判例全文 | ||
【事件名】インターネットイニシアティブへの発信者情報開示請求事件B 【年月日】令和4年6月17日 東京地裁 令和3年(ワ)第24473号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和4年4月27日) 判決 原告 A 同訴訟代理人弁護士 河瀬季 同 谷川智 同 足立梓 被告 株式会社インターネットイニシアティブ 同訴訟代理人 柘植寛 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 本件は、原告が、氏名不詳者がツイッター(インターネットを利用してツイートと呼ばれるメッセージ等を投稿することができる情報サービス)において原告が著作権を有する「日本卸電力取引所における取引価格高騰についての調査のお願い」と題する文章(以下「本件文章」という。)を複製して作成した画像を投稿し、本件文章に係る原告の著作権(複製権及び公衆送信権)を侵害したことが明らかであり、上記氏名不詳者に対する損害賠償請求等のために必要であると主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、「以下省略」ことを目的として、B(以下「B」という。)を共同代表の一社として組成された任意団体(以下「本件任意団体」という。)を令和3年6月16日付けで法人化したものであり、その法人化に伴い本件任意団体の一切の権利義務を承継した(甲1、2)。 イ 被告は、電気通信事業法に基づく電気通信事業を目的とした株式会社である。 (2)本件文章の作成経緯等 Bの取締役であるXは、Bを通じて、本件任意団体から指示を受け、Cに提出する目的で、本件文章を作成した。以下省略 (3)氏名不詳者によるツイートの投稿 氏名不詳者は、別紙投稿記事目録記載のとおり、ユーザー名を「D」とするツイッターのアカウント(以下「本件アカウント」という。)において、同目録の「投稿日時」欄記載の各日時(日本標準時)に、同目録の「投稿内容」欄記載のとおりの本文に、本件文章の一部を撮影した画像を添付したツイートを投稿した(甲7、9。以下、同ツイートを「本件ツイート」と、本件ツイートを投稿した氏名不詳者を「本件投稿者」と、同画像を「本件投稿画像」という。)。 (4)ツイッター・インク(以下「ツイッター社」という。)による発信者情報の開示 本件任意団体は、ツイッター社を相手方として、本件アカウントにログインした際のIPアドレス及びタイムスタンプについて仮の開示を求める仮処分を申し立て(東京地方裁判所令和3年(ヨ)第22110号事件)、令和3年7月15日、ツイッター社に対し、上記申立てに係る情報について仮の開示を命じる旨の仮処分決定がされた。ツイッター社は、同仮処分決定に基づき、本件任意団体の権利を承継した原告に対し、別紙発信者情報目録記載のとおり、送信(ログイン)日時、送信元IPアドレス及び接続先IPアドレス(以下「本件各IPアドレス等」という。)を開示した。(甲3、6) 3 争点 (1)本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当するか(争点1) (2)被告が本件発信者情報を「保有」(プロバイダ責任制限法4条1項)しているといえるか(争点2) (3)本件ツイートにより原告の権利が侵害されたことが明らかであるか(争点3) (4)原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか(争点4) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当するか)について (原告の主張) ツイッターの仕組みは、設定されたアカウントにログインし(ログイン情報の送信)、ログインされた状態で投稿する(侵害情報の送信)、というものであり、侵害情報の送信にはログイン情報の送信が不可欠であって、プロバイダ責任制限法4条1項は、「権利の侵害に係る発信者情報」とやや幅をもって規定しており、侵害情報そのものから把握される発信者情報だけでなく、侵害情報について把握される発信者情報であれば、これを開示することも許容されると解される。 また、ログイン情報の送信の際に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても、当該侵害情報の発信者のものと認められるのであれば、その開示は不当ではないと解されるし、開示対象となる発信者情報は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令(以下、単に「省令」という。)で定めるものに限定されており、いたずらに拡大されないように定められている。加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図るという同条の趣旨に照らすと、ログイン情報の送信の際に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても、当該侵害情報の発信者のものと認められるのであれば、同項の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得る。 そして、本件アカウントのユーザー名は「D」というものであり、複数人が管理することを予想させるようなものではないこと、別紙発信者情報目録の番号161のログイン日時に近接する令和3年(2021年)6月30日付近に、本件アカウントから、「既に債務超過だったようだし関係者の皆様としては引き取ってもらえてよかったのでは。