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【事件名】営業秘密の不正所得事件(情報処理サービス)
【年月日】令和4年8月9日
 東京地裁 令和3年(ワ)第9317号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年6月3日)

判決
原告 グローシップ・パートナーズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 林康司
被告 ZEIN株式会社(以下「被告会社」という。)
被告 A(以下「被告A」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 大野志保
同 松井裕介
同 谷口行海


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して1億円及びこれに対する平成30年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 原告の従業員であって後に被告会社に移籍したB(以下「B」という。)は、原告に在籍中に、別紙本件データ目録記載のファイルのうちスライド2枚目ないし8枚目の部分(以下「本件データ」といい、本件データの特定の頁をスライドの頁数に合わせて「本件データ2枚目」などということがある。)を作成した。そして、Bは、被告会社に移籍した後、別紙被告ら作成データ目録記載のファイルのうちスライド7枚目ないし13枚目の部分(甲5の6の電子メールに添付されたパワーポイントファイル7頁ないし13頁をいう(令和3年10月28日付け書面による準備手続調書参照)。以下、当該データを「被告ら作成データ」といい、被告ら作成データの特定の頁をスライドの頁数に合わせて「被告ら作成データ7枚目」などということがある。)を作成し、被告Aに対し、被告ら作成データを含むファイルを添付の上電子メール(甲5の6)を送信した。
2 本件は、原告が、本件データは営業秘密及び著作物に該当するとして、被告らに対し、@本件データに係る原告の著作権(複製権又は翻案権)を侵害して被告ら作成データを作成し、A原告の営業秘密である本件データを不正の手段により取得して原告の情報を持ち出し、B原告の従業員を被告会社に移籍させるように勧誘し、又は原告の顧客に対して被告会社への取引の切換えを勧奨したと主張し、以上の各行為が、被告Aに対しては不法行為又は債務不履行(原告と被告Aとの間で締結された合意違反)を構成し、被告会社に対しては共同不法行為を構成するとして、損害の一部である1億円及びこれに対する不法行為又は債務不履行後の日である平成30年4月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
3 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実をいう。)
(1)当事者等(甲1、2の1、乙1)
ア(ア)原告は、情報処理サービス業、情報提供サービス業等を目的とする株式会社である。
(イ)被告Aは、平成29年3月27日、原告の代表取締役に就任した。
(ウ)C(以下「原告C」という。)について、平成29年8月31日付けで原告の代表取締役に就任した旨の登記がされている。
イ 被告会社は、情報処理サービス業、情報提供サービス業等を目的とする株式会社である。
(2)合意書の締結等(甲3、乙6の1・2、弁論の全趣旨)
ア 原告C及び被告Aは、平成29年10月頃から、原告の経営方針等をめぐって協議するようになった。
イ 原告C及び被告Aは、平成29年10月19日、以下のとおり記載された合意書(甲3)を締結した(以下、当該合意書を「本件合意書」といい、本件合意書記載の特定の項を「本件合意書1項」などということがある。)。なお、本件合意書の下部には、「A」(被告A)及び「C」(原告C)の各署名がある。
 記
 甲)C(グローシップ・パートナーズ株式会社(以下GSP)代表取締役)
 乙)A(グローシップ・パートナーズ株式会社代表取締役)
 (背景)
 甲と乙の経営方針の違いから、乙はGSPの代表取締役を辞任し、新しく会社を立ち上げたいとの申出が甲に対してあった。この申出に対し、甲と乙は、以下のとおり合意した。
1.乙はGSP代表取締役を辞任し、新たに会社を設立する。甲はこれを承諾する。
2.1について、甲乙共同でGSPの従業員に説明する。
3.従業員から新会社への転籍の申出がある場合、甲の承認のもとGSPはこれを許可する。なお、GSPのクライアントに迷惑を掛けず、かつ、GSPに損害が生じないことを前提とする。
4.乙名義のGSP株式は、甲の支出・出資によるものであるため、その全てを甲の名義に2017年10月31日までに変更する。
5.乙はGSPの資産(ソフトウェアを含む)、顧客リスト、その他営業上・経営上の資産、情報を持ち出さないこと。
6.乙は従業員の新会社移籍を勧誘、顧客への取引切換の勧奨をしてはならない。
 以上
ウ 原告C及び被告Aは、平成29年10月26日、共同で、原告の従業員に対し、被告Aが原告の代表取締役を辞任し、新会社(被告会社)を設立すること等を伝えた。
(3)被告会社の設立等(甲2の1、乙1)
ア 被告Aは、平成29年10月31日、原告の代表取締役を辞任した。
イ 被告Aは、平成29年11月15日、被告会社を設立し、被告会社の代表取締役に就任した。また、原告の取締役であったD(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)は、同日、被告会社の取締役に就任した。
ウ 原告C及び被告Aを除く原告の役職員31名のうち18名は、前記(2)イ以降、原告を退職又は退任し、被告会社の役職員となった。
(4)本件データの内容等(甲14、乙18)
ア 本件データの内容は、別紙本件データ目録記載のとおりであり、AI技術を用いた自動会話プログラムである「AIチャットボット」につき、「機能一覧」、「非機能一覧」、「画面イメージ」等をまとめたものである。
イ 本件データは、原告の従業員であって後に被告会社に移籍したBが作成したものである。
(5)Bによる被告ら作成データの送信(甲5の6)
 Bは、平成30年1月22日、被告Aに対し、被告ら作成データを含むファイルが添付された電子メール(甲5の6)を送信した。
(6)本件訴訟の経過等(当裁判所に顕著)
ア 原告は、令和3年4月9日、本件訴訟を提起した。
イ 被告らは、令和4年4月20日、本件口頭弁論期日において、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権について、消滅時効を援用する意思表示をした。
4 争点
(1)営業秘密の不正取得の成否(争点1)
ア 「営業秘密」該当性(争点1−1)
イ 不正取得の有無(争点1−2)
(2)著作権侵害の成否(争点2)
ア 「複製又は翻案」該当性(争点2−1)
イ 「職務著作」該当性(争点2−2)
(3)本件合意書の効力の帰属(争点3)
ア 本件合意書の当事者(争点3−1)
イ 原告の代表権の存否(争点3−2)
ウ 「第三者のためにする契約」該当性(争点3−3)
(4)本件合意書違反の有無(争点4)
ア 本件合意書5項違反の有無(争点4−1)
イ 本件合意書6項前段違反の有無(争点4−2)
ウ 本件合意書6項後段違反の有無(争点4−3)
(5)背任行為の有無(争点5)
ア 本件合意書5項に違反する背任行為の有無(争点5−1)
イ 本件合意書6項前段に違反する背任行為の有無(争点5−2)
ウ 本件合意書6項後段に違反する背任行為の有無(争点5−3)
エ 被告会社に係る共同不法行為の成否(争点5−4)
(6)損害(争点6)
(7)消滅時効の成否(争点7)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(営業秘密の不正取得の成否)について
(1)争点1−1(「営業秘密」該当性)について
(原告の主張)
 本件データは、以下のとおり、営業秘密に当たる。
ア 秘密管理性
 本件データを含む情報の管理やその管理体制等は、以下のとおりであるから、本件データについて、秘密管理性が認められる。
(ア)本件データは、原告が管理する業務データフォルダに保存管理されていた。そして、原告がファイルやデータの保存や管理に使用していたソフトウェアMicrosoftSharePointOnline(以下「シェアポイント」という。)においては、フォルダごとにアクセス可能な「グループ」が設定され、各「グループ」に所属する「ユーザ」のみが各フォルダに格納されたファイルにアクセスすることが可能であった。さらに、グループ、ユーザ及び各ユーザ権限はフォルダごとに細かく設定されており、アクセス権限を承認されたユーザのみが、予め登録されたIDとパスワードを用いる方法でのみファイルにアクセスすることができる仕組みとなっていた。
(イ)本件データは、シェアポイントの「AI」のフォルダに格納され、甲16のとおり、ファイルへのアクセス及び変更の権限はBを含むIT担当者3名のみが有し、アクセス及び参照の権限は経営会議の構成員(原告C、取締役、ディレクター及びシニアマネージャー)のみが有していた。
(ウ)Bが被告Aに対して被告ら作成データを送信した時点において、原告には情報管理規程(甲17)が存在していた。また、原告の従業員は、入社時に「秘密保持事項」を含む誓約書(甲18)を差し入れている。このほか、原告において秘密管理措置が取られていることは、日々の業務やIT担当者による指導・教育を通じて、全ての役職員に周知されていた。
イ 有用性
 AIチャットボット技術の開発は、平成29年頃から平成30年頃までに黎明期といえる状況にあったが、被告らの当業者は、本件データを入手、活用することにより、その開発期間、開発工数を省くことができ、これにより、AIチャットボット開発に要するコストを下げ、早期に商品化して提供できるという点で、極めて大きなメリットを得ることができた。
 そうすると、本件データについて、有用性が認められる。
ウ 非公知性
 AIチャットボットは、一般的に、回答内容を学習情報としてAIエンジンに登録・蓄積してカスタマイズする手法が採られていたところ、その実現のハードルは高かった。原告は、このような状況の中で、AIエンジンを直接カスタマイズするのではなく、学習情報を登録・蓄積する機能を持たせた「AIコントローラ」を別に構築し、これをAIエンジンと組み合わせて利用する仕組みが有効であることを見いだし、その知見を実用に供するための要件定義とシステム設計を行ったのであり、本件データは、このような技術に関する情報を内容としている。
