判例全文 line
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【事件名】類似標章“ANOWA”事件
【年月日】令和3年12月24日
 東京地裁 令和2年(ワ)第19840号 商号使用差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年10月27日)

判決
原告 株式会社アノワ
同訴訟代理人弁護士 土門宏
被告 株式会社アノワ
同訴訟代理人弁護士 川野智弘
同 山本奈緒


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は、別紙2記載の被告標章1ないし3を雑誌・ウェブサイト・テレビ・新聞・広告チラシ・看板等の紙媒体・電子媒体・電波媒体で利用又は表示してはならない。
2 被告は、別紙3記載の被告商品に表示されている被告標章1の表示を削除せよ。
3 被告は、株式会社アノワの商号(以下「被告商号」という。)を使用してはならない。
4 被告は、原告に対し、名古屋法務局平成30年6月20日付けをもってしたその商号を株式会社アノワと変更する旨の、登記の抹消登記手続をせよ。
5 被告は、ウェブサイトにおいてドメイン名ANOWA41.JP(以下「被告ドメイン名」という。)を使用してはならない。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告に対し、@被告が、被告商品などに被告標章1ないし3を付していることが、別紙1記載の原告標章に対する原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして、著作権112条に基づき、その妨害排除と妨害予防を求めるほか、A被告が、不正の目的をもって、原告と同一の商号を使用しているとして、会社法8条2項に基づき、被告商号の使用の差止めと抹消手続を求めるとともに、B被告が、原告の特定商品等表示に類似する被告ドメイン名を使用等していることが不正競争防止法2条1項19号に規定する不正競争に該当するとして、同法3条1項に基づき、その使用の差止めを求めた事案である。
 なお、裁判所は、当事者双方に心証を開示した上、早期解決を図るために、被告標章1及び2のデザインを任意で修正する方向での和解を勧告したのに対し、被告は、裁判所の意向を踏まえこれに応ずる意向を示したものの、原告が和解による解決を受け入れなかったため、当審における和解は打ち切られた。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実をいう。なお、証拠を摘示する場合には、特に断らない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者等
ア 原告は、昭和52年4月28日に設立され、商業施設、文化施設等の企画、設計、監理及び施工、陳列用器具・家具の設計、製造、販売及び賃貸などを目的とする株式会社である(甲1)。
イ 被告は、食料品、健康食品等の企画、製造及び販売、化粧品、美容用品、美容機器等の企画、製造及び販売などを目的とする株式会社であるが(甲28)、現在では、被告商品の販売を主な事業としている。
ウ 本件口頭弁論終結日時点における被告代表者であったBは、被告とは別に、飲食店の経営などをしてきた実業家であり、昭和の末頃から広くテレビ出演するなど活躍し、「歩く百億円」なる異名をとるなど、社会的に信用もある著名な人物である(甲32、乙8、9)。
(2)原告の事業
ア 原告は、遅くとも平成12年4月頃までに、商業施設の内装や什器のデザインなどに係る原告の事業のロゴデザインとして、原告標章の使用を始め(甲8、9、27)、同年12月14日、ANOWA.CO.JPのドメイン名の登録を受け、これを原告の事業のためのウェブサイトに使用している(甲4の2、甲10)。
イ 原告は、平成28年1月8日、ANOWA.JPのドメイン名の登録を受けたほか(甲4の1)、令和元年9月13日、原告標章からなる図案及び標準文字「アノワ」について、「店舗内装のデザインの考案、店舗什器のデザインの考案、小売店舗のデザインの考案」を指定役務(第42類)として、それぞれ商標登録を受けた(甲2)。
(3)被告の行為
