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【事件名】弁護士懲戒請求書の著作物性事件(2)
【年月日】令和3年12月22日
 知財高裁 令和3年(ネ)第10046号 著作者人格権等侵害行為差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和2年(ワ)第4481号(一審第1事件)、同年(ワ)第23233号(一審第2事件))
 (口頭弁論終結の日 令和3年10月18日)

判決
控訴人兼被控訴人(一審第1事件原告兼一審第2事件原告) X(以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 太田真也
被控訴人兼控訴人(一審第1事件被告) Y(以下「一審被告Y」という。)
被控訴人(一審第2事件被告) Z(以下「一審被告Z」という。)
一審被告Y訴訟代理人弁護士 Z
一審被告Z訴訟代理人弁護士 Y
一審被告両名訴訟代理人弁護士 宮村啓太
同 坂根真也
同 井桁大介
同 水橋孝徳
同 小松圭介


主文
1(1)一審被告Yの控訴に基づき、原判決主文第1項を取り消す。
 (2)前項の取消しに係る部分につき、一審原告の請求を棄却する。
2 一審原告の本件控訴(当審において控訴の趣旨として追加した差止めの請求を含む。)をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1審(一審第1事件及び一審第2事件を含む。)及び2審を通じ、一審原告の負担とする。

事実及び理由
 (以下、一審第1事件とその控訴事件を併せて「第1事件」といい、一審第2事件とその控訴事件を併せて「第2事件」という。略語は、特に断らない限り、原判決のとおりとし、引用部分の原判決中の「別紙」をいずれも「原判決別紙」と改める。証拠は、特に断らない限り枝番号をすべて含むものとする。)
第1 控訴の趣旨
1 一審原告
(1)原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。
(2)一審被告Yは、原判決別紙記事目録記載1の各ブログに、同記載2の記事を掲載してはならない。
(3)一審被告Yは、原判決別紙記事目録記載1の各ブログに掲載されている同記載2の記事(ただし、同記載2(1)の記事については、同記載2(1)イのファイルを除く。)を削除せよ。
(4)一審被告Yは、一審原告に対し、200万円及びこれに対する令和2年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5)一審被告Zは、一審原告に対し、150万円及びこれに対する令和2年9月26日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 一審被告Y
 主文第1項(1)及び(2)同旨。
第2 事案の概要等
1 本件は、一審原告から本件懲戒請求を受けた弁護士である一審被告Yが自らのブログ上に掲載した、一審原告の主張に対する反論を内容とする本件記事1及び2(原判決別紙記事目録記載2の各記事)に関し、@一審被告Yが、一審原告の氏名が請求人として記載された本件懲戒請求書をPDFファイルに複製し、インターネットにアップロードした上、本件記事1内に同ファイルへの本件リンクを張った行為が、一審原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するとともに、一審原告のプライバシー権を侵害するとして、一審原告が、一審被告Yに対し、著作権法112条1項に基づき、原判決別紙記事目録記載1の各ブログに本件記事1及び2を掲載することの差止めを求め、同条2項に基づき、本件記事1(本件リンク先のPDFファイルを含む。)及び2の削除を求めるとともに、著作権(公衆送信権)侵害の損害賠償として、本件懲戒請求書のファイルの削除に要した労力と時間に相当する財産的損害10万円と弁護士費用20万円の合計30万円、及び著作者人格権(公表権)侵害の損害賠償として慰謝料170万円の合計200万円並びにこれに対する不法行為の後である第1事件の訴状送達の日の翌日(令和2年3月5日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め〔第1事件〕、第1事件における一審被告Yの訴訟代理人となった一審被告Zが、第1事件に係る訴えの提起後、一審被告Zのブログ記事(本件記事3)に本件記事1に対するリンクを張ったことが、前記著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)の侵害の幇助に当たるとして、一審原告が、一審被告Zに対し、著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)の侵害の幇助の損害賠償として慰謝料150万円及びこれに対する不法行為の後である第2事件の訴状送達の日の翌日(令和2年9月26日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案〔第2事件〕である。
 原判決は、一審被告Yに対し、原判決別紙記事目録記載1(1)のブログ(本件ブログ)に掲載されている本件記事1のうち同記載2(1)イのファイル(本件懲戒請求書のPDFファイル)の削除を命じ、その余の一審原告の請求をいずれも棄却した。そこで、一審原告及び一審被告Yが控訴した。
 なお、一審原告は、第1事件について、訴え提起時から、著作権法112条1項に基づく請求をすることを明らかにしており、同請求については第1審において審理がされたが、請求の趣旨には、同項に対応する差止めの主文が挙げられなかった。そのため、一審原告は、当審において、同項に対応する差止めの主文(前記第1の1(2))を追加した。
2 前提事実
