判例全文 | ||
【事件名】編み物動画の“YouTube”公開事件(2) 【年月日】令和4年10月14日 大阪高裁 令和4年(ネ)第265号 損害賠償請求控訴事件、同第599号 同附帯控訴事件 (原審・京都地裁令和2年(ワ)第1874号) (口頭弁論終結日 令和4年7月29日) 判決 控訴人・附帯被控訴人(一審被告) B(以下「控訴人B」という。) 控訴人・附帯被控訴人(一審被告) D(以下「控訴人D」という。) 上記2名訴訟代理人弁護士 八木康介 同 新田葵 被控訴人・附帯控訴人(一審原告) O(以下「被控訴人」という。) 同訴訟代理人弁護士 重長孝志 同 渡邊兼也 同 加藤幸英 同 合田恵介 主文 1 控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。 2 被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決主文1、2項を次のとおり変更する。 (1)控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して26万1514円及びこれに対する令和2年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを4分し、その1を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。 4 この判決は、2項(1)に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。 2 上記の部分につき、被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 第2 附帯控訴の趣旨 1 原判決を次のとおり変更する。 2 控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して118万7227円及びこれに対する令和2年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は、第1、2審とも控訴人らの負担とする。 4 仮執行宣言 第3 事案の概要 以下で使用する略称は、特に断らない限り、原判決の例による。 1 本件は、被控訴人が、控訴人らに対し、控訴人らが共謀して、被控訴人が動画共有サービス「YouTube」に投稿した動画を対象とする著作権侵害通知をYouTubeに提出し、YouTubeをして上記動画を削除させた行為が、共同不法行為に当たると主張して、共同不法行為に基づく損害賠償として、連帯して118万7227円(精神的損害100万円、経済的損害7万9297円、弁護士費用10万7930円)及びこれに対する不法行為の日である令和2年2月6日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 原審は、被控訴人の控訴人らに対する請求を、7万4721円及びこれに対する上記同様の遅延損害金の限度で認容したため、これを不服とする控訴人らが本件控訴を提起した。他方、被控訴人は、原判決に対し敗訴部分を不服として本件附帯控訴を提起した。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、各項末尾の後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実) (1)当事者 ア 被控訴人は、YouTubeにチャンネル名をAとして匿名でチャンネルを開設し、主に自らが編み物を編んでいる場面や作品等を撮影した動画を、YouTubeに投稿している者である。被控訴人は、国家検定である和裁技能士1級を保有している。(甲1、被控訴人本人) イ 控訴人Bは、YouTubeにチャンネル名をCとして匿名でチャンネルを開設し、自らが編み物を編んでいる場面や作品等を撮影した動画を、YouTubeに投稿している者である(以下、同チャンネルをCという。)。(甲2) ウ 控訴人Dは、控訴人Bと内縁関係にある者であり、控訴人B名義で受けた古物商の許可を用いて、同控訴人と共同してEとの屋号で古美術品や骨董品の売買の事業を営んでいる。 控訴人Bの開設したCは、Eの一部門とされ、そのYouTubeからの広告収益はEにおいて管理されている。(以上につき、甲3の1・2、4、30、59の1、乙18、控訴人D本人) (2)YouTubeのサービスの概要と著作権侵害通知についての定め等 ア サービスの概要等 YouTubeは、誰もが匿名でチャンネルを開設して動画を投稿し、インターネットを介して多数の視聴者に当該動画の視聴を可能とする著名な動画共有サービスであり、米国法人よって管理運営されている。そして、チャンネル登録者数1000人以上、直近1年間の動画再生時間4000時間以上との要件を充たし、かつ、所定の手続をとったチャンネル開設者に対しては、動画の視聴数等に応じ、広告収益として金銭が支払われる。 イ 著作権侵害通知 著作権者は、その保有するコンテンツの著作権を侵害すると考える動画がYouTueに投稿された場合、YouTubeに対して、著作権侵害に関する通知(以下「著作権侵害通知」という。)を提出することができる。同通知は、削除依頼ウェブフォームに所要の入力を行うことによっても可能である。YouTubeは、正式かつ有効な著作権侵害通知がされた場合、対象の動画を削除(厳密には、当該動画がYouTube上で公開されなくなる現象であるが、以下では「削除」と表記する。)し、その動画の投稿者に対して、著作権侵害の警告(以下「著作権侵害警告」という。)をメールで送信する。なお、この際、著作権侵害通知の対象とされた動画の投稿者には、動画の削除につき事前の通知はない。 初回の著作権侵害警告を受けた後、同警告を受けた投稿者が一定の教育措置(コピーライトスクール)を受講すれば、初回の著作権侵害警告から90日の経過によりアカウントへの違反警告は期限切れとなるが、他方で、同90日以内に初回を含めて3回の著作権侵害警告がされた場合、当該投稿者のアカウントと関連付けられているチャンネルは全て停止され、新たなチャンネルを作成することもできなくなり、同アカウントによって投稿された全動画が削除される。著作権侵害警告を解除するには、著作権侵害通知をした者に申立てを撤回してもらうほか、後記の異議申立てを行うこととなる。(以上につき、甲7、8、17、18、62、66、67、乙24、26) ウ 異議申立て 著作権侵害警告を受けた動画の投稿者は、YouTubeに対し、異議申立てを提出することができるが、その際、匿名でチャンネルを開設している者であっても本名及び住所を明らかにする必要がある(なお、代理人弁護士が行う場合は住所の開示は不要である。)。