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【事件名】「オーサグラフ世界地図」事件B
【年月日】令和4年3月25日
 東京地裁 令和2年(ワ)第25127号 「オーサグラフ世界地図」の共同著作権確認請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年12月13日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 山根二郎
被告 B
同訴訟代理人弁護士 中澤佑一
同 船越雄一
同 柴田佳佑
同 延時千鶴子
同 岩本瑞穗
同 松本紘明


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 原告と被告の間において、日本国際地図学会が2009年に発行した「平成21年度定期大会発表論文・資料集」の【研究発表4】で「オーサグラフによる矩形世界地図」として掲載されている「図1:筆者が考案する世界地図」(別紙1の@)及び「図2:平面充填地図とそこから切り出せる世界地図」(別紙1のA)の各世界地図について、原告が被告とともに共同著作権及び著作者人格権を有することを確認する。
2 原告と被告の間において、慶應義塾大学湘南藤沢学会が2017年に発行した論文誌「KEIOSFCJOURNALVol.17No.1」に掲載されている被告の研究論文「正多面体図法を用いた歪みの少ない長方形世界地図図法の提案」の中の「図7本論文で取り上げる世界地図」(別紙2の@)及び「図17平面充填地図」(別紙2のA)の各世界地図について、原告が被告とともに共同著作権及び著作者人格権を有することを確認する。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告に対し、日本国際地図学会の「平成21年度定期大会発表論文・資料集」中の論文「オーサグラフによる矩形世界地図」(以下「本件論文1」という。)に「図1:筆者が考案する世界地図」として掲載された地図(別紙1の@。以下「本件地図1」という。)及び「図2:平面充填地図とそこから切り出せる世界地図」として掲載された地図(別紙1のA。以下「本件地図2」という。)並びに慶應義塾大学湘南藤沢学会の「KEIOSFCJOURNALVol.17No.1」中の論文「正多面体図法を用いた歪みの少ない長方形世界地図図法の提案」(以下「本件論文2」という。)に「図7本論文で取り上げる世界地図」として掲載された地図(別紙2の@。以下「本件地図3」という。)及び「図17平面充填地図」として掲載された地図(別紙2のA。以下「本件地図4」という。)について、原告が被告とともに共同著作権及び著作者人格権を有することの確認を求める事案である。
 原告は、前記第1の1及び2記載のとおり、被告とともに共同著作権及び著作者人格権を有することの確認を求めているが、その趣旨としては、原告が共同著作物である本件地図1ないし4に係る共有著作権(著作権法65条1項)及び著作者人格権(同法64条1項)を有することの確認を求めるものと解される。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)当事者
ア 原告は、新しい幾何学分野(シナジェティクス)の研究並びに研究者、学生及び各種企業に対する指導を行う者である。
イ 被告は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の准教授であり、幾何学をベースにデザインや美術、建築、構造の研究を行う者である。
(2)本件出願1
 原告は、平成17年6月30日、発明の名称を「720°全方位矩形画像モニタリングシステム」とし、発明者を原告及び被告とする発明に係る特許出願(特願2005−190962号。以下「本件出願1」という。)をした(甲4)。
 本件出願1は、原告が審査請求をしなかったため、平成20年9月30日、取り下げたものとみなされた(乙A2、弁論の全趣旨)。
(3)本件出願2
 被告は、平成19年12月25日、発明の名称を「情報処理方法」とし、発明者を原告及び被告とする発明に係る国際特許出願(PCT/JP2007/075356。以下「本件出願2」という。)をした(甲5、19)。
(4)本件出願3
 被告は、平成21年7月6日、発明の名称を「スタート面の情報とエンド面の情報とを一対一で対応させる情報処理方法」とし、発明者を原告及び被告とする発明に係る特許出願(米国特許出願12/497,727。以下「本件出願3」という。)をした(甲6)。
(5)本件地図1及び2
ア 被告は、平成21年8月20日、日本国際地図学会の平成21年度定期大会において、「オーサグラフによる矩形世界地図」と題する研究発表(以下「本件発表」という。)を行った。同大会のプログラムには、本件発表の題目に続いて、発表者として、原告及び被告の各氏名が記載されていた。(甲1、11)
