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【事件名】“ボイスドラマ”の共同著作事件(2)
【年月日】令和4年6月13日
 知財高裁 令和3年(ネ)第10017号 共同著作権に基づく利益分配請求等控訴事件
 (原審・東京地裁平成30年(ワ)第37847号)
 (口頭弁論終結日 令和4年3月23日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 太田真也
被控訴人 Y1
被控訴人 Y2
上記両名訴訟代理人弁護士 清水雅紀


主文
1 原判決中、被控訴人Y1関係部分を次のとおり変更する。
(1)被控訴人Y1は、控訴人に対し、18万9680円及びこれに対する平成31年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人の被控訴人Y1に対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 控訴人の被控訴人Y2に対する本件控訴を棄却する。
3 控訴人と被控訴人Y1との間に生じた訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを100分し、その99を控訴人の負担とし、その余を被控訴人Y1の負担とし、被控訴人Y2に係る控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して464万円及びこれに対する平成31年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して985万円及びこれに対する平成31年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して50万円及びこれに対する平成31年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、控訴人が、被控訴人らに対し、@控訴人は、原判決別紙作品目録記載の各作品(ボイスドラマ)につき持分2分の1の共有著作権を有するところ、被控訴人らは、同各作品の売上金を全て取得したと主張し、不当利得返還請求又は共有著作権を侵害する不法行為に基づく損害賠償請求として、上記売上金の2分の1の範囲内である464万円及びこれに対する履行の請求の日の翌日であり不法行為の後である平成31年1月10日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め、A控訴人は、同各作品の制作に関し、被控訴人らとの間で請負契約(以下「本件制作契約」という。)を締結した上、仕事を完成して引き渡したと主張し、本件制作契約に基づいて、報酬985万円及びこれに対する完成引渡しの後である同日から支払済みまで前同旨の遅延損害金の連帯支払を求め、B控訴人は、被控訴人らが上記@及びAの金員を支払わなかったことにより健康被害を被ったと主張し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、損害金50万円及びこれに対する履行の請求の日の翌日であり不法行為の後である同日から支払済みまで前同旨の遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
 原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したところ、控訴人は、これを不服として本件各控訴を提起した。
2 前提事実
 次のとおり改めるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第2の1に摘示のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決2頁22行目の「,平成29年(2017年)2月以降に制作され」を削る。
(2)原判決別紙作品目録の番号7欄の「2017年5月15日」を「2018年5月15日」と改める。
3 争点
(1)控訴人が本件各作品の共同著作者であるか(争点1)。
(2)被控訴人らの利得の有無及び額又は共有著作権の侵害を理由とする控訴人の損害の有無及び額(争点2)
(3)本件制作契約の成否、内容等(争点3)
(4)報酬額の合意の有無(争点4)
(5)報酬債務の弁済等の有無(争点5)
(6)争点1及び2に係る不当利得金又は損害賠償金並びに争点3ないし5に係る報酬の不払を理由とする控訴人の損害の有無及び額(争点6)
4 争点に関する当事者の主張
(1)控訴人が本件各作品の共同著作者であるか(争点1)について
 原判決3頁6行目から4頁1行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
(2)被控訴人らの利得の有無及び額又は共有著作権の侵害を理由とする控訴人の損害の有無及び額(争点2)について
(控訴人の主張)