BさんGJ。」、「B E2社の株式取得…@PRTIMES_JPより」、「こうして穏やかに再編されていくのは良きことかと存じます。BのPMIに要するコストがいかほどかは存じません。」などと、本件ツイートと同様にBに言及する内容のツイートがされていること、上記のいずれのツイートも、文章表現が砕けたものであり、集団として電力事業に関する情報を発信する様式とはいえないことなどからすると、これらのツイートは、本件投稿者と同一人物が行ったものであるといえ、本件アカウントは一貫して本件投稿者と同一人物により管理されていると推認することができる。そうすると、別紙発信者情報目録記載の日時に行われた本件アカウントへのログインは、いずれも、本件投稿者によるものであると認められる。 以上によれば、本件各IPアドレス等は、いずれも、本件投稿者が本件アカウントにログインした際のIPアドレス等であるといえ、本件各IPアドレス等に係る発信者情報は「権利の侵害に係る発信者情報」に該当する。 (被告の主張) 本件ツイートは令和3年(2021年)2月9日午前0時3分(日本標準時)に投稿されているため、本件ツイートを投稿するために本件アカウントにログインした日時は、上記日時より前であることになる。しかし、本件各IPアドレス等は、最も古いもので同年3月9日午前0時16分57秒(世界標準時)の情報であり、全て本件ツイートの投稿日時より4週間以上も後の情報である。 したがって、本件各IPアドレス等は、いずれも本件ツイートが投稿された際のログイン情報ではないことは明らかである。 以上より、本件各IPアドレス等に係る発信者情報は、全てプロバイダ制限責任法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」ではなく、本件ツイートと無関係の情報であり、開示の要件を満たさない。 これに対して、原告は、ログイン情報の送信の際に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても、侵害情報の発信者のものと認められるのであれば、「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得ると主張するが、複数人で同一アカウントを利用することができるツイッターのサービスの性質上、原告が主張するような発信者情報開示請求を認めれば、権利侵害情報を投稿していない無関係の第三者の情報を開示してしまうおそれがあり、妥当ではない。 2 争点2(被告が本件発信者情報を「保有」(プロバイダ責任制限法4条1項)しているといえるか)について (原告の主張) 被告は、本件各IPアドレス等の総数が膨大であり、発信者情報の保有の有無を調査するのに莫大なコストを要し、発信者が一人に特定できない以上、被告が本件各IPアドレス等に係る発信者情報を保有しているとはいえないと主張する。しかし、仮に、被告の主張する「保有」に関する考え方を前提とするとしても、データ処理において特定の情報を抽出する場合、一定の条件に基づく検索が一度実行されるだけで、膨大なデータが解析されるシステムが採用されている可能性もあり、被告からはこの点に関する説明はされていないから、調査に莫大なコストを要すると直ちにはいえない。また、被告からは必要な「莫大なコスト」の額や、体系的に保管されていないといった具体的な事情について何ら立証されていない。したがって、被告の上記主張は理由がない。 (被告の主張) 原告は、被告に対し238にも及ぶログを示し、さらに、それぞれのログについて、接続先IPアドレスを12個挙げ、これらの情報に基づき発信者を開示するよう請求している。掛け合わせると、単純計算で2856にも及ぶ膨大な量のログの調査を被告に求めていることになる。 しかし、開示義務者において発信者情報を「保有」している状態とは、開示することが実行可能な状態であることと解されている。そして、開示するために莫大なコストを要する場合等には、開示義務者が保有しているとはいえず、開示請求は棄却されることとなる。本件のように、莫大なログ情報の中から発信者を抽出、特定することは、被告にとって莫大なコストを要するものであり、かつ、そのような莫大なコストを費やしても、発信者の特定に至る必然性はない。 したがって、被告が本件発信者情報を「保有」しているとはいえない。 3 争点3(本件ツイートにより原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について (原告の主張) 本件文章は、以下省略 という事象の異常性及びその原因について、Xが独自の観点から創作した文章であり、作成者である同人の個性が表れているため、言語の著作物(著作権法10条1項1号)に当たり、かつ、同人が原告の発意に基づき職務上執筆したものであるから、職務著作に該当し、原告が著作権を有する(著作権法15条1項)。 そして、本件ツイートは、本件文章をデッドコピーした本件投稿画像を添付して投稿するものであり、本件文章の表現上の本質的な特徴を維持しており、本件文章に依拠して作成されたものであることが明らかである。 したがって、本件投稿画像の掲載を含む本件ツイートを投稿する行為は、本件文章に係る原告の複製権及び公衆送信権を侵害する。 (被告の主張) 事実に関する主張は不知であり、法的主張は争う。 