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【事件名】健康器具“グッド・コア”事件(2)
【年月日】令和3年6月29日
 知財高裁 令和3年(ネ)第10024号 知財及び損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和元年(ワ)第34531号)
 (口頭弁論終結日 令和3年6月3日)

判決
控訴人(一審原告) X
被控訴人(一審被告) モダンロイヤル株式会社
同訴訟代理人弁護士 山田勝重
同 山田克巳
同 山田博重
同 新島由未子
同 上岡秀行
同補佐人弁理士 山田智重
同 平山巌


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
 用語の略称及び略称の意味は、本判決で定義するもののほかは、原判決に従うものとし、また、原判決の引用部分の「別紙」を全て「原判決別紙」と改める。
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、200万円及びこれに対する令和2年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 (1)主位的請求
 控訴人が原判決別紙1記載の覚書の内容に基づきコミッションを被控訴人から受け取ることのできる権利を有することを確認する。
(2)予備的請求
 被控訴人は、原判決別紙2物件目録記載の製品を製造、販売してはならない。
4 被控訴人は、控訴人に対し、120万円及びこれに対する令和2年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1)本件は、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人が製造、販売する原判決別紙2物件目録記載の本件商品(「グッドコア」という名称の姿勢保持具[以下、便宜上「クッション」ということがある。])は、控訴人が被控訴人と共同開発したもので、控訴人と被控訴人は、本件商品に関し、原判決別紙1記載の本件覚書に記載されたとおりの内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結したなどと主張して、次の各請求をした事案である。
ア 平成31年4月以降の本件契約の有効性を前提とする請求
(ア)本件覚書に定めのある期間延長の条件は満たされていたことから、本件契約はいまだ効力を有するものであるとして、控訴人が本件覚書1条に定めるコミッションを被控訴人から受ける契約上の権利を有することの確認を求める請求(前記第1の3(1)の主位的請求。以下「本件確認請求」という。)
(イ)本件契約に基づき、平成31年4月から令和元年12月20日までのコミッションとして120万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(令和2年1月15日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求(前記第1の4の請求。以下「本件コミッション支払請求」という。)
イ 現時点において本件契約の有効性が認められない場合の予備的請求次の(ア)又は(イ)の理由により、被控訴人による本件商品の製造、販売の差止めを求める請求(前記第1の3(2)の請求。以下「本件予備的差止請求」という。)
(ア)著作権法112条に基づく差止請求
 本件商品を被控訴人が製造、販売する行為は、「グッドコア」についての控訴人の著作権(支分権全体を含むもの)を侵害するものである。
(イ)不正競争防止法3条に基づく差止請求
 被控訴人が本件商品を製造、販売する行為は、控訴人の商品の形態を模倣した商品を譲渡する行為(不正競争防止法2条1項3号)に当たるものである。
ウ 不法行為による損害賠償請求
 次の(ア)及び(イ)のとおり、被控訴人の行為が控訴人に対する不法行為に当たるとして、不法行為(民法709条)による損害賠償金200万円及びこれに対する上記訴状送達の日の翌日から支払済みまで上記年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求(前記第1の2の請求。以下「本件損害賠償請求」という。)
(ア)優越的地位の濫用の行為