 被控訴人らがその全てを取得した原判決別紙作品目録記載1、3ないし6及び8の各作品(以下、同目録記載の個々の作品については、同目録の番号に対応させ、「本件作品1」などという。)の販売金の額は、次のとおり合計1995万6380円であると合理的に推計できるから、持分2分の1の共有著作権者である控訴人に返還されるべき被控訴人らの利得の額又は控訴人に支払われるべき損害金の額は、その2分の1の範囲内である464万円となる。
ア 本件作品1 販売金額1688万2800円
イ 本件作品3 販売金額92万4440円
ウ 本件作品4 販売金額48万円
エ 本件作品5 販売金額82万9620円
オ 本件作品6 販売金額52万2720円
カ 本件作品8 販売金額31万6800円
(被控訴人らの主張)
ア 被控訴人Y2名義の口座に被控訴人Y1の著作物により発生した売上げの一部が振り込まれることはあったものの、被控訴人Y2が被控訴人Y1の著作物に係る利益を管理している事実はない。
イ 被控訴人Y1に入金されるのは、販売価格ではなく卸価格であり、かつ、そこから人件費等の経費が控除されて被控訴人Y1の収益となるものである。被控訴人Y1の取得額は、本件各作品を合計しても、130万円程度にすぎない。
ウ 控訴人による販売金額の推計方法は、控訴人が編集に関与していない時期の収益をも含め、販売数の多いDLsiteの販売数からその余の販売数を推計し、時期による販売額の変動を考慮に入れず、ダウンロード数の多い他の作品のダウンロード数から販売数を推計するなど、合理性を欠くものである。
(3)本件制作契約の成否、内容等(争点3)について
(控訴人の主張)
ア 控訴人は、被控訴人らとの間で、平成29年2月3日、本件各作品に関し、次の約定で本件制作契約を締結した。
(ア)仕事の内容
a 編集、ディレクションでの演技修正、効果音の作成・収録等の作業
b 声優等の人材の紹介、スタジオ見学の手配、シナリオの指摘出し・リライト、営業文書の推敲、ゲームのセリフの切り出し等の事務作業
(イ)報酬
 控訴人の作業内容に応じた相当な額を報酬として支払う。
イ 控訴人は、遅くとも平成30年7月10日までに、被控訴人らに対し、上記ア(ア)の仕事を完成し、引き渡した。
ウ 上記ア(イ)の相当な額は、次のとおり合計985万円である。
(ア)作品制作によって拘束された時間に対する時給合計額300万円(11作品×約30時間×時給1万円≒300万円)
(イ)各種編集費用合計額50万円
(ウ)効果音作成費用合計額15万円
(エ)人材紹介手数料470万円(1回10万円×47回)
(オ)事務手数料合計額150万円
(被控訴人らの主張)
ア 控訴人との間で本件制作契約を締結したのは、被控訴人Y1であり、被控訴人Y2は、本件制作契約の当事者ではない。
イ 控訴人が被控訴人Y1から請け負ったのは、被控訴人Y1が作成したシナリオや被控訴人Y1の指示に合わせて、収録した音声から不要な部分を切り取ったり音声を入れ替えたりするなどの音声編集作業及び収録した音声に効果音を収録する作業のみである。
ウ 控訴人が主張する報酬の相当額については争う。
 なお、後記(4)(被控訴人らの主張)のとおり、被控訴人Y1は、控訴人との間で、本件制作契約の締結の後、本件各作品に係る具体的な報酬額についての合意をしたものであるが、仮にかかる合意が認められないとしても、上記の報酬の相当額が後記(4)(被控訴人らの主張)の各金額を上回ることはない。
(4)報酬額の合意の有無(争点4)について
(被控訴人らの主張)
 被控訴人Y1は、控訴人との間で、本件制作契約の締結当時、相当な報酬額を支払う旨の合意をしたが、控訴人の仕事が完成した後、控訴人と被控訴人Y1は、本件各作品に係る具体的な報酬額につき、それぞれ次のとおり合意した。
ア 本件作品1 4万円
イ 本件作品2 4万5000円
ウ 本件作品3 5000円
エ 本件作品4 金額不詳
オ 本件作品5 3000円
カ 本件作品6 金額不詳
キ 本件作品7 金額不詳
ク 本件作品8ないし11 1万2000円又は1万3320円
(控訴人の主張)
 被控訴人らの主張は否認する。控訴人が被控訴人らとの間で本件制作契約に係る報酬の具体的な額について合意した事実はない。
(5)報酬債務の弁済等の有無(争点5)について
(被控訴人らの主張)
 被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件制作契約に基づく報酬債務を次のとおり弁済するなどした。
ア 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年1月3日、本件作品1に係る報酬債務の弁済として、4万円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人はこれを異議なく領収した。
イ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年4月17日、本件作品2に係る報酬債務の弁済として、4万5000円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人はこれを異議なく領収した。
ウ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年3月23日、本件作品3に係る報酬債務の弁済として、5000円を送金した。