 そうすると、本件データについて、非公知性が認められる。
(被告らの主張)
 本件データは、以下のとおり、営業秘密に当たらない。
ア 秘密管理性
 本件データの内容や管理状況は、以下のとおりであるから、本件データについて、秘密管理性は認められない。
(ア)本件データの内容は、公知の情報の寄せ集めであって、初期的な情報しか記載されていないから、情報の性質のみからしても、原告の従業員において、原告に秘密管理の意思があると認識することはできない。
(イ)被告Aが原告を離職する時点において、原告には組織体制や権限分配に関するルールは一切存在していなかった。さらに、本件データに個別のパスワードは設定されておらず、「機密情報」や「confidential」といった記載もなかった。
 なお、原告は、登録されたIDとパスワードを用いる方法でのみファイルにアクセスすることができたなどと主張するが、当該IDとパスワードは、原告以外の第三者に対する情報流出を防止するためのものであり、フォルダごとにIDとパスワードが設定されていたわけではない。
 加えて、本件データが含まれるファイルへのアクセス権限の制限について原告が指摘する証拠(甲16)は、Bが退職した後に作成されたものであり、Bが被告Aに被告ら作成データを送信した時点における証拠とはならない。仮に、原告が主張するように、本件データが格納されていたフォルダのアクセス権限が原告の約半数のメンバーに限られていたとしても、フォルダに保存された資料につき特段のルールが存在しなかったため、フォルダへのアクセス権限がある原告の従業員において、原告が本件データを原告の秘密として管理しようとしていることや、外部への持ち出しが禁止されていることを認識することはできなかった。
(ウ)原告が指摘する情報管理規程(甲17)は、平成29年12月1日から施行されたもののようであり、被告Aが原告を離職するまでの間に、当該規程に記載されているような情報の取扱いに関するルールは存在していなかった。また、Bが原告を退職するまでの間において、Bその他の原告の従業員に対し、本件データにつき「秘密区分」が指定されたことの周知がなかったなど、当該情報管理規程は、上記施行日より運用されていない。さらに、原告を退職する従業員の上長が当該退職者の在職中に知り得た秘密情報を特定、確認したことはない。また、Bは、退職時に、原告との間で秘密保持契約を締結していない。
 そして、原告の指摘する入社誓約書(甲18)は、「秘密情報」を一切定義するものではなく、Bをして本件データが営業秘密であると認識させるに足りる内容ではない。加えて、原告の設立時からBが原告を退職するまでの間に、原告において、本件データを含む情報の取扱いに関する注意喚起や教育研修がなされたこともない。
イ 非公知性・有用性
 本件データに記載された情報は、保有者の管理下以外において入手できないものではなく、客観的にみて事業活動にとって有益であるものでもない。
 そうすると、本件データは、公知の情報の寄せ集めであって、初歩的な情報しか記載されていないから、非公知性や有用性は認められない。
(2)争点1−2(不正取得の有無)について
(原告の主張)
 本件データは、Bが原告に在籍していたときに原告の業務のために職務上作成したものであるから、原告保有の情報である。
 これに対し、被告らは、本件データについて、原告の業務とは関わりなく作成されたものであり、原告保有の情報ではないと主張する。しかしながら、Bが原告に在籍中に原告から貸与されたパソコンを使用して本件データを作成していること、本件データには原告のマークや原告の著作権表示が記載されていること、本件データが原告の業務データフォルダに保存されていたことからすれば、本件データが原告保有のものであることは明らかである。そして、Bが被告Aに送信した被告ら作成データに記載された情報の内容と本件データにおける情報の内容には全く相違がない。
 そうすると、本件データについて原告保有の情報が被告らに不正に取得されたということができる。
(被告らの主張)
 本件データ及び被告ら作成データは、原告の業務とは関わりなくBが作成したものであり、原告保有の情報ではない。
 すなわち、本件データ及び被告ら作成データは、AIチャットボットに関する情報が記載されているところ、少なくとも被告Aが原告を離職するまでの間に、原告において「AI」というジャンルのサービスの展開が行われておらず、サービスを展開する予定もなかった。そのような中で、Bは、被告Aとともに本件データ及び被告ら作成データを作成し、被告ら作成データを送信したにすぎない。
2 争点2(著作権侵害の成否)について
(1)争点2−1(「複製又は翻案」該当性)について
(原告の主張)
 被告らは、被告ら作成データを作成することにより、本件データについての原告の著作権(複製権又は翻案権)を侵害した。
 すなわち、本件データと被告ら作成データとの相違点は、@原告のマークが被告会社のマークに置き換えられている点、A原告の著作権表示及び頁番号が消去されている点、B罫線及び文字フォントの種類・色調・行間隔が若干異なる点、C図に若干の作画上の差異がある点に限定されており、これらを除けば、両者の内容に相違はない。そして、両者の同一部分について、別紙著作権侵害に関する当事者の主張の(原告の主張)欄記載のとおり、「AIチャットボット」技術の機能一覧、非機能一覧、各画面イメージ、ソリューション概要(システム構成)の内容を説明するための表現方法として様々な可能性があり得る中で、その内容を分かりやすく説明するという観点から特定の選択を行い、その選択に従った表現を行ったものといえる。そうすると、これらを総合した成果物である本件データの中に作成者の個性が表現されている。
 したがって、本件データと被告ら作成データの同一性を有する部分が思想又は感情の創作的な表現に当たるといえるから、被告らは、被告ら作成データを作成することにより、本件データを複製又は翻案して原告の著作権を侵害した。
(被告らの主張)
 被告らは、原告の著作権(複製権又は翻案権)を侵害していない。
 すなわち、原告において本件データと被告ら作成データとで同一性を有すると指摘する部分は、別紙著作権侵害に関する当事者の主張の(被告らの主張)欄記載のとおり、いずれも広く一般的に利用されているアイデア又はありふれた表現にすぎないから、本件データと被告ら作成データは、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性があるにすぎない。また、「機能一覧」、「非機能一覧」、「画像イメージ」、「ソリューション概要」の順で並べることも広く一般的に行われていることからすれば、全体としてみても、本件データに創作性はないというべきである。
 したがって、被告ら作成データの作成は、本件データについての複製又は翻案に当たらない。
(2)争点2−2(「職務著作」該当性)について
(原告の主張)
 本件データは、原告の発意に基づきBが職務上作成したものであるから、原告の職務著作に当たる。
(被告らの主張)
 本件データは、原告において「AI」に関するサービス展開が行われていない状況において、原告を退職する直前のBが原告の業務とは関わりなく作成したものであるから、「法人等の発意」は認められず、原告の職務著作に当たらない。
3 争点3(本件合意書違反の効力の帰属)について
(1)争点3−1(本件合意書の当事者)について
(原告の主張)
 原告Cが原告を代表して本件合意書を締結していることは、本件合意書の内容から明らかである。
(被告らの主張)
 本件合意書は、その署名欄に原告C及び被告Aの個人名のみが記載されているという形式からみても、その内容からみても、原告C及び被告Aの個人間によって締結されたものであるから、原告Cが原告を代表して本件合意書を締結したとはいえない。
(2)争点3−2(原告の代表権の存否)について
(原告の主張)
 原告Cは、本件合意書の締結に先立ち、原告の代表取締役に選任されており、原告の代表権を有していた。
 これに対し、被告らは、原告Cが原告の代表取締役に就任した事実がないと主張する。しかしながら、原告の株主全員は、原告Cの代表取締役就任を認識した上で何らの異議を述べず同意していた。すなわち、原告Cは、原告の起業当初から、主要株主、実質的代表者として経営上の判断を行い、事業や管理の全般について役職員に対する指揮監督を行っていた。そのような状況下において、原告Cについて、取締役就任に係る株主総会招集通知(甲13の1)及び株主総会議事録(甲13の2)並びに代表取締役就任に係る取締役決定書(甲13の3)が作成されていることからすれば、原告Cの選任手続に瑕疵はない。
(被告らの主張)
 原告Cは、本件合意書締結に当たり、原告の代表権を有していなかった。
 すなわち、原告Cについては平成29年8月31日に原告の代表取締役に就任したとの登記がされているが、株主総会が開催された事実はなく、株主総会において原告Cが取締役に選任された事実もなければ、原告Cが代表取締役に選定された事実もない。
(3)争点3−3(「第三者のためにする契約」該当性)について
(原告の主張)
 仮に、本件合意書に係る合意について、原告C個人と被告Aとの間でされたものとみたとしても、本件合意書5項及び6項は、原告Cを要約者、被告Aを諾約者、原告を第三者とする第三者のための契約に該当する。そして、原告は、本件合意書に係る合意の利益を享受する意思表示をしたから、被告Aに対し、本件合意書5項及び6項に基づく権利を有している。
(被告らの主張)
 本件合意書5項及び6項は、第三者のためにする契約に該当しない。
 すなわち、「諾約者に対する権利を第三者に与えない契約は、第三者のためにする契約ではない」ところ、本件合意書5項及び6項は、被告Aに対する権利を「第三者」たる原告に与えるものではない。また、本件合意書5項及び6項は、何らかの「給付をすることを約した」(民法537条1項)ものでもない。
4 争点4(本件合意書違反の有無)について
(1)争点4−1(本件合意書5項違反の有無)
(原告の主張)
 被告Aは、原告から情報(甲5の1ないし6)を持ち出した。当該情報は、営業秘密又はこれに準ずる情報であるから、被告Aによる情報の持ち出しは、本件合意書5項に違反している。
(被告らの主張)
 争う。なお、原告において被告らが持ち出したと主張する情報(甲5の1ないし6)について営業秘密に該当するものはない。また、これらが持ち出されたことによって原告に損害が生じたとも認められない。
(2)争点4−2(本件合意書6項前段違反の有無)について
(原告の主張)