 本件契約の再契約に当たり、被控訴人が控訴人に対し、本件覚書に記載された3%のコミッションを一方的に減額すると通告し、コミッションを3%とする契約の更新を拒絶する意思を示している行為(以下「本件通告等行為」という。)は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)2条9項5号ハに定める優越的地位の濫用に当たるもので、不法行為に当たる。
(イ)無断の商標登録出願行為
 「グッドコア」の名称を考案し、商標登録等を提案していた控訴人に対し、被控訴人が、従前はこれに否定的な対応をしていたにもかかわらず、本件契約の再契約に当たり控訴人が難色を示したことを受け、控訴人に無断で単独で商標登録の出願をした行為(以下「本件出願等行為」という。)は、控訴人の商標登録を受ける権利を侵害する不法行為に当たる。
(2)原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したことから、これを不服として控訴人が控訴を提起した。
2 前提事実
 次のとおり改めるほか、原判決の「事実及び理由」中の第2の2に記載するとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決3頁5行目〜6行目の「本件覚書」から7行目末尾までを「本件覚書(甲5)を送付したが、その後、控訴人及び被控訴人は、いずれも本件覚書に押印することはなかった。」に改め、同頁8行目冒頭から18行目末尾までを次のとおり改める。
「本件覚書には、次の記載がある。「第1条(コミッション)1)売上に対するコミッション 販売価格(消費者へ)×販売数量(売上数−返品)の3.0%(税抜き)*販売価格は定価ではなく、消費者への実販売価格 2)支払い方法 毎月月末締めで集計しコミッション金額を決定 絞め日の翌々月の5日銀行振り込み 第2条(支払期間)発売日より2年間とする。但し、2年間経過したのちの月間平均売上が、おおむね100個を上回っている場合は、期間延長の再契約を行うことができる。*契約期間は6ケ月毎の見直しとし、平均売上高が100個を下回る状況が続いたとき契約終了とする。」」
(2)原判決3頁20行目〜21行目の「本件商品に係るコミッションを」を「本件商品に係るコミッションとして、本件覚書1条1項の計算式に従って算定した金額を」に、4頁3行目の「本件契約」を「本件覚書の定め」にそれぞれ改める。
3 争点
【本件確認請求に係る争点】
(1)現時点で控訴人と被控訴人との間で本件契約が効力を有するか否か。(以下「争点1」という。)
【本件コミッション支払請求に係る争点】
(2)控訴人が被控訴人に対して平成31年4月から令和元年12月20日までのコミッションを請求する権利を有するか否か。(以下「争点2」という。)
【本件予備的差止請求に係る争点】
(3)控訴人が本件商品に係る著作権者であるか否か。(以下「争点3」という。)
(4)被控訴人による本件商品の製造、販売が形態模倣の不正競争行為に当たるか否か。(以下「争点4」という。)
【本件損害賠償請求に係る争点】
(5)本件通告等行為について不法行為が成立するか否か。(以下「争点5」という。)
(6)本件出願等行為について不法行為が成立するか否か。(以下「争点6」という。)
(7)控訴人に生じた損害の有無及びその額(以下「争点7」という。)
4 争点に関する当事者の主張
 次のとおり改め、5のとおり当事者の当審における補充主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中の第3の1〜7に記載するとおり(ただし、各項の表題に記載されている各争点の内容については前記3(1)〜(7)のとおりそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。
(1)原判決5頁1行目の「平成29年3月31日」を「平成28年3月31日」に、同頁2行目の「本件覚書に調印」を「本件覚書の調印」に、同頁3行目の「同年4月」を「平成29年4月」に、同頁4行目〜5行目の「本件覚書の内容の合意」を「本件覚書に記載された内容の本件契約」に、同頁6行目の「本件覚書2条」を「本件覚書2条の*」に、同頁7行目の「前記2年間」を「平成29年4月から平成31年3月までの2年間」にそれぞれ改め、同頁17行目の「すぎず、」の次に「当該契約期間経過後に」を加える。
