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【事件名】ビッグローブへの発信者情報開示請求事件K
【年月日】令和4年10月4日
 東京地裁 令和3年(ワ)第27417号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年8月2日)

判決
原告 株式会社WILL
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 角地山宗行
同 籠屋恵嗣
被告 ビッグローブ株式会社
同訴訟代理人弁護士 橋利昌
同 平出晋一
同 太田絢子


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、インターネットを利用した情報通信サービス等を営む被告に対し、氏名不詳者らが、P2Pの一種であるビットトレント(BitTorrent)のネットワークに接続し、原告が著作権を有する別紙著作物目録記載の各動画(以下、各動画を同目録記載の順に「本件著作物1」などといい、これらを併せて「本件各著作物」という。)を自己の端末内で複製すると共に、被告の提供するインターネット接続サービスを通じて公衆送信し、もって原告の本件各著作物に係る著作権(複製権、送信可能化権)を侵害したことが明らかである旨を主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、末尾の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠番号の枝番は省略する(以下同様)。)
(1)当事者等
 原告は、映画・ビデオの映像制作、編集業務、販売等を業とする会社であり、「(省略)」、「(省略)」等の屋号を用いてアダルトDVD等の制作を行っている。
 被告は、インターネット等のネットワークを利用した情報通信サービス等の提供等を目的とする株式会社であり、一般利用者に向けて広くインターネット接続サービスを提供しているプロバイダである。
(2)本件各著作物の著作権の帰属
 本件各著作物は映画の著作物であるところ、その制作を発意し、製作費用を負担する責任を有していたのは原告といえる(甲1、2、6、7)。また、本件著作物1の監督であるaことA及び本件著作物2の監督であるbことBは、いずれも、原告に対し、本件著作物1又は本件著作物2の制作に参加することを約束して、本件著作物1又は本件著作物2の脚本の創作や映像の編集等の総指揮を行い、その全体的形成に創作的に寄与したものといえる(甲8、9)。
 これらの事情に照らすと、本件各著作物の著作権はいずれも原告に帰属するものと認められる(著作権法29条1項)。
(3)原告による調査等
 原告は、Media Service Group,Inc.が開発した著作権侵害検出システムである「Torrent Monitoring System」(以下「本件ソフトウェア」という。)を使用して調査(以下「本件調査」という。)を実施し、別紙動画目録(1)及び(2)記載の各IPアドレス(以下「本件各IPアドレス」という。)を割り当てられた氏名不詳者らが、ビットトレント上で、本件各著作物の複製物である電子データ(以下「本件侵害動画」という。)をアップロードし、不特定のビットトレント利用者の求めに応じて、インターネット回線を通じて本件侵害動画を自動的に送信し得る状態に置いたことを確認した(甲3〜5、10、11、17)。
2 本件の主たる争点は、氏名不詳者らにより原告の権利が侵害されたことが明らかといえるか否かであり、これに関する当事者の主張は、次のとおりである。
(原告の主張)
(1)原告は、本件調査により、本件ソフトウェアを使用して、本件各IPアドレスを割り当てられた氏名不詳者らが、被告を経由プロバイダとして、ビットトレント上で、本件各著作物の複製物である本件侵害動画をアップロードし、不特定のビットトレント利用者の求めに応じて、インターネット回線を通じて、本件侵害動画を自動的に送信し得る状態に置いたことを確認した。
 本件調査においては、トラッカーサーバーからIPアドレス等が記載されたリストが返信された後、実際に本件ソフトウェアが当該リストに載っていた各ユーザーに接続して各ユーザーが応答することの確認も行った。別紙動画目録(1)及び(2)記載の各発信時刻は、その応答確認(Handshake)が行われた時刻である。応答確認(Handshake)が行われたということは、各発信者が、その発信時刻までに、ビットトレントを通じて本件侵害動画をダウンロードし、これを自己の端末に蔵置した上で、他のユーザーの要求に応じて自動的に本件侵害動画をダウンロードできる状態にしていたことを示す。
