判例全文 line
line
【事件名】楽曲の共同著作事件
【年月日】令和4年6月24日
 東京地裁 令和2年(ワ)第18801号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年4月21日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 穂積匡史
被告 株式会社ザ・ミュージックス音楽出版
同訴訟代理人弁護士 池村聡
同 大滝晴香


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成15年6月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する令和2年10月3日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、@被告は、一般社団法人日本音楽著作権協会(以下「JASRAC」という。)に対し、原告が単独で作詞作曲した音楽作品(以下「本件作品」といい、本件作品のうち楽曲部分を「本件楽曲」と、歌詞部分を「本件歌詞」と、それぞれいう。)について、これを作詞作曲した者の筆名がグループを表す筆名としての「B」である旨記載した作品届(以下「本件作品届」という。)を提出し、本件作品に係る原告の著作者人格権(氏名表示権)及び著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害したと主張して、民法709条に基づき、110万円(慰謝料額100万円及び弁護士費用相当額10万円)及びこれに対する不法行為日である平成15年6月4日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合よる(ママ)遅延損害金の支払を求め、また、A原告との間で本件作品に係る著作権譲渡契約(以下「本件著作権譲渡契約」という。)を締結していた被告は、JASRACに対し、一旦、本件作品届に記載された「B」が個人を表す筆名である旨記載した訂正届を提出したにもかかわらず、再び、「B」がグループを表す筆名である旨記載した訂正届(以下「本件再訂正届」という。)を提出して、本件作品に係る原告の著作者人格権(氏名表示権)及び著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害し、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反したと主張して、民法709条及び上記法律による改正前の民法415条に基づき、110万円(慰謝料額100万円及び弁護士費用相当額10万円)及びこれに対する令和2年9月29日付け訴えの追加的変更申立書送達日の翌日である同年10月3日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、「A′」等の筆名で、音楽活動をする者である。
イ 被告は、音楽の著作権を管理する音楽出版社である。
(2)本件作品等
ア 原告は、平成14年11月頃、「G」と題するCD(以下「本件CD」という。)を作成した。
 本件CDには、「H」、「I」及び「J」とそれぞれ題する3つの音楽作品(以下「その他作品」という。)並びに「G」と題する音楽作品(本件作品)が収録されていた。そして、本件CDの外装には、その他作品については、作詞者が「A′」と、作曲者が「C′(ローマ字表記)」と、それぞれ記載され、本件作品については、作詞者及び作曲者が「B(ローマ字表記)」と記載されていた。(以上、甲1、23)
イ その他作品については、原告が歌詞部分を作詞し、C(以下「C」という。)が楽曲部分を作曲した。
 また、本件作品については、原告が本件歌詞を作詞した。
(3)本件著作権譲渡契約等
ア 原告及びCは、平成15年4月頃、本件作品から得られる著作権使用料について、原告がその75%を、Cがその25%を、それぞれ取得する旨合意した。
イ 原告及び被告は、平成15年5月4日、被告が本件作品に係る著作権管理を行うことを目的として、原告が被告に対して本件作品に係る原告の著作権を独占的に譲渡する旨の著作権譲渡契約(本件著作権譲渡契約)を締結した。
 本件著作権譲渡契約に係る契約書(以下「本件原告契約書」という。)には、「作詞者」及び「作曲者」の各不動文字にそれぞれ丸が付けられ、「筆名」欄に「A′」と記載されていたところ、原告は、同日、「A′」の記載に二重線を引き、「B」と記載した上で、これに署名押印した。また、本件原告契約書には、本件作品に係る原告の著作権が本件作品に係る著作権全体の75%であることが記載されていた。(以上、甲2、17、20)
ウ C及び被告は、平成15年5月4日、本件作品に係る著作権管理を行うことを目的として、Cが被告に対して本件作品に係るCの著作権を独占的に譲渡する旨の著作権譲渡契約を締結した。
 同契約に係る契約書(以下「本件C契約書」という。)には、「作曲者」の不動文字に丸が付けられ、「筆名」欄に「C′」と記載されていたところ、Cは、同日、これに署名押印した。また、本件C契約書には、本件作品に係るCの著作権が本件作品に係る著作権全体の25%であることが記載されていた。
 Cは、令和2年3月4日、被告から依頼されて、本件C契約書の「筆名」欄の「C′」の記載に二重線を引き、「B」と記載した。(以上、甲17、乙1、12、13)
(4)本件作品届等
ア 被告は、平成15年6月4日、JASRACに対し、本件作品に係る作品届(本件作品届)を提出し、その著作権管理を委託した。