(2)原判決6頁1行目の「これ以上のコミッション」を「当該コミッション」に、同行目の「負ってない」を「負っていない」にそれぞれ改める。
(3)原判決6頁10行目の「おいても」を「置いても」に、同頁15行目の「中央部分」を「本件商品の中央部分」に、同頁19行目の「トリップ・トラップ事件」を「TRIPPTRAPP事件判決(知財高裁平成26年(ネ)第10063号・同27年4月14日判決)」に、7頁12行目の「越えては」を「超えては」にそれぞれ改める。
(4)原判決8頁2行目の「原告は」を「被控訴人は」に、同頁12行目の「被告は、原告の下請けとして、」を「控訴人が被控訴人との関係で、例えば下請等の」にそれぞれ改める。
(5)原判決8頁20行目の「権利に対する侵害に当たる」を「権利を侵害した」に改める。
5 当事者の当審における補充主張
(1)争点3(控訴人が本件商品に係る著作権者であるか否か。)について
(控訴人の主張)
ア 応用美術の著作物性について
 著作権法には、美的鑑賞性を有するものという要件は全く記載されていない。現在において、純粋美術と美的鑑賞性のあるものは同義ではなく、美的鑑賞性は、美術のほんの一部に係るものでしかない(甲47〜49)。美的鑑賞性については、客観的な判断基準もなく、個人的嗜好も様々で、国や地域によっても美の価値観は異なり、時代によっても大きく変化し多様化している。世界的には、応用美術について、美的鑑賞性や純粋美術同視性に固執せず、共通して、美的創作性、独創性、革新性、新規性が重視されている。実用上の機能を主な目的としてデザインされたものであっても、その選択肢は多種多様であり(甲50〜53)、世界の美術館で展示されている(甲55〜58)。日本の(美術)大学でも、「プロダクトデザイン科(応用美術科)」を設けているところが多い。
 応用美術のみについて、あいまいな美的鑑賞性や純粋美術同視性といった、100年以上前の古くて狭い基準を拠り所として、著作物性を判断することは、著作権法の精神から逸脱し、世界の基準からもあまりにも乖離し、時代にも逆行するものであって、相当でない。
イ 本件商品について
 次の事情を踏まえると、本件商品の著作物性は肯定されるべきである。
(ア)独創性、新規性等
a 控訴人は、他社製品と似ているとの被控訴人からの指摘を受けて、機能ではなく見た目の形状の独自性及び新規性を最優先にデザインをした。当初の形状(甲1)から改訂した形状(甲3)は、左右だけシンメトリーのもはやX字形とはいえないものとなったところ、上記改訂の際に控訴人が最重要視したのは、誰も見たことがない特徴的、独創的な形状とすることであって、決して実用目的で形状を採用したものではない。ラフスケッチから形状を模索するなどして(甲40)、見た瞬間にユーザーにインパクトを与えるダイナミックでスタイリッシュなフォルムを目指し、かつ、運動器具なのでダイエットやシェイプアップ効果を連想させる、くびれやシャープなラインを採用した(甲20)。
 実用性や機能性に関してみると、くびれや極端ともいえる突出部は、身体へのフィット感を損なうため、あまり好ましくはなく(甲41)、カバーの着脱も難しくなり、また、シャープな突出部は、強い圧力がかかった場合に壊れる懸念もある。さらに、全体のサイズも大きくなることで、金型費用や配送、保管コストも膨らむ。しかるに、控訴人は、そのような実用性、機能性、強度及び経済性よりも、形状としての独自性を最優先したのである。
b 控訴人は、当初から、インテリア性も強く意識していた(甲42)。初めて見る人に対し、ちょっと変わった形のクッション(ランバーサポート)かと思わせて、実は運動器具であるという、意外性も狙ったのである。
 本件商品の6個の突起部分は、実用上の機能や背中の強い圧迫の緩和のために設定したが、本件商品にはストレッチ性のあるカバーを着けることを前提としており、露骨に突起を際立たせてはいない。あえて、当該部分を目立たなくすることで、インテリア性を持たせたものである。また、当該部分がなだらかに全体のフォルムに融け込むことで、結果として、独自性や不思議感を醸し出すものとなっている(甲7、8)。
c 本件商品は、形状そのものがモダンアートとして並べても遜色ないオブジェであり(甲31〜33)、パブリックアートやアクセサリーとしての美観を有することが可能な立体造形である(甲44〜46)。
