判例全文 line
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【事件名】現代美術作品の和解条項違反事件
【年月日】令和4年1月21日
 東京地裁 平成30年(ワ)第39000号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年11月12日)

判決
原告 AことB
同訴訟代理人弁護士 島村和也
同 熊王斉子
被告 亡C訴訟承継人D
同訴訟代理人弁護士 井田大輔
同 山本雄祐


主文
1 被告は、原告に対し、400万円及びこれに対する平成30年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、57分の56を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
 被告は、原告に対し、2億2710万円及びこれに対する平成30年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、美術商である原告が、著名な美術家であったC(以下「亡C」という。)の相続人である被告に対し、亡Cが、原告と亡Cとの訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)の和解条項の2項(4)(以下「本件禁止条項」という。)に違反する態様で作品の公表等をしたと主張し、本件和解の定める違約金1800万円及び本件和解の債務不履行による損害金合計2億0910万円並びにこれらに対する本訴状送達の日の翌日である平成30年12月24日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実。なお、本判決を通じ、証拠を摘示する場合には、特に断らない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者等
ア 原告は、「A」の名称を使用し、現代美術を取り扱っている美術商である。(弁論の全趣旨)
イ 亡Cは、昭和41年から活動を始め、木や石、紙や鉄材などの素材を未加工の状態で提示する「もの派」や「ポストもの派」を代表する作家として活躍した美術家であるが(甲4、5)、本件訴訟が提起された後である令和2年8月27日に死亡した。
ウ 被告は、亡Cの子であり、他の相続人らが相続を放棄したため、亡Cの唯一の相続人となった者である。
(2)本件和解に至る経緯
ア 原告と亡Cとの間には、少なくとも昭和55年から平成3年まで、亡Cが制作した作品を原告が独占的に買い取り、管理をすることなどを内容とする独占契約が存在し、平成3年以後も、契約書は交わされなかったものの、亡Cは、原告に対し、自らの制作した作品を納入するという関係が継続されていた。(甲8・3頁、32・2丁、38・2頁)
イ ドイツのミュンヘンに所在するレンバッハハウス市立美術館は、平成13年(2001年)4月28日から、亡Cの展示会を開催したが、その際、原告の関与の下、亡Cの作品目録とされる「ECATALOGUERAISONNE1963-2001」(以下「本件カタログ・レゾネ」という。)が製作され、亡Cの作品309点が収録された。(甲7、43)
ウ 亡Cは、平成23年5月2日付けで、原告に対し、亡Cの制作する作品を原告が買い取るという継続的な契約関係が終了していることを確認するなどとする通知をしたが、原告は、これに反論し、両者の債権債務の清算などのため、平成24年3月20日付け合意書、平成25年3月12日付け債務弁済契約公正証書が交わされた。(甲32ないし35)
エ 原告は、平成27年9月25日、亡Cに対し、美術商であるF(以下「本件画廊1」という。)が販売活動を担当し、作品明細に「1970/2015」との表記がされている亡Cの作品「WireRope」と称する作品(以下「前訴作品」という。)を廃棄し、その作品明細から「1970/」との記載を削除することなどを求める訴訟(以下「本件前訴」という。)を提起した。前訴作品は、本件画廊1の階段の下に、既成の工業製品であるワイヤーロープ1本を固定したものであったが、本件カタログ・レゾネには、これと同様に大学の教室にワイヤーロープ1本を固定した作品が、「1970」との年代表記の下で掲載されていた。(甲7・58頁ないし58頁、8、甲38・15頁ないし16頁)
 原告は、本件前訴において、概略、亡Cの作品には、完成後に保管場所などの関係で廃棄され、後に「原作品を再現した真作としての再制作品」が制作されるものがあるため、前訴作品の「1970/2015」という表記は、昭和45年(1970年)に制作された原作品を平成27年(2015年)に再制作したことを意味することになるが、原告は、前記アで問題とされる独占契約に基づき、その「再制作を行う権利」も含め、そのような原作の著作権の譲渡を受けていることなどを主張した。
オ 原告と亡Cは、平成28年9月2日、本件前訴における各訴訟代理人の出頭の下、本件和解を成立させ、亡Cが、原告に対し、後記(4)の本件禁止条項のとおり、「本件カタログ・レゾネに記載されていない立体作品を、1963年から2001年までの間に自らが制作した作品であるとして公表しない」こと、「本件カタログ・レゾネに記載されていない作品が存在すること又は存在したことを前提とする作品明細表記を行わない」こと、「本件カタログ・レゾネに記載されていない作品の複製であると誤認させる年代表記を行わない」ことを約した。(甲9)
(3)本件訴訟に至る経緯
ア 前記(2)エのとおり、前訴作品の販売活動を担当していた本件画廊1は、平成30年5月12日頃、本件カタログ・レゾネに掲載されていない作品である「BattleShip、Ref.A」(以下「本件作品1」という。)の画像に「1969」と付記し、作品「OilPool」(以下「本件作品2」という。)の画像に「1970/2015」と付記し、これらを亡Cの作品として、自らのウェブサイト上に掲載していた。(甲11、12)
イ 美術商であるG(以下「本件画廊2」という。)は、平成30年5月31日頃、本件カタログ・レゾネに掲載されていない作品「Ship#2」(以下「本件作品4」という。)の画像に「1964」と付記し、作品「Untitled」(以下「本件作品5」という。)の画像に「1993」と付記し、これらを亡Cの作品として、自らのウェブサイト上に掲載していた。(甲20、21)
