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【事件名】「将棋フォーカス」ナレーション事件
【年月日】令和4年9月28日
 東京地裁 令和3年(ワ)第30051号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年7月7日)

判決
原告 A
被告 日本放送協会
同訴訟代理人弁護士 梅田康宏
同 藤森卓也
同 嘉満千晶
同 國松崇
同 木嶋望


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、16万5000円及びこれに対する令和3年5月30日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、被告が放送したテレビ番組「将棋フォーカス」(以下「本件番組」という。)のコーナー「初心者必見!対局マナー」(以下「本件コーナー」という。)におけるナレーション及び字幕(以下「本件ナレーション等」という。)が、原告が管理運営するウェブサイト「B」(以下「原告ウェブサイト」という。)における文章(以下「原告文章」という。)に類似しており、これにより原告の人格権が侵害されたと主張して、民法709条に基づき、合計16万5000円(慰謝料相当額15万円及び弁護士相談費用等相当額1万5000円)及びこれに対する不法行為の日である令和3年5月30日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、原告ウェブサイトを管理運営する者である。
イ 被告は、放送法16条に基づいて設立された法人である(弁論の全趣旨)。
(2)原告文章
 原告は、原告ウェブサイト上に、自らが作成した将棋に関する様々な文章等を掲載しており、本件番組の放送に先立って、原告文章を掲載していた(甲3,4、弁論の全趣旨)。
 原告文章の内容は、別紙対比表の原告文章欄記載のとおりである(甲1)。
(3)本件ナレーション等
 被告は、令和3年5月30日午前10時00分から10時30分までの間、本件番組を放送した。本件番組中の本件コーナーは、将棋の対局マナーをテーマにした内容となっており、約9分30秒間、放送された。そして、本件コーナーで再生されたVTRにおいて、ナレーション及びこれと共に表示された字幕である本件ナレーション等が流されるなどした。被告は、原告文章に依拠して本件ナレーション等を作成したところ、本件ナレーション等の内容は、別紙対比表の本件ナレーション等欄記載のとおりである。(甲1、弁論の全趣旨)
(4)被告による謝罪
 被告は、本件番組に係るウェブサイトにおいて、令和3年6月3日、原告ウェブサイトを特定することなく、本件ナレーション等が既存の文章をほぼ転載したものであることを謝罪する旨の文章を掲載し、さらに、同月20日、「5月30日に放送した「初心者必見!対局マナー」のナレーションの一部で、「B」で使用されていた説明文が、ほぼそのままの形で、複数箇所にわたり使用されていたことが分かりました。一般の方にも分かりやすい説明文であったことから、担当者が表現の参考にしようとしたところ、安易に、元の説明文の表現をほとんど変えることなく、そのまま使用してしまったものです。こうした番組制作の方法は適切とはいえず、サイトの運営者や関係者、視聴者の皆様にお詫び申し上げます。」との文章を掲載した(乙1、8、9、弁論の全趣旨)。
2 争点
(1)本件番組の放送により原告の人格権が侵害されたか(争点1)
(2)損害の発生及びその額(争点2)
3 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件番組の放送により原告の人格権が侵害されたか)について
(原告の主張)
 放送法で定められた公共の放送事業者である被告が、故意に、原告文章を無断転載することにより制作した本件番組を全国放送したことにより、原告の平穏な日常が阻害され、原告は、これに対応するために金銭的及び時間的な負担を負い、精神的苦痛を被った。
 すなわち、本件番組は、公共の放送事業者たる被告により全国に向けて放送されたものであり、相当数の視聴者が存在したところ、本件番組の内容に興味を持った視聴者が、インターネットで検索し、検索結果の上位に表示される原告ウェブサイトを閲覧することが考えられる。そして、このような視聴者は、原告ウェブサイトにおいて、本件ナレーション等とほぼ同一の内容の原告文章を見て、被告が無断転載をするはずがないと考え、原告ウェブサイトが無断転載をしていると疑う可能性があり、よって、名誉毀損が生じる可能性を否定できない。
 また、将棋の対局マナーは、多くのウェブサイトや書籍等において取り上げられているテーマであるが、誰が記載しても同じになるというものではない。特に、原告文章を含む原告ウェブサイト中の文章は、将棋及び執筆の豊富な経験を基に、閲覧者のレベルを考慮し、なるべく一般的な用語を用いて、端的に、正確に、誤解が生じにくく、分かりやすく、面白いものとなるように配慮して作成されたものであるから、独自性が高い。そのため、他のウェブサイト等の独自性のない文章であれば、本件ナレーション等と「似ている」と思われるにとどまるのに対し、原告文章であれば、独自性が高いため,本件ナレーション等を「コピペしている」などと思われる可能性がある。
 以上によれば、原告は、本件番組の放送により、人格権を侵害されたというべきである。
 なお、原告は、原告文章に係る著作権及び著作者人格権の侵害を主張しない。
(被告の主張)
 原告の主張はいずれも争う。
