判例全文 | ||
【事件名】“キャプチャ静止画”侵害事件 【年月日】令和4年11月24日 東京地裁 令和3年(ワ)第24148号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和4年9月22日) 判決 原告 株式会社MONOLITHJapan 同訴訟代理人弁護士 加藤伸樹 被告 A 同訴訟代理人弁護士 太田真也 主文 1 被告は、原告に対し、242万円及びこれに対する令和2年5月11日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを4分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、984万9845円及びこれに対する令和2年5月11日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が、別紙投稿記事目録記載のとおり、被告の管理するブログに原告が著作権を有する別紙動画目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)をキャプチャした静止画が投稿され、原告の著作権(複製権及び公衆送信権)が侵害された旨を主張して、被告に対し、不法行為(民法709条)に基づき、損害賠償金984万9845円及びこれに対する不法行為後である令和2年5月11日(不法行為がされた期間の最終日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、末尾の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠番号の枝番は省略する(以下同様)。) (1)当事者 ア 原告は、学習塾等の経営、インターネットによる情報サービス業等を業とする株式会社であり、動画投稿サイト「YouTube」に「令和の虎CHANNEL」と題するチャンネル(以下「原告チャンネル」という。)を開設して動画を配信している。 イ 被告は、ブログサービス「livedoorBlog」に開設した「チラシの裏」と題するブログ(以下「本件ブログ」という。)に別紙投稿記事目録記載の各記事(甲7。以下、これらを併せて「本件各記事」という。)を掲載した者である。 なお、被告は、別紙投稿記事目録6〜8記載の各記事について、被告による投稿の事実については知らない旨を主張する。しかし、証拠(甲7)によれば、これらの記事が同別紙1〜5記載の記事と同じく本件ブログ上に投稿されていること、記事の基本的な構成及び体裁は本件各記事相互に概ね共通することなどに鑑みると、これらの記事についても被告が投稿したものと容易に認められる。この点に関する被告の主張は採用できない。 (2)本件各動画の概要 本件各動画は、いずれも、「志願者」と呼ばれる一般企業家が「虎」と呼ばれる5人の投資家に対して事業計画のプレゼンテーションを行い、質疑応答等を経て、最終的に上記投資家らが出資の可否を決定することを基本構成とする約45分前後の動画であり、原告チャンネルで配信されている(甲2)。 (3)本件各動画の著作権の帰属 本件各動画(甲2)は、その内容に照らし、いずれも著作物に当たる。本件各動画は、原告と株式会社B(以下「B社」という。)との平成31年2月7日締結に係る映像制作業務委託契約(甲5)に基づきB社が制作したものであるところ、原告は、その制作代金を支払うことで、上記契約に基づき、B社から本件各動画の著作権の譲渡を受けた。 したがって、原告は、本件各動画の著作権を有する。 (4)被告の行為 被告は、本件各記事のそれぞれにおいて、対応する本件各動画からキャプチャした静止画(以下、「本件静止画」と総称する。)30枚〜60枚程度を時系列に沿って貼り付け、これを別紙投稿記事目録記載の「投稿日時(タイムスタンプ)」欄記載の日時から令和2年5月11日までの間、本件ブログ上に投稿した。 (5)本件訴訟に至る経緯等 原告は、本件各記事の投稿者を特定するため、発信者情報開示手続を弁護士に委任した上、本件ブログのコンテンツプロバイダである株式会社LINE(以下「LINE」という。)から発信者情報の開示を受けた上で、東京地方裁判所に対し、経由プロバイダである株式会社ジェイコム千葉(以下「ジェイコム千葉」という。)を相手方とする発信者情報開示手続の申立てをした(当庁令和2年(ワ)第15010号発信者情報開示請求事件)。同裁判所は、令和3年3月26日、株式会社ジェイコム千葉に対し、本件各記事の投稿に関する発信者情報の開示を命じる旨の判決を言い渡した(甲4)。 この手続に関し、原告は、上記弁護士に対し、弁護士費用合計165万円及び発信者情報開示手続費用2万4405円を支払った(甲13、14、24〜28、30)。 