ア 被告は、平成30年6月14日、法人の目的を現在のものに変更するとともに、その商号を「株式会社山神」から被告商号である「株式会社アノワ」に変更し、これが同月20日に登記された(甲28)。
イ 被告は、令和元年5月14日、被告ドメイン名を登録し(甲29)、現在まで、これを使用したウェブサイト(以下「被告サイト」という。)を運営している(甲30)。
ウ 被告商品は、令和2年1月7日発行のファッション雑誌において、「膣内フローラをジェルで整える」という文句を添え、被告標章1が付された被告商品が写真とともに紹介された(甲31)。
エ 被告は、令和2年6月頃、被告サイトにおいて、別紙5のとおり、被告標章1が付された被告商品の写真を掲載するほか、被告標章1ないし3を使用するなどして被告商品を宣伝していた(甲30)。
オ 被告は、遅くとも令和3年5月頃、被告標章1を含まず、横書きの2行に、「ANOWA41」、「DOCTOR’SCOSMETIC」と記載する被告商品を販売した(甲37、乙6)。
(4)被告商品
 被告サイトは、被告商品につき、女性ホルモンの減少に伴い外陰部や膣は痩せて乾燥しやすくなり膣内環境も変化し様々な不快症状が生ずるとして、顔のスキンケアと同じように、デリケートゾーン全体のケアをするジェルとして、宣伝紹介している(乙6)。
3 争点
(1)原告標章の著作物性の有無(争点1)
(2)被告標章1の依拠性の有無(争点2)
(3)被告標章3による著作者人格権侵害の有無(争点3)
(4)会社法8条1項の「不正の目的」の有無(争点4)
(5)会社法8条2項の「侵害されるおそれ」の有無(争点5)
(6)被告ドメイン名による不正競争行為の有無(争点6)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告標章の著作物性の有無)について
(原告の主張)
(1)原告標章は実用的に使用されるものであるが、そのような理由のみによって、美術作品と同様の保護を受けられないとすると、人間の思想又は感情の創作的表現を保護するという著作権法の理念が無視されることになる。そうすると、実用品のデザインであっても、不正競争防止法2条1項3号の「商品の形態」として保護される場合との均衡を考えて、著作物性の有無を判断すべきである。
(2)そして、原告標章には、次に掲げるアないしエに示す美の追究がある。これらは、原告代表者Cの美的感性によるアルファベット5文字の選定、字体の工夫、文字の配列・配置であり、原告標章に対し、鑑賞の対象になり得るだけの美の創作的表現を与えている。したがって、原告標章は、著作権法上の「著作物」に該当するというべきである。
ア Cは、ANOWAの5文字を選定し、発音のしやすさからAの文字を最初と最後に配置する構図にし、見る者に自然とアノワの発音を誘発する文字の配列表現にした。このような表現には、卓越したデザイナーとしての感覚に基づいた美の表現があるといえる。
イ Cは、別紙4のとおり、ANOWAの5文字を2段表示にし、中段の文字の大きさとの比率を3:1:3とし、下段の2文字の幅と3段表示の文字の高さを1:1とし、安定感がある配置とした。その結果、当該配置は、まとまりのある表現となっている。
ウ 原告標章は、上段と下段の中間に、大きさの違う文字で標語を配置することにより、ANOWAの文字を強調し、同時に、その標語によって、原告の事業を具体的にアピールしている。これによって、図全体に均整のとれた美観を生じさせている。
エ V字型(逆三角形)の構図は、不安定な印象を表すとされているのに対し、原告標章は、その逆三角形の下方をカットしたような構図としている。そのため、上記のような不安定感が除かれている上、躍動感を感じさせる美観が生じている。
(3)これに対し、被告は、原告標章が、当然に選択されるべき文字の配列にすぎず、ありふれた表現であり、著作物性がないなどと主張する。しかし、文字体系には、ローマ字、ひらがな、漢字、ハングルなど種々のものが存在するのであるから、当然に選択されるべき文字などはない。その上、その配列については、多様に無限の変化があるのであり、そこに創作性が発揮される余地があるのであるから、原告の主張は失当である。そもそも、原告標章には、ありふれた表現などというものはなく、創作性があり、美的印象を与えるものであるからこそ、被告は、自らの事業のため、これを使用したのである。
(被告の主張)
