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【事件名】“flickr”掲載写真の無断複製事件B
【年月日】令和4年6月7日
 東京地裁 令和3年(ワ)第10569号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和4年4月19日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 山本隆司
被告 株式会社アートローグ


主文
1 被告は、原告に対し、10万円及びこれに対する平成30年5月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
5 原告について、この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙著作物目録記載の写真を複製し、自動公衆送信し、又は送信可能化してはならない。
2 被告は、原告に対し、31万4454円及びこれに対する平成30年5月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、原告が、原告が撮影した写真を被告が被告の運営するウェブサイトに掲載したことについて、原告の複製権及び公衆送信権の侵害に当たるとして著作権法112条1項に基づく差止めを求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、複製権及び公衆送信権侵害によるライセンス料相当額、氏名表示権侵害による慰謝料及び弁護士費用並びに不法行為の日以降の日である、平成30年5月18日から支払済みまでの平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)ア 原告は、アメリカ合衆国籍を有するものである。(弁論の全趣旨)
イ 被告は、文化・芸術・各種デザイン業に関するコンサルティング等を目的とする株式会社である。(争いなし)
(2)原告は、平成30年2月12日、別紙「著作物目録」記載の写真(以下「原告写真」という。)を撮影し、写真投稿サイトである「flickr」において、「Allrightsreserved」との表示を付し著作権を留保する旨を表示した上で公開した。原告写真は、「トロケにて1982年シャトー・ムートン・ロスチャイルド(1982ChateauMoutonRothschildatTroquet)」と題する写真であり、「ChateauMoutonRothschild」という文字や絵画等がラベルに記載された赤ワインのボトルと、赤ワインの入ったワイングラスなどが写っている。(甲1、弁論の全趣旨)
(3)被告は、アートに関する各種記事を掲載する「(省略)」という名称のウェブサイト(https://(省略)。以下「本件ウェブサイト」という。)を運営するが、原告の許諾を得ずに原告写真を複製し、その複製物である別紙被告写真目録記載の写真(480×640ピクセル。以下「被告写真」という。)のデータを、平成30年5月18日、本件ウェブサイト内の別紙「URL目録」記載1のURL(以下「本件URL1」といい、同目録記載2のURLを「本件URL2」という。)に蔵置し、電気通信回線に接続している送信用記録媒体に情報を記録し(以下「本件記録」という。)、少なくとも本件URL1にアクセスすれば被告写真1が表示されるようにし、また、本件ウェブサイト内の同目録記載2のウェブページ(以下「本件ウェブページ」という。)に本件URL1へのリンクを設定して被告写真が表示されるようにした。本件ウェブページには、「美術館に行くまでもなし!天才たちの作品を堪能できる「ワインのラベル」」と題するワインのラベルに関する前同日付けの記事が掲載されており、そこには被告写真を含む複数のワインのラベルが写った写真が用いられていた。被告は、本件URL1にアクセスした場合に表示される被告写真についても、本件ウェブページにおいても、原告の氏名が著作権者として表示される措置をとらなかった。(甲3、4、乙12)
(4)被告は、令和3年5月27日までに被告写真を本件記録がされた媒体から削除した。(弁論の全趣旨)
3 主な争点に対する当事者の主張
(1)原告写真の著作物性(争点1)
(原告の主張)
 原告は、テーブル上の「1982ChateauMoutonRothschild」という名称のワインのボトルと赤ワインが入った1杯のグラスを被写体に選択し、アメリカ合衆国ウイスコンシン州(以下省略)郊外にあるレストランである「Troquet」のオークの壁と壁に掛かった絵画を背景にし、白いテーブルクロスの掛かったテーブル上の被写体を構図とし、陰が生じないよう全方向から光を当てて、また焦点を背景の壁に合わせないことによって背景をぼかして落ち着いたレストランの雰囲気を醸し出すよう撮影した。原告写真は、原告が撮影日時、撮影時の天候、撮影場所等を選択し、被写体の選択及び配置、構図並びに撮影方法を工夫して、シャッターチャンスを捕えて撮影したものであるから、原告の個性が表現されたものである。したがって、原告写真は写真の著作物に当たる。
(被告の主張)
 原告が主張する「テーブル上のワイン」、「ボトルとグラスに入った1杯」「白いテーブルクロスの掛かったテーブル」といった点は、ワインを撮影する際の一般的な撮り方である。「オークの壁」、「壁に掛かった絵画」などはたまたまレストランの内装がそうであったにすぎない。
 プロフェッショナルな写真家なら、自身の作品コンセプトを明確に明示した上で、画面に写りこんでいる絵画についても、作者名や作品名、また作品コンセプトを踏まえて、なぜそれがそのような位置に入れているかを明確にするはずであるが、原告にはそのような意図が全く感じられず、創作性は一切感じられない。