エ 被控訴人Y1は、控訴人との間で、被控訴人Y1の控訴人に対する報酬債権(控訴人が制作していた作品につき被控訴人Y1が控訴人から依頼を受けてデザイン等をした際のもの)を自働債権とし、本件作品4に係る控訴人の被控訴人Y1に対する報酬債権を受働債権として相殺処理をし、控訴人に対して本件作品4に係る報酬を支払わない旨の合意をした。
オ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年1月4日、本件作品5に係る報酬債務の弁済として、3000円を送金した。
カ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件作品6に係る報酬債務の弁済として、金員(金額不詳)を支払うなどした。
キ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件作品7に係る報酬債務の弁済として、金員(金額不詳)を支払うなどした。
ク 被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件作品8ないし11に係る報酬債務の弁済として、平成29年11月28日、1万2000円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人はこれを異議なく領収し、また、被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件作品8ないし11に係る報酬債務の弁済として、同月29日、1万3320円を送金した。
(控訴人の主張)
ア 被控訴人らから控訴人に対する何回かの送金の事実は認められるものの、そのほとんどが千円単位の金額であることから、控訴人が作業を行うに当たり発生した実費や立替金の支払ではないかと推測される。したがって、上記の各送金は、本件制作契約に基づく報酬債務の弁済としてされたものではない。
イ ギフト券の送付については、本件制作契約に基づく仕事の報酬としてではなく、単なる謝礼として支払われたものと推測される。したがって、ギフト券の送付についても、本件制作契約に基づく報酬債務の弁済としてされたものではない。
ウ その他、被控訴人らが控訴人に対し本件制作契約に基づく報酬債務の弁済等をしたことを示す証拠はない。
(6)争点1及び2に係る不当利得金又は損害賠償金並びに争点3ないし5に係る報酬の不払を理由とする控訴人の損害の有無及び額(争点6)について
 原判決5頁5行目から12行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、控訴人の被控訴人Y1に対する不当利得返還請求及び各損害賠償請求並びに被控訴人Y2に対する各請求はいずれも理由がないが、被控訴人Y1に対する報酬請求は18万9680円及びこれに対する平成31年1月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
2 認定事実
 次のとおり改めるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第3の1に説示のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決5頁26行目の「含む」の次に「。」を加える。
(2)原判決6頁1行目の「甲10ないし12」を「甲10ないし16、26、27、31ないし40」と改める。
(3)原判決6頁7行目の「返信した」を「返信し、もって、控訴人と被控訴人Y1との間に、本件制作契約が締結された」と改める。
(4)原判決6頁7行目から8行目にかけての「,それ以降」を削る。
(5)原判決6頁8行目の「作成」を「制作」と改める。
(6)原判決6頁8行目の「主として」の次に「効果音の収録及び」を加える。
(7)原判決6頁9行目の「関与するようになった。」の次に「本件制作契約の締結の当時、」を加える。
(8)原判決6頁16行目の「別紙作品目録記載5の作品」を「本件作品5」と改める。
(9)原判決6頁22行目の「作業」を「編集の作業」と改める。
(10)原判決6頁23行目の「以上につき」の次に「、甲7、10ないし14、16、26、27、31ないし40」を加える。
(11)原判決7頁1行目の「甲18ないし23」の次に「、29、41ないし46」を加える。
(12)原判決7頁2行目から19行目までを以下のとおり改める。
 「(3)控訴人による金員の請求、被控訴人Y1による金員の支払等
ア 被控訴人Y1が代表者を務めるAは、控訴人に対し、平成29年1月4日、3000円を送金した(乙2)。
イ Aは、控訴人に対し、平成29年1月26日、3000円を送金した(乙2)。
ウ Aは、控訴人に対し、平成29年3月23日、5000円を送金した(乙2)。
エ 控訴人は、平成29年11月1日付けで、Aに宛て、「キャスト手配」及び「スタジオ手配」の報酬を合計1万7820円とする請求書を発行した(乙1の2)。
オ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年11月28日、1万2000円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した(乙3、13)。