ア 被告Aは、平成29年10月から11月までに、原告の従業員に対し、多数の電子メールを送信したり、業務終了後に多数の従業員を居酒屋やカラオケボックス等に度々集めたりして、被告会社への移籍を勧誘した。被告Aを中心とした組織的な勧誘や説得が執拗になされた結果、原告Cと被告Aを除く31名の原告の役職員のうち18名が、被告会社に移籍した。
 被告Aが送信した電子メールのうち、平成29年10月13日の電子メール(甲24の2)、同月19日の電子メール(甲24の7)、同月29日の電子メール(甲24の8の1頁目下段以降)及び同日の電子メール(甲24の9冒頭の移籍者リスト)をみれば、被告Aらが、原告の従業員に対して、組織的に被告会社への勧誘をしていたことは明白である。例えば、甲24の8には極めて長文で移籍するメリットや移籍に不安がないことを強調し、その最終部分には、「以下くれぐれも宜しくお願いします。」として、続く冒頭に「勧誘していると思われるような言動」との記載があるように、「勧誘0していると思われるような言動」をしないように注意喚起をしている。
イ 被告らは、概要、次の手順で原告の役職員に対する引き抜き行為に及んだ。
@ 上席者である経営会議メンバー(原告Cと被告Aを除く10名)に対して新会社(被告会社)への移籍を勧誘、指示する。
A 各経営会議メンバーの配下の下位メンバーに移籍を働きかけるよう、想定問答を示すなどの詳細かつ具体的な指示を経営会議メンバーに与えた上で、これを実行、報告させる。
B 被告A自ら、電子メール、SNSのメッセージ、社外で開催する集会等を通じて、経営会議メンバーや下位のメンバーに対して、原告を退職する意思を表明させ、新会社に移籍するよう継続かつ繰り返し働きかける。
ウ 被告Aによる原告の役職員への移籍の勧誘行為は、本件合意書6項前段に違反している。
(被告らの主張)
ア 被告Aは、原告の従業員に対し、被告会社への移籍を勧誘していない。
 そもそも、原告の従業員の大多数は、被告Aに賛同して原告に入社した者であり、被告Aには原告の従業員を勧誘する必要がない。また、原告Cが過度に現場介入するに至ったことを受けて、原告Cとの今後の付き合い方を検討するために被告Aを含めた経営会議の構成員が集まることは、原告の従業員を被告会社に勧誘することには当たらない。他方で、被告Aは、既に退職意思を表明している原告の従業員との間で意思疎通を図るための連絡をしたことはあるが、原告を退職するか否かを悩んでいる者に対して被告会社への移籍を勧誘したことはない。
イ 原告が強調する証拠(甲24の8)は、「以下メンバーより新会社への移動意思(退職意思)を確認しています」とあるとおり、被告Aが、既に退職意思を表明している原告の従業員(F(以下「F」という。)を除く。)との間で意思疎通を図るために送信したのであって、原告を退職するか否かを悩んでいる原告の従業員に対し、新会社への移籍を勧誘するために送信したものではない。また、被告Aが「勧誘していると思われるような言動」を避けるようお願いしているのは、原告Cからのいわれのない苦情を避けるためであって、実際に勧誘していることを隠そうとするためではない。
ウ したがって、被告Aが原告の従業員に対して被告会社への移籍を勧誘したとする原告の主張は、理由がない。
(3)争点4−3(本件合意書6項後段違反の有無)について
(原告の主張)
 被告らは、別紙取引切換え勧奨に関する当事者の主張の(原告の主張)欄記載のとおり、原告の顧客に対して、原告との取引を被告会社に切り換えることを勧奨した。被告らによる取引切換えの勧奨は、原告の内部資料やそれを改変したものを使用し、かつ、B等の原告の従業員の地位にある者や、原告のメールアドレス及びパソコン等を利用して、繰り返し執拗になされている。
 したがって、被告Aが原告の顧客に対して取引の切換えを勧奨したことは、本件合意書6項後段に違反している。
(被告らの主張)
 被告Aは、原告の顧客に対し、取引切換えの勧奨をしていない。
 そもそも、原告は、顧客との間に取引関係があったという事実を何ら主張立証していない。実際としても、被告Aが原告を離職する時点において、原告が被告Aにおいて取引切換えを勧奨したとする各社との間には、スクロール社及びHS情報システムズ社との契約を除き、何ら取引関係が存在しなかった。また、被告Aは、原告に在職中に原告と取引があった顧客に自ら積極的に連絡をすることはなかったし、これらの顧客から原告と関係し得る連絡を受けた場合にも、原告Cから本件合意書6項後段についての指摘を受けること等を防ぐために慎重に対応していたし、被告会社の従業員も、同様に対応していた。
 原告の個別の主張に対する反論は、別紙取引切換え勧奨に関する当事者の主張の(被告らの主張)欄記載のとおりである。
5 争点5(背任行為の有無)について
(1)争点5−1(本件合意書5項に違反する背任行為の有無)について
(原告の主張)
 前記4−1(原告の主張)欄記載のとおり、原告からの情報(甲5の1ないし6)の持ち出しは、極めて悪質かつ重大であり、社会通念上、自由競争の範囲を逸脱するものとして不法行為に該当する。
 (被告らの主張)
 争う。なお、前記4−1(被告らの主張)欄記載のとおり、原告において被告らが持ち出したと主張する情報(甲5の1ないし6)について、営業秘密に該当するものはない。また、これらが持ち出されたことによって原告に損害が生じたとも認められない。
(2)争点5−2(本件合意書6項前段に違反する背任行為の有無)について
(原告の主張)
 前記4−2(原告の主張)記載のとおり、原告の従業員に対する被告会社への移籍の勧誘は、その規模、態様、結果からみて極めて悪質かつ重大であり、社会通念上、自由競争の範囲を逸脱するものとして不法行為に該当する。
(被告らの主張)
 前記4−2(被告らの主張)欄記載のとおり、被告Aは、原告の従業員に対して被告会社への移籍の勧誘をしていないから、本件合意書6項前段の違反はない。
(3)争点5−3(本件合意書6項後段に違反する背任行為の有無)について
(原告の主張)
 前記4−3(原告の主張)欄記載のとおり、原告の顧客への取引切換えの勧奨は、その規模、態様、結果からみて極めて悪質かつ重大であり、社会通念上、自由競争の範囲を逸脱するものとして不法行為に該当する。
(被告らの主張)
 前記4−3(被告らの主張)欄記載のとおり、被告Aは、原告の顧客への取引切換えの勧奨をしていないから、本件合意書6項後段の違反はない。
(4)争点5−4(被告会社に係る共同不法行為の成否)について
(原告の主張)
 原告から持ち出された情報等の利用主体、原告の従業員の移籍先及び原告の顧客への取引切換えの勧奨先がいずれも被告会社であること、情報の持ち出し、従業員への移籍の勧誘及び顧客の取引切換えの勧奨が被告会社の役職員によって組織的にされていることからすれば、被告Aによる各不法行為について、被告会社に客観的、主観的関連共同性が認められることは明白である。
 したがって、被告会社につき共同不法行為が成立する。
(被告らの主張)
 共同不法行為に関する原告の主張は、失当である。
 すなわち、被告会社は平成29年11月15日に設立されており、同日以前の出来事について被告会社の不法行為は成立し得ない。また、共同不法行為の要件として、各自の不法行為が独立の行為として評価できることが必要であり、かつ、各自の行為について因果関係を除いて民法709条の要件を充足していることが必要であるが、原告は、被告会社における独立の行為や、当該行為が因果関係を除く民法709条の要件を充足していることを何ら主張していない。さらには、原告が問題視する行為が被告会社の役職員によって、組織的になされていることを根拠づける事実は一切主張されておらず、そのような事実は存在しない。
6 争点6(損害)について
(原告の主張)
 原告は、被告らによる不法行為又は債務不履行により損害を被り、その額は少なくとも2億円を下らない。上記損害には、以下のものが含まれる。
@ 本件データについての営業秘密の侵害に関し、不正競争防止法5条2項に基づき原告の損害額と推定される平成30年1月から令和3年3月までに本件データを用いて作成されたAIチャットボット製品「dArwin(ダーウィン)」を被告会社が販売して得た利益
A 本件合意書5項違反により原告が被った損害
B 本件データの翻案権の侵害に関し、原告の得べかりし利益に関する損害
C 本件合意書6項違反により原告が被った損害
D 被告Aによる背任行為により原告が被った損害
E 弁護士費用の損害
(被告らの主張)
 争う。
7 争点7(消滅時効の成否)について
(被告らの主張)
 原告は、「損害及び加害者を知った時」から3年を経過した後に本件訴訟を提起しているところ、被告らは、不法行為に基づく損害賠償請求権について消滅時効を援用する意思表示をした。そうすると、仮に、不法行為に基づく損害賠償請求権が発生したとしても、時効により消滅した。
 なお、原告は、令和2年10月23日、被告らに対し、「少なくとも2億円の損害を被っています」としてその損害額を明らかにするに至ったが、その内容が極めて抽象的な内容に終始しており、被告らに対して履行を請求する債権が特定されていないから、催告としての効力は生じない。
(原告の主張)
 不法行為に基づく損害賠償請求権は、時効によって消滅していない。すなわち、原告は、令和2年10月23日付け催告書(乙11の3)により、被告らに対して催告をし、その後6か月以内に本件訴訟を提起しているから、時効は中断した。
 これに対し、被告らは、上記催告書が極めて抽象的な内容に終始しており被告らに対して履行を請求する債権が特定されていないから、催告に当たらないと主張する。しかしながら、上記催告が本件に係る不法行為に基づく損害賠償請求権についての催告であることは明らかであるから、被告らの主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 前記前提事実、証拠(後掲各証拠のほか、原告C及び被告Aの各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)従前の経緯等(甲12、30ないし32、乙3、22、弁論の全趣旨)
ア 原告Cは、平成10年10月頃、株式会社アロウズコンサルティング(以下「アロウズ社」という。)を設立し、同社の代表取締役に就任した。そして、被告Aは、アロウズ社の従業員であった。
イ アロウズ社は、EYアドバイザリー株式会社(以下「EYA社」という。)に吸収合併され、原告Cは、平成24年1月1日、合併後のEYA社の代表取締役に就任した。そして、被告Aは、上記合併に伴い、EYA社の従業員となり、Dも、EYA社の従業員となった。
ウ 原告CがEYA社の代表取締役を務めていた際、EYA社は、スクロール社から、新基幹システムの導入契約を受注した。EYA社においては、被告A及びDが、上記スクロール社の案件を担当していた。