d 10以上の運動やストレッチ等が可能でありながら、シンプルかつ独創的な形状にまとめるのは容易なことではなく、本件商品の形状は、控訴人において長年にわたり研究や試作を積み重ねてきたからこそ生まれたものである。
e 控訴人が本件商品のデザインをするより前に試作した作品(甲59)は、曲面やシルエットの造型及び多機能性において、本件商品の形状に通じるものであるといえ、これは、控訴人の個性といってよい。
 控訴人の過去の作品である、特願2013−242430に係る作品(甲60)のコンセプトは、「シンプル」、「携帯性」、「安価」であった。それに対して、本件商品のコンセプトは、「独創性」、「オリジナリティ」、「インテリア性」、「曲線及び曲面美」である。
(イ)その他の事情
a 控訴人においては、単独で知的財産権(特許、意匠、商標)に係る出願をすることは可能であったが、被控訴人との共同製作であって、被控訴人の要求によりデザインを変更したのも事実であり、かつ、出資、製造、販売を行う被控訴人の許可なく単独出願することは信義に反し、開発中止になることをおそれたため、やむなく断念した。
b 著作権の権利期間が長いことを考慮しても、本件商品について著作権を認めることにより、産業上の大きな支障をきたすものとは考えられない。著作権は、他人による複製又は模倣を証明しなければ、他人の権利侵害を問うことができず、また、本件商品の6個の突起のいずれかを外したり、外観や3次曲面の曲率を若干変えるだけで簡単に権利侵害に当たらなくなるからである。
 なお、控訴人は、実用品に関しては本来意匠登録が妥当であると考えているが、それは、被控訴人の拒絶によりかなわなかった。
ウ 被控訴人の主張について
(ア)控訴人が被控訴人に対して本件商品に係る著作権について話をしたのは、平成31年4月23日であったが、控訴人においては、著作権が原始的に控訴人に帰属すると信じていたために、それまで主張していなかったにすぎない。
 また、控訴人は、特許、商標登録、意匠登録の要請を当初から行っており(甲1、4)、控訴人の主張は特に変わっていない。むしろ、被控訴人こそ、事実に反する主張をしている。
 本件商品のような多機能性クッションは、現在も他に存在しておらず、本件商品の開発当時、間違いなく、特許性を有していた。また、被控訴人が指摘する乙1〜3は、本件商品と全く形状の異なるものである。
(イ)被控訴人が主張する本件商品の開発過程における控訴人のデザインからの変更点は、いずれもオリジナルの形状を変更したり、デザインを付加したりするようなものではなかった。
(被控訴人の主張)
ア 本件商品が、思想又は感情を創作的に表現したものとして、例えば美術の範囲に属する著作権法上の著作物に該当しないことは明白である。
 控訴人は、本件商品に関し、過去には、発明に該当する旨主張したり、意匠登録出願の必要性を主張したりしていたが、平成31年3月30日に至って、本件商品に関する著作権が自分に存在する旨を主張し始め、あたかも本件商品が控訴人単独で完成・創作されたかのような主張を始めたものである。それは、本件商品の販売を妨害し、少しでもその利益配分を受けたいがための付け焼刃の主張に他ならない。控訴人は、立体商標の出願(乙8)に係る拒絶理由通知(乙15)に対する意見書(乙26)において、本件商品が、本来、美術の著作物ではなく、商品の美的外観からなる意匠で保護されるべきものであることを自認している。
イ 控訴人が作成した企画書(甲1)を端緒とする本件商品の開発においては、控訴人の原画等(甲1、3、40)がそのまま採用されたものではなく、製造された試作品に関し、被控訴人の判断により複数の修正を実施し、控訴人もこのような修正を受け入れていた。また、本件商品の開発、製造、販売(金型製作、販売ルートの選定[テレビショッピング会社の選択]、在庫商品の管理等)の全ては被控訴人の費用と責任によって実施したもので、控訴人はそれに一切関与していない。
ウ 被控訴人においては、控訴人から企画書(甲3)を受領した時点で、その内容に関し、新規性、進歩性のある発明を一切見いだせず、また、本件商品の製造、販売時点でも、意匠の新規性や創作非容易性を見いだせなかったため、特許出願はもとより、意匠登録出願や実用新案登録出願に関しても、一切関心を示さなかった。その後、類似するクッションが市場において数多く販売されていること(乙4〜6)からしても、上記のような被控訴人の判断は、正しいものである。
