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【事件名】訴状のブログ公開事件
【年月日】令和3年7月16日
 東京地裁 令和3年(ワ)第4491号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年5月26日)

判決
原告 X
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 清水陽平


主文
1 被告は、原告に対し、2万円及びこれに対する令和2年9月24日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを15分し、その14を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、30万円及びこれに対する令和2年9月24日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 原告は、別件の名誉毀損訴訟(東京地方裁判所令和2年(ワ)第20028号。以下「別件訴訟」という。)の訴訟代理人であり、被告は、同訴訟の被告の一人でもあるところ、被告は、原告に無断で、別件訴訟の第1回口頭弁論期日の前に、原告の作成した別件訴訟の訴状(以下「別件訴状」という。)を、自らのブログの記事内にそのデータファイルへのリンクを張る形で公表するなどした。
 本件は、原告が、被告に対し、被告の上記行為は、別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するものであるとして、慰謝料30万円(著作権侵害に基づく慰謝料15万円、著作者人格権に基づく慰謝料15万円の合計額)及びこれに対する不法行為日である令和2年9月24日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実。なお、本判決を通じ、証拠を摘示する場合には、特に断らない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告は、別件訴訟の原告の訴訟代理人を務める弁護士である。
イ 被告は、恋愛や就職活動に関し、「A」名義で、書籍の執筆や、インターネットでの情報発信を行う者であり、別件訴訟の被告の一人である。(甲2〜10)
(2)別件訴訟の提起
 「B」という名前で作家等の活動を行っているC(以下「別件訴訟原告」という。)は、原告を訴訟代理人に選任の上、令和2年8月11日、被告によるツイッターでの投稿及びニュースサイトの運営者による同投稿の転載などにより名誉が毀損され、精神的苦痛を被ったなどとして、被告ほか3名を被告として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(別件訴訟)を提起した。(甲12)
(3)別件訴状の著作者及び著作物性
 別件訴状は、原告が作成した著作物であり、原告が著作権を有している。(甲12)
(4)別件訴状の複製・公表
 被告は、令和2年9月24日、原告に無断で、自らのブログ「Aのぐだぐだ」内の「Bさんから2020年8月11日に発送された訴状に対する見解」と題する記事(以下「本件ブログ記事」という。)において、別件訴状のデータファイル(ただし、被告の氏名や被告以外の別件訴訟の被告に関する部分はマスキングされている。)へのリンクを張り、別件訴状の内容を公表した。
 本件ブログ記事には、別件訴状を受領したことや被告の認識する別件訴訟に至るまでの経緯の記載のほか、「A側の見解」として、「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」、「仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」、「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては、業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などと記載されている。(甲13、14)
 被告は、令和2年9月24日、そのツイッターにおいて、本件ブログ記事を紹介する投稿を行った。(甲15)
(5)別件訴訟の第1回口頭弁論期日の開催
 別件訴状は、令和2年12月15日の別件訴訟の第1回口頭弁論期日において、陳述された。(乙1)
3 争点
(1)別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否(争点1)
(2)著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否(争点2)
(3)著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無(争点3)
(4)別件訴状の公表に関する原告の同意の有無(争点4)
(5)原告に生じた損害の有無及び額(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否)について
(原告の主張)
 被告は、原告の許諾を得ずに、本件ブログ記事にリンクを張って別件訴状の大部分をアップロードし、公衆がアクセスし得る状態としたことにより、別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害した。
(被告の主張)
 被告が原告の同意を得ずに別件訴状の一部を公表したことは認めるが、訴訟には裁判の公開の原則(憲法82条)が適用され、また民事訴訟においては原則として何人も訴訟記録を閲覧することができるとされている(民訴法91条1項)から、民事訴訟に関する情報を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は一般的に低い。訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある場合には、当該部分の閲覧等制限の申立てをすれば足りる(同法92条1項)。
2 争点2(著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否)について
(被告の主張)
(1)著作権法40条1項の類推適用又は準用
 著作権法40条1項は、裁判の公開の原則の実質的保障という趣旨の規定であるところ、同項で「公開」が要件とされているのは、外部発表を前提としないがゆえに述べられた内密性を有するものについては自由利用を認めることは不適当と考えられるからである。
 しかし、訴状は、その性質上、裁判手続での陳述を前提に作成されるものであり、訴えが取り下げられる場合を除いて必ず陳述される。
