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【事件名】文学館の“解説パネル”事件
【年月日】令和4年11月10日
 東京地裁 令和4年(ワ)第4676号 著作権確認及び使用差止め等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年9月7日)

判決
原告 A
被告 渋川市
同訴訟代理人弁護士 田島義康
同指定代理人 山田健司
同 宮下眞範
同 小林弘朋
同 萩原喬史


主文
1 本件訴えのうち、以下の訴えをいずれも却下する。
(1)徳冨蘆花記念文学館(以下「本件文学館」という。)の常設展示室に設置されている解説パネル(以下「本件パネル」という。)は被告が著作権を有する編集著作物であるところ、当該編集著作物に係る被告の著作権は本件パネルの内容部分を構成する著作物である文章(以下「本件解説文」という。)又は「徳冨蘆花記念文学館図録蘆花の生涯」(以下「本件図録」という。)の著作者の権利には影響しないことの確認を求める旨の訴え
(2)本件解説文は原告が著作権を有する本件図録の文章と同一であることの確認を求める旨の訴え
(3)本件文学館の常設展示室に設置されている映像付き脚本朗読作品「不如帰」(以下「本件映像作品」という。)は被告が著作権を有する編集著作物であるところ、当該編集著作物に係る被告の著作権は本件映像作品の内容部分を構成する著作物である朗読部分の文章(以下「本件脚本」という。)の著作者の権利には影響しないこと及び原告が本件脚本の著作権を有することの確認を求める旨の訴え
(4)被告は、本件パネル及び本件映像作品を継続使用するために、原告との間で、本件解説文及び本件脚本につき、著作権譲渡契約又は利用許諾契約を締結する必要があることの確認を求める旨の訴え
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 本件パネルは被告が著作権を有する編集著作物であるところ、当該編集著作物に係る被告の著作権は本件解説文又は本件図録の著作者の権利には影響しないことを確認する。
2 本件解説文は原告が著作権を有する本件図録の文章と同一であることを確認する。
3 本件映像作品は被告が著作権を有する編集著作物であるところ、当該編集著作物に係る被告の著作権は本件脚本の著作者の権利には影響しないこと及び原告が本件脚本の著作権を有することを確認する。
4 被告は、本件パネル及び本件映像作品を継続使用するために、原告との間で、本件解説文及び本件脚本につき、著作権譲渡契約又は利用許諾契約を締結する必要があることを確認する。
5 被告は、本件パネル及び本件映像作品を使用してはならない。
6 被告は、原告に対し、100万円を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、被告の職員として本件文学館に勤務していた原告が、本件解説文(甲1に記載された文章全て)及び本件脚本(甲10)の著作者として著作権を有する旨を主張して、被告に対し、要旨、以下の請求をする事案である。
(1)本件確認の訴え@
 編集著作物である本件パネルに係る被告の著作権は、本件パネルの内容部分を構成する本件解説文又は本件図録の著作者の権利には影響を及ぼさないことの確認(以下、この確認請求を「本件確認の訴え@」という。)。
(2)本件確認の訴えA
 本件解説文が本件図録の文章と同一であることの確認(以下、この確認請求を「本件確認の訴えA」という。)。
(3)本件確認の訴えB
 編集著作物である本件映像作品に係る被告の著作権は、本件映像作品の内容部分を構成する本件脚本の著作者の権利には影響しないこと及び原告が本件脚本の著作権を有することの確認(以下、この確認請求を「本件確認の訴えB」という。)。
(4)本件確認の訴えC
 被告は、本件パネル及び本件映像作品を継続使用するために、原告との間で、本件解説文及び本件脚本につき、著作権譲渡契約又は利用許諾契約を締結する必要があることの確認(以下、この確認請求を「本件確認の訴えC」という。また、これと本件確認の訴え@〜Bを併せて、「本件各確認の訴え」という。)。
(5)本件差止請求