 本件作品届には、「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載され、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックが入れられていた。また、「備考」欄に「B→C′A′」と記載されていた。(以上、甲3)
イ 被告は、令和元年7月18日、JASRACに対し、本件作品届を訂正する旨の訂正届を提出した。
 上記訂正届には、「訂正箇所」欄に「著作者名を団体→個人へ変更」と、「訂正前」欄に「B団体名」と、「訂正後」欄に「B個人名」と、「訂正理由」欄に「錯誤」と、それぞれ記載されていた。(以上、甲4)
ウ 原告は、令和元年11月1日頃、JASRACに対し、別途、本件作品に係る作品届を提出した。
 上記作品届には、「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載され、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックが入れられていなかった。(以上、甲7、弁論の全趣旨)
エ 被告は、令和2年3月13日、JASRACに対し、再度、本件作品届を訂正する旨の訂正届(本件再訂正届)を提出した。
 本件再訂正届には、「訂正箇所」欄に「著作者名を個人→団体へ変更」と、「訂正前」欄に「B個人名」と、「訂正後」欄に「B団体名」と、それぞれ記載され、「訂正理由」として、原告の要望により前記イの訂正届を提出したにもかかわらず、原告から、被告が虚偽の内容の本件作品届をJASRACに提出したことにより人格的利益が侵害されたとして、損害賠償を請求され、被告としては、このような訴えを受け入れることはできないため、本件作品届を本来の契約書に記載のあるとおりに訂正する旨が記載されていた。(以上、甲4、17)
オ JASRACは、令和2年3月25日、原告に対し、前記ウの作品届の内容と本件再訂正届の内容に相違が生じたことから、本件作品に係る同年6月分配期以降の著作権使用料の分配を留保することを決定した旨通知した(甲7、17)。
2 争点
(1)本件楽曲の著作者(争点1)
(2)本件作品届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害するものであるか(争点2)
(3)本件作品届の提出が本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか(争点3)
(4)本件再訂正届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか(争点4)
(5)本件再訂正届の提出が本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反するものであるか(争点5)
(6)損害額(争点6)
3 争点に対する当事者の主張
(1)争点1(本件楽曲の著作者)について
(原告の主張)
ア 本件作品の作成経緯
 原告は、平成13年12月ないし平成14年1月頃、本件作品の原型となる音楽作品を作詞作曲した。原告は、その経営する居酒屋「D」にて勤務していたCが、かつて、音楽関係の仕事をしていたと聞いたことから、Cに対し、上記原型作品を楽譜にすることなどを相談し、これを自ら歌唱した音声(以下「本件原音声」という。)をカセットテープに録音した上、これをCに渡した。
 Cは、1週間ないし10日ほどして、原告に対し、本件原音声を基に楽器を用いて演奏したものを録音したカセットテープを渡した。原告がこれを確認したところ、一部、本件原音声と音程が違っているところがあったため、原告は、Cに対し、その旨を指摘して、Cと一緒にこれを訂正する作業をした。これにより本件作品が完成したものであり、歌詞及び旋律はいずれも本件原音声から変わっておらず、Cが変更を加えた部分もなかった。
 その後、Cは、原告に対し、本件作品をボサノバ調にアレンジしたいと申し入れ、原告は、これを承諾した。
イ 「B」の由来
 原告は、本件作品について、その他作品の作詞者の筆名である「A′」とは別の筆名を使用したいと考え、Cにその旨を伝えたところ、Cから、「Aさんの本名をペンネームにしたらどうですか。」と助言された。これに対し、原告は、「実は、本名のAは、字画が良くないそうなんです。」、
 「Gは大人の歌詞なので、A′を使いたくないんですよ。」などと答え、その場で思いつくがまま、「私のaと、Cのc、それに「D」のdで、Bはどうでしょう。」と提案した。Cは、自分の「c」の一字が入ることが嬉しかったようで、翌日、原告に対し、「Aさん、Bの字画を調べたら、とても良い字画でしたよ。」と話した。
 このような経緯を経て、本件作品の作詞者及び作曲者の筆名が、原告個人を表す筆名である「B」となったものである。
ウ 「B」の使用態様
 原告は、あらかじめ「作詞者」及び「作曲者」の各不動文字にそれぞれ丸が付けられた本件原告契約書の「筆名」欄に、原告個人を表す筆名として「B」と記載した。他方で、本件C契約書には、その作成当時、「作曲者」の不動文字にのみ丸が付けられ、「筆名」欄に「C′」と記載されていた。
 また、原告は、本件作品の作詞者及び作曲者の筆名を「B」として以降、「B」の筆名で、単独で音楽活動を行ってきた。
 このように、「B」の筆名は、本件原告契約書にのみ記載され、原告の単独での音楽活動に用いられていたものである。
エ 著作権使用料の配分割合
 本件作品を著名な歌手であるEに提供することが決まったことを契機として、Cは、原告に対し、「Aさん、このままでは、私には何も入ってきません。作曲分の半分でいいので、著作権使用料を分配してくれませんか。」と申し入れた。原告は、その当時、音楽著作権ビジネスについて全く知見がなく、また、Cの紹介があって初めてEが歌唱する音楽作品として採用されたのは事実であったことから、その恩義に報いる意味を込め、Cに対して本件楽曲に係る著作権使用料の半分を分配することに同意し、本件作品から得られる著作権使用料の75%を原告が、同25%をCが、それぞれ取得することを合意したものである。