(1)原告標章は、いわゆる文字を用いたロゴマークである。そして、文字は、万人共有の文化的財産ともいうべきものであり、また、本来的には情報伝達という実用的機能を有するものであるから、ロゴマークについては、情報伝達機能を離れたデザイン的要素に「美術」の著作物と同視し得る美的創作性が感得できる場合に限り、著作物性が認められるべきである。
(2)これを原告標章についてみるに、原告標章の5文字の選定や配列は、「アノワ」の語を選択した場合に、当然に選択されるべきアルファベットの配列にすぎず、そのこと自体には何らの美的創作性も存在し得ない。そして、その配置や構図も、ありふれた表現の域を出ないから、原告標章に美術の著作物と同視し得るような美的創作性が感得できるものとはいえない。
2 争点2(被告標章1の依拠性の有無)について
(原告の主張)
(1)Bが、原告標章に依拠し、被告標章1を作成し、被告商品に係る商品等表示としたことは、次に掲げるアないしオの事実から明らかである(なお、被告標章2は、下記のエを満たさないが、決定的な相違ではないから、同様に原告標章に依拠したものと考えられる。)。
ア 被告標章1は、Cの造語であるANOWAの5文字を使用しており、Bが、原告標章に依拠せず、この5文字を選定することは確率からみてあり得ないこと
イ 被告標章1は、ANOWAの5文字が、「ANO」と「WA」の2段に表示されている点において原告標章と同様である上、これと標語部分との文字の配置、配列、間隔が原告標章と同一であること
ウ 被告標章1は、別紙4のとおり、各段の高さの比率が3:1:3で原告標章と同じであり、全体の高さと「WA」の部分の横幅が同一である点も原告標章と同じであること
エ 被告標章1は、原告標章と同様に、ANOWAの「A」の右下セリフ部分と「N」の左下セリフ部分が連続しており、3段表示における上段と下段の表現が原告標章と同一であること
オ 被告標章1と原告標章の標語部分の表現の相違は、ANOWAの部分が共通することに比し、見る者に対し決定的印象を与えるものではなく、全く異なる表現にはなっていないこと
(2)これに対し、被告は、「アノワ」の商号やロゴデザインは、Bが独自に着想したものであると主張するが、@Bは、訴訟前の交渉において、そのような反論(甲37)をしていなかった上、Aその着想過程の説明は、不十分なものであり、信用することができない。
(被告の主張)
 Bは、次に掲げる(1)ないし(3)のとおり、原告の存在や原告標章の存在を認識せず、独自に「アノワ」の商号やドメイン、図案を考案したものである。そのため、被告標章1は、原告標章に依拠したものではなく、そのように断じる根拠もない。
(1)Bは、平成30年6月頃までに、被告商号を「アノワ」とすると決め、同月14日付けで変更決議をした(甲28)。Bが、「アノワ」という言葉を着想した経緯は、次のとおりである。
 Bは、禅宗の僧侶と相談するなどした上、@文字の最初であり、女性の生理に関連する「アンネ」の言葉に通じるなどする「ア」の文字と、ABが「醫」の文字を元に考案したマークから連想され、協力や共生の意味を有する「ノアの方舟」の「ノア」という語に、「和」や「倭」といった文字も踏まえた「ノワ」という語句とを組み合わせ、B更に文字の画数も考慮するなどし、被告商号の「アノワ」を決定した。
(2)Bは、平成30年12月末頃から翌年1月頃までの間、被告商品の商品化の目処が付いたことから、商品名を「ANOWA41」とすることを決めた。「ANOWA41」を着想した経緯は、次のとおりである。
 Bは、@片仮名の「アノワ」よりもアルファベットの「ANOWA」の方が利用者から受け入れやすいと考えた上、A「41」が、古神道の考え方に照らせば、「神」を表すものであり、B数霊学においても、縁起が良い数字とされ、C被告の本社のある名古屋市にある国道41号線に通じ、D「ANOWA41」とした場合の画数が、吉数であり、鉄石運を示すことなどから、「ANOWA41」という商品名を決定した。
(3)Bは、外部の会社に委託するなどし、令和元年5月14日付けで被告ドメイン名を取得し、同月末頃までに被告商品のロゴデザインを決定した(乙7)。そのデザインを決めた経緯は、次のとおりである。
 Bは、@前記(2)で決めた名称「ANOWA41」に、医療機関限定である旨の文字を追加した上、A赤子の健康と関連する真名井神社の紋が六芒星であり、B六芒星に関連するミトラ教の聖なる星であるシリウスが、女性を照らす光に通じること、C六芒星の逆三角形の部分が、女神シリウスAを表すと考えられることから、「ANOWA」の文字を逆三角形に配した被告標章1のロゴデザインを決定した。