 被告による本件パネル及び本件映像作品の使用が原告の本件解説文及び本件脚本に係る著作権を侵害するとして、著作権法(以下「法」という。)112条1項に基づき、本件パネル及び本件映像作品の使用の差止め(以下「本件差止請求」という。)。
 なお、原告は、本件差止請求の根拠として法112条2項についても言及するが、その請求内容に鑑みると、上記のとおり理解される。
(6)本件損害賠償請求
 本件パネルの使用が本件解説文に係る原告の著作権を侵害するとして、不法行為(民法709条、損害額につき法114条3項)に基づき、使用料相当損害金100万円の損害賠償(一部請求。以下「本件損害賠償請求」という。)。
2 前提事実(争いのない事実、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1)当事者等
ア 被告は、平成18年2月、北群馬郡伊香保町(以下「旧伊香保町」という。)及びその近隣の市町村の合併により設置された地方自治体であり、旧伊香保町の権利義務を承継している(以下、旧伊香保町のことも「被告」ということがある。)。
イ 原告は、平成元年3月22日、旧伊香保町教育委員会により臨時職員として勤務することを命じられ、同年4月1日、旧伊香保町により事務吏員に採用され、平成23年3月31日、被告を定年退職した。
ウ 本件文学館は、旧伊香保町にゆかりのある文豪の徳冨蘆花の業績等を記念する旧伊香保町の施設として平成元年11月1日に開館し、上記合併後は被告がその管理、運営を行っている。
エ 株式会社トリアド工房(以下「トリアド工房」という。)は、各種展示会、展覧会等の企画、設計、監理及び施工等を主たる事業とする会社である。
(2)原告が被告の職員となった経緯
 旧伊香保町教育委員会は、平成元年2月頃、本件文学館の職員の採用を検討していた。原告は、その頃、他の美術館に学芸員として勤務していたが、同教育委員会に対し、自身の履歴書(乙10)及び栃木県立博物館主任研究員作成の紹介状(甲14)を提出し、本件文学館における勤務を申し入れた。
 旧伊香保町は、同年3月6日、原告と面接を行い、原告を採用することにした。そこで、まず、旧伊香保町教育委員会は、同月22日、原告を同日から同月31日まで臨時職員として採用した。その後、原告が同月31日をもって前職を退職したことから、旧伊香保町は、同年4月1日、原告を正職員として採用して事務吏員に任命し、主事を命じるとともに同教育委員会への出向を命じ、同教育委員会は、原告に学芸員を命じた。
(3)本件文学館の展示計画等
ア 旧伊香保町教育委員会は、同年2月17日、蘆花記念会館展示計画検討委員会を設置した。
 同検討委員会は、同年3月6日、本件文学館に収蔵する徳富蘆花に関連する資料、展示構想、展示製作工程等についての協議を行った。その際使用ないし作成された展示製作工程表では、同教育委員会は、同年4月に工事の発注、図面打合せ、模型資料調査及び映像資料調査を、同年5月に解説原稿作成、図・イラスト原稿作成及び写真原稿作成を、同年6月に版下原稿校正を、同年7月に展示資料集荷・整理を、また、設計・展示業者は、同年3月に設計書及び予算書作成を、同年4月に図面打合せ及び施工図作成を、同年5月から同年7月まで工場製作を、それぞれ行うこととされている。
イ 旧伊香保町は、トリアド工房との間で、本件文学館の常設展示室展示委託についての同年8月14日付け請負契約(乙1)と、本件文学館のおけるグラフィック製作委託についての同月17日付け請負契約(乙3)をそれぞれ締結した。
(4)本件パネル及び本件映像作品
ア 本件パネルは、7枚のタイトルパネルと11枚の解説パネルで構成されており、本件文学館の常設展示室の壁面に設置されている。本件解説文は、本件パネルに記載された文章全てである(甲1)。
イ 本件映像作品は、徳冨蘆花が執筆した小説「不如帰」の一部を抜粋した文章を朗読した音声と共にその場面に応じた画像(挿絵)が表示される映像であり、本件文学館の常設展示室において上映されている。本件脚本は本件映像作品において朗読されている脚本である(甲10)。
(5)前件訴訟
ア 前訴判決1
