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【事件名】同人誌の共同著作事件
【年月日】令和4年2月17日
 東京地裁 令和元年(ワ)第15345号 共同著作権に基づく利得分配等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年12月9日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 太田真也
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 岡本直己
同 松井亮
同 吉良一真


主文
1 被告は、原告に対し、10万9046円及びこれに対する令和元年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを100分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、1243万4118円及びこれに対する令和元年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、@原告が被告と共同で製作した別紙作品目録(既刊)の同人誌の売上げについて、被告が原告に分配金を支払わないとして、不当利得又は共同著作権に対する侵害行為としての不法行為に基づく損害賠償として、85万2670円、A別紙作品目録(未刊)の同人誌について、共同製作の合意が成立していたにもかかわらず、被告の一方的な都合で販売に至らなかったことによる債務不履行に基づく損害賠償として、97万2000円、B原告が、同人誌製作のための執筆、編集等の作業を行ったこと、書店委託手続きを行ったこと、通信販売サイトの開設、運営作業を行ったこと、同人誌即売会で手伝いをしたこと、被告の個人的な依頼に基づきパソコンの初期設定等やインターネットオークションへ代理入札をしたことなどに係る、契約に基づく作業対価又は不当利得として、1060万9448円の合計1243万4118円及び令和元年6月21日(訴状送達の日の翌日)から、平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金又は利息を請求する事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠(明記しない限り枝番号含む。)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)ア 被告は、漫画家(商業作家)であり、出版社から商業的に発売された漫画本(コミックス)は9作品ある。被告は、趣味として、同人誌での活動を行うことがあった。(被告本人、弁論の全趣旨)
イ 原告は、大学卒業後に文化通信社に入社して音楽担当記者を経験し、現在は、銀行の正社員として、配信メール、プレスリリース等を担当している。被告と以下のとおり同人誌を製作するまでに、被告とは別の漫画家と共に同人誌を1作品製作し、小説を担当したことがある。(原告本人、弁論の全趣旨)
(2)被告は、平成22年の夏のコミックマーケットで原告のサークルを訪れ、原告に対して共同で同人誌を製作することを持ち掛けた。原告はこれを了承し、以後、被告が主に同人誌の漫画部分、原告が同人誌の小説や二人の対談部分、同人誌の編集等を担当して、平成23年12月から平成28年3月までに別紙作品目録(既刊)記載の11作品の同人誌(以下、同11作品の同人誌を総称して「本件同人誌」という。)を製作し、販売した(ただし、本件同人誌の中には、原告及び被告以外の作家も執筆に参加したものもある。)。(甲1、弁論の全趣旨)
3 争点に対する当事者の主張
(1)本件同人誌販売に係る分配金(争点1)
(原告の主張)
ア 原告と被告は、別紙作品目録(既刊)記載の各同人誌について被告が主に同人誌の漫画部分、原告が小説や二人の対談部分、同人誌の表紙のデザイン、編集等のいずれかまたはそのうちの複数を担当して共同で本件同人誌を製作した。各同人誌の販売額は、別紙原告請求額(既刊)の「販売額」欄記載のとおりである。
イ 各販売額を各作品における原告の貢献度に応じて割り付けると、別紙原告請求額(既刊)の「原告取得額」欄記載のとおりになる。本件同人誌の売上げは全額被告が取得しているから、同欄記載の額について被告に利得が、原告に損失が生じている。よって、原告は、不当利得に基づき、合計額のうち85万2670円を請求する。
 また、本件同人誌の製作には原告も関与しており、本件同人誌はいずれも被告と原告の共同著作物になっているといえ、その持分割合は、別紙原告請求額(既刊)の「原告取得割合」欄記載のとおりである。被告が同欄記載の額を原告に支払わないことは、原告の共同著作権を侵害するものであるから不法行為に基づきその合計額のうち同額を請求する。
ウ 被告が経費として計上すべきと主張しているもののうち、宅配費については、@宅配での搬入、搬出なしに各イベントに参加することが可能であること、A毎回搬入、搬出があったわけではないこと、B宅配物の一部ないし全部が被告の私物である可能性があるから、全額を費用として計上するのは不当である。イベント参加費についても、被告は社交のために参加していた側面もあるので、全額を経費として計上すべきではない。また、赤字になっているイベント参加は、全て「U」シリーズの続刊や「P」を新刊として初売りするために参加が決定され、その後、後記のとおりこれらの同人誌が完成に至らなかったためにイベントに間に合わせるために製作された作品(いずれもコスト低下を見込むことができない商材であった。)が販売されることになったという経緯がある。このような経緯に照らせば、これらのイベント参加費を経費に算入して実質的に原告に負担させるのは相当ではない。算入するにしても、少なくとも50%減額されるべきである。
エ 各同人誌即売会の経費(イベント参加費、宅配費、通信費)を算入するにしても当該経費の各作品への割付方法については、本件同人誌の販売部数が当該即売会で販売された同人誌等の全販売数に占める割合に応じて割り付けるべきである。
(被告の主張)
ア 原告の主張は争う。原告は、いずれの作品についても、その売上金を被告に請求しないという前提で本件同人誌の執筆等に関与しており、その旨の合意が成立していたのであるから、原告は被告に対して本件同人誌の売上げについて何ら請求権を有していない。