3 争点3(被告標章3による著作者人格権侵害の有無)について
(原告の主張)
 被告標章3は、原告標章から要部「ANOWA」のみを抽出し、横1列の構図にした上、「41」の数字を加えるなどし、原告の著作物である原告標章を原告の意に反して改変したものである。そのため、被告は、被告標章3を被告サイトや被告商品に表示し、原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害した。
(被告の主張)
 争点1で主張したとおり、原告標章は著作物ではないから、著作者人格権の侵害が生じる余地はない。また、被告は、現在、被告商品において、「ANOWA41」の文字と文字の間に間隔を開け、医療機関限定である旨の標記と併せて、2段表示をしており(乙6)、被告標章3を使用していない。
4 争点4(会社法8条1項の「不正の目的」の有無)について
(原告の主張)
(1)Bは、原告標章に依拠した被告標章1と会社の商号とを関連付けるため、被告の商号を現在の被告商号に変更し、更に被告ドメイン名も取得した。そうすると、Bの意図は、公序良俗に反する態様で自己の利益を不当に図ることにあり、被告商号の使用には、会社法8条1項の「不正の目的」があるというべきである。
 そもそも、被告標章1のようなロゴデザインに、商品等表示、商号及びドメイン名を集約表示するという手法は、原告が、原告標章の永年の使用の中で行ってきたものであり、原告は、そのような集約表示によって、原告の商標であり、特定商品等表示である原告標章に対し、自他識別機能を持たせようとしてきたものである。
(2)また、仮に、会社法8条1項にいう「不正の目的」について、「不正な活動を行う積極的な意思を有することを要する」(知的財産高等裁判所平成19年(ネ)10001号同19年6月13日判決参照)と解するとしても、
 以下の事情によれば、被告は、上記にいう「不正の目的」を有していたと評価すべきである。
ア 被告商号の「アノワ」は、Cの独創した造語であるから、Bが、これを独創したとは考えられない。そうすると、Bは、もともと、会社の商号を「アノワ」にしようとは考えていなかったが、原告標章を盗用した被告標章1と関連させるため、被告商号を採用することにしたものと考えるのが相当である。
イ また、Bは、原告が「アノワ」によるウェブサイトを運営するなどしていることを認識しながら、原告の営業に悪影響が生じてもやむを得ないとして、被告の商号を変更した。そうすると、Bは、自らの会社の利益のため、原告の知名度、信用及び経歴を利用するという積極的な意図を有していたと評価されるべきである。
ウ 現に、原告は、長い事業活動歴を有し、原告のドメイン名であるANOWA.CO.JPをも使用してきた。しかるに、現在、インターネット上で「ANOWA41」を検索すると、被告標章1、被告商号、被告ドメイン名に関連する「ANOWA」を付した被告商品の画像が表示されており、営業主体の誤認混同が生じている。
エ 他方、被告が、被告の商号を「株式会社山神」から被告商号に変更しなければならなかった必要性は何ら存在しない。原告が、一般的な言葉による商号を独占するとすれば、営業活動に対する重大な制限となろうが、被告が「アノワ」という言葉を商号に使用することを禁止されても、被告に不利益になることはない。
(3)そもそも、被告標章1の使用は著作権侵害に該当し、被告ドメイン名の使用は不正競争に該当する。そうすると、被告が、被告ドメイン名及び被告標章1を被告商号と一体のものとして使用しているにもかかわらず、被告商号の使用のみは正当な表示として許容されるというのは、正義、公平に基づくべき法律解釈として許されるべきものではない。
5 争点5(会社法8条2項の「侵害されるおそれ」の有無)について
(原告の主張)
(1)被告は、原告と同一の商号、原告と類似したドメイン名、酷似した標章を使用している。そのため、インターネット上で「ANOWA」などの文言を検索すると、原告のサイトに加え、被告サイトがヒットし、閲覧者は、被告が、原告と資金的又は人的に会社としての関連性を有し、原告が、被告に自己の商号を使用することを許諾していると誤認することになる。