 原告は、平成16年、旧伊香保町を相手方として、前橋簡易裁判所に対し、原告が著作権を有する本件図録を被告が販売しているとして、本件図録の利用対価相当額38万4000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴訟を提起した(同裁判所平成16年(ハ)第333号著作権料請求事件)。同裁判所が原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡したことから、原告は、前橋地方裁判所に対し、控訴を提起し(同裁判所平成16年(レ)第14号著作権料請求控訴事件)、併せて、原告が本件図録の著作権を有することの確認を求める旨の請求を追加した。これに対し、同裁判所は、平成17年1月28日、控訴を棄却すると共に、上記の追加請求を認容する旨の判決(甲3。以下「前訴判決1」という。)を言い渡し、その後、同判決は確定した。
イ 前訴判決2
 原告は、平成31年、被告を相手方として、前橋地方裁判所に対し、本件パネル、本件映像作品並びに本件文学館の常設展示室内に設置ないし展示されている一連の展示ケース内の展示資料等及びそれらの解説を含む全体(以下、「本件ケース内展示物」といい、これと本件パネル及び本件映像作品を併せて、「本件各展示物」という。)について、@原告が本件各展示物の著作者である旨を主張して、著作者が原告であることの確認を求めると共に、中間確認の訴えとして、本件各展示物は原告が著作権及び著作者人格権を有する著作物であることの確認を求め、A被告が、原告の許諾が無効であるにもかかわらず本件各展示物を無許諾で利用していると主張して、本件各展示物の著作権による侵害停止請求権、侵害予防請求権及び侵害行為組成物廃棄等請求権に基づき、本件各展示物の公開、展示及び上映の差止めを求めると共に、本件パネル、本件映像作品の上映装置及び本件ケース内展示物の撤去及び廃棄を求め、B被告が、原告の許諾が無効であるにもかかわらず本件各展示物を無許諾で利用したことにより、原告の本件各展示物の著作権及び著作者人格権を侵害し、又はその利用料相当額を不当に利得しているなどと主張して、不法行為による損害賠償請求権又は不当利得返還請求権に基づき、一部請求として、原告に生じた損害又は損失の一部及びこれに対する遅延損害金等の支払を求める訴訟を提起した(同裁判所平成31年(ワ)第215号使用差止等請求事件)。同裁判所が上記中間確認の訴えを却下すると共に、原告のその余の請求をいずれも棄却したことから(甲6)、原告は、知的財産高等裁判所に対し、控訴を提起し(同裁判所令和3年(ネ)第10027号使用差止等請求控訴事件)、併せて、一部請求として不当利得返還請求を追加した。これに対し、同裁判所は、令和3年6月29日、控訴及び控訴審における追加請求をいずれも棄却した(甲5。以下「前訴判決2」という。)。同裁判所は、その判決理由において、本件各展示物は編集著作物に当たるが、職務著作として被告がその著作者となるものと認められる旨を説示した。
3 主な争点及びこれに関する当事者の主張
 本件の主な争点は、原告が、本件解説文及び本件脚本の著作者としてこれらの著作権を有するか否かである。これに関する当事者の主張は、次のとおり。
(原告の主張)
(1)原告は、旧伊香保町の設置する本件文学館に興味を持ち、平成元年1月に旧伊香保町にて町の有識者と面談したところ、原告が本件文学館設置に関する業務を委託するのに相応しい者であるかを審査するために、「徳冨蘆花に関する小論や人物評のようなもの」を提出するよう求められた。これを受けて、原告は、徳冨蘆花に関して調査し、提出用として整理したもののほかに、相当枚数の原稿を作成した。
 原告は、これらの原稿を原作として、本件解説文や本件図録その他の媒体に適宜使い分けて発表した。
(2)原告は、上記原稿をもとに、平成元年2月中旬頃には本件パネルの原作を完成させ、本件文学館の展示構想はそれを基にした明確なヴィジョンによって進められていた。
 また、本件映像作品において朗読されている本件脚本は、原告が徳冨蘆花の小説「不如帰」を翻案したものであり、これも同年3月22日までには完成していた。このことは、旧伊香保町長とトリアド工房との間の本件文学館常設展示室展示委託に係る契約書(甲8)のFAX送信日時の記載(01−3−22;15:59)から明らかである。