4 争点4(原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について (原告の主張) 原告は、本件投稿者に対し、不法行為に基づく損害賠償等を請求する予定であるが、そのためには、被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要がある。 (被告の主張) 事実に関する主張は不知であり、法的主張は争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当するか)について (1)プロバイダ責任制限法4条1項は、同項1号及び2号のいずれにも該当するときに限り、「当該権利の侵害に係る発信者情報」の開示を請求することができると定めるとともに、同項によって開示される対象となるべき「発信者情報」の具体的な内容を省令に委任し、これを受けて、省令では、上記開示される対象となるべき発信者情報を限定列挙の方法により規定しているところ、この規定の趣旨は、特定電気通信による情報の流通によって被害を受けた者の権利救済の必要性と、発信者のプライバシー、表現の自由及び通信の秘密に対する配慮との調和を図ることにあると解される。そして、同項においては、開示の対象となる情報について、権利の侵害に「係る」発信者情報というやや幅を持たせた文言が用いられていることに照らすと、開示請求の対象は、侵害情報が送信された過程で直接把握された発信者情報に限定されるものではなく、その送信と密接に関連するログインに係る情報を含むものと解するのが相当である。ただし、侵害情報の送信の後に割り当てられたIPアドレスから把握されるログイン情報(以下「侵害後のログイン情報」という。)の開示については、侵害情報の送信の前に割り当てられたIPアドレスから把握されるログイン情報(以下「侵害前のログイン情報」という。)とは異なり、当該ログインを行ってからログアウトするまでの間に侵害情報が送信されることはないため、原則として、侵害情報の送信との密接関連性があるとはいい難い。もっとも、侵害後のログイン情報であっても、侵害前のログイン情報と同視できる程度の密接関連性が認められるような場合には、プロバイダ責任法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当すると解する余地がある。 これを本件についてみるに、前記前提事実(3)のとおり、本件投稿者は、令和3年2月9日午前0時3分(日本標準時)に本件ツイートを投稿しているところ、原告が開示を求めている本件各IPアドレス等に係る情報は、いずれも本件ツイートの後にされたログインに関する情報である上、本件ツイートに最も近接するものでも、令和3年3月9日午前0時16分(日本標準時に換算すると令和3年3月9日午前9時16分)のログイン(別紙発信者情報目録の番号96)に係るものである。 以上のとおり、本件ツイートに最も近接する上記ログインであっても、本件ツイートから4週間以上も経過してからされたものであることから、侵害前のログイン情報と同視できるほど侵害情報の送信との密接関連性があるとはいい難い。よって、本件発信者情報が、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当するということはできない。 (2)原告は、ログイン行為が当該侵害情報の発信者によるものと認められるのであれば、そのログイン行為に係る情報がプロバイダ責任制限法4条1項所定の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得ると主張する。 しかし、前記(1)のとおり、侵害後のログイン情報については、ログインからログアウトまでの間に侵害情報が送信されることはないことから、侵害前のログイン情報とは異なり、原則として侵害情報との密接関連性は認め難い。このような場合にも同一人物による投稿であるからといって、侵害情報の送信との関連性の有無を問わず開示を認めることは、表現の自由に対する過度の萎縮効果を生むことになりかねず、侵害情報の被害者の権利回復を図る必要性と、発信者のプライバシーや表現の自由、通信の秘密との調和を図るという法の趣旨に沿うものとはいい難い。また、開示の対象となる情報について、権利の侵害に「係る」発信者情報というやや幅を持たせた文言にしつつも、権利侵害それ自体との関連性を要求しているプロバイダ責任制限法4条1項の文言からもかけ離れた解釈であるといえる。さらに、複数人で同一アカウントを利用することができるツイッターのサービスの性質上(弁論の全趣旨)、権利侵害情報を投稿していない無関係の第三者の情報を開示してしまう可能性が否定できないことからも、原告主張の解釈を採用することはできない。 2 結論 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 小川暁 裁判官 バヒスバラン薫 (別紙)発信者情報目録 別紙投稿記事目録記載の投稿記事に対応する下記1記載の各送信元IPアドレスを同1記載の送信(ログイン)日時頃に被告から割り当てられ、同1記載の接続先IPアドレスに接続した契約者に関する情報であって、下記2に掲げるもの。 記 1
(1) 氏名又は名称 (2) 住所 (3) 電話番号 (4) 電子メールアドレス 以上 (別紙)投稿記事目録
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