分に大きな変更を加えるものといえる。
 そして、前記1(5)アのとおり、債権者は、債務者から版画美術館の改修を計画していることの報告を受けたときに、これに反対する意向を示しており、債権者が上記各改変を許容していたことを認めるに足りる疎明資料はない。
 以上によれば、本件工事1(1)ないし(4)は、版画美術館の機能や外観に対して相当程度大きな変更を加えるものであり、実際、債権者は、これに反対する意向を示していたことからすると、債権者の意に反する改変であると認めるのが相当である。
5 争点4(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に該当するか)について
(1)著作権法20条2項2号の「増築」及び「模様替え」は、建築基準法において用いられる用語ではあるものの、著作権法及び建築基準法のいずれにも定義規定がないことからすると、これらの用語の一般的な意味を考慮しつつ、両法に整合的に解釈するのが相当である。
 この点、「増築」とは、一般的に、在来の建物に更に増し加えて建てることをいい、建築基準法6条2項等においてもこのような意味で理解することができる。また、「模様替え」とは、一般的に、室内の装飾、家具の配置等を変えることをいうが、同法2条15号、6条1項等からすると、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲で、これを改変することをいうと解すべきである。そして、これらの解釈は、著作権法20条1項、2項2号の趣旨に反するものではない。
 そうすると、本件工事1(1)は、前記1(4)ア(ア)のとおり、版画美術館の西側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、これを版画美術館に接続するものであるから、在来の建物に更に増し加えて建てるものであるといえ、「増築」に該当すると認められる。また、本件工事1(2)は、前記1(4)ア(イ)のとおり、エントランスホールと内ホワイエとの間の大谷石の柱の間に、ガラスの自動扉又はガラス壁を設置するものであり、版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、既存の柱を利用し、壁等を設けることによって、一連の空間を分割するにすぎないものであるから、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまるものといえ、「模様替え」に該当すると認められる。さらに、本件工事1(3)及び(4)は、前記1(4)ア(ウ)及び(エ)のとおり、工房、アトリエ及び喫茶室の壁並びに学芸員室と美術資料閲覧室との間の間仕切り壁を撤去するものであり、版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、内部の空間の区切り方や入口の位置及びレイアウトを利用しやすいように変更するにすぎないものであるから、やはり、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまり、「模様替え」に該当すると認められる。
(2)もっとも、著作権法は、著作物を創作した著作者に対し、著作者人格権として、同法20条1項により、その著作物の同一性を保持する権利を保障する一方で、建築物が、元来、人間が住み、あるいは使うという実用的な見地から造られたものであって、経済的・実用的な見地から効用の増大を図ることを許す必要性が高いことから、同条2項2号により、建築物の著作者の同一性保持権に一定の制限を課したものである。このような法の趣旨に鑑みると、同号が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって、いかなる増改築であっても同号が適用されると解するのは相当でなく、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変については、同号にいう「改変」に該当しないと解するのが相当である。
 これを本件について検討するに、前記1の認定事実によれば、本件工事1(1)ないし(4)が決定されるに至った経緯は、次のとおりである。すなわち、町田市立博物館がその開館から30年以上が経過し、建物の老朽化等が問題になったことから、債務者は、市民に対する意識調査や外部の有識者により構成される委員会での検討結果等を踏まえ、芹ヶ谷公園内に、名称を「(仮称)町田市立国際工芸美術館」とする新しい博物館(工芸美術館)を整備し、版画美術館とともに「美術ゾーン」(展示機能を持つ債務者の施設のうち「美術系」に分類されるものを集約し、これらの連携を図ることを目指した区域)を形成する計画を立てた。そして、債務者は、A建築設計事務所に対し、工芸美術館の建設候補地の検討を委託するとともに、学識経験者により構成される委員会での検討結果や市民からの意見募集等を実施した上で、版画美術館の北側に工芸美術館を建設すること等を内容とする基本計画を策定した。これを踏まえて、工芸美術館の基本設計が行われたが、町田市議会において、工芸美術館の建設をめぐり議論となり、実施設計委託料に相当する工芸美術館整備費を予算から削る修正案が可決されため、一旦、計画は頓挫することとなった。その後、町田市長は、芹ヶ谷公園と工芸美術館を一体的に整備することを表明し、町田市議会において、工芸美術館整備費を含む予算案が再び審議され、同案が可決承認されるとともに、芹ヶ谷公園と工芸美術館の一体的な整備における検討状況等についての情報提供を徹底すること等の付帯決議がされた。債務者は、先の基本設計を見直すこととし、芹ヶ谷公園と美術館の一体整備に係る総合企画及び設計業務を委託する候補者を選定するための公募型プロポーザルを実施し、これにより選定されたオンデザインとの間で、これらの業務委託契約及び工芸美術館の基本設計業務委託契約を締結した。債務者は、これと並行して、多数回にわたり、ワークショップ、アンケート、説明会等を通じて、住民等から、芹ヶ谷公園の活用や工芸美術館建設等に関する意見を募集するなどし、現在、工芸美術館新築工事等の各基本設計が終了したものである。本件各工事は、これらの基本設計に基づくものである。
 以上の経緯によれば、版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)は、債務者が、町田市立博物館の再編をきっかけとして検討を開始し、債務者が保有する施設を有効利用する一環として計画したものであり、町田市議会においても議論された上で、公募型プロポーザルを経て選定されたオンデザインによって作成され、さらに、随時、有識者や住民の意見が集約され、その意見が反映されたものというべきであるから、債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない。
 したがって、本件工事1(1)ないし(4)については、著作権法20条2項2号が適用されるから、版画美術館に係る債権者の同一性保持権が侵害されたとは認められない。
(3)これに対して、債権者は、著作権法20条2号の「改変」に該当するというためには、版画美術館自体に「増築」や「模様替え」の必要があり、かつ、版画美術館の設計思想や特徴を極力尊重した上で、版画美術館の「増築」又は「模様替え」を行い、版画美術館の価値を更に高める改変を行う場合でなければならないところ、本件各工事は、合理的な理由もなく版画美術館を乱暴にも破損しようとするものであるばかりか、版画美術館の北側に版画美術館とは分離した新博物館(3000u、3階建て)を建築する案や、版画美術館の北側の平地に工芸美術館をコンパクトに配置する案等の回避策が存在する一方、これらの回避策を採用することが困難な事情は存在せず、債務者の計画よりも廉価に工芸美術館を建設することができるから、同号が予定した「改変」には当たらないと主張する。
 しかし、前記(2)のとおり、著作権法は、建築物の特殊性に鑑み、同法20条2項2号により、建築の著作物の著作者に保障された同一性保持権に一定の制限を課したものであるところ、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変について同号の適用を制限することを超えて、その適用に更なる制限を課すことは、著作者の同一性保持権と建築物の所有者の経済的・実用的な利益との調整として同号の予定するところではないというべきであり、本件工事1(1)ないし(4)についても、このような観点から検討すれば足りる。
 したがって、債権者の上記主張は採用することができない。
第4 結論
 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、債権者の申立てはいずれも理由がないからこれらを却下することとして、主文のとおり決定する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 小川暁
 裁判官 間明宏充