異議申立ては、動画が間違って削除されたか、取り違えによって削除された場合、又はフェアユースに該当する場合にのみすることができるとされ、インターネット上で、著作権侵害通知の対象となった動画を選択し、所定の操作を行うことにより送信することができる。YouTubeは、正式かつ有効な異議申立てを受けると、著作権侵害通知をした者に対し、異議申立てをした者の本名及び住所といった個人情報も含めた異議申立ての全文を転送する。 著作権者は、提供を受けた情報に基づき、異議申立てをしてきた著作権侵害通知の対象動画の投稿者に対して著作権侵害を理由とする裁判手続を起こすことができ、このことを通じて著作権者がした著作権侵害通知の当否、すなわち上記対象動画による著作権侵害の有無が明らかにされる。 なお、著作権侵害通知をした者には、異議申立てがされた後、裁判所への手続を行ったという証拠をYouTubeに提出するまでに10営業日の猶予期間が与えられ、同期間内に上記証拠が提出されれば動画の削除状態は継続されるが、その提出がなければ、削除された動画はYouTube上において復元される。(以上につき、甲27、35、乙1) エ 米国デジタルミレニアム著作権法(以下「DMCA」という。) 上記イ、ウの著作権侵害通知による動画削除の制度は、DMCAにより1998年に改正、追加された米国著作権法512条に準拠した方法が採用されているものである。米国著作権法512条には、海賊版コンテンツがウェブサイトなどに投稿された際の通報及び削除の手順(ノーティスアンドテイクダウン手続)やプロバイダの免責条件が規定されている。(甲25) (3)控訴人動画の投稿 控訴人Bは、YouTubeのCのチャンネルに、控訴人動画@、控訴人動画A、控訴人動画B、控訴人動画C、控訴人動画Dという動画(以下、これらの動画を併せて単に「控訴人動画」という。)を投稿した。(乙9) (4)被控訴人動画の投稿及び控訴人の著作権侵害通知による削除 ア 被控訴人は、YouTubeのAのチャンネルに、令和元年8月1日、Fと題する25分47秒間の動画(以下「被控訴人トリニティ動画」という。)を、令和2年2月3日、Hと題する19分24秒間の動画(以下「被控訴人メランジ動画」といい、被控訴人トリニティ動画と併せて「被控訴人動画」ということがある。)をそれぞれ投稿した。(甲5、6、56、57) なお、被控訴人は、開設したAのチャンネルを収益化しており、被控訴人動画を公開して視聴数を得ることにより広告収益を得ていた。 イ 控訴人Bは、令和2年2月6日、YouTubeに対し、被控訴人メランジ動画の「動画全体」につき、「編み目(スティッチ)の著作権侵害」がある旨の著作権侵害通知(以下「本件侵害通知1」という。)を、被控訴人トリニティ動画の「動画全体」につき、「著作権、翻訳権の侵害」がある旨の著作権侵害通知(以下「本件侵害通知2」といい、本件侵害通知1と併せて「本件侵害通知」ということがある。)をそれぞれ提出した。その結果、同日、被控訴人動画がYouTubeからいずれも削除され、被控訴人に対し、YouTubeからその旨の著作権侵害警告がされた。(甲5、6、13、28、58、被控訴人本人) その後、YouTubeは、被控訴人動画に対する本件侵害通知の法的要件が欠けているとして、控訴人Bに申立てを補足する追加情報を請求していたものの、その提出がないことから、被控訴人に対する著作権侵害警告を取り下げることとし、同年8月29日、被控訴人動画はいずれもYouTubeにおいて復元された。(甲28、乙29) なお、控訴人Bは、本件侵害通知をした後、被控訴人動画が控訴人動画の著作権を侵害することを理由として被控訴人に対する訴訟提起は行っていない。 3 争点 (1)控訴人Bの本件侵害通知による不法行為の成否 (2)控訴人Dについての共同不法行為の成否 (3)損害の発生及びその額 4 争点に関する当事者の主張 次のとおり補正し、後記5における当事者の補充主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第2事案の概要」3(1)から(3)まで(原判決5頁18行目から11頁8行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決5頁18行目の「本件侵害通知による不法行為責任の成否」を「控訴人Bの本件侵害通知による不法行為の成否」に改める。 (2)原判決5頁25行目から同頁26行目にかけての「削除された。また」を「削除され、そのこと自体によって精神的苦痛を被った。これに加え」に改める。 (3)原判決7頁1行目の「アカウントが削除」の前に「YouTubeによって誤って」を加える。 (4)原判決7頁9行目の「負うとされているからしても」を「負うとされていることからしても」に改める。 (5)原判決9頁21行目の「被告Dの責任の有無」を「控訴人Dについての共同不法行為の成否」に改める。 (6)原判決10頁4行目の「同人は、」の後に「同ウェブサイトで」を加える。 (7)原判決11頁8行目末尾に改行して次のとおり加える。 「また、被控訴人は、YouTubeに対して速やかに異議申立通知を行うことなく、漫然と被控訴人動画が削除されている状態を放置していたのであるから、損害軽減義務違反がある。そして、被控訴人が軽減できたはずの損害は、民法416条1項類推適用による通常生ずべき損害に当たらないから、控訴人らにおいて損害賠償責任を負わない。」 5 当審における当事者の補充主張 (控訴人らの主張) (1)権利侵害及び違法性がないことについて 被控訴人が本件侵害通知により侵害されたと主張する利益は、3度目の著作権侵害警告を受けることで開設しているチャンネルが削除されてしまうことに怯え、動画を投稿し、公開することができなかったという「不安感」以外の何物でもないが、かかる不安感は不法行為法における法的保護に値する利益とはいえない。 その点を措くとしても、控訴人Bによる本件侵害通知は、YouTubeにおいて規約で定められた著作権侵害通知制度を利用した穏当なものであったし、本件侵害通知のされた令和2年2月当時、被控訴人トリニティ動画で編み方が紹介されていたトリニティスティッチ、及び被控訴人メランジ動画で編み方が紹介されていた「小花模様」と称する編み方を日本国内で紹介した書籍や動画は、先行して控訴人Bが投稿した控訴人動画以外になく、控訴人Bが、被控訴人動画につき、控訴人動画を模倣して被控訴人が作成、投稿したと考えたことには合理的理由がある。YouTubeも、控訴人Bの本件侵害通知を適当なものと認めて被控訴人動画を削除したものである。このような削除制度があることは、YouTubeの投稿者はその規約に同意して所与のものとしているのであり、削除に対しては当該投稿者には異議申立てが認められていて、YouTube上で問題を解決することが可能であったから、本件侵害通知は、社会的に許容し得る限度を超えた違法なものであるとはいえない。 (2)控訴人Bに過失がないことについて 著作物性等の判断には専門的知識を要するから、投稿動画に関する著作権侵害通知をした後の裁判所の判断において当該動画が著作権を侵害すると判断されなかったとしても、それをもって直ちに当該通知者に不法行為が成立すると考えるべきではない。一般的なYouTubeの投稿者の知的財産法に関する知識水準に照らして、著作権侵害通知を行う一応の理由があれば、当該通知者に注意義務違反(過失)はないというべきである。本件においては、前述のとおり、控訴人Bが、被控訴人動画につき控訴人動画の著作権を侵害していると考えたことには合理的理由があり、専門家であるJ弁理士及びK弁護士にも相談した上で本件侵害通知を提出したのであるから、控訴人Bには、本件侵害通知を行うに当たって過失は存在しない。 (被控訴人の主張) (1)精神的損害について ア 被控訴人が受けた精神的損害は、主として、被控訴人動画が削除されたことによるものである。すなわち、本件侵害通知によって、世界最大の動画共有サイトであるYouTube上から、被控訴人動画は削除され、少なくとも令和2年2月6日から同年8月29日までの間、被控訴人動画を誰からも視聴することができなくさせたのであって、被控訴人は、YouTubeにおいて動画を公開する法的権利ないし利益を侵害された。本件侵害通知による被侵害利益は、YouTubeにおける動画の投稿・共有やこれを通じた他の利用者との関係によって生じる人格的利益ともいい得る。 イ また、控訴人らは、被控訴人動画2本に対して本件侵害通知をした上で、被控訴人に対し、「2度あることは3度ある、3度目は命取りです。」というコメントをCのチャンネルに投稿した。そのため、被控訴人は、もう1回著作権侵害警告がされればチャンネルがなくなってしまい、他の動画も全て削除されてしまうのではないかと怯え続ける状況に陥れられた。当時、被控訴人のチャンネル登録数が約5、6千人規模であったこと、3回の著作権侵害警告によるチャンネル停止及び全動画削除という効果の大きさを考えると、被控訴人が被った精神的苦痛は甚大である。 控訴人らは、原判決言渡後も、Cのチャンネルに、被控訴人動画が控訴人動画の盗作であること、被控訴人やその関係者がこれまでも他者の知的財産を無茶苦茶にしてきたこと、被控訴人が原審において証拠をねつ造したことが事実であるかのように繰り返し投稿し、被控訴人を誹謗中傷しているほか、「私はあの人が本当はノミの心臓だって知ってますから、軽く喉を鳴らせば済むことを知ってますけど、それは私の背後に見え隠れする力も大きい。」などとコメントし、被控訴人に対し威迫を続けている。 ウ さらに、後記(2)イ、ウに記載する、本件侵害通知による被控訴人チャンネル全体の収益性の低下及び視聴者に対する信頼毀損による視聴数低下については、慰謝料算定に当たっての根拠としても主張する。 エ 以上によれば、被控訴人が被った精神的損害に対する慰謝料が100万円を下回ることはない。 (2)広告収益に関する経済的損害について ア 被控訴人動画の広告収益の低下 被控訴人動画が上記のとおり206日間にわたり削除されていた間に被控訴人が受け取ることができた収益は、7万9297円((被控訴人トリニティ動画1日当たりの収益19.19円+被控訴人メランジ動画1日当たりの収益365.75円)×206日)を下回らない。なお、被控訴人動画は流行廃りに左右されず、公開後に時間が経過しても繰り返し視聴される類いのものであるから、時間の経過によって広告収益が逓減していくものではない。 イ 被控訴人チャンネル全体の収益性の低下 被控訴人動画が本件侵害通知によって削除されたことは、被控訴人チャンネルのステータスに影響を与え、その収益性を低下させており、被控訴人チャンネルの動画が視聴者の画面に表示されにくくなったり、広告単価が低下したりするなどの不利益を生じさせている。 ウ 視聴者に対する信頼毀損による視聴数低下 本件侵害通知によって、YouTube上で本来被控訴人動画が表示される箇所に「動画が削除されました:著作権侵害の警告」との表示がされたため、被控訴人チャンネルに対する視聴者の信頼が著しく低下し、視聴数が減少して収益性が低下した。 エ 以上によれば、本件侵害通知によって被控訴人が被った経済的損害は、7万9297円を下回ることはない。 第4 当裁判所の判断 1 当裁判所は、被控訴人の請求は、26万1514円及びこれに対する令和2年2月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は、次のとおりである。 2 控訴人Bの本件侵害通知による不法行為の成否(争点(1))について (1)YouTubeにおける著作権侵害通知制度を前提とする不法行為の成立について ア YouTubeは、インターネットを介して動画の投稿や投稿動画の視聴などを可能とするサービスであり、投稿者は、動画の投稿を通して簡易な手段で広く世界中に自己の表現活動や情報を伝えることが可能となるから、作成した動画をYouTubeに投稿する自由は、投稿者の表現の自由という人格的利益に関わるものということができる。したがって、投稿者は、著作権侵害その他の正当な理由なく当該投稿を削除されないことについて、法律上保護される利益を有すると解するのが相当である。 また、収益化されたチャンネルにおいては、YouTubeへの動画投稿によって、投稿者は収益を得ることができるから、正当な理由なく投稿動画を削除する行為は、投稿者の営業活動を妨害する行為ということになる。したがって、この側面からも、投稿者は、正当な理由なく投稿動画を削除されないことについて、法的上保護される利益を有すると解することができる。 イ 他方、YouTubeにおいては、前記第3の2(2)イのとおり、著作権者は、その保有するコンテンツの著作権を侵害すると考える動画がYouTubeに投稿された場合、YouTubeに対して著作権侵害通知を提出することができ、著作権侵害通知がされた場合には、YouTubeにおいて対象動画の投稿者に対して事前の通知をすることなく、対象動画を削除する制度を採用している。 そして、YouTubeにおける著作権侵害通知による動画削除制度は、ノーティスアンドテイクダウン手続等を定めた米国著作権法512条に準拠した方法が採用されているものといえ、YouTubeの仕組みや利用上のルールを説明した「YouTubeヘルプ」(甲7、8)においても、正式かつ有効な著作権侵害通知があった場合には著作権法に従って同通知の対象動画は削除される旨記載されており、明らかに手続を誤解している著作権侵害通知や、純粋に手続を濫用していると思われる著作権侵害通知のような例外的場合を除き(乙26、27の2)、YouTube自身が、著作権侵害通知に係る著作権侵害の有無等の実体的判断をなすことは原則的には予定されていないことが認められる。 