(2)そうすると、原告が、従来からの店舗設計の事業に行き詰まるなどし、新事業を立ち上げたのではないかとの疑いを抱かせる可能性もある。また、原告が、被告と関連を有し、被告に対し、その商号の許諾をしていると誤解されることは、原告が被告の取引に係る責任を追及され、また、Bの行為に起因する紛争に巻き込まれるおそれを生じさせるものである。
(3)被告サイトのトップページには、被告標章2を使用した上、ブリーフ姿の女性が性器を指し示すようにしている写真がある。当該写真は、アダルトビデオに原告標章が利用されているような不快な気分にさせるものであり、原告が、これを容認していると誤解されれば、原告は、自己のデザインを擁護する意思もないような会社であると評価されてしまうことになる。
(4)被告標章1ないし3は、被告サイト上で継続使用されているところ、原告と被告が、ウェブサイト上で同一商号、類似ドメイン名、類似標章を使用することは、両社に対する人間の認知の結果を曖昧にする。そのため、原告が、長年の努力の中で蓄積し、原告標章などに化体させた知的財産権の価値の希釈化が進行しており、原告は、その進行を止めるなどして、その企業価値を維持する必要がある。
(5)インターネットが普及した現代においては、そのような時代の状況に即した法律の解釈がされるべきである。そのため、確実な損害の発生がないとしても、被告の行為によって、高い蓋然性をもって、原告において事業遂行上の不利益を被る立場にあることが立証される以上、営業上の利益を侵害されるおそれの要件を満たすものとして、差止請求が認められるべきである。
(被告の主張)
(1)原告と被告とは、本店所在地も事業目的も役員も全く異なるから、相互に関連性を有すると誤解されるおそれはない。また、Bは、多数のテレビ番組に出演した経験もある著名な経営者であり、原告と関連性があると考える者などいない。実際にも、原告が主張するような企業情報の混乱は生じておらず、原告において、具体的な売上げの減少などが生じていないことは、原告も自認しているところである。
(2)なお、被告は、現在、被告サイト上で被告標章1ないし3を使用していない。そうすると、原告のウェブサイトと被告サイトは、ドメイン名はもとより、そこに掲載された事業内容や企業情報などが明らかに異なるのであるから、閲覧者が、原告と被告との関係を誤解することはない。また、原告標章に何らかの価値が蓄積されていたとして、被告商号の使用によって、それが希釈化されるという事情もない。
6 争点6(被告ドメイン名による不正競争行為の有無)について
(原告の主張)
(1)類似のドメインを使用する行為の有無
 被告は、原告標章の要部であり、原告の特定商品等表示である「ANOWA」と類似する被告ドメイン名を被告サイトで使用している。また、被告が、被告サイトや文書等において、被告ドメイン名の要部「ANOWA41」を表示し、これを使用している。
(2)被告における図利加害目的の有無
 会社法8条1項に関して主張したところによれば、被告ドメイン名の使用は、不正競争防止法2条1項19号の「不正の利益を得る目的」でされたものといえる。
(3)営業上の利益を侵害されるおそれの有無
 会社法8条2項に関して主張したところによれば、被告ドメイン名の使用によって、原告の営業上の利益が侵害されるおそれがあるといえる。
(被告の主張)
(1)類似のドメインを使用する行為の有無
 被告ドメイン名における「ANOWA」と「41」とは何ら分離されていない。そして、被告ドメイン名によるウェブサイトにアクセスすれば、「ANOWA41」という商品に係る被告サイトに接続されるから、被告ドメイン名が被告商品を示すものにすぎないことも明白となる。そうすると、被告ドメイン名が、原告の商号と類似するということはできない。
(2)被告における図利加害目的の有無
ア 被告は、独自に被告商品の商品名を考案し、その販売のためのウェブサイトを作成する目的で、被告ドメイン名を取得したのであり、不当に自己の利益を図る目的など有していなかった。
イ 被告は、原告の存在を全く認識しておらず、また、原告と競合関係にもない。そもそも、被告が、原告に損害を加える必要性はないのであり、そのような目的を有していたはずもない。
(3)営業上の利益を侵害されるおそれの有無
ア 被告ドメイン名の文字列は、明らかに被告商品を販売する目的のための名称であると理解されるものである上、原告と被告とは全く異なる法人である。そのため、原告が、被告ドメイン名を使用し、あるいは、その使用の許諾を与えているなどと誤解されるおそれはない。