2 争点 (1)引用の抗弁の成否 (2)時事の事件の報道の抗弁の成否 (3)権利濫用の抗弁の成否 (4)原告の損害及びその額 3 争点に関する当事者の主張 (1)引用の抗弁の成否(争点(1)) (被告の主張) ア 「引用」(著作権法(以下「法」という。)32条1項)といえるには、一般的に、主従関係が明確であること、引用部分が他とはっきりと区別されていること、引用する必要性があること、出典元が明記されていること、改変しないことが要件とされている。 イ 主従関係が明確であること 本件各記事は、いずれも、掲載されている静止画の枚数は少なくはないものの、各静止画の前後には被告が創作した文章が記載されており、静止画の枚数よりも被告が創作した文章の行数の方がはるかに多いことが見て取れる。 したがって、本件各記事のいずれにおいても、被告の創作した文章が主、掲載されている静止画が従という主従関係が明確である。 ウ 引用部分が他とはっきりと区別されていること 本件各記事のいずれにおいても、引用部分となるのは掲載された静止画の部分であり、これと被告の創作した文章の部分とははっきりと区別されている。 エ 引用する必要性があること 本件各記事は、いずれも、本件各動画について紹介した上で批評・意見・感想を述べるという内容のものであり、その前提として、本件各動画の内容を明らかにする必要がある。したがって、本件各記事のいずれにおいても、本件静止画を引用する必要性がある。 オ 出典元が明記されていること 本件各記事のいずれにおいても、記事の表題に「令和の虎#054」などと本件各動画の題名が記載されていることから、出典元が明記されている。 カ 改変しないこと 本件各記事に掲載されているのは本件各動画をキャプチャした静止画であり、これらはいずれも、本件各動画の内容を寸分違わず忠実に反映している。したがって、本件各記事のいずれにおいても、被告は、本件静止画を改変していない。 キ 以上より、本件各記事における本件静止画の掲載は、いずれも、引用としての公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであるといえるため、「引用」に該当する。このため、本件各記事の投稿は著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害とはならない。 (原告の主張) 本件各記事においては、それぞれ、掲載されている静止画は30枚〜60枚にも上り、本件各記事の大半を占める。また、これらの静止画が時系列に沿って貼り付けられると共に、各静止画の間に本件各動画の内容に対応するテキストが記載されることで、本件各記事では、本件各動画の内容がほぼそのまま再現されている。他方、本件各記事には、本件各動画の閲覧者のコメントの抜粋及び被告の感想等も記載されているが、これらは、本件各記事の最後に、平均約20頁の記事に対して2〜3頁程度記載されているのみで、分量としては相当に短く、内容もいずれも概括的なものに止まる。 このように、本件各記事に掲載されている静止画の枚数は、被告の感想等の分量に照らしてもはるかに多く、しかも、被告の感想等の内容に照らしても必要な枚数を大きく上回っており、必要最小限度の範囲を著しく超えていることは明らかである。したがって、本件各記事における本件静止画の掲載は適法な「引用」に該当しない。 (2)時事の事件の報道の抗弁の成否(争点(2)) (被告の主張) 本件各動画は、「志願者」と呼ばれる一般企業家が「虎」と呼ばれる5人の投資家に対して事業計画のプレゼンテーションを行い、質疑応答等を経て、最終的に上記投資家らが出資の可否を決定することを基本構成とする約45分前後の動画である。このような本件各動画の内容をブログ記事に掲載してインターネット上で紹介することは、「社会において有用で公衆の関心事となりそうな新しい事業を計画している一般企業家が存在する」という事実と、「その事業計画について、5人の投資家がどのように判断・評価して、出資の可否を決定した」という近時の出来事を、公衆に伝達することを主目的にするものといえる。時事の報道には、単に、事件や事実をそのまま伝えるだけでなく、その事件・事実に関する批評・意見・感想を述べることも当然含まれ、事件や事実の紹介と共にその事件・事実に関する批評・意見・感想を述べたとしても、それにより時事の報道であることは否定されない。 したがって、本件各動画について紹介した上で批評・意見・感想を述べるという内容の本件各記事の掲載は、「時事の事件の報道」といえる。 また、本件各動画の上記内容に鑑みれば、本件各動画及び本件静止画は、まさに、「社会において有用で公衆の関心事となりそうな新しい事業を計画している一般企業家が存在する」という事実と、「その事業計画について、5人の投資家がどのように判断・評価して、出資の可否を決定した」という近時の出来事を直接映し出したものであるため、「当該事件を構成する著作物」といえる。