ウ YouTubeにおける上記のような動画削除制度の下では、削除された投稿者がその扱いに不服がある場合、異議申立てをすることができ、この手続を契機として、投稿者の本名及び住所が著作権侵害通知の提出者に開示されるので、著作権侵害通知を提出した者がその情報を利用して裁判手続を起こすことによって著作権侵害について実体的判断がされることになる(著作権侵害通知を提出した者が所定の期間内に裁判手続を起こさない場合は、削除された動画は復元される。)。 エ ところで、この制度の利用について、「YouTubeヘルプ」(甲7、11、17、18)においては、著作権侵害通知の要件として、著作権を侵害すると考える投稿の説明に加え、通知者自身が著作権者等であること、投稿者によるコンテンツの使用が法律で許可されていないことを確信していること、通知が正確であることを確認した上でこれを行うことを求め、著作権侵害通知制度を不正使用すると、アカウントの停止や法的問題に発生する可能性があるとの注意もしているが、これは、上記のとおり、YouTubeが原則として著作権侵害の実体的判断をなさないため、著作権侵害通知が潜在的には濫用的に用いられる可能性があることから、著作権侵害通知をする者に予め注意義務を課して濫用的な著作権侵害通知をなさないよう対策を講じているものと解される。 したがって、著作権侵害通知をする者が、上記のような注意義務を尽くさずに漫然と著作権侵害通知をし、当該著作権侵害通知が法的根拠に基づかないものであることから、結果的にYouTubeをして著作権侵害に当たらない動画を削除させて投稿者の前記利益を侵害した場合、その態様如何によっては、当該著作権侵害通知をした行為は、投稿者の法律上保護される利益を違法に侵害したものとして、不法行為を構成するというべきである。 オ これに対し、控訴人らは、YouTubeにおいて著作権侵害通知による削除制度があることは、YouTubeの投稿者はその規約に同意して所与のものとしており、投稿者には異議申立てが認められていて、YouTube上で問題を解決することが可能であるから、著作権侵害通知により動画が削除されることはYouTubeの仕組みによって生じる事実上の不利益にすぎない、又は、YouTubeが著作権侵害通知を適当なものと認めて動画を削除した場合には、当該著作権侵害通知は社会的に許容し得る限度を超えた違法なものであるとはいえない旨主張する。 確かに正式かつ有効な著作権侵害通知がされた場合、反論の機会が与えられることもなく対象動画が速やかに削除されるという事態は、YouTubeの規約上予定されていることであって、投稿者はその規約に同意してYouTubeを利用しているということができる。 しかし、上記イ、ウで認定説示したとおり、この著作権侵害通知の制度の下では、著作権侵害の有無等の実体的判断は当該制度内でなさずに最終的には裁判手続を介して確定することを予定しているのであるから、YouTube上で全ての問題の解決が図られるわけではないことがまず指摘できるし、また、制度的に法的根拠がない著作権侵害通知がされる余地を残しているため、著作権侵害通知の制度利用に当たっての注意義務が、上記エのとおり、当該通知提出者に課せられているのであり、そこでは著作権侵害通知制度を不正使用すると法的問題に発生する可能性があるとの注意も明記されている。 そうすると、この規約上求められる注意義務を怠った結果もたらされる不利益が、YouTubeの規約に同意した投稿者が受忍すべき事実上の不利益とはいえないことは明らかであるとともに、すべからく社会的に許容し得る限度を超えた違法なものに当たらないとはいえない。 以上によれば、控訴人らの上記主張は失当であって採用できない。 (2)被控訴人動画による著作権侵害の有無 ア 被控訴人メランジ動画による著作権侵害の有無について 控訴人Bが、令和2年2月6日、被控訴人メランジ動画を対象としてYouTubeに提出した本件侵害通知1は、被控訴人メランジ動画の「動画全体」につき、「編み目(スティッチ)の著作権侵害」があるとするものである。 しかし、編み物の編み目(スティッチ)は、毛糸によって小物又は衣類を作成するに当たっての技法のアイデア又はその技法により毛糸が編まれた編み物の最小構成単位にとどまるものであって、思想又は感情の表現とは認められないから、それ自体を著作物と認めることはできず(知的財産高等裁判所平成24年4月25日判決(甲19)・裁判所HP参照)、控訴人Bがこれを控訴人動画で紹介していたとしても同控訴人が著作権を有するということはできない。 そうすると、被控訴人メランジ動画に控訴人動画におけると同一の編み目(スティッチ)が含まれているとしても、それをもって控訴人Bの著作権を侵害したという余地はない。 したがって、そもそも控訴人Bは侵害主張の根拠となる著作権を有しないことから、被控訴人メランジ動画が著作権侵害をしている旨をいう本件侵害通知1は法的根拠に基づかないものである。 イ 被控訴人トリニティ動画による著作権侵害の有無について 控訴人Bが、令和2年2月6日、被控訴人トリニティ動画を対象としてYouTubeに提出した本件侵害通知2は、被控訴人トリニティ動画の「動画全体」につき、「著作権、翻訳権の侵害」があるとするものである。 しかし、そもそも控訴人Bは、本件侵害通知2において、被控訴人トリニティ動画のいかなる部分が控訴人Bのいかなる著作権を侵害したかについて具体的に特定した記載をしていないし、本件訴訟においてすら、その点について明確かつ具体的に主張をしているわけではない。 もっとも、本件訴訟において控訴人Bは、被控訴人トリニティ動画における、被控訴人の「鎖1目で立ち上がって」「立ち上がったところで細編み1つ」「細編みしたところに針を入れて、取ってくる。」「そのまま次の目に針を入れて取ってくる。」「更に次の目にも針を入れて取ってくる。」「4本一度に引き抜いてくる。」であるとか、「最後だけちょっと違うので気をつけます。」「鎖編みはしないで」「最後の同じ目に細編みします。」といった口頭による説明と、控訴人動画@〜Bにおける控訴人Bの口頭による説明中、立ち上がりの説明を短くして、「同じ目から始める」という説明方法で、細編みの目を共有することを強調したり、段の最後に鎖編みをしがちであるところを「最後だけは細編み」になることを強調したりする点などで同じであるという点を指摘する陳述をし(乙10、控訴人B)、これらの点で著作権侵害を主張しているようである。しかし、それらの点に関する控訴人動画@〜Bの口頭説明と思われる部分は、編み目に関するアイデアであって表現それ自体ではない部分、又は編み方の説明としてありふれたものであって表現上の創作性が認められない部分にすぎず、控訴人Bの上記口頭説明部分には著作物性が認められないから、この点で、控訴人Bが著作権を有することを前提とする著作権侵害をいう余地はない。 また、控訴人Bは、本件侵害通知2において「翻訳権の侵害」があるとしているところ、控訴人Bの陳述(乙10、控訴人B本人)には、控訴人Bは、トリニティスティッチにつき英国の文献を翻訳してその編み方を知ったとしている部分があり、その点で著作権侵害を主張しているようでもある。