エ 原告Cは、平成27年4月1日、EYA社の取締役から解任され、その後、EYA社に対し会社法339条2項に基づく損害賠償等を求める訴えを提起した。
 東京地方裁判所は、平成29年1月26日、原告CのEYA社に対する請求を一部認容する判決をした。同判決は控訴されたが、控訴審は、同年8月23日、上記第1審判決を維持する判決をした。
オ 原告Cは、EYA社の取締役を解任された後、プロティビティ合同会社(以下「プロティビティ社」という。)に移籍し、コンサルティング業務を行っていた。なお、後に原告に移籍することになるE、G(以下「G」という。)、H、I(以下「I」という。)及びFは、プロティビティ社の従業員であった。
(2)原告の事業開始の経緯等(前提事実(1)、甲1、30ないし32、乙1、22、25の1ないし17、26、弁論の全趣旨)
ア 被告Aは、当時在籍していたEYA社からの独立を考え、EYA社で苦楽を共にしながら一緒に仕事をするとともに家族付き合いをするなど公私共に親しかったE及びDに対し、3人で一緒に会社を設立したい旨呼び掛けた。これに対し、EYA社で共に仕事をしてきたE及びDもこれに賛同し加わることになり、被告Aが主導して、当時休眠会社であった原告を利用して、平成28年7月頃、新会社を共に立ち上げた。その際、Eは、原告は被告Aの会社であり、被告Aが代表を務めるまでの中継ぎであることを条件として、原告の代表取締役となった。そして、上記の立ち上げに当たり、原告の従業員となった者の大多数は、被告AがEYA社に在籍中の直接の部下として、被告Aと親交のあった者であって、被告AのEYA社からの独立を契機として、信頼する被告Aを追って原告に入社した者である。
イ その後、Eは、上記条件に従って、平成29年3月27日、原告の代表取締役を辞任し、被告Aが、同日、原告の代表取締役に就任した。また、Dも、同日、被告Aの要請により、原告の取締役に就任した。
ウ 被告Aは、平成28年12月頃、原告に出資をして株式を取得していたところ、平成29年3月頃、追加で原告に出資をして株式を取得した。この際、原告Cは、被告Aに対し、上記出資のための金銭を貸し付けた。また、原告Cは、同月頃、原告に新規に出資をして原告の株式を取得した。
(3)原告内部での紛争等(前提事実(2)、甲3、4、13の1ないし3、乙4、5、22、25の1ないし17、弁論の全趣旨)
ア 平成29年8月31日付けで、原告Cが原告の代表取締役に就任した旨の登記がされ、原告Cは、原告の役職員に対し直接の指揮監督を行うようになった。その際、原告Cを原告の取締役とすること等を議案とする臨時株主総会招集通知(甲13の1)、原告Cを取締役に選任する旨の臨時株主総会議事録(甲13の2)及び原告Cを原告の代表取締役と選任する旨の取締役決定書(甲13の3)が作成されているものの、上記臨時株主総会はもとより、原告Cを代表取締役に選任するための取締役間の協議が現実に行われたことはなかった。そのため、原告Cは、株式総会の決議がないにもかかわらず、上記登記をしたのであり、実際には代表権がなく、被告Aは、事実に反する登記をし、原告の業務に介入してきた原告Cに対し、強い不満を抱いていた。
イ 同様に、EやDも、株主総会の決議や取締役間の協議もない上、何の説明もなく代表取締役になった原告Cに不信感を抱き、さらに、原告C自身が取締役を務めるエレベート株式会社の管理業務等を原告の従業員に行わせるなど、代表権がないにもかかわらず原告を私物化するような原告Cの態度に対し、強い不満を抱くようになった。そのため、被告Aは、このような状況に危機感を覚え、平成29年10月3日、原告Cに対し、原告の現場への過度な介入を控えるように依頼をした。しかしながら、その効果がなかったため、被告Aは、原告Cに対し、原告の代表者を名乗らないよう求めたものの、原告Cは、これを拒んだ。
ウ その後、原告Cは、平成29年10月16日、被告Aに対し、以下のとおり記載された合意書(乙5)を提示した。これに対し、被告Aが応じなかったため、当該合意書の締結には至らなかった。
 記
 甲)グローシップ・パートナーズ株式会社(以下GSP)代表取締役C
 乙)グローシップ・パートナーズ株式会社代表取締役A
 甲及び乙は以下のとおり合意する。
1.甲はGSPの代表取締役を2017年11月30日をもって辞任する。
2.乙は甲の経営権の譲渡の対価として甲をGSPの顧問として雇用する。その報酬は月額200万円とし、雇用期間は、2017年12月1日から15年間とする。
3.甲は、新たにグローシップ・コンサルティング(以下GSC)を設立する。GSCは現行のロゴ、メールアドレスを共同して使用する。住所も同じとする。
4.乙・GSPは、クラウドシップファンディングに関する権利を甲・GSCに無償譲渡する。
 乙・GSPはこれを尊重し、侵害する行為をしない。
5.甲・GSCのクラウドシップファンディングの営業及び保守(改修を含む)に関し、乙・GSPは協力して行う。保守の際の甲・GSCの乙・GSPに対するマージンは20%とする。
6.乙・GSPは、RPAのリセール販売権を甲・GSCに無償譲渡する。乙・GSPが販売した場合には、甲・GSPが得た利益マ(ママ)の50%を乙・GSPに支払う。
7.GSCの設立に伴い、GSPからの転籍を希望する従業員の転籍については、乙・GSPはこれを承諾する。
8.乙のGSP株式の取得のための、甲の乙に対する貸付金については、別途、金銭消費貸借契約書を作成する。
9.1に伴い、エレベート社がGSPに紹介した案件については、エレベート社が元請けとして顧客と契約し、適切なマージンを得る。
 甲:C
 乙:A
 以上
エ 被告Aは、自身に賛同して原告に入社した原告の従業員を、原告Cの不当な介入行為から守る必要があると考え、原告において業務を継続することを断念した。このような経緯から、原告C及び被告Aは、平成29年10月19日、本件合意書(甲3)を締結した。そして、前記(2)アのとおり、原告の従業員となった者の大多数は、被告AのEYA社からの独立を契機として、信頼する被告Aを追って原告に入社した者であり、被告Aが被告会社を設立したことから、その後も被告Aと一緒に仕事をしたいと考え、被告Aを追って被告会社に移籍した。
オ 原告及び被告Aは、平成29年11月1日、以下のとおり記載された嘱託社員雇用契約書(甲4)を締結した。

 グローシップ・パートナーズ株式会社(以下、甲と言う)とA(以下、乙と言う)は、乙の2017年10月31日の取締役の辞任にともない、業務の引継ぎを目的に1か月間の嘱託社員雇用契約を締結する。
 契約期間:2017年11月1日〜2017年11月30日
 作業内容:業務の引継ぎ
 作業場所:甲の要請がない限り自宅とする。甲の要請がある時のみGSPオフィスとする。
 社会保険:11月30日まで継続加入。
 報酬:2,083,333円
 その他:
@ 甲の作業要請がない場合は、甲は、乙の個人の作業をすることを認める。
A 契約更新なし。
 甲:代表取締役C
 乙:A
 以上
(4)原告の在籍状況等(甲30ないし34、乙6の1ないし5、18、21、22、25の1ないし17、弁論の全趣旨)
ア 平成29年10月頃における原告の在籍状況は、以下のとおりである。また、「被告会社への入社」欄に〇がある者は、原告を退職又は退任し、被告会社の役職員となった。
氏名 役職・肩書 被告会社への入社
C(原告C) 代表取締役会長  
A(被告A) 代表取締役社長
E 取締役 ディレクター
D 取締役 ディレクター
F ディレクター  
J シニアマネージャー
K シニアマネージャー
G シニアマネージャー  
H シニアマネージャー
L シニアマネージャー
M シニアマネージャー
N シニアマネージャー  
O マネージャー
P マネージャー
Q マネージャー
R マネージャー
B マネージャー
S マネージャー
T マネージャー  
I マネージャー
U マネージャー  
V シニアコンサルタント  
W シニアコンサルタント
X シニアコンサルタント
Y コンサルタント  
Z コンサルタント  
AA コンサルタント  
BB コンサルタント
CC コンサルタント  
DD アナリスト  
EE アナリスト
FF シニアアシスタント  
GG アシスタント  
イ 原告においては、経営責任者及び部門責任者によって構成される「経営会議」が存在していた。経営会議の構成員は、原告C、被告A、E、D、F、J(以下「J」という。)、K(以下「K」という。)、G、H、L(以下「L」という。)、M(以下「M」という。)及びN(以下「Nという。」)であった。
(5)被告Aによる電子メールの送信(甲24の2・7ないし9)
 被告Aは、原告Cを除く経営会議の構成員(E、D、F、J、K、G、H、L、M及びN)に対し、別紙送信メールの記載のとおり、電子メールを送信した。
(6)本件データの管理状況等(甲14、乙17、18、弁論の全趣旨)
ア 原告は、マイクロソフト社が提供するシェアポイントというファイル共有サービスを利用して、情報管理を行っており、原告の役職員は、原告からシェアポイントにアクセスするためのID及びパスワードが付与されていた。もっとも、上記ID及びパスワードは、原告の役職員以外の第三者に対する情報流出を防止するためのものにすぎず、シェアポイントのフォルダごとにパスワードが設定されていなかった。しかも、当該パスワードは、記号を含める必要があり文字数は8文字以上とする旨の一般的なものであったが、これも周知徹底されていなかった。
イ Bは、シェアポイントの「07.Team」フォルダに、「AI」フォルダを作成したところ、「07.Team」フォルダに保存された資料に関するルール(ただし、下位フォルダを作成したり削除したりするにはIT担当の従業員への依頼を要するというルールを除く。)は格別存在しなかった。
ウ Bは、「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定せず、本件データにも個別のパスワードを設定しなかったため、原告の役職員の全員が本件データを閲覧できる状態にあった。
エ 本件データは、「07.Team」フォルダ内の「AI」フォルダにおいて、「chatbot要件_追加_20171002.pptx」というファイル名で格納されていたところ、本件情報には、「機密情報」、「confidential」という記載がないため、客観的にみて、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識することはできなかった。