カ Aは、控訴人に対し、平成29年11月29日、1万3320円を送金した(乙2)。
キ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年12月23日、1万4500円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した。その際、メッセージ欄には「すたろく12500れっすん2000です」と記載されていた。なお、被控訴人Y1は、控訴人に対し、同日、「来月のレッスン費をお支払いしたいのですがどうしましょう。ゆうちょorアマギフor会った時」とのメッセージを送信したところ、控訴人は、「アマギフがいいです。」とのメッセージを返信した。(乙3、13、15)
ク 控訴人は、平成29年12月30日付けで、Aに宛て、「音声編集」の報酬を4万円とする請求書を発行した(乙1の1)。
ケ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年1月3日、4万円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した(乙3、13)。
コ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年3月18日、1万5800円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した(乙3、13)。
サ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年4月17日、4万5000円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した(乙3、13)。
シ 被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年6月22日、8786円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した。その際、メッセージ欄には「音声代」と記載されていた。(乙3、13)
ス 控訴人は、被控訴人Y1に対し、平成30年8月頃、本件制作契約に基づく報酬として150万円の支払を求めた(甲28、乙14)。
セ 控訴人は、平成30年8月23日付けで、被控訴人らに宛て、本件制作契約に基づく報酬等を合計709万5000円とする請求書を発行した(乙4)。
ソ 控訴人は、平成30年8月28日付けで、被控訴人らに宛て、本件制作契約に基づく報酬等を合計1499万円とする請求書を発行した(甲5)。
3 争点1(控訴人が本件各作品の共同著作者であるか)について
 次のとおり改めるほかは、原判決7頁21行目から8頁24行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決7頁23行目の「共同著作者に当たる」を「共同して著作物を創作した」と改める。
(2)原判決8頁2行目の「本件各作品」の次に「(本件作品5を除く。以下、この(1)において同じ。)」を加える。
(3)原判決8頁10行目末尾に改行して以下のとおり加える。
 「また、原判決別紙作品目録によると本件制作契約が締結される前に配信が開始され、又は発売されたものと認められる本件作品5についても、補正して引用する原判決第3の1(1)ウのとおり、被控訴人Y1は、控訴人に対し、その制作への関与を依頼したものと認められるが、上記説示したのと同様、控訴人が本件作品5に関し創作と評価されるに足りる程度の精神的活動をしたものとは認められず、したがって、控訴人が本件作品5の共同著作者に当たるものとは認められない。」
(4)原判決8頁22行目の「精神活動」を「精神的活動」と改める。
(5)原判決8頁24行目末尾に改行して以下のとおり加える。
「なお、控訴人は、当審において、控訴人は自ら考え、自らの判断に基づいて効果音の収録、編集の作業等を行ったのであるから、控訴人は創作と評価されるに足りる程度の精神的活動をしたと主張する。
 しかしながら、補正して引用する原判決第3の1(1)ア及びウのとおり、被控訴人Y1は、控訴人に対して、シナリオ等における付記により、又は口頭により、効果音を収録するよう具体的に指示していたものであるし、編集の作業についても、控訴人は、被控訴人Y1の指示に従ってこれを行ったものであるところ、本件各作品の完成の最終的な判断については、被控訴人Y1においてこれを行っていたのであるから、仮に、控訴人が従事した個々の作業の中で、控訴人の判断に基づいて収録すべき効果音を選定したり、修正すべき音声を修正したりすることなどがあったとしても、これらの行為をもって、創作と評価されるに足りる程度の精神的活動であると認めることはできない。その他、控訴人が本件各作品につき創作と評価されるに足りる程度の精神的活動を行ったものと認めるに足りる証拠はない。
 したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。」
4 争点3(本件制作契約の成否、内容等)、争点4(報酬額の合意の有無)及び争点5(報酬債務の弁済等の有無)について