 したがって、本件楽曲が原告及びCの共同著作物であることを理由に、上記分配割合を合意したものではない。
オ 小括
 以上のとおり、本件作品の作詞者及び作曲者の筆名である「B」は、その由来や使用態様からして、原告個人を表す筆名であり、本件楽曲は、原告が単独で作曲したもので、Cはアレンジを行ったにすぎず、Cが本件作品の著作権使用料の25%を取得することとなったのも、本件作品がEに提供されることになった恩義に報いるためであり、本件楽曲が原告及びCの共同著作物であることを理由とするものではない。
 したがって、本件楽曲の著作者は原告である。
(被告の主張)
ア 本件作品の作成経緯
 原告は、Cと共作活動を開始するまで、作詞作曲の経験は全くなく、ギターやピアノといった楽器もできなかったところ、Cやその知人のミュージシャンが「D」で行ったミニライブに刺激を受け、自ら作詞するようになり、原告が作詞し、Cが作曲した音楽作品を「D」で演奏するようになった。
 このような中、原告が初めて作曲に挑戦してできたものが本件原音声であり、原告は、本件原音声をカセットテープに録音し、Cに対してこれを渡した。しかし、本件原音声は、作曲経験のない原告が手掛けたものであったため、全体的にゆっくりとした、3拍子の演歌調又は子守唄のような曲調で、原告がぼそぼそと歌う単調なものであり、音楽ライブでの演奏やEに提供する楽曲にふさわしいクオリティを備えたものでは到底なかった。そこで、職業音楽家として既に豊富な経験を有していたCが、3拍子から4拍子に変更したり、旋律を一部変えたり、全体の曲調をボサノバ調にしたりして、全体的に再構築し、本件楽曲を音楽作品として完成させた。
 その後、本件歌詞(本件原音声の歌詞部分)及び本件楽曲からなる本件作品がEに提供され、本件作品届がJASRACに対して提出されたものである。
イ 「B」の由来
 「B」という筆名は、原告の本名である「A」の「a」、Cの本名及び筆名である「C」及び「C′」の「c」、原告が経営し、Cが勤務していた「D」の「d」の三文字を組み合わせることにより、原告及びCが二人で創作した本件作品の筆名として考案されたものである。
 原告は、その他作品を作詞し、本件CDの外装に、その他作品の作詞者として、原告個人の筆名である「A′」と記載したが、本件作品については、原告及びCが共作したものであったことから、作詞者及び作曲者として、「B(ローマ字表記)」と記載したものである。
 したがって、本件作品は、原告及びCが共作したものであり、本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B」は、原告及びCのグループを表す筆名である。
ウ 「B」の使用態様
 本件C契約書の「筆名」欄は、本件訴訟提起後に、「C′」から「B」に訂正されたが、本件C契約書作成当時に訂正しなかったのは、単に訂正の機会を逸したからにすぎない。被告は、「B」が原告及びCのグループを表す筆名であると認識していたから、それに合致させるために上記訂正を行ったものであり、被告の都合の良いように改変したというべきものではない。
 むしろ、本件作品が原告及びCの共作であり、本件楽曲が原告及びCの共同著作物であるからこそ、本件原告契約書のみならず本件C契約書においても、「作曲者」の不動文字に丸が付けられているのである。
エ 著作権使用料の分配割合
 原告及びCは、本件作品から得られる著作権使用料について、本件作品が本件歌詞及び本件楽曲からなり、本件楽曲が原告及びCの共作であることを踏まえ、原告がその75%を、Cがその25%を、それぞれ取得することを合意した。
 仮に、上記合意が、本件作品がEに採用されたことに対する謝礼ないし紹介料の趣旨のものであったとすれば、原告がCに対して一定の金額を1回支払えば足りたはずであり、著作権使用料を永続的に4分の1もの割合を分配することは不自然であるし、さらに、本件作品が共同著作物であることを前提とした本件著作権譲渡契約を締結する必要はなかったはずである。
オ 小括
 以上のとおり、本件楽曲は、原告が作成した本件原音声をCが全体的に再構築することにより著作物として完成させたものであり、原告及びCのそれぞれが手掛けた旋律やリズム、伴奏が一体となったものであるから、原告及びCの共同著作物(著作権法2条1項12号)である。そうであるからこそ、原告及びCのグループを表す筆名として「B」を考案し、本件CDの外装に、本件作品の作詞者及び作曲者として「B」と記載され、また、本件作品の著作権使用料の75%を原告が、25%をCがそれぞれ取得することを合意したものである。
(2)争点2(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害するものであるか)について
(原告の主張)
ア 音楽出版社が、著作者との著作権譲渡契約に基づき、JASRACに対して音楽作品に係る作品届を提出すれば、同音楽作品が公衆に提供又は提示される際、同作品届に記載された著作者名がそのまま同音楽作品の著作者名として表示されることになる。
 したがって、音楽出版社による上記の作品届を提出する行為は、「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)に該当する。
イ 前記前提事実(2)イ及び前記(1)(原告の主張)のとおり、原告が本件作品を作詞作曲したところ、本件作品届には、本件作品の作詞者及び作曲者として、原告及びCのグループを表す筆名としての「B」と記載されたものであるから、本件作品届の内容は誤りである。