 そして、口頭弁論を経ることなく上告を棄却する旨の判決がされた場合(民訴法319条)における同判決に添付された上告理由書については、上告審の口頭弁論において陳述されることを前提にして作成されるものであることなどを考慮すると、著作権法40条1項の類推適用により、自由利用に服させるべきと考えられる(乙3)。そうすると、訴状却下命令がされた場合(民訴法137条)や口頭弁論を経ることなく訴えが却下された場合(同法140条)の訴状においても、口頭弁論を経ずに上告が棄却された場合の上告理由書と同様に著作権法40条1項の類推適用がされるというべきである(乙3)。
 このように、訴状は公開の陳述を本来的に予定しているものであって、実際に公開の陳述がされない場合でさえ同項の類推適用により訴状の利用が適法になることを踏まえれば、未陳述の訴状を公表する場合にも、同項が類推適用又は準用されると解すべきである。
(2)瑕疵の治癒
 仮に、未陳述の訴状の陳述について著作権法40条1項が適用されないとしても、別件訴状は、第1回口頭弁論期日において陳述されているので、その瑕疵は遡及的に治癒されたというべきである。
 訴状は、公開の審理手続を前提にしているものであるから、公開の陳述がされる前に訴状を公表していた期間があるとしても、「公開の陳述」を経たものについては、以後自由に利用可能になる以上、実質的な損害が発生する余地はない。そうすると、公開の法廷において訴状が陳述された場合には、未陳述の段階で当該訴状が公表されていたとしても、その瑕疵は同項の類推適用により遡及的に治癒されるというべきである。
(原告の主張)
(1)著作権法40条1項の類推適用又は準用について
 著作権法40条1項は、自由利用を認める対象を「裁判手続…における公開の陳述」と規定しているのであるから、未陳述の訴状の自由利用ができないことは条文の文言上明らかである。
 また、同項が自由利用の対象を公開の陳述に限定するのは、本来認められるべき権利者の権利の制限を裁判の公開を実質的に担保する目的のものに限るためであると考えられる。同法50条には、同法40条1項が著作者人格権に影響しないことが規定されているところ、この規定からしても、同項の制限はあくまで裁判の公開という目的に適う場合にのみに限定的に適用されるべきである。
 したがって、訴状が陳述を前提に作成された書面であるからといって、同項の類推適用ないし準用により、未陳述の訴状の自由利用が認められることはない。
(2)瑕疵の治癒について
 上記(1)と同様の理由により、訴状が公開で陳述されたからといって、著作権法40条1項の類推適用により、未陳述の訴状の利用の違法な瑕疵が事後的に治癒されることはない。
3 争点3(著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無)について
(被告の主張)
(1)時事の事件を報道する場合、当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、複製し、及び当該事件の報道に伴って利用することができるとされている(著作権法41条)ところ、以下のとおり、別件訴状の公表は、上記要件に該当する。
ア 「時事の事件」とは、社会で生起したあらゆる事象と解されるところ、別件訴訟の提起という事象もまさに社会で生起したものであり、被告が別件訴状の送達を受けて間もない時期に公表したものである以上、「時事の事件」に当たる。
 また、著作権法41条の「報道」の主体について条文上の制限はなく、現代においては誰もがインターネットを介して報道することが可能になっている以上、私人であろうと「報道」の主体になることができる。仮に、「報道」の主体が、それなりの強い影響力、発信力を持つ私人に限られるとしても、被告は、ライター等として活動し、多数の書籍を執筆するとともに、インターネット上の多数の媒体で継続的に情報発信を行っている発信力の大きい人物であり、連絡先も明らかにしているから、「報道」の主体となるというべきである。
 したがって、別件訴状を公表することは、「時事の事件を報道する場合」に該当する。
イ 別件訴状の公表は、別件訴訟の提起という時事の事件を明らかにするとともに、別件訴訟の提起に至るまでの経緯を説明して自らの見解を述べるために行われたものであるところ、法律専門家ではない被告が、いたずらに別件訴訟原告の主張を要約するのではその主張を正しく伝えることは難しいことから、別訴訴状をそのまま公表することは事件の正確な報道のために必要不可欠である。また、別件訴状の公表の範囲も、その全部ではなく、被告自身の事件に関係のない部分をマスキングし、別件訴訟原告と被告との間の訴訟経過を伝える上で必要不可欠かつ限定的な範囲にとどめている。
 したがって、別件訴状の公表は、「報道の目的上正当な範囲内」にとどまるものというべきである。
(2)以上によれば、別件訴状の公表については、著作権法41条が適用される。
 なお、同条は、利用できる著作物を公表著作物に限定していない。著作者人格権侵害を理由に著作物の利用を許さないとすれば、時事の事件の報道のために未公表著作物を利用することが事実上できなくなるので、同条により、別件訴状に係る原告の著作者人格権(公表権)も制限されると解すべきである。
(原告の主張)
 別件訴状の公表は、私的な紛争に関し、自らのブログで一方的に行われたものであって、公共性や公共目的は担保されておらず、時事の事件の報道のための利用に当たらない。このような単に私人の訴訟について当該私人が自ら運用するブログ等で公表するものについて、著作権法41条が適用されるのであれば、およそ世の中にある訴訟に関する著作物は利用可能となってしまう。
 したがって、別件訴状の公表に同条が適用されることはない。
4 争点4(別件訴状の公表に関する原告の同意の有無)について
(被告の主張)
 別件訴状は、原告が、別件訴訟の原告訴訟代理人として、訴訟という公開の法廷で陳述するために作成されたものであり、公表されることが大前提となっていたのであるから、原告は、別件訴状の公表に黙示的に同意していたというべきである。
(原告の主張)
 争う。
5 争点5(原告に生じた損害の有無及び額)について
(原告の主張)
 被告は、必要がないにもかかわらず、一定の注目を集めて自らの収益に繋げるため、法的な問題点を確認せずに、自らのブログやツイッターで別件訴状を公衆送信して公表した。これにより、原告は、別件訴状を閲覧した多数の第三者から好奇の目を向けられて好き勝手に名指しで批評、批判され(甲15、17〜40)、精神的苦痛を被った。被告が、自らメディアに多数出演して一定の社会的影響力を有する人物であることも踏まえると、被告の違法行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、別件訴状の著作権(公衆送信権)侵害について15万円、別件訴状の著作者人格権(公表権)侵害について15万円を下回らない。
(被告の主張)