オ Bは、AIに関する知識を余り有していなかったことから、AIに関する議論のたたき台として、本件データを作成したところ、その内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであった。
(7)情報管理規程の定め(甲17)
 原告においては、以下のとおり、秘密情報の管理等に係る情報管理規程(甲17。平成29年12月1日施行。抜粋)が定められている。
第2条(定義)
 本規程における用語の定義は、次のとおりとする。
(1)「従業者」とは、会社の組織内にあって直接間接に会社の指揮監督を受けて会社の業務に従事している者をいい、雇用関係にある従業員(正社員、契約社員、嘱託社員、パート社員、アルバイト社員等)のみならず、取締役、監査役、派遣社員等も含まれる。
(2)「秘密情報」とは、会社が保有する技術上又は営業上の有用な情報であって、会社が秘密として管理するものをいう。
(3)「アクセス権者」とは、特定の秘密情報にアクセスする権限を認められた者をいう。
第3条(適用範囲)
 この規程は、従業員が会社の業務の遂行において取り扱うすべての秘密情報に適用される。
第4条(秘密区分)
 会社における秘密情報の区分は次のとおりとする。
(1)極秘:秘密情報のうち、秘密保全の必要性が特に高く、これが漏洩することによって、会社に甚大な損害や損失を与えるおそれがあり、指定された者以外に開示してはならないものをいう。
 経営に係る情報がこれに当たる。
(2)秘密:「極秘」以外の秘密情報のうち、これが漏洩することによって、会社に重大な損害や損失を与えるおそれがあり、取扱いチームの者以外に開示してはならないものをいう。
 取引先との契約により作成された情報、新規事業立ち上げに係る情報がこれに当たる。
(3)社外秘:「極秘」「秘密」以外の秘密情報であり、従業者以外に開示してはならないものをいう。
第6条(秘密区分の指定)
1 秘密区分の指定は、原則として当該秘密情報の作成又は管理に責任を負う従業者(以下「作成者」という。)の所属する組織の責任者(以下「組織責任者」という。)が、第4条の区分に従って行うものとする。組織責任者は、秘密区分の指定とともに、秘密区分のアクセス権者の範囲を特定する。
2 秘密情報を極秘又は秘密に区分した場合、組織責任者は速やかに部門責任者及び情報担当役員に対して、秘密区分等を報告しなければならない。情報担当役員は、組織責任者が指定した秘密区分等の変更を命ずることができる。
3 作成者は、指定された秘密区分に従って、紙媒体の場合、「極秘」等の文字をスタンプ等によりはっきりと表示することにより、秘密区分を明示しなければならない。電子情報の場合、アクセス権者の範囲が設定された共有フォルダに配置し、秘密情報へのアクセスを制限しなければならない。
4 作成者は、前項の方法により秘密区分を明示することが不適当な秘密情報については、適当な方法を用いて秘密区分を明示しなければならない。
第9条(秘密情報の保管)
3 電子データの秘密情報は、サーバに保存し、アクセス権者以外の者がアクセスできないようにフォルダ・ファイルにパスワードによるアクセス制限をかけなければならない。
第12条(秘密保持義務)
1 従業者は、在職中及び退職後といえども、秘密情報を会社の業務以外の目的に使用してはならない。
2 従業者は、在職中及び退職後といえども、秘密情報をアクセス権者以外のいかなる者にも開示又は漏洩してはならない。
(8)入社誓約書の記載内容等(甲18、弁論の全趣旨)
 原告の従業員は、入社時に、原告に対し、以下のとおり記載された入社誓約書(甲18。抜粋)を提出している。
(秘密保持事項)
9.当社の秘密情報は勤務中はもとより、退職後も決してほかに開示、漏示いたしません。
10.秘密情報及び秘密情報が記載された資料、記憶媒体を、与えられた業務以外の目的のために使用、複製いたしません。
12.資料、記憶媒体の取り扱いにあたっては、厳重に保管、管理し無断で社外に持ち出しません。
2 争点1(営業秘密の不正取得の成否)について
(1)争点1−1(「営業秘密」該当性)について
ア 原告は、本件データが不正競争防止法2条6項に規定する「営業秘密」に該当すると主張して、被告らが不正の手段でこれを取得し、使用した旨主張する。
 そこで検討すると、前記認定事実によれば、本件データの内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認め5られる。そして、本件データは、シェアポイントにおける「07.Team」フォルダ内の「AI」フォルダにおいて、「chatbot要件_追加_20171002.pptx」というファイル名で格納されていたところ、Bは、そもそも「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定せず、本件データにも個別のパスワードを設定しなかったため、原告の役職員の全員が本件データを閲覧でき、しかも、「07.Team」フォルダに保存された資料に関するルール(ただし、下位フォルダを作成したり削除したりするにはIT担当の従業員への依頼を要するというルールを除く。)は格別存在しなかったことが認められる。のみならず、本件データには、「機密情報」、「confidential」という記載がないため、客観的にみて、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。
 これらの事情の下においては、本件データは、秘密として管理されていた情報とはいえず、営業秘密に該当するものと認めることはできない。
イ これに対し、原告は、フォルダ構成図(甲16)を提出した上で、本件データが格納されたフォルダへのアクセス及び変更の権限はBを含むIT担当者3名のみが有し、アクセス及び参照の権限は経営会議の構成員のみが有していたのであり、情報管理規程(甲17)等においても、秘密情報の漏洩を禁じていたなどと主張する。
 しかしながら、上記フォルダ構成図は、平成30年2月27日に作成されたものであり、Bが被告Aに対して被告ら作成データを送信した平成30年1月22日よりも後に作成されたものであることからすると、「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定しなかったとするBの陳述の信用性を直ちに覆すものとはいえない。仮に、原告の主張を前提としても、前記認定事実(4)ア及びイの原告の在籍状況等を踏まえると、相当数の者が本件データにアクセスすることができたと認められる上、そもそも、本件データには個別のパスワードが設定されず、しかも、「機密情報」、「confidential」という記載もなかったのであるから、客観的にみて、本件データの内容に照らしても、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。
 のみならず、原告の主張を前提としても、原告が指摘する上記情報管理規程によれば、「電子データの秘密情報は、サーバに保存し、アクセス権者以外の者がアクセスできないようにフォルダ・ファイルにパスワードによるアクセス制限をかけなければならない。」(9条3項)と規定されていたにもかかわらず、本件データには、そもそもパスワードが設定されていなかったことが認められるのであるから、上記情報管理規程を前提としても、本件データが原告において秘密として管理されている情報であると認められないことは、明らかである。その他に、原告の主張及び証拠を改めて検討しても、本件データの性質等に鑑みると、本件データはそもそも秘密情報に当たらずそのように管理されていなかったと認めるのが相当であり、上記判断を左右するに至らない。
 したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
(2)小括
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件データはそもそも営業秘密に該当するものとはいえず、営業秘密の不正取得を理由とする原告の請求は、理由がない。
3 争点2(著作権侵害の成否)について
(1)争点2−1(「複製又は翻案」該当性)について
ア 原告は、本件データにつき、その個別の表現自体については創作的表現がないことを認めるものの、表としての体系、配列に創作性があるものと主張する(令和3年10月28日付け書面による準備手続調書参照)。
イ そこで検討すると、本件データ(別紙本件データ目録記載のファイルのうちスライド2枚目ないし8枚目の部分)によれば、本件データは、@表形式で整理した上で色分けをしたり、「優先度」を表示したり、それぞれの内容を数行程度で説明したり、A複数のパソコン画面のイメージを立体的に重ね合わせるデザインを採用した上で、2画面間の相違を示すことにより特に強調したい内容を示すとともに、表示に関する説明を黄色の目立つ吹き出し表示により示したり、Bパソコン上の操作画面を示して、その重要部分を赤点線で囲んで目立たせたり、Cユーザ、インターフェース等の配置や各構成相互の連携やデータのやりとりの双方性を示す矢印を色付きで示したりするものであることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件データの表としての体系、配列は、情報を分かりやすく整理してこれを伝えるために、一般的によく使用されるものであるにすぎず、そこに一定の工夫がされていたとしても、表現それ自体ではないアイデア又はありふれた表現にすぎないというべきであり、創作性を認めることはできない。
ウ したがって、本件データには、そもそも著作物性があるものと認めることはできず、被告ら作成データの作成は、本件データの複製又は翻案に該当するものとはいえない。
(2)小括
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件データに係る著作権侵害を理由とする原告の請求は、理由がない。
4 争点3(本件合意書の効力の帰属)について
(1)争点3−1(本件合意書の当事者)について
ア 原告は、本件合意書につき、原告Cが原告を代表してこれを締結した旨主張するのに対して、被告らは、原告Cが個人としてこれを締結した旨主張する。