(3)本件パネル及び本件映像作品については、前訴判決2において、編集著作物であり、職務著作として被告が著作者となると判断された。しかし、本件パネルの内容部分を構成する本件解説文及び本件映像作品の内容部分を構成する本件脚本は、上記のとおり、いずれも原告が旧伊香保町に採用される以前に原告により作成され、完成したものである。したがって、本件解説文及び本件脚本は、いずれも被告の職務著作とはいえず、原告が著作者として著作権を有する。
 なお、本件図録の著作権者が原告であることは前訴判決1で判断されているところ、本件解説文は本件図録の文章と一字一句違わないから、このことからも、本件解説文の著作権は原告にあるといえる。
(被告の主張)
(1)原告の主張によれば、原告は、旧伊香保町に採用された平成元年3月22日の段階では本件パネルに扱うタイトルを構想していたに過ぎず、未だ思想や感情を具体的に表現した作品はできていなかった。
(2)仮に本件解説文のうちに同日以前に創作された部分があるとしても、原告は、本件文学館における勤務を申し入れ、同月6日には旧伊香保町に採用されることになっていたのであるから、同月22日より前に創作行為を行った部分も含めて、本件解説文を被告の発意のもとで業務として職務上作成したものである。名義公表性の要件も備わっていることから、本件解説文については、職務上作成する著作物として被告が著作者であり、著作権を有する。本件脚本についても、作成時期から見て、同様に被告が著作権を有する。
(3)契約書(甲8)の契約年月日は平成元年8月14日である。甲8号証にFAX送信日時として印字された年月日は、平成元年3月22日ではなく、2001年3月22日である。
 また、原告の主張によれば、原告は、平成元年1月から同年2月にかけてのわずか1か月足らずの間に本件解説文と本件脚本を制作したことになる。原告は、旧伊香保町に就職申込みをするために、同年2月21日付け履歴書を作成し、同月22日に申込みをし、同年3月22日に臨時職員として採用されたのであり、平成元年2月の段階では採用されるかどうかも分からなかったことを考え合わせると、原告の上記主張は不合理である。
 さらに、前訴判決2では、本件図録と本件パネルは同一の著作物ではないと判断されている。本件解説文が本件図録の原作となるとしても、両者は表現媒体として別個のものであるから、原告に本件図録の著作権が認められたからといって、前訴判決1の既判力が本件解説文に及ぶわけではない。
第3 当裁判所の判断
1 本件各確認の訴えの適法性について
(1)本件確認の訴え@は、編集著作物である本件パネルの内容部分を構成する本件解説文又は本件図録について、当該編集著作物に係る被告の著作権はこれらの著作物の権利に影響しないことの確認を求めるものである。これは、原告の主張の趣旨に鑑みると、本件解説文又は本件図録の著作権が原告に帰属することの確認を含意するものと理解される。
 しかし、本件訴訟においては、本件差止請求及び本件損害賠償請求がされている。このことに照らすと、本件確認の訴え@は、本件差止請求及び本件損害賠償請求の前提となる法律関係の確認を求めるものといえる。しかるに、本件では、本件差止請求及び本件損害賠償請求に加えて、その前提となる法律関係の確認を求めなければ、原告の現在の法律関係をめぐる紛争の抜本的解決を適切に図ることができないといった事情は認められない。したがって、本件確認の訴え@は、確認の利益を欠き不適法である。
(2)本件確認の訴えAは、原告が著作権を有する本件図録と本件解説文の文章が同一であることの確認を求めるものである。この訴えは、本件差止請求及び本件損害賠償請求との関係では、各請求の前提となる著作権侵害を基礎付ける事実の確認を求めるものといえる。しかるに、本件では、本件差止請求及び本件損害賠償請求に加えて、その前提となる事実の確認を求めなければ、原告の現在の法律関係をめぐる紛争の抜本的解決を適切に図ることができないといった事情は認められない。したがって、本件確認の訴えAは、確認の利益を欠き不適法である。