 したがって、氏名不詳者らが本件各著作物に係る原告の著作権(複製権、送信可能化権)を侵害したことは明らかである。
(2)被告は、本件侵害動画には広告や字幕が付されていること、再生時間に違いがあることなどを指摘して、本件各著作物の内容と本件侵害動画の内容が同一でないと主張する。しかし、両者を比較すると、字幕が表示されているのは画面下部の一部分であって本編の視聴が妨げられるものではなく、再生時間の差異もわずかであり、その内容の大半が同一であることは明らかである。このため、こうした差異により本件各著作物と本件侵害動画とで著作物の同一性を失うことはない。
(被告の主張)
(1)原告の主張立証によっても、本件各IPアドレス及び各発信時刻が特定された過程や、原告が本件各著作物の複製権、送信可能化権の侵害を確認した過程は不明である。また、本件侵害動画は、本件各著作物には表示されていない文字等が表示され、上映時間も本件各著作物とは異なることから、本件各著作物とは同一ではなく、本件各著作物の複製物とはいえない。
(2)別紙動画目録(1)及び(2)記載の各発信時刻は、氏名不詳者らが、原告に対し、応答確認(Handshake)の通信を行った日時であるところ、応答確認(Handshake)の通信により特定のファイル等が将来送信可能であることが確認されるとしても、その通信それ自体が情報の流通により原告の権利を侵害する特定電気通信であるとはいえない。
(3)したがって、氏名不詳者らが、本件各著作物に係る原告の著作権(複製権、送信可能化権)を侵害したことが明らかであるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(権利侵害の明白性)について
(1)証拠(甲3、4)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレントとは、インターネットを通じ、P2P方式でファイルを共有する通信プロトコル又はこれを実行可能なソフトウェアであり、ビットトレントにより形成されるネットワークは、特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーが、トラッカーサイトと呼ばれるウェブサイトに接続してトレントファイルをダウンロードし、これをビットトレントに読み込ませると、当該ユーザーの端末がピアとして同ネットワーク上に登録され、ダウンロードしたい特定のファイルを有する別のピアから当該ファイルをダウンロードするとともに、別のピアから要求があれば自己の端末から特定のファイルを送信する仕組みのものであること、このようなシステムの特性上、トラッカーサーバーは、自身にアクセスしている提供者の情報を把握することができることが認められる。
 また、前提事実(前記第2の1(3))のとおり、原告は、本件調査において、本件ソフトウェアを使用して、遅くとも別紙動画目録(1)及び(2)記載の各発信時刻までに、本件各IPアドレスを割り当てられた氏名不詳者らが、ビットトレント上で、本件各著作物の複製物である電子データ(本件侵害動画)をアップロードし、不特定のビットトレント利用者の求めに応じて、インターネット回線を通じて同電子データを自動的に送信し得る状態に置いたことを確認したものであるが、本件調査を実施した会社が別途実施した検出IPアドレスの同一性確認試験(甲10、11)において、本件ソフトウェアが検知するIPアドレスが正確であることが確認されたことが認められる。
 このほか、被告から発信者情報の開示についての意見を求められた者の中には開示に同意した者がおり、代理人を通じて示談交渉を予定している者もいること(弁論の全趣旨)などを併せ考慮すると、本件各IPアドレスを割り当てられた氏名不詳者らが、本件各著作物の複製物である電子データ(本件侵害動画)を自己の端末にダウンロードして記録させた上、これを所有するピアとして自己の端末を登録し、不特定多数の別のピアから要求があれば、被告の提供するインターネット接続サービスを通じ、当該端末から当該電子データを自動で送信し得るようにしていたことが認められる。こうした行為は、本件各著作物に係る複製権及び送信可能化権を侵害するものといえる。
 したがって、原告の本件各著作物に係る著作権(複製権、送信可能化権)が侵害されたことは明らかであると認められる。
(2)被告の主張について
ア 被告は、本件侵害動画には、本件各著作物には表示されていない文字等が表示され、上映時間も異なることから、本件侵害動画は、本件各著作物の複製物とはいえない旨や、氏名不詳者らの原告に対する応答確認(Handshake)の通信それ自体は、原告の権利を侵害する特定電気通信とはいえず、このような通信から特定される氏名等の情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」(法4条1項柱書)とはいえない旨などと主張する。