ウ 美術商であるH(以下「本件画廊3」という。)は、平成30年7月17日頃、自らのウェブサイトにおいて、平成24年6月2日から開催された「Ship60's&WorkonPaper」と題する亡Cの作品展のカタログ(以下「本件カタログ」という。)として、本件カタログ・レゾネに掲載されていない「Ship」の作品5点(以下「本件作品5」ないし「本件作品9」という。)を含む作品を収録したものを販売していた。(甲22、23)
エ 原告は、平成30年12月18日、亡Cを相手方とし、亡Cが、前記の本件画廊1ないし3(以下「本件美術商ら」という。)を通じ、本件作品1ないし9(以下「本件各作品」という。)について、本件禁止条項に違反する行為をしたなどとして、本件訴訟を提起した。被告は、亡Cが令和2年8月27日に死亡したため、相続放棄の熟慮期間を伸長する審判を受けた上、令和3年7月7日、本件訴訟の受継の届出をした。
(4)本件和解の和解調書の内容
「1(確認事項)
(1)から(3)(略)
(4)原告と被告は、被告が1963年から2001年までに制作し、被告が制作した作品として公表した全ての立体作品は、「ECATALOGUERAISONNE1963-2001」(LENBACHHAUS)(2001年出版、レンバッハハウス美術館)、以下、「本件カタログ・レゾネ」という。)に全て記載されていることを確認する。
(5)原告と被告は、本和解期日において、原告と被告の間に、被告の制作に係る作品についての独占販売契約が存在しないことを相互に確認する。
2(被告の義務、遵守事項)
(1)(略)
(2)被告は、原告の書面による事前承諾がない限り、本件各作品の再制作を行わない。
(3)(略)
(4)被告は、自らがこれまでに制作した又は今後制作する作品について、当該作品の作品表記、作品制作、作品発表、作品販売にあたり、以下の事項を遵守する。
ア 被告は、原告の書面による事前承諾がない限り、本件カタログ・レゾネに記載されていない立体作品を、1963年から2001年までの間に自らが制作した作品であるとして公表しない。
 また、上記期間内に被告が制作した立体作品で、本件カタログ・レゾネに掲載されていない立体作品が第三者の下に存在することが判明した場合、当該立体作品については、レンバッハハウス美術館が制作するカタログ・レゾネ(本件カタログ・レゾネの改訂版、又は、新たに制作されるカタログ・レゾネ)において公表する場合、又は、上記立体作品が、上記期間内に被告により制作された立体作品であることをレンバッハ美術館が承認し、許諾した場合には、上記立体作品を被告の作品として公表することができる。ただし、当該立体作品が公表される新しいカタログ・レゾネを出版する前に、原告と被告とは、当該作品が本件カタログ・レゾネに掲載されなかったことについて別途協議する。
イ 被告は、前項アで公表することができるとされた場合を除き、本件カタログ・レゾネに記載されていない作品が存在すること又は存在したことを前提とする作品明細表記を行わない。
ウ 被告は、本件各作品又は本件カタログ・レゾネに記載されていない作品の複製であると誤認させる年代表記を行わない。
(5)被告が、上記(1)ないし(4)に違反した場合、被告は、原告に対し、遵守事項違反に基づく違約金として、違反した作品1点ごとに200万円を、違反発覚後すみやかに支払う。ただし、被告の違反行為により原告に損害が生じた場合、原告が、被告に対し、別途、損害賠償請求することを妨げない。
3(以下略)(別紙略)」
3 争点
(1)本件禁止条項に違反する行為の意義(争点1)
(2)本件作品1及び2に係る本件禁止条項違反の有無(争点2)
(3)本件作品3及び4に係る本件禁止条項違反の有無(争点3)
(4)本件作品5ないし9に係る本件禁止条項違反の有無(争点4)
(5)被告が責任を負う金額(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件禁止条項に違反する行為の意義)について
(原告の主張)
(1)本件禁止条項は、亡C自身が主体となってする作品公表、作品明細表記及び年代表記(以下「作品公表等」という。)のみならず、本件美術商らのように、亡Cから作品表記、作品制作、作品発表及び作品販売(以下「作品販売等」という。)の委託又は許諾を受けた者が主体となってする作品公表等をも対象とすると理解すべきである。
 なぜならば、他人に特定の行為を委託又は許諾した者は、当該他人(履行補助者)が、当該委託等に係る行為をするに当たり、本人が遵守すべき義務に違反した場合、その義務違反の責任を負うべきであるからである。そして、この場合における作品販売等の委託は商事代理に当たるから、その作品公表等に当たり、個別具体的な指示や委託まであったことは不要である。
 実際、本件美術商らは、亡Cを自らの契約作家と称し、あるいは、亡Cを代理していると表示した上、本件各作品を販促品とするなどし、亡Cの紹介宣伝活動を行っていた。そうすると、亡Cが、これらの行為を黙認し、年代詐称による利益を得ていた以上、明確な委託や許諾がなかったとしても、その作品公表等を第三者による行為と評価するべきではない。
 まして、本件前訴は、亡Cの作品販売等の履行補助者であった本件画廊1が、本件カタログ・レゾネに矛盾抵触する作品公表等をしていたことを問題とした事案である。このような本件和解の趣旨及び経緯に照らしても、亡Cの作品販売等の履行補助者による作品公表等は、本件禁止条項の対象となる行為であるというべきである。
(2)また、本件禁止条項と対象となる作品公表等には、本件和解が成立した時点において、既に著作権法4条の「公表」がされていた作品に対するものが含まれると解すべきである。そして、これを争う被告の主張に実質的な理由がないことは、以下に説明するとおりである。
ア 著作権法上、「公表」の語は、同法4条の「公表」に限らず、同法76条2項の「公表」のように、多義的に使用されている。他方、本件禁止条項は、亡Cが「これまでに制作」した作品を含め、作品公表等を禁じているのであるから、その対象から既に同法4条の「公表」がされた作品を除外して理解する理由がない。
イ 現実にも、本件和解成立の時点において、未公表の作品が存在しないことは、本件和解の確認条項にあるとおりであるから、その存在の可能性を考慮する必要はない。そもそも、被告は、当該確認条項の存在によって、本件禁止条項の解釈適用に当たり、本件カタログ・レゾネに掲載されていない作品が存在するという事実自体を主張し得ない。
(被告の主張)
(1)本件禁止条項は、以下に論ずるとおり、亡Cの行為を対象とするものと解すべきであって、原告が問題とする本件美術商らの行為は、そもそも本件禁止条項に違反する行為に当たらない。
ア 弁護士も関与して成立した訴訟上の和解においては、特別の事情のない限り、和解調書に記載された文言と異なる意味に和解の趣旨を解すべきではないのであり、文言を離れた解釈は許されない。
 本件和解についてみるに、本件禁止条項は、「被告」(亡C)を主語とし、「公表」、「作品明細表記」及び「年代表記」を「行わない」ことを明記したものであり、その文言上、「第三者」による行為は禁じていないから、当該条項は、「第三者」による作品公表等を禁止したものであるとは解されず、亡Cに対し、「第三者」をして、作品公表等を「させない」という義務を課したものでもないと解すべきである。
 実質的にみても、第三者に作品公表等をさせない義務を履行しようとすれば、第三者に譲渡等した作品全部について、本件和解の成立前に遡った調査管理をするという過大な負担が生じ、当該作品を取り扱う画廊等にも予測不能な損害を与える。本件禁止条項は、第三者の不測の損害に配慮して作成されたという経緯があり、第三者の下にある作品に関し、亡Cに積極的な作為義務を課したものと解することはできない。
 また、原告は、美術品の販売業態に通暁しており、亡Cの作品が第三者の下で転々流通していることも認識していたのであるから、仮に、原告が、本件和解において、第三者の下にあるような作品を含め、本件カタログ・レゾネと矛盾する作品公表等の一切を禁止しようとしていたのであれば、その趣旨を明記するよう求めることは容易であったはずである。しかるに、本件禁止条項は、そのような文言を含むものではない。
 以上のとおり、本件禁止条項の文言に加え、実際的な妥当性を考慮しても、本件禁止条項は、亡C氏に対し、第三者に作品公表をさせない作為義務を課す条項ではないと解すべきであり、原告の主張が、そのような趣旨をいうものであれば失当である(なお、原告は、亡Cには、第三者による作品公表等に協力しない不作為義務があるかのようにも主張するが、そのような義務を課しても、第三者の作品公表等を禁じる実効性がない。)。
イ これに対し、原告は、美術商が亡Cの「履行補助者」にすぎないなどと主張し、そうである以上、美術商による作品公表等であっても、亡Cによる本件禁止条項に違反する行為に当たると主張する。
 しかし、美術商が、作家本人から販売目的で作品を買い取ることは日常的なことであるが、そのように譲り受けた作品をウェブサイトに掲載するなどすることは、当該美術商の独自の判断に委ねられており、作家の承諾を得る必要もない。このような場合に、当該美術商を「履行補助者」ということはできず、原告の前記主張は失当である。
 そして、前記アのとおり、本件禁止条項は、亡Cに対し、第三者の下にある作品に関して、積極的な作為義務を課したものではないことを考慮すれば、原告のいう「履行補助者」に当たるためには、作品公表等をすることについて、明示的な委託又は許諾を受けた者であることを要するというべきであるが、本件美術商らについて、そのような事情の主張立証はない。
(2)また、本件和解が、著作権及び著作者人格権に係る取決めであることからすると、本件禁止条項にいう「公表」の意義は、著作権法の一般的な解釈に従うべきである。したがって、本件各作品のように、本件和解の成立前に公衆に提示されるなどした作品を改めてウェブサイトに掲載するなどすることが、本件禁止条項に違反する余地はない。なお、原告は、本件カタログ・レゾネに掲載されない未公表の作品が存在することを否定するが、そのような作品は存在することは客観的事実である。実際、本件禁止条項にも、未公表の作品の存在が「判明」した場合の手続に係る規定がある。
2 争点2(本件作品1及び2に係る本件禁止条項違反の有無)について
(原告の主張)
(1)亡Cが責任を負う理由があること
 以下の事情によれば、民法99条、109条、商法504条の趣旨に照らし、亡Cは、本件作品1及び2について、本件画廊1のウェブサイト上に作品公表等がされていることの責任を免れない。
ア 本件画廊1は、自らのウェブサイトにおいて、亡Cを自らの「契約作家」であるとして、亡Cや亡Cの作品を紹介し、亡Cのための広告宣伝をしている。このような行為は、その著作権者や肖像権者の許諾なしに行い得ないものであるから、本件画廊1が、亡Cの作品販売等に関し、亡Cの委託又は許諾を受けていることは明らかである。
イ そして、本件画廊1は、本件作品1及び2の作品公表等をするなどし、亡Cとの契約関係を前提に、その経済的効果が亡Cに帰属する広告宣伝活動をしている。また、本件画廊1が、契約作家の作品の公表に当たり、本件画廊1と契約関係にある作家の意向を尊重するのは当然であるから、その作品の公表は、作家の了解を得ているものと理解されるのが一般である。
ウ なお、本件訴訟においては、本件画廊1が、1970年に存在しなかった本件作品2に「1970/2015」との表記した行為を問題としているが、この行為は、本件前訴で問題となった本件画廊1の行為と全く同一であるという事情がある。しかも、本件画廊1自身が、このような表記方法について、「Cが良く使う表記方法です。」(甲47)と説明している。
(2)本件作品1に係る事情の補足
ア 本件画廊1は、本件作品1を「弊社在庫」に所持していないから(乙4)、その所有権も有していないと考えられる。そうすると、亡Cは、本件画廊1が、本件作品1の作品公表等をするに当たり、著作権者としての許諾をしていたはずである。
イ 仮に、被告が主張するように、本件画廊1が、本件作品1を形式的に購入していたとしても、本件画廊1は、これを「非売品」と表示し、亡Cの作品の宣伝のための販促品としているのであるから(乙9)、本件画廊1は、亡Cの履行補助者に当たるというべきである。
(3)本件作品2に係る事情の補足
ア 本件作品2は、主要な部材は既に廃棄されており、本件画廊1が所有権を主張し得る作品ではない。本件画廊1は、そのウェブサイトにおいて、亡Cが権利者である旨の表示をしていた。
イ また、本件画廊1は、本件作品2を亡Cによる再制作を前提とする「コミッションワーク」あると位置付け、亡Cが、その販売価格その他の条件に関与するものとして取り扱っている(乙4)。
ウ すなわち、本件画廊1は、本件作品2を販売してはおらず、これをウェブサイトに掲載することで顧客を誘引し、亡Cに本件作品2に類似する作品を発注し、利益を得させようとしていたことになる(乙4)。
エ 他方、亡Cは、本件画廊1をして、亡Cの「契約作家」と表示させ、本件作品2の作品表記の内容の決定についても、関与及び許諾したことを自認する。そうすると、亡Cが責任は免れる理由はない。
(被告の主張)
(1)亡Cが責任を負う理由がないこと
 本件作品1及び2の作品公表等をした主体は、F(本件画廊1)であるというべきであり、亡Cに本件禁止条項違反はない。
ア 亡Cは、本件和解前の時点において、本件作品1及び2を公表し、本件画廊1に譲渡していた。そして、本件画廊は、本件和解前の時点において、亡Cから聴き取った事実関係等に基づき、その作品表記等の内容を決定していた。
イ 亡Cが、本件画廊に対し、本件作品1及び2の販売に係る委託等をした事実はない。そもそも、本件作品1及び2は、本件画廊1が買い取ったものであり、新作の販売委託を受けたような場合とは異なり、作品表記等を含め、その展示方法は、本件画廊1が独自に判断するものである。
(2)本件作品1に係る事情の補足
ア 本件画廊1は、平成22年8月27日、亡Cから本件作品1を購入し(乙1、9、10)、平成24年1月6日から開催された展示会に出展している(甲16)。したがって、その作品明細表記についても、この展示会までに、本件画廊1が決定していたはずである。
イ 原告は、本件画廊1が、本件作品1を「弊社在庫」にないと回答したことを根拠に、これを所有していないと主張する。しかし、当該回答は、本件画廊1の内部倉庫には置いていないという趣旨をいうにすぎず、実際、担当者は、同時に、希望があれば「探します」(乙4)と回答している。
(3)本件作品2に係る事情の補足
ア 本件画廊1は、平成27年1月16日、亡Cから本件作品2の寄贈を受け(乙11)、同月17日から開催された展示会に出展した。したがって、その作品明細表記についても、本件作品1と同様、同展示会までに、本件画廊1が決定していたはずである。
イ 原告は、本件画廊1が、本件作品2の権利者が亡Cにあると表示していたなどと主張するが、実際には、本件画廊1は、本件作品2が、顧客の要望に応じて新たに作品を構築するというものであるため、「PROVENEANCE」(来歴)は「TheArtist」(C)であると表示していたにすぎない。
ウ また、本件画廊1は、本件作品2のステータスを「非売」としていたが、そのことは、亡Cとの間に、本件作品2の再制作に関する委託関係が存在しなかったことを意味する(乙4)。そうすると、本件画廊1が、本件作品2に係る亡Cの履行補助者に当たるとはいえない。
エ なお、原告が問題とする「コミッションワーク」とは、完成作品と同一のものを再構築するのではなく、設置場所に合ったものをテーラーメイドするという趣旨にすぎない(乙4)。そのため、亡Cが、本件作品2の販売条件などに係る決定権を有していたことを示すものではない。
3 争点3(本件作品3及び4に係る本件禁止条項違反の有無)について
(原告の主張)
(1)亡Cが責任を負う根拠
 以下の事情によれば、民法99条、109条、商法504条の趣旨に照らし、亡Cは、本件作品3及び4について、G(本件画廊2)のウェブサイト上に本件禁止条項に違反する作品公表等がされていることの責任を免れない。ア本件画廊2は、亡Cについて、自らが「代理する作家」であるとし、ウェブサイト上で、亡Cのための広告宣伝をしている。そうすると、本件画廊2が、作品販売等について、亡Cの委託又は許諾を受けていたことは明らかであり、その経済的効果は亡Cに帰属する。
イ また、本件画廊2が、契約関係にある作家の作品を紹介する当たり、当該作家の意向を尊重するのは当然であるから、本件画廊2のウェブサイト上に、当該作家の作品が掲載されていれば、その作品公表等は、作家の了解を得ているものと理解されるのが一般である。
(2)本件作品3に係る事情の補足
ア 被告は、本件作品3が、平成24年(2012年)12月6日に本件画廊2に譲渡されていたと主張する。しかし、被告の主張によれば、当該作品は、昭和39年(1964年)には作成されていたことになるにもかかわらず、その保管状況は明らかされていない。
イ 被告は、前記譲渡を立証するという「買取証」(乙8)を提出するが、その代金額に端数があること、美術商は、作家から「売渡証」を入手するのであり、作家に「買取証」を提出する理由がないことからすれば、後付けで作成されたものとしか考えられない。
(3)本件作品4に係る事情の補足
ア 被告は、本件作品4は、本件和解が成立する前の時点において、既に第三者の所有であったと主張する。しかし、その根拠とされる美術品委託契約書(乙2)に添付された作品明細の内容は、本件作品4の内容と一致せず、本件作品4に係る被告の主張を立証するものとはいえない。
イ むしろ、同契約書は、亡Cの作品の販売等について、亡Cと本件画廊2とが深い関係を示すものとなっている。そうすると、本件画廊2は、亡Cの履行補助者として、その委託又は許諾の下、本件禁止条項に違反する作品公表等をしたというべきである。
(被告の主張)
(1)亡Cが責任を負う理由がないこと
 本件作品3及び4の作品公表等をした主体は、本件画廊2であるというべきであり、亡Cに本件禁止条項違反はない。
ア 亡Cは、本件画廊2との間で、何らかの継続的契約を締結したことはない。本件画廊2は、平成26年(2014年)4月10日、本件作品3及び4を展示会に出展しており、自らの活動履歴として、これをウェブサイト上に掲載しているにすぎない。
イ そして、その作品明細についても、亡Cから聴取した事実関係等に基づき、本件画廊2が決定していた。これらの作品は、本件画廊2が買い取ったものであるから、新作の販売委託を受けたような場合とは異なり、作品表記等の内容を含め、その展示方法は、本件画廊2が独自に判断するものである。
ウ このように、本件作品3及び4は、本件和解が成立する前に、既に「公表」されていたものであり、そうでないとしても、その作品公表等をしたのは本件画廊2であり、亡Cではないから、これらの作品について、亡Cが、本件禁止条項違反の責任を負う余地はない。
エ なお、本件画廊2は、そのウェブサイトにおいて、「GalleryRepresentingArtists」と表記して、亡Cを紹介しているが、このような表記は、本件画廊2の代表者と亡Cが個人的な面識関係を有していることを意味するにすぎず、両者間に販売代理契約があることを意味するものではない。
(2)本件作品3に係る事情の補足
ア 本件作品3は、亡Cが、平成24年12月6日、本件画廊2に売却した作品であり、本件画廊2は、亡Cに対し、388万6470円を振り込むとともに(乙7)、「買取証」(乙8)を発行している。
イ このように、本件作品3の所有権は、確定的に本件画廊2に移転していたのであり、亡Cは、本件画廊2が、これをウェブサイト上に掲載することを止める権限など何ら有していなかった。
(3)本件作品4に係る事情の補足
ア 本件作品4は、個人収集家のIに売却済みの作品であり、同人が平成25年8月26日に死亡したため、その相続人が、本件画廊2に寄贈又は販売の委託をしていたものである。
イ 確かに、前記委託に係る美術品委託契約書(乙2)において、本件画廊2が寄贈又は販売をするには、亡Cの承諾が必要とされたが、これは、前記相続人には本件画廊2の処分の適正を判断する能力がなかったからにすぎない。
ウ このような亡Cの関与は、故人の意思を代弁するという立場からのものであり、まして、作品をウェブサイト上に掲載することについては、契約書の文言上も、亡Cの承諾の対象とされていない。
4 争点4(本件作品5ないし9に係る本件禁止条項違反の有無)について
(原告の主張)
(1)H(本件画廊3)は、そのウェブサイトにおいて、亡Cの広告宣伝活動を行っている。また、被告は、亡Cが、本件画廊3による本件カタログの作品明細表記の決定に関与したことを自認する。そうすると、本件画廊3は、亡Cの委託又は許諾を受け、本件カタログを販売し、本件作品5ないし9の作品公表等をしていると考えられるのであり、亡Cは、その責任を免れ得ない。
(2)これに対し、被告は、亡Cにおいて本件画廊3が本件カタログを販売している事実を知らなかったなどと主張する。しかし、亡Cには、その履行補助者たる本件画廊3を管理監督する責任があり、また、自らの著作権を管理する責任もあるのであるから、亡Cが、本件カタログを販売している事実を知らなかったこと自体が、亡Cの過失を基礎付けるものである。
(被告の主張)
 本件作品5ないし9の作品公表等をした主体は、本件画廊3であるというべきであり、亡Cに本件禁止条項違反はない。
(1)亡Cは、平成24年(2012年)6月2日頃、本件画廊3で個展を開催し、本件作品5ないし9を「公表」した。したがって、亡C又は本件画廊3が、その後に、これらの作品をウェブサイト上に掲載したとしても、本件禁止条項に規定する「公表」には当たらない。
(2)また、本件カタログは、前記の個展のために本件画廊3が制作したものであるが、本件作品5ないし9の作品明細表記も、前記個展が開催された時点において、亡Cから聴取した事実関係等に基づき、本件画廊3が決定していたものであり、亡Cが決定したものではない。
(3)そして、前記個展の後に売れ残った本件カタログの処分方法は、その所有権を有する本件画廊3の判断に委ねられている。もとより、亡Cは、本件カタログが販売されていたこと自体を知らず、その販売にも関与していない(なお、本件作品5については、その所有権も本件画廊3にある。)。
5 争点5(被告が責任を負う金額)について
(原告の主張)
(1)争点1ないし4で主張したとおり、亡Cは、合計9点の本件各作品について、本件禁止条項に違反する作品公表等をした。したがって、本件和解の和解条項2(5)本文に基づき、亡Cは、原告に対し、本件禁止条項違反を理由として、1800万円(200万円×9点)の違約金を支払うべき義務を負うものであり、被告は、これを相続した。
(2)また、亡Cの作品公表等によって、原告が所有する本件各作品の同種作品21点の価値が下落した。したがって、亡Cは、原告に対し、前記違約金1800万円に加え、前記和解条項2(5)ただし書に基づき、前記の価値下落分に相当する原告の損害金合計2億2710万円(甲26、27)をも賠償する義務を負うものであり、被告は、これを相続した。
(被告の主張)
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件禁止条項に違反する行為の意義)について
(1)本件禁止条項の対象者について
ア 訴訟代理人である弁護士が関与して成立した訴訟上の和解条項は、その文言自体が相互に矛盾し又はその文言自体によっては意味を了解し難いなど、和解条項それ自体に内包する瑕疵を含むような特段の事情がない限り、これに表示された文言と異なる意味に解するのは相当ではない(最高裁昭和43年(オ)第1246号同44年7月10日第一小法廷判決・民集23巻8号1450頁参照)。
 これを本件についてみると、前記前提事実(4)によれば、本件和解は訴訟代理人である弁護士が関与して成立した訴訟上の和解であるところ、本件禁止条項は、その文言どおり解すれば、「被告」(亡C)が、@「公表しない」こと、A「作品明細表記を行わない」こと、B「年代表記を行わない」ことを定めたものであることは明らかであり、本件禁止条項に、第三者による作品公表等を禁止するものと解し得る文言は存在しない。
 そうすると、本件禁止条項は、亡Cに限り、所定の作品公表等を禁止する旨を定めたものであると解するのが相当であり、本件美術商らに対してまで、所定の作品公表等を禁止する旨を定めたものと解することはできない。
イ これに対し、原告は、本件前訴が、第三者である本件画廊1による作品公表等を問題とした事案であったという本件和解の経緯から、本件美術商らに対しても所定の作品公表などを禁止する旨を定めたものであると主張する。
 しかし、原告と亡Cを当事者とする本件和解において、第三者による作品公表等を禁止しようというのであれば、和解条項上文言にその旨規定すべきであるのに、そのような明示的な条項はないのであるから、原告主張に係る和解の経緯を考慮しても、上記判断を左右するに至らない。
 もとより、物理的、自然的には、本件美術商らが作品公表等をした場合であっても、規範的な観点から、亡Cについて上記の行為の主体性を認め得る場合があることを否定するものではないが、原告の主張のとおり、本件美術商らが作品公表等をした場合に、直ちに亡Cが本件禁止条項違反となると解するのは、その文言に照らし相当ではない。
 したがって、原告の主張は、本件禁止条項を正解するものとはいえず、採用することができない。
(2)本件禁止条項にいう「公表」について
 被告は、本件禁止条項にいう「公表」は、著作権法4条にいう「公表」に限定される旨主張する。
 しかし、本件禁止条項は、訴訟代理人である弁護士が関与して成立した訴訟上の和解によるものであって、これに表示された文言と異なる意味に解するのは相当ではないことは、上記(1)において説示したとおりである。
 これを本件についてみると、前記前提事実(4)によれば、本件禁止条項には、単に「公表」と規定するにとどまり、これが著作権4条にいう「公表」と同義であることを明示する文言は存在しない。しかも、本件和解の趣旨目的は、被告において1963年から2001年までの間に制作した作品が本件カタログ・レゾネに全て記載されていることを確認するとともに、これに抵触する行為を禁止するものといえる。そうすると、本件禁止条項は、本件カタログ・レゾネに記載されていない作品については、既に公表された作品を含め、上記の期間に制作された旨の作品明細表記等をしないことを約したものと解するのが自然である。そうすると、本件禁止条項にいう「公表」は、本件和解の趣旨目的に照らしても、著作権法4条にいう「公表」に限定されるものではないと解するのが相当である。
 したがって、被告の主張は、採用することができない。
2 争点2(本件作品1及び2に係る本件禁止条項違反の有無)について
(1)前記前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件作品1及び2に係る経緯について、以下の事実を認めることができる。
ア G(本件画廊2)の代表者である証人J(以下「証人J」という。)は、平成21年ないし平成22年頃、亡Cと知り合い、その作品を取り扱うようになった。(甲31、証人J・2頁及び3頁)
 そして、本件画廊2は、同年8月27日には、F(本件画廊1)に対しても、本件作品1を販売したが、平成23年3月24日、原告の担当者との会談において、原告と亡Cの間の独占契約は解消されておらず、本件画廊2の行為は、責任問題になる旨の指摘を受けた。(甲31)
イ 亡Cは、平成23年5月2日付けで、原告に対し、上記独占契約が終了している旨の通知をし、平成25年3月12日頃、原告と当該契約を解消することに合意した。(甲32ないし35、40・12頁)
ウ 本件画廊1は、平成24年1月6日から亡Cの展示会を開催し、本件作品1を展示したが、亡Cと相談の上、その作品明細表記において、年代表記を「1966」とした。(甲16)
エ 本件画廊1は、平成27年1月17日からも亡Cの展示会を開催し、前訴作品及び本件作品2を展示したが、亡Cと相談の上、それらの作品明細表記において、年代表記を「1970/2015」とした。(甲16、47)
 このような年代表記について、亡Cは、昭和45年(1970年)に作品のアイデアが考え出され、平成27年(2015年)に作品が実際に制作されたという意味であることを説明しており、実際にも、これらの作品が制作されたのは、同年のことであった。(甲47、乙11)
オ 本件画廊1は、平成27年5月12日頃、年代表記を「1970/2015」としたまま、前訴作品の販売活動をしていたが、原告は、亡Cに対し、本件前訴を提起し、亡Cは、本件和解において、前訴作品の展示及び販売を止めることなどを約した。(甲8・8頁、9、38・7頁)
カ 本件画廊1は、本件和解後の平成30年5月12日頃、自らのウェブサイトにおいて、亡Cの「SelectedArtwork」として、年代表記を「1969」とし、本件作品1を掲載し、また、年代表記を「1970/2015」とし、本件作品2を掲載していた。(甲12)
キ 本件画廊1は、同月24日、原告の知人がした本件作品1及び2の販売価格等の問合せに対し、本件作品1は「現在、弊社在庫」には存在しないが、希望があれば、作品を探すことは可能であり、本件作品2は、4年前に販売価格30万ドルを提示したことがあるが、「作家に再制作を依頼するコミッションワーク」であるため、販売価格などの条件について、作家と交渉する必要がある旨の回答をした。その後、本件画廊1は、本件作品1については6万ドルを、本件作品2については、コミッション(発注)作品のため作家の確認を要する旨の留保を付した上で30万ドルを、それぞれ参考価格として提示した。(甲17、18、19)
ク 本件作品2は、亡Cが、前記エの展示会の際に制作し、本件画廊1に寄贈したものであったが、廃油を730cm×300cmの枠に注いで展示するという作品(OilPool)であり、前記キの問合せの時点では、廃油を抜いて金属の底板を廃棄するなど解体した状態で、枠板が保管されているのみであった。(乙4、11)
 そのため、本件画廊1の担当者は、本件作品2の販売といっても、廃油を金属枠に注いで展示するという本件作品2の性質上、購入者の希望に即したものをテーラーメイドして一から作り直すことを前提とすべきであるから、新たに準備する底板等を設置場所に輸送した上、亡Cに対し、現場での構築作業を依頼する方向で内部的な調整を進めていた。もっとも、その後、上記キの問合せが、原告が情報収集のためにしたものであることが判明したため、同担当者は、その調整作業を打ち切った。(甲19、乙4)
ケ 本件画廊1は、令和元年8月9日頃、そのウェブサイトにおいて、「WORKSAVAILABLEBY」の作家と区別された「ARTISTS」(契約作家)として、亡Cの名前を掲載し、その経歴や作品を紹介していた。(甲45)
(2)上記の認定事実によれば、本件作品2は、本件画廊1に寄贈された上、亡Cの提案に基づいて決められた年代表記「1970/2015」の下、本件画廊1のウェブサイトに掲載されていたものであるが、その性質は、亡Cが購入者の希望に即して一から制作されるものであるから、その販売に当たっては亡Cの関与が必須であり、しかも、亡Cは、本件画廊1から同様の作品の制作を依頼された場合には、後日相当高額な対価を受領することが予定されていたことが認められる。
 このような本件作品2の性質、亡Cの関与の内容、程度等の諸事情を総合考慮すると、亡Cは、本件画廊1との間で、本件画廊1が本件作品2に関する発注等の調整や取次ぎなどをするとともに、本件作品2の販売に当たって亡Cにおいて同様の作品を一から制作することを合意していたことが認められる。これらの事情を踏まえると、亡Cは、本件画廊1との間で、本件画廊1が、本件和解成立後も上記年代表記の下、そのウェブサイトに本件作品2を掲載することについても、合意していたものと推認するのが相当である。したがって、本件画廊1が本件作品2の前記年代表記を公表したのは、亡Cとの合意の下での行為の結果であるというべきであるから、亡Cも、上記公表の主体であると認めるのが相当である。
 そして、本件画廊1が本件作品2のほかに本件作品1についても同様に亡Cの作品としてウェブサイト上に併せて掲載していた事情のほか、前記(1)において認定したとおり、契約作家とされている亡Cと本件画廊1との本件前訴より前から続く密接な関係をも踏まえると、上記の理は本件作品1についても異なるところはないというべきであって、亡Cは、本件和解成立後も本件作品1の前記年代表記を公表することについても、合意していたものと推認するのが相当である。
 したがって、亡Cは、本件作品1及び2につき、本件禁止条項に違反したものと認めるのが相当である。
(3)これに対し、被告は、亡Cが、本件作品1及び2の前記年代表記をした主体と評価されることを争うものの、以下のとおり、いずれも採用することができない。
ア 被告は、本件作品1及び2の所有権が、本件画廊1にあることを指摘し、亡Cは、本件画廊1に対し、本件画廊1に所有権のある作品の販売委託等をするはずがなく、その年代表記を決定するのは、所有者である本件画廊1であるという趣旨の主張をする。
 しかし、本件作品2は、その所有権が移転すれば基本的に作家と無関係になる通常の作品とは性質を異にするものであって、上記(2)において説示するとおり、亡Cが購入者の希望に即して一から制作するものであるから、
 その販売に当たっては亡Cの関与が必須である。しかも、亡Cは、本件画廊1から同様の作品の制作を依頼された場合には、後日相当高額な対価を受領することが予定されていたことが認められる。そうすると、被告の主張を考慮しても、亡Cの関与の程度、本件画廊1との密接な関係等を踏まえると、上記判断を左右するに至らない。
イ また、被告は、本件画廊1が、本件作品2に係るステータスを「非売」としていたことなどを主張し、亡Cとの間に、本件作品2の制作に関する委託関係が存在せず、亡Cが、本件画廊1との関係において、本件作品2の販売条件などに係る決定権を有していたことを争っている。
 確かに、本件画廊1の担当者の陳述書には、本件画廊1の内部データーベースには、本件作品2のステータスが「非売」とされていた旨の記載がある(乙4・5頁)。しかし、当該担当者は、実際には、それにもかかわらず、亡Cに同様の作品の制作を依頼する方向で内部的な調整を進めていたことは(同・5頁及び6頁)、前記(1)クにおいて認定したとおりである。
 そうすると、被告主張に係る上記記載の内容も、上記認定を妨げるものとはいえない。
(4)以上によれば、亡Cは、本件作品1及び2について、本件禁止条項に違反したものと認めることができる。
3 争点3(本件作品3及び4に係る本件禁止条項違反の有無)について
(1)前記前提事実、証拠(乙14、証人J及び後掲証拠)及び弁論の全趣旨によれば、本件作品3及び4に係る経緯について、以下の事実を認めることができる。
ア G(本件画廊2)の代表者である証人Jは、平成21年ないし平成22年頃、亡Cと知り合い、その作品を取り扱うとともに、これを海外の美術館にプロデュースするような事業も手掛けるようになった。(甲31、証人J・2頁ないし4頁)
イ 原告の担当者は、平成23年3月24日、証人Jから求められた会談において、原告と亡Cの間の独占契約は解消されておらず、本件画廊2の行為は、「責任問題」になる旨の指摘をした。(甲31)
ウ 亡Cは、平成23年5月2日付けで、原告に対し、前記独占契約が終了している旨の通知をし、平成25年3月12日頃、原告と当該契約を解消することに合意した。(甲32ないし35、40・12頁)
エ 本件画廊2は、平成24年12月6日、本件作品3を388万6470円で買い取った。(乙7、8、証人J・10頁)証人Jは、その頃、亡Cから本件作品3に係る説明を受け、本件作品3は、実際には平成24年頃に制作されたものではあるものの、昭和39年(1964年)に制作された作品をベースとするものであるという認識を得た上、その年代が本件作品3自体にも記入されていたことから、その作品明細表記における年代表記も「1964」とすることとした。(乙14・2頁、証人J・10頁及び11頁)
オ 本件画廊2は、平成25年8月頃、Kから本件作品4を含む亡Cの作品を預かった。(証人J・13頁及び14頁)
 Kは、本件作品4を含む亡Cの作品を相続し、これらを販売又は寄贈の方法で処分するため、本件画廊2を利用したものであったが、美術品の知識を有さず、本件画廊2による処分の適正性を判断し得なかった。そのため、Kは、その美術品委託契約書上、処分に当たっては、Kと本件画廊2に加え、同人と信頼関係のあった亡Cが協議の上決定し、あるいは、合意することが条件となる旨の条項が定められた。(乙2、14)
カ そして、本件画廊2は、本件作品4の預託を受けた平成25年頃、亡Cから制作年代などの情報を聴取した上、自らサイズを測り直すなどし、その作品明細表記を決定した。本件画廊2は、その頃、亡Cとも相談し、それらの作品を国立近代美術館などに寄贈することを打診するなどしたが、その話は進まず、その後は、それらの作品の処分について、積極的な動きには出なかった。(証人J・13頁、14頁、20頁及び21頁)
キ なお、本件作品4は、前記美術品委託契約書上、そのサイズが「110×127×20cm」と記載されており、これは「横110cm×縦127cm×奥行20cm」を意味するものと理解されたが、本件画廊2が測り直した結果、横120.5cm×縦110cm×奥行18cmのサイズであったことから、本件画廊2は、「120.5×110×18cm」という作品明細表記を採用した。(甲21、乙2、証人J・13頁)
ク 本件画廊2は、平成26年4月頃、ドイツのケルンで開催されたアートフェアに、亡Cの作品として、本件作品3及び4を出展し、その作品明細表記において、それぞれ「1964」及び「1993」という年代表記をした。(乙15、証人J・9頁、14頁)
ケ 本件画廊2は、前記クに出展した平成26年頃、本件作品3及び4の画像を自らのウェブサイトに掲載し、その作品明細表記において、前記クの年代表記を付すなどしたが、現在まで、その掲載内容を変更していない。(甲20、21、証人J・9頁、11頁、12頁、19頁及び20頁)
コ 本件画廊2は、自らのウェブサイトにおいて、本件画廊2と付き合いがあり、本件画廊2を通じ連絡を取ることが可能な作家という意味で、亡Cを「WorksAvailablebyArtists」とは区別された「GalleryRepresentingArtists」として紹介している。(甲42、証人J・4頁及び5頁)
(2)上記の認定事実によれば、原告が問題とする本件画廊2のウェブサイト上における本件作品3及び4の年代表記は、本件画廊2が、本件和解の成立前である平成26年頃に掲載したものであることが認められ、他方、本件作品3及び4は、本件作品2とは異なり、それ自体完成された作品であって、その後の亡Cの関与が何ら想定されていたものではなく、亡Cが、本件和解の成立後、当該年代表記の掲載を継続することなどについて、何らかの関与をし、あるいは、これに関与すべき地位にあったことを認めるに足りる証拠はない。これらの事情の下においては、亡Cが、本件和解の成立後、本件作品3及び4の前記年代表記をしたものと評価することはできず、本件作品3及び4については、本件禁止条項に違反したものと認めることはできない。