(1)控訴人と被控訴人Y1との間の本件制作契約の内容等
ア 補正して引用する原判決第3の1(1)イのとおり、控訴人と被控訴人Y1との間には、平成29年2月3日頃、本件制作契約が成立したものと認められる。
イ 上記のとおりの本件制作契約の締結日、原判決別紙作品目録記載のとおりの本件作品5の配信開始日又は発売日、補正して引用する原判決第3の1(1)イのとおりの控訴人と被控訴人Y1との間のやり取りの内容等に照らすと、本件作品5は、本件制作契約の対象作品ではないと認めるのが相当であり、その他、本件作品5が本件制作契約の対象作品であると認めるに足りる証拠はない。同様に、本件作品8については、その内容(甲1の8ないし11)に照らし、本件作品9ないし11に係る効果音の収録等以外に控訴人がした仕事はないものと解され、その他、控訴人が本件作品9ないし11とは別に本件作品8につき独立した仕事をしたものと認めるに足りる証拠はないから、本件作品8も、本件作品9ないし11とは別のものとしての本件制作契約の対象作品ではないと認めるのが相当である。
ウ 補正して引用する原判決第3の1(1)アないしウによると、本件制作契約における仕事の内容は、主として対象作品に係る効果音の収録及び編集の作業であったと認められる。
エ 補正して引用する原判決第3の1(1)イによると、本件制作契約が締結された当時、控訴人と被控訴人Y1は、上記仕事に対する報酬を相当な額とする旨の合意をしたものと認めるのが相当である。
オ 補正して引用する原判決第3の1(1)及び(2)によると、控訴人は、本件各作品(本件作品5及び8を除く。以下同じ。)について、平成30年7月10日頃までに、これらの作品に係る上記各仕事を完成し、被控訴人Y1に対し、これらを引き渡したものと認められる。
(2)控訴人と被控訴人Y2との間の本件制作契約の成否
 補正して引用する原判決第3の1(3)セ及びソのとおり、控訴人は、被控訴人ら両名に対し、本件制作契約に基づく報酬等の支払を求めることもあったが、控訴人が被控訴人Y1を代表者とするAや被控訴人Y1に対して請求行為をすることもあったこと、本件各作品に係る関係では、被控訴人Y2が登場したのは報酬等の支払交渉の段階が初めてであり、それまでは控訴人と被控訴人Y1のみとのやり取りであったこと(原審における控訴人本人尋問の結果)に照らすと、上記のとおりの控訴人の被控訴人ら両名に対する請求行為をもって、控訴人と被控訴人Y2との間にも本件制作契約が締結されたと認めることはできず、その他、控訴人と被控訴人Y2との間に本件制作契約が締結されたものと認めるに足りる証拠はない。
(3)控訴人と被控訴人Y1との間の報酬額の合意
ア 本件作品1及び2について
 被控訴人Y1は、控訴人との間で、本件制作契約の締結後、本件作品1に係る報酬額を4万円とし、本件作品2に係る報酬額を4万5000円とする旨の合意をしたと主張するところ、補正して引用する原判決第3の1(3)ク、ケ及びサのとおり、控訴人が平成29年12月30日付けでAに宛て「音声編集」の報酬を4万円とする請求書を発行し、被控訴人Y1が控訴人に対し平成30年1月3日に4万円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人がこれを受領していること、被控訴人Y1が控訴人に対し同年4月17日に4万5000円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人がこれを受領していること、原判決別紙作品目録記載のとおり、本件作品3、4及び9ないし11の配信開始日(発売日)がいずれも平成29年10月11日以前であり、その頃までには控訴人がした仕事の引渡し(納品)がされていたと認められること、後記のとおり、平成30年5月15日に配信が開始され又は発売された本件作品7及び同年7月10日に配信が開始され又は発売された本件作品6について報酬額の合意がされた旨の被控訴人Y1の主張がいずれも失当であること、上記4万円と4万5000円とが金額として近い値であること等に加え、弁論の全趣旨にも照らすと、被控訴人Y1がその陳述書(乙14)に記載し、原審本人尋問において供述するとおり、控訴人と被控訴人Y1は、平成30年1月3日頃までに、本件作品1に係る報酬を4万円とする旨の合意をし、同年4月17日頃までに、本件作品2に係る報酬を4万5000円とする旨の合意をしたものと認めるのが相当である。
イ 本件作品3について
 被控訴人Y1は、控訴人との間で、本件制作契約の締結後、本件作品3に係る報酬額を5000円とする旨の合意をしたと主張する。確かに、補正して引用する原判決第3の1(3)ウのとおり、Aは、控訴人に対し、平成29年3月23日に5000円を送金したものであり、また、原判決別紙作品目録によると、本件作品3は、同年4月9日に配信が開始され、又は発売されたものである。しかしながら、本件全証拠によっても、本件作品3に係る効果音の収録等の仕事が本件作品1及び2のそれらに比して極めて簡易であり、本件作品3に係る報酬額を5000円とするのが合理的であるという事情は認められないから、Aが控訴人に対し本件作品3の配信開始日又は発売日の少し前に5000円を送金したからといって、控訴人と被控訴人Y1との間で本件作品3に係る報酬額を5000円とする旨の合意がされたと認めることはできない。その他、控訴人と被控訴人Y1との間で本件作品3に係る報酬額を5000円とする旨の合意がされたものと認めるに足りる証拠はない。