しかし、控訴人動画@〜Bにおける控訴人Bの口頭説明部分に二次的著作物としても著作物性が認められないことは上記と同様であるから、この点でも、控訴人Bが翻訳権を有することを前提とする著作権侵害をいう余地はない。 なお後記(4)イで認定するとおり、控訴人Bは、本件侵害通知2の提出時、本件侵害通知1と同様に、編み目の著作権に基づく著作権侵害が根拠となるものと考えて著作権侵害通知をYouTubeに提出したものと認めるのが相当であるが、その主張が失当であることは前記アで説示したとおりである。 したがって、控訴人Bによる被控訴人トリニティ動画の「動画全体」につき「著作権、翻訳権」の侵害をいう本件侵害通知2は、いずれにせよ法的根拠に基づかないものである。 (3)控訴人Bによる本件侵害通知提出の行為態様及びその前後の状況等 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、控訴人Bによる本件侵害通知提出の行為態様及びその前後の状況等につき、以下の事実を認めることができる。 ア 控訴人Bは、令和元年5月頃、YouTube上のCの動画のコメント欄において「他のユ―チューバ―さんたちが言ってる著作権というのは、本当は著作権として認められないものが多いと思う。それは弁理士さんや弁護士さんに尋ねたらすぐに分かることなんだ。だから、本人たちも著作権がないことを知らないだけかもしれないけど、もしも知っててしてるんだとしたら、著作権というフレーズの悪用になってしまう。著作権のないものをそもそも著作権と主張するほうが本当は脅しなんだ」「それでも、著作権があるなしに関わらず、アイデアをもらったなら、くれた人には「ありがとう(ハート)」って言いたくなるものなんじゃないかなあって思う。」などと記載した。また、同じ頃、自らのチャンネルに投稿した動画において、「盗作」疑惑の例として、器具の紹介といった単なる情報やアイデアの提供にすぎないものについても、先行して動画を投稿した以上はそのことで権利が生じており、先行動画を見ていなかったとしても確認不足にすぎず、必要に応じて法的処置をとる旨を述べた。(甲12、29の1・2、控訴人B本人) イ 控訴人Bは、令和2年1月16日、YouTubeにおいてPとのチャンネル(以下、開設者も含めPという。)に投稿された動画のコメント欄に、事前の許諾を得ずに控訴人Bの編み物作品の編み方を模倣した動画を公開したことに関する抗議のコメントを記載し、同年2月7日に、控訴人Bの依頼を受けた控訴人Dにおいて、Cの代表取締役を名乗って、Pが作品を販売している「minne」のアプリケーション上でPにメッセージを送信し、著作権は当社が持っているので著作権侵害等を理由として損害賠償請求裁判をする所存である旨通知した。 これに対しPが、書面が届いたら夫の会社の弁護士に相談して対応させていただく旨返信したところ、控訴人Dは、「は〜。旦那さんにまで頼んで弁護士立たせて?自分でケリつけたことない人なんですね?」「私ならすぐに相手の自宅まで行って話しますけど?一度痛い目見ないといけないみたいですね。」「こっちと「和解契約」結ぶなら話聞きますが?お話ならないなら詐欺で警察にも行けるお話ですが?いかがいたしましょうか?要返信」とのメッセージを送信した。(以上につき、甲16、59の1〜6、乙21、控訴人ら本人) ウ 控訴人Bは、令和2年2月6日、本件侵害通知をYouTubeに提出するほか、被控訴人以外の利用者が開設したチャンネルも含め、編み物に関する合計3つのチャンネルに投稿された複数の動画を対象として一斉に著作権侵害通知をYouTubeに提出した。 その結果、被控訴人については、被控訴人メランジ動画及び被控訴人トリニティ動画が削除され、Lとのチャンネル(以下、開設者も含めLという。)に投稿された編み物の動画については計8本の動画が削除された。 Lの投稿動画に対する上記著作権侵害通知の申告理由は「著作権侵害した編み方で編んだ作品を紹介している」とされており、ここでいう編み方は編み目や模様編みそれ自体を指すと考えられる。また、Nとのチャンネルに投稿された動画に対する上記著作権侵害通知の理由は、トリニティスティッチの模倣とするものである。(以上につき、甲14、16、20、33、38、40の1・2、50、控訴人B本人) エ 被控訴人は、令和2年2月6日、YouTubeから被控訴人動画が削除された旨の著作権侵害警告を受け取り、控訴人Bに対し、どの動画の著作権を侵害したことになるのか教えてほしい旨問い合わせるメールを送信した。 これに対し、被控訴人Bは、「動画が削除されたのはあなたが気づかない間に知的財産を侵害したから」であると述べた上で、被控訴人の作品がCの作品とは作風において違うことは自認しながら、「私の動画をご存知でなかったようなのでお伝えするのもはばかられるのですが、事前に承諾を得るためにご連絡くださっていたら、と悔やまれてなりません。」などと記載し、著作権が侵害されたとする控訴人動画がどの動画であるかについては回答しなかった。(以上につき、甲13、14) オ 同年2月8日頃、YouTubeにおいてMとのチャンネル名で活動していた者(以下Mという。)も、上記イのPと同様、販売のため「minne」で出品していた作品につき、控訴人Bから著作権侵害で告訴する旨の連絡を受けて出品を撤回した。Mは、どこに聞けば誰に著作権があるのかさえ分からず、その後、仕方なく控訴人Dと示談契約をしたが、恐怖を覚え、その後、YouTubeに編み物の動画を投稿することを断念することとした。(甲60) カ 控訴人Bは、同年3月11日頃、その開設するYouTubeチャンネルにおいて、著作権侵害警告に関し、「異議申し立てして、申立人から訴状が届いたら100%裁判が決定です。」「訴状は届いたら最後、もう逃げられないんです。逃げたら申立人の損害賠償請求が認められてしまうということです。だから、異議申し立てを簡単にしてはいけない、ということをお伝えしたいのです。その前に示談で解決できるか誠意を見せなければならないと思います。たいていの場合、示談で解決する方が時間もかからず、お互いの折り合いも分かるのでうまく行くと思います。その手順すら省くために今回私は声明を発表しました。声明で書いた通りにしてくれるなら、私はあなたの動画を認めましょう、ということです。それが嫌な場合は動画を削除してください、ということです。」といったコメントを公表した。(甲34) (4)本件侵害通知の違法性及び控訴人Bの故意又は過失について ア 前記(2)のとおり、本件侵害通知は、いずれも法的根拠に基づかないものであるが、前記(2)で述べたところに加え、上記(3)認定の各事実からすると、以下に詳述するとおり、控訴人Bは、前記注意義務を怠った過失があるといえるばかりか、著作権侵害通知制度を濫用したものということさえできるのであって、これにより、本件侵害通知の対象動画の投稿者である被控訴人の法律上保護される利益を侵害したものであるから、控訴人Bが本件侵害通知を提出した行為は、被控訴人の法律上保護される利益を違法に侵害したものとして不法行為を構成するというべきである。 