(別紙)物件目録
1 建物
(1)所在
 以下の土地上にあり、別紙庭園範囲図記載の@ないし(45)及び@を順次直線で結んだ線内に存する建物
 東京都町田市高ケ坂一丁目1546、1547、1557、1558、東京都町田市原町田1555-1、1556-1、1532-18、1532-19
(2)建物の構造
 鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造地下1階、地上3階建て建物
2 庭園
(1)所在
 東京都町田市高ケ坂一丁目1546、1547、1557、1558、東京都町田市原町田1531-1、1532−14、1528-2、1529-1、1529-4、1531-5、1531-6等
(2)範囲
 別紙庭園範囲図記載の@ないし(45)及び@を順次直線で結んだ線内の庭園
 以上

(別紙)差止工事目録
1 版画美術館について
(1)別紙図1記載の版画美術館西側の池(同図@)にエレベーター及び階段(同図A)を設置する工事、及び、版画美術館2階西側の窓部分(同図B)を除去し生活通路を設置する工事
(2)別紙図2記載の版画美術館1階エントランスホールの大谷石の列柱(同図C)の間に自動扉のガラスサッシ(同図C’)を設置する工事
(3)別紙図3記載の版画美術館1階の工房(同図D)、アトリエ(同図E)及び喫茶室(同図F)の各間仕切り壁(赤で示す壁。青色枠線で囲まれた部分を除く。)の撤去工事
(4)別紙図4記載の版画美術館1階の学芸員室(同図H)及び美術資料閲覧室(同図I)の各間仕切り壁(同図点線部)の撤去工事
2 本件庭園について
(1)別紙図1記載の工芸美術館に至る道路(同図J)及び来客用駐車場(同図K)を設置する工事
(2)別紙図1記載の工芸美術館東側に空中歩廊(同図L)、モミジ園上空ブリッジ(同図M)、アトリエステージ(同図N)、スロープ状の斜め道(同図O)及びコンクリート塀と庇(同図P)を設置する工事
(3)別紙図1記載の遊歩道付近の樹木(同図Q)及びレンガタイルの門柱(同図R)を撤去する工事
 以上

別紙庭園範囲図、別紙図面1、別紙図面2、別紙図面3、別紙図面4、別紙敷地案内図及び別紙既存平面図は、省略
line
 
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