イ 原告が本件同人誌につき、小説等を担当したことは認めるが、そのうち、「H」及び「V」を除く同人誌については、商業作家として人気及び知名度のある被告が製作する同人誌に、商業誌での活動経験のない、いわば無名の原告が原稿を提供したにすぎないこと、被告が同人誌を発行する際に用いてきたサークル名称「Q」名義で発行されていること、作品の顔に当たる表紙が被告のイラストで構成されていること、同人誌における需要のほとんどを漫画やイラストが占めていることなどからすると、原告は付随的、従属的な役割を果たしたのみであるといえ、その経済的な貢献度はないに等しいので、原告に分配金を請求する権利はない。「H」及び「V」についても、上記の事情に鑑みれば、原告が提供した創作物の占める割合等を考慮しても原告の貢献度は30%を超えることはない。
ウ 同人誌の実際の販売数は、別紙販売部数一覧表(被告主張)記載のとおりである。即売会での売上げは基本的に被告が取得していたが、通信販売サイトによる売上げについては、原告が原告から被告への送金の事実を具体的に立証しないために被告が受領したとの原告の主張は、全額について否認する。
エ また、被告は、同人誌の販売につき別紙作品別費用一覧表(被告主張)の「印刷費」欄記載の額及び別紙イベント別費用一覧表(被告主張)記載のとおりの経費を支出している。仮に原告が分配金の請求をできるとしても、その算定に当たっては、これらの金額が控除されるべきである。個別のイベント等に関する経費については、複数の作品を出品している場合にはその割付け方法が問題になるが、画一的な基準をもって費用を割り付けなければならないことからすると、同じイベントにおいて複数の作品を出品している場合には、重複を避けるために発売の最も早い作品に全額計上するのが合理的である。この方法によって各作品別の経費を計算すると別紙作品別費用一覧表(被告主張)の「作品別合計」欄記載のとおりとなる。
 仮に原告が主張するように作品の売上部数に応じて費用を按分する方法を採用するにしても、各イベントにおける需要の大部分が当該イベントの時点での新刊を含む本件作品が占めているのであるから、イベント参加に当たって生じた費用の全額を本件作品の必要経費として取り扱うのが当事者の意思に合致しており自然かつ合理的であるから、本訴において利益分配の対象になっていない同人誌についてまで総売上部数に含めて計算するのは不合理である。
オ さらに、少なくとも「H」、「V」については、分配金についての和解契約に基づく解決金として、「V」については、販売前に原告が独自に算定した売上予測に基づく請求額の全額である合計9万1830円を、「H」については、売上金全額である1万7400円を原告に弁済しており、これらの同人誌についての請求権は消滅した。また、「A」については、原告は、利益分配に代えて完成した同人誌30冊の交付を要望し、被告はこれに応じて同同人誌を交付したから、同同人誌についての請求権も消滅した。
カ 仮に上記和解契約についての主張が認められないとしても、原告は「H」については売上金全額を取得しており、被告の取分は1万2180円を下らないため同額について過払いになっており、「V」についても原告の取分は最大6万8220円にすぎないところ、被告は9万1830円を支払っているから、2万3610円については過払いになっている。被告は、これらの過払金に係る不当利得返還請求権と原告の同人誌製作についての不当利得返還請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権とを対当額で相殺する。
(2)未刊の同人誌販売に係る分配金
(原告の主張)
 別紙作品目録(未刊)記載の同人誌は、続編の製作が予定され、原告と被告との間で続編について共同製作合意が成立した。そして、原告は必要な作業を概ね完了させていたにもかかわらず、被告の一方的な都合により続編を販売できなくなった。仮に続編の販売に至っていれば、別紙原告請求額(未刊)の「売上予測」欄記載のとおりの売上げが得られ、原告が同目録「原告取得割合」欄記載の持分を取得し、同「原告取得額」欄記載の分配金を取得したはずであった。よって、債務不履行に基づく損害賠償として、同分配金の合計額である97万2000円を請求する。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
 未刊行の作品については、被告が製作販売をしなければならないとの合意はない。被告は、単に原告の製作提案に応じなかったにすぎず、原告に何らかの請求権が発生することはない。
(3)業務委託料等
(原告の主張)
 原告と被告は、平成23年頃から、@本件同人誌の製作に関して、被告が原告に執筆・編集等を有償で依頼する契約や、A原告が関与していない同人誌も含めた書店委託手続きの代行、B本件同人誌等を販売するための通信販売サイトの開設・運営、C平成22年8月から平成29年10月までの同人誌即売会における手伝い等、D平成24年8月の同人誌即売会用のうちわ、平成25年12月から平成29年までの同人誌即売会用のポスターのデザインを有償で行う契約を締結した。また、E被告が行った平成27年2月22日の歴史講演資料の作成、チラシのデザイン、封入作業、F平成26年9月から10月にかけて被告の私物パソコンの初期設定及びその後の維持管理、G原告の平成27年1月のヤフーオークションへの代理入札など、様々な被告の事務を原告に有償で委託する契約を締結した。同契約に基づき、原告は、上記事務作業を実行した。
 これら作業による報酬は次のとおりであり、合計1060万9448円になる。
ア 同人誌製作に関する執筆・編集等の作業等(上記@、D、E)516万1119円
イ 同人誌に関する書店委託手続き代行作業(上記A)38万0000円
ウ 通信販売サイトの開設・運営作業(上記B)336万9900円
エ 同人誌即売会における手伝い(上記C)83万6580円
オ パソコンの初期設定・維持管理(上記F)27万5000円
カ ヤフーオークションへの代理入札(上記G)58万6849円
(被告の主張)
 原告の主張は争う。原告が主張する作業は、いずれも原告が自ら進んで無償で行うことを引き受けたにすぎないものである。また、原告が主張する額の算定根拠は不明である。