(2)本件記録が送信可能化に当たるといえるか(争点2)
(原告の主張)
 本件記録は公衆送信に当たる。なお、被告は、平成30年4月、「https://(省略)」のサイトにnoindexタグを設置したと主張する。しかし、原告から依頼を受けたピクシー・インク社(以下「ピクシー社」という。)は同年12月に被告写真を発見しているのであり、同時点で被告写真が検索エンジンによって検索可能であったことは明らかである。
(被告の主張)
 被告写真が蔵置された本件URL1及び被告写真のリンクが設置された本件URL2は、被告が作成するウェブサイトの製作過程での確認などで用いるURLである。また、「https://(省略)」のHTML内には</metaname=`robots’content=`noindex、follow’>との記載があり、そのウェブページがGoogleなどの検索結果には出ないように対策が施されている(以下「noindex設定」という。)。被告は、上記ウェブサイトについて、平成30年4月15日に、noindex設定が可能になる「AllInOneSEOPack」というプラグインをインストールしたので、同日以降は、上記URLはいずれも検索エンジンによる検索対象外になった。本件URL1は、検索エンジンを用いた検索では発見することができず、直接URLを知っている人しか閲覧できないものであり、被告が被告写真を公衆送信したとはいえず、著作権の侵害に当たらない。
(3)原告が原告写真の複製、公衆送信に同意していたか(争点3)
(被告の主張)
 flickrに掲載された画像は、その通常の機能により他者は無料でブログやサイトなどに埋め込むことが可能になっている。原告を含む利用者は、この点を承諾してflickrに掲載しており、複製、公衆送信に同意していた。
(原告の主張)
 原告写真については、flickrに掲載するにあたり、「Allrightsreserved」と表示しており、原告は被告に複製、公衆送信を許諾していない。
(4)差止めの必要性(争点4)
(原告の主張)
 被告は原告の警告を受けて被告写真の掲載を中止したが、被告は侵害を認めておらず、今後侵害行為を再開するおそれがあるため、差止めの必要性がある。
(被告の主張)
 被告は、損害賠償義務はないと考えるものの、被告写真は無料で利用できる他の写真に代替可能で継続使用する必要性もなく、紛争を避けるためにも被告写真を削除した。同様の理由で、被告写真の掲載を再開することもあり得ない。
 よって、本件につき原告写真の複製、公衆送信を差止める必要性はない。
(5)損害(争点5)
(原告の主張)
ア 原告は、全米報道写真家協会の生涯会員であり、その写真を営利目的で使用する場合、欧米で広く利用されているfotoQuoteソフトの料金表に従ってライセンス料を課している(甲6)。したがって、そのライセンス料が、著作権法114条3項に基づき、原告の著作権の行使につき受けるべき金銭である。原告は、自身の写真についてfotoQuote料金表に基づく多数のライセンス実績を有する。
 被告による被告写真の使用態様は、上記料金表において、日本語による日本市場向けのWeb広告(WebAdNationalMarket)に該当する。
 被告は、被告写真を、480×640ピクセルの大きさで、平成30年5月18日から少なくとも令和2年12月7日まで、3年以内の期間掲載していた。したがって、その正規ライセンス料は、fotoQuoteのデフォルト価格によると、上記料金表に定める2008米ドルである(甲7)。令和3年3月3日現在、1ドルは106.80円であるから(甲8)、当該レートで円換算すると、正規ライセンス料は21万4454円である。
 仮に文化庁から著作権と管理団体に指定され著作権使用料について文化庁の審査を経ている協同組合日本写真家ユニオンの使用料規定を利用すると、原告写真は「商用広告目的」の「HPトップページ」に該当し、使用期間は2年7か月であるから、その使用料は、12万円(6万円+3万円×2年)となる。
イ 原告は、被告による氏名表示権侵害により5万円相当の精神的損害を被った。
ウ 原告は、本件訴訟を提起するにあたり弁護士に依頼せざるを得なかった。弁護士費用のうち、被告の行為と相当因果関係のある費用は、上記26万4454円の約20%相当の5万円である。
(被告の主張)
ア 原告が所属している全米報道写真家協会は、学生も入れる互助会のような組織であり、会員であることはクリエイターとしての質を担保するものではない。
イ 一般人にすぎない原告が無料で転載可能としている写真についてfotoQuoteソフトの料金表記載の使用許諾料は発生しない。原告写真のようなワインボトルの写真は、プロの写真家が撮った、原告写真よりも高クオリティの写真が多数存在している。例えば、ロイヤリティーフリーのプロ向けの写真を扱うAdobeStockというサービスで「ワイン」と検索すると221万2127件の画像が検索結果に出る。AdobeStockの料金はサブスクリプションで1素材当たり37〜383円である。プロの写真家が撮影した写真でさえ数十〜数百円で利用できるため、無料で掲載可能なflickrに掲載している原告の写真について、原告が主張するライセンス料金の発生は認められない。
 また、fotoQuoteの料金が公正な市場価格であるとの証拠は提出されていない。CradocfotoSoftware社のウェブサイト上の「fotoQuoteに関するよくある質問」のページでは、「fotoQuoteの料金は自分で設定できるのか?」との質問に対し、「個別の金額もプログラム内のすべての金額も変えられる。」との回答が掲載されており、原告のfotoQuoteの料金表価格は原告が自由に設定できる仕様である以上、原告主張の料金表が公正な市場価格を示すとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告写真の著作物性)について