 最高裁平成21年(受)第602号同23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁は、著作権法6条「各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」とする。原告は、著作権及び著作者人格権が侵害されたことを主張せず、上記「著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益」が侵害されたことも具体的に主張立証しないので、原告の主張が失当であることは明らかである。
 また、原告は、名誉毀損が生じる可能性があると主張するが、原告が主張する因果の流れは立証されていないし、本件番組の内容自体、広く知られている将棋の対局マナーを一般的な表現の範囲で伝えるものにすぎないから、一般の視聴者の普通の注意と受け取り方を基準に検討しても、本件番組を視聴したことのみをもって、一般の視聴者が直ちに原告ウェブサイトを想起し、原告ウェブサイト中の原告文章が本件ナレーション等を無断転載しているなどと考えるとは、およそ想定できない。したがって、本件番組の放送が原告の社会的評価を低下させるということはないから、原告の名誉を毀損することはない。
(2)争点2(損害の発生及びその額)について
(原告の主張)
 原告は、被告の行為により、弁護士に依頼すれば30万円以上を要する対応を自ら行い、平穏な日常が阻害され、原告ウェブサイトの運営等にも支障を来しており、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、15万円を下らない。
 また、そのほかに、本件についての弁護士相談費用、これに伴う交通費、被告に対して送付した警告書の封筒代や切手代等の支出を余儀なくされ、これらの損害額は1万5000円を下らない。
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件番組の放送により原告の人格権が侵害されたか)について
(1)原告は、被告によって、原告文章を無断転載して制作した本件番組が放送されたことにより、原告の名誉が毀損される可能性が生じて、原告の平穏な日常を阻害され、原告が、これに対応するために金銭的及び時間的な負担を負い、精神的苦痛を被り、人格権が侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を請求するものと理解することができる。そこで、この理解を前提に、被告による本件番組の放送が原告の「権利又は法律上保護される利益を侵害した」(民法709条)といえるか否かについて検討する。
 前記前提事実(2)及び(3)のとおり、被告が原告文章に依拠して本件ナレーション等を作成した結果、本件ナレーション等は、原告文章と類似しており、原告文章中の「以下省略」といった比較的特徴のある表現についてもほぼ同じ内容となっている。そして、被告が、本件番組において本件ナレーション等を流すことについて、原告から事前の了解を得ていたことや、本件番組を放送するに当たり、原告文章が掲載されている原告ウェブサイトを参照した旨を表示したことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告の上記行為は、公共の放送事業者として不適切なものであったといわざるを得ない。
 また、原告が主張するように、原告ウェブサイト中の文章は、分かりやすく面白いものとなるように配慮され、独自性を有していると評価し得ることや、被告が放送法で定められた公共の放送事業者であることからすると、本件番組を視聴した者が、原告文章を見たとき、被告が無断転載をするはずがないと考えて、むしろ原告ウェブサイトの方が無断転載をしていると疑う可能性を否定することはできない。
 しかし、前記前提事実(4)のとおり、被告は、本件番組が放送された4日後には、本件番組に係るウェブサイトにおいて、本件ナレーション等が既存の文章をほぼ転載したものであることを謝罪する旨の文章を掲載しており、これは、上記のような誤解が生じることを防止し得る措置であるといえる。そして、本件全証拠によっても、実際に、上記のような誤解が広まったとは認められない。しかも、名誉毀損が成立するためには、人の社会的評価を低下させる事実を摘示することが必要であるところ、将棋の対局マナーについて述べた本件ナレーション等において、原告の社会的評価を低下させる事実が摘示されたとは認められない。そうすると、原告の主張する名誉毀損の可能性については、いまだ抽象的なものにとどまるものといわざるを得ない。
 また、原告の主張に係る平穏に日常生活を送る利益について、上記のとおり、原告の懸念する誤解が実際に広まったとは認められず、原告の名誉が毀損される可能性も抽象的なものに留まることに照らせば、被告に対する損害賠償請求を可能とする程度に、原告の平穏な日常生活が害されたということはできず、不法行為の成立要件である「権利又は法律上保護される利益」の「侵害」を認めることはできないというべきである。
 なお、被告が原告文章と類似する本件ナレーション等を含む本件番組を放送したことが原告の権利を侵害するかは、本来、原告文章に著作物性が認められ、原告文章に係る原告の著作権又は著作者人格権が侵害されたと認められるかという観点から検討すべきであるということができる。しかし、原告は、本件訴訟において、著作権及び著作者人格権が侵害されたことを主張しないとしていることから、その要件についての具体的な主張立証がされていないため、著作権侵害及び著作者人格権侵害の事実を認めることはできない。
(2)以上によれば、本件番組の放送により、原告の人格権が侵害されたとは認められず、また、原告文章に係る原告のそのほかの権利が侵害されたと認めることもできないというべきである。
2 結論
 以上の次第で、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 小川暁
 裁判官 バヒスバラン薫


別紙対比表 省略
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