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【事件名】「オーサグラフ世界地図」事件B(2)
【年月日】令和4年11月1日
 知財高裁 令和4年(ネ)第10047号 「オーサグラフ世界地図」の共同著作権確認請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和2年(ワ)第25127号)
 (口頭弁論終結の日 令和4年8月25日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 山根二郎
被控訴人 Y
同訴訟代理人弁護士 中澤佑一
同 船越雄一
同 柴田佳佑
同 延時千鶴子
同 岩本瑞穗
同 松本紘明
同 鶴谷秀哲


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 控訴人と被控訴人の間において、日本国際地図学会が2009年に発行した「平成21年度定期大会発表論文・資料集」の【研究発表4】で「オーサグラフによる矩形世界地図」として掲載されている「図1:筆者が考案する世界地図」(原判決別紙1の@)及び「図2:平面充填地図とそこから切り出せる世界地図」(原判決別紙1のA)の各世界地図について、控訴人が被控訴人とともに共同著作権及び著作者人格権を有することを確認する。
3 控訴人と被控訴人の間において、慶應義塾大学湘南藤沢学会が2017年に発行した論文誌「KEIOSFCJOURNALVol.17No.1」に掲載されている被控訴人の研究論文「正多面体図法を用いた歪みの少ない長方形世界地図図法の提案」の中の「図7本論文で取り上げる世界地図」(原判決別紙2の@)及び「図17平面充填地図」(原判決別紙2のA)の各世界地図について、控訴人が被控訴人とともに共同著作権及び著作者人格権を有することを確認する。
第2 事案の概要等(略語は原判決のそれに従う。)
1 事案の要旨
 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、日本国際地図学会の「平成21年度定期大会発表論文・資料集」中の論文「オーサグラフによる矩形世界地図」(本件論文1)に「図1:筆者が考案する世界地図」として掲載された地図(原判決別紙1の@、本件地図1)及び「図2:平面充填地図とそこから切り出せる世界地図」として掲載された地図(原判決別紙1のA、本件地図2)並びに慶應義塾大学湘南藤沢学会の「KEIOSFCJOURNALVol.17No.1」中の論文「正多面体図法を用いた歪みの少ない長方形世界地図図法の提案」(本件論文2)に「図7本論文で取り上げる世界地図」として掲載された地図(原判決別紙2の@、本件地図3)及び「図17平面充填地図」として掲載された地図(原判決別紙2のA、本件地図4)について、控訴人が被控訴人とともに共同著作権及び著作者人格権を有することの確認を求める事案である。
 控訴人は、前記第1の2及び3記載のとおり、被控訴人とともに共同著作権及び著作者人格権を有することの確認を求めるが、その趣旨は、控訴人が共同著作物である本件地図1ないし4に係る共有著作権(著作権法65条1項)及び著作者人格権(同法64条1項)を有することの確認を求めるものと解される。
 原判決が控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が控訴した。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
 前提事実は、原判決「事実及び理由」(以下、「事実及び理由」という記載を省略する。)第2の2(原判決3頁2行目から4頁19行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点
 争点は、原判決第2の3(原判決4頁21、22行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点に関する当事者の主張は、争点2(本件地図1ないし4の著作者)について、後記(2)のとおり当審における控訴人の補充主張を付加するほかは、原判決第2の4(原判決4頁24行目から8頁22行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2)当審における控訴人の補充主張
 複数の研究者によってなされた共同研究の研究成果は、共同研究者のうちの誰が記述(発表)しても、また、その記述(発表)があったことを他の共同研究者が知らなくても、その記述(発表)が共同研究の成果である以上、記述(発表)されたものは、共同研究者の共同著作物である。控訴人は、a「正四面体を特殊な方法で長方形に展開する方法」を昭和56年(1981年)に発見し、b「その正四面体の特殊な展開法で形成される長方形(縦横比1:√3の矩形)をもって、その長方形を図形単位として平面に隙間なく(シームレス)にその単位の図形が連続するように充填する方法(その長方形の中点のみを使う回転操作によって、平面をシームレスに無限に連続するように充填する方法)」を昭和60年(1985年)に発見した。控訴人のこのa、bの二つの発見を出発点として、控訴人と被控訴人は、平成11年(1999年)から共同研究を開始し、その共同研究の成果として、「オーサグラフ世界地図」の作成原理・作成方法を開発し、それが、本件出願1(特願2005−190962号)、本件出願2(国際特許出願PCT/JP2007/075356)及び本件出願3(米国特許出願12/497,727)の発明となった。本件地図1ないし4は、本件出願1ないし3の発明に係る地図の作成原理・作成方法を用いて作成されたものであるから、控訴人と被控訴人の共同研究の成果を利用している。したがって、本件地図1ないし4は、控訴人と被控訴人の共同著作物である。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 認定事実は、原判決第3の1(原判決8頁25行目から11頁20行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
2 争点2(本件地図1ないし4の著作者)について
(1)争点2(本件地図1ないし4の著作者)についての判断は、次のとおり補正し、後記(2)のとおり、当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決第3の2(原判決11頁22行目から14頁25行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決12頁2行目から21行目までを、次のとおり改める。