イ 本件発表の内容をまとめた「オーサグラフによる矩形世界地図」と題する本件論文1は、その後に発行された日本国際地図学会の「平成21年度定期大会発表論文・資料集」に掲載された(甲1)。
 本件論文1には、「図1:筆者が考案する世界地図」として本件地図1が、「図2:平面充填地図とそこから切り出せる世界地図」として本件地図2が、それぞれ掲載されていた。また、本件論文1の冒頭で、原告及び被告の各氏名が記載され、その末尾の「6.謝辞」で、「本研究の基礎はA氏との半年間の共同研究によるものである。」と記載されていた。(甲1)
(6)本件地図3及び4
 「正多面体図法を用いた歪みの少ない長方形世界地図図法の提案」と題する本件論文2は、平成29年10月15日に発行された慶應義塾大学湘南藤沢学会の「KEIOSFCJOURNALVol.17No.1」に掲載された(甲2)。
 本件論文2には、「図7本論文で取り上げる世界地図」として本件地図3が、「図17平面充填地図」として本件地図4が、それぞれ掲載されていた。また、本件論文2の冒頭で、被告の氏名が記載されていた。(甲2)
3 争点
(1)本件地図1ないし4の著作物性(争点1)
(2)本件地図1ないし4の著作者(争点2)
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件地図1ないし4の著作物性)について
(原告の主張)
 本件地図1ないし4は、思想又は感情を創作的に表現したものであって、学術又は美術の範囲に属するものであるから、「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当する。
(被告の主張)
 地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示方法を総合して判断されるところ、一般的に、地図は、地形や土地の利用状況等を所定の記号等を用いて客観的に表現するものであって、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して創作性を認める余地が少ない。
 本件地図1ないし4は、いずれも「オーサグラフ」と呼ばれる作成技法に基づき作成された世界地図であるところ、この作成技法に従う限り、地図に表記される大陸線や地点間の距離等は同じになるから、作成者の個性が現れ得るのは、いかなる要素を地図上に表現するかや、選択した要素をどのようにわかりやすく表示するかという点に尽きる。
 しかし、本件地図1ないし4は、これらの点において、いずれも、地図としてありふれていたり、表現上の選択の幅がなかったりするものであるから、作成者の個性が表現されたものとは認められない。
 したがって、本件地図1ないし4は、いずれも「著作物」に該当しない。
(2)争点2(本件地図1ないし4の著作者)について
(原告の主張)
ア 「オーサグラフ世界地図」とは、地球の表面が投影された正四面体を特殊な方法で展開することによってできる長方形の世界地図である。本件地図1及び3は「オーサグラフ世界地図」のうち「矩形世界地図」と、本件地図2及び4は「オーサグラフ世界地図」のうち「平面充填世界地図」と、それぞれ呼ばれるものであり、前者を平面に隙間なく全ての陸地が切れ目なく連続するように充填したものが後者である。
 原告は、昭和56年に、正四面体を特殊な方法で長方形に展開する方法を発見し、昭和60年に、正四面体の特殊な展開方法で形成される長方形を図形単位とし、これを、平面に隙間なく、その単位の図形が連続するように充填する方法を発見した。これらは、「オーサグラフ世界地図」の作成原理及び作成方法の出発点となるものである。
 原告は、平成7年頃、C教授の紹介で、被告の論文を指導するようになり、被告は、原告の研究所において、原告が発明した構造物の試作品作りの手伝い等を行うようになった。原告は、被告に対し、上記各発見についてつぶさに話し、平成11年に、上記各発見に基づき、「オーサグラフ世界地図」の作成に向けて被告と共同研究を開始した。
 その後、「オーサグラフ世界地図」の作成原理及び作成方法について、原告及び被告を共同発明者とする本件出願1ないし3がされたものである。
イ 本件論文1に記載された「オーサグラフ世界地図」の作成原理及び作成方法は、原告及び被告を共同発明者とする本件出願1ないし3の各願書に添付した明細書に記載された作成原理及び作成方法によるものである。
 また、本件地図1は、本件出願1の願書に添付した図面の【図10】のLC2、本件出願2の願書に添付した図面の【図10】のLC2及び本件出願3の願書に添付した図面のFIG.10のLC2と、本件地図2は、本件出願1の願書に添付した図面の【図9】、本件出願2の願書に添付した図面の【図9】及び本件出願3の願書に添付した図面のFIG.9と、それぞれ基本的に同一である。
 さらに、本件発表の発表者として、被告のみならず原告の氏名が挙げられており、本件論文1においても、冒頭に被告のみならず原告の氏名が記載され、末尾に「本研究の基礎はA氏との半年間の共同研究によるものである。」と記載されている。