(2)争点5(本件通告等行為について不法行為が成立するか否か。)について
(控訴人の主張)
 次の点を考慮すると、本件通告等行為は、優越的地位の濫用に当たるというべきである。
ア コミッション料率について
(ア)特許庁の調査結果をまとめた「平成21年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書」において、全市場におけるロイヤリティの平均額が、売上げの3.7%、健康関連で5.3%であることを踏まえると、再契約に当たり被控訴人が提案した1.5%というコミッション料率は、著しい減額であるといえる。しかも、被控訴人は、いつまでもこの条件(1.5%)で支払うつもりはない、数年後はすずめの涙であると控訴人に言っていた。
(イ)被控訴人の拒絶により特許は出願していないが、控訴人は、本件商品について、特許出願をしていれば、多機能性の点から特許権を取得していたと確信している。意匠についても、問題なく登録されていたはずである。
イ あいまいな契約等について
(ア)本件覚書2条の定めは、あくまで支払期間を延長する再契約を予定したもので、コミッション料率の改訂は予定していないというべきである。本件商品の数か月単位の平均売上げが100個を大幅に上回り、再契約の直前の月は3000個近く売り上げているにもかかわらず、販売開始から2年後にコミッションが半減するような事態を予測することはできない。被控訴人において、再契約時にコミッションの減額を想定していたのであれば、それは極めて重要な事項であるため、事前にその旨を控訴人に伝えるとともに、再契約時にコミッション料率を見直す旨を契約書上明確にしておくべきであった。被控訴人の行為は、信義則(民法1条2項)に反する。
(イ)あいまいな契約から本件のような紛争が生じたため、控訴人においては、被控訴人に対し、明確な契約書を希望して再契約案(甲35)を提案したが、被控訴人は、それを拒み、控訴人の権利を否定するような「顧問契約」や、たった2か月100個を下回った場合でも契約解除となるような再契約案を押し付けてきた(甲36、37)。
(ウ)デザインの契約では、いわゆる売り切りの「一括払い」の契約のほか、頭金と実施料(コミッション)という「成果報酬型」の契約はよくみられるところ、下請取引の公正化・下請事業者の利益保護を目的とする下請代金支払遅延等防止法の趣旨に照らしても、「成果報酬型」であるからといって、一方的な減額は許されない。「成果報酬型」の契約において、デザイナーは、商品が売れなければ作業に見合った報酬が得られないリスクを負うところ、控訴人は、契約の頭金(契約一時金)も拒否され、コミッションの半減を通告されたのである。
 再契約に至らなかった場合に、被控訴人において、控訴人のデザイン(CADデータを含む。)と企画を使用した商品を、控訴人の同意なく販売することを認める原判決の判断からすると、「成果報酬型」の契約において、デザイナーからの知的財産権に係る出願等の申し出を拒否し、あいまいな契約書を作成して、再契約の際、デザイナーが納得できないような契約破棄を狙った交渉をすれば、デザイナーに対してその後は一切費用を支払う必要がないということになるが、それは、あまりにも不平等で、社会的相当性を欠き、公正でない。
ウ 力関係について
(ア)法人である被控訴人と、被控訴人から請負う個人事業主である控訴人は、その力関係において対等ではない。ごく一部の著名人を除き、個人事業主やフリーランスは、クライアントとの関係では非常に弱い立場にあるのが現状である。そのため、令和2年12月24日に「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(案)が作成されたところでもある。ここでも「正当な理由がないのに、契約で定めた報酬を減額する場合」と「取引条件を明確にする書面を交付しない場合」は「優越的地位の濫用」に該当するとされている。「あいまいな契約書」を利用してコミッション料率を大幅に減額し、再契約でも「あいまいな契約」を一方的に控訴人に押し付ける行為は、「優越的地位の濫用」に該当する。
(イ)本件において、控訴人は、被控訴人に飛び込みで企画を持ち込み、商品化を希望し、出資及び共同開発を要請した立場にあったもので、被控訴人と控訴人は、法人と個人事業主、依頼される側と要請する側、報酬を支払う側と報酬を受け取る側の関係にあった。その力関係の差は明白である。
 本件商品の開発期間中において、控訴人は、被控訴人に対し、再三にわたり、知的財産権(特許、意匠登録、商標)の共同出願の要請をしたが、全て拒否され、また、開発一時金の要求も前例がないとして拒否された。
 さらに、控訴人は、互いの立場を明確にするような再契約案を提案したが拒否された。この点、取引条件を明確にする書面の交付を拒否する場合は、優越的地位の濫用となるとされているところである。
エ コミッション料率引下げの理由について
 被控訴人は、コミッション料率引下げの理由として、本件商品はショップチャンネルの売上げの割合が高く、売上げが増えても利益が増えず、在庫リスクが増えると主張するが、ショップチャンネルの仕切り価格及び在庫リスク等は当初から分かっており、今年を含めて10回以上もショップチャンネルに出品していることからして、全く理由にはならない。しかも、その状況をよく知っている控訴人との再契約の交渉において、被控訴人は、そのようなことは一言も言っていなかった。
(被控訴人の主張)
 被控訴人が控訴人に対し、下請として本件商品のデザイン等を依頼した事実はない。控訴人が企画書(甲1)を持参してきたことを端緒として、本件商品の企画、試作、製造、販売が進行し、被控訴人は、控訴人に対し、原画データの作成、コマーシャル用のCG制作等、対等の関係で業務を委託し、その都度、コミッションとは別に、費用の支払をしてきた。
 他方で、控訴人は、実際のところ、被控訴人を控訴人の一販売先又は商品のライセンスの許諾先にすぎないかのように思っていた(乙26)。控訴人においては、被控訴人に本件商品の企画を提案する前に、単独で意匠登録出願をし、いくつかの会社に企画を持ち込み、一番高いライセンス料を支払ってもらえるところと契約するという、営業の自由は留保されていた。
 もし、本件商品がデザインラフスケッチ(甲40)の原画著作に基づくもので、控訴人が本件商品の原作者としてその地位を主張するのであれば、控訴人自らが本件商品に類する商品を今後販売する自由も控訴人に留保されている。
 したがって、被控訴人が控訴人に対して優越的地位にあったものではない。
(3)争点6(本件出願等行為について不法行為が成立するか否か。)について
(控訴人の主張)
 「グッドコア」の名称は、控訴人において熟考し、できるだけシンプルで解りやすいようにというコンセプトで考案した。商標も立派な創作物で、継続申請すれば半永久的に使用することができる、とても強い権利であり、高額で取引された事例も少なくない。真の発案者と協力して商品を開発し、商品を製造、販売する主体であれば、真の発案者の同意なく、単独で出願をし、権利を独占してもよいかのようにいう原判決の判断は、あまりに商標という知的財産権を軽視したものである。
 被控訴人においては、控訴人の再三の共同出願の申し出を拒否しながら、紛争になると、抜け駆け的に、発案者である控訴人の権利を剥奪するという不正な目的で、本件商標登録を得たものである。控訴人は、2年間にわたり無償で商品開発に協力し、本件商品の発売後も、無償で、本件商品のCGプロモーション映像制作、YouTubeサイトの立上げや、FYTTE編集部への営業を行い、それにより、賞も受賞し販売にも貢献してきた。被控訴人の本件出願等行為は、控訴人に対する信義則に反した行為であって、商標法4条1項7号に該当するものである。
(被控訴人の主張)
 商標については、特許法上の特許を受ける権利(特許法33条)や意匠法上の意匠登録を受ける権利(意匠法15条2項)と同様の創作上の権利が認められているものではない。被控訴人は、本件商品の製造、販売者としての責任において、他人に無断で商標登録が行われないよう、いち早く本件商標登録を行ったにすぎない。
 控訴人は、本件商品をあたかも自分が主体となって開発、製造、販売したかのように脚色し、立体商標の出願(乙8)を行い、拒絶理由通知(乙15)に対する意見書(乙26)において、自分が本件商品を製造・販売し、テレビショッピング等での販売を主体的に行ってきたかのような主張を展開して、それに基づく証拠を提出しているから、控訴人は、虚偽の主張を過去に特許庁に対して行っているものである。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、原審と同様、控訴人の請求には、いずれも理由がないと判断する。その理由は、前記第2の5の当事者の当審における補充主張に対する判断を含め、次のとおり改めるほかは、原判決の「事実及び理由」中の第4の1〜6に記載するとおり(ただし、各項の表題に記載されている各争点の内容については前記第2の3(1)〜(6)のとおりそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。