 被告は、Cによるアレンジは少なくとも編曲(著作権法27条)に該当するから、被告が本件作品届に本件作品が原告及びCの共作である趣旨の記載をしたことは正確であると主張する。しかし、Cが本件楽曲を編曲したことは事実であるものの、原告がJASRACに対して原告及びCが本件作品を共作したと届け出る旨の意思を示したことにはならないし、本件原告契約書の「筆名」欄には「B」と記載され、本件C契約書の「筆名」欄には「C′」と記載されていたことからしても、原告に上記意思がなかったことが裏付けられる。
 したがって、被告が本件作品届を提出した行為は、原告の「変名を著作者名として表示」する権利(著作権法19条1項)を侵害する。
ウ 被告は、本件作品に関して、「JASRAC作品データベース検索サービス」(以下「J−WID」という。)で掲載される著作者の情報は「B」のみであり、これが個人を表す筆名か、グループを表す筆名かは明示されていないから、「変名を著作者名として表示」する権利を侵害するものではないと主張する。
 しかし、本件作品に係る情報として表示された「B」は、グループを表す筆名として表示されたものであるところ、たまたま同姓同名であったとしても、それが別人格を指す場合には、著作者としての名誉や声望、社会的評価、満足感は得られない。外形上は同じ「B」と表示されたとしても、それがグループを表す筆名である以上、原告は、個人である「B」として、満足感等が得られないことはいうまでもない。
 したがって、J−WID上の表示を踏まえても、原告の「変名を著作者名として表示」する権利を侵害するというべきである。
エ 以上によれば、原告は、本件作品の公衆への提供又は提示に際し、その作詞者及び作曲者として原告個人を表す筆名である「B」と表示する権利を有していたにもかかわらず、被告は、JASRACに対し、本件作品の作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載した本件作品届を提出し、原告の氏名表示権を侵害したといえる。
(被告の主張)
ア 音楽の著作物に関していえば、CDや楽譜等の形態で公衆に対して頒布する行為が「公衆への提供」(著作権法19条1項)に、ライブ演奏等の態様で利用する行為が「公衆への…提示」(同項)に、それぞれ該当するところ、本件作品の情報や本件歌詞の冒頭部分だけが記載されたにすぎない本件作品届を、JASRACという特定の団体に対して提出した行為が、これらには当てはまらないことは明らかである。
 また、本件作品届に記載された著作者名がそのままJ−WIDに登録され、本件作品の利用者が、本件作品の公衆への提供又は提示に際し、J−WIDにおける登録情報を参考にして本件作品の著作者名を表示することがあったとしても、JASRACは、著作権等管理事業法に基づき、音楽作品に係る信託譲渡を受け、これを管理しているのであって、著作者の一身専属的な権利である著作者人格権の管理を行うものではなく、著作者の表示の有無や態様は、あくまで当該音楽作品を利用する個々の利用者の責任において行われるものである。
 したがって、被告がJASRACに対して本件作品届を提出した行為は、「著作物の公衆への提供若しくは提示」に該当しない。
イ 前記(1)(被告の主張)のとおり、本件楽曲は原告及びCの共同著作物であるところ、グループのメンバーが単独で作詞作曲した場合であっても、作詞者及び作曲者としてグループ名を記載することは音楽業界において珍しいことではないから、原告が作詞した本件歌詞を含む本件作品について、作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載した本件作品届の内容に誤りはない。
 仮に、原告が単独で本件作品を作詞作曲したと認められたとしても、原告は、本件作品を作詞作曲した当時、作曲経験がなく、楽器も全くできなかったことに照らせば、Cが本件楽曲をアレンジしたからこそ、Eに採用されるクオリティに仕上がったというべきであり、このアレンジは編曲(著作権法27条)に該当するから、上記の音楽業界の慣習を併せ考えると、本件作品を原告及びCの共作と記載した本件作品届の内容は正確である。
 したがって、被告がこのような内容の本件作品届を提出したことは、原告の「変名を著作者名として表示」する権利を侵害しない。
ウ 仮に、本件作品の作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載した本件作品届の内容が誤りであったとしても、本件作品に関して、J−WIDで掲載される著作者の情報は、「B」のみであり、これが個人を表す筆名か、グループを表す筆名かは明示されていない。仮に、個々の利用者において、J−WIDに掲載された情報を基に本件作品の著作者名を表示したとしても、「作詞作曲B」と表示せざるを得ず、このような表示から、「B」が個人を表す筆名か、グループを表す筆名かを判別することは不可能である。
 したがって、本件作品届の内容に誤りがあったとしても、「変名を著作者名として表示」する権利を侵害する余地はない。
エ 以上のとおり、被告がJASRACに対して本件作品届を提出したことは、「著作物の公衆への提供若しくは提示」に該当せず、「変名を著作者として表示」する権利を侵害するものでもないから、本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害したものではない。
(3)争点3(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
(原告の主張)
 JASRACは、作品届に記載された著作者情報をJ−WIDにて公表しており、これにより著作者として公示された者が、著作権法14条により、著作者としての推定を受ける。したがって、音楽著作物の著作者にとっては、作品届が真の著作者を将来決する決定的な存在となるから、著作者には、自己の著作物の作品届に著作者として正しく記載される法的利益が認められる。