 前提事実は、原判決「事実及び理由」第2の2(原判決3頁10行目から7頁5行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記4のとおり当審における補充主張(当審における新たな主張はその旨を括弧書きで記載した。)を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の3争点(原判決7頁7行目から13行目まで)、第3争点に関する当事者の主張(原判決7頁15行目から23頁12行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決14頁9行目の「利用衡量」を「利益衡量」と改める。
(2)原判決19頁8行目の「懲戒請求」を「懲戒請求者」と改める。
(3)原判決21頁24行目の「以下のとおり」を「以上のとおり」と改める。
(4)原判決23頁4行目の「被告Y」を「一審被告Z」と改める。
(5)原判決23頁6行目の「原告の被った」から7行目末尾までを次のとおり改める。
「一審原告は、原判決言渡し後、本件ブログの管理者であるライブドアブログの担当者と何度も電子メールのやり取りをして、ようやく本件懲戒請求書のPDFファイルを削除することができたものであり、これに要した労力と時間に相当する対価を平均賃金に基づいて計算すると10万円を下らない。また、一審原告は、第1事件の弁護士費用として20万円を要した。そのため、一審原告は、一審被告Yによる公衆送信権侵害により、これらの合計30万円の損害を被った。また、一審原告が一審被告Yによる公表権侵害により被った精神的苦痛に対する慰謝料は170万円を下らない。」
4 当審における補充主張
〔一審原告の主張〕
(1)争点1−4(権利濫用の成否)について
 一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供し、本件懲戒請求書の一部が本件産経記事に引用されたとしても、一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではない。他方、一審被告Yは、本件懲戒請求書の要旨又はその一部を引用することにより一審原告の懲戒請求に対して反論することが可能であり、本件懲戒請求書の全部を引用する必要はなかった。一審被告Yは、本件懲戒請求書を全部引用する必要性がないにもかかわらず、これを全部引用して公表したのであるから、一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に当たらない。
 本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為と、本件リンクを張るという一審被告Yの行為とは、行為の性質やそれによって閲覧可能となる範囲・程度が異なり、本件懲戒請求書の内容が拡散する規模は、本件リンクを張る行為の方が、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供する行為よりも圧倒的に大きいから、一審原告による公衆送信権、公表権の行使は権利濫用に当たらない。
(2)争点2(プライバシー権侵害の有無)について
 弁護士に対して懲戒請求がされたというニュース記事において、対象弁護士の氏名は、公開する必要性が高い情報であるのに対し、懲戒請求者の氏名は公開する必要性のない情報である。本件産経記事は、本件懲戒請求書の内容の一部を引用して、「東京都内の男性」が一審被告Yに対して本件懲戒請求をしたことを報道するものであるが、それによって公衆が関心をもつのは、一審被告Yがどのような非違行為を行ったことを理由として懲戒請求されたかということであり、懲戒請求者については、「東京都内の男性」という以上に興味を持つとはいえない。そのため、一審原告の氏名は公表される必要性がなく、一審原告が氏名を公表されない利益は、法的保護に値するものである。
 したがって、一審被告Yが本件記事1及び2において本件懲戒請求の懲戒請求者として一審原告の氏名を掲載したことは、一審原告のプライバシー権を侵害する。
(3)争点3(本件記事3の掲載の不法行為性)について
 本件記事3が本件記事1に対してリンクを張ったことにより、本件記事1及びこれに本件リンクを張った本件懲戒請求書のPDFファイルが容易に参照し得るようになり、本件懲戒請求書はインターネット上で、より多くの人々の目に触れるようなった。そのため、一審被告Zが本件記事3に本件記事1へのリンクを張ったことは、一審被告Yによる一審原告の公衆送信権及び公表権に対する侵害行為を幇助したものといえる。
〔一審被告Yの主張〕
(1)争点1−3(引用の適法性)について
 著作権法32条1項が適法な引用の対象を公表された著作物に限定した趣旨は、@著作物の市場への提供について著作者が有する財産的利益を奪わないようにすること、A未公表著作物は公衆による自由利用の必要性が薄いことにある。ところが、本件懲戒請求書は、弁護士会へ提出されて受理されたから、その目的を達しており、一審原告は本件懲戒請求書について財産的利益を有しない。他方、一審原告が本件懲戒請求書又はその内容を産経新聞社に提供したことにより産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため、一審被告Yには、その信用・名誉を回復するため、本件懲戒請求書を引用して反論を公にする高度の必要性が生じた。このように、本件においては、著作権法32条1項が適法な引用の対象を公表された著作物に限定した趣旨が当てはまらない状況にあるから、本件懲戒請求書が公表された著作物に該当しなかったとしても、著作権法32条1項該当性を認めるべきである。
(2)争点1−4(権利濫用の成否)について
ア 前記(1)のとおり、本件においては、著作権法32条1項が適法な引用の対象を公表された著作物に限定した趣旨が当てはまらない状況にあるから、本件懲戒請求書が公表された著作物に該当しないことを理由に著作権法32条1項に該当しないとして、一審被告Yに対して公衆送信権を行使することは、権利の濫用に当たる。