イ すなわち、控訴人Bの提出した本件侵害通知の記載内容をみるに、本件侵害通知1は、前記(2)アのとおり、被控訴人メランジ動画につき「編み目(スティッチ)の著作権侵害」があるというものであって、編み目の著作物性をいう点において、その通知内容自体から著作権侵害が認められないことが明らかなものである。 また、本件侵害通知2は、前記(2)イのとおり、被控訴人トリニティ動画の「動画全体」につき「著作権、翻訳権の侵害」があるというものであって、控訴人Bは、被控訴人トリニティ動画の口頭説明部分が控訴人動画@〜Bの口頭説明部分の著作権を侵害すると考えて本件侵害通知2を提出した旨陳述しており(乙10、控訴人B本人)、本件訴訟においては、その旨主張するようであるが(これ自体が法的に失当であることは前記(2)イのとおりである。)、被控訴人トリニティ動画が控訴人動画のうちいずれの動画のいかなる部分の著作権を侵害したかにつき、明確かつ具体的な主張をしているものではないこと、控訴人Bの陳述も、要は、被控訴人動画において控訴人動画における編み目の作り方が同じであることを中心に著作権侵害があった旨を述べるものであること、本件侵害通知2が本件侵害通知1と同日にされていることに加え、前記(3)の各事実にも照らすと、むしろ控訴人Bは、本件侵害通知2においても本件侵害通知1と同様、本来、著作権侵害が認められない被控訴人トリニティ動画が編み目の著作権を侵害したことを根拠として、著作権侵害通知をYouTubeに提出したものと認めるのが相当である(このことは、控訴人Bの陳述(乙10)によれば、被控訴人トリニティ動画の25分47秒間のうち、著作権侵害に該当する部分は3分43秒間にすぎないにもかかわらず、控訴人Bが、削除依頼ウェブフォーム(甲18)において、タイムスタンプで該当箇所を特定することもなく、被控訴人トリニティ動画の「動画全体」が著作権侵害部分に該当するとして本件侵害通知2を行っていることからも裏付けられる。)。したがって、本件侵害通知2も、その内容において著作権侵害が認められないことが明らかなものというべきである。 ウ しかし、そもそも編み物の編み目に著作物性が認められないことは前記(2)アで説示したとおりであるし、前記(3)アによれば、控訴人Bは、むしろ動画の著作物性の有無の判断には困難が伴うことをかねてから認識していたことが認められる。また、著作権侵害が肯認されるには依拠性が必要であるが、前記(3)エによれば、控訴人Bが本件侵害通知を提出するに当たって依拠性を検討した様子は全くうかがえない。 そればかりか、控訴人Bが本件侵害通知を提出するに当たり、著作権侵害の有無を予め検討していたのであれば、それが法的に失当であろうとも、本件侵害通知後の被控訴人からの問い合わせに対して著作権侵害と考える理由を端的に回答できるはずであるが、被控訴人に対する回答ぶりは専ら困惑させることに終始するものであるし((3)エ)、本件訴訟を提起された後においてすら、控訴人らは著作権侵害を理由に裁判手続をとろうとしていないこと、その他前記(3)で認定した本件侵害通知提出前後の状況をも考慮すると、控訴人Bは、本件侵害通知を提出するに当たり、編み目の著作物性が肯定されるには困難を伴うことを十分認識していたと認められるにもかかわらず、控訴人動画で紹介した編み目と同一の編み目を説明する動画であれば、それが控訴人動画に依拠したものか否かを問わず、先行して動画を投稿した控訴人Bの著作権を侵害するとの独自の見解を有し、この見解が法的に成り立つか否かを検討することなく、すなわち、控訴人Bが著作権者等であることはもとより、著作権侵害通知の内容が正確であることについて検討することなく、必要な注意義務を怠って漫然と本件侵害通知を提出したものと認めるのが相当である。 エ なお、控訴人らは、専門家であるJ弁理士及びK弁護士にも相談した上で、本件侵害通知を行った旨主張するが、控訴人らが本件侵害通知当時に上記専門家に著作権侵害に関する相談をしていたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、また、仮に何らかの相談をしていたとしても、前記の本件侵害通知の内容及び本件訴訟における応訴の内容に照らし、真摯な相談がされたものともおよそ考えられないから、これによって控訴人Bが本件侵害通知を提出するに当たって必要な検討をしたとは認められない。 オ そして、控訴人Bは、被控訴人に対する以外にも、本件侵害通知に相前後して、他の複数のチャンネル開設者に対し、その投稿した編み物動画やアプリケーション上での編み物作品の販売に対し、動画のコメント欄等に抗議を書き込んだり、被控訴人に対すると同様に、編み目を含む編み方の模倣を理由に一斉に複数の著作権侵害通知を提出したりすること((3)イ、ウ、オ)によって、これらの者が、控訴人Bが動画で紹介している編み方と同じ編み方を動画で投稿することを事実上抑止しようとしていたことがうかがわれる。 さらに、弁護士への依頼や著作権侵害警告に対する異議申立てを考えるようなチャンネル開設者に対しては、控訴人Bに加担する控訴人D又は控訴人B自身において、「一度痛い目見ないといけない」「詐欺で警察にも行けるお話」などと強迫的ともいえるメッセージを送信したり、独自の見解を一方的に押し付けるようなコメントを公表したりして((3)イ、オ、カ)、裁判手続で著作権侵害の有無を明らかにするより、示談するよう強く求めていたことも認められ、以上のような諸事情を総合すると、控訴人Bは、著作権侵害通知制度を利用して、競業者であるといえる同種の編み物動画を投稿する者の動画を削除することで不当な圧力をかけようとしていたとさえ認められる。 カ 以上によれば、控訴人Bは、本件侵害通知をYouTubeに提出するに当たって、単に自らが著作権者であることや、著作権侵害通知の内容が正確であることについて何ら検討することなく漫然と法的根拠に基づかない本件侵害通知を提出したという点で必要な注意義務を怠った過失があるといえるばかりか、前記のとおり著作権侵害通知制度を濫用したものということさえできるのであって、これにより本件侵害通知の対象動画の投稿者である被控訴人の法律上保護される利益を侵害したものであるから、控訴人Bが本件侵害通知を提出した行為は、被控訴人の法律上保護される利益を違法に侵害したものとして不法行為を構成するというべきである。 3 控訴人Dについての共同不法行為の成否(争点(2))について (1)証拠(甲16、29の1・2、乙21、控訴人B本人)によれば、控訴人Bは、平成31年4月頃(甲29の1・2、控訴人B本人)や令和2年1月16日(乙21)から、繰り返し、Cが会社組織により運営され、盗作疑惑に関しては役員会議等の判断により方針が決定されているなどとYouTube上で述べていたことが認められる。