さらに、そのような事実や出来事を公衆に伝達して紹介するには本件各動画の内容を明らかにする必要があるため、本件静止画を掲載することは報道の目的上正当な範囲内に含まれる。 以上より、本件各記事の掲載はいずれも「時事の事件の報道」といえるため、本件静止画の掲載は、「時事の事件の報道のための利用」(法41条)に当たり、著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害とはならない (原告の主張) ア 本件各記事が時事の事件の「報道」に該当しないこと 本件各記事は、いずれも、「令和の虎#● ●●の感想」(前者の「●」は対応する本件各動画の話数を、後者の「●●」はその概要を示す。)というタイトルから始まり、本件各動画の静止画が大量に掲載された後、最後に本件各動画に付されたコメントの抜粋及び被告の感想等の批評が記載されたものである。このことに照らすと、本件各記事は、@「社会において有用で公衆の関心事となりそうな新しい事業を計画している一般企業家が存在する」事実及びA「その事業計画について、5人の投資家がどのように判断・評価して、出資の可否を決定した」という事実等を知らせているのではなく、本件各動画の内容及び感想等を知らせようとするものといえる。 したがって、本件各記事は、いずれも時事の事件の「報道」に当たらない。 イ 本件各記事における静止画の掲載が「時事の事件の報道」のための利用に該当しないこと 本件各記事の上記構成及び内容等に照らすと、本件各記事は、いずれも、本件各動画に関する上記記載を通じて、本件各動画に興味関心のある閲覧者等を楽しませる意図で記述されているものといえる。 したがって、本件各記事への静止画の掲載は、「時事の事件の報道」のための利用に当たらない。 ウ 本件各動画及び本件静止画が「当該事件を構成する著作物」に該当しないこと 時事の事件の報道において利用できる「当該事件を構成する著作物」とは、当該事件の主題となっている著作物をいうところ、本件各動画及び本件静止画は、上記@及びAの事実等の主題となっている著作物ではない。 したがって、本件各動画本件静止画は、「当該事件を構成する著作物」に該当しない。 エ 本件各記事への本件静止画の掲載が「報道の目的上正当な範囲内」に含まれないこと 「報道の目的上正当な範囲内」とは、質的にも量的にも、報道に必要とされる以上の利用をしないことをいう。 この点、上記@及びAの事実等については、静止画がなくとも文章等で説明することが十分可能である。他方、本件各記事に掲載されている本件静止画は、それぞれ30枚〜60枚にも上り、本件各記事の大半を占めている。これらの事実に照らすと、本件静止画の掲載は、上記@及びAの事実等の報道に必要とされる以上の態様による利用といえる。 したがって、本件静止画の掲載は、「報道の目的上正当な範囲内」には含まれない。 オ 小括 以上のとおり、本件各記事における本件静止画の掲載は、法41条の要件を満たさず、時事の事件の報道のための利用には該当しない。 (3)権利濫用の抗弁の成否(争点(3)) (被告の主張) 仮に被告の行為が原告の著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害となるとしても、以下の事実が存在することから、原告が被告に対して著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害を主張することは権利の濫用となる。 すなわち、原告代表者は、ツイッターにおいて、「切り抜き動画制作の皆さんに足を向けて寝られません。」と述べたり、パロディ動画の制作者を強烈なファンと呼んで称賛したりしている。このような原告代表者の発言に鑑みれば、原告は、原告チャンネル登録者数の増加に、被告と同様の「切り抜き動画」制作者の貢献が非常に大きいことを認めているのみならず、「切り抜き動画」制作による本件各動画の拡散を積極的に利用して原告チャンネル登録者数の増加を図る意図を有しているものといえる。 このように、原告は、被告と同様の「切り抜き動画」制作者による本件各動画の拡散を積極的に利用して原告チャンネル登録者数の増加を図る意図を有し、実際、「切り抜き動画」制作者による本件各動画の拡散の恩恵を享受しているにもかかわらず、被告に対して著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害を主張することは、権利の濫用となり許されない。 (原告の主張) 「切り抜き動画」とは、原告チャンネル上の動画をより個性的に編集し自己のチャンネルに投稿することを希望するクリエイターに対し、ウェブサイト「ガジェット通信」を通じて、収益を原告に分配すること等を条件に当該動画の利用を許諾し、この許諾のもとでクリエイターにおいて編集が行われた動画をいう。