 Aについて、書店委託の手続きの代行をしていたこと、その中には原告がかかわっていない被告の作品が含まれていたことは認める。報酬支払義務については争う。
 Bについて、原告が通信販売サイトを開設、運営していたことは認める。しかし、原告と被告と間では、これを無償とする合意が成立していた。
 Cについて、平成29年8月の同人誌即売会を除いて、原告が同人誌即売会に参加していたことは認めるが、被告が原告に対して同人誌即売会に参加するように要請した事実はない。参加時の作業も原告が進んで行ったものである。
 Dについて、原告が主張する期間に開催された同人誌即売会の一部において、原告が主張する作業をしたことは認める。しかし、被告がこれらの作業を依頼したことはなく、また、同人誌等の商品の売上げについては、原告と被告との間で、商品の製作及び販売の経費を負担した者が取得するとの合意が成立しており、費用を負担した被告が同合意に基づいて売上金を取得したのであり、原告に対して作業対価を支払う義務はない。
 Eについて、被告が平成27年2月22日に歴史講演会で講演したことは認めるが、原告がこれに用いる資料を作成したことは否認する。被告が、原告に対して被告が作成した資料の送付を依頼したところ、原告が被告に無断で修正した資料を主催者に送付したのであり、被告が対価を払う理由はない。原告が被告と共にポケットティッシュにチラシの封入作業を行ったことは認める。しかし、被告は、これに対する謝礼として1万円を支払っており、これ以上の報酬支払義務はない。
 Fについて、原告がパソコンの初期設定を行ったことは認める。しかし、被告は原告に単にパソコンの使用方法を相談したところ、原告は、被告が依頼していないにもかかわらずパソコンを持ち帰ってセットアップを行ったのであり、対価を支払う義務はない。原告が、被告の自宅を訪れたときにパソコンのデフラグやウイルスチェックを何度か行ったことは認めるが、報酬の支払義務はない。
 Gについて、原告が被告に代わってヤフーオークションにおける入札の代行を行ったことは認める。しかし、被告と原告の間で、これについて無償とする合意が成立していた。このことは、同時期に原告が被告の依頼に基づき行っていたヤフーオークションでの売却について、原告と被告で手数料について合意し(原則2000円、ただし、原告が梱包及び発送作業も行う場合には3000円とする等)、これに基づいて原告が毎月売上報告書を作成して売却手数料を控除した金額のみを被告に送金していたのに対し、本件で原告が報酬を請求する入札については何ら協議が行われず、本訴に至るまで報酬の請求がなかったことからも明らかである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件同人誌販売に係る分配金)について
(1)本件同人誌の分配金の支払に係る合意について
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば、前記前提事実に加えて、次の事実が認められる。
(ア)被告は、原告のブログに掲載されていた「R」という小説(第三者が執筆した小説)のレビューを見て、このレビューを被告の同人誌に掲載してもらおうと考えた。被告は、平成22年の夏のコミックマーケットで原告の下を訪れて、「R」に関する同人誌を製作予定であることを話して、共同で同人誌を製作することを提案した。原告は、被告が原告の学生時代にあこがれていた作家であったことなどから、この申出を光栄に思い、被告と共同で同人誌を製作することとした。原告と被告が同人誌製作を進める中で、原告は、同人誌に、レビューではなく、小説を寄稿することになった。(原告本人、被告本人、弁論の全趣旨)
(イ)本件同人誌のうち、最初に製作された「A」の本文の冒頭には、次の記載がある。(甲1の1)
「はじめにintroduction...時代小説「R」(原作/S)の同人誌をお届けします。・・・・・・・・・・・・・・・・この度、戦国期中国地方史熱が再燃し、思い切ってふたたび同人誌での刊行です。メンバーにXさんという萌え&筆力の半端ない小説書きの方と、T先生も加わりY至福の合同誌となりました。・・・・・・・・・・・Y2010年の夏コミ、私のサークルにYさんが訪れて、言いました。・・・・・・・・・・・・そんな素敵本のパロをこれまた昔から大ファンのYさんと一緒に作るだなんて。これは夢?最高の作家と最高の作品の最高のファン・フィクションを作る。それがこの本の私的コンセプト。俺得以外の何物でもありません。もちろんこんな恵まれた環境、俺得だけで終わらすわけにはいかないっっ!みなさんにおすそわけしなくてはっ!てなわけで我武者羅に死ぬ気で作りました。・・・・・・・・・・・・X」
(ウ)その後も原告と被告は、被告が漫画及びイラスト、原告が小説、編集等を担当して本件同人誌を共同で製作し(両当事者の本件同人誌に対する関与等の詳細は後記のとおりである。)、被告のサークルで被告のサークルの名義で発売した。原告は、同人誌即売会等で本件同人誌等の販売を手伝うなどした。また、原告は、本件同人誌の書店販売の委託、通信販売の管理なども行った。
(エ)当時、被告は、商業誌での仕事で生計を立てており、同人誌での活動は、商業誌で掲載することができなかった作品等を掲載すること等を目的として、趣味として行っていた。原告は、会社の正社員として定職に就いていて、その空き時間で同人誌の活動を行っていた。(原告本人、被告本人)
(オ)本件同人誌の印刷代等の基本的な経費は被告が負担していた。本件同人誌の売上げは、少なくとも、いったんは被告が全額受領することとなっており、原告の口座等に入金があったものについても、定期的に送金、手渡し等の方法で被告に交付されていた(ただし、後記のとおり「H」の売上げは除く)。(原告本人、被告本人)
(カ)本件同人誌のうち、「H」については、他の同人誌と異なり、原告が印刷等の製本作業も行い、印刷費の負担等もした。「H」も、被告のサークルで販売されたが、その売上げは、全額(87冊分、1万7400円)が被告から原告に交付され、その際、これを後日、清算するなどの話は出なかった。(原告本人、被告本人、弁論の全趣旨)