さらに、証拠(甲30、59の1〜6、60、控訴人ら本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人D自身も、本件侵害通知がされた令和2年2月6日の翌日である同月7日午前4時41分には、控訴人Bからの依頼を受け、Cの代表取締役を名乗って、Pにメッセージを送信し、同年1月16日にPの投稿動画のコメント欄に控訴人Bが抗議のコメントを記載したのも自分が送らせたとの趣旨を述べ、著作権は当社が持っているので著作権侵害等を理由として損害賠償請求裁判をする所存である旨通知したほか、さらにその翌日である同年2月8日までには、前記のとおりMとの間で示談契約をしたこと(2(3)イ、オ)など、繰り返し、著作権侵害関係について自己がCの責任者又は関係者であることを示す言動をしていたことが認められる。 以上によれば、控訴人Dが、本件侵害通知を含む一連の著作権侵害通知について把握していなかったとは考え難く、むしろ、控訴人Bが、Eの一部門であるCの活動として、複数名に著作権侵害通知等をしていることを認識しつつ、控訴人Bのそうした行動に助力ないしは加担していたと推認するのが相当である。したがって、本侵害通知による不法行為につき、控訴人Dも、共同不法行為者として、控訴人Bと同様の責任を負うべきものと認められる。 (2)これに対し、控訴人らは、控訴人Bが著作権侵害通知をしたことで騒動となった後に、初めて控訴人Dが関与するようになった旨陳述等するが、上記認定事実に照らし、にわかに信用できない。また、被控訴人動画は、令和2年2月6日に本件侵害通知がされた後、同年8月29日まで削除されていたにもかかわらず、控訴人Dは、本人尋問において、被控訴人動画を視聴して控訴人動画との類似性を確認した時期について、被控訴人動画の復元後であると陳述する一方、本件侵害通知の1週間ほど後であるとも陳述するなど一貫しない陳述をしており(控訴人D本人2、3、7頁)、この点においても同人の陳述を信用することはできない。 4 損害の発生及びその額(争点(3))について (1)精神的損害について ア 前記2(1)アで説示したとおり、YouTubeは、インターネットを介して動画の投稿や投稿動画の視聴などを可能とするサービスであり、投稿者は、動画の投稿を通して簡易な手段で広く世界中に自己の表現活動や情報を伝えることが可能となるから、作成した動画をYouTubeに投稿する自由は、投稿者の表現の自由という人格的利益に関わるものであるといえ、控訴人Bによる違法な本件侵害通知により被控訴人動画が一方的に削除されたことにより、被控訴人はその人格的利益を侵害されたものと認められる。 イ そして、その削除期間が、令和2年2月6日から同年8月29日までの206日間に及ぶこと、被控訴人トリニティ動画の動画時間が25分47秒間、被控訴人メランジ動画の動画時間が19分24秒間であって、テロップ挿入や音声等の編集作業にも相応の労力、時間を要して作成されたものであることがうかがわれること(甲56〜58)、被控訴人動画が投稿されたAのチャンネルには少なくとも1000人を超える登録者がいたことに加え、被控訴人が、削除当日に、控訴人Bに対し、控訴人Bのどの動画の著作権を侵害したことになるのか教えてほしい旨問い合わせたのに対して、控訴人Bは、これに対する回答をしないばかりか(前記2(3)エ)、同年6月頃、Cのチャンネルにおいて、被控訴人に向け、本件侵害通知のことを取り上げて「2度あることは3度ある、3度目は命取りです」などとのコメントを記載して、控訴人Bが3回目となる著作権侵害通知をすることで、被控訴人のチャンネル停止・全動画の削除という事態が起きかねないことをほのめかすなど、被控訴人をして専ら畏怖、困惑させるばかりで、事後的にも誠意ある対応をせず、原判決において控訴人らの指摘する被控訴人動画による著作権侵害が認められない旨判断された後も、被控訴人動画が控訴人動画の盗作であるかのような独自の見解に基づくコメントをYouTubeのチャンネルに記載していること(甲13、14、20、69〜77)など、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被控訴人が上記の人格的利益の侵害により受けた精神的苦痛を慰藉する金額は20万円を下らないというべきである。 ウ なお、被控訴人は、前記第3の5(被控訴人の主張)(2)イ、ウに記載する、本件侵害通知による被控訴人チャンネル全体の収益性の低下及び視聴者に対する信頼毀損による視聴数低下について、慰謝料算定に当たっての根拠としても主張するが、被控訴人は、上記各事情によって被控訴人チャンネルの収益性の低下による経済的損害が生じたことをいうものであって、その損害賠償の可否は、そのような経済的損害の発生が認められるか否かの立証に係るものであり、損害の発生が不明な場合に前記イで認定したところを超えて慰謝料として損害賠償を認めることはできないというべきである。したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。 (2)広告収益に関する経済的損害について ア 被控訴人動画の広告収益の低下 被控訴人動画がYouTubeにおいて削除されていた期間は、前記のとおり令和2年2月6日から同年8月29日までの206日間であるところ、証拠(甲31、32)によれば、被控訴人メランジ動画(投稿日は同年2月3日)についての広告収益は、同年2月3日から同月6日までの4日間で合計1463円(1日当たり365.75円)であったこと、被控訴人トリニティ動画(投稿日は令和元年8月1日)についての広告収益は、令和元年11月6日から令和2年2月6日までの93日間で合計1766円(1日当たり18.98円)であったことが認められる。 被控訴人トリニティ動画の削除により被控訴人が失った広告収益は、上記のとおり1日当たり18.98円として算出するのが相当と認めるが、被控訴人メランジ動画の上記収益単価は、投稿直後の4日間の広告収益に基づくものである。広告収益は動画の視聴数等によって変動し得るところ、一般的に、新たに投稿された動画の方が視聴者の耳目を集めやすく、投稿直後は視聴数が多く、その後時間が経過するにつれて逓減する傾向があること自体は否定し難いこと、編み物の編み方に関する動画の視聴は、季節柄、夏場には視聴数が低くなる傾向がうかがわれ、通年で一定しているとはいい難いこと(甲83の1〜5)からすると、被控訴人メランジ動画の広告収益は、削除後の当初30日間は1日当たり350円、その後は、被控訴人トリニティ動画との対比を考慮して、1日当たり20円として被控訴人の損害を算定するのが相当と認める。 そうすると、本件侵害通知による被控訴人動画の削除により被控訴人が被った広告収益に関する損害は、1万7929円(〔350円+18.98円〕×30日+〔20円+18.98円〕×〔206日−30日〕)。