イ 証拠(甲15)及び弁論の全趣旨によれば、@本件侵害動画には、その画面下部に、本件各著作物には表示されていない、中国語らしき文字やURLと見られる表示があること、A本件侵害動画では、本件各著作物の冒頭部分にあった著作権に関する警告等の部分が削除されると共に、本件各著作物には表示されていなかった宣伝が挿入されたこと、ファイル自体が分割されていたことなどから、本件各著作物の表示時刻との間でズレが生じ、全体の上映時間にもわずかに違いが生じていることが認められる。
 もっとも、本件各著作物と本件侵害動画の内容は、上記@及びAを除き概ね一致しているとみられる(甲13〜15)。また、上記@の表示は画面下部の一部分に表示されているに過ぎず、動画の視聴が妨げられるようなものではなく、上記Aの上映時間の違いは広告が削除、挿入されたこと等によるわずかな違いに過ぎないものといえる。このため、上記@及びAいずれの違いも、本件各著作物と本件侵害動画との内容的な実質的同一性を失わせる程度のものとはいえない。すなわち、本件侵害動画は、本件各著作物に依拠し、これに新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が本件各著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものといえる。
 以上のとおり、本件侵害動画は、上記@及びAの違いにかかわらず、本件各著作物の複製物であると認められるのであって、この点に関する被告の主張は採用できない。
ウ 証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件ソフトウェアを使用してトラッカーサーバーに接続し、本件各著作物のファイルの提供者のリストを要求して、当該リストに記載されたIPアドレスに対応するピアに応答することの確認を行い、これに応じて各ピアが応答確認(Handshake)の通信を行ったこと、別紙動画目録(1)及び(2)記載の各発信時刻は、この応答確認(Handshake)の通信を行った際のタイムスタンプであることが認められる。
 これによれば、応答確認(Handshake)の通信それ自体は本件侵害動画の自動送信に係る通信とはいえない。もっとも、本件ソフトウェアに対し応答確認(Handshake)の通信がされたことは、当該通信をした発信者が、ビットトレントを通じて本件侵害動画をダウンロードし、これを自己の端末に蔵置した上で、他のユーザーの要求に応じて、自動的に本件侵害動画をダウンロードできる状態にしていたことを意味するといえる。
 そうすると、別紙動画目録(1)及び(2)記載の本件各IPアドレス及び各発信時刻から把握される本件発信者情報は、ビットトレント上のファイル共有に係る各通信(原告の権利を侵害する特定電気通信)を行った氏名不詳者らのものと認められ、これに係る本件発信者情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるといえる。応答確認(Handshake)の通信それ自体が原告の権利を侵害する特定電気通信とはいえないことは、この認定を左右するものではない。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
2 前記認定の各事実に加え、弁論の全趣旨によれば、被告が本件発信者情報を保有し、開示関係役務提供者(法4条1項)に該当すること、原告が、氏名不詳者らに対する損害賠償等を請求するために本件発信者情報の開示を受ける必要性があり、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があることがそれぞれ認められる。
3 まとめ
 以上より、原告は、被告に対し、本件発信者情報の開示請求権を有する。
第4 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととする。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 小口五大
 裁判官 稲垣雄大


(別紙著作物目録省略)
(別紙動画目録(1)、(2)省略)

(別紙)発信者情報目録
 別紙動画目録(1)および(2)記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 @ 氏名又は名称
 A 住所
 B 電子メールアドレス
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日本ユニ著作権センター
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