イ 当時の被告代表者は著名な経営者であり、原告と被告との間に資金的又は人的な関連性があるなどと受け止める者はいない。そのため、被告ドメイン名の使用によって、原告の営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれが生じているなどということはない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(原告標章の著作物性の有無)について
(1)著作物性について
 著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。そして、商品又は営業を表示するものとして文字から構成される標章は、本来的には商品又は営業の出所を文字情報で表示するなど実用目的で使用されるものであるから、それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情がない限り、美術の範囲に属する著作物には該当しないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、別紙1及び4の記載によれば、原告標章は、一般的なセリフフォントを使用して、大きな文字で原告の商号をローマ字で表記した「ANOWA」の語を「ANO」及び「WA」の上下2行に分け、「A」の右下と「N」の左下のセリフ部分が接続し「W」の中央部分が交差するよう配置した上、その行間(文字高さの3分の1)には、小さな文字で、英単語「SPACE」(空間)、「DESIGN」(デザイン)、「PROJECT」(プロジェクト)の3語を1行に配置し、その全体を9対7の横長の範囲に収めたロゴタイプであると認めることができる。
 上記認定事実によれば、原告標章は、文字配置の特徴等を十分考慮しても、欧文フォントのデザインとしてそれ自体特徴を有するものとはいえず、原告の商号を表示する文字に業務に関連する単語を添えて、これらを特定の縦横比に配置したものにすぎないことが認められる。そうすると、原告標章は、出所を表示するという実用目的で使用される域を出ないというべきであり、
 それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情を認めることはできない。
 したがって、原告標章は、著作権法2条1項1号にいう美術の範囲に属する著作物に該当するものとは認められない。
(2)原告の主張に対する判断
ア 原告は、実用品に使用されるデザインであっても、不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」として保護される場合との均衡を考えた保護を与えるべきであると主張する。しかしながら、不正競争防止法は、事業者間の公正な競争などを確保し、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするのに対し、著作権法は、文化的所産の公正な利用に留意しつつ、文化の発展に寄与することを目的とするものであって、不正競争防止法と著作権法とは、その趣旨、目的を異にするものである。そうすると、不正競争防止法との均衡を考慮すべき旨の原告の主張は、著作権法の趣旨、目的を正解するものとはいえず、前記判断を左右するに至らない。
イ 原告は、原告標章の「ANOWA」というアルファベット5文字を選定したことに創作性があると主張する。しかしながら、「ANOWA」は、原告の商号のローマ字表記であり、我が国では営業表示をローマ字で記載することは一般的に行われているのであるから、原告の主張は、文字の組合せのアイデアを保護すべきことをいうものに帰し、著作権法で保護されるべき法益をいうものとはいえない。
ウ 原告は、原告標章には、多様に選択し得る文字の配列や文字の比率の中から、安定感がある配置が採用されているなどと主張する。しかしながら、原告標章に採用された単語の配置や文字の比率によって、一定の安定感が生じているとしても、その安定感は、ロゴタイプという実用目的に資するのを超えて、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