ウ 本件作品4、6及び7について
 被控訴人Y1は、本件作品4、6及び7に関し、本件制作契約の締結後に合意された報酬額について具体的な金額を主張しないから、これらの作品につき報酬額の合意がされた旨の被控訴人Y1の主張は、主張自体失当である。
エ 本件作品9ないし11について
 被控訴人Y1は、控訴人との間で、本件制作契約の締結後、本件作品9ないし11に係る報酬額を合計1万2000円又は1万3320円とする旨の合意をしたと主張する。確かに、補正して引用する原判決第3の1(3)オ及びカのとおり、被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年11月28日、1万2000円のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを受領し、Aは、控訴人に対し、同月29日、1万3320円を送金したものであり、また、原判決別紙作品目録によると、本件作品9ないし11は、同年7月22日に配信が開始され、又は発売されたものである(なお、本件作品9ないし11の3本セットである本件作品8は、同年11月9日に配信が開始され、又は発売されたものである。)。しかしながら、本件全証拠によっても、本件作品9ないし11に係る効果音の収録等の仕事が本件作品1及び2のそれらに比して極めて簡易であり、本件作品9ないし11に係る報酬額を合計1万2000円若しくは1万3320円又はこれらの合計の2万5320円とするのが合理的であるという事情は認められないから、被控訴人Y1又はAが控訴人に対し本件作品9ないし11の3本セットである本件作品8の配信開始日又は発売日の少し後に1万2000円分のアマゾンギフト券を送付し、又は1万3320円を送金したからといって、控訴人と被控訴人Y1との間で本件作品8ないし11に係る報酬額を合計1万2000円又は1万3320円とする旨の合意がされたと認めることはできない。その他、控訴人と被控訴人Y1との間で本件作品8ないし11に係る報酬額を合計1万2000円又は1万3320円とする旨の合意がされたものと認めるに足りる証拠はない。
(4)本件作品3、4、6、7及び9ないし11に係る相当な報酬額
ア 本件各作品は、いずれもボイスドラマであるところ、本件全証拠によっても、本件各作品のそれぞれにおいて控訴人がした仕事の質や量を具体的に確定することはできない。以上に加え、前記(3)アのとおり、控訴人と被控訴人Y1が本件作品1及び2についてその報酬額をそれぞれ4万円及び4万5000円とする旨の合意をしていること、一般に、ボイスドラマの収録時間と効果音の収録に係る作業の量との間には、相応の相関関係があるものと解され、また、補正して引用する原判決第3の1(1)ウのとおり、控訴人がした編集の作業は、言い間違い等の不要な音声を削除することなどを内容とするものであるから、ボイスドラマの収録時間と控訴人がした編集の作業の量との間にも、相応の相関関係があるものと認められるところ、証拠(甲1、31)によると、本件作品1の収録時間は、60分強であり、本件作品2の収録時間は、120分であり、本件作品4の収録時間は、60分強であり、本件作品3、6、7及び9ないし11の収録時間は、いずれも30分前後であると認められること、その他、本件に現れた一切の事情に照らすと、本件作品4に係る相当な報酬額はこれを4万円と認め、本件作品3、6、7及び9ないし11に係る相当な報酬額はこれを1作品につき3万円と認めるのが相当である。
イ 控訴人は、本件作品1、2、5及び8を含む本件各作品に係る相当な報酬額は合計985万円であると主張し、他の業者に宛てた請求書(甲17)及びボイスドラマの制作等に従事する業者のウェブサイトに掲載された料金(甲24)を提出する。しかしながら、上記のとおり本件各作品のそれぞれにおいて控訴人がした仕事の質や量を証拠上確定することはできないし、上記の各証拠に記載された制作の作業等の具体的な内容も明らかでない。また、補正して引用する原判決第3の1(3)スないしソのとおりの控訴人による被控訴人らに対する請求の経過に照らすと、控訴人の主張する上記985万円に合理的な根拠があるのかについては、疑問があるといわざるを得ない。したがって、上記の各証拠によっても、本件作品1、2、5及び8を含む本件各作品に係る相当な報酬額が合計985万円であると認めることはできず、その他、本件作品3、4、6、7及び9ないし11に係る相当な報酬額につき、上記アの金額を超えるのが相当であると認めるに足りる証拠はない。
(5)本件各作品の報酬合計額
 以上によると、本件制作契約に基づく本件各作品(本件作品1ないし4、6、7、9ないし11)の制作に係る報酬合計額(元本)は、30万5000円となる。
(6)報酬債務の弁済等について