イ そこで検討すると、前提事実(2)イによれば、本件合意書の末尾には原告C及び被告Aの個人名の署名がある一方、本件合意書の冒頭の当事者の欄には、原告C及び被告Aの各個人名に加え、それぞれの代表取締役の肩書が記載されていることからすると、本件合意書の当事者が、原告C個人であるか、原告であるかは、一義的に明らかであるとはいえない。しかしながら、本件合意書を子細に検討すれば、(背景欄)及び1項に規定する「乙」は、原告の代表取締役を辞任する者をいうものであるから、明らかに被告A個人を意味するものであり、また、4項に規定する「乙」及び「甲」は、原告の株式の名義人となる者であるから、各個人を意味することも明らかである。その他に、5項及び6項にいう「乙」も、情報の持ち出しや原告従業員の勧誘等の禁止を命じられる者をいうのであるから、被告A個人を意味するものと解される。のみならず、本件合意書においては、原告を意味する用語は「GSP」と定義され、「甲」という用語は、「GSP」とは区別して使用されていることが認められる。
 これらの事情の下においては、本件合意書に規定する「甲」は、原告(GSP)ではなく、原告C個人を意味するものと解するのが相当である。
 したがって、原告Cは、個人として本件合意書を締結したものと認めるのが相当である。
ウ これに対し、原告は、本件合意書の内容に照らせば、原告Cが原告を代表して本件合意書を締結したことが明らかである旨主張する。
 しかしながら、本件合意書に規定する「甲」という文言は、原告を意味する「GSP」とは区別されて使用されており、上記において説示した本件合意書の内容に照らしても、原告の主張は、本件合意書における「甲」の文言解釈を正解するものとはいえず、上記判断を左右するものとはいえない。
 仮に、原告の主張を採用したとしても、被告が主張するとおり(争点3−2)、本件提出証拠を精査しても、原告Cが株主総会の決議によって取締役に選任されたことを認めるに足りず、原告の主張は、上記判断を左右するに至らない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
(2)争点3−3(「第三者のためにする契約」該当性)について
 原告は、本件合意書に係る合意につき、原告C個人と被告Aとの間でされたとしても、本件合意書5項及び6項は、原告Cを要約者、被告Aを諾約者、原告を第三者とする第三者のための契約に該当する旨主張する。
 そこで検討すると、特定の契約における第三者のためにする約旨の存在は、第三者がその契約に基づき直接契約当事者に対して特定の権利を取得するための要件であるから(民法537条)、第三者が特定の契約に基づき直接その契約当事者に対して特定の権利を取得したことを主張する場合には、第三者においてその契約に第三者のためにする約旨の存在したことを立証する責任があると解すべきである。しかしながら、前提事実(2)イによれば、本件合意書5項は被告Aが原告の資産(ソフトウェアを含む)、顧客リスト、その他営業上・経営上の資産、情報を持ち出さないことを内容とし、本件合意書6項は被告Aが従業員の新会社への移籍の勧誘や、顧客への取引切換えの勧奨をしてはならないことを内容とするにとどまり、上記条項中に、第三者たる原告のためにする約旨が存在するものとはいえないことは明らかである。そうすると、本件合意書に係る契約は、第三者のためにする契約に当たらないというべきであり、これと異なる原告の主張は、独自の見解をいうものにすぎない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
(3)小括
 以上によれば、被告Aに対する債務不履行に基づく損害賠償請求は、理由がない。なお、本件審理の経過に鑑み、債務不履行の有無に関する争点(争点4)についても、以下判断する。
5 争点4(本件合意書違反の有無)について
(1)争点4−1(本件合意書5項違反の有無)について
ア 原告は、被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を持ち出したことが本件合意書5項に違反する旨主張する。
イ そこで検討すると、証拠(甲3、原告C本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば、本件合意書5項にいう「情報」とは、本件経過及び当事者双方の合理的意思を踏まえると(原告C21頁)、営業秘密又はこれに準ずる情報をいうものと解するのが相当である。
 そして、証拠(甲5の1ないし6)及び弁論の全趣旨によれば、@甲5の1は、「AIを活用した次世代店舗向け自動応答ソリューション」と題するPowerPointファイルを添付した電子メールであるところ、上記ファイルは音声認識技術を利用した店舗型サービスを提案する資料であり、Bが平成29年11月30日に被告Aにこれを送信したものであること、A甲5の2は、「UiPath導入のご提案」と題するPowerPointファイルを添付した電子メールであるところ、上記ファイルはネットワークリサーチ業務における業務自動化支援に係るサービスを提案する資料であり、Bが被告AのメールアドレスをBCCに入れてこれを送信したこと、B甲5の3は、Bがシャディ社とやり取りしていたこと等を含む電子メールであり、甲5の4は、被告Aがソフトバンクコマース&サービス社とやり取りしていた電子メールであるところ、これらは、Bが被告会社の従業員として被告会社のメールアドレスを使用してシャディ社と電子メールのやり取りをし、また、被告Aが被告会社の代表取締役として被告会社のメールアドレスを使用してソフトバンクコマース&サービス社と電子メールのやり取りをしたものであること、C甲5の5は、原告の従業員がシャディ社とやり取りしていた電子メールを、Bが被告Aに転送したものであるところ、原告の従業員がシャディ社との間で製品の返品申請やこれに関連するやり取りをしている
ことが認められること、D甲5の6は、被告ら作成データを含むファイルを添付した電子メールであり、Bが打合せ資料として被告Aに転送したものであること、以上の事実が認められる。
ウ 前記2において説示したとおり、本件データは営業秘密に該当するものではなく、本件データと実質的に同一である被告ら作成データも営業秘密に該当するものとはいえず、その内容に照らし、有用性が極めて低い情報であるといえる。そして、上記認定事実によれば、その他の情報についても、単なる電子メールのやり取りにとどまるものなど、その内容に照らし、被告ら作成データと同様に原告の営業秘密又はこれに準ずるものに該当することを認めるに足りない。のみならず、被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、上記情報の性質や内容等に照らし、これによって原告に損害が生じたことを認めるに足りず、これを裏付ける的確な証拠もない。
 以上の諸事情を総合すれば、被告Aが指示して原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、当該情報が営業秘密又はこれに準ずる情報に当たらないから、本件合意書5項に違反すると認めることはできない。
(3)争点4−2(本件合意書6項前段違反の有無)について
ア 前記認定事実によれば、@被告Aは、当時在籍していたEYA社から独立するに当たり、EYA社で苦楽を共にしながら一緒に仕事をするとともに家族付き合いをするなど公私共に親しかったE及びDもこれに賛同し加わることになり、被告Aが主導して、平成28年7月頃、新会社を共に立ち上げたこと、Aその立ち上げに当たり、原告の従業員となった者の大多数は、被告AがEYA社に在籍中の直接の部下として、被告Aと親交のあった者であって、被告AのEYA社からの独立を契機として、被告Aを追って原告に入社した者であったこと、Bところが、突如、原告Cは、株主総会の決議がなく、他の役職員にも説明をしないまま、平成29年8月31日付けで原告の代表取締役に就任した旨の登記をし、原告の役職員に対し直接の指揮監督を行うようになり、被告A、E、Dは、法定の手続なく不当に原告代表者に就任し、しかも、原告の業務に不当に介入してきた原告Cに強い不満を抱くようになったこと、C被告Aは、このような状況に危機感を覚え、原告Cに対し、原告の現場への不当な介入を控えるように依頼をし、その後、原告の代表者を名乗らないよう求めたものの、原告Cはこれに応じなかったこと、Dそのため、被告Aは、自身を追ってEYA社から原告に入社した原告の従業員を、原告Cの不当な介入行為から守る必要があると考え、原告において業務を継続することを断念し、その代わり、被告会社を設立するに至ったこと、E原告の立ち上げに際し、原告の従業員となった者の大多数は、被告AのEYA社からの独立を契機として、被告Aを追って原告に入社した者であり、被告Aが被告会社を設立したことから、その後も被告Aと一緒に仕事をしたいと考え、再び被告Aを追って被告会社に移籍したこと、以上の事実が認められる。
 上記認定事実によれば、被告会社に移籍した原告の従業員の大多数は、そもそも被告Aを信頼するなどして、被告Aを追って原告に入社した者であり、原告Cが法定の手続なく不当に原告代表者に就任し不当な介入をしてきた不満等から、原告を退職し、従前から信頼していた被告Aを追って、自らの判断で被告会社に移籍したものと推認するのが相当である。
 そして、被告会社に移籍した原告の従業員全員が、被告Aを信頼し、自らの意思で被告会社に入社した旨陳述するとともに、被告Aからは、当該従業員の意思を尊重し、勧誘など一切されていない旨、事の経緯を明らかにしているところ、上記認定に係る本件の経過に照らし、被告Aを追って自発的に被告会社に移った旨の上記各陳述に、不自然、不合理なところはなく、その信用性は高いものと認められる。
 これらの事情の下においては、被告会社に移籍した原告の従業員は、被告Aを信頼し又は原告Cに不満を抱き、自発的に被告会社に移籍したものと認めるのが実態に沿うものというべきであり、被告Aが上記従業員に対して被告会社への移籍を勧誘したものと認めるのは相当ではない。
イ これに対し、原告は、被告Aが原告Cを除く経営会議の構成員に送信した電子メール(甲24の2、24の7、24の8の1頁目下段以降、甲24の9の冒頭)をみれば、原告の従業員に対する被告会社への移籍の勧誘が組織的にされたことは明白である旨主張する。
 そこで検討すると、前記認定事実(5)のとおり、被告Aは、原告Cを除く経営会議の構成員に対して、別紙送信メールの記載のとおりの電子メールを送信しており、その中には、被告Aが、経営会議の構成員に対し、原告Cとの協議の内容や被告Aが独立する予定等を報告したり、部下の意思表示の確認を求めたり、部下による質問があった場合の想定問答を示唆したりしていることが認められる。