 原告写真は、レストランのテーブル上に、ラベルが付されたワインボトルと赤ワインの入ったワイングラスが並んでいる状況を撮影した写真である。原告写真は、レンズ・カメラの選択、アングル、シャッターチャンス、シャッタースピード・絞りの選択、構図等によって原告の思想・感情を創作的に表現したものであるといえ、写真の著作物に当たる。
2 争点2(本件記録が送信可能化に当たるといえるか)について
 被告によって本件記録が行われたことによって、平成30年5月18日から、少なくとも令和2年12月7日までの間、インターネットの不特定の利用者は本件URL1を用いて被告写真のデータを受信してこれを閲覧することができる状態にあったのであり、本件記録によって、被告写真について、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に情報を記録して自動公衆送信し得るようになったといえ、送信可能化がされたといえる。
 被告は、平成30年4月15日に、本件ウェブサイトについてインターネット上の検索エンジンによる検索結果に表示されないようにする措置であるnoindex設定を行ったと主張する。しかし、被告写真は、同年5月18日付けの本件ウェブページの記事に用いられて、同日、本件記録がされたところ、原告は、本件ウェブページにおける被告写真の掲載等について、アメリカ合衆国のピクシー社による写真監視調査によって発見した(甲15)。ピクシー社と被告との間に特別な関係があることを認めるに足りず、このことからすると、平成30年4月15日より後である同年5月18日の本件記録後、被告写真について、インターネットの不特定の利用者が閲覧できたと認められる。被告は、被告主張の日時にnoindex設定をしたとして証拠(乙15)を提出するが、被告写真の掲載等の発見に至る上記の経緯に照らしても、同証拠は、被告写真をインターネットの不特定の利用者が閲覧できる状態にあったとの上記認定を左右するものではない。
3 争点3(原告が原告写真の複製、公衆送信に同意していたか)について
 原告が被告に対して原告写真の複製及び公衆送信を許諾していたことを認めるに足りる証拠はない。被告は、原告が自ら原告写真を掲載したflickrでは、掲載写真を通常機能にブログやサイトなどに埋め込むことが可能な仕様になっていることなどを主張するが、原告は同サイトに原告写真を掲載するに当たって権利を留保することを意味する「Allrightsreserved」の文言を付していることも考慮すると、原告がflickrに掲載したことをもって、原告が被告による複製及び公衆送信を許諾していたと認めることはできない。
4 争点4(差止めの必要性)について
 被告は本件訴訟の提起を知った後、速やかに被告写真のデータを削除しており、また、被告写真は、本件ウェブページの記事の内容に関係するものではあるが、同写真が必須というものでもない。これらの事情に鑑みれば、被告の応訴態様を考慮しても、被告に対して原告写真の複製及び公衆送信の差止めを認める必要性があるとはいえない。
5 争点5(損害)について
 被告は、原告写真を複製の上、480×640ピクセルの大きさで、少なくとも平成30年5月18日から令和2年12月7日まで本件URL1を用いて公衆送信した(弁論の全趣旨)。本件ウェブページは、アートに関する各種記事を掲載するウェブサイトにおいてワインのラベルに関する記事を掲載するものであり、被告写真は、その記事において用いられたワインのラベルが写っている複数の写真の中の1枚である。
(甲4、弁論の全趣旨)。
 原告は、fotoQuoteという名称のソフトウェアで算定されるライセンス料を参考に、少なくとも7回、それぞれ本件と異なる写真について552米ドルから795米ドルの間でライセンス契約を締結した実績がある事が認められる。同ライセンス契約における写真の利用態様や、契約締結の経緯、ライセンス料の決定過程は明らかではない。
 以上の被告写真の使用の態様、期間、原告のライセンス契約の実績等を総合的に考慮すると、被告による複製権、公衆送信権侵害に係るライセンス料相当損害金は、6万円とするのが相当である。
 また、被告は、上記の態様で被告写真を公衆に提示するに当たり、原告の氏名が表示されるような措置を講じておらず、原告の氏名表示権を侵害した。上記に述べた本件の諸事情に照らせば、氏名表示権侵害についての慰謝料は3万円が相当である。
 上記の損害額等を考慮すると、本件に係る弁護士費用相当損害金は1万円が相当である。
第4 結論
 原告の損害賠償請求には、10万円及び被告写真を氏名表示せずに公衆送信した日である平成30年5月18日から年5分の割合による遅延損害金を請求する限度で理由がある。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 佐伯良子
 裁判官 仲田憲史

(別紙)著作物目録
 撮影者: X
 撮影日: 2018年2月12日
 題名:「1982 Chateau Mouton Rothschild at Troquet」
 米国著作権登録番号:VA0002196401

(別紙)被告写真目録

(別紙)URL目録
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日本ユニ著作権センター
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