端数切捨て。)に限り、これを認めるのが相当である(なお、被控訴人動画の削除又は復元の当日分については、一定程度の広告収益が得られている可能性がないではないが、特に上記認定を左右すべき事情ではない。)。 イ 被控訴人チャンネル全体の収益性の低下等 被控訴人は、被控訴人動画が本件侵害通知によって削除されたことは、被控訴人チャンネルのステータスに影響を与え、被控訴人チャンネルの動画が視聴者の画面に表示されにくくなったり、広告単価が低下したりするなどの不利益を生じさせ、被控訴人チャンネル全体の収益性を低下させている旨主張し、また、被控訴人チャンネルに対する視聴者の信頼が著しく低下し、視聴数が減少して収益性が低下した旨主張する。 しかし、「YouTubeヘルプ」(甲8)において、著作権侵害の「警告を複数回受けると収益化に影響を及ぼすおそれがあります。」との記載がされているものの、どのような場合にいかなる仕組みによって収益化に影響を及ぼすかについては必ずしも明確になっているとは認められない。また、被控訴人が影響を受けたとする被控訴人チャンネル全体の収益について、本件侵害通知がされる前後、さらに被控訴人動画の復元後といった各時点の収益が具体的にいかなるものであったかを認めるに足りる証拠は何ら提出されておらず、被控訴人から数値を示すなどした具体的主張もされていない。YouTubeにおいては、各動画の収益に関する分析情報は期間を区切って画面上に表示させることが可能である(甲31、32、83の1〜5)から、本件侵害通知がされる前後、被控訴人動画の復元後といった各時点で動画の視聴数、収益等にいかなる変動があるかを立証することは容易であると認められるにもかかわらず、被控訴人動画ないしチャンネルについてそうした立証が全くされていないことに照らすと、本件侵害通知による被控訴人動画の削除により被控訴人のチャンネル全体の収益性が低下するなどして被控訴人が経済的損害を被ったとは認めるに至らないというべきである。 (3)損害軽減義務違反について ア 控訴人らは、被控訴人には、YouTubeに対し速やかに異議申立通知を行うことなく、漫然と被控訴人動画が削除されている状態を放置していたことによる損害軽減義務違反があり、被控訴人が軽減できたはずの損害は、民法416条1項類推適用による通常生ずべき損害に当たらないから、控訴人らにおいて賠償責任を負わない旨主張する。 イ しかし、証拠(甲27、28、35ないし37、58、被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、@控訴人らによる本件侵害通知により令和2年2月6日に被控訴人動画がYouTubeから削除された後、被控訴人は、代理人弁護士に依頼し、同弁護士において、同年3月5日、YouTubeに対し、編み物の編み方そのものは著作物性の根拠にならないこと等を記載し、その旨を判示した知財高裁判決の存在を指摘して異議申立てをしたこと、A同月8日に、YouTubeから、正当な理由が確認できないため異議申立てを受理できないとの回答がされたため、被控訴人代理人弁護士において、同日及び同年4月10日に、異議申立ての要件とされる「誤り」「によって削除された場合」にいう「誤り」には著作権侵害通知者に著作権が存在しないことも含まれるのではないかということ、控訴人Bによる被控訴人動画同様の編み物に関する投稿動画に対する多数の著作権侵害通知により、これら動画の投稿者らが委縮している状況にあることを指摘して反論をしたこと、B被控訴人が同年7月4日に本件訴訟を提起した後の同年8月29日、YouTubeにおいて、本件削除通知については著作権侵害通知の法的要件が欠けており、控訴人Bから申立てを補足する追加情報の提出もないことから、著作権侵害警告を取り下げることとして被控訴人動画を復元したことが認められる。 まず、被控訴人がYouTubeに異議申立てをするに当たって、代理人弁護士に委任するために一定の期間を要したことについては、本件事案の内容及び難易に加え、本件侵害通知後の被控訴人からの問い合わせ等に対する控訴人Bの不誠実な対応や(2(3)エ)、代理人弁護士によらずにYouTubeに異議申立てをすると、異議申立者の住所といった個人情報が著作権侵害通知をした者に対して自動的に転送されるといった仕組み(第3の2(2)ウ)に照らせば、全くやむを得ないものというべきである。また、後にYouTubeにおいて被控訴人動画が復元されたというのであるから、被控訴人代理人弁護士がYouTubeに対して行った上記異議申立ての内容は、正鵠を得たものであったといえるが、著作権の実体的判断にも関わる問題でもあって、それが理解されるのに一定の期間を要したこともまたやむを得ないものというべきであって、被控訴人が漫然と被控訴人動画が削除されている状態を放置したといった非難は当たらない。 したがって、控訴人らによる本件侵害通知により被控訴人動画が削除されたことで生じた前記(1)ア、イ及び(2)アの損害は、違法な本件侵害通知により通常生ずべき損害であって、それら全てについて控訴人らは損害を賠償すべき責任を負う。 (4)弁護士費用について 以上のとおり、本件侵害通知により被控訴人が被った損害額が、20万円((1)イ)及び1万7929円((2)ア)の合計21万7929円であること、並びに本件訴訟の内容及び難易等に鑑みれば、控訴人らによる本件侵害通知と相当因果関係のある弁護士費用は、4万3585円と認めるのが相当である。 (5)まとめ 以上によれば、控訴人らは、被控訴人に対し、共同不法行為による損害賠償として、前記(1)イ、(2)ア及び(4)の損害合計26万1514円及びこれに対する不法行為の日である令和2年2月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。 第5 結論 よって、被控訴人の請求は、26万1514円及びこれに対する上記遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと異なり、7万4721円及びこれに対する上記遅延損害金の限度で一部認容し、その余を棄却した原判決は一部失当であって、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれをいずれも棄却し、被控訴人の附帯控訴の一部は理由があるから、原判決主文1、2項を変更して、被控訴人の請求を26万1514円及びこれに対する上記遅延損害金の限度で認容することとして、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 森崎英二 裁判官 渡部佳寿子 裁判官 植田智彦は、転補につき、署名押印することができない。 裁判官 森崎英二 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |