判例全文 | ||
【事件名】「明石家さんまの転職DE天職」イラスト事件 【年月日】令和4年1月27日 大阪地裁 令和2年(ワ)第11834号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論終結日 令和3年12月2日) 判決 原告 P1 同訴訟代理人弁護士 益山直樹 被告 P2 主文 1 被告は、別紙原告イラスト目録記載のイラストを複製又は譲渡してはならない。 2 被告は、前項記載のイラストの画像データを記録した自己の管理下にある記録媒体から、当該データを消去せよ。 3 被告は、原告に対し、34万円及びこれに対する令和2年4月26日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求を棄却する。 5 訴訟費用は、これを40分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 6 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 主文第1項及び第2項に同旨 2 被告は、原告に対し、1202万8000円及びこれに対する令和2年4月26日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、イラストレーターである原告が、自己の著作物である別紙原告イラスト目録記載のイラスト(以下「本件イラスト」という。)を被告が無断で複製した上、原告のペンネームとは異なる著作者名によりテレビ番組の企画に応募するなどし、同番組において上記著作者名を表示して本件イラストが放送されたことにより、本件イラストに係る原告の著作権(複製権、公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたとして、被告に対し、著作権に基づく本件イラストの複製及び譲渡の差止め(著作権法112条1項)並びに本件イラストの画像データ(以下「本件データ」という。)の廃棄(同条2項)を求めると共に、上記番組に係る放送局及び番組制作会社との共同不法行為(民法719条1項)に基づく1202万8000円の損害賠償並びにこれに対する不法行為の日である令和2年4月26日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(末尾に証拠等を掲げていない事実は当事者間に争いがない。なお、枝番号のある証拠で枝番号の記載のないものは全ての枝番号を含む。) (1)当事者等 原告は、「X1」のペンネーム(以下「原告筆名」という。)でイラストレーター等として活動する者である(甲1、5)。 被告は、大阪府内に居住する者である。 日本テレビ放送網株式会社(以下「日テレ」という。)は、テレビ番組「明石家さんまの転職DE天職」(以下「本件番組」という。)の制作を統括し、これを自ら放送し又は全国の系列局に放送させたものである(弁論の全趣旨)。 株式会社いまじん(以下「いまじん」という。)は、日テレから本件番組の制作業務の委託を受け、これを行ったものである(弁論の全趣旨)。 (2)本件イラスト 原告は、平成28年6月19日、自ら作成した本件イラストを原告筆名の名義で開設するSNS「ツイッター」のアカウント(以下「原告アカウント」という。)により投稿してこれを公表した。 また、原告は、同年10月頃、イラスト集(以下「本件イラスト集」という。)を出版したが、本件イラスト集には掲載されたイラストの著作者名として原告筆名が表示され、また、本件イラストもこれに掲載されている。 さらに、本件イラストは、令和元年9月10日以降、「コンビニプリント」と称するサービスにより、全国のコンビニエンスストアでその複製物を購入し得るようになっているところ、そのサービス提供に当たり、原告筆名が著作者名として表示されている。 (以上につき甲5〜8、当裁判所に顕著な事実) (3)被告の行為等 日テレは、令和元年12月1日、本件番組に係る公式サイトに「絵画投稿募集」のフォーム(以下「本件募集フォーム」という。」)を設置し、作品の募集を行った。被告は、これを通じて本件イラストを応募し、いまじんに本件データを提供した(以下「本件応募行為」という。)。 いまじんは、被告から提供を受けた本件データを更に複製して本件番組の制作業務を行った。その際、被告は、いまじんに対し、本件イラストの著作者の筆名が「X245歳」である旨を伝えた。いまじんは、本件番組で本件イラストを取り上げるにあたり、画商に著名作品の盗作でないことを確認すると共に、被告に対して電話で筆名の確認等をしたものの、それ以上に、本件イラストの著作者につき、インターネット上での画像検索その他の方法による確認・調査を行わなかった。この点は、日テレも同様である。 本件番組は、令和2年4月26日午後7時〜午後9時54分の間、日テレ及びその系列局により放送されたところ、本件イラストは、「X245歳」を著作者名として表示して、同日午後7時13分頃から約19秒間取り上げられた。 (以上につき、甲2〜4、15、弁論の全趣旨) 3 主な争点 (1)被告の故意又は過失の有無 (2)原告の損害額 第3 争点に関する当事者の主張 1 被告の故意又は過失の有無(争点1) 〔原告の主張〕 (1)複製権侵害の故意 被告は、本件イラストが自己の作品でないことを認識しながら、本件応募行為に際しこれを複製した。 (2)氏名表示権侵害の故意・過失 ア 故意 本件募集フォームには、「明石家さんまに自分の絵をプロデュースしてほしい方大募集!」との記載と共に、白抜き赤文字で「※オリジナル作品に限ります」との注意書(以下「本件注意書」という。)がされていた。本件注意書によれば、他人の作品を自己の作品として応募する行為は、当該他人の了承の有無にかかわらず許容されないことが理解される。 それにもかかわらず、被告は、本件イラストが他人の作品であることを認識しながら、自己の作品として本件応募行為をした。したがって、被告による氏名表示権侵害は故意によるものである。 氏名表示権の侵害は公衆を欺くものとして刑事罰の対象であるから、仮に被告がSNSで知り合った人物から同人の作品として本件データの送信を受け、同人との合意(以下「本件合意」という。)の下に本件応募行為をしたとしても、そのような合意は原則として公序に反し無効であり、被告に故意がなかったとはいえない。 イ 過失 情報通信技術の発達により他人の著作物を容易に複製等ができる現代社会においては、SNSで知り合っただけの顔も知らない人物から同人の作品として著作物の電子データを譲り受けた場合、譲受人は、当該著作物について著作権法所定の著作権の制限を超える使用をする際には、譲渡人の同意の有無にかかわらず、当該著作物の著作者を可能な範囲で調査し、他人の著作権及び著作者人格権の侵害を回避すべき注意義務がある。 原告は、本件イラストを原告アカウントに平成28年6月と令和元年9月1日の2度投稿していた。そのため、被告は、令和元年12月当時、本件イラストをインターネット上で画像検索していれば、その著作者が原告であることを容易に知ることができた。そうである以上、仮に本件合意があったとしても、被告は前記の注意義務に違反したといえる。 〔被告の主張〕 否認ないし争う。 被告は、インターネットを通じて知り合った「P3」なる人物から、本件イラストは同人が作成したものであると聞かされて、本件データを譲り受けた。また、被告は、P3に趣旨を説明した上で、本件合意に基づき、本件応募行為をした。その際、被告は、本件注意書を認識しておらず、また、インターネットの画像検索等でイラストの著作者を調査し得ることも知らなかった。 また、被告は、いまじんから、本件イラストを本件番組で紹介するに当たってはペンネームでもよいとの説明を受けたため、P3の同意を得た上で、同人の「P3」と被告のSNS上の名称「X3」を合わせた「X2」をペンネームとし、これをいまじんに伝えた(以下、この行為と本件応募行為を合わせて「本件応募行為等」という。)。 したがって、本件イラストに係る複製権及び氏名表示権侵害につき、被告は、故意も過失もない。 2 原告の損害額(争点2) 〔原告の主張〕 (1)氏名表示権侵害による損害額 本件番組は、創作活動を行う人物が自己の作品を著名タレント「明石家さんま」にプロデュースしてもらうという主題の番組であり、全国的に放送され、その平均視聴者数は1111万8000人と推定されている。 また、本件番組内において本件イラストに対する積極的な評価が向けられたのは「X245歳」であって、原告ではない上、明石家さんまは、「45歳」という年齢に微妙な態度を示しつつ、アナウンサーとのやりとりで「年齢で選ぶわけないやろ。アホか!」、「俺のよこしまな気持ちは芸術や!」といった発言をして笑いを取ったものであり、本件イラストと「X245歳」なるペンネームとは、視聴者に強く印象付けられた。 こうした被告、いまじん及び日テレの一連の行為により、原告は、本件イラストが自分ではなく「X245歳」の作品として認識されるという屈辱を受け、甚大な精神的苦痛を味わった。しかも、現在も本件に関する記事がインターネット上で検索できる状態が続いており、原告の名誉は傷ついたままである。 このような原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、本件番組の平均視聴者数一人当たり1円として、1111万8000円を下らない。 (2)複製権及び公衆送信権侵害による損害額 被告及びいまじんによる本件イラストの複製権侵害並びに日テレの公衆送信権侵害による損害額は、合計30万円とするのが相当である。 (3)弁護士費用 原告は、本件の事件処理に直接関連して、本件訴訟提起までに原告訴訟代理人弁護士に対して合計61万円を支払った。 (4)まとめ 以上より、本件イラストに係る著作権侵害の不法行為による原告の損害額は、合計1202万8000円である。 〔被告の主張〕 否認ないし争う。 第4 当裁判所の判断 1 認定事実 前提事実(前記第2の2)に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 (1)本件応募行為等 本件応募フォームには、冒頭の「明石家さんまに自分の絵をプロデュースしてほしい方大募集!」との記載と共に、白抜きの赤字で「※オリジナル作品に限ります」との記載(本件注意書)がされていた。 被告は、上記のような本件応募フォームを通じて本件応募行為を行うに際し、本件データを複製した上でこれをいまじんに提供した。また、被告は、いまじんから本件イラストを本件番組で放送することに関して確認等を受けた際、本件イラストの作成者のペンネームが「X2」である旨を伝えた。 被告は、本件応募行為等に関し、原告の許諾を得ていなかった。 (以上につき、甲3、4、15〜17) (2)本件番組の放送等 本件番組は、令和2年4月26日(日曜日)午後7時〜午後9時54分の間、全国32地区中30地区において放送され、平均視聴人数は1111万8000人、本件番組を1分以上見た視聴者人数は3806万7000人であった。 本件番組では、本件応募フォームを通じて応募された作品中最終選考に残った23名の作品につき、制作者の作画の風景等が放送されたほか、一次選考を通過した他の88作品につき明石家さんまによる選考過程が放送されたところ、本件イラストは後者に含まれており、本件イラストが放送された時間は、同日午後7時13分頃から約19秒であった。その際、本件イラストは、「X245歳」の作品として紹介されると共に、明石家さんまが、その少女漫画のようなタッチが「意外と好き」などと述べた上、45歳という年齢に関して反応を示し、司会進行担当のアナウンサーとのやり取り等の中で、「年齢で選ぶわけないやろ。アホか」、「俺のよこしまな気持ちは芸術や!」等と、笑いを取るための発言をするなどし、他の出演者も本件イラストについてコメントするなどした。 本件番組の放送終了後、本件番組で本件イラストが原告ではなく「X2」の作品として紹介されたことは、SNSやインターネット配信されたニュース等で取り上げられ、現在も閲覧可能なものが残っている。 (以上につき、甲3、12〜14、17、36、当裁判所に顕著な事実) (3)原告及び本件イラスト等 原告は、本件イラストが掲載作品に含まれる本件イラスト集を出版し、即売会やオンラインストアを通じて販売している。また、本件イラストは、令和元年9月10日から「コンビニプリント」と称するサービスによりその複製物を購入し得るところ、その料金は、L版1枚が160円、2L版1枚が310円である。 なお、原告は、これまで約220点のイラストを制作し、本件イラスト集を含めイラスト集9冊を自費出版しており、また、原告アカウントのフォロワー数は2万5000超である。 (以上につき甲1、5、6、8、36、当裁判所に顕著な事実) 2 検討 (1)著作権及び著作者人格権の侵害 ア 前提事実(第2の2(2))によれば、原告は、本件イラストの著作者として、その著作権及び著作者人格権を有する者と認められる。にもかかわらず、被告が、本件応募行為等に際し、本件データを原告に無断で複製していまじんに提供し、また、いまじんに対し本件イラストの著作者が「X2」である旨を伝えたことにより、本件番組の放送に際してはその旨の表示がされ、原告の実名又は原告筆名は著作者として表示されなかった。 イ 被告の故意又は過失の有無(争点1) 被告は、本件イラストの著作者ではなく、また、その主張を前提としても、SNSを通じて知り合っただけの人物から同人の作品としてデータの提供を受けたにとどまる。 本件応募フォーム、とりわけ本件注意書の記載内容(前記1(1))に鑑みれば、本件番組がオリジナル作品の制作者本人による応募を前提とするものであることは容易に理解される。また、この趣旨を踏まえれば、仮に制作者本人以外の者が応募する場合であっても、応募者が制作者本人の承諾等を得た上で応募すべきことが求められることも、やはり容易に理解し得る。さらに、日テレ及びその系列局で本件番組が放送されること及び放送日時等も踏まえれば、本件番組が多くの視聴者により視聴されることも容易に予想される。 他方、昨今のインターネットをめぐる状況を踏まえると、SNSその他ウェブサイト等を通じて、他人が作成したイラスト等の画像データを入手することは事実上容易であり、また、検索サイトによる画像検索等の方法により特定の画像の制作者等を特定することは、特別の専門的知識等がなくとも比較的容易である。 以上のような事情を踏まえれば、被告は、本件応募行為等に際し、本件イラストに係る他人の著作権及び著作者人格権を侵害することのないよう、インターネット上の画像検索等の客観性を有する適切な方法により、その著作者ないし著作権者を確認すべき注意義務を負っていたことが認められる。