 したがって、本件地図1及び2は、原告及び被告が共同で発明し、作成したものである。
ウ 本件論文2に記載された「オーサグラフ世界地図」の作成原理及び作成方法は、本件論文1と同じ内容であり、本件出願1ないし3の各願書に添付した明細書に記載された作成原理及び作成方法によるものである。
 また、本件地図3は本件地図1と、本件地図4は本件地図2と、それぞれ同一である。
 したがって、本件地図3及び4は、本件地図1及び2と同様に、原告及び被告が共同で発明し、作成したものである。
エ 以上によれば、本件地図1ないし4は、いずれも原告及び被告の共同著作物であり、原告は、これらについて、共有著作権及び著作者人格権を有する。
(被告の主張)
ア 被告は、かつて、原告の研究の補助を行っていたところ、原告は、被告に対し、被告が作成した全方位カメラに関する修士論文について、アイデアの盗用であるなどと主張し、同論文の提出を認める条件として、このアイデアについて共同研究を行うことを要求した。そこで、被告は、平成12年1月頃から、上記論文の内容を発展させた、後に「テトラマ」と呼ばれる正四面体を用いた球面情報の矩形化について、原告と共同研究を行うこととなった。
 原告及び被告は、同年9月、原告が5年間は優先的に「テトラマ」の研究開発を行うことができるとする覚書(以下「本件覚書」という。)を取り交わし、上記共同研究は終了することとなった。本件出願1は、原告が、上記期限の終了間際に、上記共同研究時に被告が作成した明細書のドラフトを利用して出願したものである。
 その後、被告は、「テトラマ」の欠点であった歪みの補正技術について独自に研究を重ね、「テトラマ」と同じく正四面体を一部利用する投影法ではあるが、全く別の投影法を開発し、本件出願2及び3を行った。そして、被告が上記投影法に更なる改良を加えたものが、「オーサグラフ」と呼ばれる本件地図1ないし4である。
イ 本件地図1ないし4は、いずれも被告が単独で作成したものであり、原告はこれに何ら関与していない。被告は、平成12年9月の原告との共同研究終了以降、原告と音信不通の状態にあり、平成19年頃に、本件出願2の関係で、D弁理士(以下「D弁理士」という。)を介して原告と書類のやりとりをしたことはあったものの、被告が本件地図1ないし4を作成した当時、原告と被告との間に、何らの連絡やコミュニケーションもなかった。
 前記アのとおり、原告が被告に対してアイデアの盗用であるなどと主張したことがあり、また、過去に短期間ながら原告と一応共同研究を行っていたことなどから、被告は、原告との間で無用な紛争が発生するのを防ぐために、「オーサグラフ」に関連する本件出願2及び3において、原告を共同発明者としたり、本件論文1において、その冒頭で原告の氏名を併記し、原告に対する謝意を記載したりしたものである。
 したがって、本件地図1ないし4は、被告の思想又は感情が創作的に表現されたものであり、原告の思想又は感情は表現されておらず、仮に、本件地図1及び2が掲載された本件論文1に原告の氏名が記載されていることにより、著作権法14条1項の推定が働くとしても、その推定は覆されるというべきである。
ウ 以上のとおり、本件地図1ないし4は、原告及び被告の共同著作物とはいえず、原告は、本件地図1ないし4について、共有著作権及び著作者人格権を有しない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 証拠(甲1,2、13、16、乙A2、7、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1)原告は、昭和56年に渡米して、思想家、発明家及び建築家であるバックミンスター・フラーに師事し、バックミンスター・フラー研究所において、シナジェティクスの共同研究に従事した。原告は、帰国後、昭和63年にシナジェティクス研究所を設立し、デザイン・サイエンティストとして、研究者や学生、企業等に対する指導を行っていた。(甲16)
(2)被告は、東京藝術大学の修士課程在学中の平成7年頃、バックミンスター・フラーが提唱したテンセグリティ構造に関する研究を行っていたところ、原告を紹介され、原告から修士論文の指導を受けるとともに、原告の研究を手伝うなどするようになった(甲16、乙A2、7)。
(3)被告は、オランダのベラルーヘ・インスティチュート建築大学院に留学し、平成11年頃、原告に対し、修士論文である「正二十面体に全風景を写し込む透視図法」の提出について報告したところ、原告は、同論文中のピンホールカメラに関する記載は原告のアイデアであると主張し、同論文の提出を中止するよう要請した(乙A2、7、被告本人)。
(4)被告は、原告と協議し、平成12年1月から、前記(3)の修士論文の内容を発展させた、後に「テトラマ」と呼ばれる「矩形展開可能な全方位カメラと世界地図」について、原告と共同研究を開始した(乙A7、被告本人)。