エ 原告は、原告標章の文字の配置や比率によって、「ANOWA」の部分が強調され、原告の事業がアピールされるとともに、均整のある美観を生じさせていると主張する。しかしながら、原告標章から原告の商号や事業がアピールされたとしても、標章としての実用目的に資するにすぎず、文字の配置や比率も、ロゴタイプのデザインとしては、ありふれたものといえるから、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
オ 原告は、原告標章がV字型(逆三角形)の下方をカットしたような構図を採用することにより、躍動感を感じさせる美観を生じさせているなどと主張する。しかしながら、原告が指摘する構図は、「ANOWA」の文字を2行に分け、中央寄せした配置とする場合に自然に生じるものにすぎず、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
カ そのほかに、原告提出に係る準備書面を改めて検討しても、原告の主張は、上記にいう美的創作性の該当性につき独自の見解に立って主張するものにすぎず、いずれも採用することができない。
 そうすると、その余の点(争点2及び3)について判断するまでもなく、原告の請求のうち、著作権侵害及び著作者人格権侵害に係る部分は、いずれも理由がない。
2 争点4(会社法8条1項の「不正の目的」の有無)について
(1)不正の目的について
 前記前提事実及び後掲証拠並びに弁論の全趣旨によれば、@原告は、長年にわたり、店舗の企画デザイン、設計及び施工を主な事業としてきた会社であり(甲35)、本店所在地を埼玉県川口市とし、化粧品、美容用品等の販売はしていないこと、A被告は、化粧品、美容用品等の販売を目的とする会社であり、原告と同種又は類似の事業を行ったことはなく、本店所在地を愛知県名古屋市とし、現在では被告商品の販売を主たる事業としていること、B被告商品は、女性の肉体の不快症状を緩和し、保湿作用や消臭作用などを期待して、女性器に塗布などするものであり(乙6)、被告は、被告商品に関する事業を実施するに当たり、禅宗の僧侶等にも相談するなどして被告商号を考案し、被告の商号を被告商号に変更したこと(乙11)、C被告代表者であったBは、長年にわたり、種々の事業を手掛けてきた実業家であり、被告の商号を現在の被告商号に変更する前から、テレビ出演などで世に知られた著名な人物であり、社会的にも信用があったこと(乙11)、以上の事実が認められる。
 上記認定事実によれば、原告と被告は、本店所在地も業種も全く異にするものであり、当時の被告代表者自身が著名であり社会的にも信用がある実業家であった事情を踏まえると、被告には、原告の知名度や信用を利用しようとする意思も必要もなかったものと認めるのが相当である。そうすると、被告は、原告や原告標章の存在を知ることなく、被告商号を独自に考案し、これを使用したものと認めるのが相当である。
 これらの事情の下においては、被告が会社法8条1項にいう「不正の目的」をもって被告商号を使用したものと認めることはできない。
(2)原告の主張に対する判断
ア 原告は、原告標章に依拠した被告標章1と関連付けるため、被告商号を使用し、被告ドメイン名をも使用することは、原告が使用してきた手法と同一であるから、公序良俗に反する態様で自己の利益を不当に図るものとして、不正の目的に当たると主張する。
 しかしながら、原告に限らず、会社のロゴタイプと商号やドメイン名とを関連させることは、一般的な手法であるというべきである。そうすると、被告標章1と被告商号やドメイン名との間に関連を持たせることが、公序良俗に反する態様で自己の利益を不当に図るものであるなど、不正の目的を基礎付ける事情になるということはできない。
イ 原告は、Bが原告標章を盗用して被告標章1を採用した後、これと関連付けるため、会社の商号に「アノワ」という語を採用したなどと主張する。
 しかしながら、被告商号の「アノワ」という語は、3音からなるにすぎず、Bが、原告に依拠することなく、独自にこれを思い至ったとしても格別不自然なところはない。仮に原告の主張を前提とすれば、被告は、原告標章の「ANOWA」の部分を被告商品のロゴマークに使用したいがために、自らの商号まで変更し、しかも、それを片仮名の「アノワ」にしたことになるが、これを明確に否定するBの陳述書等の内容(乙10、11)に照らしても、原告の主張は、その内容自体不自然なものというほかない。