ア 本件作品1ないし3及び9ないし11について補正して引用する原判決第3の1(3)ウ、オ、カ、ク、ケ及びサ、原判決別紙作品目録記載のとおりの本件作品1ないし3及び9ないし11の配信開始日又は発売日並びに弁論の全趣旨によると、被控訴人Y1が主張するとおり、被控訴人Y1は、次のとおり、本件作品1ないし3及び9ないし11に係る報酬債務の弁済をしたものと認められる。なお、A名義による送金は、被控訴人Y1がしたものと認めるのが相当である。
(ア)被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年3月23日、本件作品3に係る報酬債務の弁済として、5000円を送金した。
(イ)被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年11月28日、本件作品9ないし11に係る報酬債務の弁済として、1万2000円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した。
(ウ)被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成29年11月29日、本件作品9ないし11に係る報酬債務の弁済として、1万3320円を送金した。
(エ)被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年1月3日、本件作品1に係る報酬債務の弁済として、4万円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した。
(オ)被控訴人Y1は、控訴人に対し、平成30年4月17日、本件作品2に係る報酬債務の弁済として、4万5000円分のアマゾンギフト券を送付し、控訴人は、これを異議なく受領した。
イ 本件作品4について
 被控訴人Y1は、本件作品4に係る報酬債務につき、控訴人との間で相殺処理をし、本件作品4に係る報酬を支払わない旨の合意をしたと主張するが、被控訴人Y1は、控訴人に対する自働債権の発生原因事実につき具体的な主張をしないから、被控訴人Y1の主張は、主張自体失当である。
ウ 本件作品6及び7について
 被控訴人Y1は、本件作品6及び7に係る報酬債務につき、金額不詳の弁済をしたと主張するが、被控訴人Y1の主張は、主張自体失当である。
エ 控訴人の主張について
(ア)控訴人は、被控訴人Y1による各送金はその額に照らし報酬債務の弁済ではなく、実費や立替金の支払ではないかと推測されると主張する。しかしながら、上記アにおいて判断したとおり、上記アの各送金は、本件作品1ないし3及び9ないし11に係る報酬債務の全部又は一部の弁済に充てられたものと認めるのが相当である。したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。
(イ)控訴人は、被控訴人Y1によるアマゾンギフト券の送付は単なる謝礼の支払としてされたものと推測され、報酬債務の弁済としてされたものではないと主張する。しかしながら、補正して引用する原判決第3の1(3)キ及びシの事実によると、被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件制作契約以外についても、スタジオ録音、レッスン費及び音声代といったボイスドラマの制作に関連すると認められる支払をアマゾンギフト券の送付により行うということをしているものと認められ、控訴人も、これらのアマゾンギフト券を異議なく受領しているし、レッスン費の支払については、控訴人は、被控訴人Y1に対し、アマゾンギフト券の送付によることを希望していたものである。以上によると、控訴人の上記推測は不合理であり、控訴人の上記主張を採用することはできない。
オ 弁済合計額について
 以上によれば、被控訴人Y1の控訴人に対する本件制作契約に基づく報酬の弁済額合計は11万5320円となる。
(7)報酬債務の未払額について
 以上によると、本件制作契約に基づく被控訴人Y1の控訴人に対する未払報酬債務の額(元本)は、合計18万9680円となる。
5 争点6(報酬の不払を理由とする控訴人の損害の有無及び額)について
 前記4(7)のとおり、被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件制作契約に基づく報酬合計18万9680円(元本)の支払をしていないが、このことと控訴人が主張する損害(ホームヘルパー相談、生活援助、身体介助等の利用による費用の支出)との間に相当因果関係があるものと認めるに足りる証拠はない。なお、仮に、控訴人に上記不払による精神的損害が生じたとしても、これは、未払金の支払がされることにより〇(土偏に眞)補されるものであるから、控訴人に別途慰謝料が発生することもない。
6 結論
 よって、当裁判所の上記判断と異なる原判決(被控訴人Y1関係部分)は一部不当であるから、原判決(被控訴人Y1関係部分)を本判決主文1項のとおり変更し、他方、当裁判所の上記判断と同旨の原判決(被控訴人Y2関係部分)は相当であり、控訴人の被控訴人Y2に対する控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 本多知成
 裁判官 浅井憲
 裁判官 中島朋宏
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