(3)本件確認の訴えBは、編集著作物である本件映像作品の内容部分を構成する本件脚本の著作権が原告に帰属することの確認を求めるものである。この訴えは、本件確認の訴え@と同様に、本件差止請求及び本件損害賠償請求の前提となる法律関係の確認を求めるものといえる。しかるに、本件では、本件差止請求及び本件損害賠償請求に加えて、その前提となる法律関係の確認を求めなければ、原告の現在の法律関係をめぐる紛争の抜本的解決を適切に図ることができないといった事情は認められない。したがって、本件確認の訴えBは、確認の利益を欠き不適法である。
(4)本件確認の訴えCは、被告が、本件パネル及び本件映像作品を継続使用するために、原告との間で、本件解説文及び本件脚本につき、著作権譲渡契約又は利用許諾契約を締結する必要があることの確認を求めるものである。しかし、この確認請求は、結局のところ、被告による本件パネル及び本件映像作品の利用が原告の本件解説文及び本件脚本に係る著作権を侵害することの確認を求めるものにほかならないといえる。そうすると、本件確認の訴えCは、本件確認の訴え@及びBと同様に、本件差止請求及び本件損害賠償請求の前提となる法律関係の確認を求めるものと理解される。しかるに、本件では、本件差止請求及び本件損害賠償請求に加えて、その前提となる法律関係の確認を求めなければ、原告の現在の法律関係をめぐる紛争の抜本的解決を適切に図ることができないといった事情は認められない。したがって、本件確認の訴えCも、確認の利益を欠き不適法である。
(5)以上のとおり、本件各確認の訴えはいずれも確認の利益を欠き不適法であるから、これらを却下することとする。
2 本件差止請求及び本件損害賠償請求について
(1)争点(原告が、本件解説文及び本件脚本の著作者として、これらの著作権を有するか)について
ア 本件解説文について
(ア)原告は、旧伊香保町への採用に際し作成した徳冨蘆花に関する原稿をもとに、平成元年2月頃には本件解説文を作成したことを前提として、被告が編集著作物としての本件パネルの著作権を有するとしても、原告は、本件パネルの内容部分を構成する著作物である本件解説文の著作者としてその著作権を有する旨を主張する。
 しかし、原告が旧伊香保町への採用に際し作成したという徳冨蘆花に関する原稿の存在及びその内容を認めるに足りる証拠はない。また、本件解説文が平成元年2月頃に作成されたことを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、原告の上記主張はその前提を欠き、採用できない。
(イ)むしろ、前提事実(2)及び(3)によれば、本件パネルは、本件映像作品を含むその他の展示物とともに、原告が旧伊香保町の臨時職員又は正職員であった平成元年3月22日以降に作成されたものと認められる。本件解説文が本件パネルの一部を構成する文章であることに鑑みると、本件解説文もまた、本件パネルと同時期に作成されたものと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。
 また、編集著作物としての本件パネルにつき、被告の発意に基づき、被告の業務に従事する原告がその職務上作成したものであり、旧伊香保町ないし被告の名義の下に公表しているものとして、被告がその著作者となることは、当事者間に争いがない。本件解説文も、本件パネルの一部を構成する文章であり、本件パネルと同時期に作成されたものである以上、被告の発意に基づき、被告の業務に従事する原告がその職務上作成したものであり、旧伊香保町ないし被告の名義の下に公表しているものとして、被告がその著作者となるものと認めるのが相当である。
 以上より、本件解説文については、被告が著作者として著作権を有するものと認められる。
(ウ)なお、原告は、本件解説文につき著作権を有する根拠として、原告が著作権を有する本件図録と同一の文章であることをも主張する。
 この点、弁論の全趣旨によれば、原告が本件図録を創作した著作者として著作権を有すること、本件図録は平成9年9月1日に本件パネルの記載内容(本件解説文)をもとに発行されたものであること、両者の内容が概ね共通していることが認められる。
 しかし、前記(イ)のとおり、本件解説文は、原告が作成したものではあるものの、被告の発意に基づき原告がその職務上作成したものであるから、被告が著作者となると認められる。他方、本件図録については、職務著作の要件を充足するものではないことから、その内容をなす本件解説文を創作した原告が著作者として著作権を有するとされるのである(前訴判決1)。仮に本件解説文と本件図録の文章が同一であるとしても、本件解説文と本件図録は著作物としては別個のものであるから、この点は変わるものではない。