(キ)「V」の製作に当たり、被告の希望により「V」の表紙にプロのイラストレーターを起用することになった。原告は、それまでは本件同人誌の売上げの分配に言及することはなかったが、被告からそのイラストレーターに対価を支払うという話が出たのに対し、そのような対価を支払うのであれば、自分に対しても金銭を支払うべきであると言って、本件同人誌の売上げの分配に言及した。原告は、その後、「V」の発売前に、被告に対し、原告が推計した「V」の今後の売上予測及び被告が支出したと原告が推計した経費等から純利益の見込みを計算した表を被告に示し、その半額である3万9950円を原告に支払うように求めた。被告は、これに応じ、「V」の発売前である平成28年3月13日、原告に対し3万9950円を支払った。その後、「V」の第2版の発行が決まったところ、原告は、被告に対し、「V」の第2版の純利益について原告が独自に予測した表を提示しつつ、その半額である5万1880円を支払うように求めた。被告は、同年5月21日、原告に対し5万1880円を支払った。(原告本人、被告本人、乙1、5)
イ 本件同人誌の売上げ、収益の取扱いについて
 本件同人誌について、原告は、小説を寄稿するなど相当の関与をしたところ、本件同人誌の売上げは、被告が受領している(「H」を除く。)。
 原告は、原告が本件同人誌に貢献していることを理由として、その売上げ、収益の分配について少なくとも被告がこれを取得する旨の当事者間の合意がないことを前提として、被告に利得が生じ、原告に損失が生じていることなどを主張する。
 これに対し、被告は、原告と被告との間で、原告は本件同人誌について経費を負担した者が売上げについても取得することにつき合意が成立しており、基本的に被告が経費を負担していたのであるから、原告は売上金を被告に請求できないと主張し、また、「A」、「H」及び「V」について被告が本又は金銭を交付したことをもって、原告が被告に対してこれ以上の請求をしない旨の合意が成立していたと主張する。
 原告と被告との間で、本件同人誌の売上金、収益の分配について明示の合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。
 ここで、原告は、本件同人誌のほとんど(詳細は後記記載のとおり。)において小説又は原告と被告の対談をまとめたもの等を継続的に寄稿しており、その分量も少なくなく、これらの同人誌に対する原告の内容面での関与はゲスト作家の域を超えるものであったといえる。また、原告は、本件同人誌のデザイン等を担当し、同人誌を形にする場面においても大きく貢献したといえる。さらに、原告は、本件同人誌の販売活動においても、即売会での販売、書店委託、通信販売等において継続的に貢献していた。これらを考慮すると、原告は、被告の同人誌のゲスト作家あるいは被告の単なる補助として被告の同人活動に参加していたとはいえず、原告と被告は、共同で同人誌販売事業を行っていたと評価することができるものであった(なお、後記のとおり、当裁判所が認定する原告の各同人誌への貢献度の割合は、5割を超えるものがあり、また、4割のものと3割のものがそれぞれ複数ある。)。また、被告は、出版社から商業的に発売された漫画本が複数あり、知名度を有することがうかがえるところ、本件同人誌は、そのような被告が自身のサークルの名義で販売するものであるから、収益が上がることが不透明な無名の作家による同人誌とは異なり、発売前から一定の売上げを見込むことができ、経費を管理すればある程度の利益をあげられる可能性が高かったといった事情がある。「V」について、原告はその発売前に被告に対し予測した収益の半額の支払を求めたのに対し、被告は、2度にわたりその支払をしたが、その際、収益の分配等について合意が存在する旨に言及したことを認めるに足りない。
 これらの本件における事情を考慮すると、本件同人誌の売上げ、収益の分配について明示の合意をしたことを裏付ける証拠のない本件において、原告は被告に売上金を請求しない旨の被告主張の合意は成立していなかったというべきであり、また、他に各同人誌に共通の特段の合意もなかったと認められる。当事者間の公平の見地から、本件同人誌について、別に個別の合意がある場合を除き、売上げから経費を控除した収益を、原告と被告の貢献度に応じて分配することが公平であり、原告は、被告に対し、被告が各同人誌について、収益を貢献度以上に取得していた場合には、不当利得として、その返還を求めることができるというべきである。
 この点について、被告は、同人誌業界においては、経費を負担する者が利益も損失も負担することが前提になっていたことなどを挙げて、被告主張の合意の存在を述べる。仮に同業界においてそのような前提で処理がされる場合があるとしても、本件では、上記に述べたような事情がある。被告の主張するように売上げが全て被告に帰属すると、本件では当事者間の公平を損なうといえる。被告指摘事実は前記認定判断を左右しない。
 以下、事案に鑑みて、不当利得返還請求権について、個別の同人誌について、何らかの合意があったか否かについて検討する。
ウ 「A」について
 被告は、「A」について、原告への分配金の支払いに代えて30冊の「A」を原告に交付したと主張し、これに沿う供述をする。しかし、原告はその交付を否認し、同人誌の交付を裏付ける客観的な証拠はなく、交付に至る具体的な経緯、話し合いの内容等も明らかではない。これらによれば、原告と被告との間で、「A」について、分配金の支払に代えてこれを交付したことや、「A」の収益を原告に分配しない合意が成立していたことを認めるに足りない。
エ 「H」について
 アで認定した事実関係によれば、「H」については、それまでと異なり、被告がその売上げを全額原告に交付していることが認められ、「H」について、原告が、被告に対し、さらに金員を請求し得る立場にあるとは認められない。本件において、被告が主位的に「H」の収益の清算の和解契約の成立を主張していることからすると、これを認めて、その収益については被告がさらに支払う必要がないとの合意がされたとして、本件同人誌についての収益計算から除外するのが相当である。
オ 「V」について