(5)原告及び被告は、平成12年9月15日、以下の記載のある本件覚書を交わし(「甲」は原告、「乙」は被告、「丙」はD弁理士を意味する。)、前記(4)の共同研究は、この頃、終了した(甲13、乙A7、被告本人)。
ア 乙は、1995年から日本大学のC教授から甲を紹介され、それ以来、バックミンスターフラーに関する修士論文の指導を甲から受けると共に、甲の発明に基づく試作品作りの手伝いを通じて甲から様々な指導を受けてきた。乙はその後オランダに留学したが、オランダでの修士論文の一部が甲の発明(ピンホールカメラ)にかかるものではないか、との疑いが発生し、甲の要請により修士論文の提出を中止すると共に、テトラマの開発を甲と一緒に行うことを約束し、また、テトラマ発明に関する特許出願費用として50万円を甲に提供した。
 発明盗用疑惑問題に関し、丙は甲及び乙からその当時の事情及び関連資料の提出を求めたが、乙の発明盗用を信じるに足る資料は見あたらなかったものの、発明の盗用を完全に否定するに足る資料も見あたらなかった(両者から提出された資料は、丙の手元に保存)。丙は、両者間の主張から真実を解き明かすことは事実上困難であり、また、これ以上、時間を割くことも不可能であることから、これから社会に出る乙の今後の活躍に悪影響が出ないように配慮することを主眼に置いて、甲の協力の下で意見の調整を行い、次の合意に至ったものである。
イ 第1条(オランダ修士論文)
 乙は、修士論文の原稿を甲に見せ、甲の了解を得た後にオランダに提出すると共に、提出した原稿の写しに乙のサイン及び提出日を加入した上で甲及び丙に提出する。
ウ 第3条(テトラマ発明)
 第1項 乙が所有するテトラマ発明の出願する権利を甲に下記第2項の期限付きで譲渡する。
 第2項 甲は2005年6月末日までに特許出願するものとし、その願書の発明者記載欄には、甲及び乙を列挙しなければならない。
エ 第4条(テトラマ改良発明)
 第1項 甲は、テトラマ発明に関連した改良発明を行う自由を有し、この改良発明から利益を得たとしても、乙に対して利益の還元を要しない。
 第2項 乙は、2005年7月1日以降、テトラマ発明を改良した発明を開発する自由を有し、この改良発明から利益を得たときは、その一部を甲に還元する。還元する割合は丙の判断に従うものとする。
(6)被告は、平成19年頃に、本件出願2の関係で、D弁理士を介して原告と連絡をとったことがあったものの、遅くとも本件覚書を交わしたときから、原告と面会したり、直接連絡をとったりしたことはなかった(乙A7、原告本人)。
 被告は、前記(4)の共同研究から更に独自に研究を重ね、原告に相談することなく、平成21年8月20日に本件発表をし、その頃、本件発表の内容をまとめた、本件地図1及び2を含む本件論文1を作成し、平成29年頃、本件地図3及び4を含む本件論文2を作成した。原告は、被告が本件発表をし、本件論文1及び2を作成した当時、それらの発表及び作成の事実を知らなかった。(甲1,2,乙A7、原告本人、被告本人)
(7)被告は、平成30年頃、原告が、公益財団法人日本デザイン振興会に対し、被告が発明したとする世界地図の作成技法である「オーサグラフ」は原告の発明した世界地図の作成技法である「テトラマ」を盗用したものであるなどと記載した書面を送付したことや、ウェブサイト上に、被告の「オーサグラフ」は原告の「テトラマ」を盗用したものであるなどという投稿をしたことが、虚偽の事実の告知又は流布(不正競争防止法2条1項21号)及び不法行為(営業権侵害及び名誉毀損)に該当すると主張して、原告に対し損害賠償等を求める訴訟(東京地方裁判所平成30年(ワ)第2115号)を提起した(乙A2)。
2 争点2(本件地図1ないし4の著作者)について
 事案に鑑み、争点2から先に判断する。
(1)著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて〈ママ〉、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)をいい、共同著作物とは、「二人以上の者が共同して創作した著作物であつて〈ママ〉、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」(同項12号)をいう。
 そうすると、本件地図1ないし4が原告及び被告の共同著作物であり、原告がこれらについての共有著作権及び著作者人格権を有するというためには、原告の思想又は感情が本件地図1ないし4に創作的に表現されたと認められる必要がある。
(2)前記1(5)及び(6)のとおり、被告は、平成12年頃に、原告と本件覚書を交わし、原告との共同研究が終了した後、原告と面会したり、直接連絡をとったりしたことはなかったところ、原告に相談することなく、平成21年に本件発表をし、その頃に本件地図1及び2が掲載された本件論文1を、平成29年に本件地図3及び4が掲載された本件論文2を、それぞれ作成したものであり、原告は、被告の本件発表並びに本件論文1及び2の作成の事実を知らなかったものである。
 また、原告は、その本人尋問において、本件地図1ないし4自体を作成したのは被告である旨供述している。