しかるに、被告が本件各記事に掲載した本件静止画は、原告の何らの許諾がない中、原告の本件各動画の著作権を侵害する形で利用したものであり、「切り抜き動画」とは全く異なる。 したがって、仮に、原告が「切り抜き動画」を利用して原告チャンネル登録者数の増加を図る意図等を有していたとしても、原告が被告に対して本件各動画の著作権侵害を主張することは権利の濫用に該当しない。 (4)原告の損害及びその額(争点(4)) (原告の主張) 以下のとおり、被告の著作権侵害の不法行為により、原告には合計984万9845円の損害が発生している。 ア 本件各動画の使用料相当額 権利侵害者が著作権の行使に対して支払わなかった使用料(利用許諾料)相当額は、権利侵害者にとって不当利得であり、著作権者はこの返還を請求することができるところ、法114条3項の趣旨は、その不当利得の金額を著作権者が受けた損害の額とみなして、その賠償を請求することができることとした点にある。このため、「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」は、過去における著作物の使用料や業界における料金相場を参考に算定される。また、法114条3項の改正の経緯に照らすと、著作権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、著作権の行使につき受けるべき金銭の額は、通常の使用料に比べて自ずと高額になることを考慮すべきである。 本件各動画の場合、過去における著作権の利用実績がないことから、「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」については、業界における著作物の料金相場を基準にしつつも、当該通常の利用料金よりも自ずと高額になることを考慮して算定すべきである。 被告は、別紙投稿記事目録の「投稿日時(タイムスタンプ)」欄記載の日時から本件各記事を削除した令和2年5月11日までの期間、本件静止画を貼り付けた本件各記事を本件ブログ上で公開したものであるところ、映像コンテンツから静止画をキャプチャした場合の当該静止画の画像利用料については、日本放送協会(以下「NHK」という。)が料金表を公表している。当該料金表は、「写真として保存された素材か、映像からキャプチャした素材かで複製料が大きく異なる」と断った上で、「国内撮影」、「カラー」のキャプチャ画像の最低額を1カット(枚)あたり2万円に設定している。 被告は、本件各記事において、本件各動画から静止画をキャプチャして利用しているところ、NHKの画像利用料の最低額である1カット(枚)あたり2万円を適用した場合、被告による本件静止画の使用料は、以下のとおり、合計728万円となる。
以上に加え、いわゆる侵害プレミアムが考慮されるべきであることを踏まえると、被告による本件静止画の公衆送信行為により原告が受けるべき金銭の額に相当する額は728万円を下らない。 イ 発信者情報開示等関係費用 本件ブログが匿名で開設されたものであったことから、原告は、被告の特定のために発信者情報開示手続を行うことを余儀なくされた。これを行うにあたり、原告には、以下のとおり、合計167万4405円の費用が発生したところ、これらの費用は、いずれも被告による著作権侵害行為がなければ発生せず、かつ、被告を特定するために避けられないものであったことから、当該侵害行為と相当因果関係のある損害である。 (ア)発信者情報開示手続申立費用2万4405円 本件ブログのコンテンツプロバイダはLINEであり、その経由プロバイダはジェイコム千葉であったことから、原告は、これら2社に対する発信者情報開示手続の申立てを余儀なくされ、合計2万4405円の費用を支払った。これらはいずれも発信者情報開示手続の申立てのために必要不可欠な費用である。 (イ)弁護士費用165万円 原告は、上記発信者情報開示手続を行うにあたり、専門家である弁護士に依頼することを余儀なくされた。その弁護士費用として、原告は、令和2年2月10日、同年6月12日及び令和3年4月26日、当該弁護士に対し、それぞれ55万円(合計165万円)を支払った。 ウ 本件訴訟提起に係る弁護士費用89万5440円 原告は、本件訴訟を提起するに当たり、弁護士に依頼せざるを得なかったところ、被告の著作権侵害行為と相当因果関係が認められる弁護士費用の額は、上記ア及びイの損害額合計895万4405円の1割相当額である89万5440円を下らない。 (被告の主張) ア 原告とB社との映像制作業務委託契約によれば、原告の支払うべき制作代金には、映像制作に関する対価(制作に関する実費等もすべて含む。)