 アで認定した事実関係によれば、原告は、「H」の初版及び第2版の発売前の段階で、独自に収益を予測し、被告に対してその半額を支払うように求めた。これらの際に、原告の予測以上に売れた場合に追加で分配金を支払うことを請求できるか否か、原告が後日50%を超える貢献割合を主張して追加の分配金を請求することができるか否かについて原告と被告との間で明示の合意があったことを認めるに足りる証拠はない。しかし、原告の請求が、飽くまで売上げの予想しかできず、被告のみが経費を負担し、これを全く回収できていない時点で請求されたものであり、その額も手付等の趣旨ともとれる極めて低い額にとどめるのではなく、予想収益の半額であることを考慮すると、原告の初版、第2版に係る各請求は、その後の現実の販売額等に左右されることなく、原告の取り分を清算することを申し出る趣旨であったと認めるのが相当である(本件で、仮に売上げが予測よりも少なかった場合に原告が受領した金銭を一部返還することが予定されていたことは認められない。)。被告も、原告の要求額をそのまま支払ったのであるから、売上げの多寡、実際の貢献度にかかわらず、原告の「H」の取り分について原告と被告を同額とすることを認めたというべきである。そうすると、原告と被告との間では、「V」について、少なくとも、その初版、第2版について(なお、第3版以降の版が販売されたことをうかがわせる事情はない。)、今後、利益の分配の計算対象にないことについて合意が成立したというべきである。
カ よって、本件同人誌のうち、「H」及び「V」については、さらにその収益を原告と被告との間で分配すべきであるとはいえないが、それらを除く同人誌については、その収益について原告と被告との間で分配すべきであるといえ、被告に利得があり、原告に損失があれば、これを不当利得として原告に返還すべきであるといえる。
(2)同人誌の売上げについて
ア 本件同人誌のうち「H」及び「V」を除く同人誌(以下「本件分配対象同人誌」という。)の販売部数は、別紙販売部数一覧表記載のとおりであることが認められる。同一覧表の各記載についての補足説明は次のとおりである。
(ア)通信販売サイトでの販売について
 証拠(甲130〜132、139、原告本人)及び弁論の全趣旨から認められる。なお、Fのうちの1部については、原告が自身の過誤によって発送したものであるが、売上げとして計上された(原告本人)。
(イ)FのK−BOOKS販売分
 21部が販売されたことについては、争いがない。原告は、33部であったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(ウ)Fのコミコミスタジオ販売分
 3部が販売されたことについては、争いがない。原告は、合計販売部数が26部であったと主張し、その根拠として、30部納品したF(甲82の10)が平成27年1月の時点で残数が7部となっていたため(乙11の1)、前記3部の前に23部が販売されたはずであると主張する。本件において、同同人誌が30部納品されたことは認められるものの、これが平成27年1月までにどのような経緯で7部まで減ったのかについての証拠はない。被告が本人尋問において、同人誌即売会での販売用の在庫が不足する場合に委託先から一部返本を求めることがある旨の供述をしていることなどを考慮すると、同23部について、コミコミスタジオにおいて販売されたことを認めるに足りる証拠はないというべきである。
(エ)その余の即売会、とらのあな、K−BOOKS、まんだらけ、コミコミスタジオ、タコシェにおける売上部数については争いがない。原告は、印刷部数全額が販売されたはずであると主張するが、被告は、印刷部数との差について、関係者に無料配布したなどと説明しており、別紙販売部数一覧表記載の販売部数を超えるものについては、これを認めるに足りる証拠はない。
イ 本件分配対象同人誌(ただし、電子書籍を除く。)の販売単価については、別紙販売部数一覧表の「価格」欄記載のとおりとすることについて当事者間に争いがない。アで認定した販売数を基礎に、売上額を計算すると、同「売上げ(本)」欄記載のとおりとなる。また、甲125の11によれば、ディーエルサイトコムにおいて別紙販売部数一覧表の「売上げ(電子)」欄記載の額の売上げがあったことが認められる。そうすると、本件分配対象同人誌の売上げの合計は、別紙販売部数一覧表の「売上げ(合計)」欄記載のとおりとなる。
ウ 原告は、上記売上げにつき全額被告が受領したと主張しているところ、被告はこれを争っている。前記アで認定したとおり本件同人誌の売上げは、少なくともいったんは被告が受領する前提になっていたことが認められる。通信販売の売上げ等についても、原告の口座に振り込まれる等していたことが認められるが、いったん原告が受領した金員についても被告の交付することとなっていたことになっており、原告は、少なくとも一部の期間においては、原告が被告の口座に定期的に送金していたことを証する証拠を提出している(甲85、144)。原告が送金額を偽ったことをうかがわせる事情は認められず、原告と被告との間でその送金額の多寡でトラブルになった形跡がない。これらの事情からすると、前記売上げについて、その全部について被告が受領したことが推認できる。
(3)同人誌の経費について
ア 各即売会のためにかかった経費の各作品への割付方法について
 本件分配対象同人誌は、同人誌即売会等のイベントにおいても販売されており、各イベントでは複数の種類の同人誌を販売しているため、各イベントに係る経費を各同人誌に割り付ける必要がある。
 この割付けの方法について、原告は、各イベントに係る経費を、各同人誌の販売部数が当該イベントで販売された総部数に占める割合に応じて割り付けるべきであると主張し、被告は、本件同人誌のうち、販売開始が最も早いものに全て割り付けるべきであると主張する(当事者双方は、第2回口頭弁論期日において、本訴における各即売会に係る経費の割付方法について、両当事者が主張する方法のうち、いずれかより合理的な方を裁判所が採用することとする旨の合意をした。)。
 ここで、各イベントで販売できた同人誌等は、本件同人誌であるか本件同人誌以外のものであるかを問わず、いずれも当該イベントで販売することによって換金することが可能になったのであるから、イベントの参加に関する費用について、販売できた一部の物のみに割り付けるのは合理性を欠くといえる。そうすると、販売物のうちの一つに全額割り付ける被告の方法よりも、販売数に着目して、これに応じて各販売物に割り付けるという原告の方法の方が、より合理的であるといえる。よって、各同人誌固有の経費については各同人誌の販売部数が当該即売会で販売された総販売数に占める割合に応じて割り付けて計算することとする。
イ 各即売会の参加費が別紙イベント経費一覧表の「参加料」欄記載のとおりであったことについて、当事者間に争いはない。