 したがって、仮に本件論文1に掲載された本件地図1及び2並びに本件論文2に掲載された本件地図3及び4に著作物性が認められるとしても、本件地図1ないし4は、原告の思想又は感情が創作的に表現されたものではなく、被告のみの思想又は感情が創作的に表現されたものと認めるのが相当であり、原告及び被告の各氏名が記載された本件論文1に掲載された本件地図1及び2について、著作権法14条に基づき、原告及び被告が著作者であると推定されたとしても、その推定は覆されるというべきである。
(3)ア これに対して、原告は、@本件論文1及び2は、原告及び被告を共同発明者とする本件出願1ないし3の各願書に添付した明細書に記載された内容に基づくものであり、本件論文1及び2に掲載された本件地図1ないし4は、本件出願1ないし3の各願書に添付した図面と基本的に同一であること、A本件発表の発表者として原告の氏名が挙げられ、本件論文1の冒頭に原告の氏名が、末尾に原告に対する謝辞が、それぞれ記載されていることからすると、本件地図1ないし4は原告及び被告の共同著作物であると主張する。
イ しかし、上記@について、本件出願1ないし3の各願書に添付した明細書に従って本件地図1ないし4を作成できるとの事実を認めるに足りる証拠はない。
 また、前記前提事実(2)ないし(4)のとおり、原告は本件出願1ないし3の各発明者の一人として名前が挙げられているが、発明とは「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法2条1項)であり、発明者はこのような技術的思想を創作した者をいうのに対し、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)であり、著作者は「著作物を創作する者」(同項2号)をいうことから、両者が創作する対象は、それぞれ技術的思想と表現という異なるものである。
 仮に本件出願1ないし3が地図の作成方法に関する発明に係る出願であり、本件出願1ないし3の各願書に添付した明細書に従って地図を作成することができたとしても、上記発明に係る技術的思想の創作に関わったにすぎない原告の思想又は感情が当該地図において創作的に表現されたということにはならない。
 さらに、証拠(甲1、2、4ないし6)によれば、本件地図1及び3と本件出願1の願書に添付した図面の【図10】のLC2、本件出願2の願書に添付した図面の【図10】のLC2及び本件出願3の願書に添付した図面のFIG.10のLC2とを比較すると、国境線及び地名の記載の有無、各大陸の形状、位置関係等が少なからず異なっており、本件地図2及び4と本件出願1の願書に添付した図面の【図9】、本件出願2の願書に添付した図面の【図9】及び本件出願3の願書に添付した図面のFIG.9とを比較すると、各大陸の形状、位置関係等が少なからず異なっていることが認められる。地図が地形等を客観的に表現することを目的としたものであることを考慮すると、仮に本件出願1ないし3の上記各図面に原告の思想又は感情が創作的に表現されたといえるとしても、上記のような相違のある本件地図1ないし4にも同様に原告の思想又は感情が創作的に表現されたということは困難である。
 以上を総合すると、上記@の事情をもって、原告の思想又は感情が本件地図1ないし4に創作的に表現されたというには足りないから、同事情は前記(2)の認定を左右するものではないというべきである。
ウ また、上記Aについて、前記前提事実(5)のとおり、日本国際地図学会の平成21年度定期大会のプログラムには、本件発表の発表者として、被告のみならず原告の氏名が記載されており、本件論文1の冒頭にも、被告のみならず原告の氏名が記載され、その末尾に「本研究の基礎はA氏との半年間の共同研究によるものである。」と記載されている。
 しかし、被告は、その本人尋問において、被告が修士論文を作成した際、原告が被告に対してアイデアの盗用であるなどと主張したことがあったことから、原告に配慮して、上記のとおり、原告の氏名を記載するなどした旨供述しているところ、前記1(3)ないし(5)の経過に鑑みると、被告の上記供述は信用することができるというべきである。
 そうすると、上記各記載の存在をもって、本件論文1に掲載された本件地図1及び2に原告の思想又は感情が創作的に表現されているということはできないから、上記Aの事情も前記(2)の認定を左右するものではない。
エ したがって、原告の前記アの主張は採用することができない。
(4)以上によれば、本件地図1ないし4は、原告及び被告の共同著作物とは認められないから、原告が本件地図1ないし4に係る共有著作権及び著作者人格権を有するとはいえない。
第4 結論
 よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 小川暁
 裁判官 矢野紀夫


別紙1の@及びA、別紙2の@及びAは省略
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