並びに映像の著作権譲渡及び著作者人格権不行使に関する対価が含まれる。また、本件各動画の制作代金は、いずれも動画1本につき33万円である。 本件各動画のように、制作代金に映像制作に関する対価のみならず映像の著作権譲渡の対価(著作権の買取価格)を含む場合、一般的に、著作権の買取平均価格は映像制作代金の10〜30%相当分とされている。本件各動画については、平成13年10月から平成16年3月まで地上波で放映されていたテレビ番組「マネーの虎」と極めて類似した内容であり、オリジナリティーは乏しく、創作性は高くないことなどに鑑みれば、著作権譲渡の対価は映像制作代金の10%程度であると考えられる。そうすると、本件各動画の著作権譲渡の対価は、動画1本当たり3万円(8本分で合計24万円)となる。これは本件各動画の1本分全体の著作権の市場価値といえる。 「著作権者が著作権の行使につき受けるべき金額」とは、著作権の市場価値が現実化したものにすぎず、著作権の市場価値よりも高額になることはない。そうすると、本件各動画の1本分全体の著作権が侵害された場合に著作権者に発生する損害額は、最大でも、本件各動画の1本分全体の著作権の市場価値相当額ということになる。 したがって、本件各記事における本件静止画の掲載が仮に著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害となるとしても、これにより原告に発生する損害額は、最大でも24万円である。 イ さらに、本件各記事に掲載されたのは本件各動画全体ではなく、あくまで本件各動画からキャプチャした静止画すなわち「本件各動画の中の一場面を秒単位で切り取ったもの」にすぎず、各静止画において切り取られているのは、それぞれの動画中の1秒間程度である。 本件静止画の枚数は、本件各記事全部を合わせると364枚である。そうすると、侵害した著作権の割合は、2%(≒364秒/21600秒)程度となる。したがって、原告の損害額は、本件各動画全てについて算定しても、4800円(=24万円×2%)である。 ウ 弁護士費用及び発信者情報開示手続費用については、否認又は争う。 第3 当裁判所の判断 1 著作権(複製権、公衆送信権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の成否 (1)前提事実(3)のとおり、著作物である本件各動画につき、原告は著作権を有する。 また、前提事実(4)のとおり、被告は、別紙投稿記事目録記載の「投稿日時(タイムスタンプ)」欄記載の日時から令和2年5月11日までの間、本件各記事に、本件各動画からキャプチャした本件静止画を掲載した。 以上の事実によれば、被告は、少なくとも過失により、本件各動画をキャプチャした本件静止画を自己の端末内で複製し、これを本件各記事に掲載して本件ブログに投稿することによってウェブサイト上で公開し、もって、原告の本件各動画に係る著作権(複製権、公衆送信権)を侵害したものと認められる。 したがって、原告は、被告に対し、著作権(複製権及び公衆送信権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有することが認められる。 (2)被告の主張について ア 争点(1)(引用の抗弁の成否)について 被告は、本件各記事による本件各動画の利用は適法な引用(法32条1項)に当たる旨を主張する。 しかし、証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば、本件各記事は、いずれも、約30枚〜60枚程度の本件各動画からキャプチャした静止画を当該動画の時系列に沿ってそれぞれ貼り付けた上で、各静止画の間に、直後に続く静止画に対応する本件各動画の内容を1行〜数行程度で簡単に要約して記載し、最後に、本件各動画の閲覧者のコメントの抜粋や被告の感想を記載するという構成を基本的なパターンとして採用している。各静止画の間には、上記要約のほか、被告による補足説明やコメント等が挟まれることもあるが、これらは、関連する動画(URLのみのものも含まれる。)やスクリーンショットを1個〜数個張り付けたり、1行〜数行程度のコメントを付加したりしたものであり、概ね、各静止画及びこれに対応する本件各動画の内容の要約部分による本件各動画全体の内容のスムーズな把握を妨げない程度のものにとどまる。また、本件各記事の最後に記載された被告の感想は、いずれも十数行〜二十数行程度であり、本件各動画それぞれについての概括的な感想といえるものである。 以上のとおり、本件各記事は、いずれも、キャプチャした静止画を使用して本件各動画の内容を紹介しつつそれを批評する面を有するものではある。しかし、本件各記事においてそれぞれ使用されている静止画の数は約30枚〜60枚程度という多数に上り、量的に本件各記事のそれぞれにおいて最も多くの割合を占める。