 宅配料について、証拠(乙19、被告本人)によれば、被告が、各即売会につき、自宅に保管していた本件同人誌の会場への送付と、即売会での売れ残り等の自宅への送付に少なくとも1箱ずつ宅配便を用いていたこと、その額が別紙イベント経費一覧表の「宅配料(自宅から)」と「宅配料(会場から)」欄の額を下らないことが認められる(領収書が提出されていないものについては、領収書があるもののうちの最低金額である930円であると認定した。)。原告は、特に会場からの宅配便では、被告の私物の運搬等にも用いられていたのであるから、全額は算入すべきではない旨主張するが、私物を運搬したか否かにかかわらず、少なくとも上記認定額が必要であると認められるのであり、全額経費として計上すべきであるといえる。
 通信費については各イベントにつき500円を下らないことについては当事者間に争いがない。
ウ 続いてイの経費の各作品への割付けを検討すると、証拠(乙2)によれば、基準とすべき各即売会の総販売数及び本件分配対象同人誌の販売部数は、別紙イベント経費割付表1及び同2の「総部数」欄のとおりであり、各同人誌の販売部数は、各同人誌の「部数」欄記載のとおりであると認められる。このうち、平成27年10月18日のJ.GARDEN及び平成29年8月13日のコミックマーケットについて、ポストカードを割付けの基礎となる総販売部数に算入してこれらについても経費を割り付けるべきであるか否かについて争いがあるが、弁論の全趣旨によれば、それらの販売価格は1枚100円程度であると認められ、同人誌に比べて安価であり、同人誌に付随するおまけとしての性質を有するというべきであるから、これを総販売部数に算入するのは相当ではない。
 以上を前提に本件分配対象同人誌の販売部数が総販売数に占める割合を基礎に各イベントに係る経費をこれに応じて割り付けると、別紙イベント経費割付表1及び同2の各「割付」欄記載のとおりとなる。その合計は、各「割付」欄末尾の「経費合計」欄記載のとおりとなる。
エ 各同人誌に係る印刷費が別紙総経費計算表の「印刷費」欄記載の額を下らないことについて争いがないため、各作品の経費の合計額は、同「経費合計」欄記載のとおりとなる。
(4)両当事者の関与及び分配額
 証拠(甲1、27、28、29、30、67)及び弁論の全趣旨によれば、本件分配対象同人誌に対する原告及び被告の個別の関与の内容は別紙両当事者の各作品への個別の関与内容記載のとおりである。
 また、弁論の全趣旨によれば、上記の他に、本件分配対象同人誌の販売について、原告が書店販売の委託、管理の大部分を担当したこと(なお、コミコミスタジオへの委託契約については被告が行い、その後の作業は主として原告が行った。)、本件販売対象同人誌の販売も行われた通信販売サイトの開設、運営をしたことが認められる(これらの販売活動による販売部数については別紙販売部数一覧表のとおり。)。なお、原告の書店販売の委託管理、通信販売サイトの開設、運営、その他本件分配対象同人誌の販売に関してこれまでに認定したもの以外に一定の経費が発生して原告が負担し、一部未精算のものが存在することもうかがえ(甲3等参照)、これについても最終的な貢献度の中で一定程度考慮要素として取り扱うこととする。
 他方で、被告は、本件分配対象同人誌につき、前記ア、のとおり、販売イベント参加を主導し、印刷費、イベント参加費等の経費の一次的な負担等も行った上で、漫画家として実績のある被告のサークル名義で販売することによって、売上げに関与したことが認められる。
 上記各事情を総合的に考慮すると、両者の本件同人誌販売に関する貢献度は、別紙分配金計算表の「原告貢献度」欄記載の割合とするのが相当である。
 そうすると、原告の各同人誌についての分配額(マイナス表記の作品については負担額)は、同「原告取得額」欄記載のとおりになり、その合計額は、10万9046円になる。
 よって、被告は、本件分配対象同人誌に係る分配金として10万9046円の利得があり、原告は同額につき損失を被ったといえる。よって、原告の不当利得に基づく請求については同額を請求する限度で理由がある。
 また、原告は選択的に共同著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償を請求しているが、仮に何らかの権利侵害が認められたとしても、その損害額は、同額を超えるものではない。
2 争点2(未刊の同人誌販売に係る分配金)について
(1)これまでに認定した事実に加えて、証拠及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
ア 被告は、平成22年8月10日のコミックマーケットにおいて原告と被告が共同で「R」を基にした同人誌を製作することとなった。その後、同同人誌のタイトルを「U」とすることなった。(争いなし)
イ 原告は、平成23年10月9日、原告が「U」において担当する小説原稿を被告に交付した。同原稿は、a(8頁)、b(4頁)、c(2頁)、d(4頁)、e(5頁)、f(3頁)、g(2頁)、h(9頁)、i(7頁)、j(3頁)、k(5頁)、l(9頁)、m(8頁)、n(2頁)、o(3頁)、p(6頁)、q(6頁)、r(3頁)、s(6頁)、t(11頁)、u(10頁)によって構成されており(合計116頁)、このうち、b、i、lが後に「A」に掲載された。(甲1の1、20の1)
ウ 平成23年11月11日、被告の自宅で、原告と被告の対談が行われた。その後、原告は、この時の対談について、「A」に対談として掲載された部分(5頁分)のほかに、10頁分の対談をまとめた(甲1の1、21、22。ただし、後者については時期不明。)
エ 平成23年12月に「A」が発売された。被告から原告へ送付された平成24年の年賀状には「今年も「L」、出来れば「M」を頑張って出しましょう!!「A」に負けない勢いで。」などと記載されていた。(甲1の1、23)
オ 原告と被告は、平成24年1月、「L」にゲスト作家の原稿を掲載することとし、2名に打診したところ、いずれからも了承を得た。その後、同年4月、5月にゲスト作家それぞれと原告、被告の3名で打ち合わせを行った。原告は、同年5月30日に、ゲスト作家1名から初稿を受領し、これを被告に転送した。(争いなし)
カ 原告は、平成24年9月25日、同ゲスト作家から決定稿を受領し、入稿可能な状態にして被告に送付した(甲24)。