 しかしながら、上記電子メールの内容を踏まえても、被告Aが、経営会議の構成員に対して、原告に残留する意思を有している者や原告を退職するかを悩んでいる者について被告会社への移籍を促したり、その部下らに被告会社への移籍を促すよう指示したりするような内容は見当たらず、上記電子メールの内容をもって、被告Aが上記従業員に対して被告会社への移籍を勧誘したものと認めるに足りない。そして、上記において説示した本件の経過によれば、被告らの主張のとおり、被告Aは、自身を追ってEYA社から原告に入社した原告の従業員を、法定の手続なく不当に原告代表者に就任し不当に介入していた原告Cから守る必要があると考え、その範囲で行動していたとみるのが自然であり、原告の主張は、上記電子メールの内容を踏まえても、憶測の域を出るものではない。
 かえって、証拠(乙18、21、25の1ないし17)によれば、原告を退社して被告会社に移籍した者(E、D、J、K、H、L、M、O、P、Q、R、B、S、I、W、X、BB及びEE)及び被告Aによる原告からの離職に際して原告を退職し独立した者(U)のいずれもが、被告Aによる被告会社への移籍の勧誘はなく、被告Aが被告会社を設立するに伴って自発的に移籍ないし原告を退職した旨の報告書を提出していることは、上記において説示したとおりである。
 これに対し、原告は、被告Aから部下に対する被告会社への勧誘をさせる旨の指示や被告会社への移籍の勧誘があったこと等を内容とするF(甲31)、G(甲32)、T(甲33)及びCC(甲34)の各陳述書を提出する。しかしながら、上記各陳述書においても、上記勧誘の事実を裏付ける客観的証拠は見当たらず、原告提出の各陳述書は、被告ら提出に係る上記各報告書の信用性を左右するものとはいえない。そもそも、原告Cは、被告Aとの間で、EYA社との係争が終了した段階で原告Cが原告の代表取締役に就任することが合意されており、当該合意を前提とするなどして、原告は自らが主導して設立した趣旨をいうものの、当該合意が重要な事項に関するものであるのに、そもそも上記の合意を裏付ける証拠はなく(原告C21頁)、明らかにその信用性を欠く。
 結局のところ、本件の実態を踏まえると、原告の従業員が被告会社へ移籍したのは、被告Aによる勧誘ではなく、株主総会の決議なく原告代表者に就任した原告Cに信用がなかったことに帰し、原告の主張は、本件事案の実相に照らし、憶測の域を出るものではなく、採用することができない。
(3)争点4−3(本件合意書6項後段違反の有無)について
ア 原告は、別紙取引の切換え勧奨に関する当事者の主張の(原告の主張)欄記載のとおり、被告Aが原告の顧客(ユナイテッドアローズ社、シャディ社、マクロミル社、ナレッジディストリビューション社、スクロール社、HS情報システムズ社、シャフト社及びソフトバンクコマース&サービス社)に対して原告との取引の切換えを勧奨したことが本件合意書6項後段違反に該当する旨主張するので、以下検討する。
イ(ア)ユナイテッドアローズ社、マクロミル社、ナレッジディストリビューション社及びソフトバンクコマース&サービス社について
 原告において、被告Aが取引の切換えを勧奨した原告の顧客と主張するもののうち、ユナイテッドアローズ社、マクロミル社、ナレッジディストリビューション社及びソフトバンクコマース&サービス社について、被告Aが原告を退職する以前に原告と取引があったことを認めるに足りる証拠はなく、原告Cも、原告と上記各社との間に取引はなかった旨供述している(原告C16頁)。そうすると、上記各社が原告の顧客であったということはできず、取引切換えを勧奨したという原告の主張は、その前提を欠く。したがって、上記各社に係る原告の主張は、失当というほかない。
(イ)シャディ社について
 証拠(甲26の1)及び弁論の全趣旨によれば、被告Aは、シャディ社に対し、AIサービスに関する資料を送付したことが認められるものの、それ以前に、原告とシャディ社において、当該サービスに関連する契約が締結されたことを認めるに足りる証拠はない。また、証拠(甲26の2)によれば、Bがシャディ社に対して打合せの日程調整を行ったことまでは認められるものの、それ以上に、被告らが、シャディ社に対し、原告との取引の切換えを勧奨したことをうかがわせるような事情は見当たらない。かえって、被告らは、被告Aによる取引切換えの勧奨がなかった旨のシャディ社の元従業員の報告書(乙23の4)を提出しているところ、その信用性を疑わせるような事情は見当たらない。
 これらの事情の下においては、シャディ社について取引切換えの勧奨があったものと認めることはできない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
(ウ)スクロール社について
 原告は、原告の従業員であったHが被告会社に移籍する原告の従業員に対し浜松市に本社を有するスクロール社の案件(浜松の案件)への対応を指示していることからすれば、被告らはスクロール社の取引を被告会社に切り換えるため行動していたと解され、また、原告が、被告らにより取引切換えの勧奨がなされた旨の報告をスクロール社から受けたなどと主張する。
 しかしながら、証拠(甲28)及び弁論の全趣旨によっても、Hが、被告Aや関係者に対し、「浜松の案件に影響したくないので」などと記載した電子メールを送信したことが認められるものの、これをもって、スクロール社に対する取引切換えの勧奨があったと推認するに足りず、被告らにより取引切換えの勧奨がなされた旨の報告をスクロール社から受けたとする主張については、これを裏付けるに足りる証拠がない。
 これらの事情の下においては、スクロール社について取引切換えの勧奨があったものと認めることはできない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
(エ)HS情報システムズ社について
 原告は、原告の取締役であったEが、原告Cに対し、HS情報システムズ社と原告との取引を被告会社に切り換えることを打診し、また、原告が、被告らにより取引切換えの勧奨がなされた旨の報告をHS情報システムズ社から受けたなどと主張する。
 しかしながら、Eが、原告Cに対し、HS情報システムズ社と原告との取引を被告会社に切り換えることを打診したとしても、HS情報システムズ社に対して切換えを勧奨するものとはいえず、被告らにより取引切換えの勧奨がなされた旨の報告をHS情報システムズ社から受けたとする主張については、これを裏付ける的確な証拠がない。
 これらの事情の下においては、HS情報システムズ社について取引切換えの勧奨があったものと認めることはできない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
(オ)シャフト社について
 原告は、原告の従業員であったHが、シャフト社に対し、今後は被告会社に移籍するHが後任となり、被告会社の電子メールアドレスに連絡するように依頼する電子メールを送信したなどと主張する。
 そこで検討すると、証拠(甲29)及び弁論の全趣旨によれば、Hが、シャフト社に対し、「実は弊社が会社を分割することとなりまして、私及びGeneis案件を担当したB・Kはグローシップ・パートナーズから離れることとなりました。Ccに入っている(メールアドレスは省略)が新しいアドレスとなります。現グローシップのメンバーの大半が別会社に移籍となりますので我々がチームとして実施している事業に変化はないのですがそのあたりも含めて、一度ご挨拶にお伺いさせていただきたいと思っております。」と記載された電子メールを送信したことが認められる。
 しかしながら、上記電子メールの記載は、原告を退職する者による挨拶として社会的儀礼の範囲内にとどまるものであって、原告との取引について被告会社への切換えを勧奨するものといえないことは明らかであり、その他に、シャフト社について取引切換えの勧奨があったものと認めるに足りる証拠はない。
 これらの事情の下においては、シャフト社について取引切換えの勧奨があったものと認めることはできない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
ウ その他に、原告提出に係る証拠を改めて精査しても、被告らが原告の顧客に対して取引の切換えを勧奨したことを認めるに足りない。
6 争点5(背任行為の有無)について
 被告Aにおいて本件合意書に違反する行為が認められないことは、前記5において説示したとおりであり、当該行為があったことを前提として、被告Aの背任行為をいう原告の主張は、その前提を欠く。その他に、本件証拠を改めて精査しても、被告Aが背任行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
7 その他
 その他に、原告提出に係る準備書面及び証拠を改めて検討しても、本件データは秘密管理性又は著作物性を明らかに欠くものといえ、原告の従業員が被告会社に移籍したのは、本件全証拠及び本人尋問等の結果に照らし、原告Cに信用がなかったことに帰し、その他も、本件事案の実態に照らし、原告の主張は、憶測の域を出ないものであり、いずれも前記判断を左右するに至らない。
 したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
第5 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 古賀千尋
 裁判官 國井陽平


(別紙)本件データ目録 省略
(別紙)被告ら作成データ目録 省略

(別紙)著作権侵害に関する当事者の主張
(原告の主張)
1 本件データ2枚目・被告ら作成データ7枚目表形式で、番号、大項目(カテゴリ)、中項目(カテゴリ内の個別項目)、小項目(機能)と整理され、大項目ごとに色分けされた上で、小項目のそれぞれについて「優先度」が高低と表示されるとともに、小項目のそれぞれの内容が数行程度の簡略な文章で説明されるなど、一見して各機能のポイントが把握しやすいような構成である。
2 本件データ3枚目・被告ら作成データ8枚目
 表形式で、番号、大項目(カテゴリ)、小項目(観点)と整理され、小項目のそれぞれの内容が1行程度の簡略な文章で説明されるとともに、小項目によってはその内容を、Chatbotに関しての内容とFAQに関しての内容とに左右に分割した上で、特に重要な部分については色を変えるなど、一見して各内容のポイントや対比が把握しやすいような構成である。
3 本件データ4枚目・被告ら作成データ9枚目
 複数のパソコン画面のイメージを立体的に重ね合わせるデザインを採用した上で、2画面間の相違を示すことにより特に強調したい内容(ポップアップ表示という機能)を明確に示すとともに、当該ポップアップ表示に関する説明を黄色の目立つ吹き出し表示により示すなど、ソフトウェアの機能を把握しやすいような構成である。
4 本件データ5ないし7枚目・被告ら作成データ10ないし12枚目
 パソコン上の操作画面を示して、その重要部分を赤点線で囲んで目立たせた上で、特に理解を得たい部分や内容を黄色の目立つ吹き出し表示により示すなど、操作画面の内容や利用方法を把握しやすいような構成である。