 実質的にも、これが果たされなければ、原告は、JASRACの会員となることができず、JASRACから本件作品に係る著作権使用料の分配を受けることができない。
 したがって、被告が本件作品届を提出したことにより、本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益が侵害されたものである。
(被告の主張)
 著作権法による保護が否定される場合に不法行為が成立するのは、著作権法が保護する利益とは異なる法的利益を侵害するような例外的な場合に限られるというべきである。したがって、原告が主張する著作者として取り扱われるべき人格的利益が、著作権法上保護される利益とは異なる利益であるといった特段の事情がない限り、一般不法行為は成立しない。
 しかし、著作者として取り扱われるべき人格的利益は、著作権法が定める氏名表示権により保護される利益と正に同質の利益であるから、被告がJASRACに対して本件作品届を提出したことが一般不法行為を構成する余地はない。
(4)争点4(本件再訂正届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
(原告の主張)
 被告は、原告が被告に対して本件訴訟を提起したことに対する報復をする目的で、JASRACに対し、本件作品の作詞者及び作曲者について、原告個人を表す筆名としての「B」から原告及びCのグループを表す筆名としての「B」に再訂正する本件再訂正届を提出した。これにより、J−WIDにおいて、本件作品に係る著作権は「未確定」と表示されるようになり、本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B」が原告個人を表すのか否かが不明な状態となった。
 したがって、被告がJASRACに対して本件再訂正届を提出したことにより、本件作品の作詞者及び作曲者として、原告個人を表す筆名としての「B」を表示させるという、本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益が侵害されたものである。
(被告の主張)
 前記(1)(被告の主張)のとおり、本件楽曲は原告及びCの共同著作物であり、「B」は原告及びCのグループを表す筆名であるから、本件作品届の記載は何ら虚偽ではない。
 被告は、原告から、JASRACの会員になるために本件作品を個人の実績としてほしいという強い要望を受けたことから、Cの了承を得た上で、原告に協力するために、便宜的に「B」をグループを表す筆名から個人を表す筆名へと訂正する訂正届を提出したにすぎない。そうであるにもかかわらず、原告は、その後、本件訴訟を提起し、被告に対して一方的に損害賠償請求をするに至ったことから、被告は、本来のあるべき内容に戻すため、本件再訂正届を提出したのであって、これは正当な行為であり、何ら非難されるいわれはない。
 さらに、J−WIDにおける「未確定」との表示は、本件作品に係る権利関係が未確定であることを示すものにすぎず、本件作品の作詞者及び作曲者である「B」が原告個人を表すか否かが不明の状態になっているものではない。
 したがって、被告がJASRACに対して本件再訂正届を提出したことは、本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものではない。
(5)争点5(本件再訂正届の提出が本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反するものであるか)について
(原告の主張)
 原告及び被告は、本件作品の利用開発を図るために著作権管理を行うことを目的として、原告が被告に対して本件作品に係る著作権を譲渡し、被告がJASRACに対してその管理を委託することを内容とする本件著作権譲渡契約を締結したところ、被告は、JASRACに対して著作権管理を委託するに際し、原告の著作者人格権を損なわないように細心の注意を尽くす義務を負っていた。
 そして、原告は、本件作品の作詞者及び作曲者として、原告個人を表す筆名である「B」を使用する前提で、JASRACへの管理委託を被告に委ねたにもかかわらず、被告は、「B」が原告及びCのグループを表す筆名である旨記載した本件再訂正届を提出したものであるから、上記義務に違反するというべきである。
(被告の主張)
 前記(2)(被告の主張)のとおり、グループのメンバーが単独で作詞作曲した場合であっても、作詞者及び作曲者としてグループ名を記載することは音楽業界において珍しいことではないから、原告及びCの共同著作物である本件楽曲及び原告が作詞した本件歌詞からなる本件作品について、作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載した本件作品届の内容は何ら虚偽ではない。
 また、本件著作権譲渡契約の文言から、原告が主張するような被告の義務を導き出すことはできない。
 したがって、被告において、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務違反は認められない。
(6)争点6(損害額)について
(原告の主張)
ア 被告が、JASRACに対して本件作品届を提出して、本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害したことにより、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、100万円を下らない。