イ また、一審原告が本件懲戒請求書について公衆送信権及び公表権により保護されるべき利益は僅少であること、一審原告が本件懲戒請求書又はその内容を産経新聞社に提供したことにより産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため、一審被告Yは、本件懲戒請求書に記載され
た懲戒請求の理由及び本件産経記事の内容に対して反論するために本件懲戒請求書を公衆送信し、公表する必要に迫られたことを勘案すれば、一審原告による公衆送信権及び公表権の行使は権利濫用に当たる。
ウ 一審被告Yの行為は、米国のフェア・ユースの法理により許容される。
エ 一審原告による著作権の主張は、いわゆる「私的検閲」に当たるから、権利の濫用に当たる。(当審における新たな主張)
(3)時事の事件の報道のための利用について(当審における新たな主張)
 本件記事1における本件懲戒請求書の利用は、時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)に該当するから適法である。
第3 当裁判所の判断
1 争点1−1(本件懲戒請求書の著作物性)について
 争点1−1(本件懲戒請求書の著作物性)に関する判断は、原判決24頁6行目の「長期拘留」を「『長期の拘留』」と改めるほか、原判決「事実及び理由」第4の1(原判決23頁15行目から25頁22行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 争点1−2(本件懲戒請求書の公表の有無)について
 争点1−2(本件懲戒請求書の公表の有無)に関する判断は、原判決27頁20行目の「著作物の一部の『公表』」を「著作物の一部が提示」と改めるほか、原判決「事実及び理由」第4の2(原判決25頁24行目から28頁11行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点1−3(引用の適法性)について
(1)著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。」と定め、引用の対象となる著作物の公表を、適法な引用の要件とするところ、前記2で引用した原判決の説示するとおり、本件懲戒請求書は、公表されたものと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、本件リンクにより本件記事1において本件懲戒請求書を引用することは、同項に該当する適法な引用と認めることはできない。
(2)この点に関して一審被告Yは、本件懲戒請求書が公表された著作物に該当しなかったとしても、著作権法32条1項該当性を認めるべきであると主張するが、同条項は著作権の個別的制限規定であるから同条項の文言に反してその適用要件を緩和することは相当でなく、引用の対象となる著作物が公表されていない以上、同項該当性を認めることはできないというべきである。
4 争点1−4(権利濫用の成否)について
 一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使が権利濫用に当たり許されないかについて、検討する。
(1)公衆送信権及び公表権により保護されるべき一審原告の利益について
ア 本件懲戒請求書の性質・内容
 本件懲戒請求書は、一審原告が、弁護士会に対し、一審被告Yに対する懲戒請求をすること、及び懲戒請求に理由があること等を示すために、本件懲戒請求の趣旨・理由等を記載したものであって、利用者に鑑賞してもらうことを意図して創作されたものではないから、それによって財産的利益を得ることを目的とするものとは認められず、その表現も、懲戒請求の内容を事務的に伝えるものにすぎないから、全体として、著作物であることを基礎づける創作性があることは否定できないとしても、独創性の高い表現による高度の創作性を備えるものではない。
イ 一審原告自身の行動及びその影響
 本件産経記事は、一審原告による本件懲戒請求の後、産経新聞のニュースサイトに掲載されたものであって、本件懲戒請求書の「懲戒請求の理由」の第3段落全体(4行)を、その用語や文末を若干変えるなどした上で、かぎ括弧付きで引用していることに加え、証拠(甲2、乙2、6)及び弁論の全趣旨を総合すれば、一審原告は、産経新聞社に対し、一審被告Yの氏名に関する情報を含め、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら提供したものと推認される。
 そうすると、一審原告は、産経新聞社に対し、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供し、それに基づいて、本件懲戒請求書の一部を引用した本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載され、その結果、後記(2)のとおり、一審被告Yが、ブログにより、本件懲戒請求書に記載された懲戒請求の理由及び本件産経記事の内容に対して反論しなければならない状況を自ら生じさせたものということができる。
ウ 保護されるべき一審原告の利益
 前記2のとおり、本件懲戒請求書は公表されたものとは認められないから、一審原告は、本件懲戒請求書に関して、公衆送信権により保護されるべき利益として、公衆送信されないことに対する財産的利益を有しており、公表権により保護されるべき利益として、公表されないことに対する人格的利益を有していたものと認められる。
 しかし、本件懲戒請求書の性質・内容(前記ア)を考慮すると、一審原告が本件懲戒請求書に関して有する財産的利益及び人格的利益は、もともとそれほど大きなものとはいえない上、一審原告自身の行動及びその影響(前記イ)を考慮すると、保護されるべき一審原告の上記利益は、一審原告自身の自発的な行動により、少なくとも産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載された時以降は、相当程度減少していたものと認めるのが相当である。
(2)一審被告Yによる本件記事1と本件リンクの目的について