1 原判決9頁14行目の「本件覚書に係る契約」及び16行目の「契約」をいずれも「本件契約」に、同頁17行目の「本件覚書の案文」を「本件覚書」に、同頁17行目〜18行目の「発売」を「販売」に、同頁19行目の「本件商品に」から20行目〜21行目の「うかがわれない。」までを「本件商品に係るコミッションとして、本件覚書1条1項の計算式に従って算定した金額を支払っていた。他方で、平成28年3月31日頃の本件覚書の送付から平成31年3月までの間、本件覚書の内容に関し、控訴人と被控訴人との間で、改めて交渉がされたり、異議が述べられるなどした事実は認められない。」に、同頁21行目の「遅くとも平成31年3月までに」を「平成29年4月分のコミッションが本件覚書1条2項の定めに沿って支払われたとみられる同年6月5日頃の時点で」にそれぞれ改める。
2 原判決10頁3行目の「本件覚書の同条項は」を「本件覚書2条は」に、同頁6行目の「自動更新する」を「自動更新される」に、同頁9行目の「同契約」を「本件契約」に、同頁12行目の「原告の」から14行目末尾までを「控訴人の本件確認請求には理由がない。」に、同頁20行目の「同月分以降の」から23行目末尾までを「控訴人の本件コミッション支払請求には理由がない。」にそれぞれ改める。
3 原判決11頁7行目冒頭から22行目末尾までを、次のとおり改める。
 「(2)本件商品のような実用に供される工業製品であっても、「実用的な機能と分離して把握することができる、美術鑑賞の対象となる美的特性」を備えていると認められる場合には、著作権法2条1項1号の「美術」の著作物として、著作物性を有するものと解される。しかし、そのような美的特性を備えていると認められない場合には、著作物性を有することはないものと解される。以上の点は、著作権法に明文の規定があるものではないが、実用に供される工業製品は、意匠法によって保護されるものであり、意匠法と著作権法との保護の要件、期間、態様等の違いを考えると、「実用的な機能と分離して把握することができる、美術鑑賞の対象となる美的特性」を備えていると認められる場合はともかく、そうでない場合は、著作権法ではなく、もっぱら意匠法の規律に服すると解することが、我が国の知的財産法全体の法体系に照らし相当であると解されるからである。これに反する控訴人の主張を採用することはできない。
(3)本件商品は、全体として実用に供される工業製品として把握されるものであって、X字形の印象を与える形状は、幅広い体型にフィットさせるという目的で採用されたものであり(甲1N)、突出部分に2種あるのも同様の理由によるものであり(甲3B)、また、6個の突起部分も、エクササイズやストレッチをする際の補助具としての機能から設定されるものである(甲3B〜F、甲16@、甲19)。控訴人が主張するように、本件商品は、形状に工夫が凝らされていて、これを見た者に美しいと感じさせることがあり、そのために機能的な面で犠牲を払った点があるとしても、エクササイズやストレッチをする際の補助具としての実用的な機能と分離して把握することができる、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えていると認めることはできない。
 控訴人は、特に、他社製品と類似する旨の指摘を被控訴人から受けてデザインを変更した際、独創性等を最も重視した旨主張するが、その際の企画書(甲3)に、「改良点のコンセプト」について、「心地良さ(ストレッチ、マッサージ、指圧効果)と姿勢(骨盤)矯正ができる実用性を訴求ポイントとしてアピール」と記載されていること(甲3A)からして、控訴人の上記主張は採用できない。その他控訴人が主張する事情も、いずれも上記認定判断を左右するものではない。」