 また、これに係る本件訴訟を追行するのに要する弁護士費用相当額は、10万円を下らない。
イ 被告が、JASRACに対して本件再訂正届を提出して、本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害し、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反したことにより、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、100万円を下らない。
 また、これに係る本件訴訟を追行するのに要する弁護士費用相当額は、10万円を下らない。
(被告の主張)
 いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件楽曲の著作者)について
(1)認定事実
 証拠(甲20、乙2、証人C及び原告本人のほか後掲の各証拠。ただし、認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 原告は、平成13年11月頃、居酒屋である「D」を開店し、Cは、その頃から、「D」にて勤務するようになった。
 Cは、かつて、「C′′」の筆名でシンガーソングライターとして活動を行い、レコードを発売したり、ライブ活動を行ったりし、また、「C′」の筆名で作詞作曲を行い、E等のアーティストに対して多くの音楽作品を提供してきた経験があったところ、「D」にて勤務するようになってからしばらくして、知人のミュージシャンとともに、「D」において、ミニライブを行うようになった(乙5)。
 原告は、その頃まで、一切音楽活動をしたことがなく、楽器を演奏することもできなかったが、「D」での上記ミニライブをきっかけに、自ら作詞をするようになった。
イ 原告は、平成14年頃、初めて自らメロディーを作り、これに自ら作詞した歌詞を付けたことから、Cに対し、これを楽譜にすることなどを相談した。そして、原告は、Cの助言を受け、上記メロディーに乗せて歌唱した音声(本件原音声)をカセットテープに録音し、これをCに渡した。
 Cは、本件原音声について、歌詞の内容は情緒的で、雰囲気の良いものではあったが、メロディーがゆっくりとした3拍子で、地味であったことから、約1週間かけて、3拍子を4拍子にしたり、サビ部分の旋律を見直したり、伴奏を付けたり、特に後半部分を歌詞に合わせてメロディーを補い、全体的にボサノバ調に再構築したりすることによって本件楽曲を完成させ、ギターを弾きながらこれを歌唱したものをカセットテープに録音し、これを原告に渡した。
ウ 原告は、「D」の開店1周年を記念して、平成14年11月頃、本件作品を収録した本件CDを作成した。
 本件CDに収録されているその他作品は、原告が作詞し、Cが作曲したことから、その外装には、作詞者として、原告の筆名である「A′」と、作曲者として、Cの筆名である「C′(ローマ字表記)」と、それぞれ記載された。
 また、本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B(ローマ字表記)」(「B」)は、原告の名字の「a」、Cの名字の「c」、「D」の「d」を組み合わせたものであった。(以上、甲1、23)
エ Cは、以前にEに音楽作品を提供したことがあったことから、Eの所属事務所のプロデューサーに本件CDを聴いてもらおうと思い立ち、同人に対し、本件CDを送付した。
 そうしたところ、本件CDに収録された音楽作品のうち本件作品が採用されることとなり、本件作品は、第三者によりアレンジされた上で、Eのアルバム「F」に収録され、同アルバムは、平成15年6月4日に発売された(乙18)。
オ 原告は、本件原告契約書作成後、「B」の筆名で、単独で音楽活動を行ってきた(甲8ないし12)。
カ J−WIDは、JASRACが管理運営するウェブサイトであり、JASRACが管理する音楽作品を検索することができるシステムであるところ、本件作品をJ−WIDで検索すると、作品タイトルとして「G」と、著作者(作詞及び作曲)として「B」と、それぞれ表示されるが、「B」が個人を表す筆名か、グループを表す筆名かを明らかにする表示はなく、本件歌詞の全部又は一部も表示されず、本件作品が演奏されることもない(乙10、15、16、弁論の全趣旨)。
(2)本件楽曲は原告が単独で創作した著作物か、原告及びCの共同著作物か
ア 原告は、本件楽曲は原告が単独で作曲したものであり、「B」は原告個人を表す筆名であると主張する。そして、原告は、ある日、酒を飲んでいたところ、詩とメロディーが俗に言うところの「降りてきた」というような状態で頭に浮かんだことから、これを歌唱してカセットテープに録音し、Cにこれを渡した、Cは、1週間か10日ほどして、原告に対し、本件原音声は完全に曲になっているので、何も手を付けるところはないと述べた、Cが原告に渡したカセットテープに録音された曲は、本件原音声と全く同じものであり、Cが変更を加えたところは全くなかったなどと供述し、原告の陳述書(甲20)にも同旨の記載がある。
イ この点、Eが著名なアーティストであることは顕著な事実であり、前記(1)ウ及びエのとおり、本件作品は、本件CDに収録された後、Eのアルバムに収録されるに至っていることからすると、本件作品は、一般に販売される程度に完成された音楽作品であったと推認することができる。
 しかし、本件作品がそのような性質のものであったにもかかわらず、原告の供述する本件楽曲の作曲過程は、必ずしも自然かつ合理的なものとはいい難い上、前記(1)アのとおり、原告は、Cらが「D」においてミニライブを行うようになるまで、一切音楽活動をしたことがなく、楽器を演奏することすらできず、本件原音声も原告が初めて自らメロディーを作ったものであり、いきなり上記程度に完成された楽曲を作曲することができたとは到底考え難い。他方で、Cは、これまでに、「C′」の筆名で作詞作曲を行い、E等のアーティストに対して多くの音楽作品を提供してきた経験があったことからすると、Cが、本件原音声を基に、全体的な旋律や調子等を考えて、楽曲として完成させたと考えるのが自然である。