5 本件データ8枚目・被告ら作成データ13枚目
 上部に「ソリューション概要」の内容を説明する文書を3行にわたって記載し、特に重要な部分については下線が付され、下部に記載されたフローチャート方式の図表については、左側に人のシルエットやパソコン等の図を用いてユーザ側を示し、中間の個所にフェイスブック、ツイッター等のアイコンを配置してプロダクトごとにインターフェースの内容を記述し、その右上に「AIコントロール」、「学習データ管理」及び「学習データ」を論理的な関係が分かるよう配置してコントローラの内容を記述した上で、その下に「AIエンジン」の部分を配置し、さらに最右側に「バックユーザ(管理者)」をパソコンの図を用いて示した上で、各構成相互の連携やデータのやりとりを双方性が分かる矢印を目立つ色や形で使用するなどして、視覚的に分かりやすくするための工夫が施されている。
(被告らの主張)
1 本件データ2枚目・被告ら作成データ7枚目
 表形式を採用した場合に、番号・大中小項目での整理・色分け・優先度の記載・簡略な文章での説明を行うことは、広く一般的に行われている。また、機能一覧や非機能一覧を取りまとめる場合においても、これらの方法で説明を行うことは広く一般的に行われている。
2 本件データ3枚目・被告ら作成データ8枚目
 表形式における番号・大中小項目での整理・色分け・優先度の記載・簡略な文章での説明は、機能一覧や非機能一覧を取りまとめる場合において広く一般的に利用されているアイデアである。また、項目に応じて表の一部を左右に分割・統合したり、重要な部分については色を変えたりすることも、広く一般的に行われている。
3 本件データ4枚目・被告ら作成データ9枚目
 プレゼンテーション資料のように分かりやすく伝えることを主眼においた資料にあっては、パソコン画面のイメージを立体的に重ね合わせたり、強調したい部分を明確に示したりすること、あるいは、色の付いた吹き出し表示を利用することは広く一般的に行われている。また、画面イメージを伝える際にパソコン画面を示すことは当然の選択であって、他に選択の余地がない。
4 本件データ5ないし7枚目・被告ら作成データ10ないし12枚目
 パソコン上の操作画面を示したり、重要部分を赤点線で囲んで目立たせたり、特に理解を得たい部分・内容を黄色の目立つ吹き出し表示により示したりすることは、広く一般的に行われている。
5 本件データ8枚目・被告ら作成データ13枚目
 人の目に留まりやすいスライドの上部に説明文章を記載することや、当該説明文章の中で、特に重要な部分に下線を付すことは広く一般的に行われている。また、図表において、矢印、人のシルエット、パソコンの図等のアイコンにつき論理的な関係が分かるように配置することも、広く一般的に行われている。また、利用されている矢印・人のシルエット・パソコンの図等のアイコンが格別目新しいものであるとか、特徴的な内容であるともいえない。
 以上

(別紙)取引切換え勧奨に関する当事者の主張
(原告の主張)
1 ユナイテッドアローズ社(甲25の1・2)
 Bは、原告に何ら報告しないまま、平成29年12月21日、被告Aに対し、ユナイテッドアローズ社のRPA案件の情報を転送し、かつ、平成30年1月5日、ユナイテッドアローズ社に対し、提案日程の調整のための電子メールを送信し、そのCCに被告Aを入れた。これは、被告会社での受注を目的に行われた行為と理解される。
2 シャディ社(甲5の1・3・5、26の1・2)
(1)AIチャットボットについて
 Bは、平成29年11月29日、シャディ社に対する原告の内部資料を基に作成したAIチャットボットに関する提案書を被告Aに送付し、被告Aは、これに対し、同月30日、当該資料が本人の意図した内容であった旨返信した。また、被告Aは、平成29年11月30日、シャディ社に対し、上記提案書を送付し、AIサービスに関する営業提案を行った。さらに、Bは、同年12月21日、シャディ社に対し、被告会社の従業員として、被告会社との取引に必要な設定シートを送付し、そのCCに被告A及びEを入れていた。そして、被告Aは、同月26日、シャディ社に対するAIチャットボット提案が成約しなかったことについて、B、Eに連絡した。
(2)RPAサービスについて
 Bは、平成30年1月9日、シャディ社に対し、RPA案件の提案に関する日程調整のための電子メールを送信し、そのCCには被告Aが入っていた。また、Bは、同月10日、原告の従業員に対して、シャディ社へのRPA案件の提案に関する日程調整の連絡をし、そのCCに被告A及びEが入っていた。さらに、Bは、同月17日、被告Aに対し、原告の内部情報であるシャディ社とのプロジェクト情報を転送し、これに対して被告Aは「ウケるな」と返答した。なお、転送がなされた情報は、シャディ社に対するRPAの営業提案に利用されたと解される。
3 マクロミル社(甲5の2)
 Bは、平成29年12月4日、被告Aに対し、原告のRPA開発メンバーのみアクセス可能なマクロミル社に対するRPA提案書を電子メールによりBCCで送信した。なお、転送がなされた情報は、マクロミル社に対するRPAの営業提案に利用されたと解される。
4 ナレッジディストリビューション社(甲27の1・2)
 Bは、平成30年1月18日、被告Aに対し、原告の内部資料であるUiPath(RPA製品の一つ)のトレーニングカリキュラムを送付した。また、Bは、同日、取引先のナレッジディストリビューション社に対して、被告会社の従業員として上記トレーニングカリキュラムを送付した。
5 スクロール社(甲28)
 原告の従業員であったH(以下「H」という。)は、平成29年11月30日、被告会社のオフィス準備において、「浜松の案件」への対応を被告会社に移籍する原告の従業員に対して指示した。「浜松の案件」とは、浜松市に本社を有するスクロール社の案件を指しており、被告らはスクロール社の取引を被告会社に切り換えるため行動していたと解される。また、原告は、被告らにより取引切換えの勧誘がなされた旨の報告をスクロール社から受けた。
6 HS情報システムズ社
 Eは、原告Cに対し、HS情報システムズ社と原告との契約を被告会社に切り換えることを打診した。また、原告は、被告らにより取引切換えの勧誘がなされた旨の報告をHS情報システムズ社から受けた。
7 シャフト社(甲29)
 Hは、平成29年11月29日、シャフト社に対し、今後は被告会社に移籍するHが後任となり、被告会社の電子メールアドレスに連絡するように依頼する電子メールを送信した。また、H及びBは、同年12月以降、被告会社の従業員として、継続的にシャフト社との間で事業に関するやり取りを行った。さらに、Bは、平成30年1月25日、シャフト社から被告会社での取引開始の前提となる秘密保持契約の依頼を受け、Hと対応を進めた。
8 ソフトバンクコマース&サービス社(甲5の4)
 被告Aは、平成30年1月9日、原告の営業先であったソフトバンクコマース&サービス社に対して、AIチャットボットサービスに関する営業のため連絡を取った。
(被告らの主張)
1 ユナイテッドアローズ社
 被告Aは、ユナイテッドアローズ社に対し、原告との取引についての切換えを勧奨していない。なお、Bは、原告が元請けとなり被告会社が下請けとなる商流を前提に、被告AをCCに入れて情報共有を行ったにすぎず、被告会社での受注を目的に行われた行為をしたと理解されるという原告の主張は誤りである。
2 シャディ社
 被告Aは、シャディ社に対してAIサービスに関する資料を送付しているが、原告において「AI」というジャンルのサービス展開が行われていないことからすれば、上記行為が、原告との取引の切換えの勧奨に該当する余地はない。また、Bはシャディ社との打合せのための日程調整を行っているが、当該打合せにおいては、被告AやBが原告を離職した後の原告における業務の状況が確認されたにすぎない。被告会社は、それから半年以上が経過した後に、シャディ社に対し、RPAに関するサービスを提供したことがあったが、あくまでシャディ社からの依頼を受けて実施したものである。
3 マクロミル社
 原告が指摘する事情は、被告Aがマクロミル社に対して連絡を取ったということを内容とするものでもなく、原告との取引について切換えの勧奨を行うものではない。なお、Bは、原告Cから執拗な引き留め行為を受けており、自身の置かれていた状況を理解してほしく、被告AをBCCに入れて自分宛てのメールを送信したものである。したがって、転送された情報がマクロミル社に対する営業の提案に利用されたと解されるという原告の主張は誤りである。
4 ナレッジディストリビューション社
 原告が指摘する事情は、被告Aがナレッジディストリビューション社に対して連絡を取ったということを内容とするものでもなく、原告との取引について切換えの勧奨を行うものではない。なお、原告において原告の内部資料であると主張する「UiPathトレーニングカリキュラム」は、被告会社が作成した被告会社の資料であり、Bは、原告を退職した後、被告Aに対して上記資料を送付するとともに、ナレッジディストリビューション社に対してこれを送付したにすぎない。
5 スクロール社
 原告が指摘する事情は、Hが被告Aその他の被告会社の役職員に対し、「新オフィス入居について緊急報告」するものであり、スクロール社の案件に関するものではない。したがって、被告Aは、スクロール社に対し、原告との取引について切換えの勧奨を行っていない。
6 HS情報システムズ社について
 原告は、何らの証拠を提出することもなく、被告らにより取引切換えの勧奨がなされた旨の報告をHS情報システムズから受けたなどと主張するが、事実に反する。
7 シャフト社について
 原告が指摘する電子メールは、Bが送信元のものではない。また、当該電子メールは、インボイスに関するものであり、被告Aにおいて、原告が受注済みの業務を遂行中の顧客に対して、取引切換えの勧奨をするものではない。
8 ソフトバンクコマース&サービス社
 被告Aは、原告がソフトバンクコマース&サービス社から受注したことがないこと、被告Aが原告を離職する時点において、原告がソフトバンクコマース&サービス社から受注し遂行中の業務は存在せず、原告と何らの取引も存在しなかったことを踏まえ、AIサービスについて早期に参入することが重要と考えて、被告会社を代表してソフトバンクコマース&サービス社に連絡を取ったのである。したがって、被告Aは、ソフトバンクコマース&サービス社に対し、原告との取引について切換えの勧奨を行っていない。
 以上

(別紙)送信メールの記載 省略
line
 
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