また、本件各記事は、いずれも、静止画と要約等とが相まって、45分程度という本件各動画それぞれの内容全体の概略を記事の閲覧者が把握し得る構成となっているのに対し、本件各記事の最後に記載された投稿者の感想は概括的なものにとどまる。 以上の事情を総合的に考慮すると、本件各記事における本件各動画の利用は、引用の目的との関係で社会通念上必要とみられる範囲を超えるものであり、正当な範囲内で行われたものとはいえない。 したがって、本件各記事による本件各動画の利用は、適法な「引用」(法32条1項)とはいえない。この点に関する被告の主張は採用できない。 イ 争点(2)(時事の事件の報道の抗弁の成否)について 被告は、本件各記事における本件各動画の利用は、社会において有用で公衆の関心事となりそうな新しい事業を計画している一般企業家が存在する事実及びその事業計画に対する投資家の判断・評価という近時の出来事を公衆に伝達することを主目的とするものであり、時事の事件の報道(法41条)に当たる旨を主張する。 しかし、そもそも、本件各動画は、その内容に鑑みると、一般企業家が投資家に対して事業計画のプレゼンテーションを行い、質疑応答等を経て、最終的に投資家が出資の可否を決定するプロセス等をエンタテインメントとして視聴に供する企画として制作されたものというべきであって、それ自体、「時事の事件」すなわち現時又は近時に生起した出来事を内容とするものではない。本件各記事は、前記認定のとおり、このような本件各動画の内容全体の概略を把握し得るものであると共に、これを視聴した被告の概括的な感想をブログで披歴したものに過ぎず、その投稿をもって「報道」ということもできない。 したがって、本件各記事は、そもそも「時事の事件の報道」とは認められないから、適法な「時事の事件の報道のための利用」(法41条)とはいえない。この点に関する被告の主張は採用できない。 ウ 争点(3)(権利濫用の抗弁の成否)について 被告は、原告が「切り抜き動画」制作者による本件各動画の拡散を積極的に利用して原告チャンネルの登録者数の増加を図り、実際にその恩恵を享受しているにも関わらず、被告に対して本件各動画の著作権を行使することは権利の濫用に当たる旨を主張する。 しかし、証拠(甲29)及び弁論の全趣旨によれば、原告が利用する「切り抜き動画」とは、原告が、特定のウェブサイトで提供されるサービスを通じて、原告チャンネル上の動画をより個性的に編集して自己のチャンネルに投稿することを希望するクリエイターに対し、その収益を原告に分配すること等を条件に、当該動画の利用を許諾し、その許諾のもとに、クリエイターにおいて編集が行われた動画であると認められる。他方、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件各動画の利用につき、原告の許諾を何ら受けていないことが認められる。 そうすると、原告が「切り抜き動画」の恩恵を受けているからといって、被告に対する本件各動画に係る原告の著作権行使をもって権利の濫用に当たるなどと評価することはできない。他に原告の権利濫用を基礎付けるに足りる事情はない。 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。 2 争点(4)(原告の損害及びその額) (1)「著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」 ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、映像の使用料又は映像からキャプチャした写真の使用料に関し、以下の事実が認められる。 (ア)映像からキャプチャした写真の使用料 NHKエンタープライズが持つ映像・写真等に係る写真使用の場合の素材提供料金は、基本的には、メディア別基本料金及び写真素材使用料により定められるところ(更にこの合計額に特別料率が乗じられる場合もある。)、使用目的が「通信(モバイル含む)」の場合の基本料金は5000円(ライセンス期間3年)、写真素材使用料は、「カラー」、「一般写真」、「国内撮影」の場合、1カットあたり2万円とされている(甲12)。 なお、共同通信イメージズも写真の利用料金に関する規定を公表しているが(乙12)、ウェブサイト利用についてはニュースサイトでの使用に限ることとされていることなどに鑑みると、本件においてこれを参照対象とすることは相当でない。 (イ)映像の使用料 映像の使用については、次のとおり、NHKを含むテレビ局その他の事業者が使用料を定めている。