 「共同著作物であるための要件は、第一に、二人以上の者が共同して創作した著作物であること、第二に、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないことであり、上記第一の要件である二人以上の者が共同して創作した著作物であることという要件を充足するためには、客観的側面として、各著作者が共同して創作行為を行うこと、主観的側面として、各著作者間に、共同して一つの著作物を創作するという共同意思が存在することが必要である。そして、著作権法は、単なるアイデアを保護するものではなく、思想又は感情の創作的な「表現」を保護するものであるから(著作権法2条1項1号参照)、創作行為を行うとは、アイデアの案出に関与したというだけでは足りず、表現の創出に具体的に関与することを要するものというべきである。
 そうすると、本件地図1ないし4が共同著作物であるというためには、少なくとも、上記第一の要件である二人以上の者が共同して創作した著作物であることという要件のうち、各著作者が共同して創作行為を行ったという客観的側面が充足されなければならず、そのためには、共同著作者であることを主張する控訴人が、単にアイデアの案出に関与したにとどまらず、表現の創出に具体的に関与したことを要するというべきである。
(2)これを本件においてみるに、本件全証拠を精査しても、控訴人が、本件地図1ないし4の表現の創出に具体的に関与したことを認めるに足りる証拠はない。
 この点に関して控訴人は、本件論文1に掲載された本件地図1及び2については控訴人及び被控訴人の各氏名が記載されているから、著作権法14条に基づき、控訴人及び被控訴人が著作者であると推定される旨主張する。
 しかしながら、前記1(5)及び(6)のとおり、被控訴人は、平成12年頃に、控訴人と本件覚書を交わし、控訴人との共同研究が終了した後、控訴人と面会したり、直接連絡をとったりしたことはなかったところ、控訴人に相談することなく、平成21年に本件発表をし、その頃に本件地図1及び2が掲載された本件論文1を作成し、平成29年に本件地図3及び4が掲載された本件論文2を作成したものであり、控訴人は、被控訴人の本件発表並びに本件論文1及び2の作成の事実を知らなかったものである。また、控訴人は、原審における本人尋問において、本件地図1ないし3を作成したのは被控訴人である旨供述している(原審における控訴人本人尋問速記録13頁)。
 したがって、仮に本件論文1に掲載された本件地図1及び2並びに本件論文2に掲載された本件地図3及び4に著作物性が認められるとしても、そもそも、控訴人は本件地図1ないし4の表現の創出に具体的に関与したことはなく、上記第一の要件である二人以上の者が共同して創作した著作物であることという共同著作物の要件のうち、各著作者が共同して創作行為を行ったという客観的側面が充足されていないから、本件地図1ないし4は、控訴人と被控訴人の共同著作物であるとは認められない。
 以上によれば、控訴人及び被控訴人の各氏名が記載された本件論文1に掲載された本件地図1及び2について、著作権法14条に基づき控訴人及び被控訴人が著作者であると推定されたとしても、その推定は覆されるというべきである。」
イ 原判決13頁19行目から14頁5行目までを削る。
ウ 原判決14頁14行目から21行目までを、次のとおり改める。
 「しかし、本件発表に係る研究の基礎が、控訴人との半年間の共同研究によるものであるとしても、それは、本件地図1及び2の作成原理・作成方法というアイデアの源が、被控訴人との共同研究にあるということにとどまり、控訴人が、本件地図1ないし4の表現の創出に具体的に関与したことを示すものとは認められない。
 したがって、上記Aを考慮したとしても、控訴人が本件地図1ないし4の表現の創出に具体的に関与したと認めることはできない。」
(2)当審における控訴人の補充主張に対する判断
 控訴人は、複数の研究者によってなされた共同研究の研究成果は、共同研究者のうちの誰が記述(発表)しても、また、その記述(発表)があったことを他の共同研究者が知らなくても、その記述(発表)が共同研究の成果である以上、記述(発表)されたものは、共同研究者の共同著作物であると主張し、控訴人と被控訴人は、共同研究の成果として、「オーサグラフ世界地図」の作成原理・作成方法を開発し、それが、本件出願1ないし3の発明となり、本件地図1ないし4は、本件出願1ないし3の発明に係る地図の作成原理・作成方法を用いて作成されたものであるから、控訴人と被控訴人の共同研究の成果を利用しており、控訴人と被控訴人の共同著作物である旨主張する。
 しかし、著作権法は、単なるアイデアを保護するものではなく、思想又は感情の創作的な「表現」を保護するものであるから(著作権法2条1項1号参照)、著作物の創作行為を行ったというためには、アイデアの案出に関与したというだけでは足りず、表現の創出に具体的に関与することを要するものというべきである。そのため、共同研究に加わってその研究の内容であるアイデアの案出に関わったとしても、その共同研究の成果である記述(発表)の表現の創出に具体的に関与していない共同研究者は、当該記述(発表)の共同著作者には当たらないというべきである。当該記述(発表)の表現の作出に具体的に関与したか否かにかかわらず、それが共同研究の成果であれば、当該記述(発表)が当然に共同研究者の共同著作物であるという控訴人の主張は、アイデアの保護と表現の保護を混同するものであって失当である。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
3 請求の成否
 控訴人は、その他縷々主張するが、結局のところ、控訴人と被控訴人の共同研究の成果が本件地図1ないし4に反映されているから、本件地図1ないし4は控訴人と被控訴人の共同著作物であるという主張を繰り返すものであり、控訴人が本件地図1ないし4の表現の創出に具体的に関与したことを主張立証するものではないから、それらの主張はいずれも採用することができない。
4 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 中平健
 裁判官 都野道紀
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