ウ 原告は、Bにおいて、原告が「アノワ」の語を使用したウェブサイトを運営するなどしていることを認識し、被告商号の変更によって、原告の営業に悪影響が生じることを認容していたと主張する。
 しかしながら、Bにおいて上記のような認識及び認容があったことを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は、憶測の域を出ないものである。そもそも、B自身は、著名な人物であり社会的にも信用がある実業家であることからすると、業種を全く異にする原告及び原告標章の信用を利用しようとする動機は存在しなかったとみるのが自然であって、原告の主張は、前記判断を左右するに至らない。
エ 原告は、本件においては、インターネット上で「ANOWA41」を検索すると、被告商号に加え、被告標章1や被告ドメイン名などを付した被告商品の画像が表示されるなど、実際にも、営業主体の誤認混同が引き起こされているなどと主張をする。
 しかしながら、証拠(甲45・資料1−1)によれば、「アノワ」を検索した場合に、原告のウェブサイトとともに被告商品のウェブサイトが表示されるとしても、原告と被告とは業種を全く異にするものであり、現実に営業主体の誤認混同が生じていることを裏付ける的確な証拠も存在しない。したがって、原告の主張は、前記結論を左右するものではない。
オ 原告は、被告がその商号を当時の「株式会社山神」から「株式会社アノワ」に変更する必要性は存在せず、「アノワ」という言葉は一般的な用語でもないから、被告に被告商号の使用を禁じたとしても、被告に不利益はないなどと主張する。
 しかしながら、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被告は、被告商号に関連させて、被告商品に「ANOWA41」と付して現に販売しているのであるから、被告に被告商号の使用を禁じることによって被告に不利益が生じないとする原告の主張は、明らかに前提を欠くというほかない。
カ 原告は、被告標章1の使用が著作権侵害行為に該当し、被告ドメイン名の使用が不正競争行為に該当することを前提として、被告商号の使用のみが許容されることになるのは不当であるなどと主張する。しかしながら、被告標章1の使用が著作権(及び著作者人格権)の侵害行為に該当しないことは、前記1で説示するとおりであり、被告ドメイン名の使用が不正競争に該当しないことは、後記3に説示するとおりであり、原告の主張は、いずれもその前提を欠くものである。
キ そのほかに、原告提出に係る準備書面を改めて検討しても、前記認定を左右する事情を認めることはできず、原告の主張は、いずれも採用することができない。そうすると、その余の点(争点5)を判断するまでもなく、原告の請求のうち会社法8条2項に基づく部分も理由がない。
3 争点6(被告ドメイン名による不正競争行為の有無)について
 前記2において認定した事情によれば、被告が会社法8条1項にいう「不正の目的」をもって被告商号を使用したものと認めることはできないことは、前記2において説示したとおりである。そして、被告ドメイン名は、被告商品の商品名に相当するドメイン名にすぎないものであるから、被告商号の使用等に不正なところがないという上記の理は、被告ドメイン名の取得、保有及び使用についても、異なるところはなく、上記事情を踏まえると、被告が不正競争防止法2条1項19号にいう「不正の利益を得る目的で、又は他人に損害を加える目的」を有していたものと認めることはできない。
 これに対し、原告は、争点4に摘示した事情と同じ事情に基づき、原告に上記の目的があったと主張するものの、これを認めるに足りる証拠はなく、上記2において説示したところと同様に、前記認定を左右するものではない。そのほかに、原告提出に係る準備書面を改めて検討しても、前記2において説示したところと同様に、原告の主張は、いずれも採用することができない。
 したがって、その余の要件を判断するまでもなく、原告の請求のうち不正競争防止法2条1項19号の不正競争行為を前提とする部分も理由がない。
4 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 吉野俊太郎
 裁判官 小田誉太郎


(別紙1〜別紙5)
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