 前記第2の2(前提事実)によれば、本件記事1の目的は、本件産経記事により、一審被告Yに対する本件懲戒請求の事実が報道され、一審被告Yに対する批判的な論評がされたことから、一審被告Yが、自らの信用・名誉を回復するため、本件懲戒請求の理由及びそれを踏まえた本件産経記事の報道内容に対して反論することにあったものと認められる。ところで、弁護士に対する懲戒請求は、最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず、懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものと認められるから、懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には、最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に、そのときになってその事実を公にするだけでは、懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところである。したがって、弁護士が懲戒請求を受け、それが新聞報道等によって弁護士の実名で公表された場合には、懲戒請求に対する反論を公にし、懲戒請求に理由のないことを示すなどの手段により、弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ機会を与えられることが必要であると解すべきである。
 本件においては、前記(1)イのとおり、一審原告が一審被告Yに対する懲戒請求をしたことに加え、一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら産経新聞社に提供したため、一審被告Yに対して本件懲戒請求がされたことが報道され、広く公衆の知るところになったのであるから、一審被告Yが、公衆によるアクセスが可能なブログに反論文である本件記事1を掲載し、本件懲戒請求に理由のないことを示し、弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ手段を講じることは当然に必要であったというべきである。したがって、本件記事1を作成、公表し、本件リンクを張ることについて、その目的は正当であったものと認められる。
(3)本件リンクによる引用の態様の相当性について
ア 上記(1)及び(2)のとおり、一審被告Yは、本件リンクにより、本件懲戒請求書の全文(ただし、本件懲戒請求書のうち、一審原告の住所の「丁目」以下及び電話番号が墨塗りされているもの。)を本件記事1に引用したものであるが、本件においては、一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容を提供し、産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため、一審被告Yは、弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために、ブログに反論文である本件記事1を掲載し、懲戒請求に理由のないことを示すことが必要となった。
 確かに、本件懲戒請求書は未公表の著作物であり、本件産経記事には本件懲戒請求書の一部が引用されていたものの、その全体が公開されていたものではないが、懲戒請求書の理由の欄には、その全体にわたって、懲戒請求を正当とする理由の主張が記載されていたから(甲2)、一審被告Yとしては、本件記事1において本件懲戒請求書の要旨を摘示して反論しただけでは、自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念を抱かれるおそれもあったため、その疑念を払拭し、本件懲戒請求の全ての点について理由がないことを示す必要があり、そのためには、本件懲戒請求書の全部を引用して開示し、一審被告Yによる要旨の摘示が恣意的でないことを確認することができるようにする必要があったものと認められる。
 また、一審被告Yは、本件記事1に本件懲戒請求書自体を直接掲載するのではなく、本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書を引用しており、本件懲戒請求書が、本件記事1を見る者全ての目に直ちに触れるものでなく、本件懲戒請求書の全文を確認することを望む者が本件懲戒請求書を閲覧できるように工夫しており、本件懲戒請求書が必要な限りで開示されるような方策をとっているということができる。
 さらに、本件記事1は、本件懲戒請求書とは明確に区別されており、本件懲戒請求に理由のないことを詳細に論じるものであって、その反論の前提として本件懲戒請求書が引用されていることは明らかであり、仮に主従関係を考えるとすれば、本件記事1が主であり、本件懲戒請求書はその前提として従たる位置づけを有するにとどまる。
 そして、前記(1)のとおり、一審原告が本件懲戒請求書に関して有する、公衆送信権により保護されるべき財産的利益、公表権により保護されるべき人格的利益は、もともとそれほど大きなものとはいえない上、一審原告自らの行動により、相当程度減少していたから、本件懲戒請求書の全部が引用されることにより一審原告の被る不利益も相当程度減少していたと認められるばかりか、一審原告は、自らの行為により、本件懲戒請求書又はその内容を産経新聞社に提供し、本件産経記事の産経新聞のニュースサイトへの掲載を招来したものであり、一審原告の上記行為は、本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にするという点において、一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められる。
イ 以上の点を考慮するならば、一審被告Yが、本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書の全文を引用したことは、一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載されたことなどの本件事案における個別的な事情のもとにおいては、本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったと認められる。