ウ また、前記(1)ウのとおり、本件CDの外装に、本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B」は、原告の名字の「a」、Cの名字の「c」、原告が経営し、Cが勤務していた居酒屋「D」の「d」を組み合わせたものであるところ、このような由来からすると、原告及びCは、両名が協力して本件作品を完成させたと認識していたと考えるのが合理的である。
エ さらに、前記前提事実(2)イ及び(3)アのとおり、原告及びCは、本件作品から得られる著作権使用料について、原告がその75%を、Cがその25%を、それぞれ取得する旨合意しており、本件歌詞は、原告が作詞したものであることからすると、本件楽曲が本件作品の50%を占めると考えれば、上記の合意の事実は、原告及びCが本件楽曲を作曲するに当たり相互に同程度の貢献をしたと認識していたことをうかがわせるということができる。
オ これに対して、本件著作権譲渡契約当時、本件原告契約書の「筆名」欄にのみ「B」と記載され、本件C契約書の「筆名」欄にはそのような記載はなく、「C′」と記載されていたこと(前記前提事実(3)イ及びウ)、原告は、「B」の筆名で、単独で音楽活動を行ってきたこと(前記(1)オ)が認められる。
 しかし、前記(1)アのとおり、Cは、本件C契約書作成以前、「C′」の筆名で作詞作曲を行い、アーティストに対して多くの音楽作品を提供してきた経験があったことからすると、Cが本件作品に係る著作権管理を行うことを目的とした本件C契約書の「筆名」欄に「C′」と記載したとしても不自然ではなく、このように記載したことをもって、Cが、原告が単独で本件楽曲も含めた本件作品を作詞作曲したと考えていたとか、本件C契約書作成当時、「B」は原告個人を表す筆名であると考えていたと認めることはできない。また、前記(1)オのとおり、原告が「B」の筆名で単独で音楽活動をするようになったのは、本件原告契約書作成後のことであり、本件CD作成当時又は本件原告契約書作成当時、原告が、「B」が原告個人を表す筆名であると考えていたことを直ちに裏付けるものではない。
 したがって、上記各事情は、原告及びCが共同して本件楽曲を作曲したことや、本件CD作成当時、あるいは本件原告契約書作成当時、「B」が原告及びCのグループを表す筆名として用いられたことと矛盾するものとまではいえない。
カ 以上を総合すると、原告の前記アの各供述及び陳述書の記載は採用することができないというべきであり、前記(1)イのとおり、本件楽曲は、原告が本件原音声を作成し、Cがこれを基に旋律や調子等を見直すなどし、全体的にボサノバ調に再構築して完成させたものであって、かつ、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものといえるから、原告及びCの共同著作物(著作権法2条1項12号)と認めるのが相当である。
2 争点2(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害するものであるか)について
(1)原告は、本件作品について原告個人を表す筆名として「B」と表示すべきであったにもかかわらず、被告がJASRACに対して本件作品の作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載した本件作品届を提出したことは、本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害すると主張する。
 しかし、前記1(2)のとおり、本件作品は原告及びCの共同著作物である本件楽曲を含むものであり、「B」の筆名は原告の名字の「a」、Cの名字の「c」、原告が経営し、Cが勤務していた居酒屋「D」の「d」を組み合わせたものであることからすると、本件CDの外装に本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B(ローマ字表記)」(「B」)について、原告が原告個人を表す筆名とする意思でこれを記載したとまでは認められず、原告は、本件CD作成当時、この「B」を原告及びCのグループを表すものとして用いることにつき異議を述べるものではなかったと認めるのが相当である。
 そして、その後、被告がJASRACに対して本件作品届を提出するまでに、本件作品に係る著作者の表示方法に関して、原告の意向が変わったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告が本件作品届の「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載し、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックを入れて提出したことについて、届出内容が誤りであったとまでは認められないから、原告の上記主張は前提を欠くというほかない。