キ 平成24年12月頃、原告は、ゲスト作家両名に「L」の発売が平成25年夏に延期になることを伝えた。(弁論の全趣旨)
ク 原告は、平成25年3月21日、2人目のゲスト作家から決定稿を受領したため、被告にこれを送付した。その後、原告から被告に「L」の進行について相談しても、具体的な進捗はなかった。(甲25、弁論の全趣旨)
ケ 被告は、平成30年5月29日、「U」関係の資料、原告の完成原稿などを原告に返却した。(甲26、弁論の全趣旨)
(2)原告と被告との間で、「U」の続刊の発行に関して、時期、分量その他の契約内容の詳細が書面はもちろんのこと口頭であっても確認されたことはうかがわれない。
 「A」について、そのタイトルに「壱」と続刊を前提としている数字が付されていること、被告が原告に送付した年賀状の前記文面等からすると、原告と被告との間では、遅くとも「A」の発売時には、続巻を製作することが想定されていたと認められ、続刊でも被告は漫画部分を担当することが想定されていたと認められる。
 もっとも、そもそも被告の担当は創作活動にかかわるものであるほか、これに関与する者はいずれも同好の趣味に関するものとして上記の同人誌を製作することを想定していたといえる。その発行に関して、時期、分量その他の具体的な内容の詳細が確認されたこともない。これらを考慮すれば、原告やゲスト作家1名が一定の原稿を作成していたことを考慮しても、原告と被告との間で、「U」の続巻について、何らかの義務を生じさせるような合意が成立していたとは認められない。
 よって、原告と被告との間で、「U」の続刊について、被告が漫画を描き下ろして共に同人誌を販売するという契約が締結されたとは認められない。
 Pについて、証拠(甲76、77)及び弁論の全趣旨によれば、このような同人誌を作ることについて原告と被告との間で話題に上ったこと、原告が、小説(v(4頁)、w(4頁)、x(4頁)を製作し、被告が1頁の漫画を製作したことは認められるものの、契約内容について、何らかの内容を具体的に合意したことをうかがわせる事実はなく、その準備についても、少なくとも前記「A」の続刊の段階にすら及ばなかったことが認められるから、原告と被告との間で、同人誌製作契約が締結されたとは認められない。
 「V」については、続編について原告と被告との間で話題になったことを被告は否認し、その続編に関する事実を認めるに足りる証拠もなく、原告と被告との間で、同人誌製作契約が締結されたとは認められない。
3 争点3(業務委託料等)について
(1)本件同人誌の製作、販売に関するものについて
 原告が主張する業務のうち、@本件同人誌の製作に関する、原告の執筆・編集等、A原告が関与していない同人誌も含めた書店委託手続き代行、B通信販売サイトの開設・運営、C平成22年8月から平成29年10月までの同人誌即売会における手伝い、D平成24年8月の同人誌即売会用のうちわ、平成25年12月から平成29年までの同人誌即売会用のポスターのデザインについていずれも原告が実施したことについて争いはない。
 しかし、前記1(1)イで認定したとおり、原告と被告との間では、本件同人誌についていずれも共同で同人誌を製作、販売し、その貢献度に応じて収益を分配し、損失を分担する前提で同人誌の製作が行われていたというべきである。これらの業務のうち、本件同人誌に係るものは、その製作、販売そのもの、又はそれに付随する業務であり、これらの業務による関与は売上げの分配時に貢献度に応じて清算されるべきものといえる。これらの業務につき、損益にかかわらず個別に対価を発生させる旨の別段の合意が成立していたことをうかがわせる事情もない。そして、同人誌製作に係る収益の分配の結果は、前記1で認定したとおりであるから、当該分配金を超えて原告に契約に基づく請求権も、不当利得返還請求権も発生するとはいえない。
 なお、原告が主張する業務の中には、被告が単独で製作した同人誌についてのものがあり、これは本件同人誌の製作、販売に直接結びつかないものであり、この部分は、準委任契約(民法656条)に基づくものであるといえる。しかし、その報酬は特約がなければ報酬を請求できないものとされているところ(民法656条、648条1項)、明示の合意があったとは認められず、これらの業務が本件同人誌の製作、販売と共に行われていたことや、前記1(1)アで認定した原告と被告の関係性からすると、黙示の合意があったと認めることもできない。よって、この部分についても、原告に契約に基づく請求権は認められない。同様に、被告の利得に法律上の原因がなかったとは認められないから不当利得返還請求権も発生するともいえない。
(2)歴史講演会関係の業務について
 原告が主張する業務のうち、E被告が行った平成27年2月22日の歴史講演資料作成、チラシのデザイン、封入作業について、原告が講演資料を手直しして被告に交付したこと、被告の依頼に基づいてチラシのデザイン、封入作業を行ったことについて争いはない。しかし、被告は、講演資料の手直しは原告が勝手に行ったものであり、送付されてきた資料も利用しなかったと供述しており、講演資料の手直しは被告の依頼に基づくものであると認めるに足りる証拠はない。上記のその他の業務についても準委任契約であるといえるところ、報酬を支払うことについて明示の合意があったことを認めるに足りる証拠はない。前記1(1)アで認定した原告と被告の関係性からすると、原告の行為に基づいてこれらの業務が行われたとしても不自然であるとは言えず、黙示の合意があったと認めることもできない。かえって、その後本訴に至るまで本件について何ら原告からの請求がなかったこと(弁論の全趣旨)などは、報酬について合意がなかったことを裏付けるといえる。
 よって、歴史講演会関係の業務について、原告に契約に基づく請求権は認められない。同様に、被告の利得に法律上の原因がなかったとは認められないから、不当利得返還請求権も発生するともいえない。
(3)パソコンの設定、管理について
 原告が主張するF平成26年9月から10月にかけてのパソコンの初期設定及びその後の維持管理について、証拠(原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、被告の依頼に基づいて被告の亡父が残したパソコンから、必要なデータを選別し、その後、再設定、ソフトウェアの更新等の作業を行ったこと、その後も少なくとも数か月に1回程度の頻度で、同パソコンのデフラグやウイルスチェックなどを行っていたことが認められる。これらの業務は準委任契約に基づくものであるといえるが、報酬について明示の合意があったことは認められない。また、前記1(1)アで認定した原告と被告の関係性、本訴に至るまで報酬について何ら請求がなかったこと(弁論の全趣旨)からすると、報酬の支払について黙示の合意があったと認めることもできない。