被告による本件各動画の使用態様は、本件各動画をキャプチャした本件静止画を本件各記事に掲載したというものである。そうすると、その使用料相当額の算定に当たっては、映像からキャプチャした写真の使用料を定めるNHKエンタープライズの規定(上記ア(ア))を参照するのが相当とも思われる。もっとも、当該規定がこのような場合の一般的な水準を定めたものとみるべき具体的な事情はない。また、本件各記事は、いずれも、相当数の静止画を時系列に並べて掲載すると共に、各静止画に補足説明を付すなどして、閲覧者が本件各動画の内容全体を概略把握し得るように構成されたものである。このような使用態様に鑑みると、本件静止画の使用は、映像(動画)としての使用ではないものの、これに準ずるものと見るのがむしろ実態に即したものといえる。 そうである以上、原告が本件各動画の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(法114条3項)の算定に当たっては、映像の使用料に係る各規定(上記ア(イ))を主に参照しつつ、上記各規定を定める主体の業務や対象となる映像等の性質及び内容等並びに本件各動画ないし原告チャンネルの性質及び内容等をも考慮するのが相当である。加えて、著作権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、使用に対し受けるべき額は、通常の使用料に比べて自ずと高額になるであろうことを踏まえると、原告が本件各動画の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(法114条3項)は、合計200万円とするのが相当である。 ウ これに対し、被告は、原告が本件各動画の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は著作権の買取価格を上回ることはないことを前提とし、本件各動画の著作権の買取価格(3万円)のうち本件各記事において静止画として利用された割合(2%)を乗じたものをもって、原告の受けるべき金銭の額である旨を主張する。 もとより、著作物使用料の額ないし使用料率は、当該著作物の市場における評価(又はその見込み)を反映して定められるものである。しかし、その際に、当該著作物の制作代金や当該著作物に係る著作権の譲渡価格がその上限を画するものとみるべき理由はない。すなわち、被告の上記主張は、そもそもその前提を欠く。 したがって、その余の点につき論ずるまでもなく、この点に関する被告の主張は採用できない。 (2)発信者情報開示手続費用 本件のように、ウェブサイトに匿名で投稿された記事の内容が著作権侵害の不法行為を構成し、被侵害者が損害賠償請求等の手段を取ろうとする場合、権利侵害者である投稿者を特定する必要がある。このための手段として、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律により、発信者情報の開示を請求する権利が認められているものの、これを行使して投稿者を特定するためには、多くの場合、訴訟手続等の法的手続を利用することが必要となる。この場合、手続遂行のために、一定の手続費用を要するほか、事案によっては弁護士費用を要することも当然あり得る。そうすると、これらの発信者情報開示手続に要した費用は、当該不法行為による損害賠償請求をするために必要な費用という意味で、不法行為との間で相当因果関係のある損害となり得るといえる。 本件においては、前提事実(5)のとおり、原告は、弁護士費用を含め発信者情報開示手続に係る費用として167万4405円を要したが、発信者情報開示手続の性質・内容等を考慮すると、このうち20万円をもって被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。これに反する原告及び被告の主張はいずれも採用できない。 (3)弁護士費用 本件事案の性質・内容、本件訴訟に至る経過、本件審理の経過等諸般の事情に鑑みれば、被告の不法行為と相当因果関係のある本件訴訟に係る弁護士費用相当額は、22万円と認めるのが相当である。これに反する原告及び被告の主張はいずれも採用できない。 3 まとめ 以上より、原告は、著作権侵害の不法行為に基づき、被告に対し、242万円の損害賠償請求権及びこれに対する令和2年5月11日(被告が本件静止画を掲載していた期間の最終日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金請求権を有する。 第4 結論 よって、原告の請求は、損害賠償金242万円及びこれに対する不法行為の後の日である令和2年5月11日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 小口五大 裁判官 稲垣雄大 (別紙動画目録省略) (別紙投稿記事目録省略) |
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