4 原判決11頁25行目の「予備的に」から同頁26行目の「著作権法に」までを「控訴人の本件予備的差止請求のうち著作権法112条に」に、12頁8行目〜9行目の「同号の「他人」には当たらない」を「本件商品が同号の「他人の商品の形態・・・を模倣した商品」に当たるとはいえない」に、同頁10行目の「本件口頭弁論」を「原審における口頭弁論」にそれぞれ改め、同頁12行目の「この点からも」の次に「不正競争防止法3条に基づいて」を加え、同頁14行目の「予備的に」から15行目の「不正競争防止法に」までを「控訴人の本件予備的差止請求のうち不正競争防止法3条に」に改める。
5 原判決12頁17行目の「本件契約は」から19行目の「ことが、」までを「本件通告等行為が」に、同頁21行目の「当該主張は」を「当該主張については」に、同頁23行目の「当たるというものと理解される。」を「当たるか否かが専ら問題になるものと解される。」にそれぞれ改める。
6 原判決13頁6行目の「また」から12行目末尾までを、次のとおり改める。
 「また、本件全証拠をもってしても、被控訴人が本件契約の再契約に当たって控訴人に対して示した1.5%というコミッション料率が、販売開始から既に2年を経過した本件商品についてのものとして、客観的に著しく低いものであったというべき事情は認められない。控訴人が本件商品に係る著作権者といえないことは、既に認定判断したとおりであって、控訴人が著作権者であることを前提にコミッション料率を評価することはできない。
 控訴人は、「平成21年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書」に記載された料率について主張するが、同報告書に記載された料率は、特許権、商標権、プログラム著作権、技術ノウハウを対象としたもので、本件契約の再契約と同様の事情の下での料率ということはできない。なお、この点について、控訴人は、本件商品は、出願していれば、特許、意匠の登録がされたはずであると主張するが、直ちにそのように認めることはできない上、実際には登録の出願はされなかったのであるから、これらの登録がされたことを前提に料率を設定すべきであったということはできない。このことは、被控訴人がこれらの登録の出願に消極的であったとしても変わるものではない(本件全証拠によるも、被控訴人が控訴人によるこれらの登録の出願を不当に阻止したというべき事情は認められない。)。
 また、控訴人は、本件契約の再契約において、コミッションの料率の改訂が予定されていなかったと主張するが、そのような事実は認められないし、コミッションの料率の改訂が予定されていることを事前に控訴人に伝えるなどすべきであったということもできない。
 さらに、控訴人は、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(案)」について主張するが、上記のとおり、本件契約は、当然に同一条件で期間延長されるべきものではなかったから、被控訴人が契約で定めた報酬を一方的に減額したということはできず、また、本件契約は、本件覚書によって取引条件が明確にされているし、更新後の契約は締結されていないから、それについて取引条件を明確にする書面の交付について検討する余地はない。」
7 原判決13頁13行目冒頭から17行目末尾までを、次のとおり改める。
 「(3)以上によると、本件通告等行為が優越的地位の濫用に当たるということはできない。控訴人のその余の主張もこの判断を左右するものではない。したがって、控訴人の本件損害賠償請求のうち優越的地位の濫用を理由とする部分は理由がない。」
8 原判決14頁1行目末尾の次に行を改めて、次のとおり加える。
 「なお、控訴人は、商標も創作物であるとして、考案者の権利を主張するが、商標法上、考案者が何らかの権利を有するとは認められない。また、控訴人は、被控訴人が控訴人との共同出願を拒否したことや、控訴人が、商品開発に協力し、本件商品の発売後も、販売に貢献してきたことを主張するが、それらは、本件商標登録の出願を違法とする事由ということはできない。」
9 原判決14頁2行目の「被告が」から5行目末尾までを「被控訴人の本件出願等行為が不法行為に当たるということはできず、控訴人の本件損害賠償請求のうちそれを理由とする部分は理由がない。」に改める。
第4 結論
 よって、控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 中島朋宏
 裁判官 勝又来未子
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