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【事件名】ソネットへの発信者情報開示請求事件I
【年月日】令和3年7月20日
 東京地裁 令和3年(ワ)第2157号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年6月9日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 平野敬
同 井雅秀
同 笠木貴裕
被告 ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 横山経通


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、小説執筆業を営む原告が、電気通信事業等を営む被告に対し、氏名不詳者が、ビットトレント(BitTorrent)方式のP2Pソフトを利用して、原告の執筆した小説を原作とする漫画「魔王の始め方THECOMIC」(以下「本件漫画」という。)を被告の提供するインターネット接続サービスを通じて公衆送信するなどし、もって原告の本件漫画に対する著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかである旨を主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、末尾の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠番号の枝番は省略する(以下同様)。)
(1)当事者
 原告は、本件漫画の原作小説「魔王の始め方」の著作権者であり、本件漫画は、同小説を翻案することにより創作した二次的著作物である(甲1、2)。
 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社である。
(2)原告による調査
 原告は、本件漫画の複製物である電子データが、P2P方式のプロトコルであるビットトレント上で、不特定多数者により共有されていることを知った。
 原告訴訟代理人弁護士は、原告の委託を受け、令和2年7月27日、ビットトレントを実装したクライアント・ソフトウェアを利用して、本件漫画の題名を含むデータ(以下「本件データ」という。)をダウンロードしたところ、別紙発信端末目録記載の各IPアドレス(以下「本件各IPアドレス」という。)が本件データのダウンロード元(ピア)として本件データを共有していたこと、本件データに別紙著作物目録記載の各ページ(本件漫画の1巻1話冒頭部分。以下「本件著作物」という。)のデータが含まれていたことなどを確認した。(甲5ないし9、20)。
(3)被告による本件発信者情報の保有
 被告は、本件各IPアドレスを管理し、本件発信者情報を保有している。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)争点(1)(権利侵害の明白性)について
(原告の主張)
ア 原告は、本件漫画の原作者であり、原著作者として本件漫画につき著作権を行使できるところ(著作権法28条)、氏名不詳者は、ビットトレントを用いて、不特定多数者からの要求に応じて、本件データをアップロード送信した。したがって、氏名不詳者が原告の著作権(公衆送信権)を侵害したことは明らかであり、違法性を阻却する事由も存在しない。
イ ビットトレントはいわゆるP2Pソフトであるが、その特徴として、違法な共有行為を防ぐため、意図的に匿名性が排除され、どのIPアドレスの端末がどの電子データを共有しているかを誰もが容易に知ることができるように設計されている。そこで、原告は、実際にビットトレントを利用して本件データをダウンロードすることにより、本件データの提供者(ピア)を調査したところ、別紙発信端末目録記載のIPアドレスから本件データが送信されていることが判明したのである。このような原告の調査方法に誤りがないことは、次の実例からも明らかである。
 すなわち、原告訴訟代理人弁護士は、本件と同様の調査に基づき、別の漫画家の漫画の不正共有に関して、被告に対し、発信者情報開示請求をしたところ、被告は、任意に発信者情報を開示し、かつ、開示された各発信者において、ビットトレント使用及び漫画共有の事実を争う発信者は一人もいなかった。
 また、原告訴訟代理人弁護士は、上記のほかにも、同様の調査方法により特定された発信者を被告として、複数の訴訟を提起したが、これまでビットトレント使用及び漫画共有の事実を争う発信者は一人もおらず、発信者の取り違えといった事態は一切生じていない(甲18、19、21)。
(被告の主張)
 原告は、ビットトレントを用いて、原告の公衆送信権を侵害したとする通信に割り当てられたIPアドレスを特定しているが、かかる特定方法に関する技術的な根拠等は主張されておらず、その信用性には疑義がある。したがって、別紙発信端末目録記載のIPアドレスによる通信記録が、侵害情報に係る通信の通信記録であることが明らかであるとはいえない。
(2)争点(2)(発信者情報開示を受けるべき正当理由の有無)について
(原告の主張)
 原告は、氏名不詳者に対して損害賠償等を請求するため、本件発信者情報の開示を求めるものであり、正当理由の要件を充足している。
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(権利侵害の明白性)について
 証拠(甲3、4)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレントとは、インターネットを通じ、P2P方式でファイルを共有するプロトコルであり、これを実装したクライアント・ソフトウェアを実行する端末が、ビットトレント・ネットワークからファイルをダウンロードすると、当該端末も当該ファイルを所有するピアとして同ネットワーク上に登録され、別のピアから要求があれば当該端末から当該ファイルを送信する仕組みのものであること、他の多くのP2Pソフトと異なり、ネットワーク参加者にはIPアドレスレベルでの匿名性・秘匿性はなく、どのIPアドレスの端末がどのファイルを所持・提供しているかを誰でも容易に知ることができ、このことが違法なファイル共有等に対する一定の抑止力として機能していることが認められる。
 以上のようなビットトレントの仕組み等に加え、前記前提事実のとおり、原告訴訟代理人弁護士が、ビットトレントを実装したクライアント・ソフトウェアを利用して本件データ(本件著作物のデータを含む。)をダウンロードした際に、本件各IPアドレスの使用者による本件データの共有の事実を確認したことなどを本件全証拠に照らして併せ考慮すると、本件各IPアドレスの使用者が、本件データを自己の端末にダウンロードして記録させた上、本件データを所有するピアとして自己の端末を登録し、不特定多数の別のピアから要求があれば、被告の提供するインターネット接続サービスを通じ、当該端末から本件データを自動で送信し得るようにしていたことを認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
 したがって、原告の本件著作物に係る著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかであると認められる(著作権法23条、28条)。
2 争点(2)(発信者情報開示を受けるべき正当理由の有無)について
 原告が氏名不詳者に対して本件著作物に係る著作権(公衆送信権)侵害を理由とする損害賠償請求権等を行使するためには、本件発信者情報の開示が必要であると認められる。
 したがって、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があると認められる。
3 結論
 よって、本件請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 田中孝一
 裁判官 小口五大
 裁判官 稲垣雄大


別紙 発信端末目録省略
別紙 著作物目録省略
別紙 発信者情報目録
 別紙発信端末目録記載の各アイ・ピー・アドレスを、同目録記載の発信時刻頃に使用した者の情報であって、次に掲げるもの。
1 氏名又は名称
2 住所
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