(2)また、前記前提事実(4)アのとおり、本件作品届は、JASRACに対して提出されたものであり、前記1(1)カのとおり、本件作品をJ−WIDで検索しても、本件歌詞の全部又は一部は表示されず、本件作品が演奏されることもないことからすると、「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)に該当するとは認められない。これに対し、原告は、本件作品届がJASRACに提出されれば、本件作品が公衆に提供又は提示される際、本件作品届に記載された著作者名がそのまま本件作品の著作者名として表示されることになるから、本件作品届の提出は「著作物の公衆への提供若しくは提示」に該当すると主張する。しかし、本件作品が公衆に提供又は提示される際、本件作品届に記載された著作者名がそのまま本件作品の著作者名として表示されることを認めるに足りる証拠はないから、上記主張は採用することができない。
(3)以上のとおり、被告がJASRACに対して本件作品届を提出した行為が原告の氏名表示権を侵害するとは認められない。
3 争点3(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
(1)原告は、著作者には自己の著作物の作品届に著作者として正しく記載される法的利益が認められるところ、被告が本件作品届を提出したことにより、本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益が侵害されたと主張する。
 しかし、前記2(1)のとおり、被告が、本件作品届の「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載し、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックを入れて提出したことについて、届出内容が誤りであったとまでは認められない。
 したがって、原告の上記主張は前提を欠くというほかない。
(2)また、原告の前記(1)の主張は、著作物に著作者の実名又は変名を著作者名として表示する法的利益をいうものと解されるところ、これは正に氏名表示権について述べるものであり、そうすると、前記2(2)のとおり、被告による権利侵害は認められない。
(3)以上のとおり、被告がJASRACに対して本件作品届を提出した行為が原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するとは認められない。
4 争点4(本件再訂正届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
 原告は、原告が被告に対して本件訴訟を提起したことに対する報復をする目的で、被告がJASRACに対して本件再訂正届を提出し、これにより、J−WIDにおいて、本件作品に係る著作権は「未確定」と表示されるようになり、本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B」が原告個人を表すのか否かが不明な状態となったと主張する。
 確かに、前記前提事実(4)イ及びエのとおり、本件再訂正届は、一旦訂正した本件作品届を、当初の記載のとおりに再び訂正するものであり、被告がその訂正及び再訂正を行った理由に照らすと、その一連の行為は、音楽の著作権を管理する者として不適切であるといわざるを得ない。しかし、前記2(1)のとおり、被告が本件作品届の「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載し、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックを入れて提出したことについて、届出内容自体が誤りであったとまでは認められないから、本件再訂正届の内容自体に誤りがあったとも認められない。
 また、前記1(1)カのとおり、本件作品をJ−WIDで検索すると、著作者(作詞及び作曲)として「B」と表示されるが、「B」が個人を表す筆名か、グループを表す筆名かを明らかにする表示はないことからすると、「未確定」と表示されたから、J−WID上の「B」の表示が原告個人を表すか否かが不明な状態になったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 さらに、前記2(2)及び3(2)のとおり、被告による本件再訂正届の提出は、本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものとは認められない。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
5 争点5(本件再訂正届の提出が本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反するものであるか)について
 原告は、本件作品の作詞者及び作曲者として、原告個人を表す筆名である「B」を使用する前提で、JASRACへの管理委託を被告に委ねたにもかかわらず、被告は「B」が原告及びCのグループを表す筆名である旨記載した本件再訂正届を提出したから、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反すると主張する。
 しかし、前記2(1)のとおり、本件楽曲は原告及びCの共同著作物であり、原告は、本件CD作成当時、本件作品の作詞者及び作曲者として原告及びCのグループを表す筆名である「B」と表示することに異議を述べるものではなかった。
 したがって、本件CD作成時から間もない本件著作権譲渡契約締結時に、原告が、被告に対し、本件作品の作詞者及び作曲者として原告個人を表す筆名として「B」を使用することとして、JASRACへの管理委託を委ねたとは認められないから、原告の上記主張は前提を欠く。
第4 結論
 よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 小川暁
 裁判官 バヒスバラン薫
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/