(4)権利濫用の成否
 前記(1)のとおり、一審原告が本件懲戒請求書に関して有する、公衆送信権により保護されるべき財産的利益、公表権により保護されるべき人格的利益は、もともとそれほど大きなものとはいえない上、一審原告自身の行動により、相当程度減少していたこと、前記(2)のとおり、本件記事1を作成、公表し、本件リンクを張ることについて、その目的は正当であったこと、前記(3)のとおり、本件リンクによる引用の態様は、本件事案における個別的な事情のもとにおいては、本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると、一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は、権利濫用に当たり、許されないものと認めるのが相当である。
(5)当事者の主張に対する判断
ア 一審原告の主張について
(ア)一審原告は、一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供し、本件懲戒請求書の一部が本件産経記事に引用されたとしても、一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではなく、他方、一審被告Yは、本件懲戒請求書の要旨又はその一部を引用することにより一審原告の懲戒請求に対して反論することが可能であり、本件懲戒請求書の全部を引用する必要がなかったにもかかわらず、これを全部引用して公表したのであるから、一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に当たらないと主張する。
 しかし、前記(1)ウのとおり、一審原告が本件懲戒請求書に関して公衆送信権により保護されるべき財産的利益、公表権により保護されるべき人格的利益は、もともとそれほど大きなものとはいえない上、一審原告自身の行動により相当程度減少していたものと認められる。他方、前記(3)のとおり、一審被告Yは、一審原告が産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容を提供し、産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため、弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために、本件懲戒請求書の全文を引用して開示した上で反論する必要があったものであるから、それらを比較衡量すれば、後者の必要性が前者の必要性をはるかに凌駕するというべきであるから、たとえ一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではないとしても、一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に該当するというべきである。
 したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
(イ)一審原告は、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為と、本件リンクを張るという一審被告Yの行為とは、行為の性質やそれによって閲覧可能となる範囲・程度が異なり、本件懲戒請求書の内容が拡散する規模は、本件リンクを張る行為の方が、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供する行為よりも圧倒的に大きいから、一審原告による公衆送信権及び公表権の行使は権利濫用に当たらないと主張する。
 しかし、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為は、産経新聞又はそのニュースサイトによって本件懲戒請求に関する情報が報道されることを意図してされたものと容易に推認され、実際、産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたものであり、産経新聞が大手の一般紙であって、法律に興味を有する者に限らず広く公衆がその新聞又はニュースサイトを閲読するものであることからすると、一審原告の上記行為は、一審被告Yに対する本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にするという点において、一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められるから、本件懲戒請求書の内容が拡散する規模において、本件リンクを張る行為の方が、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為よりも大きいということはできない。
 したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
イ 一審被告Yの主張について
(ア)一審被告Yは、一審被告Yの行為は、米国のフェア・ユースの法理により許容されると主張するが、著作権法には、同法理を定めた規定はなく、著作権法の条文を超えて、米国における同法理を我が国において適用することはできないというべきであるから、一審被告Yの上記主張は採用することができない。
(イ)また、一審被告Yは、一審原告による著作権の主張は、いわゆる「私的検閲」に当たるから、権利の濫用に当たる旨、本件記事1における本件懲戒請求書の利用は、時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)に該当するから適法である旨主張する(いずれも当審における新たな主張)。しかし、前記(4)のとおり、前記(1)ないし(3)の事情に照らし、一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権、公表権に基づく権利行使は、権利濫用に当たり、許されないものと認められるから、上記の一審原告の当審における新たな主張に対しては判断を要しない。