 原告の主張する損害の内容は、好奇の目を向けられ、好き勝手に批評されたというものであるが、弁護士としての職務に基づいて作成された訴状が単に批評されたという程度であれば、それは一般的に受忍するべき範囲のものであり、損害が生じる余地がなく、原告の提出する第三者の批評記事(甲18〜40)も批評の限度を超えるようなものではない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否)について
 前提事実及び証拠(甲13、14)によれば、別件訴状を複製して作成したデータをアップロードし、本件ブログ記事に同データへのリンクを張った被告の行為は、別件訴状について、公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信をするものであり(著作権法2条1項7号の2)、未公表の別件訴状を公衆に提示(同法4条)するものであるから、別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成する。
 被告は、裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条)があることを理由として、訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと主張するが、裁判の公開の原則や閲覧等制限手続が存在することは、被告の行為が著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するとの上記結論を左右しない。
2 争点2(著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否)について
(1)著作権法40条1項は、「裁判手続(…)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。」と規定しており、自由に利用することができるのは裁判手続における「公開の陳述」であるから、未陳述の訴状について同項は適用されない。
 これに対し、被告は、訴状が裁判手続での陳述を前提に作成されるものであることなどを理由として、未陳述の訴状についても、同項が類推適用又は準用されると主張するが、裁判手続における公開の陳述については、裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり、かかる趣旨に照らすと、公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。
(2)被告は、未陳述の訴状を公表した場合であっても、公開の法廷における陳述を経た場合には、その瑕疵が遡及的に治癒されると主張するが、別件訴状が公開の法廷で陳述されることにより、それ以降の自由利用が可能となるとしても、それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され、原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない。
(3) 以上によれば、別件訴状の公表に著作権法40条1項が類推適用又は準用されるとの被告主張は採用し得ない。
3 争点3(著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無)について
 著作権法41条は、「時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成…(す)る著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、…利用することができる。」と規定するところ、被告は、別件訴状の公表は「時事の事件を報道する場合」に当たると主張する。
 しかし、本件ブログ記事には、前記前提事実(4)のとおり、「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」、「仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」、「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては、業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などと記載されており、その趣旨は、紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて、遺憾の意を表明し、あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって、公衆に対し、当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。
 したがって、別件訴状の公表は、「時事の事件を報道する場合」に該当せず、著作権法41条は適用されない。
4 争点4(別件訴状の公表に関する原告の同意の有無)について
 被告は、訴状が公開の陳述を前提とする書面であることを根拠に、原告が別件訴状の公表に黙示的に同意していたと主張するが、訴状が公開の陳述を予定しているとしても、そのことから、公開の陳述前の公表についての同意が推認されるものではなく、他に、公開の陳述前に別件訴状を公表することについて原告が同意していたと認めるに足りる証拠はない。
5 争点5(原告に生じた損害の有無及び額)について
(1)公衆送信権の侵害は、財産権の侵害であるから、特段の事情がない限り、その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ、本件において、同権利の侵害について慰謝料を認めるべき特段の事情があるとは認められない。
(2)公表権侵害による慰謝料請求に関し、前提事実及び証拠(甲17〜40)によれば、原告は、別件訴状の公表により、別件訴状の陳述以前の段階から、別件訴状を閲覧した者から「訴状理由が酷すぎてわろた」(甲27)などの批判等を受けるなどして、精神的苦痛を受けたものと認められる。他方、別件訴訟は原告が訴訟代理人として自ら提起したものであり、訴状はその性質上公開の法廷における陳述を前提とする書面であること、別件訴状の公表から別件訴状の陳述までの期間は3か月程度にとどまること、原告は別件訴状について閲覧等制限などの手続を行っていないことを含め、本件に現れた一切の事情を考慮すると、別件訴状の公表権侵害に対する慰謝料は2万円と認めるのが相当である。
6 結論
 以上によれば、原告の請求は、主文掲記の限度で理由があるので、その限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 佐藤達文
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 齊藤敦
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