にもかかわらず、被告は、その主張を前提としても、単に被告に本件データを提供した人物(P3)に本件イラストが同人の作品であることなどを直接電話等で確認したにとどまる。そうである以上、被告には、本件イラストに係る著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)の各侵害行為について、少なくとも過失が認められる(なお、原告は、複製権侵害につき、明示的には被告の故意を主張するにとどまるが、その主張全体の趣旨から、過失の主張も包むものと理解される。)。これに反する被告の主張は採用できない。 ウ 小括 したがって、被告の行為は、本件イラストに係る原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)侵害の不法行為と認められ、被告には、日テレ及びいまじんと共に、著作権(複製権、公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)侵害の共同不法行為が成立する。 (2)原告の損害額(争点2) ア 著作者人格権(氏名表示権)侵害による損害額 被告は、本件応募行為等を行うにあたり、著作者として原告筆名を表示しなかったにとどまらず、事実と異なる「X245歳」なる表示をさせた点で、氏名表示権の侵害態様としてはより悪質である。 また、本件番組が著名タレントである明石家さんまが出演し、その名を冠したいわゆる冠番組であることや、放送された地域的範囲、日時及び本件番組内で本件イラストが紹介された時間帯に鑑みると、多く視聴者が本件番組を視聴していたことは容易に推察され、実際、そのようなデータが示されている(前記1(2))。さらに、本件番組内で本件イラストが紹介された際、明石家さんまが、本件イラストの制作者として表示された「X245歳」につき、その年齢等に着目した発言をしたこと(同前)等により、当該表示は視聴者に明確かつ具体的に印象付けられたことがうかがわれる。 もっとも、本件番組内で実際に本件イラストが取り上げられた時間は約19秒という短時間にとどまる(同前)。また、本件番組における本件イラストの取り上げられ方は、著作者の表示の点はさておき、作品そのものについては積極的な評価を示すものであり、本件イラスト及びその著作者の社会的声望を低下させるような内容ではなかったことがうかがわれる。 これらの事情を総合的に考慮すると共に、原告と日テレ及びいまじんとの間では本件に関連する紛争が解決済みであること(当裁判所に顕著)なども加味すると、被告による著作者人格権(氏名表示権)侵害によって原告に生じた精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料は、30万円をもって相当と認められる。 イ 著作権侵害に関する損害額 前記1(3)認定に係る本件イラスト及びこれを掲載作品に含む本件イラスト集に基づく原告の収益活動その他原告のイラストレーターとしての活動状況等に鑑みると、原告が本件イラストの提供により相応の事業収益を得ていることはうかがわれる。もっとも、その発行部数や売上の具体的状況は証拠上明らかでない。このことと、本件番組が複数回放送されたことをうかがわせる事情は見当たらないことなど、本件に表れた一切の事情を総合的に考慮すると、著作権侵害によって原告に生じた損害額については、1万円とするのが相当である。 ウ 弁護士費用 原告は、本件訴訟提起及び遂行等のために弁護士を選任しているところ、本件事案の内容、認容額等を総合すると、被告、日テレ及びいまじんの共同不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、3万円とするのが相当である。 エ 小括 したがって、原告の損害額は、合計34万円と認められる。 (3)まとめ 以上より、原告は、被告に対し、本件イラストの著作権(複製権、公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)に係る被告、日テレ及びいまじんとの共同不法行為に基づき、34万円の損害賠償請求権及びこれに対する不法行為の日である令和2年4月26日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金請求権を有する。 第5 結論 よって、原告の請求は、主文の限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとする。なお、主文第1項及び第2項については、仮執行の宣言を付すのは相当でないから、これを付さないこととする。 大阪地方裁判所第26民事部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 杉浦一輝 裁判官 布目真利子 【別紙】原告イラスト目録 |
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