5 争点2(プライバシー権侵害の有無)について
(1)争点2(プライバシー権侵害の有無)に関する判断は、後記(2)のとおり当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第4の5(原判決37頁9行目から39頁1行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2)この点に関して一審原告は、弁護士に対して懲戒請求がされたというニュース記事において、対象弁護士の氏名は、公開する必要性が高い情報であるのに対し、懲戒請求者の氏名は公開する必要性のない情報である旨、本件産経記事によって公衆が関心をもつのは、一審被告Yがどのような非違行為を行ったことを理由として懲戒請求されたかということであり、懲戒請求者については、「東京都内の男性」という以上に興味をもつとはいえない旨、そのため、一審原告の氏名は公表される必要性がなく、一審原告が氏名を公表されない利益は、法的保護に値するものである旨、したがって、一審被告Yが本件記事1及び2において本件懲戒請求の懲戒請求者として一審原告の氏名を掲載したことは、一審原告のプライバシー権を侵害する旨主張する。
 しかし、懲戒請求は匿名でされるものではなく、特定の懲戒請求者による懲戒請求に理由があるか否かが調査されるものであるから、懲戒請求に関する事実関係において、懲戒請求者の氏名は、懲戒請求された弁護士の氏名、懲戒請求の理由ととともに、重要な意味を有する事項であると認められる。しかも、前記4(2)のとおり、弁護士に対する懲戒請求は、最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず、懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで、請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものであるから、懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には、最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に、そのときになってその事実を公にするだけでは、懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところであるから、懲戒請求があった事実を公にするに当たり、懲戒請求を受けた弁護士の氏名のみを公にし、懲戒請求をした者の氏名を公にしないことは、懲戒請求をしたことについて責任を有する者を明らかにしないまま、一方的に懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉に対し重大な影響を与えることになりかねない。したがって、一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載され、本件産経記事においては懲戒請求の対象である一審被告Yの氏名が明らかにされたのみで懲戒請求者の氏名が明らかにされていなかったという本件の具体的事情のもとにおいては、一審被告Yがその信用及び名誉を回復するために本件懲戒請求に対する反論を公にするに当たり、懲戒請求者の氏名を明らかにすることは許容されるべきものであって、それによって一審原告のプライバシー権が違法に侵害されるということにはならないというべきである。
 したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
6 争点3(本件記事3の掲載の不法行為性)について
(1)本件記事3の掲載の経緯等は、原判決「事実及び理由」第4の6(1)(原判決39頁3行目から8行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2)一審原告は、一審被告Zが、本件記事3に本件記事1に対するリンクを張ったことが、一審被告Yによる一審原告の公衆送信権及び公表権に対する侵害の幇助に当たると主張する。
 しかし、証拠(甲12)によれば、一審被告Zの作成した本件記事3は、本件訴訟の第1審の口頭弁論における一審被告Yの口頭での意見陳述につき、「『刑事弁護』という職業について深く考えさせられるものであり、またこの刑事弁護を生業としている1人として非常に誇りを感じさせられるもの」であったとして、「この素晴らしい意見陳述を1人でも多くの人に見てもらいた」いとの趣旨で、本件懲戒請求書の存在に全く触れることなく、単に本件記事1を容易に参照し得るようにリンクを張ったにすぎないから、一審被告Zに懲戒請求書の公表についてこれを幇助する意思があったとは認められないばかりか、前記4のとおり、一審原告による一審被告Yに対する公衆送信権、公表権に基づく権利行使は権利濫用に当たり許されないものと認められるから、一審被告Zが本件記事3を掲載したことが違法であるとは認められないというべきである。
7 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の請求はいずれも理由がないから棄却すべきところ、これと異なり、一審被告Yに対し、本件ブログに掲載されている本件懲戒請求書のPDFファイルの削除を命じた原判決主文第1項は相当でないから、一審被告Yの控訴に基づき、これを取り消し、その取消しに係る部分につき一審原告の請求を棄却することとし、一審原告の本件控訴(当審において控訴の趣旨として追加した差止めの請求を含む。)を棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 上田卓哉
 裁判官 中平健
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