(3)これに対し、原告は、亡Cも、当該年代表記をした主体であると評価されるべきであると主張するが、以下のとおり、いずれも採用することができない。
ア 原告は、本件画廊2が亡Cを代理(Representing)する立場にあり、作品販売等について、亡Cの委託又は許諾を得ていたはずであると主張する。しかし、前記(1)コの認定のとおり、本件画廊2は、当該作家と面識があるため、連絡窓口となることが可能であるという趣旨で「GalleryRepresentingArtists」という表現を使用しているにすぎないのであるから、原告の主張は、前提を欠くものといえる。
イ 原告は、画廊であれば自らのウェブサイト上に作品を掲載するに際し、作家の意向を尊重するはずであると主張する。しかし、原告の主張を前提としても、前記(1)ケの認定のとおり、本件作品3及び4に係る年代表記は、本件和解の成立前に既に掲載されていたものであって、和解成立後において、亡Cが当該掲載について何らかの意向を示し又は本件画廊2からこれを示されていたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の主張は、上記認定を左右するに至らない。
ウ 原告は、本件作品3の譲渡前の保管状況が不明であり、その譲渡に係る証拠にも不審点があると主張する。しかし、前記(1)エの認定のとおり、本件作品3は、亡Cが、平成24年頃に制作した作品を同年中に譲渡したものであり、亡Cの預金通帳(乙7)に振り込まれている金額が、「買取証」(乙8)に記載された金額と同一であるという事実関係を踏まえても、原告主張に係る事情は、憶測の域を出るものではなく、上記認定を左右するものではない。
エ 原告は、本件画廊2がKから預かったとする作品のサイズは、本件作品4のサイズとは異なり、両者が同一であるとはいえないと主張する。しかし、前記(1)キの認定のとおり、当該サイズは、本件画廊2が測り直したものであり、本件作品4の不整形な形状(甲21)に照らしても、その測り方によって、同認定程度の数値の相違が生じても不自然でないといえるから、原告主張に係る事情は、上記認定を左右するものではない。
オ 原告は、本件画廊2とKとの間の美術品委託契約書は、本件画廊2と亡Cとの深い関係を示すものになっていると主張する。しかし、前記(1)オの認定のとおり、当該契約書は、亡Cと委託者たるK側との信頼関係を前提に規定されたものとみる方が自然である上、亡Cが、当該契約書に基づき、本件画廊2と何らかの関与をしていたと認めるべき証拠もない。そうすると、原告の主張は、上記認定を左右するに至らない。
(4)以上によれば、亡Cが、本件作品3及び4について、本件禁止条項に違反したものと認めることはできない。
4 争点4(本件作品5ないし9に係る本件禁止条項違反の有無)について
(1)前記前提事実、証拠(乙16及び後掲証拠)及び弁論の全趣旨によれば、本件画廊3は、本件和解の成立前である平成24年6月から7月にかけて、亡Cの個展(甲22)を開催したこと、本件作品5ないし9を含む作品を収録した本件カタログ(甲23)は、本件画廊3の費用負担において当該個展のために作成されたカタログであり、本件画廊3が所有するものであること、本件画廊3は、本件作品5については買い取り、本件作品6ないし9その他の展示作品については亡Cに返却したこと、本件画廊3は、上記個展の終了後、本件画廊3は、当該個展の終了後も、本件カタログの売れ残りを販売しているものの、本件画廊3自身は、当該販売行為は画廊の自由であるものと認識し、亡Cにはこれを一切報告していなかったこと、以上の事実を認めることができる。
 上記認定事実によれば、本件作品5ないし9を含む作品を収録した本件カタログは、本件和解の成立前において、上記個展に使用するために本件画廊3の費用負担において作成されたものであり、本件画廊3は、当該個展が終了した後も、本件カタログの売れ残りを販売しているが、亡Cにはこれを一切報告していなかったことが認められる。その他に、亡Cが、本件和解の成立後において、本件カタログの販売に関与し、あるいは、これに関与すべき地位にあったことを認めるべき証拠はない。
 これらの事情の下においては、亡Cが、本件作品5ないし9について、本件禁止条項に違反したものと認めることはできない。
(2)これに対し、原告は、@亡Cが、本件カタログの作成に関与していること、A亡Cには、亡Cの「履行補助者」に当たる本件画廊3を管理監督する責任があることなどを主張する。しかし、@仮に亡Cが本件カタログの作成に関与していたとして、それは本件和解の成立前のことであるにすぎず、A本件画廊3は、本件作品5については買い取り、本件作品6ないし9については亡Cに返却しているのであって、本件画廊3が、個展終了後においても、これらの作品の販売等に関与したことを認めるに足りる証拠はない。そして、原告においても、本件画廊3が亡Cの「履行補助者」に相当する地位にあったことを認めるに足りる事実を具体的に主張立証するものではないから、原告の主張は、上記判断を左右するものではない。
(3)以上によれば、亡Cが、本件作品5ないし9について、本件禁止条項に違反したものと認めることはできない。
5 争点5(被告が責任を負う金額)について
(1)前記2ないし4のとおり、亡Cは、本件作品1及び2について、本件禁止条項に違反したものといえるから、亡Cの唯一の相続人である被告は、本件和解の和解条項2(5)の規定(前記前提事実(4))に基づき、原告に対し、各200万円の合計400万円の違約金を支払う義務を負うものと認めるのが相当である。
(2)そして、原告は、上記違約金に加え、亡Cによる本件禁止条項違反によって、本件作品1及び2と同種の作品の価値が下落したと主張する。しかし、これを裏付けるという証拠は、原告の担当者の推測による報告書(甲26、27)のみであって、上記下落を具体的に裏付けるに足りず、原告の主張は、採用することができない。
(3)そうすると、被告は、原告に対し、上記400万円の限度で、その損害を賠償する義務を負うとするのが相当である。
6 結論
 よって、原告の請求は、400万円及びこれに対する平成30年12月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、その限度で認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 吉野俊太郎
 裁判官 齊藤敦
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