 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
イ 本件脚本について
(ア)原告は、本件脚本が平成元年3月22日より前に完成していたことを前提に、被告が編集著作物としての本件映像作品の著作権を有するとしても、原告は、本件映像作品の内容部分を構成する著作物である本件脚本の著作者としてその著作権を有する旨を主張する。
 しかし、本件脚本が平成元年3月22日より前に完成していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。旧伊香保町長とトリアド工房との間の本件文学館常設展示室展示委託に係る契約書のFAX文書(甲8)には、送信日時として「01−3−22;15:59」なる記載があるものの、これが「平成元年3月22日15時59分」を意味するものとすると、上記契約書の作成日が平成元年8月14日付けであること(前提事実イ)と整合しない。そもそも、上記FAX文書がやり取りされた具体的な経緯等も不明である。そうすると、上記送信日時の記載につき、平成13年(2001年)3月22日を示すものと考えても必ずしも不合理ではない。また、本件文学館の展示計画等の事実関係、特に蘆花記念会館展示計画検討委員会における協議で作成された展示製作工程表には、平成元年3月は設計・展示業者が予算書作成や設計書作成をしている段階とされており(前提事実(3)ア)、その時点で請負代金が確定していたと考えるのは不自然である。加えて、上記FAX文書の送信時点で上記契約書に係る契約が成立していたと理解することは、その請負代金2678万円が昭和63年度ではなく平成元年度の旧伊香保町の決算書に記載されていることとも整合しない。これらの事情を併せ考慮すると、上記FAX送信日時の記載から、上記契約書が平成元年3月22日にFAX送信されたこと、ひいては、本件脚本が同日までに完成していたことを認めることはできない。
 したがって、この点に関する原告の主張はその前提を欠き、採用できない。
(イ)むしろ、前提事実(2)及び(3)によれば、本件映像作品は、本件パネルその他の展示物と共に、平成元年3月22日以降に作成されたものと認められる。本件脚本が本件映像作品において朗読される文章の脚本であることに鑑みると、本件脚本もまた、本件映像作品と同時期に作成されたものと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。
 加えて、編集著作物としての本件映像作品につき、被告の発意に基づき、被告の業務に従事する原告がその職務上作成したものであり、旧伊香保町ないし被告の名義の下に公表しているものとして、被告がその著作者となることは、当事者間に争いがない。本件脚本も、本件映像作品の一部を構成するものであり、本件映像作品と同時期に作成されたものである以上、被告の発意に基づき、被告の業務に従事する原告がその職務上作成したものであり、旧伊香保町ないし被告の名義の下に公表しているものとして、被告がその著作者となるものと認めるのが相当である。
 以上より、本件脚本については、被告が著作者として著作権を有するものと認められる。
(2)まとめ
 以上のとおり、原告は本件解説文及び本件脚本に係る著作権を有しないことから、被告による本件パネル及び本件映像作品の使用をもって本件解説文及び本件脚本に係る原告の著作権の侵害とは認められない。したがって、原告は、被告に対し、法112条1項に基づく本件パネル及び本件映像作品の使用差止請求権及び民法709条に基づく損害賠償請求権を有しない。
第4 結論
 よって、原告の請求のうち、本件各確認の訴えはいずれも不適法であるから、これらをいずれも却下し、その余の請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 小口五大
 裁判官 稲垣雄大
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