 よって、パソコンの設定、管理について、原告に契約に基づく請求権は認められない。同様に、被告の利得に法律上の原因がなかったとは認められないから不当利得返還請求権も発生するともいえない。
(4)ヤフーオークションへの代理入札について
 原告が主張するG原告の平成27年1月のヤフーオークションへの代理入札について、証拠(甲3の6)及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成27年1月から平成28年1月までにかけて、被告の依頼に基づいてヤフーオークションで50件以上、総額290万円以上の物品を落札したことが認められる。これらの業務は準委任契約に基づくものであるといえるが、報酬について明示の合意があったことは認められない。また、前記1(1)アで認定した原告と被告の関係性、本訴に至るまで報酬について何ら請求がなかったこと(弁論の全趣旨)などからすると、黙示の合意があったと認めることもできない。かえって、同時期に原告が被告の依頼に基づいて行っていたヤフーオークションでの売却については、原告への手数料について合意し、その結果について明細書まで作成して報告して手数料を取得していた(乙4)にもかかわらず、落札についてはこのようなやり取りがされていなかったことは、落札については無報酬とする合意が成立していたことを裏付けるといえる。
 よって、ヤフーオークションでの入札について、原告に契約に基づく請求権は認められない。同様に、被告の利得に法律上の原因がなかったとは認められないから、不当利得返還請求権も発生するともいえない。
第4 結論
 以上のとおりであって、原告の不当利得に基づく本件同人誌に係る分配金の請求については、10万9046円及び本訴に係る訴状送達の日の翌日からの利息を請求する限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求についてはいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 佐伯良子
 裁判官 仲田憲史


別紙 作品目録(既刊)(記載省略)
別紙 作品目録(未刊)(記載省略)
別紙 原告請求額(既刊)(記載省略)
別紙 販売部数一覧表(被告主張)(記載省略)
別紙 作品別費用一覧表(被告主張)(記載省略)
別紙 イベント別費用一覧表(被告主張)(記載省略)
別紙 原告請求額(未刊)(記載省略)
別紙 販売部数一覧表(記載省略)
別紙 イベント経費一覧表(記載省略)
別紙 イベント経費割付表1(記載省略)
別紙 イベント経費割付表2(記載省略)
別紙 総経費計算表(記載省略)

別紙 両当事者の各作品への個別の関与内容
1 A(122頁)
(1)原告の関与
  小説(34頁)、原告と被告の対談(5頁)、家系図(5頁)
  本文(表紙以外の部分)のデザイン、構成、校正、編集
(2)被告の関与
  表紙のイラスト、漫画(60頁)、原告の小説の挿絵(4頁)
2 B(90頁)
 被告の過去のイラストを再編集した同人誌。
(1)原告の関与
  後記(2)記載の第三者による文章を現代語に意訳してまとめたもの(1頁)
  本文、表紙のデザイン、構成、編集、校正、被告作成原稿のデジタル化
(2)被告の関与
  同人誌のほぼ全てのページを占めるイラスト(表紙含む。)。なお、一部のイ ラストに付されている文章は、第三者によるものである。
3 C(30頁)
(1)原告の関与
  小説(4頁)
  小説文のデザイン
(2)被告の関与 表紙のイラスト、漫画(22頁)、イラスト(1頁)
4 D(34頁)
(1)原告の関与
  小説(10頁)、原告と被告の対談(6頁)
  本文、表紙のデザイン、構成、編集、校正、被告作成原稿のデジタル化
(2)被告の関与 表紙のイラスト、漫画(13頁)
5 E(38頁)
(1)原告の関与
  小説(10頁)
  本文、表紙のデザイン、構成、編集、校正、被告作成原稿のデジタル化
(2)被告の関与 表紙のイラスト、漫画(24頁)
6 F(62頁)
(1)原告の関与
  小説(20頁)
  本文、表紙のデザイン、構成、編集、校正、被告作成原稿のデジタル化
(2)被告の関与
  表紙のイラスト、漫画(40頁)
7 G(30頁)
(1)原告の関与
  原告と被告の対談(11頁)、イラスト(6頁分)に添えられたキャプション
  本文、表紙のデザイン、構成、編集、校正、被告作成原稿のデジタル化
(2)被告の関与
  表紙、漫画及びイラスト(16頁)、奥付きのイラスト(1頁)
8 I
(1)原告の関与
  原告と被告の対談(15頁)、系図・年表(3頁)
  本文、表紙のデザイン、構成、編集、校正、被告作成原稿のデジタル化
(2)被告の関与
  表紙のイラスト、漫画(67頁)
9 W(20頁)
(1)原告の関与
  本文、表紙のデザイン、構成、編集、校正、被告作成原稿のデジタル化
(2)被告の関与
  表紙を含む全ページに渡るイラスト

別紙 分配金計算表
  売上げ 経費 利益 原告貢献度 原告取得額
A 271,000 123,868 147,132 0.40 58,852
B 256,000 157,504 98,496 0.10 9,849
C 45,600 57,159 -11,559 0.15 -1,733
D 16,500 22,057 -5,557 0.55 -3,056
E 8,000 11,776 -3,776 0.30 -1,132
F 173,796 69,214 104,582 0.30 31,374
G 27,900 27,876 24 0.40 9
I 169,200 92,509 76,691 0.20 15,338
W 14,176 18,727 -4,551 0.10 -455
合計     401,482   109,046
line
 
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